第366話 討伐完了報告
影移動で戻った迎賓館では既に夕食会は終わり、食堂では片付けが始められていました。
クラウスさんの姿は、領主の館の応接室にありました。
クラウスさんの他には、マリアンヌさん、ドノバンさん、カルツさんの姿があります。
どうやらセラフィマ達は、迎賓館にいるようなので、そちらにはマルトに討伐完了の知らせを持っていってもらいました。
「ただいま戻りました」
「ケント、集落は無事か?」
「はい、何とか守れました」
「ふぅ……そうか、ご苦労だったな」
「ですが、魔物の群れの他に巨大なムカデの大群が現れたので、集落への進行を食い止めるために森を広範囲で焼く事になりました」
「ムカデだと? どの程度の大きさだ」
「えっと、太さがこの程度で、長さはこのぐらいです」
手振りでムカデの大きさを伝えると、クラウスさんとドノバンさんは顔を見合わせました。
「ドノバン、そいつはダンジョンの中層に出て来る大ムカデじゃねぇのか?」
「実物を見ないと判断できませんが、おそらく……」
「クラウスさん、危険な魔物なんですか?」
「殻が硬くて普通の剣や槍で倒すのは困難だし、毒を持ってやがる。火属性魔術の使い手が居ない状況で十匹以上に襲われたら、死を覚悟した方が良いと言われている。なんで、そんな奴らが湧いて出たんだ」
クラウスさんは、顔を顰めてガリガリと頭を掻いた。
「素材としての使い道は?」
「勿論あるぞ、どのぐらいの数を倒した」
「たぶん、形が残っているものだけで、軽く一万以上かと……」
「一万……一財産だな。ドノバン、ギルドの金庫が空になるんじゃないか?」
「大丈夫でしょう。デザートスコルピオの分の納金は殆ど済んでいますし、そもそもケントが金を引き出さなければ問題ありません」
「そうか、それもそうだな」
どうやらデザートスコルピオの入札が終わって、お金も振り込まれたようで、僕が引き出さない限りはギルドの金庫を潤しているってことですね。
ハーマンさんに、マイホームの建設費用を先払いしちゃった方が良いのでしょうかね。
「それで、魔物の群れが現れた理由は、例の洞窟なのか?」
「はい、リバレー峠の中腹に亀裂のような洞窟があって、その内部に空間の歪みのような物がありました」
洞窟の奥が陽炎のように揺らめいていた状況や、送還術を使ってもすぐには消えなかったことなどを説明しました。
「それは、お前が使っている闇の盾みたいなものなのか?」
「いえ、闇の盾には僕と眷属以外は、生きている物は通れません。生きた魔物やムカデが出て来たのですから、闇属性の魔法ではないでしょう」
「闇属性魔法ではないとしたら、何の属性になる?」
「もしかすると、星属性なの……かと」
「おいおい、ちょっと待て、その星属性ってのは全属性の持ち主のことだよな? そんな奴が南の大陸にでも居るって言うのか?」
「そこまでは分かりませんけど、大昔に召喚されて後に魔王となった勇者は、僕と同じく全属性が使えたという話ですよ」
大昔に召喚された勇者は、僕らとは違って一人だけ召喚されて、全ての属性に適性を持っていたようです。
「それじゃあ、その魔王の子孫が南の大陸で今でも生きていると言うつもりなのか?」
「そこまでは分かりませんけど、同じような状況が発生するのは危険ですよね」
「そりゃ危険に決まってるが、防ぐ手立てがあるのか?」
「いいえ、発生する場所も時間も分からないんじゃ、ちょっと思い付きません」
今日も、イッキ達をリバレー峠で巡回させていたから異変に気付けましたが、そうでもなければ魔物の群れがヴォルザードまで押し寄せていたかもしれません。
魔の森側への監視は行われていますが、マールブルグ側への備えは厚くないはずです。
「クラウスさん、夕方の地震が関係しているのでは?」
「ふむ、その可能性もあるかもしれないが、分からないことだらけだな」
ドノバンさんが言う通り、もしかすると夕方の地震の時に洞窟が出来て、そこから魔物や大ムカデが現れた可能性は考えられます。
「南の大陸か……」
腕組みをしたクラウスさんが洩らしたとおり、全ての要因の根幹は南の大陸にあるような気がします。
「ケント、魔の森の方は大丈夫か?」
「あっ、リバレー峠に戦力を集中していたんで……」
「ちょっと偵察を出してくれ。もう風向きが変わる季節だから、大量発生した魔物が向かうとしたらラストックかもしれんが、こちらに来る可能性もあるからな」
「ゼータ、エータ、シータ、ちょっと魔の森の様子を見て来てくれるかな?」
「了解です、主殿」
コボルト隊には、ムカデの後片付けを頼んであるので、ゼータ達に偵察に行ってもらいました。
「マリアンヌ、一応城壁からの監視を厚くしておいてくれ、魔の森側だけでなく、北東方向から来ることも想定しておいてくれ」
「分かりました。すぐに指示を出しておきます」
マリアンヌさんの指示を受けて、カルツさんは守備隊へと連絡に向かいました。
「暫くの間は監視を強める。腹立たしいが、それ以外に手の打ちようがねぇ。街には危機は去った、ケントと眷属が軽く片付けたと噂を流してくれ」
「いや、それなりに苦戦しましたけど……」
「そうだとしても、そんな噂は不安を煽るだけだからな。ケントには悪いが、やり過ぎちまう魔物使いを演じてもらうぜ」
「えぇぇ……まぁ、しょうがないんでしょうけど、女癖が悪いって噂は打ち消してもらえませんかねぇ」
「けっ、四人も嫁を貰う奴は、どうやったって妬まれるもんなんだよ」
「はぁ……そうですか」
というか、一番妬んでそうな人が目の前にいますよね。
マリアンヌさんは、浮気厳禁だと聞いたことがありますからね。
「とりあえず、今夜はこれ以上動きようがねぇ。ケントも戻って休め」
「はい、そうさせてもらいます」
クラウスさんたちは、これからまだ善後策を練るのかもしれませんが、僕は迎賓館へと戻らせてもらうことにしました。
迎賓館にはヒルト達も戻って来ているようでした。
「ただいま……うわぁ」
闇の盾を出して四人が集まっていた広間に足を踏み入れると、今にも泣き出しそうな表情でセラフィマが駆け寄って来ました。
「ケント様……お怪我は?」
「大丈夫、僕は殆ど影の中から戦ってるから心配は要らないよ」
「良かった……」
セラフィマをギュッとハグした後、唯香達も順番にハグしてからソファーに腰を下ろしました。
「あぁ、お腹空いた……夕食会の御馳走を食べそこねちゃったよ」
「お疲れ様、健人。今、厨房に頼んだから、もうちょっと待って」
どうやら、僕の分の料理は取っておいてくれたみたいです。
「僕だけ別に調理してもらうなんて、なんだか悪い気がする」
「そんな事ないよ、ケントはみんなのために頑張ってたんだもの」
「そうです、ケント様がいらっしゃらなければ、どれだけの人が犠牲になったか分かりません」
ヒルト達から話を聞いたようで、マノンもベアトリーチェも、大きな被害が出なかったと知り胸を撫で下ろしているようです。
うん、胸の膨ら……いえ、何でもないです。
討伐の様子を僕から改めて話していると、良い香りと共に料理が運ばれて来ました。
カートを押して現れた二人の料理人は、あまり見かけない顔です。
「ケント様、紹介させていただきます。私と一緒にバルシャニアから来た料理人、ヤブロフとルドヴィクです」
「ヤブロフです、よろしくお願いいたします」
「ル、ルドヴィクです……ど、どうぞよろしく」
ヤブロフは二十代後半ぐらいの小柄な男性で、キリっとした印象です。
ルドヴィクは二十代前半ぐらいにみえる大男で、こちらは少しノンビリした性格に見えます。
体型も性格も対照的に見える二人ですが、だからこそ上手くやれているのかもしれませんね。
「こちらこそ、よろしくお願いします。唯香達は料理が上手だから、バルシャニアの料理を教えてあげて下さい」
「えっ、奥様方にですか……?」
「そうですけど……」
どうやらセラフィマは、自分では厨房に立つことは無いみたいですね。
唯香達は、ここでも自分たちで料理していると聞いて、ヤブロフとルドヴィクは少し驚いていました。
「わ、私もお料理できるようになります」
「いや、無理しなくても良いよ」
「いえ、なります!」
胸の前で両手を握ったセラフィマの必死さが、ちょっと可愛いです。
でも、手を切ったり火傷しないように気をつけてもらいたいですね。
料理人の二人は、バルシャニアの料理を伝えるのも楽しみだし、ヴォルザードの料理や食材を知るのが凄く楽しみだそうです。
時間を見つけて、アマンダさんのお店にも連れて行ってあげましょう。
食事をしながら討伐の様子や空間の歪みについて話をしていたのですが、セラフィマの頭が時々カクンと傾くようになってきました。
やはり、長旅の疲れや緊張する状況から解放されて、眠気に襲われているのでしょう。
僕が食事を終えたところで今日は解散して、明日ゆっくり話すことにしました。
四人がそれぞれの部屋に戻ったところで、僕も自分の部屋に戻り、お出迎え用の衣装から普段着へと着替えました。
みんなには僕も休むと言ったけど、もうちょっと状況を確認してからにします。
部屋から影に潜り、再びリバレー峠の麓の集落へと移動しました。
「ラインハルト、こっちはどうかな?」
『森の火災は消し終わりました。ムカデの生き残りがいないか確認しながら、死骸の回収も進めております。ゴブリンなどからの魔石や素材の回収も行ってますが、少々時間が掛かりそうですな』
「とりあえず、素材を回収し終えた魔物の死骸は、ヒュドラを討伐した跡地に移動させちゃおう。この辺りに血肉の匂いが残っていると、別の魔物が寄って来そうだからな」
『そうですな……ですが、地面に血や肉片が混ざってしまっておりますから、いずれ魔物が寄って来るのは避けられないですぞ』
「そうか……暫くは、イッキ達の誰かに常駐してもらって、危険な魔物や大きな群れが近づかないように監視していた方が良いのかな?」
『そうですな、その方が被害が出る確率は減らせますな』
あれだけ大量の魔物を退けるには、血が飛ばないように、肉片が飛ばないように……なんて気を使って戦うことなど不可能です。
土ごとゴッソリ送還してしまうという手もありますけど、広範囲が不毛の地になってしまうのは環境的にも不味いでしょう。
『ケント様、やはり南の大陸を少し調べた方がよろしいのでは?』
「だよねぇ……フラムの時も、イロスーン大森林で現在進行形で起こっている事も、今回の一件も、全部南の大陸からの影響だものね。でも調べるとして、どうやって、何を調べるのかが問題だよね」
『そうですな。我々は南の大陸の正常な状態を知りませんから、比較する材料がございません。ですが、このまま手をこまねいて、今回のような事態が、同時に何か所かで起こった場合には、我々だけでは対処しきれませんぞ』
「そうなんだよねぇ……」
ニブルラットや今回の大ムカデなど、眷属が相手をするには的が小さく、それでいて人間にとっては脅威になるような魔物が大量に、しかも同時多発的に発生した場合、対処が難しくなります。
それに、今のところはランズヘルトの中で留まっていますけど、同じような状況がリーゼンブルグやバルシャニアで起こらないという保証はありません。
そもそも国の存亡に関わるような問題を僕一人が抱え込むのは変だとは思いますが、自分に出来ることがあるのに、やらずに誰かが不幸になるのは気分が良くありません。
まずは、今起こっていることへの対処が最優先ですが、余裕が出来たら南の大陸の調査にも手を付けた方が良い気がします。
『ケント様も朝から動き続けていらっしゃるのですから、こちらは我々に任せて休んで下され』
「そうだね。朝から乗馬の訓練、セラの出迎え、それにこの一件、確かにちょっと疲れたよ。ちょっと渓谷の様子を見てから帰るから、後はお願いするね」
『お任せ下され』
ラインハルトに片付けの指揮を頼んで、渓谷の様子を覗きに移動します。
大ムカデが殆ど討伐されましたが、ゼータ達が追い込みを掛けていたので、魔物は全て渓谷へと入ったようです。
ゼータ達は、渓谷の入り口に留まって、魔物が戻って来ないか警戒してくれています。
「みんな、ありがとうね。戻ってくる魔物が居なければ、戻って休んで良いからね」
「ありがとうございます、主殿。ですが交代で警戒しておりますので、問題ありません」
ゼータの言う通り、渓谷の奥から魔物が戻って来るような気配はありません。
まぁ、途中の滝を降りてしまったら、上がって戻るのは大変そうでしたからね。
ゼータ、エータ、シータを順番にモフってから、滝まで移動しました。
滝の上には魔物の姿は見えませんが、滝の下には死骸が転がっています。
滝の上から転落死したり、上から押しつぶされたと思われる死骸が多数転がり、それを共食いしている魔物の姿もあります。
魔石を共食いすると、上位種へ変化するものが現れるかもしれませんね。
『心配ご無用……上位種になったところで討伐する……』
「それって、素材を集める手間を省いてるの?」
『そうとも言う……』
この辺りは、フレッドがコボルト隊を指揮してコントロールしているようです。
「バステンは?」
『大森林の中……大きな群れを間引いてる……』
「それじゃあ、制圧下にあると思って良いのかな?」
『問題ない……』
「じゃあ、後はよろしくね」
『りょ……』
影に潜り、唯一働かなかった……いや、迎賓館の護衛をしてくれていたネロに身体を預けて、大森林のようすを見るために、星属性魔法で意識を飛ばします。
「じゃあ、ネロ、僕の身体を見守っていてね」
「任せるにゃ、ネロは見張りは得意にゃ」
渓谷が突き当たった周辺のイロスーン大森林には、多くの魔物の姿がありました。
その数や密度は、現在の魔の森よりも遥かに多く感じます。
ただし、活発に動き回っている姿は無く、殆どの魔物が疲れ果てて座り込んだり、木の根元で身体を丸めて眠り込んでいます。
洞穴から出てくる以前はどうだったのか分かりませんが、リバレー峠を駆け下り、渓谷を進まされ、滝から飛び降りさせられ、ようやく辿り着いたのですから、それは疲労困憊でしょう。
魔物の多くは五、六頭の小さな群れで、十頭以上の大きな群れは見当たりません。
たぶん、群れが大きくなると、僕の眷属が討伐を行って、群れを分離させたり、数を減らしているのでしょう。
まぁ、魔物の立場であれば、大きな群れを作った方が生き残る可能性も高くなるのでしょうが、こちらにとっては都合が悪いので、サクっと討伐させてもらっちゃいますけどね。
渓谷から離れるほどに魔物の密度は低下していきましたが、ギガウルフの群れやサラマンダーの姿も確認出来ました。
大森林のど真ん中あたりなので、バッケンハイムやマールブルグに直ちに影響が出るとも思えないので、これはそのまま見逃します。
イロスーン大森林を横断する道路工事の現場では、多くの冒険者が護衛の仕事についているはずですので、この程度の魔物ならば大丈夫でしょう。
迎賓館に戻って、お風呂でマルト達をワシワシ洗って、風属性と火属性を合わせた魔術で乾かして、一緒にベッドに入れば即眠りに落ちていきます。
「ケント様、ケント様、朝でございますよ……」
「んー……これは夢だねぇ……」
「ケ、ケント様? きゃっ……」
「うーん……モフモフ……」
「健人! 寝ぼけていないで、朝ごはんになるわよ!」
「ケ~ン~ト~……」
「ケント様、セラさんだけズルいです」
「んぁ? へっ、あれっ……?」
眠ったと思った直後に起こされたので、てっきり夢だと思っていたけれど、もう朝になっていたようです。
起こしてくれたのがセラフィマだったから、余計に夢だと思ったようで、ベッドに引き込んでモフっちゃってました。
うっ……唯香やマノン、ベアトリーチェの視線が痛いです。
でも、ちょっとぐらいは良くないかなぁ……この腕の中にスッポリと収まる感じで、丸いトラ耳をハムハムしたって……。
「ケント様ぁ……耳は、耳は駄目でしゅ……」
「うっ……ごめんなさい」
ちゃんと起きて着替えるからと約束して、四人には食堂で待っていてもらうことにしました。
うん、年頃の男子の寝起きは、色々と大変なんですよ。
今朝の朝食は、卵焼きが和風、ソーセージやチーズはヴォルザード風、パンとスープがバルシャニア風でした。
バルシャニア風のパンは、がっしりと歯ごたえのある生地で、ドライフルーツがふんだんに練り込まれています。
甘いだけでなく、少し酸味があるフルーツで、爽やかな香りに食欲が刺激されました。
お互いの国の良いところ取りの朝食をシッカリ食べたら、新しい一日を始めましょう。
「セラは、今日どうする予定?」
「はい、ベアトリーチェと一緒にクラウス様の執務室にお邪魔する予定です」
「なるほど、ギルドの執務室ならば、ヴォルザードについて知るのには最適だもんね。よろしく頼むね、リーチェ」
「はい、お任せ下さい」
唯香とマノンは守備隊の診療所へ、セラフィマとベアトリーチェはギルドへ、そして僕は昨日の後片付けに向かいました。
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