第357話 新しい眷属

 リバレー峠の麓では稜線に日が沈み、すでに家々に明かりが灯されています。

 集落ではオーガの群れの接近には気付いていないようで、のんびりとした空気が漂っていました。


 オーガの群れは、集落から3キロほどの距離に迫って来ていました。

 特別に急いで歩いている感じではありませんが、身体の大きなオーガは当然歩幅も広いので、僕が小走りするよりも速く進んでいます。


「このまま集落に突っ込まれると、たぶん多くの犠牲者が出そうだね。ここは僕らが討伐しちゃおうか」

『ぶははは、お任せくだされケント様。この程度の群れなど、このワシが蹴散らしてくれますぞ』

「主様、斬りますね」

「まだだよ、まだ!」


 オーガの討伐を決めた途端、ラインハルトとサヘルが今にも飛び出して行きそうです。

 ラインハルトは愛剣グラムに素振りをくれていますし、サヘルはクルルゥゥゥと喉を鳴らして足踏みしています。


「オーガの群れは討伐するけど、ロックオーガは、フレッドが仕留めてくれる?」

『ぬぉぉ、なぜですかケント様。なぜワシらではなくフレッドなのです?』

「主様、残念です……」

『ケント様……眷族にするつもり……?』

「うん、イロスーン大森林の対応とかを考えると、少し手勢を増やしておいた方が良いかと思ってね」

『了解……なるべく損傷を少なくして仕留める……』

「残りのオーガは、ラインハルト、バステン、サヘル、頼んだよ?」

『ぶははは、無論ですぞ』

『お任せ下さい、ケント様』

「主様、斬っても……」

「いいよ。ただし、怪我しないで帰って来るんだよ」


 頭を撫でてあげると、サヘルはクルルゥゥゥと一際高く喉を鳴らしました。


「では、やっちゃって!」


 影の空間から三体のスケルトンと一体のサンドリザードマンが飛び出して行きます。

 オーガ達にとっては、悪夢のような夜の始まりです。


 先陣を切ったのは、フレッドでした。

 とは言っても、派手な衝突音や打撃音などは一切聞こえてきません。


 五十頭を越えるオーガの群れの中をヒラリヒラリと泳ぐように擦り抜けて行きましたが、フレッドの存在に気付いたものは殆ど居なかったでしょう。

 僕は闇属性の持ち主なので夜目が利きますし、身体強化まで使って動きを追っていたのですが、漆黒の双剣レーヴァティンとダーインスレイヴの閃きは見切れませんでした。


 フレッドが擦り抜けた後、群れの中から一頭また一頭と遅れだしたのは、いずれもロックオーガでした。

 ロックオーガどもは不審そうな表情を浮かべていますが、その首筋からは鮮血が噴き出しています。


「ウボォ……?」


 たぶん、斬られたことにすら気付かなかったのでしょう。

 左の首筋を押さえながら、一頭また一頭と膝を折り、崩れ落ちていきました。


「ウバァ!」

「ウボゥ……?」


 群れを統率していたロックオーガが次々と倒れ、ようやく他のオーガ達も異変に気付いて足を止めました。


『ぶははは、いくぞぉ、バステン、サヘル!』

『承知!』

「クルルルウゥゥゥゥゥ!」


 ラインハルト、バステン、サヘルが戦場に躍り込むと、そこから先は一方的な殺戮でしかありませんでした。


『ぬぉぉ! ぬるい、ぬるすぎるぞ!』


 ラインハルトが漆黒の大剣グラムを振り抜くと、三頭のオーガの膝から下が消失し、返しの一撃で肩から上が消失しました。

 血振りをくれた愛剣グラムを影の空間へと放り込むと、ラインハルトは豪腕を振るい始めます。


 大振りの右フックは、ガードした左腕ごとオーガの頭を吹き飛ばしました。

 手四つの体制で力比べを挑んできたオーガの両手を握り潰し、頭突き一発で頭蓋骨を粉砕。

 次なる獲物を求めて雄たけびを上げています。


「ウボォアァァァァ!」

『しゃーっ! しゃしゃしゃしゃ、しゃぁぁぁぁぁ!』


 バステンを取り囲み押し包もうとしていたオーガ達は、愛槍ゲイボルグの連撃の餌食となりました。

 ボッ、ボッ……っと破裂音を残して、オーガの身体には直径10センチぐらいありそうな穴が開いて蜂の巣にされていきます。


 あれって、もしかして槍の先端が音速を超えて衝撃波が生まれているとか?

 てか、全く槍の動きが見えません。


「クルルルウゥゥゥゥゥ!」


 喉鳴りの音も高く、サヘルは褐色の身体を闇に躍らせました。

 オーガに較べれば細く小さく感じる身体は、まるで全身がバネのように躍動しています。


 サヘルの細身のククリナイフが閃く度に、まるで小枝でも払うように、オーガの屈強な手足が切断されていきます。

 返り血を浴びながら、舞い踊るようにオーガを斬り刻む姿は、殺戮乙女といった感じです。


『サヘル以外のは……角の回収は難しそう……』

「あー……まぁ、しょうがないね」


 いつの間にか戻って来ていたフレッドに言われて気付いたけど、ラインハルトやバステンの一撃は、オーガ達の頭を吹き飛ばしちゃってます。

 オーガの角は素材として売れるんだけど……まぁ、回収は無理でしょうね。


『ペデル辺りが見たら……また反感を買いそう……』

「まぁ、そうだよねぇ……」


 普通の冒険者にしてみれば、魔物の討伐は魔石以外の素材も回収するためであり、オーガの相手はそれこそ命賭けです。

 素材の回収も考えない討伐とか、知られたら反感を買うかもしれませんね。


 五十頭を超えていたオーガの群れでしたが、全ての討伐を終えるまで三十分も掛かりませんでした。

 返り血まみれのラインハルトとサヘルは、水属性の魔術で作った水を浴びせて洗い流しました。


「主様、斬りました」

「はいはい、ちゃんと怪我しないで戻ってきたね。偉いよ、サヘル」


 返り血は流したけど、水浸しのサヘルの頭をタオルで拭いてあげると、くーくーと上機嫌に喉を鳴らしています。

 今日は満足するまで戦えたようですね。


 全部で五十四頭のオーガの内、ロックオーガは七頭。

 ロックオーガの死体は影の空間に保管し、フレッドが魔石と素材の回収を終えたオーガの死体は、土属性魔術で掘った穴に放り込み、火属性魔術の火球を投入して焼却した後に土を掛けて硬化させ、アンデッド化を防ぎました。


 かなり大きな群れでしたし、リバレー峠のオーガ騒動はこれで片付きそうな気もしますが、念のためにコボルト隊に巡回してもらい、魔物の密度を調べておくことにしました。

 ロックオーガの眷族化は後回しにして、一旦ヴォルザードの迎賓館に戻ります。


 オーガの討伐が早く片付いたので、どうにか夕食の時間に間に合いました。


「おかえりなさい、健人」

「おかえり、ケント」

「おかえりなさいませ、ケント様」

「ただいま、夕食に間に合って良かったよ」


 唯香、マノン、ベアトリーチェとハグを交わしてから、食卓につきました。

 今夜は護衛をしてるみんなに、差し入れ無しだけど勘弁してもらいましょう。


「健人、豪雨の被害が酷いんだって?」

「うん、あちこちで道が寸断されていて、まだ全部は復旧できていないんだ」

「犠牲者も出ているの?」

「うーん……正直、そこまで把握出来ていないんだけど、集落とか野営地が流されたといった話は聞いていない」

「ケントと眷属が頑張っても復旧しきれていないんだ」

「うん、土砂が崩れてきただけでなくて、路面自体が流されてしまってる場所も複数あるんだ」

「そんなに酷かったんだ」


 リバレー峠や、街道の現状を話して聞かせると、マノンだけでなく唯香やベアトリーチェも表情を曇らせていました。


「ケント様、リバレー峠の復旧には、あと何日ぐらい掛かりそうですか?」


 特にベアトリーチェは、普段クラウスさんと一緒に仕事をしているので、マールブルグの現状を良く理解している分だけ心配なのでしょう。

 マールブルグにも食料の備蓄はあるでしょうが、鉱山が主な産業で食料の自給率は低いと聞いています。


 数日程度で食料不足が起るとも思えませんが、長期間リバレー峠が通れなかったら不足する品物も出てくるでしょう。


「大丈夫、順調に行けば明日には通れるようになるはずだよ」

「本当ですか。それならば、マールブルグが困窮しないで済みますね」

「うん、マールブルグまでの街道を復旧させたら、ラストックの橋も直さないといけないからね」

「ヒルトが知らせてまいりました。セラフィマさんの到着が数日遅れるのは残念ですが、自然には敵いませんからね」


 どうやら、ベアトリーチェたちの所には、既にヒルトを通じて連絡が届いていたようです。

 セラフィマが滞在している部屋が、唯香の暮していた部屋だと知らせたら、苦笑いを浮かべていました。


 唯香にとっては、余り良い思い出が無いのかもしれませんが、僕にとっては思い出深い部屋です。

 お風呂上りでノーガードの唯香の至高のふにゅんふにゅんが……。


「健人、何を考えているのかな?」

「ひゃい? い、いや、疚しいことなんて何も考えてないよ」

「お風呂覗きに行っちゃ駄目だからね」

「そ、そんな事は考えてないよ」


 数日遅れるけれど、もうすぐセラフィマもヴォルザードに到着するし、マイホームが出来れば広いお風呂場で、みんなと一緒に……。


「ケントのエッチ……」

「ぐはっ、ごめんなさい」


 唯香もマノンも勘が鋭いのか、それとも僕が表情に出過ぎているのか……突っ込みが厳しいです。

 迎賓館を間借りして一緒に暮らし始めたけれど、みんなとの関係を進めるのは、セラフィマが来て、正式に届出をしてからと決めてあります。


 決めてはあるけれど、ちょっと、ちょーっとぐらいは良いんじゃないのかなぁ……。


 明日も復旧作業に忙しい一日になりそうなので、早めに休む前に、本日最後の仕事を終らせるために、魔の森の訓練場まで移動してきました。

 訓練場には、既に七体のロックオーガの死体が並べられています。


 眷族を増やすのは、サヘル以来になりますが、ロックオーガ七頭でもいけそうな気がしています。

 深呼吸をして気持ちを整え、ロックオーガ達と魔力的な繋がりを意識しながら呼び掛けました。


「僕の眷族として活躍してくれるかな? ぐぅ……」


 やはり、一日復旧作業をした最後に、七頭まとめての眷族化は負担が大きかったようです。

 ゴッソリと魔力を持っていかれて、少し頭がクラっとして膝をつきそうになりました。


 膝に手を当てて、何とか持ちこたえていると、ロックオーガ達が起き上がり、顔を見合わせた後で僕の前に跪きました。


「僕の眷族になってくれる?」

「ウボォ……」


 一番身体の大きなロックオーガが、一つ頷いた後で僕を見詰めています。

 生前よりも、瞳の中に理性の色が濃くなっているように見えました。 

 

 続いての強化作業には、討伐したオーガの魔石を一頭あたり六個ずつ使います。

 ロックオーガは、身長3メートルほどのゴリマッチョな巨体で、いかにも鬼というイメージです。


 強化するにあたって、頑強かつ俊敏な武者をイメージしました。

 ラインハルト達が西洋の騎士ならば、日本の侍という感じです。


「じゃあ、強化するよ……」


 魔石の取り込みを始めさせ、僕から魔力と共にイメージを送り込むと、黒い靄がロックオーガ達を包み込んでいきます。

 激しく紫電が走り、魔の森に雷鳴が轟きました。


「ぐぅ、ちょっとキツい……」


 意識が飛びそうになるのを歯を食いしばって耐え、一際大きな雷鳴と共に黒い靄が爆散するのを見守りました。

 現れたのは、更に鮮やかな朱色の肌を持つ、細マッチョのオーガでした。


 縮れていた褐色の髪は、束ねられた黒髪に変わり、アスリートのような鍛えあげられた上半身、下半身は黒い袴姿です。


 携えている武器は、漆黒の大長巻で、刃渡りは2メートル近くありそうです。

 ていうか、ちょっとイケメンにしすぎたかな。


「じゃあ、名前を付けるよ。君はイッキ、順番にニキ、サンキ、ヨキ、ゴキ、ムツキ、ナツキだよ」

「はっ! 素晴らしき身体と武器をありがとうございます。我等一同、粉骨砕身、全身全霊を賭けてお仕えするとお誓い申しあげます」

「よろしく頼むね、イッキ」

「はい、若様」

「おっと、若様と来たか……」


 今は年齢的には違和感ないけれど、これで僕が年齢を重ねていったら、いつまでも若様じゃ、ちょっと恥かしいよね。


「その場合には、殿か、上様、あるいは大御所様とお呼びいたします」

「うん、それはまだ先でいいや……」

「御意……」


 ちょっと、侍のイメージが強すぎたかな。


『これはこれは、なかなかの強者に仕上がったようですな』

「一手、お相手をお願い出来ますかな?」

『ぶははは、断わる理由など無いですぞ』

「では……」

「はいはい、ラインハルトもイッキも、得物は無し、身体が壊れない程度にしてよね」


 全く、どうしてこう体育会系の脳筋連中は拳で語り合いたがるのかねぇ……。

 10メートルほどの距離を取って向かい合ったラインハルトとイッキは、目線を交わして頷き合うと、猛烈な勢いで踏み込んで行きました。


 片やメタリックなスケルトン、片や朱色のロックオーガ、ぶつかり合う音はトラックが衝突事故でも起こしたかのようです。

 イッキもロックオーガからは、かなり強化を加えたはずですが、それでも強化に強化を重ねてきたラインハルトの方が一日の長があるようです。


「そこまで!」


 ラインハルトのボディーブローを食らって、イッキが膝を付いたところで勝負を止めました。


「どうかな? ラインハルト」

『通常のロックオーガとは較べものになりませんが、それでも、まだまだですな』

「無念、某どもは修行が足りませぬな」


 イッキ達には、リバレー峠を巡回してもらいます。

 三頭以上のオーガやオークの群れ、十頭以上のゴブリンやコボルトの群れを発見したら討伐して、手に入れた魔石で自己強化を重ねてもらいます。


「いずれまた、お手合わせをお願い仕る」

『どれほど強くなるか、楽しみにしておるぞ』


 リバレー峠の安全は確保されそうだけど、また規格外の眷属が出来上がりそうですね。

 イッキ達の眷族化と強化を終え、もう起きているのも限界なので、近藤達のバックアップは、フレッドとバステンに頼んで迎賓館に戻りました。


 一昨日のオーガの討伐を見ても、他の冒険者もいますから、余程に大きな群れで襲ってこない限りは、問題は無いはずです。

 ベッドに横になった途端、スイッチを切るように眠りが訪れました。


 翌朝は、早めの朝食を済ませたら、リバレー峠の復旧作業に取り掛かりました。

 路盤が無くなってしまっている四ヶ所の復旧だけで、お昼近くまで掛かってしまいましたが、その頃には残しておいた土砂崩れの現場を集まった冒険者達が、何とか馬車が通れるように復旧させていました。


 土砂をどかした斜面に硬化の魔術も掛けているようですし、問題は無さそうですが、念のためゼータ達に影の中から硬化を追加させておきました。

 これで残っているのは、川が溢れて道が流された場所だけです。


 一旦ヴォルザードに戻って、クラウスさん、ベアトリーチェ、アンジェお姉ちゃんと昼食を食べながら一連の経過を報告しました。


「俺の予想以上に被害は大きかったみたいだな」

「はい。ですが、あとは川沿いの街道だけですから」

「そいつも今日中に片付くのか?」

「ええ、もう水も引いたそうですから、眷族に手伝ってもらって一気に修復しちゃいます」

「今回は緊急だったから仕方ないが、一箇所二箇所程度の崖崩れの場合は手を出すんじゃねぇぞ」

「はい、分かってます。ですから、イロスーン大森林の工事には手を出してませんよ」


 たぶん、イロスーン大森林が通れる状態だったら、リバレー峠の復旧工事を進めた件で、クラウスさんから大目玉をもらっていたでしょう。

 状況が状況だけに怒られませんでしたが、良い顔もされてませんね。


「ノルベルトの爺ぃには釘を刺しておかないと駄目だな。リバレー峠はマールブルグの領地だ。今後、大きな災害があった時の復旧に関しては、何らかの取り決めをしておかないと、良いように使われちまうぞ」

「そうですね、折を見て交渉してみます。まぁ、今回のは広告宣伝費にしますよ」


 昼食を終えたらギルドから影に潜り、道が流された現場へ移動してみると、こちらでも集まった人達が復旧作業を進めていました。

 とは言っても、土木工事規模で土属性の魔術を使える人は限られているので、50メートルほど決壊した場所は、両側から5メートルずつ、合計10メートルほど復旧しただけです。


「よーし、コボルト隊、それにゼータ達、やっておしまい!」

「わふぅぅぅぅぅ!」


 突然聞こえてきた、コボルト達の遠吠えに驚いて、作業をしていた人達は手を止めて固まっています。

 次の瞬間、流されて無くなっていた場所が、みるみるうちに盛り上がり、元の堤防状の街道へと姿を変えました。


「なんだこりゃ! どうなってんだ!」

「嘘だろう……夢でも見てるのか?」


 コボルト隊もゼータ達も、作業は影の中から行ったので、集まった人は誰の仕業かも分かっていないはずです。

 これにて、街道の復旧作業は完了です。

 さてさて、近藤達に出発できるようになったと伝えに行きますかね。

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