第376話 電光と雷鳴
「ご主人様……」
「クルゥ……」
マルトやサヘルの心細げな声を聞いてハッとさせられました。
僕の不安な気持ちは、眷属のみんなに伝わってしまいます。
僕が勝てないなんて諦めていたら、勝てる相手にだって勝てなくなってしまうかもしれません。
「考えろ……あいつらにだって弱点はあるはずだ」
嵐のごとく疾走する猫だからストームキャットと言うならば、さしずめサンダーキャットとでも呼ぶべき魔物は、雷鳴を轟かせながら電光の如き速さでラインハルトとバステンを翻弄しています。
生身の人間だったら、それこそ瞬殺されているでしょう。
ラインハルトとバステンは、珍しく互いの背中を預ける形で構えています。
サンダーキャットが襲い掛かって来れば、目にも止まらぬ速さで斬撃や刺突を繰り出していますが捉えきれていません。
一方、サンダーキャット達の電撃は、伝導体である二人の表面を流れていくだけのはずなのですが、時折衝撃を受け流しているように見えます。
周囲の木々が薙ぎ倒されているのは、その殆どがラインハルト達の攻撃によるものですが、中には黒く焼け焦げた爪痕も残されています。
「ラインハルト、バステン、ちょっと二手に分かれて動きながら戦ってみて」
『了解ですぞ、ケント様』
『いきますよ、分団長』
もう何度目かも分からない電光を弾き飛ばした直後、ラインハルトとバステンは猛然と踏み出しました。
こちらも電光に負けていないのではと思うほどの速さで距離を取った二人に、サンダーキャットも二手に分かれて攻撃を仕掛けて来ます。
『ぐぅ……ずりゃぁぁぁ!』
『だっ……しゃぁぁぁ!』
電光と化して側面や背後から突然現れる爪の一撃を、二人は殺気として感じ取って受け止めているようです。
素早く反撃を食らわせますが、サンダーキャットは地を蹴って電光と化し離脱していました。
サンダーキャットは、まるで鏡で反射する光の如く木々の間を跳ね回り、予測しづらい方向から再接近して爪を振るってきます。
その攻撃を受け止めるラインハルト達の腕前もまた、神業と呼ぶのがふさわしいのでしょう。
ですがラインハルトやバステンも、数回に一度受け損なって体勢を大きく崩しています。
幸い、連撃は食らわずに済んでいますが、こちらからの攻撃が当たりません。
このままでは、いつかは連撃を浴びせられ、フレッドのように大きな損傷を食らってしまいそうです。
『押し込まれるなよ、バステン。こいつらの攻撃はなかなか重たいぞ!』
『分団長こそ、押されてるんじゃないですか?』
軽口を叩き合っているように見えますが、二人からの反撃が減り、逆にサンダーキャットが連撃を繰り出すようになってきました。
一撃離脱だったのが、二撃、三撃を繰り出してから離脱していきます。
『ケント様! お分かりですか!』
『こいつら、攻撃する時は実体化します!』
「あっ……」
一撃離脱の時には、電光が走り抜けるようにしか見えなかったサンダーキャットの身体が、連撃を放っている間は見えています。
反撃の兆しを見せた途端、電光となって離脱してしまうので、ラインハルト達はわざと押し込まれた振りをして連撃を引き出していたのです。
『ケント様、攻撃はお任せしますぞ』
『分団長、お先にどうぞ』
二人から念話と共に、これからすべき作戦の意図や僕への信頼が流れ込んできます。
ここで応えられないようなら、主を名乗る資格なんか無いよね。
「ラインハルトの方を仕留めたら、すぐに合図するからバステンも仕掛けて」
『承知!』
サンダーキャットの攻撃を受け止めたラインハルトは、グラリと大きく体勢を崩してみせました。
すかさず、サンダーキャットが連撃を仕掛けてきましたが、四撃まで繰り出したところでラインハルトが苦し紛れの反撃を繰り出そうとすると素早く離脱。
直後に現れたサンダーキャットの一撃を受けたラインハルトは、ガックリと膝をついてみせました。
「フシャァァァァァ!」
なかなか仕留められずにストレスを感じていたらしく、サンダーキャットは猛然と攻撃を仕掛けてきました。
金色に輝いてみえる体毛の表面には、電流の火花が走っているようですが、完全に実体化して見えます。
「食らえ!」
10メートルほど離れた場所に闇の盾を開いた瞬間、ピストル型に固めた右手から光属性の攻撃魔法を連射しました。
これまでになく集中していたからでしょう、瞬きするほどの間に十発以上の攻撃魔法をサンダーキャットの頭に撃ち込みました。
「バステン!」
合図を送ると、今度はバステンが膝をついてみせます。
「ガァァァァァ!」
こちらのサンダーキャットもシッカリと実体化してバステンに迫りますが、前脚を振り上げたまま動きを止めました。
僕の光属性攻撃魔法が頭を打ち抜き、バステンの愛槍ゲイボルグが喉を貫きました。
ラインハルトも倒れて来たサンダーキャットの首を圧し折り、確実に止めを刺しました。
結果的に仕留められましたが、もしラインハルト達を今の形に強化出来ていなかったら、尻尾を巻いて逃げ出すことしか出来なかったでしょう。
「フレッド!」
『さすケン……』
改めて見ると、頭蓋骨をはじめとして、全身の骨に亀裂が走っています。
フレッドを形作っているカーボンファイバーにも導電性があります。
カーボン製の釣り竿に落雷する事故が起こるのは知られていますが、金属ほど電気を通しやすい訳ではありません。
電気抵抗が高いために、雷撃によって破壊されてしまったのでしょう。
「待っていて、すぐ強化するからね」
僕の意図を察して、マルト達が先日討伐したオーガの魔石を抱えて持って来ました。
フレッドには、軽さに主眼を置いた強化をしましたが、電撃を操る魔物がこの先も現れる可能性を考えたら、カーボン製のボディーでは心配です。
「じゃあ、魔石の取り込みを始めて」
『りょ……』
フレッドが魔石の取り込みを始め、僕が強化を終えた後のイメージを送ると、漆黒の靄が漂い始めました。
今度は雷撃にも負けない、最強の騎士を強く強くイメージすると、かつてないほどに濃密な靄がフレッドを包み込みました。
身体の内側からガリガリと魔力を削られていく感じですが、集中は揺らぎません。
一際激しい電光が靄を吹き飛ばすと、強化を終えたフレッドが姿を見せました。
選んだ素材はA7075、かつて零戦の主翼にも使われた超々ジュラルミン。
更に隠密行動が多いフレッドのために黒のセラミックコートを施した、僕のオタク知識の結晶です。
『ケント様……』
強化を終えた途端、激しい魔力欠乏に襲われてよろめいてしまい、フレッドに支えられました。
「どうかな、新しい身体は」
『もう負けない……』
フレッドは、僕の前に跪いて頭を下げました。
『ありがとうございます……ケント様の命尽きるまで、決して負けないと誓います……』
「僕の方こそ、ありがとう。フレッドが身を挺して突き飛ばしてくれなかったら、僕は死んでいたはずだよ。だから、フレッドが負けたのは僕のせいでもある。でも、負けてもいいじゃない。命を繋いでいれば、反撃のチャンスは巡ってくるよ」
『ならば、ケント様の天寿が尽きるまで……御護りすると誓います……』
「よろしくね」
一時はどうなる事かと思いましたが、何とかサンダーキャットを退ける事が出来ました。
『ケント様、あの魔物はいかがいたします?』
「眷属に加えようと思うんだけど、今はちょっと無理……」
自己治癒連発に、フレッドの強化で魔力がすっからかんです。
サンダーキャットの眷属化どころか、調査の続行も無理そうです。
『では、影の空間に運び込んで、今日のところはヴォルザードに戻りますか』
「うん、そうしよう。ちょっと南の大陸を舐めてた」
『そうですな。準備を整えてからの方がよろしいでしょうな』
二頭のサンダーキャットの死骸をラインハルト達に運んでもらい、ヴォルザードへと帰還しました。
ヴォルザードに戻ると、お昼はとっくに過ぎていました。
クラウスさんの所に報告に行こうかと思いましたが、セラフィマやベアトリーチェを心配させそうだし、もう少し調査を進めてからにします。
お昼を食べ損ねた時には、あそこへ行くしかないですよね。
「アマンダさん、何か食べさせて下さい……」
「はぁ……またかい。ちゃんと昼には……って、どうしたんだい! 何があったんだい?」
「えっ、お昼を食べ損ねて……」
「服が焦げて、顔が真っ黒じゃないか。何があったんだい?」
「ちょ、ちょっとバタバタしてただけで、大丈夫……です」
お腹が空いている方に気が取られて、自分がどんな格好しているか気にしていませんでした。
サンダーキャットの電撃を食らったことで服が焦げ、顔にも煤がついているようです。
アマンダさんにジーっと顔を見られてしまえば、下手な嘘なんか通じるはずがありません。
お店を手伝っている綿貫さんも、呆れたような表情を浮かべています。
「まったく、そんな疲れた顔して、どこが大丈夫なんだい……早く顔を洗っておいで」
「はい、いってきます」
店の裏手の井戸で顔を洗い、ついでに影に潜って着替えました。
店に戻ると厨房から、香ばしい匂いと肉を焼く音が聞こえてきます。
「ちょっと座って待っておいで、すぐに出来るから」
どうやらアマンダさんは、賄いメニューの他に肉を焼いてくれているようです。
「幸せ者だな、国分」
「でしょ……でも、綿貫さんもだよ」
「だな……」
綿貫さんは、ニシシという感じで笑ってみせました。
こちらの世界で子供を産むと決めて、この店で働いているから、綿貫さんもアマンダさんの優しさは良く分かっているのでしょう。
「サチコ、こっちの料理を運んでおくれ」
「は~い!」
何でも良いから食べさせてもらおうと思っていたのに、テーブルに並べられたメニューはディナーかと思うほど豪華でした。
山盛りサラダにクリームシチュー、メインは鶏の半身のグリル、これにパンとチーズ、ソーセージとテーブル狭しと料理が並べられました。
「さぁ、お食べ! ちゃんと食べないと帰さないからね」
「はい、いただきます!」
ありがたくて、嬉しくて、ウルウルしちゃいそうだけど、そうするとまた怒られちゃいそうですから、元気にモリモリ食べましょう。
「んー……美味い!」
「ほらほら、そんなに慌てて食べるんじゃないよ。誰も取りやしないよ」
「ヴォルザードが誇るSランクの冒険者も、ここじゃ形無しだな」
「そりゃあ、ヴォルザードの僕の実家だからね」
「ほらほら、サチコも冷めないうちにお食べ」
「はい、いただきます!」
詳しい話は何一つ尋ねようともせず、温かい食事を出してくれるアマンダさんには感謝しかありません。
まぁ、詳しい話をしちゃうと余計な心配させちゃいますからね。
胃袋がポッコリ膨れて見えるほど御馳走になると、途端に眠気が襲ってきます。
さすがに二階の部屋で眠って行く訳には行かないので、お礼を言ってお暇することにしました。
「御馳走様でした。今度、なんかお土産もってきます」
「はいよ、期待しないで待ってるよ」
「綿貫さんも、またね」
「おう、国分も無理すんなよ」
アマンダさんの店を出て、向かった先はマイホームの建築現場です。
ヴォルザードの自宅警備員ネロにクッションになってもらいましょう。
「ネロ……お腹貸して」
「にゃぁ……また御主人様は働きすぎにゃ、ネロに寄り掛かって休むにゃ」
「うん、お願い……もうちょっと眠気が限界」
庭の陽だまりでフカフカのネロに寄り掛かると、すかさずマルト達が影の空間から出て来ました。
マルトを抱えて、ミルトとムルトに挟まれると、ポカポカでモフモフで目を閉じた途端に眠りへと引き込まれました。
余程疲れていたようで、夕方ラインハルトに起こされるまで眠り続けていました。
でも、そのおかげで疲れも抜けたようで、迎賓館に戻って顔を合わせた唯香達にも心配されずに済みました。
そして、みんなが寝静まった頃、部屋を抜け出して魔の森の訓練場へと足を伸ばしました。
『ケント様、魔物の眷属化なら明日でもよろしいのでは?』
「いや、南の大陸を調査するならば、戦力は多いほど良いと思うんだよね。それに、雷を操る属性が気になってるんだ」
『そうですな。確かに雷を操る魔物など、これまで聞いた事がありませぬ』
火、水、風、土、闇、光の六属性の他に、雷というレアな属性が存在しているのか。
存在しているとすれば、僕が手に入れる可能性はあるのか確かめておきたいのです。
訓練場に並べられたサンダーキャットの死骸を見て、ネロが驚きの声を上げました。
「にゃっ! な、な、なんにゃ、この猫は!」
「これは雷を操る魔物で、僕の眷属になってもらおうと思ってるんだ」
「だ、駄目にゃ、こんなの眷属にしなくてもネロがいるから大丈夫にゃ!」
「いや、眷属にすれば、僕が雷の魔術を使えるヒントをくれるかもしれないじゃん」
「にゃっ、ネ、ネロが教えるにゃ」
「えぇぇ……だって、ネロは雷の魔術を使えないよね」
「だ、大丈夫にゃ、すぐ覚えるにゃ。すぐ覚えるから……ネロは、ネロは……」
普段はマイホームの陽だまりで丸くなったり、どこまで伸びるんだと思うほどだらけているネロが、おろおろと落ち着き無く歩き回っています。
「大丈夫、ネロを嫌いになったりしないし、僕らはずっと家族だよ」
「ホントにゃ……?」
「ホント、ホント、ネロのお腹は僕の特等席だからね」
「じゃ、じゃあ良いにゃ……でも、ネロが一番にゃ」
「はいはい……」
耳の後ろを撫でてあげると、ネロはドロドロと喉を鳴らしました。
のんびりしているようだけど、こういう時には心配性なんだよね。
それでは改めて、二頭のサンダーキャットの眷属化に取り掛かりましょう。
意識を集中して、魔力のパスを繋ぐようにイメージしながら呼び掛けます。
「僕の家族になってくれない? ぐぅぅぅ……」
パスが繋がったと感じた途端、急激に魔力を奪い取られました。
先日、イッキ達ロックオーガ七頭を眷属化した時よりも、遥かに強烈な消耗感です。
「ナァァァン……」
「グルゥゥゥ……」
ムクリと起き上がった二頭のサンダーキャットが、大きな顔を摺り寄せてきました。
大丈夫だから、ネロは巨木を爪研ぎで木屑に変えないの。
「それじゃあ、強化も進めちゃうよ」
マルト達が運んで来てくれた魔石を大盤振る舞いして二頭の口に放り込み、身体の修復と強化を進めます。
「じゃあ、始めるよ」
両腕を一杯に伸ばして、二頭の首を抱き寄せて、強化後のイメージを送り込みました。
二頭は仲の良い姉妹のようで、南の大陸で気ままに過ごしていた日々の記憶が流れ込んできます。
「これは……複数属性」
驚いた事に、サンダーキャットは水と風の二つの属性を持っていました。
雷の魔術は二つの属性を組み合わせて作りだしているようでした。
これならば、僕も雷の魔術を扱えるようになるかもしれません。
闇属性、水属性、風属性の三つの付与も終えると、もう立っているのが精一杯です。
僕らを包んでいた漆黒の靄が晴れると、姿を現したのは金色の毛並みを持つアンデッド・サンダーキャットでした。
「君達の名前は、レビンとトレノだよ。よろしくね」
「よろしくみゃぁ」
「仲良くするみゃん」
二頭は挟みこむようにして、僕に頬を摺り寄せてきました。
おっおっおぉぉぉ……凄いフカフカで、この肌障りはネロに優るとも劣らな……いやいや、大丈夫だからね。
ネロが物凄い勢いで爪研ぎを繰り返しているのが怖いです……。
それと、レビンとトレノには最初に言っておかないとだね。
「レビン、トレノ、二人の雷の能力はちょっと特別だから、他のみんなが近くにいる時には使わないでね」
「分かってるみゃぁ」
「ビリビリさせちゃうから、気を付けるみゃん」
「じゃあ、ちょっと新しい身体を試してみよう……か」
僕の言葉が終わらないうちに、レビンとトレノは風を纏って疾走、僕らから離れたところで電光と化して夜空を駆け巡りました。
凄い雷鳴が轟き渡っているけど、ヴォルザードからは離れているから大丈夫だよね。
あっ、そう言えば、メイサちゃんは雷嫌いだったかもしれないな。
夜中にビックリして、おねしょしていなきゃ良いけど……。
レビンとトレノは落雷となって巨木を縦に切り裂き、身体を震わせて電気を振り払うと、風のように戻ってきました。
単純な戦闘能力だけならば、レビンとトレノはネロを上回っている気がします。
それを自覚してしまったのか、何だかネロがしょんぼりしてしまいました。
「ネロ……」
「ネロはいらない子にゃ……レビンとトレノがいれば……」
「そんな事ない! 僕はネロにいて欲しいよ。いつまでも、いつまでもそばにいて欲しいよ」
「ホントにゃ……?」
「当たり前だよ。僕らは家族なんだからね」
「なぁぁぁぁん……」
「うわぁ……今日のネロは甘えん坊だね……」
ネロに押し倒されて、ザラザラする舌で舐めまわされながら、フワフワの喉のあたりを撫でまくってあげました。
レビンとトレノの所には、先輩だからな……とばかりに胸を張るマルト達や、ゼータ達が集まって挨拶を交わしています。
うん、うちの戦力はさらにアップすると同時に、モフモフ天国も充実の一途だね。
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