第355話 行く手を阻む雨
『ケント様……オーガが来た……』
「数は?」
『三頭……』
「距離は?」
『まだ少し離れてる……でも向かって来てる……』
フレッドの知らせで目を覚まして表の様子を覗うと、空は暗く、夜明けまでにはまだ時間がありそうです。
馬車の周りでは、街道を挟んで森の方向をパメラが、川原の方を鷹山が見張っています。
「オーガは、どっち?」
『パメラから見て……左手の森……』
フレッドの案内で様子を見に行くと、三頭のオーガは真っ直ぐに野営地の方向へと歩みを進めていました。
このペースだと、あと二十分ぐらいで野営地に着くでしょう。
『ケント様、いかがいたしますかな?』
「とりあえず、様子見するだけで手は出さないで」
『よろしいのですか?』
「オーガ三頭だし、他にも護衛の冒険者がいるし、僕らが出るまでもないよ」
ラインハルトが遊びたそうにも見えますが、ここは僕らの出番ではないでしょう。
近藤達が護衛を務めている馬車の他にも、十数台の馬車が野営地には停まっています。
馬車一台あたり、護衛は二人付くのが普通ですから、単純計算でも三十人ぐらいの冒険者が川原にはいるはずです。
オーガ一頭に十人で対処するならば、危険は無いはずです。
「まぁ、一応備えだけはさせておこうかなぁ……」
手出しはしないつもりでしたが、不意を突かれて思わぬ怪我でもされたら後味が悪いので、警告だけはしておきましょう。
「鷹山……」
「ぬわぁ! 国分か、驚かすなよ」
「オーガが三頭、こっちに向かってる」
「マジか、どっちだ?」
「街道に向かって、左斜めの方向」
「よし分かった。パメラにも知らせる」
「うん、僕は近藤達を起こしておくよ」
「おぅ、頼むな」
鷹山は、オーガ三頭と聞いてもビビる様子も見せず、パメラのところへと知らせに行きました。
僕は他の連中が休んでいる天幕に入って、近藤を探しました。
大きめの天幕ですが、六人が横になるには少々手狭のようで、近藤を探すと端にめり込むようにして眠っているのが見えました。
手前に古田が寝ているので、こっちを起こすことにします。
「古田、古田……」
「んー……痛っ、痛って、誰だよ」
「オーガが来るぞ、三頭だ」
「マジか!」
「他の馬車の護衛もいるけど、念のために全員用意させて」
「分かった。おい和樹、起きろ! 八木、起きろ!」
もっと起こすのに手間取るかと思いましたが、意外にも古田はすぐに行動を始め、新田や近藤、ロレンサも目を覚ましました。
八木は……マリーデの抱き枕にされてますね。
新旧コンビが手荒く蹴りを入れて、ようやく八木とマリーデも目を覚ましました。
全員が支度を終えて、天幕の外へと出ると、林の方から野太い声が響いてきました。
「ウボォアァァァァ!」
「オーガだ! オーガが来たぞ!」
「起きろ! オーガが襲ってくるぞ!」
鷹山とパメラの声で、野営地は一気に騒がしくなりました。
他の馬車の護衛をしている冒険者も、街道側へ出て来て武器を構えています。
「ウボォァ! ウボォォォ!」
野太い声とともに、バサバサと潅木を掻き分ける音が近付いて来ます。
迎撃側から詠唱の声が響き、街道を照らすように火属性の魔術が打ち上げられました。
「ウボォアアアアア!」
林の奥の暗がりから、オーガが走り出て来た瞬間、待ち構えていた冒険者達が、一斉に攻撃魔術を打ち込みました。
「ウバアァァァ……」
走り出てきた二頭のオーガは、カウンターで攻撃魔術を食らって、棒立ちになるほどにスピードを落としましたが、その二頭を盾に使うように後ろに控えていた一頭が、間を割って飛び出してきました。
「これでも食らいやがれ!」
「ブアアァァァァ……」
飛び出して来た三頭目のオーガは、八木の赤い水球を真正面から浴びると、悲鳴を上げて街道で転げ回り始めた。
「今だ、討ち取れ!」
「安眠を妨害しやがって、思い知れ!」
三頭のオーガに冒険者達が殺到して、思い思いに武器を振るい始めました。
ロレンサとパメラも、我先にとオーガに斬り掛かって行きます。
新旧コンビも突っ込んで行きましたが、近藤や鷹山、八木達は他の冒険者の迫力に圧倒されているようです。
十人以上の冒険者に斬り付けられ、オーガが息絶えるまで十分も掛かりませんでした。
『ケント様、あれでは皆さん分け前にありつけませんぞ』
「えっ、どういう事?」
『積極的に、自分が倒したぐらいに主張しないと、あとで手柄を認められなくなります』
「あぁ、なるほど……」
呆然と見守っていた近藤や鷹山に話すと、しまったという表情を浮かべましたが、既に後の祭りのようです。
「グダグダいってんじゃねぇ! あたしらがオーガの接近に気付いて知らせたんだ、このオーガの権利は渡さないよ」
「ふざけんな、俺らの攻撃魔術のおかげだろう」
「何言ってんだい、こいつは最後に出て来た奴で、足止めしたのは、あたしらの仲間だよ」
それでも、ロレンサ、パメラ、新旧コンビら四人の頑張りで、一頭の所有権は確保したようです。
倒したオーガは、川まで引き摺って行って、早速解体されます。
街道に流れたオーガの血には、土属性の術士が土を掛け、匂い消しの薬草を混ぜ込んでいました。
近くでは、別の冒険者が焚き火を大きくして、火を使う人間が居る事をアピールしています。
こうした魔物除けの作業は、主にオーガの権利を手に入れた者の仲間が行っているようです。
そう言えば、ギリクとペデルは姿が見えなかったようですが……。
『あやつらは、馬車のそばから動きませんでしたぞ』
「それって最初から討伐には興味が無かったってこと?」
『ギリクは参加したがっていたようですが、ペデルが止めていましたな』
観察していたラインハルトによると、ギリクは突っ込んで行こうと大剣まで背負ったそうですが、ペデルが馬車の護衛を優先しろと言って止めたそうです。
『我々は、他に魔物が来ていないのを確認しておりますが、普通の冒険者では別の方向から襲われることも考慮しなければなりません』
「じゃあ、ペデルの判断は正しかったのか」
『そうですな。それに出遅れた状態からでは、割って入っても分け前にはありつけません』
「なるほど……」
オーガが現れた時、見張りを務めていたのはペデルの方だったそうで、もしギリクが見張りの順番だったなら、問答無用で突っ込んでいたでしょうね。
ペデルは、サラマンダーを討伐した時や、ゴブリンの極大発生の時に絡まれたので良い印象はありませんが、冒険者としての経験は豊富なようですね。
オーガの騒ぎが収まったところで見張りを交代したらしく、今はギリクが焚き火の近くに立っています。
ペデルは、やはり寒さに耐えかねたのか、焚き火の近くで外套に包まって眠っているようです。
川原では、新たに焚き火が燃やされ、その近くでオーガの解体が進められていました。
うちが確保したオーガは、近藤と鷹山が解体を担当しているようです。
「八木も手伝いなよ」
「なに言ってんだ、国分。このオーガの突進を止めたのは俺様だぞ」
確かに先に飛び出した二頭を盾代わりにしたオーガは、八木が放った唐辛子入りの水球を食らって止まりました。
「あれって、最初の攻撃に乗り遅れただけじゃないの?」
「ば、ばーか、そんな訳ねぇだろ。おまえは、ホント馬鹿だな。俺様は最初から後続が控えていると読んでたんだよ」
「どうだかなぁ……」
オーガの頭数は伝えてあったので、あるいは本当に後続がいると……いや、八木のことだから、出遅れたのを誤魔化しているだけでしょう。
僕が八木と話している間にも、近藤と鷹山はテキパキと解体作業を進めていました。
以前は、ゴブリンの解体すら四苦八苦していましたが、魔の森の訓練場で何度も討伐と解体を経験したことで、すっかり慣れたようです。
「へぇ、あんたらの歳にしちゃ上手いもんじゃないか」
「まぁな、鬼みたいな奴に鍛えられたからな」
「あぁ、加減てのを知らない奴だからな」
なんで近藤と鷹山は、揃って僕の方を見ているのかな?
新旧コンビや八木が頷いている意味も分からないなぁ。
事情を飲み込めないロレンサとパメラに、新旧コンビが聞かれてもいないのに魔の森での訓練の様子を語って聞かせています。
てか話盛り過ぎだろう、僕はそんなに鬼畜な所業はしていないよ。
魔石と角、牙を切り取ったオーガは、パメラと古田が土属性魔術で掘った穴の中に鷹山が火属性魔術を打ち込んで燃やした後で埋めました。
何気に鷹山の魔術の威力が上がったようで、火球の大きさは同じでも炎の温度が上がっているように見えました。
もうもうと水蒸気が立ち上っていたので、良くは見えませんでしたが、埋められる時にチラリと見えたオーガの死体は、ほぼ炭化していたようです。
さすがは、元へなちょこ勇者だけのことはありますね。
オーガの解体も終わり、見張りも八木とマリーデに交代になったので、僕も影の空間に戻って朝まで寝直すことにしました。
フレッドに起こされるまで、心置きなくモフモフを堪能して迎えた朝は、どんよりとした曇り空でした。
まだ夜が明けぬ暗い時間ですが、どの馬車の周囲も出立を早めようと、冒険者達が慌しく動いています。
うちの車列も慌しく朝食を済ませて、出立の準備を始めました。
今日の予定は、リバレー峠の麓にある野営地まで辿り着くことですが、雨脚が強くなれば行程の変更もありえます。
出立の準備を終えて馬車が動き出すと、ギリク達の馬車も昨日同様にピッタリと後ろに付いて来ます。
「国分、あいつら本当にマールブルグまで付いてくるつもりだな」
「まぁ、リバレー峠でオーガやオークの目撃情報が増えていて、三日前ぐらいには犠牲者も出てるって話だから、自分達が襲われるリスクを回避するには、一番良い方法だとは思うよ」
「まぁ、そうだな。俺があいつらの立場だったら、同じ事をやってたと思う」
後ろを走る馬車を見ながら話す近藤の表情は、一端の冒険者という感じに見えました。
太陽が昇る時間になっても、雲は薄れるどころか厚みを増して、あたりは薄暗いままです。
「降って来たな。予定通りに行くのかな?」
「さぁ、それは先頭の馬車に乗ってるパメラの判断次第じゃない?」
昼前にパラパラと降り出した雨は、時間が経つほどに強くなっていくようです。
馬車の荷台は後ろ側の幌を下ろしてしまえば濡れずに済みますが、御者台には風向き次第で雨が打ち付けます。
幌を少し上げて後ろを見ると、ギリクとペデルは雨に打たれて震えているようにも見えます。
後ろの馬車がこの状態ということは、この馬車も前を行く馬車も同じ状況でしょう。
お昼時、予定では軽食を購入するはずの集落を車列は素通りして、少し進んだ小川の近くで止まりました。
どうやら先に進むのを諦めて、今日はここで野営をするつもりのようです。
野営地は、小川と平行して走る街道の両側に広がっています。
てっきり水を使うのに便利な川に近い方に行くのかと思いきや、車列は反対側の林の方向へと入って行きました。
「あっちの方が便利そうだけど……」
『川の増水を警戒しているのでしょうな』
「えっ、でも、チョロチョロしか流れて無さそうだけど……」
『山の方から遠雷が聞こえてきます。川上で強い雨が降れば、一気に水嵩が増えることは珍しくありませんぞ』
小川は濁ってはいるものの、川原の四分の一にも満たない幅で流れているだけです。
野営地は、街道よりは低いものの川原よりは少し高い場所なので大丈夫そうに見えますが、うちの車列以外の馬車も殆どが林側を選んでいます。
馬車を護衛するのですから、安全を優先するべきなんでしょうね。
ギリク達の馬車も、こちら側に停車したようです。
「あれ? 近藤、それって日本の雨ガッパじゃないの?」
「そうだぜ、こっちで冒険者として活動する時には、絶対に必要になると思って送ってもらったんだ」
こちらの世界にも雨ガッパはありますが、布に樹液で防水性を持たせたもので、ゴワゴワして着心地が良くありません。
新旧コンビと鷹山も、日本製の雨ガッパを着用しています。
てか、八木は雨具も用意してないのかよ。
まぁ、僕も用意してないんだけどね。
「近藤、雨が酷くなりそうだから屋根を作ってあげるよ」
「屋根を作る?」
馬車の脇の空いているスペースに、土属性魔術を使ってトンネル状の簡単な屋根を作りました。
カルヴァイン領で作った仮設小屋の応用です。
「うぉ、これなら天幕要らないな」
「もう一つ作るから、そっちには馬を入れなよ。さすがに一晩雨の下じゃ可哀相だからさ」
「おう、頼む」
もう一つ屋根を作ると、雇い主たちは馬車を屋根の下から見張れる場所へと移動させました。
これなら、夜中の見張りも濡れずに済みます。
昨夜と同様にトイレも設置して、渡り廊下で繋げば野営の準備は完了です。
人が入る方には、暖房兼煮炊きが出来るように竈も作りました。
野営の準備ができたところで、パメラが呆れたように感想を漏らしました。
「あたしも土属性だが、こんな風に屋根を作ったり出来ないぞ」
「それって、作ろうとしなかっただけじゃないんですか?」
「えっ、そうか、確かに言われてみれば試したことは無いな」
「魔術は使えば使うほど、練習すれば練習するほど上達するものだと思うので、試してみたらどうですか?」
「なるほど、この屋根を作る詠唱は、どんな感じなんだ?」
「えっ、詠唱ですか?」
「オリジナルの詠唱ならば、使用料としていくらか支払っても良いぞ」
「いやぁ、詠唱はしてないんですよ」
「はぁ? 君は詠唱しないで魔術を使っているのか?」
なんか、この反応は久しぶりですね。
無詠唱で魔術を使っていると話すと、ロレンサとパメラに酷く驚かれました。
それでも、使っているのは形をイメージしての成形と硬化の二種類だけだと話すと、自分で詠唱を工夫して試してみるそうです。
「古田も試してみれば? 上手く出来るようになれば天幕要らなくなるよ」
「おぉ、そうだな。俺も穴堀り専門から卒業してやるぜ」
土属性は攻撃魔術には向いていないけど、物を作るには適しているので、応用次第では使い道が広がるはずです。
雇い主達も屋根の下へと集まり、味付けを変えたポトフで昼食を済ませた頃には、雨足は更に強くなってきました。
影に潜って表の様子を見に行くと、小川の水量は先ほどの倍以上になっています。
まだまだ溢れるほどではありませんが、このまま増水し続けたら川側の野営地は水に浸かるかもしれません。
ギリクが護衛しているドルセンの馬車では、四人の男が膝を付き合わせて座っています。
馬車自体が大きくないので、ギリクの無駄にデカイ図体が本当に邪魔そうですね。
「ペデル、まさかこのまま夜を明かせと言うつもりじゃないだろうな」
「ですが、ここを離れたら魔物使いとも離れてしまいますが……」
「それがどうした。何のために、お前らを雇っていると思ってる。それとも、お前らだけでは護衛の役には立たぬのか?」
「いえ、そういう訳では……」
「だったら馬車を出せ。暖かい食事と寝床にありつける宿まで案内しろ」
ドルセンの苛立った口調に返す言葉が見つからないのか、ペデルは軽く肩を竦めると、ギリクに馬車の外に出るように顎で指示を出しました。
「うぉ、冷てぇ……モタモタすんなよ、ギリク」
「すぐそこの集落に戻るだけだろう。ガタガタぬかすな……」
「馬鹿が、それじゃあ魔物使いどもを見失うだろう。先に進むんだよ。一つ先の集落まで行って、明日やつらが通るのを待ち構えて出発するんだ」
ペデルはマールブルグの方面へと馬車を動かし始めました。
「おいペデル、大丈夫なのか?」
「峠を上るのは明日以降だし、次の集落まではほぼ平坦な道程だ。問題ねぇよ」
確かに道の先には山も丘も見えませんが、道に沿って流れている川の水量は更に増していて、濁った流れの中には流木も混じっているようです。
『ケント様……無理……』
「えっ、無理って、何かあるの? フレッド」
『次の集落の手前……川が溢れてる……』
「えぇぇ……このまま進むのはヤバいよね?」
『引き返せなくなれば……最悪流されるかも……』
「ちぇっ、世話の焼ける連中だねぇ……」
ペデルやギリクに声を掛けても反発されるかもしれないので、キャビンの中のドルセンに状況を伝えることにしました。
別に、御者台に顔を出して濡れるのが嫌なんじゃないからね。
「こんにちは、ドルセンさん」
「うわぁ! ま、魔物使いか……」
「ちょっと急いでいたもので、驚かせてすみません」
「何の用だね?」
「この馬車が向かっている方向は、川が溢れて次の集落まで辿り着けなくなってます。ペデルに引き返すように言って下さい」
「何だと、そりゃ本当なのか?」
「まぁ、信じる信じないは、ドルセンさんの自由ですよ。では……」
川の氾濫を伝えて影の空間へと戻ると、ドルセンは直ちに引き返すようにペデルに伝えていました。
まぁ、危険を犯してまで進む意味とか無いですもんね。
さてさて、この雨、明日には上がるのかなぁ……。
そろそろセラフィマがラストックに着く頃なんだよね。
護衛の騎士が百人同行しているけれど、魔の森を抜ける時には何事も無いように待機していたいんだよね。
リバレー峠の様子も気になるし、また忙しい日々に逆戻りかな?
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