第368話 ベルクマン商会

 紹介状を書き終えたクデニーヌさんに教えてもらったのですが、リーゼンブルグの王都アルダロスには、大手の防具工房が二つあるそうです。

 一つがベルクマン商会、もう一つが工房ジールというそうです。


「ベルクマン商会は、現在の会長が八代目となる工房で、工房ジールは当代の主が起こした工房です」

「片や歴史ある老舗で、もう片方は新進気鋭の工房って感じですね」


 何やら二つの工房には因縁めいたものがあるらしく、クデニーヌさんは話したくて仕方がないといった様子です。


「はい、おっしゃる通りです。ベルクマン商会は代々王国騎士団に防具を納品してきた老舗で、現在も騎士団の防具を請け負っております」

「工房ジールは、老舗に追付け追い越せの気概で頭角を現して来たってところですか?」

「はい、その通りなのですが……工房ジールの主ネルヴァは、ベルクマン商会の先代会長の息子でございます」

「えっ……という事は、兄弟で競い合っているって事ですか?」

「いえ、ベルクマン商会の会長ラバールは、先代の弟に当たりますので、叔父と甥の関係になります」


 クデニーヌさんの話によれば、ベルクマン商会の先代の会長は職人気質な人だったそうで、商会の経営に関してはラバールが一手に引き受けていたそうです。

 一方、ネルヴァは防具職人ではなく冒険者として活動していたそうで、実家であるベルクマン商会の仕事にはノータッチだったという話です。


「あれっ? それじゃあネルヴァは、元々は防具職人になる気はなかったのでは?」

「はい、そのように聞いておりますし、冒険者として活動していて王都を離れている期間の方が長かったそうです」

「じゃあ、なんで防具工房を立ち上げようとしたんですかね。自分が同業者になれば、身内の売り上げを横取りすることになりかねませんよね」

「いえ、むしろそれがネルヴァの狙いなのだと思いますよ」


 今から五年ほど前、ベルクマン商会の前会長が仕事中に倒れ、帰らぬ人となったそうです。

 その時、ネルヴァは王都を離れていて連絡が付かず、先代会長の遺言書に従ってラバールが店の経営を引き継いだそうです。


 遺言書は、商工ギルドで本物に間違いないと鑑定がなされているそうです。

 ところが王都へと戻ってきたネルヴァは、遺言書は偽物で、全てはラバールが計画した陰謀だと言い出したそうです。


「そのネルヴァって人は、父親が生きていた頃には家業には見向きもしなかったのに、叔父さんが店の経営を引き継いだら文句を言うなんて、随分と身勝手ですね」

「そのように思われますか?」

「クデニーヌさんの話を聞いただけですけど、そういう印象を受けました。違うんですか?」

「それは本人達に会っていただいて、ご判断下さい」

「まぁ、買取を頼みに行きますから、会うことにはなるでしょうけど……」


 クデニーヌさんの反応を見ていると、まだ裏があるように感じます。

 まぁ、思ったような値段で買い取ってもらえないと困りますが、その場合は別の街で売り捌けば良いでしょう。


 工房の場所を記した地図も描いてもらいました。

 商工ギルドからはベルクマン商会の方が近いようなので、こちらから先に足を運んでみます。


『ケント様。ベルクマン商会は、ワシらが生きていた頃にも防具工房として騎士団に鎧などを納めておりましたぞ』

『ラインハルト達も、そこの防具を使っていたの?』

『そうですぞ、良い職人を揃えて、質の良い品物を作っておりましたな』


 ベルクマン商会は、商業地区の大きな通りに面した目立つ場所に店を構えていました。

 防具の工房と聞いていたので、騎士や兵士、冒険者などがメインのお客さんだと思っていましたが、意外にも女性の姿が多く見られます。


『ここ……だよね?』

『そうですな。城との位置関係から見ても、ここがベルクマン商会なのは間違いないはずですが……』


 ラインハルトの声にも、困惑したような響きがあります。


『とりあえず、買取を依頼する前に店の様子を見てみよう』


 足を踏み入れたベルクマン商会は、防具屋というよりもデパートのように見えます。

 勿論、防具屋ですから防具は置いてありますが、スペースとしては店の八分の一程度です。


 他のスペースには、鞄や靴、ブーツなどの革製品、狩猟のための衣装、凝った造りの天幕などが並べられていました。

 騎士や兵士、冒険者が使うような品物ではなく、細かな細工や刺繍が施された、貴族相手の高級品という感じに見えます。


 防具の売り場に足を運ぶと、こちらも実用品というよりも、宝飾品のように感じます。

 金属鎧も革鎧もピカピカに磨き上げられています。


『ケント様、これは馬上槍の試合で使うものですな』

『馬上槍の試合って、バッケンハイムの上級学校の生徒が練習してたやつ?』

『そうですぞ。貴族の若い男性は、学校を卒業した後も娯楽として楽しむ者がおります』

『狩りとかでも使うのかな?』

『狩猟は獲物次第ですが、この鎧では心もとないですな』


 馬上槍の試合は、コース上に設置された的をいかに正確に、いかに早く突けるかを競うもので、攻撃される心配はありません。

 鎧はあくまでも衣装として身に付けるだけなので、防御力よりも軽さと見た目を重視して作られているようです。


『まともな鎧は、あの隅のやつだけ?』

『いいえ、あれも鎧としては防御力は足りませんな』


 ラインハルトが影の中から検分すると、格子状の骨組みの上に薄い金属板を張り付ける造りになっているらしいです。

 言うなれば、張りぼての鎧という感じです。


 鎧を眺めながらラインハルトと話をしていたら、店員さんに声を掛けられました。

 もっともラインハルトとは念話で話していたので、他の人には聞こえていないはずです。


「お客様、何かお探しでしょうか?」


 三十前後に見える男性店員の顔には、迷惑そうな表情が浮かんでいます。

 店にいる僕以外の客は、服装などからして貴族や裕福な家の人々のように見えました。


 目の前にある鎧にも、二十五万ブルグの値札が付けられています。

 見習い仕事の日当だと、二年ぐらい働かないと手に入らない値段ですね。


「えっと、買い物ではなくて、素材の買取をお願いしたいんですが……」

「素材の買取ですか……?」


 客ではないと知ったからでしょうか、店員は露骨に迷惑そうな表情を浮かべ、もう隠そうという気も無いのようです。


「当店では、材料や素材は専門の業者から仕入れておりますので、一般の方からの売り込みはお断りしております」

「そうですか……商工ギルドのマスター、クデニーヌさんの紹介状も有るのですが……」

「紹介状ねぇ……」


 ポケットから取り出したように見せかけて、影の空間から紹介状を出して手渡すしてもまるで関心が無い様子です。


「とりあえず……ちょっと相談してくるので、お待ちいただけますかぁ?」

「はい、お願いします」


 店員は僕の返事を確かめる前に背を向けると、店の奥へと歩み去っていきました。


『ケント様がどなたか知らぬとは言え、無礼千万ですな』

『まぁ、いつもの事だから気にならないけど、ここはお客を選ぶ店みたいだね』


 ラインハルト達が生きていた頃には、騎士だけでなく多くの冒険者が防具を買い求めに訪れ、修繕なども行っていたそうですが、そうした客の姿はありません。

 これは無駄足になりそうな感じですね。


 十分ほど鎧の売り場に放置され、そろそろ帰ってしまおうかと思い始めた頃、血相を変えた中年の男性が走り寄ってきました。


「た、大変お待たせいたしました。店の者が、魔王ケント・コクブ様と気付かず、大変な失礼をいたました。平に、平にご容赦下さいませ!」


 僕の足元に跪き、比喩ではなく本当に床に額を擦り付けて謝られてしまい、こちらの方が面喰ってしまいました。


「あぁ、どうぞ頭を上げて下さい。全然気にしてませんから、大丈夫ですから……あぁ、皆さんも跪かないで下さい。ホント、立って、頭を上げて下さい」


 店内にいたお客さんまで、跪いて頭を下げ始めたので、一気に居心地が悪くなりました。


「ありがとうございます。寛大なお計らいに感謝申し上げます。さ、さ、どうぞ奥へお入り下さい」


 中年の男性に案内されて、店の奥にある応接室へと通されました。

 こちらの世界に来てから、王城や宮殿やに出入りする機会が増えて、少しだけ目が肥えてきましたが、ここの調度品は高級そうな物ばかりです。


 勧められたソファーも柔らかすぎず、堅すぎず、絶妙な座り心地です。

 メイドさんがお茶を淹れてくれたのですが、顔面蒼白で今にも倒れそうでした。


 僕がお茶を一口飲んでカップを戻したのを見てから、中年の男性が話を切り出しました。


「改めまして、ベルクマン商会へようこそおいで下さいました、魔王ケント・コクブ様。私はこの店の支配人を務めております、コベールと申します。よろしくお願いいたします」

「どうも、初めまして、ケント・コクブです。魔王なんて呼ばれていますが、そんなに特別扱いせず、普通に接していただいて結構ですよ」

「ありがとうございます。本日は、素材の買い取りをご希望と伺っておりますが」

「はい、実はランズヘルト共和国のリバレー峠で魔物の大量発生が起こりまして……」


 大ムカデを討伐した経緯をザックリと話すと、途中で口を挟んでは来ませんでしたが、コーベルさんも部屋の隅に控えているメイドさんも信じられないという表情を浮かべていました。


「で、では、その大ムカデの買い取りをご希望ということでございますね」

「はい、一山二千匹ぐらいなんですが……いかがでしょう?」

「に、二千匹……しょ、少々お待ちいただけますか? 倉庫の状況を確認してまいりますので……」」


 そりゃ大ムカデ二千匹を買ってくれと言われれば、置き場とかも考えないと駄目ですよね。

 コーベルが奥へと向かう扉の向こうに姿を消すと、ラインハルトが話し掛けてきました。


『ケント様、左手の額縁の裏に隠し部屋がございます』

『誰か覗いていたの?』

『はい、コーベルよりも年配に見える男ですので、おそらく会長のラバールでしょう』

『支配人に対応させて、自分は裏から見守る……って感じかな』

『先程の若造が失礼を働いておりますから、ケント様のお怒りに触れるのを恐れたのでしょうな』

『そんな、僕は至って紳士的な魔王だよ。手荒な真似なんて……相手次第かな』

『ぶははは、気付かれていないと思って、会長のラバールもケント様を見くびっておるようですぞ』

『別に、僕は大ムカデが処分出来れば、それで十分なんだけどね』


 程なくしてコーベルが戻ってきましたが、倉庫の空きを確認してきたのではないでしょう。


「大変お待たせいたしました。大ムカデ二千匹、四百万ブルグではいかがでしょう?」

「四百万ブルグですか? そんなに高く買っていただけるのですか?」


 バルシャニアで買い取ってもらった四倍近い価格です。

 コンスタンに買い叩かれたのか、それとも僕の素性を知って色を付けているのか、どちらでしょう……。


「はい、私ども防具屋にとって、大ムカデの殻が大量に手に入ることなど普通では考えられません。是非とも、お売りいただければと考えております」

「あの……解体せず、丸のまんまなんですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、勿論大丈夫でございます。私どもは素材を扱うプロでございますから、心配はご無用でございます」


 まぁ、殻を加工して防具を仕上げる職人にとっては、解体程度は朝飯前なのかもしれませんね。


「そうですか……では大ムカデを出しますけど、どこに置きます?」

「は? 出します……と仰られますと?」

「大ムカデは別の場所に置いてあるんですが、影の空間経由で取り出せますので、置き場所へ案内して下さいますか?」

「い、今でございますか?」

「ええ、倉庫の空きを確認していただけたのでは?」

「は、はい……そう、なんですが……後日の搬入と思っておりまして……しょ、少々お待ち下さい」


 コーベルは、再び奥の扉へと姿を消しましたが、今度は慌ただしく走り去る足音が聞こえました。

 今度こそ倉庫の空きを確認に行ったのでしょうね。


 コーベルと入れ違いに、フレッドが話し掛けてきました。


『ケント様……高値の買い取りは賄賂のつもり……』

『あぁ、そう言えば騎士団に防具を納めてるんだっけか』

『ケント様の印象を良くして……別口の儲けを得るつもり……』

『これは、カミラに連絡しておいた方が良いのかな』

『清算が済んだら……コボルト隊を走らせる……』

『もう一軒の工房次第だけど、僕が行った方が良いかも』

『りょ……』


 僕が何も言わなくても、みんなが率先して探りを入れてくれるので助かってます。

 王城の担当者と業者の癒着については、カミラが厳しく取り締まりを行って、商人たちも自主的に汚職で得た金を納めるなどの措置を取ったはずですが、長年の慣習は簡単には変わらないようですね。


「度々お待たせして申し訳ございません。それでは、倉庫へご案内させていただきます」


 息を弾ませながら戻ってきたコーベルに、工房の裏手にある倉庫へと案内されました。

 さすがに騎士団御用達だけあって、店の裏にある工房は広く、多くの職人さんが働いていますが、ここでも防具の制作にあてられているスペースは一部だけのようです。


 工房の裏手は、馬車が乗り入れる裏口と車止めのスペースがあり、その脇に大きな倉庫がありました。


「それでは魔王様、こちらにお願いできますでしょうか?」

「分かりました。みんな、よろしくね」

「わふぅ、任せてご主人様」


 魔の森の訓練場に積み上げられた山の脇と、倉庫の前の闇の盾で繋いでやると、コボルト達がバケツリレー方式で大ムカデを移動させ始めました。

 五列になって、ひょいひょいと送られてくるので、ものの十分ほどで倉庫の前に山が出来上がりました。


「わぅ、御主人様、終わったよ」

「ありがとう、みんな、おいで」


 運搬に関わった、総勢二十頭のコボルト隊を撫でまくっている間も、コーベルは呆然と出来上がった大ムカデの山を眺めていました。


「一応、二千匹あるはずなんですが……コーベルさん?」

「は、はい、確かに……あの、先程のコボルトは?」

「あぁ、すみません、僕の眷属たちです。ああ見えても単独でオークを瞬殺するぐらい強いんですよ」

「そ、そうですか……では、中でお支払を……」


 みんなモフモフで可愛いけど、初めて見るとビックリしちゃいますよね。

 先に言っておけば良かったですね。


 コーベルの案内で応接室へと戻ると、テーブルの上には金貨が積まれてありました。

 僕らが倉庫に行っている間に、会長のラバールが用意しておいたのでしょう。


「こちらが大ムカデ二千匹の代金、四百万ブルグになります。お確かめ下さい」


 十万ブルグの金貨なのでしょう、大ぶりのコインが四十枚積まれてあります。

 一枚を手に取るとズシリとした重みがあります。


「はい、確かにいただきました。受け取りに署名は……?」

「いえ、結構でございます」


 四十枚の十万ブルグ金貨を闇の盾経由で影の空間へと仕舞うと、またコーベルはぎょっとした表情を浮かべました。

 闇の盾からコボルトが飛び出してくるとでも思ったのでしょうかね。


「そう言えば、商工ギルドでアルダロスには防具の工房が二つあると言われたのですが……」

「あぁ、ネルヴァの所ですね……全く、とんでもない親不孝ものですよ」


 工房ジールの話を出した途端、コーベルは苦々しい表情を浮かべました。


「こちらの先代の息子さんだと聞きましたが……」

「そうなんですが、先代が存命の頃には工房に寄り付きもしないで、冒険者としても特別に名を売るほどの活躍もしてなかったようですし、いい加減な生き方をしていたのでしょう。先代が亡くなって傾いた工房の経営を現在の会長ラバールが立て直して、ようやく事業が軌道に乗り始めた頃にヒョッコリ顔を出して、工房は自分のものだと言い出す始末です」


 コーベルは、憤懣やるかたないといった様子で、ネルヴァの行動を非難し始めました。


「私どもは、長年防具の制作を主に行ってきましたが、正直に申し上げて防具の売上だけでは工房を維持していくのが難しい時代となってきております。先日、バルシャニアの皇女様がアルダロスにいらしたように、時代は大きく変わりつつあります。ですから防具以外にも、これまで培ってきた技術が活かせる製品を作り、事業の拡大を試みてまいりました。その道程は、決して平坦なものではございませんでした。その苦労も知らないくせに、私どものやり方を非難するネルヴァには、従業員一同が腹を立てております」

「なるほど、防具の工房と聞いていたのに、その売り場が一部になっているのには理由があったんですね」

「はい、さようでございます」


 確かに、リーゼンブルグとバルシャニアが和平を結ぶ時代になれば、騎士団での防具の需要は減る一方でしょう。

 それだけに頼らずに、新規事業への参入を試みるのは、生き残るための知恵なんでしょうね。


 店の売り場にあった鎧はラインハルトの推測した通り、馬上槍の試合で使われるものだそうで、工房では大会を主催して競技人口を増やす取り組みもしているそうです。

 賄賂頼みの経営方針なのかと思いきや、真っ当な商売も行っているようですね。


 この後、コーベルとアルダロスの商売の状況などの世間話を聞き、大ムカデの買い取りの礼を言ってから店を後にしました。

 さて、もう一軒の工房は、どんな感じなんですかね。

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