第411話 道に迷う

※今回はギリク目線の話になります。


 ようやくCランクに昇格した。

 マールブルグへの護衛の仕事の他に、魔の森に入って魔物の討伐、ギルドへの素材の持ち込み、それらが認められての昇格だが、まだCランクだ。


 年内にAランクへの昇格を目指しているが、道程は果てしなく遠く感じる。

 これからCランク冒険者としての実績を積み上げていってBランクに上がったとしても、更にBランク冒険者としての実績を積み上げなければならない。


 CランクからBランクへの昇格は、さほど珍しい事ではない。

 何しろ、ペデルの野郎ですらBランクなのだ。


 着実にCランク冒険者としての実績を積んでいけば昇格出来るが、その先は簡単ではないらしい。

 Aランク冒険者ともなれば、ヴォルザードのみならず、他の街に行っても一目置かれる存在だ。


 剣や槍を使う近接戦闘、魔術を使っての中遠距離での戦闘、いずれかにおいても卓抜した戦闘能力を有していなければ、Aランクとしては認められない。

 一説には、Aランクに昇格するには、並みの冒険者なら10人程度を軽くあしらえる実力が必要だとも聞く。


 冒険者なんて奴は、俺を含めて腕っぷしに自信がある連中ばかりだ。

 そんな連中を1人で10人相手にするだけでも普通ではないのに、軽くあしらえるなんて人間技とは思えない。


 だが、俺は目指すと決めたし、年内には昇格してやると決めた。

 その気持ちに変わりはないが、どう進めば良いのか全く分からない。


 ちなみに、Sランクの冒険者は、Aランクを10人程度は圧倒出来る実力の持ち主だと聞くが、あのクソチビにそんな能力があるとは思えない。

 クソチビの場合は、眷属と呼んで従えている魔物の力に頼っているにすぎない。


 それでも、ヴォルザードやランズヘルトにとって重要な戦力なのは間違い無いし、魔物を利用するためにSランクを与えてやっているにすぎないのだろう。

 1対1で戦えば、瞬きする間に捻り潰してやる。


 俺がAランクを目指すために組んでいるペデルは、役に立つのか立たないのか良く分からなくなってきた。

 特筆した戦闘能力もなく、それでも万年Bランク冒険者として活動を続けているのだから学ぶ所はあるはずだが、Aランクに上がった経験の無い者に、そこに上がるコツはわからないだろう。


 実際ペデルに、どうすればAランクに上がれるか聞いてみたが、実績を上げるしか無いと言っていた。

 まともな答えではあるが、そんな事は言われなくても分かっている。


 俺が聞きたい、手に入れたい情報は、もっと具体的な話だ。

 Aランクという称号を引き寄せるのに、今にも切れそうな細い糸じゃなく、握りしめ全力で引いても切れそうもない太い綱のような方法を手に入れたい。


 魔の森に入って魔物を狩り、素材をギルドに売却した後、いつものように飲みに行くというペデルと別行動をとる。


「なんだ、ギリク。さては女か?」

「ふん、勝手に想像しとけ」

「ほほう、例のネコの姉ちゃんだな?」

「うるせぇ、さっさと消えちまえ!」


 ペデルを追い払った後、俺が向かったのはミュー姉の所ではなく、ギルドの酒場だ。

 廊下に面した一番隅の席に座り、食い物と酒を頼んだ。


 廊下を行き交う連中が良く見える席だが、裏を返せば、そうした連中から良く見えてしまう席でもある。

 まぁ、俺様に声を掛けてくるような、度胸のある人間はいないが、ジロジロと探るような視線は気分の良いものではない。


 それでも、Aランクへ上がるヒントを手にするためだと思えば、なんとか腹立ちも抑えられた。

 酒を飲みながら、今日の成果を振り返る。


 今日は、ペデルと二人でゴブリンを5頭とオークを1頭仕留めた。

 1日の稼ぎとしては悪くない。


 ついていない時は、ゴブリン数頭だけの日もあるのだ。

 今日は、先にゴブリンの群れを討伐し、手早く魔石を抜き取り、そいつらを餌にした。


 先にゴブリンなどの雑魚を仕留めて、そいつらを餌に大物を狙うのは俺達の常套手段だ。

 ここで、血の匂いに惹かれて集まって来る連中が問題だ。


 複数のオークが来た場合、ペデルは迷わず撤退を選ぶ。

 たぶん、俺達ならば2頭のオークであっても倒せるだろうが、時間が掛かる。


 既に血の匂いを流している状態で、長々と時間を掛けていれば、自分達が囲まれて窮地に陥る可能性が高まる。

 魔の森の中では、決してリスクを冒さないのがペデルの流儀だ。


 もっと倒し、もっと稼ぎ、もっと実績を積むには、ある程度のリスクは覚悟すべきだと思うが、これに関してだけはペデルは絶対に譲らない。

 少しぐらいならば大丈夫だ……そう言って戻って来なかった連中を何人も見てきたからだそうだ。


 まずは生きて帰る、これがペデルの鉄則だ。

 嫌なら、いつでもコンビは解消してやると言われれば、今は従うしかない。


 実際、ペデルと討伐を行っていて、身の危険を感じたことは一度も無い。

 それだけ、安全に対するマージンを高く取っているのだ。


 一度、ダンジョンに潜らないか聞いたことがあるが、即座に断られた。


「なんでだ。魔の森だって危険は危険だろう」

「馬鹿め。お前のような奴が、ダンジョンに踏み込んだまま戻って来なくなるんだ」

「なんだと、何が違うって言うんだよ。身の丈にあった階層で活動すれば良いだけだろう」

「ダンジョンに身の丈にあった階層なんてものは無ぇよ。ベテランでも油断すれば、2階層、3階層であっさりやられちまう。それがダンジョンだ」

「そんなもん、魔の森だって同じじゃねぇかよ。街道から離れずにいたって、オークの群れに出くわせば死ぬ場合だってある」

「馬鹿が、全然違う、一緒にするな。魔の森は、街道から離れた方が安全な場合だってあるし、囲まれるようなヘマさえやらかさなきゃ、いくらでも逃げる場所はある。だが、ダンジョンの場合、一つ間違えば逃げ場を失って詰んじまうんだよ」


 周囲が開けた魔の森と、周囲を壁に囲まれたダンジョンの違いを、嫌味ったらしくネチネチと説明された。

 ペデルがダンジョンに潜るならば、あと最低でも3人、全部で5人以上のパーティーでなければ挑むつもりは無いそうだ。


「俺達と利害関係を一致させ、ダンジョンに関する知識を持ち、裏切らないと確信できる程度に気心の知れた冒険者が簡単に見つかると思うか?」


 ペデルの言葉に返事はしなかったが、答えは勿論ノーだ。

 同年代の連中は腰抜けばかりで、俺とまともに目も合わせられない奴ばかりだ。


 俺様に向かって、生意気な口を利くような奴は、クソチビぐらいのものだ。

 影の中に眷属を潜ませているから、危なくなったら助けてもらえると思っているのだろう。


 自分一人の力じゃ何も出来やしないのに、忌々しいクソチビだ。


「けっ、どいつもこいつも腰抜けばっかりだ」


 舌打ちして酒を煽ったところに、声を掛けてきた奴がいた。


「あれっ、今日は1人なんすか?」

「あぁん? 俺が1人で酒飲んでたら悪いのか?」

「いや、べっつに~……」


 声を掛けて来たのは、クソチビの仲間のタツヤとかいうガキだ。

 他にも3人、薄汚い格好の仲間を連れている。


「薄汚い格好で近づいて来てんじゃねぇ、酒が不味くなる」

「へぇへぇ、てか大して変わらないっすよ、そっちも討伐帰りなんでしょ?」

「だったら何だ。手前らには関係ねぇだろう」

「いやぁ……1日にどの程度倒すのかと思ってね」

「はぁ? ちょっと討伐を始めた程度で、いっぱしの冒険者気取りか?」

「いやいや、そうじゃないっすよ。俺ら余所から来たから、平均的な冒険者は1日にどのくらいの魔物を倒すのか、ちょっと知りたかっただけっすよ。ちなみに、今日もあのオッサンと行って来たんすよねぇ。どの程度倒したんすか?」


 タツヤだけでなく他の3人も、純粋に平均的な冒険者の稼ぎが知りたいようだ。


「今日はペデルと2人で、オークが2頭とゴブリンが11頭だ。まぁ、普通だぞ」

「マジっすか……」


 今日の成果に少し盛って話してやると、4人とも目を見開いて絶句していた。

 すぐに俺に追い付いてみせるとか、寝言をぬかしていたみたいだが、現実を知って打ちひしがれてろ。


 手前らなんかが、俺様に追い付こうなんて10年早いんだよ。


「ちきしょう……国分の野郎、マジで鬼畜だな」

「何が平均だ。何が軽くだ」

「まぁまぁ、タツヤもカズキも気持ちは分かるが、その分鍛えられてる訳だしさ」

「俺は、稼がないといけないから助かってるぜ」

「うるせぇ、リア充は黙ってろ」

「そうだそうだ、大人しくシーリアちゃんの尻に敷かれてろ」


 四人は、俺に目もくれずにグチャグチャと話し始めたかと思うと、買い取りカウンターに向かって歩き出した。


「あっ……ギリクさん、お疲れっした!」


 背中を向けて歩き掛けたところで、思い出したかのようにタツヤが振り返って挨拶してきたのだが、一緒に振り返った連中を含めて、全員が俺を憐れむような目をしていた。

 なぜだ。たった今、俺の今日の成果を聞いてビビったんじゃないのか。


 あいつら、いつのまにあんな冒険者らしい後ろ姿になりやがった。

 全員が片手に下げている、薄汚れた袋の中身は何だ。


 お前らは、どこで何をやってきやがった。

 聞きたいこと、知りたいこと、確かめたいことが頭の中に渦巻いたが、声を掛けられなかった。


 タツヤたちが買い取りを終わらせて戻って来た時、俺はトイレに立って席を外した。

 あんな薄汚い連中が寄ってくれば、酒が不味くなるからだ。


 タツヤ達が居なくなった後、酒を追加して煽った。

 金ならある。オークとゴブリンの魔石を売り払い、ペデルと分配したばかりだ。


 そうだ、金ならあるから、酒なんか浴びるほどだって飲めるが、今夜は目的があるから酔い潰れる訳にはいかない。

 だが、なぜか飲まずにもいられない気分だ。


 ギルドのカウンターが営業を終了しても、目的の人物はなかなか姿を現さなかった。

 他の連中が、馬鹿話で盛り上がり、酒場の女の尻を追い回しているが、俺は話し掛けるなというオーラを漂わせて酒を飲んでいた。


 やり場の無い怒りのようなものが、胸の中で渦巻いていて、下らない事を言われたら問答無用で殴り飛ばしそうだ。

 酒の入った馬鹿共の盛り上がりがピークを迎え、やがて潮が引くように静まり始めた頃、ようやく重たい足音が響いてきた。


「ほぉ、珍しいな……」

「うるせぇ……いつまで仕事してやがんだ。さっさと座れ」

「ふん、約束した覚えは無いが、まぁいいだろう……酒をくれ」

「ちっ、格好つけやがって……」

「俺が格好つけているように見えるなら、それは自分が格好つかないと思っているからだろう」


 ドノバンのおっさんは、残業の疲れなど微塵も見せず、いつものように……いや、いつも以上に高く分厚い壁のように見えた。


「それで、何の用だ……?」


 ドノバンのおっさんは、カップの酒を半分ほど一息に飲むと、こちらの胸の内を見透かしているかのように話を切り出した。

 実際、見透かされているのだろうし、そんな事に反発するために待っていた訳じゃない。


「どうやったら……どうやったらAランクに上がれるんだ?」

「ふむ……一般的な答えが欲しい訳じゃなさそうだな」

「当たり前だ! 実績を積めとか下らねえ答えを聞くために待ってた訳じゃねぇ!」

「そうか……」


 ドノバンのおっさんは、残っていた酒を飲み干すと、追加の酒を頼んだ。


「Aランクってのは、普通の連中から見れば別格だ」

「んな事は分かってる! 俺が知りたいのは、どうやってその別格になるかだ!」

「少なくとも、俺の話の腰を折るような、堪え性の無い奴には無理だ」

「んだと……」

「Aランクに上がるような連中は、ずば抜けた才能を持って生まれて来るか、さもなくば貪欲に吸収し続けるか、そのどちらかだ」


 いつの間にか馬鹿騒ぎが止んで、酒場は静まり返っていた。


「ギリク、お前は同年代の連中に較べれば体格に恵まれているが、それでも何もせずにランクアップしていく程の才能は無い。今もCランクにいるのが何よりの証拠だ」


 俺だけじゃなく、酒場にいる殆どの連中が苦い表情を浮かべた。

 何もせずにランクアップできるような奴は、10年に1人現れるかどうかだ。


 酒場にいる連中は、俺を含めて平凡な才能しか持っていない。


「才能が無かったら、どうすりゃいい?」

「言っただろう。貪欲に吸収し続けるしかない」

「だから! 何をやればいいんだよ! もっと具体的に言ってくれ!」


 ドノバンのおっさんは、俺が声を荒げても気にする素振りも見せず、悠然と酒を口に運んでいる。


「1つ良い方法がある」

「何だ、どうすればいい?」

「方法はあるが、お前には無理だろうな」

「ふざけんな! もったいぶらずに教えろよ!」

「ケントに鍛えてもらえ」

「はぁ? 何で俺様が、あんなクソチビに教えを請わなきゃいけねぇんだよ!」

「ほら、だから無理だと言ったんだ」

「くそっ、次だ、別の方法があんだろう?」


 ドノバンのおっさんは、悠然と酒を飲み干すと、追加の酒を注文した。


「お前、俺の話を何も聞いていないじゃないか。本気でAランクに上がる気なんか無いだろう?」

「ふざけんな! Aランクに上がりてぇから、恥を忍んで聞いてんじゃねぇか!」

「それだ。Aランクに上がって行くような連中は、強くなるためなら、腕を磨くためなら、恥ずかしいなんて感情はスッパリ捨てられちまう連中なんだよ。お前が燻っているのは、安っぽいプライドにしがみ付いていやがるからだ。自分より強い奴を認めろ、自分の弱さを認めろ、それが出来ないうちはAランクなんざ夢のまた夢だ」


 俺だけじゃねぇ、酒場にいる冒険者全員が冷や水を浴びせられたように静まり返っている。


 ドノバンのおっさんの言葉は重い。

 実際にAランクの冒険者として活躍し、このギルドのまとめ役として最前線に立って、街を守ってきた人間の言葉が軽いはずがない。


「俺が……俺がクソチビよりも弱いって言うのかよ」

「当たり前だ。お前はSランクを何だと思ってやがる。ケントは、俺が10人……いや100人で掛かって行っても傷一つ付けられないぞ。ケントがドラゴンだとしたら、ギリク、お前はそこらに転がってる石ころだ」

「くっ……」


 たぶん、ドノバンのおっさんの言葉には嘘など無い。

 俺が思っている何倍も、いや何十倍もクソチビは強いのだろう。


「夕方、タツヤ達が買い取りを頼みに来ていたが、会ったか?」

「い、いや、姿は見掛けたが、話はしてねぇ……」

「そうか……あいつら、お前の10倍の魔石を持ち込んで来たぞ」

「はぁ? 10倍だと?」

「そうだ、1人オークの魔石を5個、今日は4人で来てたから20個だ」


 酒場に居合わせた連中がざわめき始めた中で、カウンターに行きかけて振り向いたタツヤの顔が頭に浮かんだ。

 あいつらが手に下げていた袋の中身は、全部オークの魔石だったのか。


 見栄を張るために今日の成果を水増しし、それでも奴らの足下にも及ばねぇなんて、恥晒しにも程がある。


「そ、そんなの、あいつらだけの力じゃ……」

「そんなことは分かってる。それでも、あいつら4人がオーク20頭を討伐したのは事実だ。どれだけ良い条件を整えて貰っているのかは分からんが、それでも、それだけの数の討伐を経験しているのは事実だ。奴らは、それだけの経験を積んでいる……お前はどうなんだ、ギリク」

「お、俺は……」


 ミュー姉と離れて、ペデルと組んで本格的に冒険者としての活動を始め……始め……始めて満足しちまっていたのか?

 ペデルの野郎は、冒険者として生き残るためには手本になる男ではある。


 だが、貪欲にランクアップを目指しているとは到底思えない。

 まず生き残る、金を稼ぐ、酒を飲む、女を抱く……ランクアップはその下、いや、もっと下なのかもしれない。


 どうすれば良い、どうすれば俺は上に上がれる、どうすれば俺は奴らに追い抜かれないで済む、どうすれば、どうすれば……。

 テーブルを見詰め、回らない頭を必死に巡らせていたら、グシャグシャっと手荒く頭を撫でられた。


「なっ……何しやがる」

「ふん、そんな酒で濁った頭で考えても、まともな答えに辿り着くわけねぇだろう。とっとと帰って寝ちまえ!素面のときに、ジックリ考えるんだな」


 ドノバンのおっさんはニヤリと笑うと、酔った素振りも見せずに重い足音を残して帰っていった。

 考えるなと言われても、どうやったって考えてしまう。


 立ち止まっていたら、タツヤ達にあっさり追い抜かれ、置き去りにされそうだ。

 だが、どこに進めば良い、何をすれば良い。


「そろそろ看板なんで……」

「えっ……あぁ、悪い」


 気が付けば、酒場に残っていたのは俺だけだった。

 金を払って席を立つと、足元がふらついて片膝をついてしまった。


「大丈夫かい?」

「だ、大丈夫に決まってんだろう……」


 酒場のマスターの腕を振り払って、ふらつく足を無理矢理動かしてギルドを出た。

 街灯が僅かに灯る目抜き通りに、俺以外の人影は見当たらない。


 頭がグラグラして、寒気を感じる。

 酔いが醒めかけているみたいで、胸がムカムカして吐きそうだ。


 表戸を閉めた商店の壁を伝いながら、フラフラと家へ向かって歩く。

 もう少し、あと少し、あの角を曲がれば……と思った時に気が付いた。


 その先は、俺が生まれ育った区画だ。

 間借りしているペデルの部屋は、俺の背中の方向だ。


「くそっ、どうすればいい。どうすりゃ……おぉぇぇぇ……」


 どこかの家の壁にもたれて反吐を吐く……俺は惨めなCランクの酔っ払いだ。

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