第401話 末路
オイゲウスとジリアンは、揃って処刑される事になりました。
罪状は、人間を魔落ちさせる恐れがあると知りながら、危険なポーションを冒険者に配り、実際に魔落ちさせた罪です。
オイゲウスは、何一つ証拠となるものは残していないと自信をもっていたようですが、タブレットで撮影された映像を目にして観念したそうです。
多額の賠償金を申し付けて、今後もポーションの研究をさせるという案もあったらしいですが、結局は世間に与えた悪影響が大きすぎると判断されたようです。
学術都市バッケンハイムにおいて、研究を犯罪に利用したというのが表向きの理由のようですが、領主アンデルさんの政策に色々と注文を付け過ぎたのでしょう。
オイゲウスの所有する屋敷や菜園などの財産は全て没収。
菜園で栽培されていた薬草、菜園の土、製造所の肥料などは全て廃棄処分されるそうです。
そして、現在出回っているマジックポーションについては、頻繁かつ長期的な使用は魔落ちする危険性があると告知された上で、使用は自己責任となりました。
これも、政治的な判断なのでしょう。
全面的な禁止となれば、回収され廃棄となります。
当然、販売した薬屋は賠償を求められますし、薬屋は問屋へ、問屋は製造者であるオイゲウスへと賠償を求めるでしょう。
回収が行われなければ、賠償する必要はなくなります。
つまり、オイゲウスから没収した資産を減らさずに済むわけです。
ちなみに、これはバッケンハイムにおける処分です。
では、ヴォルザードではどうなったかと言えば、冒険者に対しては事件の詳細を知らせて手持ちのマジックポーションを処分するように通達しました。
その上で、ギルドに持ち込んだ場合は、市価の4割の金額で買い取るそうです。
薬屋に対しては、現在の在庫分の販売は禁止、こちらにも一定の補助金を出すようです。
更に、ヴォルザードへのマジックポーションの持ち込みは、当面の間は禁止となりました。
守備隊で在庫していたマジックポーションも、全て廃棄と決められて、緊急時の運用マニュアルも一部変更を行うらしいです。
クラウスさんとしては、随分と多額のお金を使うことになるはずですが、思い切った対応をした理由を聞いてみました。
「相当な金額が掛かるんじゃないですか?」
「ケント、守銭奴の俺が珍しいとでも思ってやがるんだろう?」
「いえいえ、そんなことは無くもないですけど……」
「街を治めていく人間は、何よりも先に住民の安全を考えなきゃ駄目だ。アンデルみたいに、危険性があるが使いたきゃ自分の責任で使え……なんて決定は、領主としての責任の放棄でしかない。そんな甘っちょろい事をやってるから、オイゲウスみたいな奴に足下を掬われそうになるんだ」
クラウスさんは、昼間から酒飲んでサボってたりしますし、日本の政治家と較べるとチャランポランに見える場合も多々あるのですが、住民からの信頼は絶大です。
魔の森に接する危険な土地でありながらも、有事には必ず守ってくれる、何かあった時には手を貸してくれると信じられています。
「まぁ、今回の件については、いくらかかろうと全額アンデルの野郎に押し付けるけどな」
「えぇぇ……押し付けるって、お金を請求するんですか?」
「当然だ。バッケンハイムの住民がやらかした事なんだぞ。領主が責任を取るのは当たり前だろう」
「そうかもしれませんが、払ってもらえるんですか?」
僕の疑問にクラウスさんは、いつものようにニヤリと悪い笑みを浮かべました。
「払ってもらうんじゃねぇ、払わせるんだ。嫌だなんてぬかしたら、いつまで経ってもイロスーンは通れねぇぞって言ってやるだけだ」
「いやいや、依頼を受けているのは僕ですけど……」
「何言ってるんだ、お前はどこの所属の冒険者なんだ?」
「それは、ヴォルザードですけど……」
「お前は、この街を見捨ててバッケンハイムに移住出来るのか?」
「うっ、それは無理です……」
マイホームの建設は進んでいますし、マノンもベアトリーチェもヴォルザードの出身ですし、なにより僕自身が愛着があります。
「そんな嫌そうな顔してんじゃねぇよ。何も本気でそんな話をしねぇよ。ただな、領主ってのは自分の街の住民に対して、それだけの責任をもたなきゃ駄目なんだよ。バッケンハイムは、これまでオイゲウスのおかげで多くの税収を得てきたはずだ。言うなればオイゲウスで儲けてきたんだよ。儲けるだけ儲けて、不始末については知りませんは通らねぇだろう」
「それじゃあ、もし僕が何か不始末をしでかしたら、クラウスさんが責任を取ってくれるんですね?」
「それは勿論、お前を追放処分にしてシラを切るぜ」
「えぇぇ……そんなぁ……」
冗談だとは分かっていますけど、クラウスさんの場合には本気でやりかねませんから気を付けましょう。
てか、ベアトリーチェがジト目で睨んでますけど、大丈夫ですか、お義父さん。
クラウスさんは、アンデルさんが賠償金の支払いに応じなければ、イロスーン大森林での工事を遅らせるなんて言ってましたが、そんな事は有り得ませんよ。
なんてったって、うちの眷属が張り切って工事を進めていますから、納期が遅れるような事態にはなりません。
既に大森林の中央、バッケンハイムとマールブルグの境界となる集落の工事は、ほぼ完了しています。
四方を深い堀と高い壁に囲まれ、内部こそ更地になっているだけですが、いずれ道が通れば双方の街から人が来て、建物が作られるでしょう。
視察に訪れた僕に、ラインハルトはどうだとばかりに胸を張りました。
「いやぁ、分かってはいるけど早いよね」
『ぶははは、今回はランズヘルトの繁栄に関わる工事ですからな。今まで以上に気合いが入っておりますぞ』
コボルト隊とゼータ達が、土属性魔術を使いながら堀となる部分を掘り進め、掘った土から岩や木の根などを取り除いて積み上げる。
成形して壁と堀になった所で硬化させ、ガッチリと固めれば出来上がりです。
「あれっ? ちょっと待って、ここ壁は出来ているけど、出入口は?」
『それは、接続する道が出来上がってからですな』
「そっか……でもさぁ、この壁いつもよりも凸凹してない?」
『仕上げは、これからですな』
「そっか……って、もしかして僕?」
出来上がった壁を見ていて気が付きました。
丁度、僕がツルツルに仕上げる前のヴォルザードの城壁みたいな感じです。
『ぶははは、強度に関しては何の心配もございません。仕上げは……お願いいたしますぞ』
「はぁ……なるほどね。細かい仕上げは抜きにして、早さと強度重視で進めてるって事か」
確かに眷属のみんなが細かい仕上げをしているよりも、僕が送還術でサクっと削ってしまった方が早いです。
そりゃあ、僕が引き受けた依頼ですから、やれと言われりゃやりますよ。
送還術を使って、壁の表面、堀の側面を削って移動させました。
移動させる距離を短くすれば、魔力の消費も大きくありませんし、半日ほどで集落の仕上げは完了しました。
大森林の真ん中に、黒光りする高い壁がそびえている姿は、なかなかに壮観です。
道に接続する部分も、門の大きさにくり抜きました。
ここには、頑丈な門と跳ね橋が設置される予定です。
門を閉じ、橋を上げてしまえば四方を堀と塀に囲まれた、強固な城塞が出来上がるという訳です。
「でもさぁ、これ街に到着するのが遅れて門を閉められちゃうと悲惨じゃない?」
『そうですなぁ、まぁその辺りは、運用する者達に考えてもらうしか無いでしょうな』
ヴォルザードの場合でも、日が落ちて以降は門の開閉は行っていません。
視界が及ぶ範囲が狭くなり、その外側に魔物の群れがいた場合、街に雪崩れ込まれる危険があるからです。
魔の森を抜けてくる行商人は、日暮れまでに到着出来るように、それこそ死に物狂いで進むそうです。
まぁ、今は眷属のみんながパトロールを行ってくれているので、大きな魔物の群れはヴォルザードの近くには存在していないんですけどね。
『ケント様、イロスーンの工事が終わりましたら、例の魔の森の街作りに着手しますか?』
「そうだね。途中に少しでも安心して夜を明かせる場所があれば、魔の森の通行も楽になるだろうしね」
先日、クラウスさんが話していたリーゼンブルグとの友好関係や、北の街道から魔物の大群が押し寄せた場合などに備えて、中継地点となる街の整備は少しずつでも進めておいた方が良いでしょう。
「ただなぁ……街のまとめ役を誰にやってもらうかだよなぁ……」
『そうですな。ワシから見ると、ジョーなどは将来有望ですが、今すぐとなると少々若すぎますな』
「うん、近藤は僕も候補として考えたけど、街に来る人に睨みを利かせるには、ちょっとばかり力不足だよね」
理想を言うならドノバンさんだけど、引き抜いてしまったらギルドが大変なことになりそうだし、そもそもクラウスさんが許してくれないでしょう。
カルツさんは……これからメリーヌさんと新婚生活を楽しむ時期に、引き抜く訳にはいかないでしょう。
「あっ、バートさんはどうかな?」
『ほほう、あの御仁ですか。なかなかに掴みどころのない人物のようです、面白いかもしれませんな』
「あぁ、でも街をまとめるとか、責任を背負う仕事はやりたがらないかな……」
『ぶははは、それは考えられますな』
まぁ本来ならば、街を新設するなんて言い出した僕がやるべき仕事なんでしょうが、どこか離れた場所でトラブルが発生した場合、留守にしなければなりません。
影移動を使えば、瞬時に移動は出来るとは言え、常に目を光らせてくれる存在は必要でしょう。
『ケント様、まだこちらの工事に時間が掛かりますし、その間に良い人物を探されればよろしいでしょう』
「そうだね。とりあえず、やるべき事を終わらせてからだね」
途中、お昼を食べにヴォルザードに戻りましたが、休憩した後は夕方まで工事の作業を続けました。
集落の部分は完成、続いてマールブルグ側の道路も少し進めた所で、本日の作業を終えました。
「ご主人様、ユイカが呼んでるよ」
「ん? 何かあったのかな?」
「んー……ミドリがどうとか……」
「ミドリ? 本宮さんかな、まぁ戻ってみよう」
ヘルトの案内で戻った先は、守備隊の診療所の前でした。
唯香にマノン、そして本宮さんの姿があります。
「ただいま」
「あぁ、ストップ! 健人、泥だらけじゃない」
闇の盾から表に出て、唯香とハグしようと思ったら拒否されちゃいました。
まぁ、工事の現場で泥だらけになっていたのは確かなんですけど、もうちょっと優しくストップを掛けてくれても良いんじゃないかなぁ……グッスン。
「それで、何かあったの?」
本宮さんの用件は、メリーヌさんに関する事でした。
「あの、グウタラな弟が帰って来ないみたいなの」
「なんだ、またニコラかぁ……」
本宮さんの話によれば、ボレントへの借金の件を解決してやった後も、やはりニコラは真面目に働いていなかったみたいです。
そこで、御目付役としてメリーヌさんと結婚するカルツさんが、店の二階で同居する事になったのですが……。
「どうせ俺は邪魔なんだろうとか、一山当てて見返してやるとか、散々捨て台詞を吐いた挙句、出て行ったきり戻って来ないんだって」
「もう、いい加減に放っておいた方が良いんじゃない?」
「うん、私もそう思うんだけど、メリーヌさんがねぇ……」
ニコラが独り立ち出来ないのは、本人の問題ではあるんですが、最後の最後に手を貸してしまうメリーヌさんにも問題があるように感じます。
今回もニコラの行方が分からなくなってから、すっかり気落ちしちゃっているようです。
「それでさぁ、もしかしたらダンジョンに潜ったんじゃないかって……」
「でも、ニコラは一人でダンジョンには潜れないでしょう」
ヴォルザードのダンジョンに潜るには、ギルドの講習をクリアーする必要があります。
ニコラは父親の食堂を見よう見まねで引き継いで、その後放り出してから冒険者になりましたが、ギルドの講習をクリアーしていたとは思えません。
「そう、一人ではダンジョンに潜れないけど、荷物持ちとしてなら潜れるみたいだよ」
「それって、ポーターとか言うやつ?」
「そうそう、それそれ、誰かのポーターとして潜ったんじゃないかって」
「だったら、ダンジョン周辺を根城にして活動してるんじゃないの?」
「私もそう思うんだけど、メリーヌさんが……」
「そっか……ちょっとクラウスさんとかにも相談してみるけど、あんまり期待しない方がいいかも」
「うん、私も何でもかんでも国分君に頼るのも……って思ったんだけど、一応耳に入れておいた方が良いかと思ってね」
まぁ、本宮さんとしても、手伝いに行ってる店の主メリーヌさんの窮状を見かねているのでしょう。
お店も今夜は休業するそうで、本宮さんはこれからシェアハウスに戻るそうです。
僕らも一緒に帰ろうかと思ったけど、泥だらけだから駄目だと唯香とマノンにNGを出されてしまいました。
いいもん、いいもん、一人で先に帰ってお風呂に入ればいいんでしょう。
影に潜って、先に迎賓館へ向かおうとすると、フレッドが待っていました。
『ケント様……探す……?』
「んー……ダンジョンの中まで探すのは大変だから、ダンジョン前の集落にいないかだけ見て来てくれるかな?」
『りょ……』
手助けしてしまうと、ニコラのためにはならないでしょうが、所在不明でメリーヌさんが精神的にまいってしまうのも困ります。
とりあえず、居場所だけでも確認出来れば、メリーヌさんも安心するでしょう。
一風呂浴びて、夕食の席でクラウスさんに話してみましたが、戻って来たのは予想通りの返事でした。
「放っておけ。余計な手出しするんじゃねぇぞ。ガキじゃあるまいし、手前の尻は手前で拭かせろ。メリーヌの方から離れられなきゃ、いつまで経ってもニコラは自立なんか出来やしねぇぞ」
「ですよねぇ……」
「この件に関しては、一切手を貸すな。お前が手を貸してしまうと、メリーヌも自立出来なくなるぞ」
「分かりました」
ニコラは現在、ギルドから借金をしている形になっています。
毎月のギルドへの返済が滞れば、身柄を拘束されて強制労働となります。
ニコラの場合は、むしろその方が良いような気がしますけど、メリーヌさんが肩代わりとかしてそうな気がしますね。
ニコラの借金について話すと、クラウスさんは眉をひそめた後で、メリーヌさんが立て替えて払えないように手配すると言ってくれました。
「確かにケントが言う通り、身柄を拘束されて城壁工事でしごかれた方が良さそうだな」
「何であんなに甘ったれた人に育つんですかね?」
「さぁな、そいつが分かれば、メリーヌがとっくに何とかしてるだろう」
「それも、そうですよね」
夕食後、迎賓館へ戻ろうとすると、クラウスさんから手出しするなと釘を刺されました。
もうフレッドに捜索を頼んじゃったのは、当然黙っておきました。
お嫁さん達四人は、いつも仲良く一緒に入浴しています。
僕も一緒に……と行きたいところなんですが、式が終わるまでは駄目だそうです。
女性のお風呂タイムは長いですし、ちょっと時間が出来たので、クッションに寄り掛かってノンビリいたしましょう。
影の空間に潜ると、ふわっふわの大きなクッションが、黄色、黒、黄色と並んでいます。
「ネロ、ちょっとお腹に寄り掛からせて」
「にゃ、おやすい御用にゃ」
「おぅ、今日もふわふわだねぇ……」
「当然にゃ、ご主人様のために、いつでもふわふわに仕上げてあるにゃ」
本当のことを言うと、ちょっとレビンやトレノにも寄り掛かってみたいんだけど、ネロが一緒の時は無理なんだよね。
「ふぅ、気持ちいいねぇ……」
「ご主人様は働きすぎにゃ、ネロのお腹で休むにゃ」
「うん、みんながお風呂から上がってくるまで、ちょっとお休み……」
「にゃぁ……これは、ちょっと朝までって感じにゃ」
ネロのお腹に寄り掛かった途端、すーっと眠りに引き込まれてしまい、そのまま朝まで眠りそうでしたが、フレッドに起こされてしまいました。
『ケント様……ニコラが置き去りにされたみたい……』
「えっ! 置き去りって、ダンジョンの中?」
『七階層か……八階層……』
「そんな階層、ニコラ一人じゃ戻って来られないんじゃない?」
『たぶん……もう生存は厳しいかと……』
フレッドは、隠しカメラで撮影した映像をタブレットで再生してくれました。
映っていたのは酒場のようで、ベテランらしい冒険者が七人ほどでテーブルを囲んでいました。
その内の四人ほどが同じパーティーのようで、報酬はタダで構わないからダンジョンに連れて行ってほしいと言うニコラをポーターとして雇ったようです。
「鉱石を探っていたら、急にギガアントが湧いて出やがって、ありゃ30匹以上いたんじゃねぇか?」
「いや、もっとだ50はいたはずだぜ」
「マジかよ。良く逃げ切れたな?」
「別に、囮に使うつもりなんか無かったんだが、そのニコラってのが身体強化もロクに使えなかったみたいでよぉ……」
「あぁ、付いて来られなかったのか……」
「ポーションとか、装備を背負わせてたから丸損だぜ」
「そんな素人をポーターに使うからだよ」
「うっせぇ、分かってるよ」
ギガアントは、頭の大きさがソフトボールぐらいある蟻で、南の大陸で目撃したものとは違い、真っ黒な色をしているそうです。
一匹だけなら、首と胴体の付け根を狙えば、比較的簡単に討伐出来るそうですが、群れで襲われると対応しきれなくなります。
鉱石の採掘を続けながらも、接近してくる足音に気を付けていないと群れで襲われて命を落とすことになりかねません。
冒険者達の話を聞く限り、ニコラは群れに襲われているようですし、生存は厳しい状況です。
『遺品は……探す……?』
「そうだね。回収出来る物があれば……」
『少し……時間が掛かるかと……』
「夜中の間は、マルト達にも探させて」
『了解……ネロ、こっちは任せる……』
「お任せにゃ、怪しい奴なんか近付かせないにゃ」
フレッドは、朝までにニコラの遺品を回収してきてくれました。
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