第406話 救援

 ギリギリでした。本当に危ない所でしたけど、何とか間に合いました。

 メリーヌさんの脇腹の傷を塞ぎ、とりあえず命の危険が去ったところで、ヴォルザードの迎賓館へと転送しました。


 向こうでは唯香とマノンが待っていて、治療を引き継いでくれるはずです。


「わふぅ、ご主人様、無事に到着したよ」

「ありがとう、マルト。二人によろしく頼むって言っておいて」

「分かった!」


 ひょこっと首だけ出したマルトは、再び影に潜ると迎賓館へと向かいました。


「しっかりしてください、カルツさん!」

「あぁ、ケント。助かったよ……今回ばかりは駄目だと思った」

「もう、大丈夫ですよ。出血が多いから、少しフラフラすると思いますが、じきに傷は塞がります」

「あぁ、もうだいぶ痛みも引いてきた。しかし、噂には聞いていたが、凄い治癒魔術だな」

「どうやってるかとかは聞かないで下さい。僕自身良く分からないまま治療してますんで……」

「構わんさ。メリーヌが助かって、俺も生き残れたんだ、文句なんて何も無い。ところで、上の連中はどうなったんだ?」

「ロドリゴさんが、住民や冒険者を集めて、ヴォルザードの方向へ撤退していました」



 話は3時間ほど遡ります。

 間借りしている迎賓館の部屋で、一日何事もなく眠りに就こうとベッドに入った時にバステンに声を掛けられました。


『ケント様。クラウス殿が、こちらに向かっておられます』

「えっ、何だろう。何かあったのかな?」


 ベッドから出ると、程なくしてドアがノックされました。


「ケント、もう寝ちまったか?」

「いえ、起きてます。何かありましたか?」


 ドアを開けると、クラウスさんはいつもとは違う引き締まった表情をしていました。


「ダンジョンに青い巨大な蟻が現れたそうだ」

「えぇ! それって南の大陸の……」

「おそらくそうだろう。例の空間の歪みだったか? あいつがダンジョンの内部に出来たんだろうな」

「ダンジョンは、どんな状況なんですか?」

「ある階層よりも下に潜った連中は戻って来ていないらしい。今は、ロドリゴとカルツが中心になってダンジョンを封鎖しているらしい」

「えっ、カルツさんがダンジョンに……まさか」

「そのまさかだ。どうやらメリーヌにせがまれてダンジョンに向かったようだが、中にまで足を踏み入れてはいないようだ」

「あぁ、それならば大丈夫ですか」


 メリーヌさんの弟、ニコラの死をカルツさんに伝えたのは僕です。

 たぶん、メリーヌさんはニコラが死んだと思われるダンジョンに行ってみたいと思ったのでしょう。


「一応、ダンジョンの入口には頑丈な柵と門があるが、どうも嫌な予感がする」

「嫌な予感……ですか?」

「ケント、現れたのは、どんな魔物だ?」

「えっ、青い大きな……蟻!」

「そうだ、蟻だ。あいつらにとっては、穴を掘るなんてお手の物だろう。入口を封鎖しても、別の場所に出口を掘られたら……」

「分かりました。すぐにダンジョンに向かって空間の歪みを塞いで、大蟻も退治してきます」

「悪いな、報酬については戻ってから交渉に応じる」

「はい、そちらは僕の有能な代理人にお願いしますよ」

「はぁ……リーチェには、ほどほどにするように言っておいてくれよ」

「はい、ほどほど……ですね」


 苦笑いを浮かべるクラウスさんを廊下に残して、影の空間へと潜りました。

 僕が着替えている間に、イロスーン大森林で工事を進めている眷属達をバステンに呼びに行ってもらいました。


『ケント様、ダンジョンで異変ですか?』


 戻って来たラインハルトは表情を引き締めつつも、どこか浮き立ったような感じがします。

 強敵と遊ぶのが楽しみなのは分かるけど、まずは住民や冒険者達の安全が優先だからね。


『ケント様、急いで……ダンジョンから出て来ている……』

「えぇぇ! 急ごう!」


 ダンジョンの中で、どうやって殲滅しようか考えていたのに、先行したフレッドが知らせてくれた通り、青い大蟻はダンジョンの外に出ていました。


「正面に立つな! 5人以上で囲め!」


 ダンジョンに向かう街道で、鉄の棒を振るいながら指示を飛ばしているのはロドリゴさんでした。

 どうやら集落から逃げ出す人達を先行させて、この一団が最後尾で食い止めているようです。


 攻撃魔法をぶつけ、槍を振るい、巨大な蟻が怯んだ隙に撤退する作戦のようですが、ダンジョンの方向からはゾロゾロと巨大な蟻が向かって来ています。


「ちくしょう、何匹いやがるんだよ!」

「ロドリゴさん、もう駄目だ」

「馬鹿野郎、諦めるな!」


 火の攻撃魔法で頭の回りを燃やされて藻掻いている仲間を踏み越え、5頭ほどの一団がロドリゴさん達に殺到していきます。


「ラインハルト、バステン、やっちゃって!」

『承知!』

『お任せを!』


 闇の盾から飛び出したラインハルトが愛剣グラムを振り抜くと、ドガっと岩でも砕くような音を残して大蟻の頭が吹き飛びました。


『バステン、なかなか硬いぞ!』

『了解です、しゃ──っ!』


 バステンが頭に愛槍ゲイボルグの連撃を食らわすと、大蟻は脚を折って動かなくなりましたが、いつものような大穴は開いていません。


「ロドリゴさん、ここは僕らに任せて、今のうちに撤収して下さい」

「ケントか、頼む! おい、お前ら、逃げるぞ!」


 さすがはダンジョンに潜る冒険者達です。逃げるとなったら脇目も振らずに一目散に走り出しました。


「じゃあ、みんな始めようか。殻が相当硬いみたいだから、影の中から関節の部分を狙って仕留めていって。フレッドはゼータ達と一緒に先行して、ダンジョン内部の空間の歪みを探して。さぁ、やっちまえ!」


 僕がゴーサインを出すと、コボルト隊、ザーエ達リザードマン、イッキ達ロックオーガ、そしてサヘルが飛び出して行きました。

 ダンジョン近くの集落を中心として、夜目にも鮮やかな青色の殻を持つ、巨大な蟻達が歩き回っています。


 僕よりも遥かに大きな蟻の姿を見ていると、自分の身体が縮んでしまったような錯覚に陥ります。

 大蟻達は、ダンジョンの入口では無く、集落にある宿屋の入口から出入りをしているようでした。


 ダンジョン近くの集落は、ダンジョンから魔物が溢れた時にでも生き残れるように、建物は地下に作られています。

 今回は、ダンジョンから地下の建物へと横穴を掘られてしまったのでしょう。


 大蟻が出入りしている宿は一つではないようで、かなりの速度で掘り進む力があるのかもしれません。

 眷属のみんなが倒した大蟻を良く見てみると、完全武装の兵士というより、装甲車みたいに見えます。


 南の大陸で、強酸を撒き散らすイモムシに返り討ちにあっていたのと同じ種類のようです。

 試しに影の空間からナイフを取り出して、胴体に突き立てようとしましたが、刃先が数ミリ食い込んだだけでした。


 それでも、地上に出て来ていた大蟻は、程なくして眷属のみんなが全滅させましたが、問題は地下にどれだけの数が身を潜めているのかです。

 それと、こいつ等が出て来た空間の歪みを見つけて塞がないと、それこそキリがありません。


 とは言っても、ダンジョンの中は入り組んでいますし、いくつもの階層に分かれています。

 何階層の何処にあるのか調べるのは、容易ではなさそうです。

 

「マルト、コボルト隊のみんなは、空間の歪みの探索に回るように伝えて」

「わぅ、分かった」

「ラインハルト、こっちを頼んでもいい? ちょっとロドリゴさんから情報を聞き出して来る」

『了解ですぞ。こちらはお任せ下され』


 ダンジョン周辺の制圧と空間の歪みの探索の指揮をラインハルトに任せ、ヴォルザードを目指して撤退中のロドリゴさんの所へと向かいました。

 探索を行う上で、どの辺りから大蟻が出て来たのか分かれば、少しは的が絞りやすくなるでしょう。


 ヴォルザードを目指す一団は、女性を内側にして周囲を冒険者が囲み、松明を燃やして鉄の輪を鳴らして歩いています。

 これだけの人数がいれば、オークなどが襲って来たところで返り討ちに出来るでしょうが、大蟻に襲われたら被害が出る可能性があります。


 そもそも、魔の森にも近い場所で、野営をするなど普通では考えられません。

 とにかくヴォルザードの城壁の中へ……という一心で歩いているのでしょう。


「ロドリゴさん、大丈夫でしたか?」

「おぅ、ケントか。いやぁ助かったぜ、あそこまで厄介な連中だとは思わなかった」

「地上に出て来た大蟻は、僕の眷属が殲滅しましたから、ここには追って来ないはずです」

「そうか、おーい! 先頭は少しペースを緩めろ、もう後ろは大丈夫だ!」


 ロドリゴさんが大声で呼び掛けると、隊列からは安堵の声が洩れました。

 あの大蟻に追われていると思ったら、そりゃあ生きた心地もしないでしょう。


「ロドリゴさん、あいつらは何階層から出て来たんですか?」

「ダンジョンの中で目撃したのは一人だけで、そいつの話は5階層だと言っていたが、あの動きからするともう少し下かもしれんな」

「そうですか……ムルト、フレッドに5階層から下辺りを重点的に探るように伝えて」

「わふぅ、分かった!」


 ムルトを伝令に出した後で、大蟻が出て来た時の状況を聞きました。


「最初はダンジョンの入口から出て来たんですよね?」

「そうだ。門を壊しそうな勢いで突っ込んで来やがったが、二度退けてから油を流して火を点けた」

「なるほど、大蟻でも火は嫌がるんですね」

「あぁ、それで暫くは大丈夫かと思ったんだがな……ダンジョンに一番近い宿が最初にやられた」


 宿の中には人が残っていたようですが、助けに入れるはずもなく、入口を火で塞ぎ、他の宿に避難を呼び掛けたそうです。


「あいつら、地中を掘り進む速度も並みじゃなさそうだ。次々に宿の壁が破られて、あのままでは包囲されそうだったから集落を放棄して逃れてきたんだ」


 ロドリゴさんの話では、相当数の冒険者がダンジョンに潜ったまま戻っていないそうです。


「深層まで潜った連中ならば、生き残っているかもしれないが、浅い階層の連中は全滅だろうな。それと、カルツとべっぴんさんも……」

「えっ、カルツさんは一緒じゃないんですか?」

「知り合いらしい女性を守備隊の連絡所に残していたから、そこへ……」

「どこですか、守備隊の連絡所って、どこにあるんですか!」

「こっちからだと、ダンジョンに突き当たって右に折れたところだが、もう……おい、ケント!」


 てっきりカルツさんとメリーヌさんは、この一団に加わっているものだと思い込んでいました。

 影の空間に飛び込んで、一気にダンジョンへと移動する途中でフレッドが戻って来ました。


『ケント様……空間の歪みを見つけた……』

「そっちは後! フレッド一緒に来て!」


 ダンジョンの入口前で表に出て、右手の道を突っ走ります。

 扉が滅茶滅茶に破壊された入口には、守備隊の紋章が掲げられていました。


 階段を駆け下りようとした所で、階下から叫び声が聞こえました。


「こっから先は、一歩たりとも通さん!」

「ギシャァァァァ!」


 影の空間に飛び込んで、階段下へと移動すると、廊下には3頭の大蟻と奥には倒れている人影が見えました。


「フレッド!」

『りょ……』


 メリーヌさんもカルツさんも血まみれで、あとちょっとでも遅れていたら取り返しの付かない事になっていました。



「起きられますか? カルツさん」

「あぁ、頭がクラクラするが、何とか……」

「じゃ、そこに座っていて下さい、ヴォルザードまで送ります」

「何から何まで、すまんな」

「何言ってるんですか、僕がヴォルザードに辿り着いた時、どれだけカルツさんに助けられたか。僕がこうしていられるのも、カルツさんのおかげですよ」

「いやいや、俺達ヴォルザードの人間こそ、どれだけケントに助けられたか……」

「そんなの当たり前じゃないですか。それとも、僕はヴォルザードの人間じゃないって言うんですか?」

「いや、すまん。そうだな、もうケントはヴォルザードの住民だものな」

「そうです。とりあえずヴォルザードまで送りますから、唯香の指示に従って安静にしていて下さい」

「分かった。ありがとう、ケント」


 ガッチリと握手を交わした後で、カルツさんも迎賓館の唯香の下へと送りました。


「さぁ、フレッド。空間の歪みを塞ぎに行こうか」

『了解……案内する……』


 空間の歪みが存在していたのは、6階層の奥まった一角でした。

 大蟻の死骸が積み重なった奥に、陽炎のようなゆらめきが見えます。


 空間の歪みの境界面から10メートルほど離れた場所には、フラムがどっかりと腰を据えて睨みを利かせていました。


「お疲れ様、フラム」

「お疲れっす、兄貴! ここは、奴らの巣に繋がってたのかもしれないっすよ」


 境界面までの通路には、黒焦げになった大蟻の死骸が累々と転がっています。

 ここからフラムが炎弾を連発で撃ち込んで、ようやく大蟻の流出が止まったそうです。


「じゃあ、さっさと片付けちゃおう……送還!」


 陽炎のように揺らめく境界面の周囲を、更に10メートルぐらい抉り取るようにして南の海の上へと飛ばしました。

 ゴッソリとダンジョンの内壁までもが抉り取られましたが、そのポッカリと開いた空間の中央には、揺らめく境界面が存在しています。


『ケント様……』

「うん、ちょっと待って」


 前回と同様に、このまま消えないのかと思われた境界面ですが、時間と共に徐々に薄れてきました。


「ギシャァァァァァ!」


 突然1頭の大蟻が抜け出して来ようとしましたが、その直後に境界面が消失。

 身体を半分乗り出した所で境界面が消え、大蟻は胴体を輪切りにされて息絶えました。


「うーん……何なんだろう、この空間の歪みって」

『ケント様でも……消せないのかと思った……』

「前も、こんな感じだったっすよね、兄貴」

「うん、一応送還術を使えば消せるけど、少し時間が掛かる感じだね」

『星属性よりも……更に上位の魔術……?』

「もしくは、星属性とは異なる魔術か自然現象なのかも……」


 とりあえず消せたものの、空間の歪みについては謎が残ったままです。

 そこへ、バステンが報告に現れました。


『ケント様。ダンジョン内部の大蟻は、あらかた片付いたようです』

「お疲れ様。大蟻は何頭ぐらいいたのかな?」

『まだ数えてはいませんが、100以上なのは確かでしょう』

「これだけ硬い殻だから、防具の素材になりそうだよね?」

『そうですね。時間が経ったあとで、どの程度の強度が維持出来ているかですが、これだけ鮮やかな色ですし、防具以外の需要もあると思いますよ』

「買い取ってもらえるかは分からないけど、一応、程度の良い死骸は回収しておこう」

『了解しました』


 程度の良い死骸と限定したのは、たぶん、はしゃぎ過ぎたラインハルトがやらかしているはずだからです。

 爆散しちゃったら、さすがに素材としての価値がなくなっちゃいますからね。


『それと、ケント様。蟻共は、どちらかというと上を目指したようで、10階層から下には冒険者達が生き残っておりました』

「あぁ、良かった。それだけ深い階層に潜っているってことは、それなりの腕のある人達だろうから、全滅しなくて良かったよ」


 どういうタイミングで空間の歪みが発生したのか分かりませんが、犠牲になったのは5階層から9階層程度で活動していた冒険者のようです。

 冒険者の皆さんには、コボルト隊から大蟻の討伐が終わったと知らせてもらい、僕らは一旦地上に戻りました。


 改めて眺めてみると、集落は酷い有様です。

 聞いていた通り、油の焼け焦げた匂いが漂い、殆どの宿の出入口は破壊されています。


 建物の本体は地下ですが、その地下にまで大蟻に侵入されたはずですから、内部も酷い有様になっているのでしょう。

 復旧するには、少々時間が掛かるかもしれませんね。


 集落を見て回っていると、討伐を終えた眷属のみんなが戻ってきました。


「主様、いっぱい斬りました!」

「サヘル、怪我しなかった?」

「はい、大丈夫です」


 ドヤ顔で戻って来たサヘルを撫でてやると、くーくーと嬉しそうに喉を鳴らしました。

 それを見ていたコボルト隊が、我も我もと集まって……あ、あぁぁぁ……。


 ゼータ達まで加わって、揉みくちゃにされた後、しっかりザーエ達やイッキ達も労いましたよ。


『ケント様、今夜のうちに出来ることは、この程度でしょう。そろそろヴォルザードに戻って、お休みくだされ』

「うん、そうだね。あっ、バステン、ヴォルザードに向かっている人達を見守ってもらえるかな?」

『了解です、ヴォルザードまで影の中から護衛いたします』

「あとは……大丈夫だね。よし、戻ろう」


 迎賓館に戻ると、クラウスさんだけでなく、唯香達まで起きて待っていてくれました。

 詳しい報告は明日に回しましたが、問題の大蟻も空間の歪みも対処を終えたと伝え、今夜は休むことにしました。

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