第356話 再び始まる多忙な日々
昨夜は雨に加えて風も強まり、煽られて天幕が潰れてしまった一行もいたようです。
夜明けを迎える頃には雨も小降りになったものの、道の状況が悪いようです。
「近藤、次の集落の手前で、道が水に浸かってるらしい」
「マジか、結構強く降ってたからな」
「ちょっと状況を確かめて来るから、ここで待機してて」
「分かった、みんなにも伝えておくよ」
先行しているフレッドの所へ移動すると、川沿いの低い土地が水に沈んでいました。
堤防の役目も果たしていた川沿いの道は、大きく曲がった所で崩れて川が溢れています。
「うわぁ、これは酷い……」
「川の水位が下がらないと……復旧は難しい……」
道が寸断されてしまった場所には、次の集落の住民と思われる人々が、様子を確かめていました。
「ゼータ、これ以上くずれないように、道の端の部分を硬化させておいて」
「かしこまりました」
サルト、シルト、セルトに監視を頼み、野営地に戻ろうかと思っていたら、更に先行していたバステンが報告に来ました。
『ケント様、リバレー峠でも、あちこちで道が崩れています。いかがいたしますか?』
「うーん……現状でリバレー峠が通れなくなると、マールブルグが困窮しちゃうよね?」
『そうですね。イロスーン大森林が通れませんので、物資の輸送はリバレー峠を通る街道に依存しています。マールブルグは山間の土地なので、穀物の多くを輸入に頼っていますから、峠の通行止めが長期に渡ると、市民生活に影響が出ると思われます』
「分かった、一旦野営地に戻って、近藤達に事情を話してから復旧作業に取り掛かろう」
野営地に戻ると近藤達の周囲には、他の馬車を護衛している冒険者や雇い主が集まっていました。
みんな道の状況を知ろうとしているようです。
「水に浸かっているって、深さはどの程度なんだ?」
「今日中に水は引きそうなのか?」
「詳しい話は分からない。今、国分が見に行ってるから戻るまで待ってくれ」
マールブルグに向かう馬車の中には、白菜に似た葉物野菜を積んでいる馬車もあるので、到着までの日にちによっては商品が駄目になる可能性もあります。
馬車に満載したものが全部駄目になってしまったら、大きな損害になるでしょうから、目の色が変わっています。
闇の盾を出して表に出ながら手を叩いて、集まった人達の注意を引き付けました。
「はいはい、この先の道の状況が知りたい方、集まって下さい」
「おっ、魔物使いだ。いつになったら通れるようになる?」
「浸水って、どの程度なんだ?」
「あーっ! 質問は後! 後ろの人にも聞こえるように、ちょっと静かにして!」
血相を変えて詰め寄って来た人達を両手を大きく広げて制して、静かになったところで話し始めました。
「次の集落へ向かう道は。途中で大きく曲がる所で崩れて、川が溢れている状態です」
「そんな……それじゃ、いつ通れるようになるのか分からないじゃないか!」
「はいはい、まだ続きがあるから静かにして、騒ぐなら情報あげないよ!」
道が崩れていると聞いて騒ぎ始めた人達も、情報の提供を打ち切ると言うと口を閉じてこちらを注目しました。
「リバレー峠でも、かなりの量の雨が降ったようで、何ヶ所にも渡って崖崩れが起きていて、現状では全く通れません。これから復旧作業に手を貸そうと思っているけど、川が溢れている所や、水が流れている崖では、水位が落ち着くまでは作業は出来ないでしょう」
「おおまかな目途も立たないのか?」
「いくら僕でも川の水位までは自由には出来ないので、なんとも言えませんね」
「そんなぁ……このままじゃ積み荷が全部腐っちまうぞ」
雇い主と思われる中年の男性は、頭を抱えて座り込みました。
「とりあえず、道の復旧状況は随時お知らせするようにします。現時点でお知らせ出来ることは以上です」
いくつか復旧に関する質問をされましたが、水位次第なので答えようがありませんでした。
冒険者達を解散させてから、近藤達の所へと戻りました。
「国分、おつかれ。で、実際どうなんだ?」
「うーん……結構厳しい。水さえ引けば、僕の眷属も動員して復旧作業を進めるつもりだけど、堤防代りの道が50メートルぐらい崩れて、川が溢れている状態なんだよね」
「マジか……まぁ、あの状態だからな」
野営地の近くを流れている川も、昨夜に較べて更に水位が上がっていて、川原の野営地は完全に沈んでいます。
あと1メートルぐらい水位が上がれば、道を超えてこちら側まで流れ込んで来そうです。
「護衛してきた馬車はどうするって?」
「とりあえず待機だけど、馬の分を含めて食料が足りなくなりそうだから、後で集落まで買い出しに行くって言ってた」
「そうか、まぁ、状況が変わったら随時知らせるようにするよ」
「あぁ、こうなっちまうと、俺達じゃどうにもならないから、国分頼みだな」
「じゃあ、僕は復旧作業に動くから、こっちはみんなで頑張って」
「おぅ、それが俺らの仕事だからな」
リバレー峠の崖崩れの状況見に行こうと影に潜ると、ヒルトが待っていました。
「わふぅ、ご主人様、セラが困ってる」
「えっ、セラフィマが? 何があったの?」
「ラストックの橋が壊れちゃった」
「分かった、ちょっと見に行こうか」
どうやら、大量の雨が降ったのは、こちらだけではなかったようです。
ヒルトと一緒に移動すると、ラストックから魔の森へと向かう跳ね橋の土台が流されていました。
雨で川が増水して、流れてきた流木の直撃でも食らったのでしょう。
幸い、跳ね橋自体は壊れていませんが、流された土台は川の向こう側なので、作業する為に近付くことが出来ません。
「わぅ、ご主人様、街にも水が来たみたい」
「もしかして、駐屯地の堀から溢れたのかな?」
ラストックの街へと移動すると、やはり堀の近くで水が溢れたようです。
魔物の大群が押し寄せて来た時に、駐屯地を砦に出来るよう整備したのですが、どうやら水害という意味では裏目に出てしまっているようです。
「うーん……これはちょっと改良が必要かな」
『そうですな。ワシも水害にまでは頭が回っておりませんでした』
コボルト隊と嬉々として駐屯地を要塞化したラインハルトとしても、これは予想外の事態だったようです。
「土地を嵩上げするのは難しいだろうから、堤防を築くしか無さそうだね」
『こちらも、水の流れが収まり次第、復旧と改善をいたしましょう』
セラフィマの所へ移動すると、ラストックの駐屯地の一室で護衛騎士の隊長と今後の対応について話し合っていました。
てか、ここって唯香が使っていた部屋だよね。
「セラ、入ってもいいかな?」
「ケント様、勿論です」
「こんにちは、エラストさん。橋の土台が流されたみたいですね」
「はい、先程状況を確認して、セラフィマ様にご報告しているところでした」
「向こう岸の土台が流されているから、今すぐ作業するのは難しそうだね」
「はい、リーゼンブルグの方とも話し合いましたが、船で渡るにしても、川の流れが収まるまでは難しいという話でした」
「そうだね、まだ川の流れが激しいし、復旧作業は明日以降だろうね」
復旧作業が長引きそうだと感じたのか、セラフィマは少し残念そうな表情を浮かべています。
「セラ。ここまで来ちゃえば、ヴォルザードまではあと二日だよ。たぶん、魔の森の中の道もぬかるんでいると思うし、少し天候が回復するまでの辛抱だよ」
「はい、分かっているのですが、あと少しだと思うと、余計に心が急いてしまいます」
隣に腰を下ろして、そっと抱き寄せると、セラフィマは僕の肩に頭を預けてきました。
帝都グリャーエフを出発し、バルシャニアを横断し、ダビーラ砂漠を超え、更にはこれまで敵対してきたリーゼンブルグも横断する長旅です。
気丈に振る舞っていても、心細いと感じたことは、一度や二度ではないでしょう。
ヴォルザードに着いたら、唯香やマノン、ベアトリーチェや眷属のみんなと一緒に暖かく迎えてあげましょう。
「大丈夫、僕もヴォルザードも逃げたりしないからね」
「はい、あと数日が待ち遠しいですが、大人しく待っています」
セラフィマの頬に、そっとキスしてから影に潜りました。
あっちも復旧作業、こっちも復旧作業、やっぱり忙しい日々が戻ってきたようですね。
『さて、ケント様。どこから手を付けてまいりますかな?』
「そうだね、峠の上から下りて来るっていうのはどうだろう。上の方が早く水が流れきって、作業が出来るようになると思うんだよね」
『なるほど、では状況を確かめにまいりますか?』
先行していたバステンに案内を頼んで、リバレー峠の崖崩れの現場に向かいましたが、こちらも酷い状況です。
単純に崩れた土砂が道を塞いでいるのなら、送還術でゴッソリ移動させて、後の斜面を硬化させれば済みますが、路盤自体が崩れている場所もありました。
『これは、尾根に降った雨が沢筋に集まり、一気に流れ下って道まで押し流したのでしょう』
「これは、橋を架けちゃった方が早そうに見えるね」
幅20メートルぐらい路盤が無くなり、その中間辺りを小さな滝のように水が流れ下っています。
普通に土で埋め戻しても、また大雨が降れば崩れそうです。
影移動を繰り返してリバレー峠の状況を見て回ると、路盤が無くなってしまっている場所が五ヶ所。
崩れた土砂に埋もれている場所は、大小合わせて十三ヶ所もありました。
「よし、予定変更。まずは土砂で埋まった場所から片付けていこう」
コボルト隊とゼータ達を招集し、予め影の中から土砂を退かした後に残る部分を硬化させてもらいます。
硬化の作業が終わった時点で、僕が送還術を使って一気に土砂を撤去します。
「みんな、よろしく頼むね!」
「お任せ下さい、主殿」
「わふぅ、御主人様、終わったら撫でて!」
「うちも、うちはお腹撫でて!」
「はいはい、終わったらね」
硬化と送還術の組み合わせによる復旧作業は、それこそあっと言う間に終わる感じです。
直後にコボルト隊とゼータ達が一気に硬化させ、送還は一瞬で終わるので、一箇所復旧させるのに十分と掛かりません。
「おぉ、これは日本の重機を使った復旧作業よりも圧倒的だな」
『ケント様……道が削れた場所は……?』
「うん、あっちは材料を揃えてかな」
『材料……?』
「後でダンジョンまで行ってこよう」
『ダンジョン……?』
ダンジョンまで行く理由は、ダンジョンの上にある岩山です。
岩山から召喚術を使って、石材を切り出すつもりです。
峠の頂上から下に向かって復旧作業を進めて行くと、一番下の崖崩れの手前には何台も馬車が止まっていました。
峠の手前の集落から、この現場までの間は崩れた場所は無かったので、通れると思って登ってきたのでしょう。
「わふぅ、ご主人様、ここもやるの?」
「うーん……ここを終わらせると、先に進んで行きそうだから後にしよう」
まだ路盤が削れてしまった場所が残っていますし、近くまで来られてしまうと作業の邪魔になりそうな気がしたので、後回しにします。
コボルト隊とゼータ達には、路盤が削れた場所を先に硬化する作業を進めてもらう事にして、その間にダンジョンに向かいました。
まるでダンジョンに蓋をするように聳え立つ岩山からは、グリフォン退治に使った巨石を切り出したりしましたが、まるで減った感じはしません。
地球の風景で例えるならば、オーストラリアのエアーズロックといった感じです。
以前は、フレッドに切り出しを頼んでいましたが、今回は召喚術を使って影の空間へと移動させました。
路盤につかう幅10メートル、長さ30メートル、厚さ2メートルの石板を五枚と、50センチ角で長さ30メートルの石柱を50本、これだけあれば何とかなるでしょう。
『ケント様、ラストックの橋の土台も作られてはいかがです?』
「うーん……セラには悪いけど、こっちを優先させてもらう。結構魔力も消耗しているし、野営地から次の集落への道の復旧も残ってるからね」
『そこまでお考えでしたか、さすがはケント様ですな』
切り出した石材を持参して、リバレー峠の現場に戻りました。
最初の現場は、幅10メートル程に路盤が無くなっている場所です。
まずは、支えにする石柱を埋め込む穴を、斜面に向かって斜めに召喚術を使って掘りました。
召喚術ならば、硬い岩盤でも難無く掘れてしまいます。
「穴が掘れたら、石柱を送還」
穴堀りと嵌め込みの作業は、先日のノットさんの魔道具屋で行った、アクセサリー作りの経験が生きています。
『これはこれは、寸分違わぬ精度ですな』
「うん、それでも水が染み込むと侵蝕されそうだから……みんな、柱の根元に土を詰めて、硬化させておいて」
再び、コボルト隊とゼータ達の出番です。
みんなに柱をガッチリと固定してもらっている間に、僕は石板を載せるスペースを確保します。
元の道と段差が出来ないように、眷族のみんなに硬化させてもらった場所を召喚術で抉り取ります。
ついでに、石柱と石版の長さも調整しておきます。
「ではでは、石板を載せましょうかね。送還!」
影の空間から送り出した石板は、準備しておいた場所に上手く嵌ってくれました。
元の路盤との接合部と、石柱との接合部を眷族のみんなに固めてもらいます。
『ケント様、この石の橋の両脇には、壁を築いておいた方が宜しいのでは?』
ラインハルトが言うのももっともで、ガードレールも縁石すらも無い状態ですから、踏み外せば崖下に真っ逆さまです。
とは言え、周囲の道も状況は一緒ですから、ここだけ作ってもあまり意味が無さそうです。
「まぁ、また時間がある時にでも考えるよ」
単純な土砂崩れの現場とは違って、石の橋を架ける作業なので時間が掛かります。
一箇所終わらすのに、一時間近く掛かってしましました。
普通に考えるならば圧倒的な早さではあるんですが、現場の確認、材料の調達などをしていたので、既に日が傾いて来てしまいました。
てか、例によって昼ご飯を食べ損なってるし……今日の作業は、ここまでにしましょう。
コボルト隊とゼータ達の泥を水属性魔法で落としたら、一旦ヴォルザードへと戻ります。
仮住まいの迎賓館のお風呂場で、一日の疲れを洗い流しました。
「ふぅぅぅ……生き返るねぇ」
「わふぅ、ご主人様、撫でて撫でて」
「はいはい、みんなもご苦労さま」
作業に参加したコボルト隊とゼータ達も、順番で湯船に浸かりに来ては、さあ撫でろと摺り寄って来ます。
僕としては、お風呂が終わったあとに、風属性と火属性の複合魔術でモフモフに乾かした後の方が良いのだけれど、それは寝るときのお楽しみですね。
「わぅ、御主人様、水が引いて来たよ」
「ありがとう、サルト。シルトとセルトにも戻って来るように言って」
「わふぅ、分かった」
野営地と集落までの間の道も復旧させなきゃいけないし、リバレー峠の復旧作業も四箇所残っているし、明日も頑張らないといけませんね。
戻って来た、サルト、シルト、セルトを洗ってあげて、さぁ夕食でもと思っていたら、フレッドが呼びに来ました。
『峠の麓の集落に……オーガの群れが迫ってる……』
「数はどのぐらい?」
『ざっと見て……五十頭ぐらい……』
「えっ、そんなに居るの?」
『ロックオーガも……混じってる……』
ロックオーガも混じった五十頭の群れともなると、大量発生に近い状況に思えます。
「フレッド、群れはどこから来たのかな?」
『峠を下ってくる……もしかすると、峠を越えてきたのかも……』
「イロスーン大森林の魔物の数が、また増えているのかな?」
『たぶん……我々も手が回ってなかった……』
フレッドの言う通り、クラーケンやら、コクリナやら、ムンギアやら……あちこちに手を回しすぎていた感は否めません。
少し状況が落ち着いたら、イロスーン大森林での間引き作業も進めないと駄目そうですね。
「よし、行こうか。マルト、唯香に晩御飯残しておいてって伝えておいて」
「わふぅ、分かった」
ではでは、本日の残業へと出掛けましょうかね。
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