第400話 意地
影の空間からカメラのレンズだけを出す方法で、マジックポーションの配合も手に入れました。
撮影した画像を元に、並べてある容器の中身、量をオイゲウスの使用人から聞き出せば配合を推測できます。
配合を探り出すまでの間の会話によって、オイゲウスとジリアンの行動も分かってきました。
フェルやタデーロにポーションを渡していた正体不明の男は、ローブを着込んで変装したジリアンでした。
ポーションを撒くなんて仕事は、適当なチンピラでも雇ってやらせれば良いと思ったのですが、クラウスさん曰くそんなに簡単な話ではないそうです。
「ケント、裏社会の連中ってのは、取り引きは出来るが信用は出来ねぇんだぜ」
「ん? どういう意味ですか?」
「このポーションを秘密裏に冒険者に配る仕事を任せると、裏社会の連中は、オイゲウスがヤバいポーションを人で実験したというネタを手にする訳だ……」
「あっ、それを使って今度はオイゲウスを脅してくるんですね?」
クラウスさんは、その通りだと頷いてみせた。
「飲めば魔落ちする恐れのあるポーションを配ったなんて世間に知られたら、オイゲウスの野郎は間違いなく破滅する。そんなネタを裏社会の連中に掴ませる訳にはいかない。だからジリアンにやらせた。奴らが何で繋がっているのかまでは知らないが、互いに寄生しあっているような関係だからこそ、裏切らないって信じあえるんだろうぜ」
ジリアンにとって、オイゲウスと組んでいる理由は良い剣を手に入れるためのようですが、その為の資金だけならば普通に依頼を受ければ良いのでしょうが、それでは嫌な理由があるのでしょう。
バッケンハイムのギルドへと移動して全ての証拠を伝えると、マスター・レーゼはオイゲウス達の捕縛を決断しました。
ジリアンの捕縛は、最初ラウさんが担当するはずでしたが、意外な人物が待ったを掛けました。
「マスター・レーゼ、ジリアンの捕縛は俺にやらせてくれ」
「出来るのかぇ? フェルよ」
「さぁな、たぶん無理じゃねぇの。だが、このままやられっぱなしじゃ気が済まねぇんだよ。ケント、俺を扱き使いやがったんだ、最後の尻拭いぐらいやりやがれ」
「はぁ……そんな勝手な」
「まぁ、良いじゃろう……」
マスター・レーゼはソファーから立ち上がると、棚から黒い腕輪を取り、僕に放ってよこしました。
言うまでもなく、隷属の腕輪です。
「ケント、それでジリアンを封じて連れて来てくれるかぇ?」
「Sランク冒険者を生きたまま捕縛ですか……」
「無論、タダでとは言わぬ。100万ヘルトでどうじゃ?」
「100万ヘルトだと? ケント、手前そんなに貰ってやがるのかよ」
「フェルが引き受けたんだろう。嫌なら断わるけど……」
「いや、貰っとけ。へへっ、終わった後で何に使ってやるかな……ケント、ちゃんと分け前よこしやがれよ」
「はいはい、分かりましたよ」
ジリアンの捕縛は周囲に人がいない場所、オイゲウスの肥料製造所で行います。
肥料の中身を知られないために行っている人払いを、僕らが利用させてもらうつもりです。
そして、僕らがジリアンの捕縛を行っている間に、ラウさんがオイゲウスを捕らえて来るそうです。
まぁ、あっちは何の心配もいらないでしょう。
正直に言うと、フェルがジリアンに勝てる可能性は、ほぼゼロだと思っています。
それでも、フェルからは並々ならぬ闘志と自信のようなものが感じられるので、とりあえずは任せてみましょうかね。
影に潜って肥料の製造所まで移動し、ジリアンが来るのを待つ間、フェルが話し掛けてきました。
「ケント、余計な手出しすんじゃねぇぞ」
「いいけど、逃げられそうになったら手を出すよ」
「まぁ、それは構わねぇが、俺が負けそうとか、やられそうになっても助太刀は無用だからな」
「んー……分かった」
何となくですが、フェルはここを死に場所と決めているような気がします。
「それと……誤解しねぇように言っておくが、チコは尻の軽い女なんかじゃねぇからな。あいつらが付き合いだしたのは、俺が魔落ちする前からだ」
先日の晩、窓から外を眺めていたチコに寄り添ったのは、バッケンハイムで家具職人をしているチコの幼馴染だそうです。
地道に修行を重ねてきた家具職人と、壁にぶち当たって行き詰っている冒険者。
引け目を感じたフェルがアプローチを控えている間に、相手は猛プッシュしてチコのハートを掴んでいったのだそうです。
「みっともねぇ話だけどよ、それでも……それでも諦めきれなかったんだよ。俺だって人並ぐらいの魔力があれば、もっと冒険者として活躍できる。そうすりゃチコだって俺を認めて……くれっこねぇのにな。馬鹿だよなぁ……」
こちらの世界に来る前は、僕は居眠りばかりしている落ちこぼれでした。
クラスの人気者である唯香は、遠くから眺めている存在で、挨拶程度しか言葉を交わしたことはありませんでした。
フェルとチコのように近い関係じゃなかったから、日本にいた頃に唯香に恋人が出来たとしても、僕は諦めて視線を逸らしただけだったでしょう。
だれかの恋人になっても、それでも諦めきれないような状況を僕は味わったことありません。
「たぶん……たぶん俺は、チコを慰めてるつもりで、逆にチコに癒されていたんだろうな。ケント、報酬の半分よこせ。チコに結婚祝いにくれてやる。それで綺麗さっぱりケリをつけてやるよ」
「いいよ。その代わり、自分で届けに行ってよね」
「ふん、当ったり前だ! さぁ、来やがったぜ!」
森の方から向かってくる馬車には、ジリアンの姿があります。
ジリアンは無人の肥料製造所に馬車を入れると、荷台からゴブリンの死骸を放り投げました。
製造所の中の様子は、カメラを接続したタブレットの画面越しに見ています。
ジリアンはカメラに気付いた様子も無く、前回と同様にゴブリンの死骸を粉砕し、肥料となる土に混ぜ込み始めました。
「ねぇ……何か策があるんだよね?」
「んなもん、ある訳ねぇだろう」
「えぇぇ……いくらアンデッドでもミンチにされたら修復できないよ」
「心配すんな。奴は剣を持った相手に、あんな魔法を使ったりしねぇよ」
「そうなの?」
「まぁ、見とけ……」
タブレットから視線を外したフェルは、影の空間で身体を解し始めました。
アンデッドの身体にストレッチが、どれほど効果があるのか分からないけど、緊張を解すためでもあるのでしょう。
ゴブリンの死骸を粉砕する作業を終えたジリアンが、外に停めておいた馬車へと戻って来たところで、フェルを闇の盾から送り出しました。
御者台に上がろうとしていたジリアンはフェルの姿を認めると、普段は爬虫類のように無表情な顔に満面の笑みを浮かべてみせました。
「よぅ、今日は小汚ねぇローブは着てねぇのか?」
「ほぅ、理性を保ったアンデッドか、面白い」
「Bランク辺りを魔落ちさせて楽しんでみたかったんだろう? Cランクじゃ少し足りないだろうが、試してみなよ」
フェルがこっちだと首を振って馬車から離れ、建物脇の空き地へと足を向けると、ジリアンは舌なめずりでもしそうな表情を浮かべながら後に続いてきます。
『ケント様……どこで割って入る……?』
「フェルが納得するまでは手出し無用。それでやられるとしても、フェルは助太刀は望まないと思うから……」
『了解……』
フェルが倒されたとしても、ジリアンを逃がす訳にはいきません。
僕が光属性の攻撃魔法や送還術で倒しても良いけれど、フレッドに心を圧し折ってもらった方が良いでしょう。
空き地に足を踏み入れた二人は、20メートルほどの距離を取って向かい合いました。
もっと気負ってしまうかと心配でしたが、フェルは落ち着いているようです。
「名前を聞いておこう」
「フェルだ……」
「フェルだな、俺が斬った初めての喋るアンデッドとして記憶に刻んでやる」
「そりゃどうも……だが、その記憶も長くは続かないぜ」
「どういう意味だ? あぁ、ラウの爺ぃか……あんなものは返り討ちにしてやる」
「いいや、ラウさんじゃねぇよ。まぁ、いずれ分かるさ……」
「ふむ、さしずめヴォルザードのSランク辺りだろうが、結果は同じだ」
「そうかい、まぁどう思おうと、あんたの勝手だしな……そろそろ始めようぜ」
「よかろう……」
フェルが腰に吊った細身の剣を抜き、相手に敬意を示すように身体の正面で垂直に立ててみせると、ジリアンの目の色が変わりました。
「おい、その剣をどこで手に入れた」
「こいつか……こいつは、あの世とこの世の間で手に入れたもんだ。欲しけりゃ一遍死んでみるんだな」
「ふん、わざわざ死んでみるまでもない。貴様を斬って捨てて手に入れれば済む」
「さぁて、そう簡単に行くかね……」
「造作もない……」
自分のレイピアを抜き放ったジリアンは、フェルと同様に身体の正面で垂直にかざすと、ダラリと構えを解いて歩き始めます。
フェルも自分の剣を右手一本で正眼に構えると、僅かに切っ先を左に向けました。
ゆったりと歩き出したジリアンは、5歩ほど進んだところで急加速して飛び込んで行きました。
迎え撃つようにフェルも踏み込んで行きます。
シャシャ──ン!
シンバルの音色のような金属音を残して、フェルとジリアンは擦れ違い、直後に振り向いて剣を構えました。
僕の目では捉えきれなかったけど、一瞬の間に複数回の攻防が行われたようです。
「くっくっくっ……面白い、面白いぞ貴様! Bランク、いやAランクにも届くだろうな」
「いいや、Sランクにだって届いてみせるぜ」
「くっくっくっ……生憎だが、そいつは無理な相談だ。SランクとAランクの間には、常人では渡り得ない隔たりがあるんだよ」
「関係ねぇな。アンデッドを常人と一緒にすんな」
話を切ったフェルは、自分からジリアンへと踏み込んで行きます。
ジリアンの戦術は、細身のレイピアを用いた刺突をメインとしています。
いわばフェンシングのような戦い方ですが、フェルは恐れる様子も無く踏み込んで行きます。
シャ──ン! シャシャ──ン!
甲高い音色は、フェルの剣がジリアンのレイピアを弾いている音ですが、防ぎきれなかった刺突が容赦なく突き刺さっているようです。
フェルは苦痛に顔を歪めつつも、前へ前へと踏み込んで行きますが、ジリアンは円を描くようにいなしつつ刺突を繰り返しています。
瞬く間にフェルの前面は無数の刺突を食らい、身に着けた服はボロ布のようになっていきましたが、ジリアンには切っ先すら届いていないようです。
程無くしてフェルの踏み込みが鈍り、ジリアンは失望の表情を浮かべました。
「くそがぁ!」
「終わりだ……」
ヤケクソ気味にフェルが振り下ろした剣を、ジリアンは余裕を持って躱し、必殺の刺突を眉間へと送り込みました。
ジリアンのレイピアに眉間から後頭部を貫かれ、フェルの身体はビクンと大きく痙攣しました。
「はぁ……つまらんな」
フェルの頭からレイピアを引き抜きながら、ジリアンが大きな溜息を洩らした時でした。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
跳ね上がって来たフェルの剣が、慌てて防ごうとしたジリアンをレイピアごと逆袈裟に斬り裂きました。
アンデッドの身体とは違い、生身のジリアンからは鮮血が溢れてきます。
「き、貴様……」
「ばーか! アンデッドが痛みなんか感じるかよ、頭刺された程度じゃ死なねぇんだよ」
「くそっ、マナよ、マナよ、世を司りし……」
「おっと、させっかよ!」
「くそっ……アンデッド風情が!」
形勢逆転とばかりにフェルが踏み込んでいきますが、ジリアンは折れたレイピアを使い巧みに攻撃をいなしてみせます。
アンデッドとして強化したので、フェルの身体能力は生きていた頃よりも数段上がっているようですが、剣を扱う技術までが向上する訳ではありません。
フェルが与えた一撃も、ジリアンの胸元を大きく斬り裂いてはいるものの、勝負を決するほどの深手ではなかったようです。
一撃を届かせた勢いに乗って、一時的にフェルが攻勢を掛けたものの、落ち着きを取り戻したジリアンは次第に余裕を持って動き始めました。
ジリアンが体勢を立て直すと、今度はフェルに焦りの色が見え始めます。
たぶん、さっきの一撃で勝負を決するつもりだったのでしょう。
「ちくしょう、フラフラ逃げ回ってんじゃねぇ! うわっ……」
大振りになった斬撃を躱したジリアンは、フェルに足払いを掛けて転がしました。
慌てて立ち上がったフェルに対して、ジリアンは勝負の最初と同じようにレイピアを垂直に立てて待ち構えています。
二人を隔てた距離は、約10メートル。
身体の前面はボロボロで眉間に穴まで開いたフェルと、右の脇腹から左の肩口へと大きく斬り裂かれたジリアンは無言で睨み合っていました。
数瞬の空白の後、踏み込もうとするフェルに向かって、ジリアンはその場で鋭い刺突を繰り出してきます。
「がはっ……」
折れたレイピアでは絶対に届かない距離から放たれた刺突は、フェルの左胸に拳が通り抜けるほどの穴を開けました。
フェルを足払いで転がした隙に、ジリアンは詠唱を終えていたのです。
「フェルと言ったな。この俺に傷を付けた奴は十年以上いなかった。あの世で誇るがいい」
「くそぅ……ここまでかよ」
ガックリと膝を付いたフェルの真横に闇の盾を出すと、影のごとく静かにフレッドが踏み出して行きます。
「ふん、ゾンビの次はスケルトンか……結果は変わらん……」
再びジリアンが遠い間合いから風属性の魔術を纏わせた刺突を繰り出して来ましたが、フレッドは扇ぐようにゆったりと剣を振って打ち消してみせました。
「何、だと……」
『ケント様……こちらは任せて……』
すっとフレッドが踏み出して行くと、ジリアンは背中を見せて馬車へと走りました。
「フェル! しっかり……」
「見たかよ、ケント。一撃食らわせてやったぞ……」
「見た、見たよ……」
「これで、あの世で自慢出来るぜ。Sランクとガチで勝負したってな……」
アンデッドと言えども、死なない訳ではありません。
ジリアンの放った刺突は、フェルの胸の魔石を粉々に砕いてしまいました。
「あぁ、最期の最期は、ちょっとだけ格好つけられたな」
「何言ってんだよ。チコに結婚祝いを届けるんだろう?」
「悪ぃ、そいつは代わりに頼むわ……」
抱え上げたフェルの身体が、急速に水分が抜けていくかのように軽くなり、ボロボロと崩れ始めています。
「まだ、間に合うかも……これからギルドに……」
「よせよ。こんなザマは見せたくねぇ……」
「フェル……」
「チコに……幸せになってくれ、って……」
「フェル!」
まるで砂の像のように、フェルは寂しげな笑顔を残して崩れ去りました。
僕が祈るまでもなく、悔いも残さずに旅立ったようです。
フェルの服を握り締め、涙を零した僕の頬に冷たい刃が押し当てられました。
「動くな! 動けば貴様の主の首を落とす!」
馬車から新しいレイピアを取り出したジリアンですが、僕がフェルを見送っている間にフレッドと剣を合わせ、かなりの傷を負ったようです。
息遣いが荒くなり、濃密な血の匂いがします。
「はぁ、はぁ……動くなよ、この化け物め……」
「僕を盾にすれば逃げられるとでも思ってるんですか?」
「当然だ。どんなに有能な魔術士だろうが、こうして捕まえてしまえばただのガキだろう」
「そうですね。捕まえていられれば……ね」
「なっ……」
押し当てられた刃も一緒にフレッドの横まで送還術で移動すると、ジリアンは半ばから断たれたレイピアを手に呆然としていました。
「フレッド、やっちゃって」
『りょ……』
ジリアンが苦し紛れに繰り出した風属性魔法を纏わせた刺突は、再びフレッドの風属性魔法によって対消滅されました。
チュン、チュン、チュン……
鳥がさえずるような音を残して、ジリアンのレイピアはフレッドの双剣によって更に切断されていきます。
「ふざけるな、化け物がぁ!」
擦れ違うようにして体を入れ替え、僕に走り寄ろうとするジリアンのアキレス腱をフレッドが双剣で斬り裂き、首筋に峰打ちを落としました。
糸の切れた操り人形のように倒れたジリアンを、フレッドは素早く縛り上げ、猿轡を噛ませ、隷属の腕輪を嵌めて拘束を終えました。
『完了……』
「ありがとう、フレッド」
『フェルは……本望だったと思う……』
「うん、そうだといいな」
気を失ったジリアンは、送還術でギルドまで送り届け依頼は完了です。
フェルのギルドカードをマスター・レーゼに預け、50万ヘルトを遺族に渡してもらうように頼み、残りの50万ヘルトは現金で受け取りました。
その晩、バッケンハイムには雨が降っていました。
アパートの前で待っていると、一本の傘に身体を寄せ合うようにして一組のカップルが戻って来ます。
「こんばんは」
僕が声を掛けると、チコは一瞬怪訝な表情を浮かべた後で、誰だったか思い出したようです。
「エ、エ、Sランクの……」
「はい、ケント・コクブです。これを……」
「えっ、何でしょう……重っ」
50万ヘルトの金貨を詰めた革袋は、チコが思っていた以上に重たかったようで、危うく取り落とすところでした。
「フェルさんからの伝言をお伝えします」
「えっ……」
「幸せになってくれ……って」
「えっ……」
驚くばかりで言葉が出てこないチコと何事か理解出来ていない幼馴染を残して、闇の盾を通って影に潜りました。
今夜の雨は、まだ止みそうもないようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます