第358話 護衛の女性騎士

 近藤達の居る野営地に戻って、街道の復旧を他の冒険者や雇い主に伝えると歓声が上がりました。

 中でも葉物野菜を馬車に満載していた雇い主さんからは、涙ながらに感謝されちゃいました。


 そりゃあ積荷が全滅するか否かの瀬戸際だったものね。

 二日ほど予定は遅れるけど、現在のマールブルグでは野菜類が品薄なので、何とか売り物にはなるそうです。


 野営をしていたグループは、そのままもう一晩ここで過ごすグループと、少しでも先に進もうとするグループに分かれました。

 次の集落まで進んでしまえば、夜明けと共にリバレー峠を上り、少し急げばその日のうちにマールブルグまで到着出来ます。


 一方、このまま野営を続ける側の中にも、明朝、というよりも夜半過ぎに出立をして明日中のマールブルグ到着を目論むグループがいるようです。

 近藤達の護衛している馬車は、四台の編成ということもあり、このまま野営して明朝出立しリバレー峠を下りた集落近くで野営、翌日のマールブルグ着の予定だそうです。


 荷馬車は、人だけを乗せている箱馬車よりも重量があるので、峠越えを急いで馬に負担を掛けたくないという判断だそうです。

 リバレー峠の開通を喜ぶ人達の中には、ギリクの姿もありました。


 薄汚れた外套に身を包んで、仏頂面でこちらを眺めていましたが、不意に踵を返すと野営地を出て集落の方向へと歩き去って行きました。

 たぶん、ペデルに言い付けられて情報を集めに来ていたのでしょう。


「近藤!」

「なんだ、国分」

「同行はここまでで、僕はラストックの復旧作業とか、セラフィマの出迎えに戻るからね」

「はっ? おいおい、峠のオーガの件はどうすんだよ」

「うん、もう片付いたから、大群で襲って来るような状況にはならないよ」


 オーガの群を殲滅して、ロックオーガ七頭を眷属に加えたと話すと、近藤に呆れられました。


「はぁ、分かっちゃいるけど、あくせく護衛やってるのが馬鹿らしくなってくるな」

「まぁまぁ、そう言わずに気を引き締めて頑張ってよ。三頭以上の群れは討伐するように言ってあるけど、二頭以下だと見逃してるからね。襲われないとは限らないよ」

「二頭ぐらいなら問題なく討伐出来るだろうが、不意を突かれると不味いよな」

「そうだよ、ばっちり護衛を務めて、がっちり稼いで」

「了解だ。臨時の宿舎とか助かったぜ、ありがとな」

「うん、じゃあ、また……」


 一応、ロレンサとパメラ、それと雇い主さんにも事情を話してからラストックへと移動しました。

 ラストックのそばを流れる川も水位が下がり、工事を行う者達が船で対岸へと渡り、作業に取り掛かり始めていました。


 ラストックから魔の森側へと渡る橋は、全体の三分の一が跳ね橋になっていて、残りの三分の二がラストック側と対岸から川の中の土台までの短い橋になっていました。

 この対岸側の土台の部分が流されて、一緒に短い橋も無くなっています。


 今はまだ、川岸に流れ付いた流木などを片付けているところで、本格的な作業には取り掛かれていないようです。

 工事を行っている現場には、完全武装の騎士の姿もあります。


 だらだらとした坂を上り、下った先は魔の森です。

 魔物の群れが襲ってくるかもしれない、という作業員の心配を払拭するのが騎士の役割なのでしょう。


 まぁ、魔の森には、いつもコボルト隊が巡回していますから、魔物の大きな群れは来ないんですけどね。

 それでも、監視の目を潜り抜けて、ギガウルフのハグレ個体なんかが来ないとも限りませんから、用心してもらった方が良いでしょう。


 影の中から復旧現場を見物していると、ラインハルトに尋ねられました。


『ケント様、こちらの復旧工事はいかがいたしますか?』

「うん、リバレー峠の方法と同じ感じで片付けようと思ってる」

『土台は、どうなされます?』

「岩山から切り出して来て、ドーンと設置して、余分な所は送還術で切り取っちゃおうと思ってる」

『なるほど、それならば然程時間は掛かりませんな』


 水位が下がっても川幅も水深もあるので、通常の方法では土台の修復には時間が掛かりそうです。

 この橋さえ越えてしまえば、ヴォルザードまでは二日で到着できます。


「それとも、セラフィマ一行をこちら側に送還しちゃって……」

『いやいや、ここはバルシャニアの一行が自らの足で行軍した方が宜しいでしょうな』

「そうだった、バルシャニア的には示威行動でもあるんだったね。そう言えば、ラストック市街地の浸水対策はどうするの?」

『水が溢れたと言っても、膝の高さにも届かない程度だったようなので、水路の周囲に胸ぐらいの高さの堤防を作ることにしました。駐屯地に渡る橋の部分は、止水板を落とせるようにしておきます』

「じゃあ、そっちは頼んじゃっていいかな?」

『無論です、お任せ下され』


 例によって、やり過ぎないか一抹の不安はありますが、コボルト隊と一緒に夜のうちに工事を進めるそうです。

 そちらはラインハルトに任せて、僕は石材の切り出しにダンジョン上の岩山へと出掛けました。


 土台となる石材は、幅10メートル、奥行き5メートル、高さは川底へ打ち込む分を考慮して15メートルほどにしておきました。

 あとは、対岸から土台までの橋板を切り出して、材料の準備は完了です。


 切り出した石材を影の空間へ収納して、ラストックへと戻りました。

 ラストックは日が傾き始めた頃で、まだ十分に明るい時間ですが、作業員達は撤収を始めていました。


 やはり、魔の森に接する場所ですし、橋が無い状況で魔物に襲われれば逃げ遅れると考えているのでしょう。

 ですが、早めに切り上げてもらった方が、僕としては作業がしやすいので助かります。


 まず最初に、影に潜った状態で、川底に硬化の魔術を掛けておきました。

 土台となる石材は、かなり深く打ち込む予定ですが、崩れないための予防措置です。


 続いて、土台となる石材のサイズに合わせて、川底を深さ8メートルほどまで送還術を使って掘り下げました。

 あとは、この穴を目掛けて石材を送還すれば、土台は完成です。


「ではでは、送還……うわぁ!」


 狙い通りに石材は掘り下げた穴に嵌ったのですが、高さが狙いとはズレていたようで、凄まじい地響きがしました。


「なんだ、あの石柱は! どこから現れた!」

「天変地異か! それとも魔物の仕業か!」


 橋の袂の詰所にいた騎士たちも飛び出して来て、突然現れた石柱を指差して騒いでいます。

 まぁ、騒いだところで川の真ん中なので、手の出しようがありません。


『ぶははは、騎士共が目を白黒させておりますぞ』

「本当は、音も無く静かに終わらせるつもりだったんだけどなぁ……」


 とりあえず、跳ね橋の高さに合わせて土台の不要な部分を再び送還術で切り取りました。

 高さは合わせたけど、橋板の設置場所は、跳ね橋を下ろしてもらわないと分かりません。


 橋の袂には、騒ぎを聞きつけて野次馬が集まり始めています。

 この状況で、顔を出すのは気が引けますが、詰所の騎士に声を掛けました。


「あのぉ……こんにちは」

「何か用か?」

「跳ね橋を下ろしてもらえませんか?」

「なんだと、橋を下ろせだと?」

「はい、対岸から、あの土台まで石材を渡そうと思っているんですが、橋が下りていないと長さの調節ができないので……」

「あれは、お前がやったと言うのか?」

「おい、よせ! 魔王様だぞ!」


 跳ね橋を下ろしてもらえるように声を掛けた騎士は、僕に向かって食って掛かってこようとしましたが、詰所にいたもう一人の騎士が慌てて止めました。


「なっ……魔王様?」

「はい、そんな風に呼ばれてますね」

「し、失礼いたしました! 直ちに橋を下ろします!」


 騎士達は、大慌てで巻き上げ機を操作して、跳ね橋を下ろし始めました。

 最初に声を掛けた騎士は、最近異動して来た騎士かもしれませんね。


 土台の場所は、元の土台があった場所ですから、問題なく跳ね橋を下ろすことができました。

 高さについても、まぁ問題ないでしょう。


「じゃあ、ちょっと向こう岸まで橋板を架けちゃうので、暫くこのままにしておいて」

「畏まりました!」


 橋板は、少し長めに作ってきたので、対岸の土を送還術で撤去しました。


「ゼータ、向こう岸に硬化の術を掛けて来て」

「お任せ下さい、主殿」


 ゼータ達が、嬉々として作業に向かい、すぐに終えて戻ってきました。

 それでは、橋板を設置しちゃいましょう。


「送還!」


 今度は水の中ではなかったし、じっくりと狙いをつけてから送還したので、殆ど音も立てずに設置を終えました。


『ケント様、橋板の固定はワシが片付けておきますぞ』

「うん、お願いね」


 跳ね橋と新たに設置した橋板の間も、殆ど隙間無く設置できましたし、固定もほどなく終わるでしょうから、明日からは問題なく通れるようになるでしょう。


「跳ね橋、上げちゃっていいですよ」

「あの、もう橋板の設置が終わったのですか?」

「はい、明日からは通常通りに運用して下さい」

「ありがとうございました」

「じゃあ、僕はセラフィマの所まで報告に行って来ます」


 闇の盾を出して影に潜り、セラフィマが滞在している部屋へと移動しました。

 ヴォルザードを目前にして足止めをされている状況に、さぞやヤキモキしているかと思いきや、護衛の女性騎士達と賑やかに談笑しています。


 どうやら、タブレットで送られてきた映像を見ているようですね。

 何を話しているのか、ちょっと聞いてまましょう。


「セラフィマ様、これはストームキャットでは……?」

「そうですよ。ネロというケント様の眷族です」

「あの、こちらに映っているのは?」

「サラマンダーのフラムだそうです。私もフラムには、まだ会っておりません」

「あの……本当に大丈夫なのでしょうか?」

「勿論です。ネロには一度背中に乗せてもらって、空の散歩を楽しんだのですよ」

「空を……ですか?」


 セラフィマが楽しそうに語るのを、四人の女性騎士はポカーンとした感じで聞いています。

 こちらの世界では、普通の人にとっては、空を飛ぶなんて信じられない話ですからね。


「セラ、入っても良いかな?」

「ケント様、勿論です、さぁどうぞ」


 全員から良く見える場所に闇の盾を出して部屋へ足を踏み入れると、女性騎士達は跪いて僕を迎えました。


「セラ、橋の修理は終わったから、明日には出発できるよ」

「ありがとうございます。でも、ランズヘルト国内でも被害が出ていたのでは?」

「うん、そっちも片付けたから大丈夫だよ」


 僕と眷族のみんなが終わらせた復旧作業について話すと、セラフィマを含めた全員が驚いていました。

 三頭のギガウルフと、三十三頭のコボルト隊がいると話すと、また驚かれてしまいました。


「ケント様、ちょうど良い機会なので、四人を紹介いたします。右からナターシャ、カチェリ、ルフィーナ、ネシュカです」


 四人とも、選りすぐりの女性騎士ですから、ただ立っているだけですが隙が無いと感じさせます。


「カチェリには、ユイカさんを担当してもらいます」

「よろしくお願いいたします、ケント様」


 カチェリは、栗色の髪を後で束ねた小柄な女性で、俊敏な感じがします。


「こちらこそ、よろしくお願いします。唯香は光属性の強い魔術が使えますが、僕と同じ世界から召喚されてきたので、家族とは離れて暮らしています。今はヴォルザードの皆が支えてくれていますが、心細いと感じることもあると思うので、支えになってあげて下さい」

「かしこまりました」

「ルフィーナには、マノンさんを担当してもらいます」

「最善を尽くします、ケント様」


 ルフィーナは緑色のクセの強い髪で、一見するとソバージュっぽく見えます。

 ガッシリとした体格の持ち主で、意思の強そうな顔つきです。


「マノンは、ヴォルザードの一般市民の家庭の出身で、今は唯香と一緒に守備隊の診療所で働いています。水属性の治癒魔術の腕も上がってきているし、診療所での治療の割り振りとかもやっているみたいで、だいぶ積極的になってきているけど、少し大人しい性格なので、フォローしてあげて下さい」

「かしこまりました」


 力強く頷くルフィーナの表情には、マノンを侮るような色は見受けられませんでした。


「ネシュカには、ベアトリーチェさんを担当してもらいます」

「この身に代えても御守りいたします」


 ネシュカは青い髪をベリーショートに整えた長身の女性で、鋭いイメージを受けます。


「ベアトリーチェは、ヴォルザードの領主クラウスさんの次女で、僕の秘書をやってもらっています。僕が丸投げしちゃっている各方面との折衝や、報酬の回収などをお願いしているので、事務仕事が多いと思いますが、よろしくお願いします」

「かしこまりました」

「それと、ベアトリーチェは守ってもらいたいけど、だからと言ってネシュカさんが傷付いても良いという訳じゃないからね。原則、二人とも無事でいられるように心掛けて下さい」

「はい、胆に銘じます」


 戦略家といった感じもしますけど、案外こういうタイプがポンコツだったり……しないか、選りすぐりだもんね。

 最後の一人、ナターシャには見覚えがあります。


 確か、初めてセラフィマの寝室に忍び込んで、手紙を置いていこうとして気付かれた時、最初に駆けつけてきた騎士です。

 金髪のショートヘアーで、他の三人よりも年上に見えます。


「ナターシャには、私を担当してもらいます」

「お任せ下さい、セラフィマ様、ケント様」


 セラフィマとの間にも、絶対的な信頼感のようなものを感じます。

 たぶん二人とも、ささやか系の体型が……うひぃ、ギロンって睨まれました。


「ケント様、私に何かご不満でも?」

「と、とんでもないです……セラフィマは、バルシャニアを離れて僕の下へと嫁いで来てくれます。勿論、寂しい思いをさせないように頑張るけど、僕だけでは補いきれないこともあると思います。ぜひ、近くにいて支えになって上げて下さい」

「はい、これまで以上に、全力で支えさせていただきます」


 四人の女性騎士に、揃って騎士の敬礼を捧げられました。

 僕も敬礼を返したのですが、今いち決まっていない感じがしますよね。


「セラ、ヴォルザードには明日の朝に出発するのかな?」

「はい、そのつもりでいます」

「では、出発の準備もあるだろうから、そろそろ失礼するけど……その前に一言。長く敵対を続けてきたリーゼンブルグを渡る旅、本当にお疲れ様でした。セラフィマの輿入れを機会にして、これからは平和で友好的な時代が長く続くようにしていきたいと思っています。そのために、皆さんの力を貸して下さい」


 僕が深く頭を下げると四人は驚いた表情を見せ、セラフィマは少し涙ぐんでいます。


「それと皆さんは国を離れる決意をして、今ここにいらっしゃると思いますが、国に帰りたいと思ったら何時でも言って下さい」

「いいえ、我々四人は、ヴォルザードに骨を埋める覚悟でおります。お気遣いは無用に願います」


 ナターシャの言葉に、他の三人も力強く頷いて見せました。


「うーん……そうじゃなくてね、僕は送還術を使えるから、必要とあれば皆さんを一瞬でバルシャニアに送り届けることが出来るんだ。これから皆さんに警護してもらう唯香、マノン、ベアトリーチェの三人にも、いずれバルシャニアの風景を見せてあげたいと思っている」

「それは、ヴォルザードの使節団として行かれるのですね?」

「ううん、そうじゃないよ。僕が暮らしていた世界では、知らない外国に旅をするのは珍しいことじゃなくて、娯楽として多くの人が楽しんでいるんだ。いずれ、こちらの世界でも隣の国や、もっと遠くの国まで旅をすることが珍しくなくなる時代が来るはず」


 長い連休の度に、多くの人が海外旅行を楽しんでいる日本の話をすると、セラフィマを含めた全員が目を丸くしていました。


「海を越えて旅をするのですか?」

「そうだよ、こちらの世界でも交通機関が発達すれば、当たり前のことになると思うよ。だって、見てみたいでしょ? 海の向こうに、どんな国があるのか」


 セラフィマは、目を輝かせて頷いてみせました。


「僕らの娯楽のついでになってしまうのは申し訳ないけど、バルシャニアに行く時には、皆さんの故郷の風景を見せて下さい。皆さんの家族、友人、知人を僕らに紹介して下さい」


 四人の女性騎士は、信じられないといった面持ちで顔を見合わせた後で、大きく頷きました。


「はい! 喜んで!」


 セラフィマに付き従ってヴォルザードに来ることは、彼女たちにとっては栄誉なことなのでしょうが、二度と故郷の地を踏めないのでは寂しすぎるからね。

 日本から強制的に召喚され、一時は二度と帰れないと覚悟した僕だからこそ、彼女たちの気持ちを思いやらないと駄目だよね。


 ではでは、僕はセラフィマたちの魔の森横断の準備を整えましょうかね。

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