第379話 空の王者
『ケント様、この青いギガウルフを眷属に加えますか?』
土と水、二つの属性魔法を使うギガウルフとギガースの戦いが決着した後、ラインハルトから聞かれました。
「うーん……今はしない」
青いギガウルフは戦力として魅力的ですが、その一方で、むやみに倒して眷属に加えることで南の大陸のバランスを崩さないか不安でした。
たぶん、ここにいるギガウルフを倒す程度では崩れるバランスは微々たるものでしょうし、大陸全体を考えるなら影響はほぼ無いでしょう。
ですが、現状保たれているバランスが崩れ始めて、僕が死んだ後に致命的な状況を招く……なんて事は避けたいところです。
『ケント様は、なかなか心配症ですな』
「そうだね。ちょっとネロの心配性がうつったのかも……」
まぁ、ネロだけでなく、ゼータ達も心配していたみたいなので、今回は見送ります。
草原へと戻って、調査を再開しましょう。
広い草原には、魔物だけではなく多くの野生動物が暮らしています。
スラっとした二本の角を持つガゼルのような動物や、鋭い牙を持つ猪などの姿を見かけます。
中にはラインハルト達の知らない動物もいて、あるいは魔物なのかもしれませんが、草食のようなので危険度は低そうです。
こうした動物達が、餌となって南の大陸の生態系を支えているのでしょう。
『一番餌となるのは、ネズミやウサギといった動物ですな。あやつらは繁殖力が旺盛なので、狩られても狩られても死に絶えることはありませぬ』
「なるほど、その辺りは僕が暮らしていた世界と同じなのかも……」
『それと、魔物の餌の一部はゴブリン共が担っております』
「えっ、それってゴブリンが何かを栽培しているとか?」
『いえいえ、ゴブリン自身が餌になるということです』
ゴブリンは、ネズミやウサギと同様に繁殖力が強く、しかもコボルトほど素早くないので大型の魔物にとって餌となる格好の存在だそうです。
『ゴブリン共は、何でも食いますからな。スカベンジャーがダンジョンの掃除屋ならば、ゴブリンは森の掃除屋とも言えますな』
そう言えば、ハイエナのような獣は見かけないので、ゴブリンやコボルトなどが死肉を片付ける存在なのかもしれません。
てか、召喚された直後、僕はそのゴブリンに食い殺されるところでしたけどね。
草原の観察を続けていると、モコモコした羊のような動物の群れに出会いました。
のんびりと草を食む羊の群れは、全部で百頭以上いそうです。
ベージュのモコモコの毛に覆われ、頭にはグリンと丸まった大きな角が生えています。
大きさは、ちょうどマルト達コボルトと同じ程度でしょうかね。
「これは、普通の羊なのかな?」
『そうですな。リーゼンブルグの山岳地で飼われているものと似ていますが、それよりも角が大きいですな』
「南の大陸の過酷な環境に適応して、身を守るために大きくなったのかもね」
『そうかもしれませんな』
一応バステンに、動物達も映像として記録してもらっています。
中には、飼育するのに適したものや、貴重な素材が取れそうなものもいるかもしれません。
例えば、この羊の毛とかは、過酷な環境に耐えるために丈夫かもしれませんし、角なども素材として使えるかもしれません。
ただし、飼育するには大人しい性格じゃないと難しいだろうと考えていたら、突然羊たちが顔を上げました。
「ヴェェェェェ!」
「ヴェェ! ヴェェェ!」
警戒するかのような鋭い声を上げ、上空に目を凝らしているようです。
『ケント様……グリフォン……』
「えっ……あっ、いた!」
フレッドが指差す方向へと目を凝らすと、晴れ渡った空を小さな点が移動していました。
羊は自分達が食べられないように警戒していますが、僕の懸念は別です。
「みんな、グリフォンがどこに向かうか良く見ていて。海を越えるようならば、討伐を考えないといけないから」
遥か上空を飛んでいるように見えますし、そのままランズヘルトやリーゼンブルグに向かわれたら困ります。
『ケント様、ヴォルザードに向かったら、どう対処されますか?』
「今度は、前回のようにはいかないよ。ネロも空中戦に対応できるし、レビンとトレノもいるからね。動きを止められれば、槍ゴーレムでドンだよ。なんなら、爆剤で吹き飛ばしたって構わないし」
『なるほど、それにケント様の送還術もありますからな』
前回、ヴォルザードが襲われた時には苦戦しましたが、僕自身の戦闘力も眷属達の戦闘力も上がっていますので、被害を出さずに討伐出来るでしょう。
ただし、それはグリフォンを捕捉出来ていればの話です。
遥か上空から急降下して獲物を狙うグリフォンは、突然現れた時には対処が難しい相手です。
「どうやら、この草原で狩りをするみたいだね」
海を渡らないか心配でしたが、グリフォンは上空で円を描くように飛び始めました。
草原にいる動物に狙いを付けたのでしょう。
草を食べていた羊たちは、いつの間にか一塊に集まっていました。
良く見ると、身体の小さな個体が内側、身体の大きな個体が外側になって守りを固めているように見えます。
「これは防御態勢みたいだけど、上空から来るグリフォン相手だと厳しそうだね」
『そうですな。同じ地上にいる相手ならば有効ですが、空からの相手には余り意味が無いでしょうな』
羊たちの防衛体制は、言うなれば即席の城壁を築いているようなものですが、上からの攻撃に対しては無防備に見えます。
とは言っても、他に守りを固める方法なんて無いのでしょう。
『来る……』
ゆっくりと円を描いて飛ぶ動きが止まったと見えた直後、グリフォンは急降下を始めました。
どうやら、この羊の群れに狙いを定めたようで、グリフォンの姿がグングンと迫ってきます。
グリフォンが接近してきても、羊たちは空を見上げたまま微動だにしていません。
このままでは、直撃を避けられそうもありません。
「もしかして、直前で一気に散らばるつもりなのかな?」
グリフォンの狙いを乱す作戦かと思いきや、羊たちは予想外の行動を起こしました。
「ヴェェェェェェ!」
鋭い鳴き声と共に羊たちは炎上して、大きな炎の固まりへと姿を変えました。
突然地上から吹きあがった火柱に驚いて、グリフォンは急ブレーキを掛けて上空へと舞い戻ります。
『こやつら、魔物ですな』
「炎の羊って……これは危なくて飼育なんか出来ないね」
『外に並んだ羊の方が火力が強そうですな』
「大人の羊が子供を守っているんだろうね」
炎の勢いに恐れをなしたのか、グリフォンは上空高くへと戻って行きましたが、羊たちは警戒を解いていません。
炎こそ消したものの、一団となったままで空を見上げています。
「あのままグリフォンが突っ込んでいたら、どうなっていたかな?」
『さて、普通の炎であれば、グリフォンが纏っている風の魔術で防げるのでしょうが、火属性魔術の炎は意思を持って迫って来ますので、ダメージは避けられないでしょうな』
「じゃあ、どっちにしても羊たちの勝ちなのかな」
『どうでしょう。グリフォンは強力な魔物ですから、羽毛を少し焦がした程度で獲物を手にしていたかもしれませんな』
勝つ可能性が高いけど、グリフォンは無理をしなかったのかもしれません。
グリフォンは、更に二周ほど円を描いて飛んでいましたが、不意に方向を変えると西の方へと飛んできました。
見守っていた羊たちも緊張を解いて、再び草を食べ始めました。
あれほど大きな炎が上がっていたのに、草原に焦げた跡は殆ど残っていません。
羊たちにとって、草原は餌場です。
燃え広がってしまったら自分たちの餌が不足する可能性があるので、魔術の範囲を限定したのでしょう。
「さて、次の魔物を探しに行こうか……」
『ケント様……また来る……』
「えっ、どこ? うわぁ!」
一旦目を離してしまっていた西の空を探していたら、グリフォンは草を掻き分けるような低空飛行で急接近してきました。
「ヴェェェェェ!」
羊たちは慌てて警戒の声を上げましたが時すでに遅し、一頭がグリフォンに鷲掴みされて連れ去られて行きました。
襲われた瞬間、一瞬炎が上がりましたが直後に消えてしまったので、たぶん羊は即死状態だったのでしょう。
『羊が警戒を解いた辺りで……急降下して戻ってきた……』
「当たり前だけど、グリフォンも生きるために必死なんだろうね。そうだ……マルト、ちょっと身体をお願い」
マルトの返事を待たずに、星属性の魔術で意識を上空へと飛ばしました。
目的は、グリフォンの追跡です。
意識だけを飛ばしているので、目の前まで接近してもグリフォンには気付かれませんし、危害を加えられる心配も要りません。
猛禽類特有の鋭い視線と嘴、大きく広げた翼は風をはらんでたなびいています。
前脚はワシの鉤爪、後肢は筋肉の発達した獅子の脚。
悠々と大空を舞うグリフォンからは、王者の風格を感じます。
「やべぇ、グリフォンかっけぇぇぇ!」
さっき南の大陸のバランス云々などと考えていたのに、もうグリフォンを眷属に加えたくなっています。
「ネロに跨って空を疾走するの気持ち良いんだけど、この悠々と空を独り占めにする感じは捨てがたい。いや、是非手に入れたい」
巣に戻って羊を食べ終えれば、グリフォンとて油断するでしょう。
影の中から光属性魔術で狙撃してやれば、魔石を壊さずに仕留められるはずです。
グリフォンは、少しずつ高度を下げながら南に向かい、山の方へと降りて行きます。
上から見て気付いたのですが、南に見える山は巨大なカルデラの外輪山のようです。
高い山脈に見えた山並みは歪な円を描いて連なり、その中心に見える山から薄い噴煙が上がっていました。
どうやら、これが中央火口となる山なのでしょう。
火口の周辺で異変が起こっているとしても、外輪山の反対側は遥か遠くにかすかに見えるほどで、カルデラ内部にも広大な草原が広がっています。
しかも、噴煙が上がっているのは一か所じゃないようで、調査すべき範囲は相当広くなりそうです。
「ちょいと行って調査すれば、すぐに原因が掴めるかと思ったけど、これは時間が掛かりそうな気がするなぁ……おっと、それより今はグリフォンだよ」
カルデラを眺めているうちに、危うく見失ってしまう所でしたが、グリフォンは外輪山の外側にある岩場へと降りて行きました。
周囲は切り立った崖で、魔物も獣も容易には近づけない場所です。
その崖の中腹に、大きな洞穴が開いていました。
グリフォンは翼を畳むと、洞穴の入り口へと降り立ち、羊を咥えて中へと入っていきます。
「ピィィ……ピィピィィ……」
グリフォンに続いて洞窟へと入ると、鳥のヒナのような鳴き声が聞こえて来ました。
洞窟の中には、成体のグリフォンが一頭と幼体のグリフォンが二頭いて、戻ってきたグリフォンは羊を置くと幼体の頭を嘴で優しく撫でました。
「グリフォンの一家か……これじゃ倒して眷属には出来ないな」
幼体のグリフォンはフワフワのモフモフで、めちゃめちゃ可愛いのですが、羊を与えられると速攻で腹を食い破り、内臓を貪り始めました。
「うぇぇ、こいつら狂暴……って、グリフォンだもんな」
凄惨な一家団欒をお邪魔しては申し訳ないので、皆のところへと戻りましょう。
「ただいま」
『おかえりなさい、ケント様。して、グリフォンの住み家は突き止められましたかな?』
「うん、でも幼体がいる一家だから眷属にはしないでおくよ」
『さようですか、ですが数が増えれば、いずれ脅威になりますぞ』
「その時は、その時だよ。もう少し調査を進めて、余りに数が多いと思えば討伐するし、そうでなければ静観だね」
僕の身体を支えてくれていたマルト達を撫でてやってから、先に進むことにしました。
草原を進み、突き当たった川では、リザードマンが狩りの最中でした。
立ち向かっている相手は、トリケラトプスのような生き物で、角が五本あるからペンタケラトプスとでも呼びましょうか。
大きさは、胴体と頭を合わせてマイクロバスぐらいで、3メートルぐらいの太い尻尾があります。
外皮は硬そうで、背中や尾の上側はワニ皮のような感じで、赤と茶色の斑模様になっています。
「上は硬いけど、お腹はそんなでもなさそうだね」
『そのようですな。リザードマンどもは、しきりに腹を狙ってますが……あの魔術が厄介ですな』
ペンタケラトプスは土属性の魔物のようで、リザードマンが腹を狙って接近してくると土の槍を突きだして追い払おうとします。
ギガースが使う攻撃の劣化版という感じで、一度に出せる槍の数は三本程度までのようです。
一方のリザードマンは、何かの骨か牙を削り出した武器を手にしていて、それでペンタケラトプスの腹を突こうと試みていますが、魔術に邪魔されて近づけないでいます。
今も不用意に接近した一頭が、足を貫かれて動きを止めた所を、追撃されて串刺しにされています。
「あの攻撃魔術、僕がやろうとしても速度も硬度も全く足りないんだけど、やっぱり固有の魔術として使っているから威力が高いのかな?」
『そうかもしれませんな。ケント様の場合、元々お持ちの属性は闇と光の二つでした。土属性は他者から奪う形で手に入れたものなので、本来持っていた者ほどは威力が出せないのでしょう』
「なるほど……だとすると、元々いくつもの属性を持っていた昔の勇者が使った魔術は、僕のものよりも遥かに強力だったのかもしれないね」
リザードマン達は、ペンタケラトプスを取り囲むように攻撃していますが、土属性の攻撃魔術に加えて、太い尾での薙ぎ払いによって近づけないでいます。
ただし、ペンタケラトプスもリザードマン達の包囲網から抜け出せず、膠着状態という感じです。
「これは長期戦という感じだけど、このまま長引いていくと体力的にリザードマンの方が有利になりそうだね」
『さようですな。攻撃する側とされる側では、守る側の方がストレスを抱えます。それにリザードマンの側は、まだ川の中に増援が控えていそうです』
先程のギガースと青いギガウルフとの戦いと同様に、身体の大きなものが小さなものに狩られる一例になりそうです。
ペンタケラトプスは、自分の周りを動き回るリザードマン達に、相当苛ついているような様子を見せています。
土属性魔術での攻撃に遅れが目立つようになり、リザードマンの武器によってペンタケラトプスが傷付き始めた時でした。
突然、リザードマン達が飛び退って動きを止め、ペンタケラトプスを含めてすべてのものが南に視線を向けました。
『ケント様……地震……』
影の空間にいる僕らには分かりませんでしたが、リザードマン達が一斉に川に飛び込み、それを見たペンタケラトプスは一目散に逃走を始めました。
「一旦、ヴォルザードに戻ろう!」
『了解ですぞ。コボルト隊とゼータに、ヴォルザードの周囲を警戒させます』
「みんな、お願いね」
「わふぅ、任せてご主人様」
「わぅ、異常を見つけたら、すぐに知らせるよ」
ギルドの執務室へ行こうかと思いましたが、考え直してマイホームへと移動しました。
「ネロ、どのくらい揺れた?」
「この前ほどじゃないにゃ」
工事現場ではハーマンさん達が仕事の手を止めていましたが、パニックに陥っているような感じには見えません。
たぶん、少し揺れたかな……ていどの揺れだったのでしょう。
「ネロ、僕らの家の守りは任せるからね」
「にゃ! 勿論にゃ、ネロにお任せにゃ!」
ふわっと音も立てずに起き上がったネロは、尻尾をピーンと立てて瞳を輝かせました。
まぁ、ネロのやる気は、三十分ぐらい保てば上等かなぁ……。
マイホームの守りをネロに任せて、魔の森を望む南西の門へと移動しました。
門の上の見張り台では、カルツさんが腕組みをして森の方向を睨んでいました。
「こんにちは、カルツさん」
「誰だっ……って、ケントか」
闇の盾を出して表に出ながら声を掛けると、カルツさんは素早い動きで振り返った後、表情を緩めました。
「どうした、何か起きたのか?」
「いえ、少し揺れたみたいなので、何も無いか見て回っている所です」
「そうか、先日のリバレー峠の一件があったばかりだからな。俺も、魔の森の方向を確かめていたところだが、今のところは大丈夫そうだ」
「そうですか。一応、僕の眷属に周囲を見て回らせています。何かあったら、こちらにも直ぐ知らせます」
「そうか、よろしく頼む」
カルツさんと握手を交わして影に潜り、みんなからの報告を待つことにしました。
コボルト隊にゼータ達、それにレビンとトレノも走り回ってくれていますが、魔の森にダンジョン裏手の森も加えると、相当な広さになります。
すぐには確認は終わらないし、すぐに終わってしまうようでは見落としが心配です。
時間が掛かると分かっていても、待つだけというのはジリジリしますね。
「わふぅ、ダンジョンの裏手は異常無し!」
「ヒュドラの討伐跡地も変わり無いよ」
「魔の森も大丈夫!」
「ラストックの近くも問題無し!」
一頭、また一頭と戻ってきたコボルト隊から報告を聞き、撫でてやっているうちに、またお昼ご飯を食べ損なってしまいました。
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