第391話 戦闘力

「まず最初に、健人は何でも一人でやろうとして無理をしないこと!」

「はい、おっしゃる通りです」


 話が話だけに、ギルドから一旦間借りしている迎賓館へ戻り、お昼ご飯を食べながらカミラの件を相談したのですが、いきなり唯香に釘を刺されてしまいました。

 まぁ、色々と前科がありますので、返す言葉もございません。


「いい? 賠償の問題では健人だって被害者なんだから『僕が頑張れば……』なんて考えは絶対持っちゃ駄目だからね」

「はい、よーく胸に刻んでおきます」

「もう、ホントに分かってる? クラウスさんは、賠償の問題をそろそろ片付けろって言ってるんだと思うけど、私が健人とカミラの仲を認めればオッケーだとも思ってるんでしょ?」

「うん、たぶんね。それに、カミラの話は最終的にそうなれば……って話だと思う」


 リバレー峠に空間の歪みが生じて大量の魔物が出て来たりして、日々ヴォルザードを取り囲む環境は変化しています。

 クラウスさんの考えは、僕からすると心配しすぎではないかと思うほど先の先を見越した対策です。


 でも、ちゃんと話を聞いて、意味を理解すれば、手を打っておく価値があると思えるのも確かです。

 今は、ラストックとの間に魔の森があるので、危険度を考えるならばマールブルグに行く方が楽ですが、単純な距離で較べればラストックの方が近いし、途中の勾配も緩やかです。


 魔物に対する危険度が同じになった場合、避難するとすればラストックに向かう方が楽になります。

 まぁ、北の街道さえ往来が危険になるような状況では、ラストックに逃げる事も困難でしょうが、選択肢は多い方が良いに決まっています。


「ねぇ、健人。私は賠償が全て終われば、カミラを認めても良いと思っているけど、他のみんなに確認したの?」

「えっ、セラには確認したけど、マノンとリーチェにはまだ……」

「はぁ……私が聞くべきじゃないのかもしれないけど、どうなの?」


 うん、もう完全に僕は唯香の尻に敷かれちゃって……ひぃ、ごめんなさい。

 話を向けられたマノンは悩んでいる感じですが、ベアトリーチェは気持ちの整理が出来ているように見えます。


「ボクは……ケントが苦しむ姿を見てきたから、ちょっと嫌だけど、ケントが決めたのなら認めても良いかなぁ……」

「私は嫌です」

「えっ?」


 歯切れの悪いマノンとは対照的に、ベアトリーチェはキッパリと言い切りました。


「私はケント様を独り占めしたいと思っていますから、これ以上ライバルが増えるのは嫌です。嫌ですが……認めます。私はケント様の妻となりますが、ヴォルザードの領主の娘として育ってきました。それがヴォルザードの将来にとって良い事であるならば、私が認めない訳にはまいりません」

「ボ、ボクも認める。ボクだって、ずっとヴォルザードで育って来たんだし、故郷の将来のために我が侭は言えない」


 結果的には、四人とも僕とカミラの結婚を認めてくれた形だけど、気持ちはスッキリしません。


「ごめん。本当にごめんなさい。本来、こんな風にヴォルザードの将来をカタにして認めてもらうのではなくて、僕がみんなを説得しなきゃいけない事だよね」


 なので、改めて僕が召喚されてから、カミラと今の関係になるまでを話して聞かせました。

 何て言ったって、ハズレ判定を受けた直後に魔の森へと放り出され、危うくゴブリンの餌にされる所だったから、召喚された当時のカミラへは憎しみしかありませんでした。


 それが、リーゼンブルグの内情を知り、民を顧みない王族の中で一人きりで頑張っているカミラに、忠誠を誓わせて共に民衆を守るために魔物の大量発生や内乱を抑えるために戦う内に心を通わせる事になりました。


「たぶん、カミラが私利私欲のために僕らを召喚して、王位を手に入れようとしていたのだとしたら、それこそ賠償金を引き出すための道具として使っていたと思う。でも、カミラはあくまでも民衆のために、自分の身を捨てても構わない決意をして戦っていたから僕も惹かれていったんだと思う」


 僕の心情を打ち明けた後で、今度は日本国内の事情についても話しました。

 召喚された時に、校舎が崩壊して四十八人の死者と百五十人以上の重軽傷者を出し、こちらでは船山が衰弱死させられた事。


 その後も自ら命を絶った関口さんやオークに投石を食らった田山、グリフォンに攫われた三田、日本で魔落ちした藤井などの犠牲が出ている事も話しました。

 当然日本の反発は強く、世論はリーゼンブルグを許していない事も付け加えておきました。


「でもね、健人。最近は、ネット上に召喚事故に関する書き込みも少なくなってるの。藤井君の一件以来、異世界は危険だから近付かない方が良いっていう風潮が生まれて、一気に熱が冷めたみたい」

「そうなんだ。最近、ネットも見ていないから知らなかったよ。でも、前はヴォルザードの動画が凄い人気だったよね?」

「うん、でも動画も田山君の一件以来下火になって、新規の動画をアップする同級生たちも帰還しちゃったから、こっちも下火になって忘れられかけているみたい」


 ニュースにしても、ネット動画にしても、新しい話題が出てくれば、追加の情報が流れてこない事件などは忘れ去られていきます。

 大勢の死者、しかも異世界召喚絡みという普通では考えられない事件であっても、時の流れには逆らえないようです。


「ねぇ健人。実際のところ、日本への賠償の目途って立っているの?」

「うん、お金は集めたらしい。でも、日本に運ぶには金とか宝石じゃなければ駄目だから、今は金を集めている状態」

「そんなお金、よくあったわね?」

「カミラが実権を握って、汚職の一斉摘発を行ったから、そこで資金は手に入ったらしいよ」


 カミラが実権を握る以前、リーゼンブルグの内政は汚職の横行で腐敗しきっていました。

 王都アルダロスでも城へ出入りする商人から賄賂を受け取っていた役人が珍しくなく、収賄側も贈賄側も締め上げて、過去に得た利益供与の分を国庫に吐き出させたようです。


「うーん、賠償金の元が賄賂っていうのはちょっと……」

「でもさ、お金が悪い訳じゃなくて、それを送ったり貰ったりした人間が悪いんでしょ」

「まぁ、そうなんだけど、何となくね」


 結局、賠償に関しては、カミラの準備の具合を聞いて、日本の梶川さんと連携を取って進める事になりました。

 その際、僕が何か行動をする場合には、唯香の許可を取ってから動くように約束させられてしまいました。


 まぁ、唯香としては僕の身を案じての事なので、大人しく従いましょう。


「じゃあ、そろそろ出掛けようか?」


 少し気の重たくなる話をした後は、みんなでフラヴィアさんのお店を訪ねます。

 食事会の時に相良さんから、セラフィマを店に連れて来て欲しいとお願いされたからです。


 フラヴィアさんのお店は相良さんが加わったことで、現代日本風のデザインを取り入れた人気店になっています。

 安息の曜日には若い女性が押しかけて、店に入るのに並ぶほどだそうです。


 今日は、平日の昼下がりなので、それほど混雑はしていませんでした。


「こんにちは」

「いらっしゃいませぇ!」


 元気良く接客に現れたのは、グレーの髪に青い瞳、イヌ耳尻尾、ミニのメイド服という姿の女の子でした。

 フリッフリのメイド服は、間違いなく相良さんの作品だろうし、ヴォルザードだからイヌ耳尻尾は本物です。


 イヌ耳少女は元気良く挨拶したかと思うと、僕の顔を見て動きを止めました。


「て、て、店長、大変です! 大変、大変、大変ですぅ!」


 フリーズから再起動したかと思うと、イヌ耳少女は店の奥へと駆け込んで行ってしまいました。

 なんか落ち着きの無いハスキー犬みたいで、本日の主役セラフィマも呆気に取られています。


「ケント様、今の女性は?」

「店員さんだと思うけど、僕の知り合いではないよ」


 イヌ耳少女の店員さんが店の奥へと駆け込んでから暫し、店長であるフラヴィアさんが現れました。

 ちょっ、フラヴィアさん。それは童貞を殺すと言われている伝説のセーターじゃないですか。


 タートルネックから身体の前側を隠すようにニット生地が繋がっていますが、中央には谷間を見せつけるようなスリットが入っていますし、超ミニ丈ですし、脇とか背中はがら空きです。

 フラヴィアさんのダイナマイツな胸部が、脇からこぼれ出そうで大変ですぅ。


 というか、穿いていますか、フラヴィアさん。

 うぎぃぃぃ……セラフィマに抓られている脇腹の肉が千切れそうな気がします。


「いらっしゃいませ、ケントさん。うちの子が失礼いたしました」


 フラヴィアさんが深く身体を折って挨拶すると、たゆんたゆんと揺れまくって、それでもこぼれ出ないとか、もう芸術の域かと思ってしまいます。

 本当は芸術が破綻して欲しいんじゃないかって……?


 それはノーコメントで、うぎぃぃぃ……ごめんなさい、セラフィマさん。

 てか、何てものをヴォルザードに伝えてるんですか、相良さん。

 もっとやって下さい……。


「い、いえ、なかなか元気があってよろしいかと……」

「バルシャニアの皇女セラフィマ様でいらっしゃいますね。この店のオーナーでフラヴィアと申します。よろしくお願いいたします」


 再びフラヴィアさんは、深いお辞儀をして……って、絶対楽しんでますよね。

 強力な意思の力でフラヴィアさんの胸部から視線を外すと、店の棚の影からチラチラとこちらを覗いているイヌ耳少女の姿があります。


 なんだか、尻尾が凄い勢いで振られてるんですけど、コボルト隊やゼータ達を連想しちゃいます。


「あのぉ、フラヴィアさん、あちらの店員さんは?」

「今年から働き始めた子で、ベアトリーチェさんとは同級生になります。ケントさんに、すっごく憧れているんで、いきなり顔を会わせて舞い上がっちゃったみたいなの」

「いや、僕なんて、そんな大した者じゃないですよ」

「あら、そんな風に思っているのは、ケントさんぐらいですよ」


 そう言えば、ギルドの見学に来ていたベアトリーチェと出会った時には、まるでアイドルの握手会みたいな状態になったんでしたね。

 あんまり自覚はないけれど、Sランクという看板は伊達じゃないってことでしょうかね。


「リカルダ、いらっしゃい」


 フラヴィアさんが手招きすると、イヌ耳少女のリカルダは棚の影からダッシュで飛び出してきました。


「走らないの……ちゃんと挨拶なさい」

「はい! リカルダです。よろしくお願いいたしましゅ!」


 リカルダが、ガバっと音がしそうな勢いで頭を下げると、ベアトリーチェに負けず劣らず発育の良い胸が大きく弾んで……痛い、痛いです、セラフィマさん。

 ほぼ初対面の店員さんに手を出したりしませんから、脇腹抓るのはやめて下さい。


「ケントさん、結婚式の衣装をうちで作らせて下さるってタカコから聞きましたけど、本当に宜しいのですか?」

「はい、そのつもりでお邪魔しました」

「でも、セラフィマさんはバルシャニアの衣装を用意されているのでは?」

「セラとは、今年の年明けに、バルシャニアではお披露目を済ませてきたので、ヴォルザードではヴォルザードのスタイルでやろうという話になりました」

「では、改めて皆さんの採寸をさせていただいても宜しいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 店の奥へと通されると、相良さんが縫製作業の真っ最中でした。


「いらっしゃい、出迎えなくてゴメンね」

「ううん、作業中なんでしょ。続けて……」

「うん、キリの良いところまで、もうちょい作業させて」


 という訳で、採寸はフラヴィアさんが担当してくれました。

 まず最初に僕の採寸をしてもらったのですが、前回の採寸から数か月ですから殆ど変わってはいませんが、ほんの少しだけ背が伸びていました。


 てか、採寸するのは良いのですが、胸板とか背中にさりげなくボディータッチされるし、メジャーを回すときに胸の膨らみが、ふにゅんって接触してきて……殺されてしまいそうです。


 男性の衣装は、ある程度余裕を持たせた作りなので、服の上からの採寸でも大丈夫ですが、女性の場合は少々事情が異なります。

 胸元やウエストなど、厳密な寸法を計っておかないと、実際に着た時にシルエットが崩れたりするそうです。


 という訳で、次はお嫁さん達の採寸です。

 僕は壁側を向いて座って待っていますから、どうぞ、どうぞ……。


「健人はお店で待ってて」

「えっ?」

「お店の方で、待って、いてね!」

「はい、分かりました……」


 鏡越しに採寸の様子を見学したかったのに、唯香に追い出されてしまいました。

 さては、ウエスト周りが……いえ、何でもございません。


 平日の昼下がりなので、お店にいるお客さんは数えるほどで、リカルダともう一人の二十代半ばぐらいの店員さんは少し暇そうです。

 フラヴィアさんのお店は、以前は男物も扱っていたのですが、最近は女性向け専用になっているようで、僕が見て回るのは少々気まずい感じです。


 特に店の奥にある下着のコーナーは、近寄りがたいものがあります。

 本当は興味があるんだろうって? 当然じゃないですか。


 当たり障りのないアウターのコーナーで手持無沙汰にしていると、客足が途絶えたタイミングでリカルダが近寄ってきました。


「あ、あのぉ……ケントさんは、タカコさんと同じ世界から来たんですよね?」

「そうだよ」

「そちらの世界の人って、みんなタカコさんのようにオシャレなんですか?」

「うーん……それは人にもよるかなぁ。服装に全く気を使わない人もいるし、オシャレに人生をかけてるみたいな人もいるよ」


 リカルダの話だと、ヴォルザードの女の子も色とか柄とかのこだわりはあるそうだけど、服の形は大体決まっているそうです。

 まぁ、相良さんの場合には、コスプレ衣装みたいな物も混じっているけど、スカート一つでも様々なパターンがあって驚かされているそうです。


「タカコさん曰く、女の子の服は戦闘服なんだそうです」

「あぁ、なるほどねぇ……相良さんらしいね」

「どうですか、この服は?」


 リカルダは、ピンクを基調としたフリフリのメイド服を見せつけるように、その場でクルっと一回転してから少し前屈みのポーズをとりました。

 スカートの丈はミニで、フサフサの尻尾が自慢げに立っているからチェック柄のパンツは丸見えだったし、お腹の前で腕を重ねているから寄せられて上げられて、大きく開いた胸の谷間が殊更に強調されています。


 このポーズも相良さんが教えたに違いありません。

 まったく……もっとやって下さい。


「戦闘力高いですかぁ?」

「た、高いんじゃないかなぁ……」

「Sランクの冒険者も倒せますかね?」

「んー……それは無理かな」

「じゃあ、お友達はどうですか?」

「お友達? 僕の?」

「そうです。タカコさんの他にも同じ世界から来た人が、何人かヴォルザードに残るって聞いてます。女性だけでなく男性の方もいるって聞いたんですけど」


 どうやらリカルダは、相良さんから色々な話を聞く中で、居残り組の事も知ったようですね。


「んー……二人を除いて、簡単に倒せそうだけど、あまりお薦めはしないかなぁ……」

「えぇぇ、どうしてですか? タカコさんもやめておけって言うんですけど」

「まぁ、悪人じゃないんだけど、簡単に言うと、ちょっとばかりお馬鹿なんだよねぇ……」

「お馬鹿……ですか?」

「うん、何て言うか、物事を腕力で解決したがるみたいな?」

「あぁ、なるほど……それって救いようが無い程ですか?」

「んー……手綱を握る人がいれば大丈夫、みたいな?」

「なるほど、なるほど……将来性はありそうですかね?」

「冒険者としては、悪くはないんじゃない」

「ふむふむ……なるほど……」


 僕に憧れているって話だったけど、芽が無いと感じて切り替えたんでしょうかね。

 新旧コンビは、近藤ほどの優良物件じゃないけど、八木ほどの不良物件でもないので、自分で判断してもらうしかないですね。


「相良さんと同じ建物に住んでるから、休みの日にでも遊びに行ってみたら顔を見れるかもよ」

「ホントですか? でも、それってタカコさんが圧倒的に有利なんじゃ?」

「いやぁ、その気は無いと思うよ」

「分かりました。今度の休みに遊びに行ってみます」

「うん、戦闘力高めでね」

「了解であります!」


 いやいや、だからそのポーズは僕には不要だからね。


「お待たせ、ケント」

「ひっ……お、お疲れ様、マノン」

「随分と楽しそうだったね」

「い、いえ、それほどでも……」


 いや、ホントに楽しんでませんでしたって、だから絡めた腕ぇぇぇ……。

 って、リカルダは何時までポーズとってるつもりかなぁ、僕の腕がミシミシって悲鳴を上げてるの聞こえないかなぁ。


 ポーズは僕が教えた訳じゃないし、新旧コンビの情報を伝えていただけだと話して、ようやく拘束を緩めてもらいました。

 というか、マノンさん無意識に身体強化使ってません?


 お嫁さん四人全員の採寸が終わって、ようやく僕も奥の部屋への入室が許可されました。

 結婚式の衣装は、四人の意見を取り入れて基本となる形を作り、そこから色と細部の形を変える事になりました。


 唯香が白、マノンが水色、ベアトリーチェが赤、セラフィマはピンクをベースとするそうです。

 露出度高めのドレスとかも見たいけど、多くの人にお披露目する衣装ですので、控えめな形にしてもらいます。


 ケチと言われようが、大事なお嫁さんの肌を胡乱な輩共になんか見せたくないですからね。

 どんな衣装になるのか、今から楽しみです。

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