第410話 特別訓練

「それでは、特別訓練を始めたいと思います。本日は、基礎体力アップのトレーニングを行った後、単独でのオークの討伐に臨んでいただきます。皆さん、怪我の無いように注意しつつ頑張って下さい」

「ちょっ待て、国分。お前、単独でのオークの討伐って言ったか?」

「それが、どうかした?」

「いやいや、無理無理、首を傾げて可愛い子ぶっても騙されねぇぞ!」

「やだなぁ、八木。僕がいるんだよ、手足が千切れたり、腸が飛び出た程度なら治すから大丈夫だよ」

「全然、大丈夫じゃねぇぇぇ!」


 本日は、久々に魔の森の訓練場へと来ております。

 八木のダンジョン計画なんてものを聞かされて、このままでは居残り組が危険に晒されるのではないかと危機感を抱きました。


 そこでリーダー格の近藤に相談したところ、少しレベルアップのための訓練をしたいと頼まれたのです。

 危険から身を守るには、自分達が強くなるのが一番という訳ですね。


 参加者は、近藤、鷹山、新田、古田、八木、マリーデ、それに本宮さんです。

 講師は、ラインハルトが工事の監督で不在なので、バステンに頼みました。


『では、ケント様。全員、オークとの戦闘が出来るように装備を整えさせて下さい』

「オッケー、みんな、オークと戦える完全武装を身に着けて」

「ちょっと待て、国分」

「何だよ八木……いちいち止めないでくれるかな」

「最初は基礎トレーニングって言ってなかったか? それなら武装は要らんだろう」

「あぁ、そう言えば……」

『ケント様、本日の基礎トレーニングは、武装した状態でも動けるように行うものです』

「なるほど……八木、武装した状態でも動けるようにするトレーニングなんだって……って、なんでバステンは僕に防具を差し出してるのかな?」

『最近、ケント様が鍛錬を怠りがちなので、本日は皆さんと同様のメニューに取り組んでいただけと分団長から言われております。ささっ、どうぞ、どうぞ……』

「えぇぇぇぇ……聞いてないよ」


 居残り組のみんなは、それぞれ手持ちの革鎧を身に着けています。

 これらは、アーブルの残党からパクって来たものの中から、みんなに選んでもらった物ですが、新旧コンビや近藤、鷹山あたりは、だいぶ様になっています。


 マリーデもまぁまぁですが、八木は借り物感が強いですし、本宮さんも着慣れていない感じがします。

 まぁ、一番着慣れていないのは僕なんだけどね。


「てかさ、これって所々金属プレートが付けられていて、みんなの物より重そうなんだけど」

『魔王ケント・コクブ様に相応しい外観の物を選んでみました。良くお似合いですよ』

「要らない、僕には見た目の見栄とか要らないから……」

「うはははは、国分ざまぁ! お前は、もっと俺達の苦しみを味わえ」

「ちっ、いくら僕が苦しんだところで、八木が楽になる訳じゃないからね」

「いやいや、いやいや、国分が苦しむ顔を見るだけで、超~元気になるんですけど、エナジードリンクきめちゃった感じなんですけどぉ」


 ムカつく、超ムカつくけど、八木の相手をして体力を奪われる方が、今日は致命傷になりそうな気がするので、とにかく訓練を始めましょう。


『では皆様、まずは訓練場の外周を走っていただきます。走ることは、討伐における基本中の基本ですから、気を抜かずに走れるように工夫をしてあります。では、始めて下さい』

「とりあえず、外周のランニングだって、始めよう」

「よし、お前ら二列縦隊だ。声出して行くぞ!」

「よっしゃ~、ヴォルザード、ファイ!」

「オー!」

「ファイ!」

「オー!」


 僕と八木を除いた居残り組は、全員運動部所属だったので、新旧コンビの号令にあっさりと従ってランニングを開始しました。

 てか、ちょっとペース速くない? いきなりこれだと、横っ腹とか痛くなりそうなんだけど。


「国分、ペース落とすように言えよ」

「い、いやいや、このくらいで大丈夫じゃない?」

「馬鹿、見栄張ってると潰れるぞ。お前、たぶんフルメニューやらされるぞ」

「えっ、嘘っ……新田、古田、速くないかなぁ……」

「ヴォルザード、ファイ!」

「オー!」

「ファイ!」

「オー!」


 聞いちゃいねぇ……てか、これ何周走るんだ?

 マジで、最近鍛錬をサボりすぎた。


「うぇ……ヤベぇ、国分……朝飯吐きそう……」

「うひゃひゃひゃ、八木ぃ……僕も……」


 魔の森の訓練場は、いつの間にか拡張工事が進められていて、400メートルのトラックがスッポリ入りそうな大きさがあります。

 たぶん外周は、600メートルぐらいありそうです。


『ケント様、遅れてますよ』

「そんな……ことを……言われ……ても……」

『仕方ありませんねぇ。では、用意しておいたものを……』

「用意って……バステン、何を……」


 居残り脳筋組のペースについて行けず、僕と八木が遅れ始めたところで、後ろから声がしました。


「うにゃあ、ご主人様、頑張るみゃぁ」


 振り向いた先には、黄色い大きな毛玉が……しかも、パリって帯電してるじゃん。


「やばいやばい、やばいぞ八木」

「何だよ……って、俺はネズミじゃねぇぇぇ!」

「八木、レビンは高電圧で帯電してるからね。追い付かれたら、知らないからね」

「ちょっ馬鹿、殺す気かぁぁぁ!」


 1周約600メートル、10周にわたるレビンとの追い掛けっこで、一日の体力を使い果たした感じがします。

 更にバステンのブートなメニューは続いて、腕立て、腹筋、真剣を使っての素振り、基本メニューが終わった時点で、僕と八木は半分魂が抜け出ている状態でした。


「うがぁぁぁ、国分、この状態でマジでオークの討伐やるのか?」

「うぎぃぃぃ、やるよ。大丈夫、僕は自己治癒使うから」

「手前、ズリぃぞ、俺様にも掛けろよ」

「何言ってるの? 僕はこれからオークの召喚作業とかやらなきゃ駄目だし、無駄な魔力は使えないんだよ」

「お前は、こういう状況の時、清々しいくらいに自分のことしか考えてねぇよな」

「いやぁ、それほどでもぉ……」

「褒めてねぇよ!」


 ウダウダと文句を口にする八木は放っておいて、自己治癒魔術を使った後は、みんなが討伐体験をするオークを探しに行かねばなりません。


「なぁ、みんな。ここは国分さんに最初に手本を見せてもらわないか?」

「ちょっ、八木。いきなり何を言い出してんのさ」

「いいな、さすがSランクって所を見たいよな、和樹」

「異議な~し! 俺も達也に賛成」

「ちょ、新旧コンビまで、何言い出してんのさ」


 八木の馬鹿な一言のおかげで、攻撃魔術はNG、身体強化魔術はOKという条件付きで、オーク討伐をさせられる羽目になりました。


「国分、活きの良いオーク選んで来いよ、活きの良いやつ」

「八木、君の分のオークをいったい誰が選ぶと思ってるのかな?」

「すんませんした! 自分、調子乗ってたっす!」

「ハイオークとか探してみるか……」

「馬鹿、俺様はごくごく普通のオークだって苦戦する自信があるんだぞ。活きの良いのとか、上位種とか持って来るんじゃねぇぞ」

「はいはい、分かってるよ。やるなよ、やるなよ……って、ネタ振りなんでしょ」

「いや、マジだから、いや、待て国分、国分さ~ん!」


 ウザい八木は放置して、影移動でヒュドラを討伐した跡地へと向かいました。


「うわっ、なんか全体的に増えてる気がする」

『そうですね。分団長やコボルト隊が工事で取られていますから、少し我々が間引いておきましょう』

「なんなら、レビンとトレノに、少し減らしてもらっても良いけど、今日の訓練が終わってからね」

『分かりました。で、どれにしますか、ケント様』

「はぁ……僕は制限付きでオークとやり合えるほど強くはないんだけどなぁ……」


 でも、オークと剣で戦う機会なんて、この先は二度と無いかもしれないので、気を引き締めながらも楽しむつもりで、普通の……普通のオークを訓練場へと送還しました。


「なんだよ、普通だよ!」

「国分ぅ、普通すぎじゃないのか?」


 訓練場に戻ると、新旧コンビが不満を口にしていました。


「あぁ、うるさい、うるさい、この後は、みんなにもやってもらうんだからね」

「普通、最高!」

「そうだな、やっぱ普通のオークが一番だよな」


 その普通のオークは、最初戸惑ったような様子を見せていましたが、どうやら僕を相手だと認定して身構えました。


「ブフゥゥゥゥゥ……」


 攻撃魔術が使えないという縛りは、攻撃魔術主体で戦ってきた僕にとっては大きな縛りですが、とりあえずは身体強化魔術を全身に巡らせました。

 もっと緊張するかと思いましたが、これまでにもオークは討伐していますし、死角から不意打ちに近い形ですが、オーガだって両断したことがあります。


 そうした経験が物を言うようになってきたのか、オークを目の前にしても足が震えて動けなくなったりしません。

 元野球部である新田のお株を奪うつもりはありませんが、剣を寝かせ気味にして右バッターのように構えました。


 オークも徐々に姿勢を低くして、僕に向かって突っ込んでくる体勢を整え始めています。

 最初の一撃で脚部に大きなダメージを与えて、動きを鈍らせるのが僕の作戦です。


 ジリっ、ジリっと足を進めながら、踏み込むタイミングを計りました。


「ブモォォォォォ!」


 雄叫びを上げて突っ込んでくるオークに対して、僕はオークの左側に飛び込むフェイントを掛けた後、振り回して来た右腕を掻い潜りました。

 オークの正面を斜めに横切りつつ、右の内腿に全力で剣を叩き付け、そのまま大腿骨に沿って引き抜きながら駆け抜ける。


「ブギィィィィィ!」


 10メートルほど走って振り返ると、丁度オークもこちらへと振り向いたところで、内腿の傷からは血が噴き出していた。

 大事な血管は身体の内側にあるのは、こちらの世界でも一緒のようです。


 剣が骨に届いたという手応えがあったし、体重を乗せた剣が肉を切り裂く感触もありました。

 加えて、こちらを振り向く動作によって傷口が広がったらしく。噴水のように血が噴き出しています。


 幸先よくダメージを加えられたはずですが、まだ倒しきった訳ではないので油断は大敵です。


「ブヒィィィ……」


 オークの右側へ、右側へと動くと、僕を追いかけるたびに傷口が開くらしく、呻き声を洩らした後で、突進してきました。

 傷の影響で、オークの動きは明らかに鈍く、今度は右に踏み込むフェイントを掛けて左側へと走りぬけつつ、さっきと反対側の内腿に剣を叩き付けました。


「ブキィィィィィ!」


 再び10メートルほど走り抜けて振り向くと、オークはこちらをチラリと振り向いた後、森に向かって逃走を始めました。

 と言っても、両足に深い傷を負い、大量に出血している状態なので、動きは緩慢に見えます。


 今度はオークを追い抜きながら、左の踵に思いっきり剣を叩き付けました。


「ブギィィィ!」


 刃が骨を捉えた感触と共に、ブチーンと何かが弾ける音がして、オークはその場に蹲って動きを止めました。

 どうやら、左のアキレス腱を断ち切ったようで、オークは呻き声を上げながら立ち上がろうとして叶わず、横倒しになって転げ回っています。


 オークの動きを止められましたが、問題はどうやって止めを刺すかです。

 いくら弱っているとは言え、オークの一撃は馬鹿になりません。


 急に腕を振り回されて、内臓にまで及ぶダメージを受けた人もいるそうです。

 いくら自己治癒魔術が使えるとは言っても、僕は進んで痛い思いをしたがる変態じゃありません。


 森とオークの間に立ち、3メートルほどの距離を取って剣を構えて牽制しました。


「ブフゥゥ……ブフゥゥ……」


 最初オークの瞳には、敵意と怒りが満ち溢れていましたが、今は恐怖の色が浮かんでいます。

 たぶん、自分の傷が深刻であると分かっているのでしょう。


「ねぇ! 止めに攻撃魔術を使ってもいい? このままだと時間掛かりそうなんだけど」


 さすがに反撃するだけの気力も残されていないオークの姿を見て、攻撃魔術使用の許可が下りました。


「悪いね……恨んでくれてもいいよ」


 光属性の攻撃魔術で止めを刺そうかと思いましたが、右手をピストル状にした所で気が変わりました。

 超高圧の水流をイメージしながら指先を振るうと、細い細い水の筋がオークの首を横薙ぎにしました。


「あれっ? 失敗だったかな?」


 一瞬、水流でオークの首を濡らしただけかと思ったけど、すぐにオークの首から血が溢れ、バランスを失った頭が落ちて転がりました。


『さすが、ケント様。お見事です』

「ふぅ、攻撃魔術が使えないと大変だよ」


 魔石の取り出しは、オークの体内に影の空間を繋げて引き摺り出しました。

 水属性の魔術で魔石と手を洗えば、討伐は完了です。


 オークの死体を送還術で、ヒュドラの討伐跡へと飛ばしました。


「はぁ、終わったよ。次は誰がやるの?」

「くそぉ、国分のくせに無難にこなしやがって……てか、お前最後の魔術なんだよ」

「なんだよって、この前八木に話してたやつじゃん」

「どうやったんだよ。いっくらやっても出来なかったぞ」

「えっ、こうイメージして……すって切る感じ?」

「でたよ、チート野郎が、またやったら出来ちゃいましたか、俺様が血の滲むような努力を続けても出来ないのに、嫌味か!」


 いや、そう言われても、魔術に関しては上手くいかない時もあるけど、基本そんなに苦労してないんだよね。


「次は誰がやるの? 八木、やってみようか?」

「ちょっと待った! 次はこの新田和樹に任せてもらおうか!」

「んじゃ、和樹の次は俺な!」

「その次は、俺な!」


 どうやら、普段魔術頼みの戦闘をしていると思われている僕が、攻撃魔術禁止の条件でもオークを倒したことに居残り組は刺激を受けたようです。

 僕に続いて、新田、古田、鷹山、近藤、本宮さんの順番でオークの討伐に挑むようです。


「じゃあ、新田、準備は良い?」

「おぅ、いつでも来いや!」


 なにやら新田には作戦があるようですが、まずは活きの良いオークを選んで連れてきましょうか。

 送還術で訓練場へと送り込んだのは、さっきのオークよりも一回り大きな個体でした。


「しゃーらぁ! 掛かって来いや!」


 新田は、剣を左手一本で握り、大声を上げて注意を引き付けています。

 どうやら、身体強化の詠唱は、僕がオークを捕まえに行っている間に済ませてあるようです。



「ブフゥゥゥゥゥ!」

「食らえぇぇぇぇ!」


 突進してきたオークに、新田は右手に握っていた拳大の石を投げ付けました。


「ブキィィィィィ……」


 身体強化魔術のおかげで、150キロを超えるであろう速度で、唸りを上げて飛んだ石は、オークの鼻面を直撃。

 鼻を襲った激しい痛みに動揺したオークの右足に新田が思い切り剣を叩き付けました。


「ブギィィィ!」


 悲鳴をあげるオークの横を駆け抜けた新田は、僕のように10メートル先まで行かずオークの後ろで踏ん張ると、左のアキレス腱へと斬り付けました。

 更に新田の追撃は止まらず、痛みで膝をついたオークの首に思い切り剣を叩き付け、今度は大きく離れて見守っています。


 首から大量の血を噴き出しながら、オークはゆっくりと横倒しになり、そのまま動かなくなりました。

 新田は、首からの流血が止まるまで待って、剣先でオークを突いて完全に死んだ事を確かめると、魔石の取り出しを始めます。


 オークは、皮下脂肪が厚く、魔石を取り出すために腹を裂くのも一苦労ですが、これまで何度も経験している新田は、慣れた様子で作業を終えました。


 この後、古田、鷹山、近藤までは、無難にオークを討伐しましたが、本宮さんは攻撃魔術抜きでは大苦戦。

 八木に至っては、最初からトウガラシ入りの水球を使って何とか仕留めたけど、マリーデは、何だか体調が悪いようで単独での討伐は途中で断念しました。


「え~……皆さん、お疲れ様でした。これにて午前の訓練は終了。引き続き午後からもオークの討伐をやってもらいます」

「冗談だろう?」

「えっ、なんで?」

「いや、1日にオーク1頭討伐出来れば十分に食っていけるじゃん」

「八木ぃ、これは稼ぐためじゃなくて、討伐の腕を上げるためだよ。こんな環境で討伐を体験なんて普通は出来ないんだよ」

「そうだけどよぉ、俺らには、ちょっと荷が重いぞ」

「じゃあ、八木とマリーデ、それに本宮さんの3人でやる?」

「待って、私は1人でやりたい。次は攻撃魔術も使うから大丈夫」


 午後からは、八木とマリーデはラブラブカップルで、残りの5人は単独で、それぞれ4回ほどオークの討伐をやってもらいました。

 ちなみに僕は攻撃魔術ありだと、オークを訓練場に送還、影移動で戻り、召喚術でオークの体内から魔石を取り出したら、討伐完了ですからね。


 秒で討伐が終わっちゃうのを一度実演して、その後はオークの運搬役に徹しました。

 新旧コンビ、鷹山、近藤の4人も、3頭目ぐらいまでは、危なげなく討伐していましたが、疲労が蓄積してきた4頭目、5頭目は苦戦してました。


 残りの3人が、3頭目でギブアップしたので回転が速くなったのも、4人が苦戦した理由かもしれませんね。


「うぁぁ……疲れた、国分マジ鬼畜だよな」

「古田。ここまでお膳立てしてくれる人なんかいないよ」

「それは分かってるし、感謝もしてるけど、オークの活きが良すぎだろう。ちょっとは加減しろ」

「うん、言いたいことは分かるよ。でも断わる!」

「こいつ……マジ鬼畜だ」


 まったく、みんなして僕を鬼畜呼ばわりなんてマジで酷いよね。

 こんな最高の訓練環境を提供してあげているの、失礼千万だよね。


 鬼畜扱いは本当に不本意だけど、誰も怪我人を出さずに済んだので良しとしましょう。

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