第389話 演武大会

 居残り組のシェアハウスへの引っ越しが終わった翌日は安息の曜日で、普段であれば街が動き出すのは平日よりも遅くなるのに、この日は朝早くから大勢の人が動き出していました。

 街の人々が向かう先は守備隊の訓練場で、普段ならば立ち入りが制限される場所も解放され、色々な屋台まで営業準備を始めています。


 今日は、訓練場を使ってヴォルザードの守備隊とバルシャニアの騎士団が演武を行う事になっています。

 街の人達は、この演武を見るために朝早くから場所取りを始めているのです。


 住民に公開する形で演武を行うと聞いて、僕も会場の設営に協力しました。

 行ったのは仮設トイレの設営です。


 ヴォルザードでは、こうしたイベントはあまり行われた事が無いそうです。

 人が入っても良い場所はロープなどで仕切ると言っていましたが、集まった人が長時間見物を行えば、当然トイレが必要になります。


 クラウスさんから計画を聞かされた時に、僕の方から指摘して仮設の協力を買って出ました。


「なるほど、屋台などの許可は出したが、トイレまでは考えて無かったぜ」

「僕が土属性魔術で仮設のトイレを作りますよ。使用後は地中深く埋めてしまうか、魔の森の中にでも廃棄します」


 仮設トイレの作成は、近藤達の護衛の仕事に同行した時に経験済みなので、あれの規模を大きくすれば良いでしょう。

 さすがに水洗にするのは難しいので、溢れたりしないように大きめに作っておきました。


 立ち入り禁止の場所についても、ロープではなく仮設の壁を土属性魔術で作りました。

 設営も取り壊しも、あっと言う間に終わってしまいますから、やっぱり魔術って便利ですよね。


 セラフィマを護衛してきた騎士達は休養を取った後、ヴォルザードの守備隊と合同の訓練を行ってきました。

 広い平原で部隊を展開する戦いに慣れているバルシャニア騎士と、城壁内に立て籠もっての防衛戦に特化したヴォルザードの守備隊は、言わば真逆の性質を持つ部隊と言っても過言ではありません。


 そこで、それぞれのノウハウを教え合う形での共同訓練が続けられてきました。

 今日は、その訓練の成果と、それぞれの国の特徴的な戦い方を紹介したり、腕自慢が模擬戦を行ったりする予定です。


 クラウスさんにとっても、バルシャニアにとっても身内になる僕やお嫁さんたちは、ゲストとして招待されています。

 そして、この演武大会が終わった後に送別会が行われ、バルシャニアの騎士達は明日帰国する予定です。


 送還術を使って帝都グリャーエフまで送ろうと申し出ましたが、半数は国境の街チョウスクに送って欲しいと言われました。

 セラフィマを護衛してきた騎士達は、バルシャニアに戻った後に今回の経験を伝える役目を担うそうです。


 リーゼンブルグから見たバルシャニアが長年の宿敵であるように、バルシャニアにもリーゼンブルグに対しての敵愾心が広がっています。

 砂漠の緑地化を進めていく上でも、両国が友好関係を築くのは重要です。


 そのために、リーゼンブルグ国内を友好的に旅した経験を騎士達の口からバルシャニアの各地へと広めていくのだそうです。

 ライネフがギガースに襲われた時に、バルシャニアの騎士団は大きな損害を受けました。


 その穴埋めをする事を考えれば、セラフィマを護衛した騎士達は分散させるよりも数か所程度にまとめて配置するべきなのでしょう。

 ですが、次の時代の到来を考えて、皇帝コンスタンとセラフィマで相談して決めたそうです。


 僕にとっては、どちらに送る場合でも、目印さえ設置されていれば問題ありませんので、希望にそって送還する予定でいます。

 そう言えば、この所グリャーエフにも顔を出していませんが、例の魔落ちの首謀者は捕まえられたのでしょうかね。


 でも、下手に顔を出すと、爆剤をよこせとか言われそうな気もします。

 それにムンギアも、あれからどうなったのか確かめておいた方が良さそうですよね。


 まぁ、それは明日以降やるとして、今日は演武の見学です。

 領主一家の末席に並んで見物する他に、色々と裏方の仕事も買って出ています。


 会場内の影の中には、僕の眷属が散らばって監視する予定で、何かトラブルが起こればすぐに知らせが届く事になっています。

 守備隊から多くの隊員が演武に参加するので、ヴォルザード周辺や街中の警戒も行う予定です。


 僕らは領主一家として専用の観覧席から見物させてもらいますが、会場へは早めに到着して控室で待機しています。

 控室の窓からは、会場入りする人達の様子が見られるのですが、朝早くから長蛇の列が出来ていました。


「おうおう、凄ぇ行列になってるな」

「クラウスさんが企画したんですよ」

「分かってるよ。分かっちゃいるけど、みんな娯楽に飢えていやがるんだな」

「これから定期的にイベントを開催したらどうですか?」

「イベントか……そうは言ってもバルシャニアの連中に毎度毎度来てもらう訳にもいかねぇだろう。ランズヘルト国内だって、イロスーン大森林が通れるようにならないと、マールブルグより東とは行き来が出来ない状態だ」

「僕が召喚術を使えば連れて来られますけど」

「はい連れてきました、さあイベントですとはいかねぇだろう。今回だって一週間程度の準備を重ねてるんだぜ」


 他の地域との交流イベントとしては面白いし有用であって、その交流が実際には行えない状況では開催は難しそうです。

 現状で通常通りの交流が出来るとしたら、マールブルグとリーゼンブルグになりますが、マールブルグだけでは少々規模が小さいですし、参加できない地域との温度差が出来る恐れがあります。


 リーゼンブルグについては規模としては申し分ないですが、リーゼンブルグ国内が安定していない状態ですし、侵略されるのではないかという心配がヴォルザードの住民には根強くあるそうです。

 いずれヴォルザードとリーゼンブルグの友好の橋渡しも考えないといけませんね。


「それじゃあ、賞金を出して武術大会とかはどうです? 木剣や木の棒を使って防具を付けての模擬戦を行って、勝ち上がり式で競い合うんです」

「ほう、そいつは面白そうだな。だが人数が多くなったら、一日で終わらなくなるんじゃねぇのか?」

「でしたら、予選を行って人数を絞り込んで、決勝まで三回戦を大々的に公開するとか」

「なるほど、それなら一日でも出来そうだな。それに、競い合うとなれば冒険者や守備隊員の腕も上がりそうだしな」

「大会が大きくなれば、他の街からも参加を希望する人が集まるんじゃないですか」

「そうだな。ヴォルザードの戦力をアップするには持って来いだな」


 試合の勝敗を賭けの対象にして胴元をやれば儲かりそうですが、クラウスさんには教えない方が良いでしょうね。


「ケントー!」


 クラウスさんと窓の外を見ながら話をしていると、元気の良いメイサちゃんの声が聞こえてきました。

 パタパタと走ってきたメイサちゃんでしたが、僕の隣りにいるのがクラウスさんだと気付くと急ブレーキを掛けて止まりました。


「お、おはようございます、領主様」

「おはよう、メイサ。朝から元気で結構だ」


 メイサちゃんはベアトリーチェかアンジェお姉ちゃんから習ったのか、スカートを摘まんでの貴族風の挨拶をしましたが、ニカっと笑ったクラウスさんに荒っぽく頭を撫でられて目を細めています。

 今日は領主っぽい服装をしていますが、普段のクラウスさんはベテランの冒険者かと思うような格好ですし、城壁工事で石を担いでたりします。


 メイサちゃんの頭を撫でた手もゴツくて、とてもデスクワークをする人には見えません。

 でも、そうした飾らないところがクラウスさんの良いところなんですよね。


「アマンダはどうした。体調を崩してるんじゃないだろうな」

「大丈夫……です。この前、ケント達が遊びに来てから元気になった……りました」

「そうか、じゃあ今日も見物に来るんだな?」

「うん……はい、来ます!」


 アマンダさんの店は闇の曜日が定休日で、普段の安息の曜日は通常営業なんですが、これだけ街の人が集まってしまうと商売あがったりになりそうだから、今日は臨時休業にすると言っていました。

 メイサちゃんは、クラウスさんの目を少し気にしつつも、僕にしがみついて来て胸の辺りにグリグリと頬摺りしていましたが、アマンダさんが顔を見せたので戻って行きました。


「クラウスさん、アマンダさんの体調が悪いって気付いてたんですか?」

「あぁ、ケントが治療したのか?」

「はい、この前の食事会の時に……もう少し遅くなっていたら手遅れになるところでした」

「そうか、この所、クラーケンやらリバレー峠の魔物の討伐やらに使っちまって忘れがちだが、リーチェの命も救ってもらったんだよな。ケントが居なかったら、もうリーチェはこの世にいなかったかもしれないが、持って行かれるとは思っていなかったぜ」

「それは……領主一家の総意なのでは?」

「まぁ、そうではあるんだがな……」


 娘を嫁に出す男親としては複雑なんでしょう。

 そのベアトリーチェを含めた女性陣も、既に準備を終えて控室で待機中です。


 本日は晴天に恵まれていますが、まだ肌寒い季節なので残念ながら露出度は控えめです。

 マリアンヌさんは守備隊の総隊長として臨席するので、本日は制服姿ですが腰をベルトで絞っているのでボン・キュ・ボンなスタイルが強調されて……ひぃ、マノンとセラフィマに睨まれました。


 開会の時間が迫ってきて、控室から観覧席へと移動すると、守備隊の訓練場の周囲は集まった住民達で埋め尽くされていました。

 ヴォルザード中の人が集まったのではないかと思うほどの盛況ぶりですが、守備隊の皆さんの尽力によって出入口やトイレなどへの通路は確保されているようです。


「みんな、良く集まった! 今日はヴォルザードとバルシャニアの友好を記念した演武会だ。日頃は目にする機会の無い守備隊や、遥か遠いバルシャニアの騎士達の鍛え上げた技を見て欲しい。平和な時にも備えを忘れない大切さを感じてくれ!」


 本当に、普段のチャラい姿とのギャップが凄いんですが、こうした時のクラウスさんは頼りになる領主の顔をしています。

 クラウスさんの挨拶のあと、守備隊の総隊長であるマリアンヌさんと、護衛騎士の隊長エラストが握手を交わして開会を宣言しました。


 まず最初に披露されたのは、バルシャニアの騎士による騎乗です。

 馬の足並みさえ揃えた一糸乱れぬ行列に始まり、戦闘時の全力疾走や曲乗りが披露されました。


 綺麗に着飾った行列は、セラフィマの輿入れの際と同じものですが、見物出来なかった人や遠くからしか見られなかった人にとっては間近に見る良い機会になったようです。

 馬上槍を携えての疾走は、蹄の音や馬の荒々しい息遣いまで聞こえてきて、まるで戦場にいるかのような気にさせられました。


 ですが、集まった人達が一番盛り上がったのは曲乗りです。

 この曲乗りは、元々サーカス的な見世物の要素が加えられているようで、疾走中の馬にぶら下がり、地面に落ちた武器を拾って見せたり、一頭の馬に二人で騎乗しての戦闘法、なかにはわざと馬から落ちて追いかけるようなコミカルな要素まで含まれていました。


 バルシャニアの次は、ヴォルザードの守備隊の出番です。

 まずは磨き上げられたフルプレートの鎧に身を包んだ軍団が、流れるように隊列を組み換えながらの行進を披露しました。


 守備隊員達の動きは、まるで頑丈な鱗で守られた生き物のように見えます。

 隊列を組みかえる時の号令は、魔物の咆哮のごとく迫力満点です。


 正直ヴォルザードの守備隊は、バルシャニアの騎士達に較べると見劣りしてしまうと思っていました。

 普段の訓練風景を見ても、城壁の上から下に向かって魔物を突き落とす地味な動きの反復で、これほど迫力のある隊列での動きをするなんて思っていなかったからです。


「クラウスさん、凄いですねぇ……これなら大量発生した魔物の壁でも突き破れそうです」

「だろう? だが、これはいわゆる奥の手って奴で、実際には使われる事は無いだろうな」

「えっ、そうなんですか?」

「これは、ヴォルザードの城壁の中まで魔物に入り込まれ、街を捨てて逃げる時の陣形だ。魔物の包囲を突き破り、領主一家が死に物狂いで逃げるための陣形だが……俺は使う気はない。まぁ、見世物には丁度良いがな……」


 かつてヴォルザードを襲ったロックオーガの大量発生では、街の中にまでロックオーガに入り込まれて大きな被害が出たそうです。

 クラウスさんのお兄さんも命を落し、その結果としてクラウスさんが領主の座に就くことになったと聞いています。


「堅物の兄貴が命を懸けてまで守ろうとした街だ。俺が逃げ出す訳にはいかんだろう。それにケント、お前が根を下ろすと決めてくれた以上、ランズヘルトの何処よりもヴォルザードは安全だろう?」

「はい、僕らの街は魔物なんかに荒らさせやしませんよ」


 バルシャニア、ヴォルザード双方の団体による演武が終わった後は、選抜された者達による模擬戦が行われました。

 馬上槍による試合を五試合、馬に乗らずに行う立ち合いが五試合行われます。


 馬上槍の試合は、バッケンハイムの学生が行っていたような的を射抜く方法ではなく、防具を着け模擬戦用の先が丸い槍を使い、相手を馬から落とした者の勝ちとなるそうです。

 第一試合を見て、またしても驚かされてしまいました。


 馬に乗っての勝負ならば、圧倒的にバルシャニアが有利だと思っていたのですが、ヴォルザードの守備隊員は互角に近い戦いをしてみせました。

 最終的にバルシャニアの騎士に軍配が上がったものの、その善戦ぶりに会場からは大きな拍手が沸き起こりました。


 馬上槍の戦い方も、ヴォルザードとバルシャニアでは違っています。

 ヴォルザードは、左腕に付けたバックラーと呼ばれる小型の盾で相手の攻撃を受け流しながら戦います。


 一方のバルシャニアは左右の手に槍を持ち替えつつ、動きの中で相手を翻弄する戦い方です。

 実際の戦いでは、ヴォルザードの守備隊員が乗った馬の周囲をバルシャニアの騎馬が走り回り、隙を見つけては突撃を繰り返すという展開になりました。


 騎馬に余力が残っているうちに勝負が着く場合はバルシャニア有利、戦いが長引いて馬に疲れが見え始めるとヴォルザード側が有利になるようです。

 それでも、やはり騎乗での戦いはバルシャニアに一日の長があるようで、四試合が終わった時点で三勝一敗でバルシャニアの勝利が確定しました。


 ですが、今回は交流試合なので、最後の五戦目も試合は行われます。

 ヴォルザード側の代表は、驚いた事にカルツさんの部下バートさんでした。


「えぇぇ……バートさんが代表って、大丈夫なんですか?」

「まぁ、見てろ」


 僕の驚きに反して、クラウスさんは心配するどころか楽しみな様子です。

 試合が始まった直後、猛然と突っ込んでくるバルシャニアの騎士に対して、バートさんの乗った馬は遊びにでも行くかのようにヒョコヒョコと進んで行きます。


「うわぁ……これ一撃でやられ……えぇぇ!」


 猛然と突っ込んで来たバルシャニアの騎士に突き落とされてしまうかと思いきや、バートさんの乗った馬はヒョイっとサイドステップを踏んで攻撃を躱してみせました。

 それと同時にバートさんの槍が振られ、バルシャニアの騎士は大きくバランスを崩して馬から転げ落ちました。


「まったく物ぐさな野郎だな。勝負事まで相手任せかよ」

「でも、あれって実戦では使えないんじゃ?」

「今みたいに騎士が相手ならば、馬から落とすだけでも十分に意味があるぜ。ただし、魔物相手じゃあまり意味が無いけどな」


 騎士同士の戦いならば、馬を失えば大きく戦力が落ちます。

 歩兵も含めた乱戦ならば、馬から落ちた時点で歩兵へのアドバンテージを失う事になります。


 ただし、馬に乗っている訳ではない大型の魔物とかを相手にするには、攻撃自体の威力が不足しているので殆ど効果が無いそうです。

 なんだか、バートさんらしいと言えば、バートさんらしい戦法ですね。


 昼食の休憩を挟んで、今度は馬には乗らない個人戦が行われました。

 こちらはヴォルザードが有利かと思いきや、やはりバルシャニアの精鋭だけあって個人の能力も優れた人ばかりです。


 攻撃魔術は観客への流れ弾が心配なので禁止ですが、身体強化の魔術は使用が認められています。

 ヴォルザードの代表もバルシャニアの騎士も、双方とも身体強化を使っての戦いなので、常人離れした動きの連続です。


 とは言っても、アニメや映画のCGのように派手な跳躍や空中戦はありません。

 足が地に着いていなければ、方向変換や移動も出来ず、相手から狙い撃ちされるだけです。

 いかに効率よく力を地面に伝え、素早い動きが出来るのかが勝負の分かれ目のようです。


 ヴォルザード優勢の予想に反して、勝負は二勝二敗で最終戦を迎えました。

 バルシャニアの代表はエラスト、ヴォルザードの代表はカルツさんです。


 エラストは木槍を、カルツさんは大剣サイズの木剣を携えています。

 最終戦とあって、双方様子を見ての戦いかと思いきや、合図と共に二人は一気に間合いを詰めて、火の出るような打ち合いを展開しました。


『ほぅ、これは素晴らしい……』

『双方とも、なかなかの腕前ですね』


 ラインハルトやバステンの目から見ても、二人は相当な使い手のようです。

 結局、カルツさんが槍の柄を圧し折る形で勝利を収めましたが、槍の強度次第では勝負はどちらに転んだか分からないほどの互角の戦いでした。


 この後、バルシャニアの騎士団とヴォルザードの住民の交流も行われ、演武大会は盛況のうちに幕を閉じました。

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