第383話 霊廟の守護者 後編

 カシャ……カシャ……


 密閉された霊廟の中に乾いた音が響き、一体、また一体と武器を構えたスケルトンが姿を現しました。

 最初に姿を見せた弓兵に加え、剣や槍を携えた総勢十七体のスケルトン達が、僕らを取り囲むようにして集まって来ます。


『何者だ……』


 突然、頭の中に聞き覚えの無い念話が響いて来ました。

 声の主は、僕らの正面に立っている、大剣を肩に担いだスケルトンでしょう。


「こんにちは、ケント・コクブと申します。一緒にいるのは僕の眷属のバステンとフレッドです」

『ふむ……闇属性の使い手か、ならば我らを見ても恐れぬのも道理か……だが、ここはグラナドス家の霊廟だ。余所者が立ち入って良い場所ではない、立ち去れ!』


 スケルトンは僕らを追い払うように大剣を振ってみせましたが、剣の重さでよろけている状態です。


「ここを荒らすつもりは毛頭ありませんが、少し話を聞かせてもらえませんか?」

『話だと? 何が聞きたい』

「そうですね……レホロス王国が滅んだ辺りの話を……」

『そうか、貴様はリーゼンブルグの者か……勝者の驕りだな』

「いいえ、僕はリーゼンブルグに召喚された別世界の人間です」

『何ぃ!』


 僕が召喚された者だと聞いた瞬間、スケルトンの集団は一斉に武器を構え直しました。

 おそらく、召喚された者イコール魔王という図式が出来上がっているのでしょう。


「まぁ、ちょっと待って下さい。この国や大陸を滅ぼした魔王と呼ばれていた存在とは全く関わり合いはありませんし、先程も言った通り、墓所を荒らすつもりもありません」

『嘘偽りは無いのだな? もしおかしな行動を取れば、容赦なく斬り捨てるからそのつもりでいろ』


 スケルトンが闇属性の魔物だからなのでしょうか、威勢の良いセリフを口にしていても、ただ立っているだけのバステンとフレッドの気配にたじろぐ感じが伝わってきます。


「僕がこちらの世界に召喚されてから、まだ一年にもなっていませんし、皆さんが亡くなられてからは、既に百年以上の時間が過ぎています。僕が話を聞きたいのは、今現在あちら側の大陸で起こっている災厄を防ぐための糸口を見つけたいからです」

『災厄だと……?』

「はい、空間に歪みが生じ、そこを通ってこちらの大陸の魔物が現れる事態が頻発しています』

『ふん……リーゼンブルグの民がどうなろうと、我々の知ったことではないわ』

「他国の民に影響が出ても……ですか?」

『なにぃ? 砂漠の向こうにもか……』


 死後、百年以上の時間が経過しても、リーゼンブルグや召喚者に対しての恨みつらみは消えていないようですが、その他の国にまでは悪い印象を持っていないようです。

 そこで、現在のリーゼンブルグは魔の森で分断されて二つの国になっている事や、空間の歪みにともなって起こっている出来事を話ました。


『それでは、その空間の歪みとやらで、リーゼンブルグ以外に被害は出ていないようではないか』

「今の時点では……ですね。この先、大陸のどこに穴が開いて、いつ魔物の群れが襲ってくるか分かりません」

『貴様が解決しているのではないのか?』

「今のところはギリギリで間に合っている感じですが、良く考えてみて下さい。ヴォルザードにいる人間が、砂漠の向こう側の事態に即応出来ると思いますか?」


 僕や眷属は影の空間経由で自由に移動が出来ますが、普通の人では何日も掛けなければ移動出来ない距離です。


『ぬぅ、それは……』

「確かに、この国に災厄をもたらした者達の子孫もリーゼンブルグには暮らしているでしょうが、ただの庶民として生きた者達の子孫の方が圧倒的に多いはずです。僕自身、リーゼンブルグに召喚されたことで多大な迷惑を被っていますが、何も知らない一般の人達が傷付くのを見過ごせません」

『そうか……何が聞きたい?』

「今、伝わっている話は、殆どがリーゼンブルグにとって都合の良いように歪められています。この国で何が起こったのか、過去にリーゼンブルグが召喚した者が、何をしたのか教えて下さい」


 僕らが霊廟を荒らしに来たのではない、過去の魔王とは関りが無いと分かったのか、スケルトン達は構えていた武器を下ろしました。


『良いだろう。全て聞かせてやろう、グラナドス家に起こった災厄の全てを……』


 かつて南の大陸を治めていたレホロス王国は、例えるならば徳川幕府のような統治体制だったようです。

 グラナドス家は、いわゆる大名家の一つとして、この周辺の土地を治めていたそうです。


『レホロスとリーゼンブルグは交易をする関係でもあり、領地を奪い合う関係でもあった。どちらが悪いなどとは言わぬ。どちらの国にも欲の皮が突っ張った者は現れるものだ……』


 戦を繰り返していた両国ですが、ある時、その天秤が大きく傾いたそうです。


『リーゼンブルグの王家をアルバロという男が引き継いだ。その当時は、両国の関係は比較的良好であったのだが、アルバロは王位に就いた途端レホロスへの侵攻を企て始めた』


 ゴリ押しとも取れるアルバロの強硬な指示で、リーゼンブルグの軍勢は一時期レホロス深くまで攻め入ったそうですが、豪雨によって補給を絶たれて壊走する羽目になったそうです。

 そこで多くの戦力を失ったリーゼンブルグは、今度は逆に攻め込まれる状況となり、アルダロスの王城近くまでレホロスの侵入を許しました。


「その時に、最初の召喚が行われたのですね?」

『そのように聞いている。エリオットと名乗る若者は、リーゼンブルグでは勇者、レホロスでは魔王と呼ばれた』


 エリオットは人とは思えぬ強力な魔術を使い、たちまちレホロスの軍勢を南の大陸まで押し戻したそうです。


『我々は、魔王エリオットの力の前に、先祖伝来の土地すらも奪われると思っていたが、魔王自身はこちらの大陸には攻め込んで来なかった』

「では、そこで戦は終わったんですか?」

『一旦は……だ。一年半ほどの期間をおいて、またリーゼンブルグは攻め込んで来た。最初の杜撰な侵攻とは違い、その時は何処にどれだけの人が暮らし、どれほどの蓄えがあるのか全て調べていたらしい』


 アルバロは、事前に多数の工作員を潜り込ませ、内部から守りを崩していったそうです。

 そして、占領した後の行動も、初回の侵攻とは異なっていました。


『奴らは、降伏すれば住民には危害を加えないと言って、最初に領主などの主だった者を処刑し、組織的な反抗を出来なくした後に住民達まで皆殺しにし始めたのだ』


 虐殺は他の地域に話が伝わらないように徹底的に行われたそうですが、それでも命からがら逃げ延びた者が語り伝えたためにレホロスの各領地は抵抗を強め、戦は泥沼の状況に陥っていったそうです。


『その状況を救ったのが、かつて我々が魔王と呼んだエリオット様だ。なぜかつての魔王が我々に加勢するのか理解出来なかったが、味方となればこれほど力強い存在はいない。リーゼンブルグの軍勢は、たちまち北の大陸へと押し戻された』


 エリオットは大陸を境としてリーゼンブルグ、レホロスの両国に領土を確定するように求め、そこで戦は片が付いたと思われたそうです。

 ですがアルバロは、エリオットがレホロスを訪れている隙に、再度の召喚を行って二人目の勇者を手に入れようとしたようです。


『コータウロという二人目の魔王は、真っ黒い髪に真っ黒い瞳の不気味な姿で、狡猾で、残忍で、恥知らずな男だった……』


 どうもコータウロという男は、コウタロウという日本人のような気がしますね。

 別次元の日本なのか、あるいは召喚の影響が時系列にまで及んでいたのかまでは分かりませんが、可能性は高そうです。


 コータウロは、リーゼンブルグの軍勢の先触れを務めるかのように突然現れ、気に入った婦女子を凌辱した後で住民を殺し始めたそうです。


『ワシも直接目にした訳ではないが、人間離れした力で兵士や住民を惨殺し続け、エリオット様が駆けつけてくると、街を巻き込むような強大な攻撃魔法を放って目くらましを行い、隙を見つけるやいなや脱兎の如く逃走したらしい』


 コータウロが街を破壊し、人を殺し逃亡、その後にリーゼンブルグの軍勢が侵攻してきて、何の抵抗も受けず着々と領土を広げていったそうです。


「エリオットは、どうしてリーゼンブルグの軍勢を排除しなかったんですか?」

『リーゼンブルグの軍勢の殆どは、隷属の腕輪を嵌められて操られていた。エリオット様はお優しい方で、自分の意志に反して行動させられている者まで殺せなかった』


 リーゼンブルグに侵攻していたレホロスの軍勢を押し戻した時も、強大な攻撃魔術で抵抗する意思を奪い、撤退するように促す戦い方をしたらしい。

 レホロスに侵攻したリーゼンブルグの軍勢を押し戻した時も、同様の戦い方をしたそうです。


 名前からすると日本人ではないであろうエリオットを、おそらく日本人であろうコータウロが卑劣な手段で追い詰めていく話は、聞いていて肩身が狭くなりました。

 片や破壊するだけで守るものなど何も無い男と、一人でも多くの命を人々の暮らしを守ろうとする男ではハンディキャップが大きすぎたようです。


『とうとうグラナドス領にもコータウロが現れ、暴虐の限りを尽くし始めた。騎士団が討伐に向かったが、まるで歯が立たず紙切れのように殺されるばかりだった。我々は、この霊廟にグラナドス家の皆様を守って立て籠もった』


 グラナドス家の方々は、コータウロが迫った時に自害し、騎士の皆様はその遺骸を息絶えるまで守り続けていたそうです。


『ケント……だったな。あの後、エリオット様はどうされたのだ。グラナドス領はどうなっているのだ?』

「先程もお話ししましたが、今伝わっている話は当時のリーゼンブルグにとって都合の良いように歪められてしまっています。エリオットさんは悪逆非道の魔王として、二人目に召喚したコータウロと刺し違えるような形で亡くなったとされていますが……実は名前すら伝わっていないので、真偽のほどは分かりません」


 続けて、南の大陸は魔物が支配する土地になってしまい、人が住めない環境だと説明すると、スケルトン達は驚きつつも納得していました。


『我々が死んでから長い月日が流れたが、この墓所の中まで入り込んで来たのはケントが初めてだ。ここは特殊な作りになっているので、内側から閉じてしまえば外から開けることはほぼ不可能。まだ我々の息がある頃に、盛んに扉を壊そうとする音が響いてきたが、それが途絶えた後は、ただ静寂に身を浸すばかりだった』


 どれほど長い時間、この人達は墓所を守り続けていたのでしょう。

 実際に魔物や盗賊と戦闘が行われた訳ではないので、どのスケルトンも骨格標本のように全ての骨が揃っている状態です。


 初めて出会った頃のラインハルト達は、腕が欠けていたり、足が無かったりしましたし、違う見方をすれば魔物などとの接触、戦闘があった証でもあります。

 他者と触れ合う機会も無く、ただ静寂に身を浸して己の主人を守り続ける。


 騎士たちの意思の強さに頭が下がる思いです。


「これから……これから、どうされますか?」

『どうされるとは?』

「このまま墓所を守り続けるのか、それとも思いを昇華させて成仏するか……」


 僕の提案に、多くのスケルトンが気持ちを揺るがせています。

 僕からすれば、もう十分過ぎるほど働いたし、そろそろ成仏しても良い気がしています。


『主……主殿達は、既に逝かれたのだろうか?』


 闇属性の魔術を意識して、霊廟の中を探ってみましたが、それらしい存在は感じとれませんでした。


「そのようですね」

『そうか……国が滅んでから幾星霜……そろそろ我らも肩の荷を下ろす時が来たのかもしれん』


 霊廟の中にいたスケルトン達は、集まって相談を始めましたが、待つまでもなく結論が出ました。


『異世界の魔術士ケント殿、我らを送ってくれぬか?』

「承知いたしました。バステン、フレッド」


 光属性の魔術を使うので、バステンとフレッドには影の空間に退避してもらいました。

 武器を収めたスケルトンの騎士達は、霊廟に向かって整列すると静かに頭を下げました。


「グラナドス家の騎士の皆さん、長きに渡ってお疲れ様でした」


 無事に天に昇っていけるように心からの祈りを捧げると、整列したスケルトン達の身体は仄かな光に包まれました。


『おぉぉ……主殿!』

『隊長、姫様が……』


 たぶん、在りし日の姿なのでしょう。

 鎧に身を包んだ屈強な男達は、穏やかな笑みを浮かべると、まるで砂の像が崩れていくかのように光の粒子となって天に昇っていきました。


 やがて、暗闇に戻った霊廟の床には、十七個の魔石が残されています。

 ゴブリンのものと較べても、むしろ小さいくらいの魔石ですが、そこには騎士の誇りが宿っているように感じられます。


『ケント様……』

「うん、魔石はそのままにしておいて」


 一旦影に潜って霊廟の外に出ると、また濃密な緑の匂いに包まれます。


「みなさん、安らかにお眠り下さい」


 一礼した後で土属性魔術を使い、霊廟を地中深くへと埋葬しました。

 跡地には土を盛り、盗掘されないようにシッカリと硬化を掛けておきます。


 いつの間にか、ラインハルト、バステン、フレッドの三人が、僕の後ろに並んで騎士の敬礼を捧げていました。


「二人の勇者、二人の魔王……やっぱり色々と脚色され、歪められているみたいだね」

『そうですな。アルバロ・リーゼンブルグは、勇者と共に魔王を滅ぼした賢王として名前が伝わっております。まさか、異世界の勇者を魔王へと堕とした人物であったとは……正直驚きですな』

「魔王の名前は伝わっていないのに、王様の名前は脚色された上で伝わっているなんて……」

『戦いは最後に生き残った者が勝者だと言われますが、まさにその通りなのでしょうな』

「エリオットは本物の勇者だったのに、先に命を落してしまったから魔王として語り継がれることになったなんて酷い話だね」

『ならば、ケント様の口から、真実の歴史を語っていただけませんか?』

「そうだね。全ての調査を終えて、もう少し事情が分かったらカミラにも伝えるよ」


 ふと思い立って、影移動を使って崩れていない塔の最上階へと移動しました。

 塔の中も荒らされていて、鳥が巣を作った跡が残っています。


「あの荒地の辺りに街が広がっていたんだろうね」

『そうでしょうな。こうして見ただけでもヴォルザードよりも広かったようですな』


 ラインハルトの言う通り、荒地の広さは新市街も加えたヴォルザードよりも広く感じられます。

 もしかすると、その周囲には更に広い畑や牧草地が広がっていたのかもしれません。


「国破れて山河在り……城春にして草木深し……か」

『それは、ケント様の世界の詩ですかな?』

「うん、有名な古い詩の一節で、もっと続くはずなんだけど、ここしか知らないんだ。国が戦に敗れても、山や川は姿を変えずに在り続け、城に春が来れば木々が茂る……みたいな意味だったと思う。まぁ、ここでは山の形すら変わってしまってるみたいだけどね」


 リーゼンブルグ王家に伝わる伝承では、エリオットがコータウロを倒し、傷つき力尽きたエリオットに騎士が止めを刺したことになっています。

 エリオットとコータウロが戦って、決着を見届けた者はおらず、その後両者の姿を見た者がいないので騎士が止めを刺したことにした……なんて言われた方がシックリきます。


 過去の勇者に関する話は少し分かってきましたが、肝心の空間の歪みに関しては進展がありません。

 クラウスさんが予測していたようにアンデッドは存在していたものの、通常レベルのスケルトンでしたし、到底空間を歪ませられるような力は持ち合わせていませんでした。


「ねぇ、ラインハルト」

『なんですかな、ケント様』

「勇者がアンデッドになる……なんてことは有り得るのかな?」

『さて、どうでしょう。アンデッドの多くは、この世に思いを残している者達です。先程のスケルトン達も、霊廟を守るという思いがあったからこそ、この世に留まり続けていたのだと思われます』

「じゃあ、勇者が思いを残しているか否か……ってこと?」

『そうですな。それと、肉体や骨が残されているか……』

「なるほど……」


 あまり考えたくもありませんし口にも出したくありませんが、二代目勇者にして真の魔王コータウロが、アンデッドとして暗躍しているという考えが頭をもたげてきます。

 もし、それが本当だとしたら、アンデッドとなった勇者は生前と同じ力が使えるのか、使えるとしたら僕に倒せる相手なのか、言い知れぬ不安を感じてしまいます。


『さて、ケント様。そろそろ昼になりますぞ」

「えっ……あぁ、そうだね。もうそんな時間か……よし、一旦ヴォルザードに戻ろう!」


 周辺を探索してくれていた眷属の皆を呼び戻し、ヴォルザードに昼食を食べに戻りました。

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