第360話 街を作るには……

 ダンジョンの入口では、ロドリゴさんや冒険者達が、中から戻って来る者がいないか見守っていました。

 別の方向から戻って驚かせようかとも思いましたが、場合が場合なので、視線の向いている方向へ闇の盾を出して表に出ました。


「戻ったか、どうだった、ケント」

「三階層には、かなりの量の水が溜まっていますね」


 ロドリゴさんに、三階層の一番深い場所は僕の背丈の倍ぐらいあると説明すると、近くで聞いていた冒険者達からは仲間の生存を危ぶむ呻き声が上がりました。

 そんな状況では、普通は何日も水が引くまで時間が掛かるでしょうから、絶望的な気分になるのも当然です。


「とりあえず、溜まった水をジャンジャン抜き出していますので、明日の明け方ぐらいには水も抜き終えるんじゃないですかね」

「水を抜くって、まさか四階層へ穴でも開けて流しているのか?」

「いえいえ、流しているのは、ずーっと南の川へですよ」

「何だと、どうやって地上まで運び上げてるんだ?」

「まぁ、その辺りは企業秘密ってことで……」


 闇属性の魔術を使っていると簡単に説明して、水が引いた時点で知らせると伝えて、ダンジョンの四階層へと戻りました。

 崩れて塞がっている三階層へと上がる回廊では、先ほど来た時よりも漏水の量が減っていました。


 塞がった部分が崩壊して、新たな鉄砲水が起こらないように、塞がったすぐ上の所に水抜き用の闇の盾を設置したので、水の圧力が減り、漏水も減っているのでしょう。

 集まっていた冒険者達は、僕の提案を聞き入れて天井が高くなっている所まで移動し、臨時に掘った横穴にいました。


 大量の水が地上への道を塞いでいると聞いて、さぞや落胆しているかと思いきや、横穴の奥をザクザクと掘り進めていました。


「出た、また出たぞ!」

「こっちも小さいけどルビーみたいだ」

「まだ奥に反応が続いているぞ」

「掘り進めるのは構わないが、途中で硬化を掛けるのを忘れるな!」


 どうやら避難用の横穴を掘り進めていると、宝石の鉱脈にぶつかったようです。


「皆さん、盛り上がってますね」

「おぅ、魔物使いか。どうだ、何時ぐらいに通れるようになりそうなんだ?」

「そんなに簡単に排水できるような量じゃないですよ。まだ半日以上は掛かるでしょうから、ゆっくり採掘していて下さい」

「そうか……まぁ、良い暇つぶしも見つけたし、その程度で地上への道が開けるなら言うこと無しだ」


 これが何もやる事が無く、ただ待っているだけだったら、こんな反応にはならないでしょうが、待っている間も金儲けが出来るのだから文句はないのでしょう。

 こちらにも排水が終わったら知らせると伝えて、ヴォルザードのギルドへと戻りました。


 執務室には既にドノバンさんの姿は無く、クラウスさんが腕組みをして机の上の書類を眺めていました。


「ケントです、入ります」

「おぅ、ダンジョンはどんな具合だ?」

「三階層と四階層を繋ぐ回廊が崩れて、水が溜まっている状態です」

「全く通れないのか?」

「一番深いところは、僕の背丈の倍ぐらいですから通れませんね」

「そんなにか……」

「とりあえず、影の空間経由で排水を続けていますので、それが終わった時点で手を引こうかと思っていますが……どうでしょう?」

「あぁ、それで構わん。ダンジョンに潜る連中には、土属性の冒険者が多くいるはずだから、回廊の復旧は任せちまえ」


 クラウスさんが僕に手を引くように言うのは、復旧作業まで頼んでしまうと指名依頼になってしまい、高額の報酬を支払う必要に迫られるからでしょうね。


「流された冒険者がいないかだけでも、捜索した方が良くないですか?」

「いや大丈夫だろう。現に、回廊が崩れて塞がった下には冒険者が集まっているんだろう? おそらく、崩れて塞がったことで水が堰き止められ、そこから下にはたいした量は流れていないはずだ。上は三階層だし、流されたとしても戻れるだろう」


 三階層は、ダンジョンの中では浅い地域なので、それなりに経験を積んだ冒険者であれば、問題なく戻ってこられる程度の危険度だそうです。

 ただし、経験の浅い冒険者だと袋小路に追い詰められて、数の暴力によって命を落とすことはあるそうです。


「では、ダンジョンの方は、これで大丈夫ですね」

「あぁ、そう言えば、何か相談したい事があるとか言ってたな」

「はい、セラフィマ一行が来る前に、魔の森を抜ける街道の様子を確かめていて思い付いたのですが、ヴォルザードとラストックの間に街を作ろうかと思っています」

「そいつは、魔の森の真ん中に街を作ろうってことだな?」

「はい、そうです」


 魔の森の途中に街を作り、街道を整備して安心して往来が出来るようにするという僕のアイデアを聞いたクラウスさんは、腕組みをして考え込みました。

 いつもなら、打てば響くように答えが戻ってくるクラウスさんですが、今回は目を閉じたまま黙考を続けています。


 やがて目を開けたクラウスさんは、おもむろに話し始めました。


「考えとしては面白い、お前や眷属の力ならば実現も可能なのだろう。だが、その街は誰が治めるんだ? どこの国に属するんだ?」

「はい、その辺りを相談してから進めようと思っています。クラウスさんの言う通り、街を作るだけならば僕でも出来ますが、そこを治めていくとなると全く経験が足りません。それと、領土の問題もありますからね」

「ほぅ、少しは考えるようになったか」


 クラウスさんは、ニヤリと口元を緩めた後で、また厳しい表情を浮かべました。


「交易を盛んにして利益を生み出す事を考えるならば、魔の森を抜ける街道を整備して、それこそ今やっているイロスーン大森林のように安全に通れる道にすべきだろう。だが、もし戦争になったら……と考えると、簡単には賛成できねぇ」


 クラウスさんが心配するのは、ヴォルザードの立地条件の問題です。

 ヴォルザードは、リーゼンブルグと魔の森によって隔てられていますが、同時にマールブルグともリバレー峠で隔てられてしまっています。


 ヴォルザードの属しているランズヘルト共和国と、ラストックが属しているリーゼンブルグ王国を較べた場合、国力には大きな差はありません。

 ですが、リーゼンブルグが攻めて来た場合、最悪のケースではランズヘルト共和国の一地方であるヴォルザードだけで防衛戦を行わなければなりません。


 言うなれば、魔の森は天然の防衛線の役割を果たしているのですが、僕の思い付きは、その防衛力を削いでしまいます。

 それこそ、僕が生きている間は大丈夫でも、僕の死後はヴォルザードがリーゼンブルグに併呑されてしまう可能性があるのです。


「ヴォルザードの領主という立場で考えるならば、ハッキリ言って反対だ。街が出来て、往来が盛んになれば大きな儲けが出るようになるだろう。だが、その目先の儲けに釣られて、遠い将来の事をないがしろには出来ねぇ」

「そうですよねぇ……」

「領主の立場とか、くそ面倒臭いものを投げ捨てて一冒険者として考えるならば、ジャンジャンやっちまえ……って事になるんだがな」


 そう言ってクラウスさんの浮かべた笑みは、少し寂しそうな感じがしました。


「では……街だけ作って、道幅は今のままだったらどうですか?」

「ふむ……そうか、魔の森の脅威は残しておくってことか?」

「はい、有事の際には、ヴォルザード攻めの拠点として使われる心配はありますけど、魔の森を超える者にとっては安心して夜を明かす場所が出来るかと……」

「なるほど……」


 クラウスさんは一旦解いた腕を組み直し、右手を顎に当てて再び黙考を始めました。

 たぶん、防衛バランスと経済効果を天秤に掛けているのでしょう。


 最初はへの字に結ばれていたクラウスさんの口元が、徐々に緩んでニヤニヤとした笑みに変わっていきます。

 これは、何だか嫌な予感がしますね。


「よし、ケント。お前が領主になってみるか?」

「はいっ? 僕が治めるんですか?」

「そうだ、ランズヘルト共和国にもリーゼンブルグ王国にも属さない、お前が治める独立都市にするんだ」

「えぇぇぇ……それって、もしかして僕らをヴォルザードの盾に使おうって思ってるんじゃ……」

「ば、馬鹿言うな。俺は、お前に街の運営が出来るような男になってもらいたいと思ってだな」

「僕がリーゼンブルグに寝返ったら、どうします?」

「なっ、何言ってんだ、ベアトリーチェを嫁に出すんだぞ! そんな事が許されると思うなよ!」


 クラウスさんとしてみれば、魔の森に出来る街が中立都市になれば、ヴォルザードの防衛力も落ちないどころか、上手くすれば労せずに強化できると睨んだのでしょう。


「でも、僕はヴォルザードに根を下ろすつもりで家まで建てちゃってるんですけど……」

「あぁ、それなら心配するな。ちゃんとヴォルザードで活用してやるから、お前はお前の街に新しく家を建てろ」

「えぇぇぇ……」


 家の話をすれば風向きが変わるかと思いきや、乗っ取られそうになってますよ。

 ちゃっかりしていると言うのか、がめついと言うのか……ベアトリーチェも呆れ顔をしています。


「ケント様、私はケント様がリーゼンブルグに付くとおっしゃるならば、一緒に付いて参ります。いっそヴォルザードの性悪な領主など追い出してしまいましょう」

「性悪って……リーチェ、お前……」


 ベアトリーチェにディスられて、クラウスさんがショックを受けてますけど、フォローなんてしませんからね。


「領主の座は、アウグストお兄様と交代していただいて、さっさと隠居していただきましょう」

「何だと、隠居だと……そいつは良いな、悠々自適に……」

「あーっ! 駄目駄目リーチェ、クラウスさんには、まだまだ、まだまだ、まだまだ働いてもらわないと……」

「おいっ! どれだけ俺を扱き使うつもりだ!」

「そりゃもう、頭がシッカリしているうちは、這ってでも仕事していただかないと……ねぇ、リーチェ」

「はい、そうですね、ケント様」


 クラウスさんが顔を顰めていますけど、それこそ普段の行いのせいですからね。


「ふん……俺が這いつくばるより先に、馬鹿真面目なアウグストが代わりますと言い出すから心配なんかしてねぇよ」

「まぁ、そうなるでしょけど……カロリーナさんの魅力に負けて、ブライヒベルグに婿入りするとか言い出したりしないですかね」

「あー……無い無い、それは無いな。あの朴念仁に限っては、女の色香に惑わされて道を踏み外すなんてことはありえねぇよ」

「うーん……そうですかねぇ。お堅い人ほど耐性が少ないから……」

「やめろよな、ケント。アウグストに限っては大丈夫だと思うが、実際ずーっと真面目に生きて来た爺さんが、晩年に女に狂うとか珍しくねぇからな……」


 僕から見ても、堅物という言葉を体現しているようなアウグストさんなので、そんな間違いは起こさないとは思いますが、世の中何が起こるか分かりませんからね。

 それに、イロスーン大森林の通行が出来なくなっているので、アウグストさんは僕の助力が無いとヴォルザードに戻って来られませんからね。


「話を元に戻すぞ。道を現状のままにして、街を作るというアイデアは悪くねぇ。その上で、お前が治める独立した街にしちまえば、リーゼンブルグもランズヘルトも口は出せない」

「でも、クラウスさんは口出ししますよね?」

「当たり前だ。と言うか、お前もそれを望んでるんじゃないのか?」

「まぁ、そうです。いくら入れ物を作っても、中身が伴わないと街にはなりませんからね」

「そうだ。そこで最初に言っておくが、いきなり街としての体裁を整えようなんて考えるな」

「えっ、でも最初が肝心なんじゃ?」

「勿論、最初が肝心だが、街ってものは、ある日突然現れるものじゃねぇだろう。お前の場合は、いきなり街を作っちまう力があるが、普通の街は徐々に人が集まって街になっていくものだ」

「じゃあ、入れ物を作るのも駄目なんですかね?」

「そうだ。ケント、ヴォルザードの街がどんな作りになっているのか、良く思い出してみろ」

「ヴォルザードの作り……あっ!」


 魔の森の真ん中に街を作るとすれば、手本にするのは城塞都市であるヴォルザードです。

 そのヴォルザードは、最初に築かれた旧市街を元にして、周囲に新しい城壁を継ぎ足す形で広がっています。


「ヴォルザードは、元々はダンジョンの近くにあった街だが、溢れ出た魔物によって一度は壊滅している。今の街は、ダンジョンから魔物が溢れ出ても大丈夫な距離と城壁を備えて作られた旧市街が元になっているが、それとて最初からこんなに栄えていた訳じゃない」

「じゃあ、最初は塀を作るぐらいですかね?」

「そもそも、今はどんな状態になってるんだ?」


 護衛の百騎を含めて、セラフィマ一行が余裕を持って滞在できる広さと、屋根と壁だけの簡素な作りの建物があることを説明しました。


「確か、野営地は小川に接していたな?」

「はい、水は確保できる状況です」

「ならば、今ある野営地を堀と壁で囲って跳ね橋を掛けろ。塀の内部には取水口と排水溝を設けて、立て籠れるようにしろ」

「その後は……?」

「まずは、そこまでだ。後は、ここで商売をしたい者は、ヴォルザードのギルド経由で魔物使いに許可を取れと立札でも設置しておけ。そうすりゃ、酔狂な野郎が出てくるだろうから権利金を徴収するようにしていけば、徐々に街の形になっていくだろうぜ」

「なるほど……僕が全部作るんじゃないんですね」

「そういう事だ。街ってのは、人が集まって出来るものだ。人が集まれば、必ず揉め事が起こる。その揉め事をどうやって収めていくかで、その街の行く末が決まって行くんだぞ」


 街を作るにあたって、僕が一番危惧している事ですし、街の揉め事を現在進行形で処理し続けているクラウスさんの言葉だけに重みがあります。


「僕に揉め事の処理とか出来ますかね?」

「まぁ、無理だろうな……お前一人では。そうした街の揉め事ってのは、常に街の様子に目を光らせている人間がいないと丸くは収まらない。お前の場合、ヴォルザードどころかリーゼンブルグやバルシャニア、果ては異世界まで股に掛けて動き回ってるんだ。街の様子を把握し続けるなんて無理だろう」

「じゃあ、やっぱり街を作るのは難しいですね」

「何を言ってやがる。俺にはドノバンという右腕がいるのと同様に、お前には頼りになる眷属がいるじゃねぇか。まぁ、それでも眷属の連中が表に出ることは出来ないから、表の顔になる人物は必要だろうな」

「それって、ドノバンさんクラスの人材ってことですか?」

「まぁ、それが理想だが、そこまでの人物はそうそう見つからねぇだろう。お前の場合、街の様子は監視できるから、その情報を生かして街を公平に治める顔となる人物であれば良い」

「うーん、そう言われてもなぁ……」


 僕の脳裏に最初に浮かんだのは近藤の顔でしたが、能力的には良いとしても、年齢的に舐められそうな気がします。

 勿論、八木なんて論外ですけどね。


「荒事も、お前の眷属が代わってくれるだろうから、そこそこの人望のある者ならば何とかなるだろう。まぁ、ゆっくり考えて、人選が出来たら教えろ」

「野営地の管理人みたいな感じで考えれば良いですかね?」

「おぅ、そんな感じだ」


 街の土台となる形はイメージできましたが、問題は人選ですね。

 まぁ、慌てて始める必要はありませんし、じっくりと腰を据えて考えましょう。

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