第397話 調査開始
オイゲウスの私的な作業部屋を覗いてみましたが、特別怪しいものは見当たりません。
とは言っても、僕の場合はポーションとか薬の調合とか全くの素人なので、判断が付かないというのが正しいのでしょう。
『ケント様……隠し部屋がある……』
「案内して」
「どうしたんだよ、ケント」
「フレッドが隠し部屋を見つけたって」
「マジか! これで決まりだな」
「いやいや、お金持ちとか領主さんとかは、隠し部屋を作っておくのは珍しくないからね」
「嘘だろう……マジで?」
「マジだよ。ブライヒベルグのギルドにだって隠し部屋付きの応接間とかあるからね」
「マジか……」
まだ短い時間しか行動を共にしていませんが、フェルは思いの他……いや、思った通りのポンコツぶりのようです。
話した感じでは、悪人ではなさそうなので、新旧コンビの同類と考えておけば間違いなさそうです。
フレッドに案内された隠し部屋は、書庫の書棚の裏側にありました。
何らかの仕掛けを操作すると、書棚が動いて隠し部屋に入れるようになるようです。
「うぉ、マジでこんな部屋あるんだな……てか、これは魔石なのか?」
「褐色の方がギガース、青い方がクラーケンの魔石だよ」
「ギガースにクラーケンって、マジでそんな魔物がいるのか?」
『ケント様……削られている……』
「うん、結構な量を削ってる感じだね」
隠し部屋に置かれているギガースの魔石も、クラーケンの魔石にも削り取った跡が残されています。
隠し部屋の棚の上には、他の魔物のものと思われる魔石も沢山置いてありました。
大きさからすると、オークやオーガ、それにサラマンダーの魔石もあるようです。
「置いてあるのは魔石だけみたいだね……」
『魔石用の……金庫代わりかも……』
隠し部屋には、魔石と魔石を砕くために使うのであろう鏨と金槌があるだけでした。
「でもよう、ケント。ポーションを作るのに、魔石は使わねぇだろう……」
「あっ、そうか……魔石なんか混ぜたら……」
「魔落ちしちまうぞ。やっぱ、怪しいんじゃねぇの?」
「そうだね。怪しいのは怪しいけど、何に使っているのか分からないし、肝心のポーションが見つからない状況だと、まだ黒幕と決めつけるには弱いかな」
「かぁ、面倒臭ぇな……取っ捕まえて締め上げちまえよ」
「何の証拠も無しに、そんな事をしたら僕の方が犯罪者になっちゃうよ」
フェルは不満そうですが、この程度では証拠にはなりませんし、シッカリと全貌を解明してからでないと、罪に問えなくなりそうです。
「てかよ、そのオイゲウスってのは、どこにいるんだ?」
「そう言えば、姿が見えないね」
屋敷のあちこちを覗いて来ましたが、オイゲウスの姿もジリアンの姿も見当たりません。
「レーゼさんから聞いた屋敷は、ここだけだったけど、もしかして他にもアジトみたいな物を持ってるのかな?」
「そっちでポーションを作ってるって言うのかよ」
「だって、ヤバいポーションを作っているって役人に踏み込まれたら、この屋敷の持ち主であるオイゲウスは罪に問われるでしょ。でも、他人の持ち家とかで実験しているなら、その場にいる所を捕まらなければ、自分に関りが無いとシラを切れるんじゃない?」
「なるほど、こっちは見られても平気な物、本当にヤバい代物は秘密の場所で作ってるって訳だな」
「まだ、そうと決まった訳じゃないけど、その可能性はあると思う」
念のため、もう一度屋敷の中を隈なく探してみましたが、オイゲウス達は外出しているようです。
このままでは進展が無さそうなので、一旦バッケンハイムのギルドに戻って、マスター・レーゼに途中経過を報告することにしました。
マスター・レーゼの部屋を覗くと、バッケンハイムの領主アンデルさんの姿があります。
二人とも深刻そうな顔をしていますが、話が進んでいるようには見えませんね。
「ケントです、失礼してもよろしいですか?」
「おぉ、待っておったぞぇ」
「ご無沙汰してます、アンデルさん」
「今回も面倒を掛けているみたいだね」
「いえ、依頼ですから気になさらないで下さい」
「そう言ってもらえると助かるのだが……」
「何かありましたか?」
「もう一人、魔落ちした冒険者が出た」
「えぇぇ……今日ですか?」
「そうだ。しかも仲間の冒険者を殺害している」
魔落ちした冒険者は、タデーロというDランクの冒険者で、仲間四人と一緒にオークの討伐を行っていたそうです。
元々大剣を使う前衛だったそうですが、フェルと同様に魔力が弱いので、攻撃魔法も身体強化も殆ど使えず、筋力勝負の戦い方をしていたそうです。
それが、ここ最近身体強化魔法の強化の度合いが上がり、これまで押し込まれていたオークにも力負けしないようになっていたようです。
今日もタデーロは身体強化魔法を使って、前衛で剣を振るっていたそうですが、突然剣を手放してオークに素手で殴り掛かっていったそうです。
驚く仲間の目の前で、タデーロの身体は膨れ上がり、茶褐色のゴツゴツとした肌をもつ魔物に変わっていき、そのまま素手でオークを倒してしまったという話です。
「倒したオークに馬乗りになって、顔面がグチャグチャになるまで殴り続けて、もう死んでいると制止しようとした仲間を掴まえ、首筋を噛み千切ってしまったそうだ」
「それで、そのタデーロは?」
「近くにいたBランクの冒険者が駆けつけて討伐した。遺体はギルドの地下に安置してある」
「そうですか……」
重たい沈黙が流れた後、おもむろにマスター・レーゼが口を開きました。
「ケント、頼めるかぇ?」
何を頼むのか口にしませんでしたが、タデーロのアンデッド化であるのは間違いありません。
当然予想していた言葉でしたが、正直聞きたくない言葉です。
今、この瞬間もフェルをアンデット化したことには迷いが残っています。
フェルの場合、僕が魔力を使って縛り付けている感じで、眷属のみんなとは明らかに繋がり方が違っています。
眷属のみんなが家族なら、フェルは知り合いだけど他人という感じです。
正直、この魔落ち騒動に片が付いた後、フェルをどうすれば良いのか決めかねています。
こうした状況になる事は予想出来ていましたが、人を魔落ちさせる怪しげなポーションが出回ってしまえば、今日のように仲間の冒険者を殺害する危険性が高まります。
それこそ街中で魔落ちするような事があれば、一般市民が巻き添えになる心配もあります。
だからこそ、少しでも情報を得るためにフェルを隷属させました。
フェルの場合には魔落ちした後すぐに仲間から離れていますが、タデーロは仲間の命を奪っています。
例え、アンデッドとしてでも、蘇ることを本人が望まないのではないかと思ってしまいます。
「本人に聞いてみろよ」
「えっ……?」
タデーロのアンデッド化を悩んでいたら、フェルに言われました。
「たぶん、得られる情報は俺の場合と同じだろう。あとは本人が協力したいかどうかじゃねぇの。だったら本人に聞けばいいじゃん」
「でも、隷属させた時点で、アンデッドにはなっているから、また殺すことになるんだよ」
「そんでも、仲間を殺しちまった償いの意味でも、自分と同じような奴を出さないために協力したいと思うかもしれねぇぞ」
実際にアンデッドとして半強制的に蘇らされたフェルの言葉には、体験した者だけが持つ説得力を感じました。
「分かりました。とりあえず、本人に聞いてみます」
アンデルさんの案内で、地下の安置場へと足を運んだのですが、魔落ちしたタデーロの遺体は酷く損傷していました。
「生前Dランクだったとは思えないほど、激しく抵抗したらしく、Bランクの冒険者でも手こずるほどだったそうだ。この状態でも、アンデッドとして蘇らせることは可能かな?」
タデーロの遺体は黒く焼け焦げ、首が半ば千切れています。
胴体のあちこちにも、槍によると思われる深い刺し傷が残っていました。
「とりあえず、やってみます。僕の眷属になってくれるかな……」
眷属化を試みてみましたが、反応がありません。
一度大きく深呼吸をした後で、今度は隷属化を試みます。
「我に従え……隷属!」
フェルの時と同じように、魔力の網で絡め取ろうと試みたのですが、網が摺り抜けてしまう感じです。
二度、三度と試してみても結果は同じでした。
「駄目ですね。たぶん、魔石が壊れてしまっているんだと思います」
「魔石が無いとアンデッドに出来ないのかね?」
「ただの死体をアンデッド化する人がいるので、やって出来ないはずは無いんですが……」
「そうか。いや、ケント君でも無理なのであれば仕方ない。彼の遺体は火葬した後で埋葬しよう」
フェルの肌はクラーケンのような質感に変わっていましたが、タデーロの見た目はまるでギガースのようです。
「あの、タデーロはもしかして土属性でしたか?」
「その通りだが、どうしてそう思ったのだね?」
「その前に、フェルは水属性だよね?」
「あぁ、水属性だった……だな」
「どういう事だね。ケント君」
「ギガースは土属性の強力な魔物で、クラーケンは水属性の強力な魔物です。もしかすると、同じ属性の人に与えると効果が高く、その代わりに魔落ちさせるようなポーションなのかもしれません」
「なるほど、同じ属性ゆえに強く作用したのかも知れないのだね」
既にバッケンハイムのギルドでは、得体の知れないポーションに対しての注意情報が告示され、同じ内容はブライヒベルグのギルドにも知らせられているそうです。
何人の冒険者が、問題のポーションに手を出しているのか分かりませんが、これ以上の犠牲者は何としても防がなければなりません。
マスター・レーゼの部屋へと戻り、隷属化失敗の報告をした後、オイゲウスの屋敷の様子を伝えました。
「まだ決定的な証拠は掴んでいませんが、ここまでの情報を通して眺めると、かなり怪しいのは確かです」
「なるほど、ギガースの魔石を土属性の者に、クラーケン魔石は水属性の者を選んで与えたのかぇ」
「ただ、同じ属性の魔物の魔石を摂取しただけで、魔力が上がるものなんですかね? それに急激に魔落ちが進んだ理由も分からないですよね?」
「そうじゃのぉ……あるいは、強力な魔物の魔石には、特別な力が宿っておるのやも知れぬのぉ」
ギガースもクラーケンも属性魔術を纏うことで外部からの魔法攻撃を阻害するほどの魔物ですから、その魔石が何らかの力を持っていても不思議ではありません。
ギガースとクラーケンの魔石を使ったとすれば、あの屋敷でポーションが作られたのかもしれませんが、他で作られた可能性も捨てきれません。
「オイゲウスは、他に家とか土地とかは持っていないんですかね?」
「他の隠れ家の可能性ということじゃの、明日の朝までに全部洗い出させておくわぇ」
「お願いします。それにしても、あんな高額で落札した魔石を惜しげも無く使ったとしたら、目的は何なんですかね?」
「さてのぉ、極めてみたいのかもしれんのぉ……」
「極めるというのは、ポーションを……ですか?」
僕の問いにマスター・レーゼは頷いてみせました。
「オイゲウスは、これまでよりも効き目が高く、値段も安いマジックポーションを開発して財を成した。じゃが、自らの作ったマジックポーションを超える品物が現れないのが不満なのかもしれんのぉ」
「誰も自分の作ったポーションを越えられないなら、自分で自分のポーションを超えてみせる……ってことなんですかね?」
「まぁ、それはオイゲウスが黒幕であった場合の話だし、本人に聞いてみないことには分からんじゃろう」
屋敷以外のオイゲウス所有の物件調査は明日に回すとして、引き続き屋敷の監視をフレッドに、裏町でポーションを配っていた男の調査をフェルに頼み、僕はヴォルザードに戻ることにしました。
「なぁ、ケント。チコの様子を見に行っても構わないか?」
「それは、会って話をするってこと?」
「いや、どうしているのか影から眺めてくるだけだ」
「構わないよ」
「そうか、ありがとう」
軽く頭を下げたフェルは、影移動を使ってチコの家へと向かったようです。
『ケント様……見張っておく……?』
「いや、もう人を襲うとは思えないから、オイゲウスの屋敷の方をお願い」
『りょ……』
フェルがガチなストーカーにならないか少し心配ですが、ここから先はプライベートという感じなので遠慮しておきます。
ヴォルザードに戻り、夕食の席でイロスーンの工事の進捗状況と、魔落ち騒動に付いてクラウスさんに報告しました。
「何だよ、また面倒事を押し付けられてんのか」
「はぁ……ですが、ポーションで魔落ちは不味いですよ。どこからヴォルザードに流れてくるか分かりませんし」
「まぁな、魔力が永続的に増えるポーションなんて代物は、魔力の乏しい冒険者にしてみれば喉から手が出るほど欲しい代物だ。ましてや、一時的には確かな効果があれば、続けて飲むのも頷ける」
「でも、普通は魔物の肉とか魔石を食べても、魔力が増えたりしないんですよね?」
「そうだ。魔石を食って魔力が増えたなんて話は聞いた事がねぇ」
「だとしたら、マジックポーションの専門家が絡んでいるって考えた方がシックリきますよね?」
「まぁ、そうだが……そうやって先入観を持って物事を眺めてると、肝心な事を見落とすから気を付けろよ。思い込みは、正しく物事を眺める目を曇らせるからな」
「そうですね。気を付けます」
昼間、散々フェルの思い込みを正していたのに、いつの間にか僕の方が引き摺られていたようです。
「ところで、ケント。そのフェルって奴は、騒動が片付いた後どうするつもりだ?」
「うっ、それは……考え中です」
「そうか……なら、騒動が片付いたら、あの世に送ってやれ」
「えっ、でも本人が残りたいって……」
「そう言ってもだ」
いつになく厳しいクラウスさんの口調に、驚いて俯いていた視線を上げました。
「いいか、ケント。そいつが、このまま残って活動すると、自分の身内をアンデッドにしてくれって他の連中からも頼まれることになるぞ」
「でも、僕は魔石が無い遺体は上手くアンデッドに出来ないので……」
「そんなもの、魔落ちさせれば済むんじゃねぇのか? それこそ、自分の身内をアンデッドにしてでもこの世に留めるために、瀕死の人間を魔落ちさせようとする奴が出てくるんじゃねぇのか?」
「それは……無いとは言い切れませんが、僕は依頼を断りますよ」
「断わったら、断わったで、今度は何でやってくれないんだ。何でフェルだけアンデッドになってるんだとか言い出すに決まってる。それに、そいつは普通に歳を取れるのか? 自分の知り合いが年齢を重ねていくのに、自分だけ昔と同じ姿でい続ける。それは本当に幸せなのか?」
「そう、ですね……」
僕が殺し、僕が蘇らせたから、僕の都合で殺すのは間違いではないかと思ってしまったが、死してなお生き続ける方が不自然なのは間違いありません。
もし、成仏したくないと言われても、説得して天に送るべきなのでしょう。
クラウスさんのおかげで方針が固まって、少し気が楽になりました。
夕食後、イロスーン大森林で工事を続けている眷属の様子を見にいくと、フェルが報告に現れました。
「ケント、いつもの時間にいつもの場所を見て回ったが、人っ子一人歩いていなかったぞ」
「了解、ギルドがポーションに関する通達を出したから、暫くは現れないかもね」
「それじゃあ、何時まで経っても捕まえられねぇじゃんか。まぁ、俺の場合は死ぬほど時間が余っているけどな」
たぶんフェルなりのギャグのつもりなのだろうが、残念ながら笑える余裕はなく、苦笑いを浮かべるのがやっとでした。
「チコは、大丈夫だった?」
「元気が良いとはお世辞にもいえないが、まぁ、大丈夫じゃねぇのか……」
心配して見に行ったにしては、何となく他人事のような感じです。
もうチコの事は諦めが付いた……という雰囲気ではありませんね。
「それにしても、凄ぇな。お前の眷属ってのは」
「えっ……まぁね」
「まぁね……じゃねぇよ。昼間来た時には、まだあの辺りは出来て無かったのに、もうほぼ完成じゃねぇかよ」
イロスーン大森林のど真ん中、いずれはバッケンハイムとマールブルグの境界となる集落の予定地を囲む壁は、ほぼ出来上がろうとしています。
堀を穿った土で壁を築く感じなので、土属性のコボルト隊やゼータ達にとってはお手の物の作業ですが、工事の進行スピードが滅茶苦茶早いので、フェルが驚くのも無理はありません。
「イロスーン大森林の封鎖がずっと続いて、人の流れが途絶えたままだからね。ノンビリやっていられないから僕に依頼が来たんだし、この先の工事もガンガン進める予定だよ」
「はぁ……てか凄いのは眷属のみんなで、ケントは大して役に立ってないよな?」
まぁ、フェルから見ればそう感じるのでしょうし、実際、工事には関わってませんけどね。
苦笑いを浮かべていると、ムルトがひょこっと現れました。
「違うよ。ご主人様がやった方が、ずーと、ず──っと早いんだよ」
「はぁ? 冗談だろう?」
「ホントだよ。ご主人様が送還術を使えば、パっと終わっちゃうんだよ」
「マジなのか、ケント」
「まぁ、ある程度の範囲で、雑なやり方だったらね」
堀になる部分の土を壁を作る所へ移動させるだけならば、送還術を使えば一瞬で終わりますが、実際には土の中にある岩とか木の根を取り除かないといけないので、眷属のみんなほどの速度では工事を進められません。
「ふぅん……Sランクは伊達じゃねぇんだな」
興味無さそうに呟くと、フェルはまだ何も無い集落の建設予定地をブラブラと歩き始めました。
そう言えば、以前ラインハルトがアンデッドになってからは疲れを感じなくなったと話していました。
フェルもまた、生前とは違ってしまった身体と持て余す時間に戸惑っているのでしょう。
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