第405話 守り抜く

 心に迷いが生じた。行くべきか、待つべきか……。

 足音が遠ざかったかと思うと、下から上がって来たり、逆に上から下へと通り過ぎて行く。


 ドアの向こう側の状況は見えないが、既に大蟻達の勢力圏に取り込まれたと考えるべきだろう。

 今いる場所は、地上から短い階段を二つ下った地下1階、階段から向かって斜め右の装備保管庫の中だ。


 階段を駆け上がれば、すぐに地上に出られる。

 何事も無ければ、10秒と掛からずに表に出られるはずだ。


 だが、表に出られたとして、そこは安全なのだろうか?

 この守備隊の連絡所の他に、ダンジョン近くの宿の壁も破られている。


 大蟻達が、どれほどの速度で掘り進めているのか分からないが、既に地上への経路を確保したと見た方が良いだろう。

 おそらく、ダンジョンの入口を中心として、ある程度の半径は大蟻達の勢力圏だ。


 その範囲を抜け出せなければ、安全とは言い難い。

 地上に出るまで10秒、そこから安全圏までどのくらいの距離があるのか。


 安全圏に到達するまでに、大蟻に見つからずに済む確率はどの程度なのか、正直全く判断が出来ない。

 例え大蟻に見つかったとしても、俺一人ならば横っ飛びしたり、転げ回ったりしながらでも逃げきれるかもしれない。


 だが、メリーヌを背負った状態では、そんな動きは出来ないし、かと言って置き去りにするなど論外だ。

 メリーヌはお荷物などではなく、俺が命を懸けて守る人なのだから。


「カルツさん、ちょっと降ろしていただけませんか?」

「駄目だ、メリーヌを置いていくなんて……」

「いえ、ちょっと胸が苦しくて……」


 背負ったメリーヌを振り落としたりしないように、シーツで作った紐で強く縛ってしまったから、胸の膨らみで圧迫されて苦しいらしい。

 装備庫の一番奥まで入り、二人の身体を固定していた紐を解いた。


「すまない、気が利かなくて……」

「いえ、私こそワガママばかりでごめんなさい。やっぱり私を置いて……んっ」


 小さく頭を下げたメリーヌを抱き締めて、唇を重ねた。

 こんな状況なのに、いや、こんな状況だから自分の欲望が抑えられなくなっているようだ。


「君を置いていくなんて有り得ない。進むにしても、待つにしても一緒だ」

「待つ……?」

「夕方、守備隊の隊員をヴォルザードに走らせた。もう到着しているはずだ」

「では、助けが来るのですか?」

「分からない。到着するとしても、明日……いや、もう今日なのか、早朝に街を発つとしても到着は昼前だろう。あと半日ぐらいは掛かるはずだ」


 守備隊が、どの程度の人員を派遣してくれるのか分からないが、救援に来てくれれば地上の安全は確保してくれるかもしれない。

 その状態で、地上まで脱出できれば、逃げ延びられる可能性が高い。


 だが、懸念が無い訳ではない。

 地上を制圧する為に大蟻達の出口を防ごうと、連絡所の入口にも火を焚かれてしまったら、俺達が地上に出られなくなってしまう。


 その場合、連絡所の内部まで制圧されるには、どのぐらいの時間が必要になるだろうか。

 おそらく何時間ではなく、何日単位になるはずだ。


 それまで、ここで籠城するとして、食糧や水が無い。

 長くもっても、3、4日が限界だろう。


 行くべきか、待つべきか……行くならいつなんだ。

 扉の向こう側、地上までも見透かす力があれば……などと考えてみても、そんな力に目覚めるはずもない。


 装備庫の奥の壁にもたれて座り、何度も何度も、状況を想定して脱出のシミュレーションを繰り返していると、不意に柔らかな温もりに包まれた。


「ごめんなさい、私がダンジョンに来たいなんて言ったから」

「メリーヌ……」


 抱えていた俺の頭を離したメリーヌは、唇を重ねてきた。

 普段は見せない、心の奥底の感情をぶつけて来るような激しさに、俺も応えるように抱き締める。


「カルツ……せめて最後に」

「よせ、俺は諦めていないぞ。絶対に生きて帰るんだ。絶対に守ってみせる」

「カルツ……」

「メリーヌ……」


 決して離すまいとメリーヌを強く抱きしめた時、ドアの向こうから一際大きな足音が響いた。

 立て続けに何頭もの大蟻が、通り過ぎて行ったようだ。


 音は下から上へと向かって行ったように感じた。

 ダンジョンの入口は、強固な柵と門で固められているので、どうやらここがダンジョンから地上への出口と化しているようだ。


 少しの間を置いて、また複数の足音が下から上へと移動して行った。

 あまり、多くの個体が通り過ぎて行く事態は歓迎出来ない。


 それだけ、地上における大蟻達の勢力圏が拡大してしまう恐れがある。

 勢力圏が広がれば、逃亡するまでの距離が増えるし、救援にくる者達が制圧しなきゃいけない範囲が広がるのだ。


 やはり、無事に逃げ切るのは無理なのだろうか。

 たった今、断わったばかりのメリーヌの申し出が頭をよぎる。


「ギシャァァァ!」

「ギィィィ……」


 突然、ガターンと大きな物音が響いたと思ったら、ドアの向こう側から大蟻の争うような声が聞こえた。

 メリーヌが、ギューっと抱き付いて来た。


 ボリボリ……バキ……ニチャ、ニチャ、ニチャ……


 耳を塞ぎたくなるような音が聞こえ、気のせいではなく血の匂いが漂ってきた。

 良く見ると、ドアの下側から赤い染みが広がっている。


 ガターン!


「ギィシャァァァ!」


 獲物を横取りしようと、別の大蟻が襲って来たのだろうか、衝撃音と共に保管庫のドアが歪んだ。

 咄嗟にテーブルを倒して、その天板の裏側に身を隠す。


「ギャァァァ!」

「ギシャァァァ!」


 激しい物音は、ぶつかり合うようにして階段の下へと去って行ったが、保管庫のドアは歪み下半分が折れて向こう側が見えてしまっている。

 おまけに、ドアの向こう側には血溜まりが出来ていて、肉片のような物まで落ちていた。


 撒いておいたニガリヨモギの粉も、血溜まりに沈んでしまえば何の効果も無い。

 ドアの前から大蟻達が姿を消した隙に、テーブルを壁にピッタリと付け、一番近くのロッカーを探った。


「タバコ、ニガリヨモギの粉、虫よけの香、消毒用の酒……」


 ニガリヨモギの粉は、あるだけ全部保管庫の床にぶちまけた。

 落ちていた灰皿の中で、虫よけの香も焚く。


 もう一か八かの賭けだから、濛々と煙が上がるほど焚いてやった。

 煙は保管庫に充満しはじめ、壊れたドアから廊下へと流れ始めた。


 上手くすれば階段を伝って、外にまで流れて行ってくれるだろう。

 そうなれば、救援に来た守備隊の仲間が気付いてくれるかもしれない。


 半面、大蟻に発見される可能性が高まる恐れもあると懸念したが、どうやら虫よけの匂いは大蟻にとっても不快な物だったらしい。

 ドアの向こうの階段を上り下りする足音の頻度が、さっきに較べると減っている気がする。


 外の様子を覗いつつ、少しづつテーブルをずらし、他のロッカーも探っていくと、携帯食の箱があった。

 数日分の食糧を確保出来たが、一つ大きな問題があった。

 この携帯食はパッサパサで、食べると口の中の水分を根こそぎ奪われるのだ。


 手元にある水分は、消毒にも使える強い酒だけだ。

 携帯食は、本当に最後の手段と考えておいた方が良いかもしれない。


「足音が減ったみたい……」

「あぁ、虫よけが効いたのかもしれない」

「じゃあ、逃げ出すチャンスでは……?」

「分からない。ドアの向こう側からは、まだ気配が感じられるし、少し時間が掛かり過ぎた」


 もう少し早い段階で、虫よけ香を使って階段を燻しておけば、あるいは脱出できたかもしれない。

 だが、今はもう敵の真っただ中に取り残されている状態だと考えるべきだし、不用意に地上を目指して鉢合わせになれば、そこで全てが終わってしまう。


「じゃあ、暫くは二人っきりですね……」


 テーブルの天板と壁の隙間からドアを見張っていると、メリーヌが腕の中に身体を預けてきた。

 小康状態とは言え、全く気が抜けない状況なのだが、少しの間だけこの温もりを感じていたかった。


「子供は何人欲しい……?」

「えっ、いや……考えていなかった」

「私は2人は欲しいです。アマンダさんのお店で修行してる頃、ケントとメイサちゃんを見て、こんな子供達と一緒だったら幸せだろうなぁ……って、ずっと思ってたんです」

「そうか、俺は2人と言わず、3人でも4人でも構わんぞ」

「うふふふ……じゃあ、頑張っちゃいます?」

「ぶ、無事に戻ったらな」

「約束ですよ」

「あぁ、約束だ」


 死ねない、もう絶対に死なせないし、死ぬ訳にはいかない。

 緊張の連続で疲れ果てていたのか、メリーヌは俺の腕の中で寝息を立て始めた。


 ドアが壊れたおかげで、廊下と階段の一部の様子が見えるようになった。

 虫よけのおかげなのか大蟻が通る頻度が減っているような気がするが、人間の見張りなどと違って規則性が無いのが厄介だ。


 暫く通らなかったと思えば、間を置かずに通り過ぎていく場合もある。

 この状態で、地上を目指して飛び出すのは、リスクが大きすぎる気がする。


 安心しきって眠っているメリーヌの温もりを感じていると、俺まで眠気に襲われ始めてしまった。

 昼の間の活動は大したことは無かったが、夕方以降は緊張の連続だった。


 この小康状態で、緊張の糸が切れかけているのかもしれない。

 酒瓶の蓋を開け、ほんの少しだけ喉に流し込む。


 食道が焼けるようなアルコールの刺激で、少しだけ目が覚めた。

 まだ眠る訳にはいかない。眠るならヴォルザードに戻って、汗を流してサッパリして、メリーヌと一緒のベッドの上だ。


 耳を澄ませると、連絡所の中は随分と静かになっていた。

 大蟻達の侵攻が始まった頃は、随分と騒がしかったが、今は時折階段を上り下りしているだけだ。


 だが、大蟻が地上へと続く階段を上り下りしているのに、階上から戦闘音は聞こえて来ない。

 これは、連絡所の出入り口を塞ごうと試みる者が、今はいないという証拠だ。


「ロドリゴのやつ、無事でいるんだろうな……」


 たぶん集まっていた冒険者よりも腕は立つが、大蟻相手に正面から勝負するのは分が悪いだろう。

 そんな馬鹿なことはしないとは思うが、誰かを庇ってとなると有り得るから怖い。


 暫く静かな時間が続いた後で、下の階から物音が響いてきた。

 ガンっと大きな音が響いた後、ガサガサと盛んに這い回る音が響いてきた。


 音は、廊下の奥の方から順番に手前の方へと近付いて来る。


ガン……ガサガサガサ……ガン……ガサガサガサ……


 間違いなく、部屋を一つづつ調べている。

 虫系の魔物に、そんな知恵があるとは思えないのだが、現実に響いて来る物音はそれ以外に説明のしようがない。


「メリーヌ、起きてくれ」

「ん、んー……ごめんなさい、ウトウトしてたみたい」

「いや、それは構わないのだが……」


 大蟻が部屋を調べて回っていると話すと、メリーヌは真っ青になった。


「少し匂うが我慢してくれ……」


 まず最初に、一度床に撒いたニガリヨモギの粉を集めて、メリーヌの身体中に塗した。

 青臭い酷い匂いだが、今は贅沢を言っている場合ではない。


 俺も同じようにニガリヨモギの粉を浴びたら、次はロッカーの棚を外した。

 かなり狭いが、何とか二人で入れそうだ。


 ロッカーの扉は薄い木製で物凄く心許ないが、今はこれに頼るしかない。

 こうしている間にも、部屋を調べる音は続いている。


 虫よけの香を灰皿に足して、煙を強くしてからロッカーに入った。

 保管庫にあった、鎧の胸当て、背当てを内側に立てて、ドアを閉める。


 シーツで作った紐を外側のノブに引っ掛けて、内側からドアが開かないように押さえる。

 そして階段を足音が上がって来た。


 蟻の習性なのだろうか、上がって来た蟻は廊下の一番奥の部屋から調べ始めた。


 ガーン……とドアが破られる音に続いて、ガサガサと部屋の中を這い回る音が響く。

 部屋は階段を挟んで5部屋ずつなので、この部屋まで残りは3部屋だ。


 ガーン……ガサガサガサ……。


 一つの部屋に掛かる時間は30秒ほどだ。

 ドアを開ければ奥の壁が見えるような部屋ばかりだから、調べるのに時間など掛かるはずも無い。


 ガーン……二つ隣りの部屋のドアが破られた。


「ギシャァァァァ!」

「うわぁぁぁ……来るなぁ! ぎゃぁぁぁぁ!」


 廊下越しに断末魔の絶叫が響いて来る。

 俺の背中にしがみ付いているメリーヌの身体がガタガタと震えているが、必死に悲鳴は押し殺しているようだ。


 二つ隣りの部屋から出て来た足音は、隣りの部屋のドアは破らずに保管庫の前を通り過ぎ、階段を下りて行った。

 また連絡所の中に静寂が戻ってきた。


 行くべきか、待つべきか、何度目かの決断を迫られる。

 このまま待っていれば、また部屋の検分を再開するかもしれない。

 

 その時に、俺達は発見されずに済むのだろうか。

 今なら、一気に階段を走り抜ければ、地上に出られるのではないのか。


 だが、俺の身体とメリーヌの身体を縛っていた紐は解いてしまった。

 メリーヌを自分の足で走らせるのでは不安だし、抱えて走ったのでは両手が塞がって武器が使えない。


 その時、ドアの向こうからカラーンと何かが落ちる音が聞こえた。

 続いて廊下を走ってくる足音が聞こえた。


 ガサガサという大蟻のものではなく、人間の足音だ。

 足音が階段の辺りで止まった。

 どうした、なぜ行かない。何を迷っている……?


「だ、誰かいるのか? いるなら、返事を……ぎいゃぁぁぁ!」


 ドンっと何か重たい物が落ちてきた音がした直後、悲鳴が響き渡った。

 それまで全く足音が聞こえなかったから、階段室の壁にでも張り着いていたのだろう。


 メリーヌが震える腕でしがみ付いて来る。

 今の俺には、手を握ってやる以外には何も出来ない。


 ガサガサという足音が一つ階下へと消えて行くと、入れ違うように足音が昇ってきた。

 廊下を曲がり、隣りの部屋のドアが破られた。


 ガーン……ガサガサガサ……。


 30秒程部屋の中を這い回った後、足音は廊下に出て来た。


 ガーン……。


 とうとう保管庫のドアが破られたが、足音が入って来ない。


「ギィィィィィ……」


 廊下から軋むような声が聞こえるのは、虫よけの煙に躊躇しているのだろう。


 ガサガサ……ダーン、ダーン、ダーン!


 大蟻は保管庫に入った所で、ロッカーを蹴り飛ばしたらしい。

 剣や盾、鎧が転がって、けたたましい音が響く。


「ギシャァァァァァ!」


 金属音に更に腹を立てたのか、大蟻は保管庫の中で暴れ始めた。

 ロッカーが次々に薙ぎ倒されて、部屋の奥にまで倒れてきた。


 ボンッ!


 突然、俺達が隠れているロッカーの前で火の手が上がった。

 大蟻が暴れ回ったおかげで酒瓶が割れ、こぼれた強い酒に虫よけ香の火が引火したのだ。


 近くに置いてあった香が一気に燃えたのだろう、虫よけの匂いが一気に強くなった。


「ギシャァァァ!」


 再び叫び声を上げた大蟻は、荒々しい足音を残して保管庫を出て行った。

 足音は、廊下を進んで隣りの部屋のドアを蹴破った。


 あれほど不機嫌そうに叫び声を上げても、律儀に仕事はこなすらしい。

 どうやら大蟻に発見されずに済んだようだが、今度は火災の危機が迫っている。


「くそっ、開かない……」


 大蟻が暴れ回って薙ぎ倒したロッカーが、俺達が隠れているロッカーの前に倒れてドアを塞いでいるらしい。

 ドアの向こうから伝わってくる熱気は強くなっていて、パチパチと木が弾ける音まで聞こえて来た。


 倒れたロッカーやテーブルに火が燃え移っているらしい。

 ただ押しただけではドアが開きそうもないので、拳を振るってドアを叩き割った。


 隠れる前は不安だったドアの薄さだが、この時には幸いした。

 ドアの上半分を叩き壊し、何とかロッカーから這い出したは良いが、思っていたよりも火の勢いが強い。


 もはや保管庫に隠れている訳にはいかないので、一か八か地上に向かって走ることにした。

 これだけ虫よけの煙が上がっていれば、地上に向かう階段に待ち伏せはいないはずだ。


「メリーヌ、行くぞ!」

「はい!」


 右手に落ちていた槍を握り、左手でメリーヌの手を握って保管庫を飛び出した。


「ギシャァァァァァ!」

「しまっ……」


 保管庫の炎に追われて、部屋を検分して回っていた大蟻の存在を忘れていた。

 槍を構える暇もなく立ち尽くした俺をメリーヌが突き飛ばした。


「ぐふっ……」

「メリーヌ!」


 鋭い顎の片方がメリーヌの脇腹を刺し貫き、大蟻が頭を振ると彼女の身体は廊下の端へと滑って行った。


「貴様ぁぁぁぁぁ!」


 俺に向き直った大蟻の目玉を狙って槍の4連撃を食らわせる。


「ギシャァァァァァ!」


 2対、4個の目玉を潰された大蟻は顎を一杯に開き、俺を圧し潰さんばかりの勢いで突っ込んで来た。

 柱との僅かな隙間に飛び込んでやり過ごすと、大蟻は階段を転げ落ちていった。


「メリーヌ! メリーヌ!」


 廊下の端まで飛ばされてメリーヌに駆け寄ると、脇腹から溢れた血溜まりに沈もうとしていた。


「メリーヌ、しっかりしろ! 今、今……」

「カルツさん……私、幸せでした」

「駄目だ、メリーヌ。死んじゃ駄目だ。俺の、俺の子供を産んでくれるんだろう」

「ごめん……なさい……」

「ギシャァァァァ!」


 消え入りそうなメリーヌの声を掻き消すように、大蟻の絶叫が廊下に響き渡った。

 1頭、2頭、階段からは3頭目が姿を見せようとしている。


「カルツ……逃げ……」

「うおぉぉぉぉ! お前ら地獄の道連れにしてやるぅぅぅ!」


 これ以上、メリーヌを傷付けさせまいと、槍を構えて廊下に立ち塞がる。


「こっから先は、一歩たりとも通さん!」

「ギシャァァァァ!」


 突っ込んで来る大蟻の顎の真ん中から、脳天へ向かって槍を突き入れる。

 片側の顎が俺の腹を突き破り、背中まで突き抜けた。


「がはっ……」

「ギヒィィィィ……」


 悲鳴を上げた大蟻が頭を振ると、俺の身体は宙を舞ってメリーヌの近くへと落ちた。


「がふっ……メリー……ヌ……」

「カルツ……カルツ……愛してる」

「俺、もだ……」


 最後の力を振り絞って這い寄り、メリーヌの手を握った。


「ギシャァァァァ!」


 俺に脳天を貫かれ、動きを止めた大蟻を踏み越えて、2頭目の大蟻が近付いて来た。

 メリーヌを守りたいのに、もう上体すら起こせない。


 その時だ……ふっと目の前を黒い影がよぎっていった。

 シュン……っと、微かな音を残して、黒い影は揺らめくように大蟻の横を通り過ぎて行く。


「スケルトン……?」 


 次の瞬間、ゴトリと重たい音を立てて、大蟻の頭が廊下に落ちた。


「遅くなりました。メリーヌさんを治療したら、すぐ治療します。それまでシッカリして下さい、カルツさん!」


 声の先に視線を向けると、メリーヌの脇腹に治癒魔術を掛ける銀髪銀眼の少年の姿があった。


「ケン、ト……」

「はい、ケントです。死なせやしませんよ。必ず助けてみせます!」

「カルツ……」


 俺の手を握る、メリーヌの手に力が戻っていた。

 あぁ、助かった……ギリギリだけど大切な人を失わずにすんだ。

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