第388話 新生活

 ゴブリンの群れの対処をした翌日、守備隊の宿舎を訪れました。

 居残り組が共同生活をするシェアハウスの内装工事が終わったそうなので引っ越しの手伝いです。


 内装工事と言っても、元々倉庫だった建物の中に床板と仕切りの壁を設ける程度なので、あまり時間は掛からなかったみたいです。

 工事の業者はギルドで紹介してもらい、僕の名前を使って通常価格で構わないからキチンとした仕事をして欲しいと頼んだそうです。


 まぁ、その程度の名前の利用ならば文句を言うつもりもないですし、これから居残り組のみんなが暮らす家ですから、心配が少ない方が僕としても安心です。


「おはよう、みんな準備出来てる?」

「遅いぞ国分、いつまで俺達を待たせるつもりだ」

「うん、八木の荷物は置いていく。自分で運んで」

「嫌だなぁ、国分君。冗談に決まってるじゃないか、モーニングジョークだよ」

「なるほど、でも僕は冗談じゃなくて本気だからね」

「ちょ、待てよ国分、俺は場の雰囲気を和ませようとだなぁ……」

「はいはい、八木はウザいし、話も長いからそのへんにしておいて……」

「酷ぇ、相変わらず俺様の扱いが酷ぇ……」


 守備隊の宿舎の前に集まっているのは、八木、近藤、新田、古田、本宮さん、相良さん、綿貫さんの七人と、八木の手伝いに来たマリーデの八人です。

 集合場所には、それぞれの荷物がまとめて置かれています。


 ヴォルザードに来て以来、ずっと生活を続けてきたので当然荷物は増えていますが、守備隊の宿舎は家具が備え付けなので、持ち出すのは中身だけです。

 日本で言うなら、引っ越し楽々パック程度の荷物ですね。


 それでも、一人で運ぼうと思ったら、守備隊とシェアハウスの間を何往復かしなきゃいけないので、僕が手伝うことになったのです。


「それじゃあ、まずは馬車を選んでもらおうか」


 居残り組が暮らすシェアハウスには、一頭立て用の小型の馬車を置くことになっています。

 馬は飼育するのは大変なので、必要な時にレンタルするそうです。


 勿論、馬車ごとレンタルする事も可能ですが、当然料金が掛かるので僕の余っている馬車を譲ることになっています。

 まぁ、アーブルの残党からいただいた馬車ですから、元手はタダなんですけどね。


 ただし、一頭立ての馬車は数が少なくて、現状では二台しかありません。

 アーブルの残党が使っていたものなので、殆どが二頭立て以上の馬車ばかりなんですよね。


「相良さん、馬車を置く場所はあるんだよね?」

「うん、ある事はある。でも、大きな馬車とか私たちに扱えるかな?」

「それじゃあ、二頭立て用でも小さめのサイズも出して較べてみる?」

「お願いできるかな?」

「いいよ」


 と言っても、馬車を出してくれるのはコボルト隊のみんななので、あとでいっぱい撫でてあげましょう。


「やっぱり幅も長さもかなり違うね」

「でもよぉ、こっちのサイズの方が使い勝手は良くねぇか?」

「そうそう、俺も和樹の言う通りだと思うぜ。一頭立てだと、使い道が限定されそうじゃん」


 確かに新旧コンビの言う通り、一頭立ての馬車だと少し小さい気がします。

 日本風に言うならば、軽トラックと普通車のトラックぐらいの違いですかね。


 人も荷物も載せて、どこかに遠征となると一頭立てでは心許ない気がします。


「じゃあ、こっちの一頭立ての馬車は僕が預かっておくよ。どうせ使うには事前に馬を借りないと駄目なんでしょ? 前もって言ってくれれば、その日に馬車を届けてあげるよ」

「ホントに、ありがとう! そうしてもらえると助かる」


 一番程度の良い二頭立ての馬車を選んで、それを居残り組に譲る事にしました。


「よーし、みんな。ユースケ1号に荷物を積み込め!」

「はぁ、なに縁起の悪い名前を勝手につけてるのよ。この馬車の名前は、アントワネット1世よ」

「本宮、お前は馬鹿か。そっちのほうがよっぽど縁起悪いだろう。悲劇しか待ってねぇじゃんか!」

「うるさいわねぇ、じゃあ……ジャンヌダルク1世号よ。フォロー・ミー!」

「処刑される未来しか見えねぇよ!」


 八木のネーミングセンスが悪いのは言うまでもないけど、本宮さんのセンスもちょっと笑えないですね。


「名前なんてどうでもいいから、さっさと積み込もう。じゃないと今日中に終わらなくなるぞ」

「分かってないな、ジョー。いずれ歴史に名を遺す、この俺様の名前を冠した……」

「よし、八木の荷物は捨てて行こう……」

「酷い!」


 新旧コンビと近藤、それに本宮さんの荷物の大半は、武器や防具といったもので、綿貫さんは身軽、相良さんは服飾関連の品物が多いようです。

 その相良さんの荷物の中には、何処かで見たようなプラスチックのケースがあります。


「あれ? それってミシンじゃないの?」

「へへぇ、バレたか。日本の親に頼んで送ってもらったの」

「でも、電源は……あっ、ソーラーパネルとバッテリーを付けるだっけか」

「そうそう、日本から大型のバッテリーも送ってもらう予定だし、いずれはお店の方にも置きたいと思ってるんだ」

「ヴォルザードで使うなら、足踏みのミシンとかの方が良いかもよ」

「うん、そっちも探してもらってるけど、アンティーク品扱いだから結構いい値段するんだよねぇ……」


 電動式のミシンなら何千円で買えるものもあるそうですが、足踏み式の新品は十万円以上するそうです。

 でも、こっちの人がミシンを使った縫い目をみたら、それこそ魔法のようだと思うんじゃないですかね。


 全員分の荷物を積み込んだら、馬車は一旦影の空間へと仕舞います。

 人間は影の空間に入れないので歩いて移動して、シェアハウスに着いたら馬車を出して荷物を運び込む事になります。


「国分、どうせなら俺達も送還術で送ってくれよ。出来れば日本に送ってくれ」

「八木、そんな事言ってると、南の大陸に送っちゃうよ。あっちは魔の森よりもハードだからね」

「はっはー! 俺様を甘くみるなよ。たかだか南の大陸、送られたら半日と持たずに死ぬ自信があるぜ」

「うん、ウザいから送ってしまおう……」

「待て待て、やろうとするんじゃないよ。歩けばいいんだろう、歩けば」


 たかだか守備隊の宿舎からシェアハウスまで引っ越すだけなのに、何で八木はこんなに面倒なんでしょう。

 まぁ、八木だからとしか言いようがないですけど、マジでウザいです。


 みんなが引っ越すシェアハウスは、元は倉庫に使われていた建物なので、場所は倉庫街の中にあります。

 シェアハウスへと向かう道すがら、通り道だからと僕のマイホームの建設現場を覗いていく事になりました。


 城壁の上に登って敷地の中を見下ろすと、自分の家とは思えない広さですね。

 当然のように八木が騒ぎ始めます。


「なんだこれ……城か、城ですか? 一国一城の主気取りですか?」

「あぁ、マジで八木はうるさいな。領主の娘であるベアトリーチェやバルシャニアの皇女であるセラフィマも嫁いで来るんだから、アパート暮らしって訳にいかないだろう」

「お前、あっちのデカい建物だけでなく、こっちにも建物が増えてるじゃないかよ」

「こっちは使用人さん用の宿舎だよ」

「し、使用人! あれですか、上げ膳据え膳、左団扇ってやつですか? お殿様ですか?」

「あぁ、うるさいな……夏は池をプールにして泳げるようにするつもりだけど、八木は出入り禁止ね」

「なんだと貴様! さては委員長やベアトリーチェちゃんの水着姿を独り占めするつもりだな。てか、ここからじゃ池なんか見えないじゃねぇかよ」


 一般の人が立ち入れる城壁の側には、眷属のみんなが持ち込んだ巨木やら使用人さんの建物があるので、池の様子は殆ど見せません。

 うんうん、プライバシーに配慮した作りってやつですよ。


「そりゃあ勿論、八木みたいな嫌らしい視線からお嫁さん達を守る配慮ってやつだよ」

「お前は、そうやって自分だけ目の保養をしようと……」

「家の方には展望露天風呂も作ったんだ。大浴場サイズだから、お嫁さんたちと一緒に入っちゃうよ」

「ぐぎぎぎぃぃぃ……貴様、大浴場で大欲情しようって魂胆だな。ゆるさんぞ、俺は貴様をそんな子に育てた覚えは無い!」

「いや、育てられてないし……」

「こうなったら、国分の留守の間に忍び込んで……」

「それはやめておいた方がいいよ。ここは眷属のみんなにとっても大事な家だから、警備は想像を絶するぐらい厳重だからね」

「マジか……」

「あそこ、見える?」


 僕が指差す先には、一番日当たりの良い芝生の上にネロとレビン、トレノが丸くなっています。


「なんだあれ? でかい猫が増えてるじゃんか」

「レビンとトレノは雷を操るサンダーキャットだから気をつけた方がいいよ」

「あれか? 俺様をネズミ扱いして、すぐには殺さずにいたぶるつもりだな」

「そんな事は考えて無かったけど……たった今学習したよ」

「やめろ! 忘れろ! 俺はジェリーみたいに素早くないからな」

「お前ら、いつまで漫才やってんだ、行くぞ!」


 近藤に急かされて、城壁を下りて倉庫街へと向かいます。

 そう言えば、近藤は新居にマールブルグの冒険者とか連れ込んじゃうのかね?


 いや、近藤の場合は入り込まれちゃう……になるのかな。

 倉庫街をシェアハウスに向かって歩いていたら、不意に前を歩いていた新旧コンビが足を止めました。


 何かあったのかと思いきや、前から歩いて来たのはギリクとペデルです。

 うん、ギリクのむさ苦しさに磨きが掛かってますね。


「ちっ、ゾロゾロと目障りな……ここはガキの遊び場じゃねぇぞ」

「ミュー姉さんに付きまとっていた誰かさんほど目障りじゃないっすよ。なぁ達也」

「あぁ、その通りだな……」


 おやっ、新旧コンビがいつになく好戦的ですね。

 まさか、ギリクをキャーン言わせられれば、ミューエルさんとお近づきになれるなんて思ってるんじゃないでしょうね。


「ほぅ、ずいぶん生意気な口を利くようになったじゃねぇか、くそチビが一緒だから助けてもらえると思ってんのか?」

「へぇ、俺達が護衛していた車列に、金魚のフンみたいに付いてきてた人がそれを言いますか」

「なんだと、手前ぇ……」


 いいぞ新田、もっと言ってやれと思ったんですが、昼間の倉庫街は引っ切り無しに荷馬車が通り掛かります。


「兄ちゃんたち、通してくれ! ジャレ合うなら邪魔にならないように塀の外でやってくんな!」

「ちっ、覚えとけよ、ガキが……」


 ギリクは、すれ違いざまに僕にもガンを飛ばしていきました。

 てか、さっきまで僕の隣にいた八木は、瞬間移動かという素早さでマリーデの影に隠れているし……。


『ケント様、ギリクの鞘を御覧くだされ』

「えっ、鞘……?」


 ラインハルトに言われて振り返ると、ギリクが背負っている大剣の鞘には、三本の手槍が取付けられていました。


「へぇ、少しは成長してるのかね?」

『あのペデルという男は、腕は然程立たないようですが、それでも冒険者として生き残っているのですから、相応の経験を重ねているのでしょう』

「そのペデルと組んでいるギリクも、馬鹿の一つ覚えの力押しとは別の戦術を覚えつつあるのかな?」

『そうでしょうな』


 ギリクは典型的な騎士タイプで、攻撃魔術は苦手で身体強化専門だと聞いています。

 攻撃魔術が使えないデメリットは、何よりも離れた場所からの攻撃手段が乏しくなる事です。


 たぶん、大剣の鞘に付けていた手槍は、そのまま持って戦うというよりも、投擲するためだと思われます。

 お世辞にも器用そうには見えないギリクですから、力任せに槍を投げつけるという戦法はシックリ来そうな気がします。


 ただ、こっちから何も言っていないのに、新旧コンビ程度の小物に突っかかっているようでは、まだまだですよねぇ。

 やっぱりミューエルさんは僕がいただいちゃうしかないですかね。


「おーい! 遅いぞ、お前ら!」


 工事の終わったシェアハウスの前では、鷹山が手を振っていました。

 声を聞いて、シーリアさんと母親のフローチェさんも姿を見せました。


 このところ会う機会が無かったのですが、シーリアさんはだいぶお腹が大きくなってきています。

 鷹山との愛の結晶は、順調に育っているみたいですね。


「お前ら、荷物はどうしたんだよ。今日からこっちで暮らすんじゃないのか?」

「おぅ、荷物は例の馬車に載せて、国分に運んでもらってるから大丈夫だ」

「マジかよ、俺も国分に頼めば良かった」

「いやいや、僕は運送屋じゃないからね。それに馬車への積み込みは、みんな自分でやってたし」

「そうか、じゃあ仕方ないな……」


 馬車を置くつもりの場所には、鷹山が荷物を運んできた荷車が置いてあったので、残っている荷物を降ろすのを全員で手伝いました。

 鷹山が荷車を返却しに向かい、空いたスペースに荷物を載せた馬車を出します。


「それじゃあ、みんな、よろしくね」


 大きめの闇の盾を出すと、コボルト隊のみんなが影の空間から馬車を押し出してくれました。

 居残り組のみんなは引っ越し作業に取り掛かったので、僕はコボルト隊を慰労しましょう。


「よし、みんな、おいで!」


 馬車の出し入れを手伝ってくれたコボルト隊をモフっていると、本宮さんが心底羨ましそうに眺めてました。

 さぁさぁ、早く荷物を片付けないと、今日からここで暮らすんでしょ。


「あぁ、綿貫さんの荷物は僕らが運んであげるよ」

「あたしの荷物は、着るものと布団程度だから大丈夫だぞ」

「ベッドとかは?」

「んー……これから考える」

「これから考えるって、まさか床に布団敷いて寝るつもり?」

「まぁ二、三日の間だけだろうから……」

「駄目駄目、そんなの駄目だよ。綿貫さんの部屋はどこ?」

「えっ、ここの上だけど……」


 シェアハウスは防犯の観点から男子が一階、女子が二階の部屋を使うそうです。

 綿貫さんに部屋まで案内してもらって、荷物は影の空間経由でマルト達に運んでもらいました。


「じゃあ、ちょっとベッド持ってくるから待ってて」

「いや、いいよ。自分で用意するから大丈夫だよ。国分には部屋の代金も立て替えてもらってるし」

「そんなの遠慮しなくて構わないよ。ある時払いの催促無しだから心配しなくて良いから、今はお腹の赤ちゃんの事だけ考えていて」


 影に潜って向かった先は、お値段は少々張るけど、豊富な品揃えと優良な品質が売りのオーランド商店です。

 人目につかない場所から表に出て、家具売り場へと直行します。


「すみません、ベッドが欲しいのですが……」

「どういったものをお探しですか?」

「うーん……とりあえず、ごく普通のサイズを見せてもらえますか?」

「それでしたら、この辺りになりますね」


 家具売り場の店員さんは、落ち着いた感じの中年の女性で、迷うことなく案内してくれました。

 売り場には、いくつものベッドが並べられていて、材質や色、装飾の具合などで値段に違いがあるようです。


 あまり派手派手なものを選ぶと、綿貫さんが値段を心配しそうなので、出来るだけシンプルで丈夫そうな品物を選びました。


「こちらをお願いします」

「かしこまりました。どちらへお届けいたしましょうか?」

「いえ、すぐ持って帰ります」

「馬車か荷車がお待ちですか? それならば店の外までお運びいたしましょう」

「いえ、ここから持って帰りますので大丈夫ですよ」

「はっ? ここからですか……?」

「はい、とりあえずお支払いを……これで」

「えぇぇ!」


 影収納からお金を取り出すと、店員さんは目を真ん丸に見開いて驚きました。


「ケ、ケント・コクブ様でいらっしゃいますか?」

「はい、そうです。ベッドは影収納を使って運びますから、ご心配なく」

「か、かしこまりました。はい、確かにお支払いいただきました」

「みんな、お願いね」


 ベッドが入るサイズの闇の盾を展開すると、マルトとミルトがひょっこり現れて、軽々と運び込んでくれました。


「では、僕もここから失礼します」

「あ、ありがとうございました」


 店員さんは、驚き過ぎて魂が半分抜け掛けちゃってるみたいだったけど、それでも挨拶を忘れないあたりはプロフェッショナルだよね。


「ただいま。綿貫さん、どこに置く?」

「もう、そんなに気を使ってくれなくても良いのに……」

「いいの、いいの、アマンダさんも言ってたじゃない。子供は街のみんなで育てるんだって」

「悪いな、国分。この借りは、いつかきっと返すからな」

「うん、いつでも良いよ」


 綿貫さんの部屋にベッドを据え付け終えた頃、ムルトがひょっこり顔を出しました。


「わぅ、ご主人様、差し入れの料理が出来たから取りに来てって言ってる」

「了解、じゃあ行こうか。綿貫さん、ちょっと行って来るから、皆にキリの良いところで昼食にしようって言っておいて」

「オッケー!」


 差し入れの昼食は、迎賓館の厨房に頼んでおきました。

 引っ越しの最中なので、簡単に食べられるサンドイッチとちょっとしたデザートです。


 僕が料理を取りに行っている間に、唯香とマノンも顔を出しました。

 唯香は勿論だけれど、マノンもみんなとは長い付き合いになってきましたからね。


「ではでは、みんなの新生活のスタートを祝って、乾杯!」

「乾杯!」


 まだ引っ越し作業の途中なので、乾杯は果実水です。

 新生活のスタートと言っても、まだテーブルと椅子も満足に揃っていない状態です。

 仕方ないから、あとで買ってきてあげますかね。


「国分、何か忘れてないか?」

「えっ、忘れている……?」

「そう、引っ越し祝いとか、金とか、新生活のお祝いとか、金とか、金とか、金とか……」


 右手の親指と人差し指で輪を作り、掌を上に向けてヒラヒラさせて八木が催促してきます。


「別に忘れていなかったけど、八木の分は忘れることにするよ」

「酷い! 俺は一家の大黒柱として家計を……」

「支えてもらってるんじゃないのぉ?」

「そ、そんな事は無い、ちゃんと護衛の仕事だってこなしたじゃねぇかよ」

「まぁね……と言うわけで、みなさんに引っ越し祝いをお渡ししたいと思います」


 あらかじめ用意しておいた革袋を、居残り組八人に配りました。


「うわっ、重っ」

「ちょ、国分君、これ……」

「うん、無駄遣いはしないでね、特に八木は……いや、マリーデに渡しておく」

「おいっ! 俺はそんなに信用が無いってのか!」

「うん、無いね」

「いやぁ、そんなにキッパリ言われちまうと照れ……ねぇよ!」


 革袋の中身は、一万ヘルト金貨が五枚です。

 このシェアハウスは、ギルドからの借金で買い取り、改装したものなので、全員が借金を背負った状態です。


 月々の返済額は三千五百ヘルトなので、まぁなんとか返済できる額ですが、そこに生活費などが掛かりますから、結構大変だと思います。


「ギルドに借金を返して借り換えでもいいし、手元に残して生活費の足しに使ってもいいし、使い道は任せるけど有効に使ってね」

「あたしは受け取れないよ。ここの借金も肩代わりしてもらってるのに……」

「いいの、いいの。これから子供が生まれれば、またお金掛かるだろうから手元に置いておいて」

「何から何まで、すまないな」

「気にしない、気にしない。みんなも綿貫さんの力になってあげてよ」

「任せろ、国分。その代わりと言ってはなんだが、俺のところはマリーデと二人なんで祝いの金も二倍に……」

「いや、八木の分が無しだから、それでオッケーでしょ」

「ちっ、しっかりしてやがる」

「うん、八木はもう少し遠慮することを覚えた方がいいよ」

「馬鹿だな国分、冒険者って商売は遠慮してたら稼げないんだよ」

「じゃあ、僕も遠慮せずに八木からは取り上げるけど……」

「そこは、遠慮してください国分さん」


 はぁ……八木がシェアハウスをひっかき回さないか今から心配だよ。

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