第377話 食物連鎖
「やっぱり、お前の仕業か……」
「すみません……南の大陸でやれば良かったですね」
「まったく、一言伝えておけ……」
レビンとトレノを眷属に加えた翌朝、唯香達と一緒に領主の館を訪れると、クラウスさんの小言が飛んできました。
理由は、魔の森で起こった電光と雷鳴の件です。
「雲一つ無い星空の下で、魔の森のほんの一部で雷が鳴る……そんな異常な事態が起これば、守備隊の連中が警戒するに決まってるだろうが」
「はい、おっしゃる通りです。すみませんでした」
クラウスさんに怒られて、お嫁さん四人にはやれやれといった表情を浮かべられちゃっています。
「それで、雷の理由は何なんだ?」
「はい、雷を操る魔物を眷属に加えました」
「雷を操る魔物だと……?」
「はい、風と水の二つの属性を備えた魔物でした」
「なんだと……二つの属性だと……」
クラウスさんは、口元に運びかけていたカップを途中で止め、目を見開いて僕に続きを促しました。
長くなりそうなので、ワニのようなカメのような魔物や毒持ちの大カエルの話は省いて、レビンとトレノとの戦いの様子だけ伝えました。
「冗談だろう……本当にフレッドがやられたのか?」
「はい、フレッドを形作っていたカーボンファイバーは、雷を引き寄せてしまいますが、そのまま受け流すほどの性能は無かったので破損してしまいました」
「それで、フレッドはどうしたんだ」
「失った部分を含めて、強化を終えています」
「そうか、ならば戦力は落ちていないんだな?」
「はい、レビンとトレノを加えたことで、むしろ大幅にアップしています」
ようやく一安心したクラウスさんは、少し冷めてしまったお茶で喉を潤すと、一つ大きく息を吐きました。
「ケント、調査を始めたばかりで、そんなに強力な魔物が現れたという事は、奥へ進めばもっと強力な魔物が生息しているってことだよな?」
「たぶん、そうだと思います。ギガースやヒュドラも南の大陸から現れたのでしょうし、グリフォンが飛来したのも南からですよね」
「そう言われれば、その通りだな。そんな連中が、もし一度に現れたとしたら……考えるだけで頭が痛くなってくるぜ」
クラウスさんの言葉に、守備隊の総隊長を務めているマリアンヌさんも心配そうな表情を浮かべています。
「ただ、眷属にしたレビンとトレノの話では、南の大陸の中心に行くほど魔素が濃いので、基本的には南の大陸からは離れたくないそうです」
「ほぉ、そいつは俺たちにとっては朗報だが、現実にはギガースもヒュドラもグリフォンも、こちらに姿を現しているぞ」
「はい、その件なんですが……やはり例の地震が関係しているみたいです」
レビンとトレノに話を聞くと、南の大陸では頻繁に小さな地震が起こっているそうです。
そして、その原因は大陸中央にある火山の噴火活動のようです。
これまでに、小規模な噴火が何度か起こっているそうで、土属性のギガースや空を舞うグリフォンなどは、住み心地が悪くなったと思ったのかもしれません。
「なるほど、環境が悪くなったから、引っ越し先を探して海を渡って来たってことか」
「はい、ただこちらの大陸は魔素が薄いので、住み心地はあまり良くはないそうで、噴火活動が収束するならば、そのまま住み続けたいと思っているようです」
「ちょっと待て。もし噴火活動が激化したら、多くの魔物が大挙して押し寄せて来る……なんて状況が起こる可能性もあるってことだな?」
「そうなりますね……」
一旦は緊張を緩めたクラウスさんでしたが、再び眉間に深い皺を寄せて考え込みました。
「つまり話を整理すると、勇者のなれの果てである魔王同士が戦ったせいで魔力が異常に高まって、南の大陸には多くの魔物が生息するようになった。そいつらが火山活動で住みにくさを感じて、こちらに顔を出すようになってきた……って事か」
「たぶん、そうなんだと思いますが……」
「問題は、例の空間の歪みだな?」
僕もクラウスさんも懸念しているのは、リバレー峠での魔物の大量発生を引き起こした空間の歪みです。
「これまでの状況から推察する限りでは、そいつも火山活動が何らかの形で影響していると考えるのが自然だが……あまり先入観を持ちすぎると判断を誤る恐れがある。何にしても、それだけ強力な魔物がいると分かった以上、十分に注意して調べを進めてくれ」
「はい、極力影の中から見守る形にして、こちらから刺激するのは避けるつもりです」
「そうだな、その方が賢明だ」
レビンとトレノ以外の魔物については、他の調査が終わった時点でまとめて報告する事にしました。
今日はギルドには立ち寄らずに南の大陸へと出掛けるつもりなので、ベアトリーチェ達とは別行動です。
間借りしている迎賓館の玄関で四人と護衛の女性騎士達を見送ろうとすると、唯香が歩み寄って来てギュっとハグしてきました。
「無理しちゃ駄目なんだからね」
「うん、分かって……」
至福の柔らかさと温もり、そして陽だまりのような魔力が流れ込んできます。
一晩眠ったので回復したつもりでしたが、唯香の治癒魔法で身体の芯に残っていた疲労が溶けていきました。
「ありがとう、唯香。すごく楽になったよ」
「健人は働きすぎ。今度の安息の曜日は、みんなでゆっくりするんだからね」
「うん、約束する」
マノン、セラフィマ、ベアトリーチェともハグしてから、門のところまで一緒に歩きました。
うん、みんなを見送っていると、何となく専業主夫になった気分ですね。
南の大陸へ向かう前に、一旦魔の森の訓練場へと移動して、レビンとトレノにもう少し詳しく話を聞く事にしました。
事前の情報は、多い方が良い……と思ったのですが、今ひとつ話が噛み合いません。
僕らは南の大陸にいる未知の魔物について知りたいのですが、それらの魔物はレビンとトレノにとっては普通の魔物です。
そのため、どんな魔物がいるのかは、実際に行って確かめるしか方法が無いようです。
「レビンとトレノは、あの辺りを縄張りにしていたの?」
「いつもは、もっと奥の方で暮らしてたみゃ」
「昨日は、遊びに行ったついでにゴブリンの群れを狩ってたみゃん」
やはり、あの澱みに現れたゴブリンは、レビンとトレノに襲われた群れの一頭だったようです。
「あの辺りには、あまり大きな魔物はいないみゃ」
「大きな魔物は山の向こう側みゃん」
「山の向こう側か……そうか、レビンとトレノに案内してもらえば良いのか」
「任せるみゃ」
僕の眷属になったので、レビンとトレノも影を使った移動が出来るようになっています。
影移動を使い、それまで暮らしていた辺りまで案内してもらいました。
「この辺りが、これまで暮らしていた所みゃん」
「ふーん……どんなにヤバいところかと思ったけど、見た目は普通だね」
「当然みゃ、いつも戦っていなきゃいけないようじゃ、安心して眠ってもいられないみゃ」
レビンとトレノが暮らしていた場所は、ジャングルのようではなく、普通の森といった感じの場所です。ただ、茂っている木々の葉が黄色っぽいので、レビンとトレノにとっては大きな体を隠すには都合が良いのでしょう。
「もう少し南に行くと、頭が二つある大きな蛇がいるみゃ」
「お互いに強いと感じているから、縄張りを大きく越えて来なければ、お互いに接触しないようにしていたみゃん」
影に潜った状態で、更に南へと進んでいくと、確かにヒュドラがいました。
ラストックにニブルラットの大群を追い込んだヒュドラは三つ首でしたが、ここにいるヒュドラは頭が二つしか無く、身体のサイズも小さいように見えます。
まぁ、それでもゴブリン程度は丸呑みにできるぐらいの大きさですけどね。
ヒュドラは、日当たりの良い岩場でとぐろを巻いて、じっと動きを止めています。
そう言えば、ヒュドラもまた複数の属性を有する魔物でしたね。
以前討伐したヒュドラは、火、水、風の三属性を持っていました。
このヒュドラがどんな属性を持っているのかは分かりませんが、レビンとトレノと同様に雷の魔術を使うならば警戒が必要です。
「あいつは、どんな属性を持っているのかな?」
「みゃぁ……遠くから見るだけだったからわからないみゃん」
「ご主人様、あいつも仲間にするみゃ?」
「うーん……今のところは考えていない」
このところ、イッキたちロックオーガに、レビンとトレノを眷属に加えているので、今は更なる戦力の増強は考えていません。
先日のような大ムカデの大群も、魔術を使って水を撒いた状態で、レビンとトレノに電撃を使ってもらえば動きを止められるでしょう。
「そう言えば、レビン達はどうやって雷の魔術を使っているの?」
「どうやってって……こうビカっと光って、ドーンって感じみゃん」
どうやら聞いた僕が間違っていたようで、元々持って生まれた属性だし、どうやったら使えるなどと考えたことも無いようです。
まぁ、僕も無詠唱に関しては、八木達からもそんなの出来ない、お前はおかしいと言われてますので、同じような感じなのでしょう。
「それじゃあ、特に意識しないで、イメージして使っている感じなんだね」
「そうみゃ、雷なんて普通みゃ」
いやいや、雷を個人の意思で使うなんて、大がかりな実験設備でなきゃ出来ないからね。
ヒュドラの縄張りの中を西に向かって進んでいると、石を積んだ跡がありました。
「これは、神殿か何かなのかな?」
『恐らくそうでしょうな、小高い丘の上、階段の跡は真南のようですな』
ところどころ樹木に浸食されていますが、石積みの階段が丘の上へと続いています。
丘の上も樹木が生い茂っていますが、以前は平らに整地されていたようです。
整地された中央には、石の柱のようなものが転がっていましたが、残っているのは土台だけで建物らしいものは見あたりません。
ラインハルトが表に出て確かめていましたが、どうやら後から土を被ったようです。
『恐らくですが、神殿は木造だったのでしょうな』
「長い年月で朽ちて、今は土に還ってしまったんだね この辺りに住んでいた人々は、どこへ消えてしまったのだろう」
神殿の裏手へと進んでいくと、表のなだらかな階段とは対象的な切り立った崖になっていました。
ただ、他の斜面の傾斜とは明らかに異なっていて、まるで人為的に削り取られたようです。
「これも、魔王同士の戦いの痕跡なのかな?」
『その可能性はありますな』
「もしかすると、送還術なのかな……」
僕がこれと同じ状況を作るとしたら、一番先に思い付くのは送還術です。
ただし、規模の大きさが異常です。
「過去の魔王達は一人ずつ召喚されたから、僕よりも更に強い魔力をもっていたのかもしれないね」
『それは十分に考えられますな。ただし、二十代の半ばを過ぎると魔力量の成長は止まると言われております。ケント様のような成長はしなかったでしょうな』
神殿の表に戻って階段を下り、丘の麓まで移動しましたが、こちらには人の気配が感じられません。
階段の下には道があったような気がしますが、それも雑草や樹木の浸食によって判別出来ません。
ただ、周囲の森からみると、一部の範囲の樹木は幹が細く、木と木の間隔も疎らに感じます。
その先には大きな池がありました。
「この池も……かな?」
『あるいは、この池の辺りが街か村の中心だったのかもしれませんな』
ラインハルトが言う通り、丘と階段の向きからすると、こちらに街が広がっていてもおかしくありません。
『階段は途中で埋まっているようですし、ケント様の槍ゴーレム並みの威力の攻撃が行われたとしたら……』
「大きな池が爆心地で、街は吹き飛ばされたか埋まってしまったか、これじゃあ痕跡を見つけるのは難しそうだね」
ヒュドラを攻撃した時には、ブースターを使用して気分がハイな状態だったので、少々歯止めが利かない状態でした。
それでも、ヒュドラがいる場所ならば、周囲に及ぼす被害は少なくて済むだろうという計算程度はしていました。
ですが、ここで行われたであろう戦いは、おそらくですが被害などを全く想定していなかったのでしょう。
と言うよりも、最初から街を壊滅させるための攻撃だった気がします。
「この感じだと、王家の記録にも残せないような戦いだったんじゃないかな」
『そうでしょうな。ワシはこれまで、魔王同士を戦わせて相打ちを狙い、一方が倒れた所で残った者を狙うなど、騎士の風上にもおけぬ戦い方だと思っておりました。ですが、これが魔王同士の戦った痕跡なのだとしたら、そうした戦い方を選んだのは止むを得ない措置だったのでしょうな』
ラインハルトが言う通り、こんな戦いの場には同行するだけでも命賭けです。
いくら弱っていたとしても、魔王に止めを刺すのもまた命賭けだったのでしょう。
『いや、ケント様。魔王同士の戦いで、勝ち残ったのは最初の魔王、つまりは最初の勇者でしたな』
「うん、確かそういう話だったよね」
『あるいは最初の勇者は、自分が生きていれば更に新たな勇者が召喚され、無益な戦いが続くと思い、わざと騎士達に討たれたか、自ら命を絶ったのではありませぬか』
「そうかもしれないね。こんな戦い方が出来る人が、普通の騎士に討たれるとは考えにくいもんね」
真相は歴史の闇の中ですが、想像を巡らせるほどに悲しい過去があったように思えてなりません。
僕らが巻き込まれた召喚でも、校舎の崩壊に伴って多くの人の命が失われましたし、船山や三田、藤井、関口さんなどが亡くなっています。
「勇者召喚なんて、おとぎ話の中だけで十分だよ」
『さようですな』
街の痕跡らしき場所から更に西へと移動すると、乾いた草原のような場所に出ました。
たぶん、この先がイモ虫と巨大蟻が戦いを繰り広げた辺りだと思います。
『ケント様、あれを……』
ラインハルトが指差す方向へと視線を向けると、草原の一角に土が剥き出しになっている場所があります。
広さは10メートル四方ぐらいで、大きな土団子が転がっています。
「これは、ギガースの土団子なのか?」
『そのように見えますが、肝心のギガースの姿がありませぬな』
ギガースは、立った状態だと10メートル近い身長があるので、草原にいれば姿が見えるはずです。
「わふぅ、ご主人様、ギガースは林の向こうにいるよ」
「わぅ、青いギガウルフと戦ってる」
「青いギガウルフ……行ってみよう」
僕の意図を察して周辺を探していたマルト達が、ギガースの居場所を見つけてくれました。
それに、青いギガウルフというのが気になります。
「ボォォォォォ!」
案内された林の向こうへと移動すると、ギガースは十数頭のギガウルフと戦っている最中でした。
『ケント様、様子が変ですぞ』
「うん、何かギガースが一方的にやられている感じがする」
ギガースは土属性の魔物で、土団子の中に獲物を閉じ込めたり土の針を乱立させて攻撃しますが、今は土の中に手足を沈めて身動きが出来ないようです。
そのギガースを七頭のギガウルフが取り囲み、四肢を踏ん張って毛を逆立てています。
そして八頭ほどのギガウルフが、ギガースへと攻撃を仕掛け爪や牙で脇腹を抉っていました。
『ケント様、ギガースが沈んでいますぞ』
「えっ、本当だ……なんで?」
「ギガウルフは水の魔術を使ってるみゃ」
「ギガースの足下だけ沼みたいになってるみゃん」
レビンとトレノが言う通り、ギガースのいる場所だけが泥沼のようになっていて、己の体重によって沈みこんでいるようです。
「でも、ギガウルフは土属性の魔物だよね。このギガウルフは水属性を使う種類なのか」
『ケント様、おそらく水属性も使えるのだと思われますぞ』
「そうか……この泥沼は、ギガウルフ達が作ったんだ」
いくら沼地になったとしても、ギガースの膂力からすれば腕の一本ぐらい引き抜くことは出来るでしょう。
ですが、現状は吼えるばかりで手足を引き抜けず、何の防御も出来ずに攻撃されるのみです。
「あれっ、でもギガースも土属性だから、土を使って攻撃出来るんじゃないの?」
『たぶん、あの泥沼は七頭が支配下に置いていて、ギガースの攻撃を抑え込んでいるのでしょうな』
ギガースの足下は、水が浮いて波紋が出来るほどですが、攻撃しているギガウルフ達は足を取られずに走り回っています。
「バステン、撮影を……」
『もう始めていますよ、ケント様』
さすがは僕の眷属です、主よりもずっと優秀ですからね。
ギガースは勿論、戦いを優位に進めている青いギガウルフ達も、影の中から見守っている僕らの存在には気付いていないようです。
ギガースに逆転のチャンスがあるのか見守り続けていましたが、やがてギガウルフが片側の脇腹を食い破り、内臓を引き摺り出したところで勝負は決したようです。
「ボォォ……ボォ……」
食い破られた脇腹から、内臓と共に大量の血が流れ出し、沼地を赤く染め始めました。
ギガースが息絶えるのも時間の問題でしょう。
「これって、この後ここで例の大ミミズの魔物が繁殖して、そこにゴブリンが群れて……って流れになるんじゃないの?」
『そうでしょうな。強力な魔物とて、このように倒されたり寿命を迎えて土へと還り、次の世代へと命が受け継がれていくのでしょうな』
単純に肉などの栄養だけではなく、魔素という存在が、ここ南の大陸で特異な食物連鎖を形作っているのでしょう。
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