第402話 命の責任

 フレッドが回収できたニコラの遺品は、ギルドカードと鍵が一つだけでした。

 遺体はギガアントやスカベンジャーによって食べられてしまったらしく、服の一部も見つからなかったそうです。


 朝食の席で、クラウスさんにニコラの件を伝えると、僕のお節介ぶりに呆れられた後、フレッドが撮影した映像をドノバンさんに見せるように言われました。


「そいつらの素性が分かり次第、しかるべきペナルティーを課す」

「でもダンジョンの中で起こった事態にはノータッチだって聞きましたけど……」

「そいつは守備隊の話だ。ダンジョンに一人で入るには、ギルドの講習を修了する必要があるのは知っているな?」

「はい、火の曜日から星の曜日までの全部で七段階の講習をクリアーしないと、一人ではダンジョンに入れないんですよね」


 僕の場合は、Sランクの特例的に入っちゃってますけど、普通だと入れません。


「そいつは、冒険者が無駄死にしないために設けている制限だが、今回のニコラのようにポーターという立場ならば連れて入れる。ただし、その場合にはポーターの安全を確保するのが条件だ」


 ヴォルザードのダンジョンには二種類のポーターが活動しています。

 ギルドの講習をクリアーしているか、していないかです。


 ギルドの講習をクリアーしているポーターは、独力でもダンジョンに潜れるので、冒険者と同列の扱いとなります。

 年齢的な衰えや実力の限界を感じて深層階の攻略は諦めた冒険者が転職するそうで、浅層階の様子は良く知っているから案内役として重宝されているそうです。


 そうしたポーターは自分で自分の身を守れる階層を弁えているので、契約に際して階層を指定してきますが、その代わりに守ってやる必要がありません。

 ポーターとして雇い入れる金額も高いのですが、自分達の装備や採掘品を運んでくれるし、有事の際には頼れる戦力になるのだから高額なのは当然でしょう。


 一方、ニコラのようにギルドの講習をクリアーしていない、言うなればモグリのポーターは普通のポーターよりも割安で雇えます。

 こうしたポーターの多くは、一日でも早くダンジョンを体験したい若い冒険者で、当然ながら実力が伴っていません。


 なので、こうしたポーターを連れて入る場合には、雇い入れる側が身の安全を確保しなければなりません。

 安い荷物持ちとして使える代わりに、守ってやらなきゃいけないそうです。


「でも、それならばニコラを雇った連中が出て来た時点で罰せられるんじゃないんですか?」

「そこの仕組みがザルになっちまってんだよ。入る連中の実力はチェックするが、出て来られた連中は無事だったから良いだろう……みたいにな。こいつは少し改めないと駄目だな」


 冒険者の活動は、基本的に自己責任です。

 そもそも、殆どの冒険者が、堅苦しい決まりには拒否反応を示します。


 あまり多くのルールで締め付けると、それこそ他の街に活動拠点を移してしまうかもしれません。

 魔の森に面した『最果ての地』ヴォルザードとしては、冒険者がいなくなったり減ってしまうのは、経済の面でも治安維持の面でも大きな痛手となリます。


 若い頃は自分も冒険者として活動していたクラウスさんだから、そうした心情は良く理解しているでしょうし、だからこそ余り堅苦しい決まり事は作りたくないのでしょう。

 それでも、経験の浅い冒険者が不用意にダンジョンに足を踏み入れて、今回のニコラのようにあっさり死んでしまうのは防ぎたい。


 どういった対策を講じるのかは領主やギルドの管轄なので、僕は口を挟まない方が良さそうです。


「ケント、その遺品はカルツに渡して事情を説明してメリーヌに届けさせろ。お前よりも適任だろう」

「そうですね……そうだ、ギルドの借金って借りていた人間が死んだ場合にはどうなるんですか?」

「基本的に、保証人や相続人が払うことになるな。今回の場合ならばメリーヌに請求が行くはずだ」

「やっぱり、そうなりますよね……」

「メリーヌの店は繁盛しているって聞いているし、カルツと一緒になれば守備隊員の給料も入って来る。それに、お前が結婚祝いを弾んでやるんだろう? だったら、そんなに心配はいらねぇだろう」


 メリーヌさんにも、カルツさんにもお世話になっているので、二人の結婚の時にはご祝儀としてメリーヌさんの分の借金を肩代わりするつもりでいます。

 でも、ニコラが死んでしまったから、結婚は少し先延ばしになるかもしれませんね。


 朝食後に、ニコラの遺品を預けるためにカルツさんを探しに行こうとしたら、マリアンヌさんに呼び止められました。


「ケントさん、カルツに会ったら、仕事は休暇扱いとするからメリーヌさんのそばにいてあげるように……と伝えて下さい」

「分かりました」


 守備隊の総隊長であるマリアンヌさんが呼び出した方が早いのかもしれませんが、私用ですし僕に譲ってくれたのでしょう。

 影に潜ると、既にフレッドがカルツさんの居場所を探しておいてくれました。


 フレッドの案内で移動すると、カルツさんは南側の城壁を巡回中でしたが、浮かない表情をしています。


「おはようございます、カルツさん」

「やぁ、ケント。お早う……」


 カルツさんは、何か言い掛けましたが、途中で言葉を切って僕の顔を見詰めました。

 そうですね。僕が顔に出やすいタイプなのを忘れていました。


「ニコラに何かあったのか?」

「ダンジョンで、ギガアントに襲われたらしく……」


 ニコラのギルドカードと鍵を差し出すと、カルツさんは自分のポケットからも鍵を取り出して形を較べました。


「確かに、ニコラの物だ……ケント、遺体は?」


 首を横に振って答えると、カルツさんは溜息をつきながら城壁に背中を預けて空を見上げました。


「どうすれば良かったのかなぁ……守備隊の隊長という役目柄、毎年新人を迎えて来た。中には任務に馴染めなくて辞めていく者もいたが、それでも自分の現実を見詰めて、これから歩いていく未来を見ている奴ばかりだった。正直、ニコラにどう接して良いのか分からないままだった」


 カルツさんは、メリーヌさんとニコラの父親が存命の頃から食堂に足を運んでいたそうです。

 その頃から、ニコラには少し浮ついた所があって、父親に小言を言われている姿を見たのも一度や二度ではなかったそうです。


「そうだな、丁度今のケントぐらいの歳だったから、まぁ父親に説教されるなんて珍しい話じゃないし、そのうちにシッカリしてくると思っていたんだが……ケントに借金のケリを付けてもらっても、まるで感謝もしなければ、反省もしていないようだった」


 ボレントからの借金の件は、ニコラだけの問題ではなかったし、別に感謝されたいとも思いませんが、少しくらいは反省してもらいたかった。

 ニコラに較べたら、八木でさえもまともに思えるぐらいです。


「マリアンヌさんが、休暇扱いにするから暫くメリーヌさんのそばに居てあげてと言ってました」

「そうか……そうさせてもらおう」

「では、ギルドカードと鍵、お預けしても良いですね」

「あぁ、良く回収してきてくれた。感謝する」

「メリーヌさんをよろしくお願いしますね」

「分かった……」


 ニコラの遺品をカルツさんに託して、影に潜ってギルドへと移動します。

 カウンターから取り次いでもらうのが面倒に感じてしまい、直接ドノバンさんのデスクまで移動して声を掛けました。


「おはようございます、ケントです。少しよろしいでしょうか?」

「何かあったのか?」


 ドノバンさんは、いつものごとく書類の山と格闘中でしたが、ペンを握る手を止めて手招きしました。

 闇の盾を出して、タブレットを抱えて表に出ました。


「メリーヌさんの弟ニコラがダンジョンで死亡しました」

「どこのパーティーだ?」

「はい、こいつらなんですが……」


 詳しい話をしなくても、潜る資格の無いニコラがダンジョンの中で死亡したと聞いただけで、僕が来た理由まで理解しているようです。


「まったく、どいつもこいつも若造の扱いも弁えていないらしいな。まとめて再教育してやらないと駄目か」

「こいつら知ってるんですか?」

「お前は、俺がどこで何をやってる人間だと思ってるんだ?」

「失礼しました」


 ダンジョンに潜って活動しているなら、それなりのランクでしょうから、警報が出た時にはドノバンさんの指揮下で戦ったりもしているのでしょう。

 もしかすると、講習でしごかれた口かもしれませんね。


「それで、こいつらの処分はどうなるんですか?」

「1ランクダウン、半年間のダンジョン立ち入り禁止、それと遺族への見舞金3万ヘルトだ」

「えっ、それだけなんですか?」

「どうした、不服か?」

「だって、ニコラは死んでるんですよ」

「じゃあ聞くが、ニコラはダンジョンの危険度も理解出来ない程のガキだったのか? こいつらに唆されて、無理矢理連れていかれたのか?」

「いえ、そうじゃないと思います」

「成人として扱われる男が、自分の意志でダンジョンに足を踏み入れるならば、そこには自ずから責任が生まれる。ダンジョンは、自分の命を他人に預けて遊び半分で行くような場所じゃない。お前の仲間にも、良く言っておけ」

「はい、そうします」


 ドノバンさんに、一礼してから影に潜りました。

 メリーヌさんの店を覗きに行こうかと思いましたが、考え直して魔の森の訓練場へ向かいました。


 ヴォルザードに来た頃には、毎晩のように特訓しに来ていましたが、最近はめっきり訪れる機会が減って、あちこち雑草が伸びています。

 何をするでもなくブラブラと歩いていると、フレッドが話し掛けてきました。


『ケント様……どうかされた……?』

「うん、ニコラを強制的にここまで連れて来て、ラインハルトに特訓してもらっていたら、違う結果になっていたのかなぁ……って思ってね」


 ヴォルザードの街中と違って、ここなら逃げ出せないし、ニコラでも甘えを捨てて訓練に打ち込んでいたような気がします。


『たぶん無理……他人は思い通りにはならない……』

「でも、ここなら甘えを排除出来るし……」

『ニコラは何度もチャンスを与えられてた……アーブルの残党達も……』

「そうか……そうだね……」


 マキリグ峠のアジトで、セラフィマ一行の襲撃を企てていたアーブル・カルヴァインの残党達にも、何度も思い直すチャンスを与えましたが更生しませんでした。

 僕がやっている事が全て正しいとは限りませんし、他人を思い通りに動かそうなんて傲慢の極みなのでしょう。


「どうすれば良かったのかな?」

『それはニコラが考えること……ケント様が悩むことじゃない……』


 普段は寡黙なフレッドが、今日は饒舌に語ってくれました。


『人が生きていくには……果たすべき責任がある……』

「責任……か」

『自分が食う金は自分で稼ぐ……当たり前の話……』

「確かにニコラは、俺は出来るって言うだけで、何もしてこなかったもんね」


 父親が死んで店を継いだ後も、ろくに料理の修行もせず、常連さんや姉であるメリーヌさんからのアドバイスや小言も聞き流していました。


『ここは、ケント様が御学友を助けようと……ヴォルザードで生きていこうと足掻いた場所……ニコラのように自分で歩かない者に未来が無いのは当たり前……』

「そうなんだろうね」


 召喚されて以後、リバレー峠の盗賊やマキリグ峠のアーブルの残党、ヌオランネやブロネツクの兵士など、僕が命を奪った人は百人を超えています。

 たぶん、カルツさんなんかよりも、よほど多くの命を奪っているはずです。


 それなのに、知り合いの弟が死んだだけでクヨクヨと考えてしまうのは、僕が成長していない証拠なのでしょう。


『命を落とした者、命を奪った者に思いをはせるのは悪くない……でも、過度の責任まで背負う必要は無い……』

「ニコラは、自分で望んでダンジョンに潜って、実力が足りなかったから命をおとした……ってことだよね?」

『そう、だからニコラの死は……ニコラが背負うべきもの……』

「そうだね。それでも、メリーヌさんは自分を責めちゃうんだろうな……」


 ニコラの死を知らされれば、おそらくメリーヌさんは自責の念に囚われてしまうでしょうが、それを支えるのはカルツさんの役目です。

 ちょっと不器用だけど温かくて頼りがいのあるカルツさんが近くにいれば、メリーヌさんは大丈夫でしょう。


 訓練場からヴォルザードの方向を眺めた時、グラリと足下が揺れ周囲の木がザワザワと音を立てました。


「地震だ。フレッド、コボルト隊とゼータ達に工事を中止して、ヴォルザードの周囲を見て回るように言って!」

『りょ……』


 僕も急いで影の空間へと潜り、星属性の魔術で意識を空へと送り出しました。

 ヴォルザードの城壁に沿って飛び、異常が無いと確認したら、次は北へ向かう街道に沿って飛びました。

 リバレー峠の入口まで飛んで、ヴォルザードまで戻った所で身体に戻り、眷属のみんなの報告を待ちました。


「わぅ、ヴォルザードの西側は異常ないよ」

「わふぅ、南側も異常なし」

「街道近くの集落周辺も大丈夫です、主殿」


 次々に入ってくる情報を纏めると、特に異常はなかったようです。

 唯香とマノンが仕事をしている守備隊の診療所も異常ないのを確認し、クラウスさんの執務室へ向かいました。


「ケントです。入ります!」

「今度はどこだ」

「いえ、今回は特に異常無かったみたいです。眷属の皆にも確認してもらいましたが、今の所は異常な状況は見当たりません」

「そうか、はぁ……毎度毎度、心臓に良くねぇな」

「はい、中断している南の大陸の調査を少しずつでも進めたいと思っています」

「そうだな。結局は、そこに行きついてしまうし、ケント一人に頼る状況なのが情けねぇな」


 南の大陸は、こちら側とは陸続きなので、調査に向かおうと思えば行けますが、何しろ魔物の数と強さがハンパじゃないです。

 トレノやレビンのような魔物に遭遇してしまったら、普通の冒険者では成す術がありません。


 僕や眷属のみんなでも、影の中から観察が出来るから調査を進められますが、表に出たままで調査をしたら少なからぬ損害を被るはずです。

 クラウスさんは、腕組みをしたまま暫く考えていましたが、二度三度と首を振ってからお手上げだと両手を上げてみせました。


「とりあえず、今日みたいに大きめの地震があった時は、ヴォルザードの領内を調査して報告しますね」

「悪いな。イロスーンやら南の大陸やら、ケントに頼ってばかりだ」

「いいえ、自分の住む街を守るのは当然ですよ。こんな状況で、僕がヴォルザードにいるのは、何かの巡り合わせなんだと思います」

「かもしれねぇな。ケント、何かあったらすぐ知らせてくれ。俺の方で手が打てる事については、すぐに動くからな」

「了解です!」


 念のため、この日はイロスーン大森林の工事を中断して、ヴォルザードを中心に他の街にも被害がないか、眷属のみんなに見回ってもらいました。

 僕ももう一度星属性魔術で意識を空へと飛ばし、バッケンハイムからブライヒベルグまで上から眺めてみましたが、魔物の群れなどは見当たりませんでした。


 影の空間に残しておいた身体に戻ると、ラインハルトが眷属のみんなから報告を受けているところでした。


「どこかに異常はあった?」

『街や街道の周辺には異常は見当たりませんな。今回は空間の歪みは生じていないのでしょう』

「そうだね。これだけ見て回っても異常は無さそうだから、大丈夫かな」

『ただ、イロスーン大森林だけは、隅々までは調べられませんので、どこかで南の大陸と繋がっていたとしても、分からないかもしれませんぞ』

「不安は、そこだよね。魔物の数は、どうなんだろう?」

『そうですな。以前と較べると、やはり増えているようには感じますな』


 イロスーン大森林の魔物が増え、バッケンハイム周辺に出没する頻度が上がり、その結果として討伐の依頼が増えて、街道の工事に影響が出ました。

 魔物の数が増えた状態で、サラマンダーなどの大型の魔物が現れた場合、逃げ場を求めて多くの魔物が街や集落に押し寄せる危険があります。


「こっちも巡回した方が良いのかな?」

『難しいところですな。ケント様はヴォルザード所属の冒険者ですから、イロスーン大森林の巡回は越権行為と取られかねませんぞ』


 バッケンハイムの冒険者から妬まれたり恨まれたりするのは、もううんざりなので、ここは指名依頼でも届かない限りは静観した方が良いのかもしれません。


「でもなぁ……魔の森で起こるような大量発生みたいな事態になったら、城壁の無いバッケンハイムでは被害が大きくなりそうな気がするんだよね」

『確かに、そのような事態になれば大きな被害が出るでしょうが、それはバッケンハイムの領主アンデル殿やマスター・レーゼも考えているでしょう』

「とりあえず、僕らはイロスーン大森林の街道工事と並行して、南の大陸の状況を調べるしかなさそうだね」

『明日からは、少し気合いを入れてペースアップいたしますかな』


 ラインハルトがやる気を出すと、やり過ぎる可能性が高くなりますが、戦力が分散している状況は出来るだけ早く解消しておきたいので、多少のやり過ぎには目をつぶりましょうかね。

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