第378話 居残り組のKIRIN児達

※今回は、新田&古田の新旧コンビの話です。


「おかしいよな?」

「あぁ、明らかに変だった」


 ヴォルザードに戻る道程の打ち合わせを兼ねた夕食を終え、割り当てられた部屋に戻った新旧コンビは、ベッドに腰を下ろして額を突き合わすようにして小声で会話を始めた。

 ここは今回の依頼主が手配した安宿の一室で、ベッドが二つあるだけの本当に寝るためだけの部屋だ。


 ただし、この部屋は昨夜は鷹山と近藤が使っていた部屋で、ある事情から新旧コンビが申し出て交代してもらったのだが、疑問を呈しているのは別の件だ。


「ジョーとロレンサ……」

「間違いなく何かあった……」


 夕食の席で、ヴォルザード居残り組とロレンサ、パメラの女性冒険者コンビの協力体制が提案された。

 ロレンサとパメラの二人は、居残り組に較べればベテランのコンビで、様々な依頼をこなしてきた経験がある。


 一緒に仕事をすれば、経験不足をカバーしてもらえるし、戦力としても役に立つ。

 その上、完全に一つのパーティーを結成するのではなく、互いに都合の良い時にだけ組んで仕事をするのだから、デメリットも少なそうだ。


 新旧コンビの二人としても、反対する理由がないので提案を受け入れたが、どうも近藤とロレンサの様子が引っ掛かっているのだ。


「距離感が変だったよな」

「俺らのいない間に付き合い始めたとか?」

「てか、ジョーがやけに疲れてなかったか?」

「そう! やべっ、ここは壁が薄いんだったな」


 思わず声が大きくなり、慌てて古田は声を落とした。

 隣の部屋には、話題になっている近藤がいる。

 別に聞かれちゃ不味い訳ではないが、聞かれないで済むならその方が良い。


「あれ、ミカン狩りがミカンだろ……」

「間違いないな……」

「一線超えただろ……」

「だな……」


 夕食の席では、近藤もロレンサも二人の関係には何も言っていなかったし、それまで通りを装っていたが、光が丘中学校のKIRIN児達は変化を敏感に感じ取っていた。

 そう、麒麟児ではなくKIRIN(彼女・いない・歴・イコール・年齢)児の二人だ。


 とは言え、普段は男女の微妙な距離感などに気がつくような新旧コンビではないのだが、変化を感じ取ったのには理由がある。

 それは昨晩、隣りの部屋から聞こえてきた、物音と息遣いのせいだ。


 三部屋横並び、二人ずつの部屋割りは、奥の部屋が近藤と鷹山、中央が新旧コンビ、手前の部屋が八木とマリーデだった。

 ロレンサとパメラの二人は、元々マールブルグを拠点としている冒険者なので、宿には泊まらず自分たちの家へと戻っていった。


 昨夜の夕食が終わり、それぞれの部屋へと引き上げ、新旧コンビもそろそろ眠ろうとしていた頃だった。

 手前側の隣室、つまりは八木とマリーデの部屋から物音が聞こえてきた。


 拒絶するような八木の小声が聞こえた後で、KIRIN児二人には精神衛生上たいへん良くない軋み音や息遣いが、薄い壁越しに響いてきたのだ。

 壁が薄いから息遣いまで聞こえて来るが、壁があるから姿は見えない。


 見えないからこそ、KIRIN児達の想像力を掻き立ててしまう。

 新旧コンビの二人が寝不足になったのは、言うまでもないだろう。


「あいつら、サルか!」

「地獄みたいな一夜だった……」

「いっそ姿が見えれば萎えてたかもしれないのに……」

「だな……」


 まさか二晩連続で始めるとは思えないが、今夜も寝不足なんて冗談ではないので、近藤達と部屋を代わってもらったのだ。


「おい和樹、まさかジョーまで……」

「いや、鷹山が相部屋でいるんだ、さすがに無いだろう」

「だと良いけどな……あれっ、ちょっと待てよ」

「どうした達也、何かヤバイことでもあるのか?」


 突然頭を抱えた古田に、新田が心配そうに声を掛ける。


「おい和樹、経験してないのは俺達だけじゃね?」

「ぬぁ! そうだよ、八木も鷹山も、国分に至っては性獣だし、ジョーまで大人の階段を上っちまったら、残ってるのは俺らだけじゃん……」

「どうすんだよ」

「どうするって、そんなもん相手がいなきゃ無理だろう」

「俺とお前で……」

「や・め・ろ! 冗談でも止めろよな」

「すまん……」


 古田の笑えない冗談で、部屋の空気が一気に重たくなった。


「なぁ、こうなったら、居残り組の残り者同士で……」

「だから、止めろって言ってんだろう。ぶっとばす……」

「ちげぇよ、馬鹿! 居残り組は俺らだけじゃないだろう」

「あっ、相良と本宮か」


 召喚された光が丘中学校の関係者は、居残り希望者を除いて帰国を終えている。

 ヴォルザードに残っているのは、国分健人、浅川唯香、鷹山修一、近藤譲二、新田和樹、古田達也、八木祐介、綿貫早智子、それに相良貴子、本宮碧の十人だ。


「男が六人、女が四人、そのうちフリーなのは俺達と相良、本宮の四人だ」

「綿貫もフリーじゃね?」

「いや、妊婦は不味いだろ……」

「それは差別発言じゃねぇの?」

「ま、まぁ、そうだけど……俺らの目的を考えたら?」

「それは、そうだけど……それじゃあ、やり逃げした連中と一緒じゃん」

「うっ、あいつらと一緒にされんのはちょっと……でも、和樹だって経験したいんだろ?」

「いや、それは経験したいけど……それだけが目的ってのは、違うかなぁ……」

「あぁ? じゃあ、何がしたいんだよ」


 煮え切らない言い方に苛立った古田が声を荒げると、新田は腕組みをして表情を引き締め、声のトーンを落として尋ねた。


「イチャイチャしたくね?」

「してぇぇぇぇぇ……」


 新田の問いに古田は血を吐くように答えた。


「めちゃめちゃイチャイチャしてぇぇぇ……国分とかマジ殴りてぇ」

「だろう? やっぱ身体だけが目当てじゃ駄目なんだよ」

「でもよぉ達也、ぶっちゃけそれだとハードル高くね?」

「だよなぁ……相良も本宮もガード堅そうだよな」


 そもそも、自分たちの最終目的が、イチャイチャするよりも簡単だと思っている時点で考え方が破綻しているのだが、そこに気付かないのがKIRIN児たる所以でもある。

 もっとも、そうした手順をすっ飛ばしてしまった連中しか周りにいないのだから、考え方を間違うのも無理はないのかもしれない。


「相良、本宮のガードが硬いなら……」

「ヴォルザードの女にするか?」


 視線を交えた新旧コンビは、共に右手の人差し指を立てて、合図と共に頭に浮かんだ人物の名前を口にした。


「ミュー姉さん」

「ミューエルさん」


 ユニゾンにこそならなかったが、同じ人物を思い浮かべて満足したように新旧コンビは頷き合う。

 そして、頷き終えると同じように腕を組んで首を傾げた。


「容姿、スタイル、性格……全てにおいて非の打ちどころがない」

「ただし、奴の存在だ……」

「ギリク、お前ぇは駄目だ!」


 新田の言葉に古田も大きく頷いて同意を示す。


「ぶっちゃけ、ギリクさえいなければ、いつでもアタック掛けるのによぉ」

「いや、いっそ思い切って勝負する時なんじゃないか?」

「そうかな……そうか、そうだよな。俺らだって腕を上げてるし、いけんじゃね?」

「そうだよ、俺らにだってワンチャンぐらいはあると思うぞ」

「いや、でもよ、問題は上手くいった後じゃん」

「だよなぁ……野郎、マジでストーカーだからな」


 新田にしても古田にしても、ミューエルに対してのギリクの異常な執着度は嫌と言うくらい弁えている。


「なんかさぁ……ミュー姉さんとか、ギリクのせいで行き遅れそうな感じしねぇ?」

「あぁ、それはある。てか、あの性獣野郎に持っていかれそうな気もするな」

「性獣ケントな、何だかんだ言ってもチートだからな。総取り止む無し?」

「はぁ……いっそ俺らも八木を見習って、国分を餌に使うか?」

「そんで釣り上げたのはマリーデだぞ……」


 狭い部屋に再び重たい沈黙が下りる。

 三十秒ほど沈黙した後で、真面目な表情で新田が口を開いた。


「達也、俺はケモっ娘は嫌じゃないんだ。いや、むしろ大好きだ」

「奇遇だな和樹、実はおれもケモっ娘は大好きだ。でもな和樹、人外は駄目だ」

「そうだ、その通りだ。てか、女冒険者とかゴツイのばっかじゃん」

「だよな。ロレンサも、パメラも、マリーデも、俺らよりもゴツイよな」

「てかさ、八木も、ジョーも、逆レだろ?」

「だから言ったじゃん、ミカン狩りがミカンだって」

「そうか……てか、マジでどうすりゃいいんだ?」

「それが分かれば苦労しねぇよ」


 新旧コンビの二人は、溜息を洩らして黙り込む。

 壁の薄い安宿だが、東京とは違って車が走る音も、電車が通りすぎる音も聞こえない。


「おい、達也」

「あぁ、聞こえてる。あいつら、マジでサルだな」


 廊下を通してなのか、それとも近藤と鷹山のいる部屋を通してなのかは分からないが、艶めかしい息遣いが微かに聞こえてくる。


「いっそさぁ、今度は一人部屋の宿を取って、ジョーの代わりに俺らが全裸で待ってたらいいんじゃね?」

「えっ、俺らがミカンになるの? もがれちゃうの?」

「さすがに駄目か……」


 溜息を洩らした新田に、更に声を潜めて古田が提案した。


「和樹、もう風俗に行くしかねぇんじゃね?」

「えぇぇ……風俗ぅ?」

「だってよぉ、ヴォルザードなら年齢制限とか無さそうじゃん」

「そうか、日本じゃアウトでも、こっちなら有りなのか……」

「てか、異世界に娼館は付きものじゃね?」


 古田の提案を新田は腕組みをして検討し始める。

 確かに異世界もののラノベなどには、娼館が物語の舞台として登場することが多いし、ヴォルザードにも存在している。


「娼館って、東地区か?」

「そう、あの辺りには娼館とかが集まってんだろ?」

「そうだけど、下手に風俗に手を出して、ハマったら不味くね?」

「いや、一度行けば十分だろう」

「そうだけどさ、ほら、本宮が言ってたじゃん。仕事先の食堂の弟だかが借金作って売り飛ばされそうになったって」


 新田が口にしたのは、メリーヌの弟ニコラの件だ。

 正確には、冒険者パーティー、フレイムハウンドの連中に唆されて、高価な防具を買わされたり、博打に明け暮れた結果だ。


「俺や達也みたいなチェリーが行ったら、それこそ骨抜きにされんじゃねぇの?」

「でもよぉ、その一件は結局国分が片を付けたんだよな? 逆に言えば、万が一の場合にも、俺らには国分という切り札があるってことじゃん」

「そうだけど、風俗で借金作って返せません、助けて下さい国分様……とか頼むのか?」

「そこは……国分、よろっ! で良いんじゃね?」

「いやぁ、さすがに国分でも、それじゃあ金貸してくれんでしょ。それに、こっちの世界の風俗とか病気がヤバそうじゃね?」

「えっ、それって性病のこと? それこそ国分にちょちょいと直してもらえば良いんじゃねぇの?」

「それこそ嫌だよ。国分貰っちまったから治療してよ……とか言うの? それに国分が忙しいからって、委員長にたらい回しにされたらどうすんだよ」

「それはマジ勘弁……いやプレイとしては有りなのか?」

「何言ってんの? マジ、俺でも引くぞ」

「ば、馬鹿、冗談に決まってんだろ、冗談だよ」


 呆れたように新田が溜息をつくと、古田も釣られて溜息をつく。


「マジで、どうすりゃモテんだ? 金か、金なのか?」

「でも、八木は金持ってねぇぞ」

「馬鹿、あれはモテてるっていうより諦めてんだろ」

「そうだな……今朝も仙人みたいな顔してやがったもんな」

「仙人っていうより干からびた鳥ガラみたいだったな」

「そう言えば、ジョーも少し干からびてたな」


 古田は後ろの壁を振り返り、夕食の時に憔悴していた近藤の姿を頭に思い浮かべた。


「てか、ジョーは大丈夫なのか?」

「さぁな、でも帰りに積んでいくのは鉱石なんだろ? 襲われる可能性が一番低いパターンだから大丈夫じゃね?」


 リバレー峠を越えていく馬車で、盗賊から狙われやすいのは金目の物や資産家の家族を乗せた馬車だ。

 鉱石は盗んで行くには重たい割には金にならないので、盗賊に襲われる可能性は低くなる。


「でもよぉ、魔物に襲われる可能性は変わらないんだろう?」

「まぁな。だけど例のイロスーン大森林が通れない影響で、リバレー峠を通る馬車の数が増えているから、襲われる確率は下がってんだろう。それに、国分の眷属が三頭以上の群れは排除してるって話だから大丈夫だろう」

「だな、最悪馬一頭を食わせて逃げりゃ良いし」

「いや、駄目だろう。鉱石は重たいから馬一頭になったら登らないって言ってたじゃん」

「そうか、でもまぁ大丈夫だろう。来る時だって、前にも後ろにも馬車いたし……ってか後ろ!」

「あぁ、ギリクとオッサン冒険者か……」


 ギリクとペデルが護衛している馬車が、ヴォルザードを出た時からずっと後ろについて来ていたのは、二人とも近藤から聞かされている。

 ヴォルザードに来た直後には、ギリクの兄貴などと呼んでいた二人だが、今ではギリクと呼び捨てだ……ただし、本人が目の前にいない時に限る。


「あれって、国分に助けてもらおうってセコい考えなんだろ?」

「セコいのはセコいけど、利用できるものは何でも利用するのが冒険者としては正しいのも確かなんだろうな」

「そんじゃ、やっぱり国分を餌にして女引っ掛けるしかないじゃん」

「だから、それじゃあマリーデみたいな……あれ? なんで八木はマリーデに引っ掛かったんだっけ? あいつ自分から近づいたのか?」

「いや、あれだろ、ダンジョン見物に行くのに、一人じゃヤバいから護衛に使おうとして……」

「そうか、ミカン狩りがミカンか……」

「そうそう、もがれちまったって訳だ」

「てことは、最初の狙いが失敗だったんだよな?」

「そうか、最初の狙いを間違えなきゃチャンスあんのか」


 一体どんなチャンスが自分たちにあると思っているのかは不明だが、新田と古田の二人はニヤリと笑みを交わす。


「達也、俺この依頼が終わったら……」

「おっと、和樹。そいつは言ったら駄目だぜ」

「おぉ、やべぇ、やべぇ、冒険者は冒険者らしく目の前の仕事に集中だな」

「じゃあ、寝るか……」

「だな……」


 新旧コンビは、明かりを消してベッドに潜りこんだ。

 話を止めると、微かに艶めかしい息遣いが聞こえてきたが、昨夜の睡眠不足も手伝って、二人ともあっさりと眠りへと落ちていった。

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