第382話 霊廟の守護者 前編

 おはようございます、一部の人からは魔王などと呼ばれている国分健人です。

 今朝はお嫁さん四人の前で、それはそれは見事な土下座を披露しています。


 新旧コンビと夕食に行き、調子よく焼肉を食べ、お酒を飲みすぎてしまいました。

 デレンデレンに酔っ払って、マルト達に支えてもらって影の空間経由で帰宅。


 迎えてくれた四人に、酒臭い、ニンニク臭い息を撒き散らしながら、ハグやらチューやらを迫ったそうです。

 はい、全く記憶がございません。


「大変申し訳ございませんでした」


 額が床に着くくらい下げた頭の上から、四人の溜息が聞こえてきます。


「健人、ちゃんと反省してるの?」

「勿論、反省してます。昨日は新旧コンビと話が盛り上がっちゃって、途中で何処かのオッサンが絡んできたりして、更に盛り上がっちゃって……つい」


 そうそう、僕が魔物使いを騙るガキだと思い込んでたオッサンのせいで、店にいた人に一杯奢る羽目になって。

 お返しとばかりに飲まされて、そんで気持ちよくなっちゃったんだよね。


 というか、新旧コンビはちゃんと帰れたのかね?

 まぁ、あの店では名前の知れた常連みたいだったから、最悪店の床にでも転がしておいてもらえたでしょう。


「ケント様、うちの父上みたいでしたよ」

「ケントは飲みすぎるから、注意しないと駄目だよ」

「ケント様、次は私の部屋に直接……」

「リーチェ!」


 ベアトリーチェが突っ込まれ役を買って出てくれたおかげで、どうにか特別恩赦を得られました。

 うん、お酒の飲みすぎには注意します。


「ケント様、治癒魔術を使えば、あれほど酔わずに済んだのではありませんか?」

「セラの言う通りなんだけど、それじゃあ味気ないじゃない? 酔っ払っても命を狙われる訳でもないし、何か謀られている訳でもないしね」


 セラフィマが思い出しているのは、今年の年明けにバルシャニアで行われた宴会の様子でしょう。

 まるで結婚披露宴のように、セラフィマと並んで座らされ、国の重要人物から次々とお酌をされ続けました。


 普通のお酒でも相当な量でしたし、その上お酒には媚薬の成分が混ぜられていて、もし僕が自己治癒魔術を使っていなければ、セラフィマを押し倒して事におよんでいたでしょう。

 今回も、飲んでいる最中や昨晩は自己治癒は使いませんでしたが、起きた後で二日酔いからの回復には使っています。


 おかげで、もうすっかり酔いも醒めて、シャキッとしてますよ。

 たぶん、新旧コンビの二人は今頃……まだ寝てるか。


 ヴォルザードからマールブルグまで、往復の護衛を終えたばかりだから、たぶん今日は休みだから昨晩は羽目を外したのでしょう。

 僕はと言えば、今日も南の大陸の調査に向かう予定ですが、この先どの程度の期間続くのか分からない状態です。


 早めに空間の歪みの原因を突き止めたいところですが、こちらばかりに掛かりきりになっていて良いものなのか悩みます。

 クラウスさんに相談しようかと思いましたが、今日はタイミングが悪かったようです。


「こってり絞られたって顔してやがるなぁ……ケント」


 領主の館の食堂に足を踏み入れると、僕らが挨拶する前にニヤニヤと笑みを浮かべたクラウスさんが話しかけてきました。


「おはようございます。昨日は少しばかり羽目を外しすぎたようです」

「どうだ、ちょっとは俺の気持ちが分かったか?」

「いやいや、そんな自慢気に言われても……まぁ、良い勉強にはなりましたよ」

「まぁ、せいぜい嫁に愛想を尽かされないように気をつけるんだなぁ」

「そこは、あんまり心配してませんね」

「ほぉ……嫁は全員俺に惚れてるとでも言いたいのか?」

「いえいえ、クラウスさんでも大丈夫なんですから、心配するまでもないのかと」

「こいつ……言ってくれんじゃねぇか」


 歓楽街への出入りを娘のアンジェお姉ちゃんにまで見透かされている人に較べれば、僕なんて可愛いものですよね。

 マリアンヌさんは笑いをこらえているし、アンジェお姉ちゃんは頷いてますしね。


「ところで話は変わりますけど、南の大陸なんですが、このままの調査方法だと埒が開かないような気がしてまして……」


 未知の魔物に遭遇する機会は多いものの、空間の歪みに直結しそうな物が見つかっていない現状をクラウスさんに話しました。


「なるほどなぁ……確かに、だだっ広い場所を当ても無く探しまわるのは効率的とは言い難いな」

「はい、こちら側では見られない魔物も数多く住み着いているようですが、それは空間の歪みとは関係無さそうですし……」

「そうだな……考えるとすれば、その空間の歪みなるものが、自然に発生しているのか、何らかの存在に引き起こされているのか……」

「えっ……クラウスさんは、南の大陸に誰か住んでいると思ってるんですか?」


 南の大陸は、リーゼンブルグ王国によって召喚された二人の勇者(後の魔王)が潰し合った結果荒廃し、溢れた膨大な魔力によって魔物が支配する土地になったと言われています。

 こちら側の大陸よりも魔物の生息密度が遥かに高く、人は住んでいないとされていますし、実際そのように見えます。


「いや、そういう訳じゃねぇが、可能性はゼロじゃねぇだろう?」

「まぁ、そうですけど……」

「それに、人ではなくて、魔物が行っている可能性だって否定は出来ないだろう?」

「魔物が……ですか?」

「あくまで可能性の話だが、絶対に無いとは言い切れないだろう。現にラインハルト達のようなスケルトンが存在するんだからな」


 確かにラインハルト達は、最初に出会った時から自分たちの意思を持っていました。

 かつて南の大陸にあったレホロスの民が、アンデッドとなって暗躍している……なんて可能性もゼロではないのでしょう。


『ケント様、断言は出来ませんが、通常のアンデッドに空間を歪ませるほどの力があるとは思えませんぞ』

「えっ、そうなの? あっ、すみません。ラインハルトが普通のアンデッドには空間を歪ませるような力は無いって言ってるんですが」

「それも、普通のアンデッドなら……だろう? 南の大陸には、普通じゃない魔物がゴロゴロいるんだ、普通じゃないアンデッドがいたって不思議じゃねぇだろう」

「なるほど……確かに常識に縛られてちゃ駄目そうですね」


 まだ、三日ほどしか調査をしていませんが、それでも新種の魔物のオンパレード状態なので、特異なアンデッドが存在する可能性は否定できません。

 アンデッドは闇属性の魔物ですから、他の属性を手に入れて複数属性化して空間を歪ませる力を手に入れた可能性は確かに考えられます。


「ケント、アンデッドが画策しているならば城とか神殿とか古い建物、自然現象として起こっているのであれば火山の周囲が怪しいんじゃねぇのか?」

「そうですね。闇雲に見て回っても原因に辿り着けそうもないですし、建物か火口付近か少し範囲を絞って調査してみます」


 朝食を済ませた後、出掛けるみんなを見送ってから、ラインハルト達と調査の打ち合わせをしました。

 護衛の女性騎士と一緒に出掛けていく四人を見送っていると、ヒモになった気がしないでもないですね。


 いやいや、僕もちゃんと働いていますし、ちゃんと稼いでいますけど……ちょっと養われたいなんて思っちゃいました。


「さて、空間の歪みは自然現象なのか、それとも何者かが引き起こしているのか……どっちだろう?」

『正直に申し上げて、判断をいたしかねますな』

「ラインハルトでも分からないのか……」

『そう言えば、フラムは空間の歪みを通って来たと言っておりましたな』

「そうだね、確か大きな洞窟の中にあった……みたいな話をしてたよね」

『今回、大量の大ムカデが湧いて出ましたが、フラムの暮らしていた辺りに生息していたのか聞いてみてはいかがですかな?』

「そうか、フラムの住んでいた辺りに大ムカデがいなければ、別の場所で空間の歪みが発生しているってことだもんね」


 さっそくネロと一緒に自宅警備中のフラムに尋ねてみました。


「ねぇねぇ、フラム」

「何すか兄貴」

「南の大陸にいた頃、フラムの住んでいた場所には大ムカデの大群とかいたの?」

「んー……大ムカデはいたっすけど、あんなに大量にはいなかったっすね」

「それじゃあ、前回の空間の歪みが出来た場所は、フラムが住んでいた辺りとは違うってことだね?」

「んー……分かんないっすね。魔物が突然増えるとか、急に減るなんてことは別に珍しくないんすよ。特に食べるものが異なる魔物同士ならば、別に同じ地域にいても問題無いっすからね」


 フラム曰く、大ムカデも捕食対象だったので、大量にいれば大量に食べていたはずだが、それほど大量に食べた覚えは無いそうです。

 ただ別の見方をすると、フラムがいなくなったから大ムカデが大量に繁殖した可能性はあるかもしれません。


「うーん、結局どっちなのか良く分からないな」

「お役に立てず、申し訳ないっす」

「ううん、十分参考になったよ」


 これだという正解が出れば一番良いのですが、分からないということが分かっただけでも意味はあるはずです。

 やはり、ある程度は地道に足で調べるしかなさそうですね。


『さて、ケント様。どのように調べますかな』

「とりあえず、昨日最後に調べた所まで移動しよう」


 リザードマンとペンタケラトプスが戦っていた川原に今は魔物の姿も無く、穏やかな川の水音だけが聞こえてきます。

 ここまで、新種の魔物とかを探しながら移動してきましたが、少し方針を変えて調査を進めましょう。


 ゼータ、エータ、シータ、レビン、トレノ、それに手の空いているコボルト隊を招集しました。


「それじゃあ、ここから手分けして、人が作ったと思われる建物を探してもらえるかな。出来れば城とか館とか、大きな建物を探して。みんなが地上から探している間に、僕は空から探してみるから」


 僕は影の空間に身体を残して、星属性の魔術で意識を空へと飛ばし、上空からの捜索を行います。

 その間、ラインハルトが居残って、みんなからの報告を受けてもらいましょう。


 今日は雲一つない晴天なので、少し高度を上げて南の大陸を見下ろしてみました。


「うわぁ……改めて見ると、昔の魔王ハンパじゃないね」


 上空から眺めてみると、巨大なカルデラを形作っている外輪山の一部が、不自然に抉り取られていました。

 シフォンケーキの一部を切り分けたような感じですが、崖の高さが千メートル近くありそうです。


「送還術で消し飛ばしたのかなぁ……?」


 もし僕が同じことをやるとしたら、理論的には送還術を使うのが一番実現出来そうな方法ですが、これほどの規模の物体は移動させられませんから実行不能です。


「マジで桁違いって感じだよね」


 その他にも、森や草原に埋もれていますが、明らかに自然に出来たものではない地形が無数に見受けられます。

 冗談抜きに地形が変わってしまうような戦いが行われたのでしょう。


『ケント様、エータが古い城を見つけてきましたぞ』

『了解、一旦戻るね』


 意識を影の空間の身体へと戻すと、どうですか、やりましたよ私と言わんばかりに胸を張っているエータの姿がありました。


「エータ、お城を見つけてくれたんだってね。ありがとう」

「はい、頑張りました、主殿」


 大きな首筋に抱き付くようにして撫でてやると、エータは太い尻尾をブンブン振り回して興奮気味です。


「じゃあ、早速案内してもらおうかな」

「はい、こちらです。主殿」


 エータの案内で影の空間を移動すると、三分の一ほどが崩れている古城がありました。

 ランズヘルトやリーゼンブルグの建物は、地球でいうと西洋風の建物なんですが、この古城は屋根の作りなどが日本や中国などアジア系の作りに似ています。


 周辺は湿地帯のようになっていますが、城が建っていた当時には、水堀があったのかもしれません。

 近くには荒地が広がっていますが、良く見ると建物の土台だったと思われる石積みが残されています。


 建物自体の痕跡が殆ど残されていないのは、街の建物は木造だったからでしょうか。

 荒地の中には大きな窪地がいくつもあり、この街でも戦闘が行われたのでしょう。


「バステン、フレッド、ちょっと表に出てみたいから、周りを警戒してくれるかな?」

『お任せ下さい、ケント様』

『ネズミ一匹近づけない……』


 かつて正門があったと思われる場所に闇の盾を出して、影の空間から踏み出すと濃密な緑の匂いに包まれました。

 僕に続いてバステンとフレッドが愛槍と愛剣を携えて姿を現し、左右を警戒してくれています。


 門があったと思われる場所から城の手前までは、サッカーグラウンドぐらいの大きさの石材を敷き詰めた広場になっています。

 城は7~8メートルほどの高さの石垣の上に建てられていて、正面には広い階段が設えてありました。


 この辺りの造りは、日本の城よりも中国の城や寺院などの作りに似ています。

 中央に三層の大きな建物、右手に五層の塔が建っていて、瓦礫の感じからすると、左手にも同じ構造の塔が建っていたのでしょう。


「何か資料のような物が残っているかな?」

『国が滅んでから相当な年月が経っていますし、あまり期待はなさらない方がよろしいかと』

「そうだね。でもこの城、かなり高い技術が使われている気がする」

『相当な権力者だったはず……』


 広場の石材は、全て同じ大きさに切り揃えられていて、ナイフを差し込む隙間も無いように見えます。

 雑草も僅かな隙間に溜まった土埃に根を下ろしているだけで、生い茂っている感じではありません。


 建物へと通じる階段も、ビシっと石組みされていて、体重を掛けても崩れそうな気配は感じられません。

 石段を登りきると、また小さな広場があり、その奥にある扉は打ち壊されていました。


 建物の柱には、青い彩色がされていたようで、所々剥げてはいますが痕跡が残されています。

 

『ケント様、屋根が残されていますので、魔物どもの巣になっているかもしれません。内部には我々が先に入りますが、念のため御注意下さい』

「うん、気を付けるけど、思ったほど荒れている感じはしないね」


 ゴブリンなどの巣になっているとすれば、獣臭さが漂っていそうですが、建物の扉を潜っても生き物を思わせる匂いはありません。


「凄い彫刻だね……」

『文化レベルは高かったみたい……』


 扉の内側には、バスケットコートほどのホールがあり、四隅には高さ3メートルほどの兵士の彫刻が据えられています。

 四体の兵士は、それぞれ剣、槍、弓、盾を携えていて、材質は大理石のようです。


 彫刻はどれも精巧な造りで、ホールの中央に立つと四方から見下ろされているような錯覚に陥ります。

 鎧や防具などは当時の形なのでしょう、現在のリーゼンブルグなどで使われている物よりも頑丈そうに見えます。


「リーゼンブルグと何度も戦をしていたって話だけど、ここは陸続きになっている場所からはかなり離れているよね」

『リーゼンブルグとの戦もあったのでしょうが、国内でも勢力争いが行われていた時期があるのでしょう』

「そうか、なにも外敵と戦うだけじゃないのか」


 今でこそ平和ボケしている日本でも遥か昔には戦国時代があって、大名同士が戦を繰り返していた時期がありました。

 レホロスという国も、統一されるまでには戦が繰り返されていたのかもしれません。


 長年放置されていた割には荒れた感じはしない……なんて思ったのはホールの辺りだけでした。

 ホールから内部へと続く廊下へ入ると、陶器の破片や、打ち壊された扉の残骸などが散らばり、どこもかしこも滅茶苦茶に荒らされています。


 どこの部屋の窓も壊されていて、吹き込んだ風雨や埃によって荒れ果てていました。

 部屋によっては、草が積み上げられていて、城が壊された後に何者かが生活したのかもしれません。


 ただ、そうした痕跡もかなり前の物のようで、今は生き物の気配すら感じられませんでした。

 二階、三階にも上がってみましたが、どこも同じように荒らされていました。


「やっぱり、昔の出来事を証明するような物は残されていないか」

『ケント様、裏手に別の建物が……』


 窓から外を眺めているフレッドが指差す先には、湿地に埋もれるような形で石造りの建物が建っています。

 大きさは、学校の体育館を一回り小さくした程度です。


「あれは、建物なのかな……?」

『霊廟かもしれない……』


 一階へと降りて湿地越しに眺めると、家のような形はしているものの、窓も扉も見あたりません。

 確かに、墓所のような印象を受けます。


『いかがいたしますか、ケント様』

「うーん……墓場を荒らすのは遠慮したいけど、とりあえず近くまで行ってみようか」


 湿地には枯れた葦のようなものが生い茂っていて、普通の人が建物に近づくにはぬかるんだ湿地を渡らなければなりませんが、僕らは影移動で難なく建物の側まで辿り着けます。

 近くで見ると、やはり墓所のようで、四方に窓が無く、大きな建物から見て裏手に扉らしき物がありました。


 扉といっても取っ手も鍵穴も無く、打ち壊そうとされたのか、表面には大小様々な傷がついています。


「見事な彫刻が施されていたみたいだけど、勿体ないね」

『恐らく野盗にでも狙われたのでしょう』

「でも、壊された形跡は残ってないね。

『よほど頑丈に作られているのでしょう』

「盗掘するつもりは無いけど、少し中の様子を見させてもらおうか」


 影移動が使える僕らならば、扉を壊さなくても内部への侵入は可能です。

 一旦、影に潜って内部の様子を窺うと、建物の内部には更に別の建物が建てられていました。


 光の差さない内部は、普通の人にとっては真っ暗闇でしょうが、夜目の利く僕らならば問題なく行動できます。


「おぉぅ、金張りだよ」

『やはり、王家の墓所のようですな』


 内部の建物は、京都の金閣寺を連想させられる金張りの建物で、輝きを放っていました。

 もっと近くで良くみようと、内部へと一歩踏み出した時でした。


 風のように動いたフレッドが短剣を振るうと、討ち払われた矢が床に落ちました。


「えっ……?」


 侵入者撃退のための罠でも作動したのかと思いきや、金ぴかの建物の脇から弓矢を構えたスケルトンが姿を見せました。

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