第354話 野営地にて

 人を乗せた馬車の護衛と、荷物を乗せた馬車の護衛では、少々方法が異なるようです。

 人の護衛の場合は人命第一ですが、荷馬車の護衛の場合は積荷を無事に届ける事も重要視しなくてはなりません。


 護衛の報酬としては、人の護衛の方が高額で、依頼を受けられるのはCランク以上の冒険者に限られます。

 個人で馬車を所有して旅をする人物は、言うまでも無く裕福な人間に限られます。


 魔物に襲われる確率は、箱馬車も荷馬車も変わりませんが、盗賊に狙われるのは圧倒的に箱馬車です。

 盗賊どもは、金持ちを誘拐して身代金を要求してくるそうです。


 警察機構が充実している日本では、誘拐は成功する可能性の低い犯罪ですが、こちらの世界では事情が異なるようです。

 ヴォルザードなどでは守備隊が頑張っているそうですが、それでも犯人の脅しに屈して身代金を払ってしまうケースは後を絶たないようです。


 オーランド商店がフレイムハウンドの連中を雇っていたのも、そうした事態に対処をさせるためだそうです。

 誘拐されないための護衛、誘拐された時の奪還、犯人との交渉、人質の受け渡しなど、状況に応じて商会の者に代わって対処させるそうです。


 一方、荷馬車の護衛の場合、盗賊に襲われる心配は、単価の高い商品を積んでいる場合を除いて減ります。

 荷物を持ち去るには、馬車を壊す事無く制圧する必要があります。


 馬車を襲い、護衛や御者を殺し、更に用意してきた馬車に荷物を積み替えて……なんてやっていたら、後続の馬車に見られる可能性が高まります。

 自分達が捕まったり殺されるリスクを考えて、盗賊達の襲撃は短時間で終わらせられるものを狙うそうです。


 食事や宿の取り方も、人の護衛の時とは違っています。

 人を護衛する場合、馬車を預けられる宿や店を選んで宿泊や食事をしますが、荷馬車の場合には、複数の馬車や大型の馬車を預けられる施設が限られているので、野営する事も少なくないそうです。


 今回、近藤や八木たちが請け負った荷馬車の護衛も、そうしたパターンで行われるようです。

 途中の休憩を挟んで到着した集落では、こうした荷馬車を相手にした店で昼食を購入しました。


 人間には、袋状に開いたパンに具材を詰めたケバブのようなものとお茶の簡単なメニューです。

 僕らの車列は、四台分の食事を鷹山がまとめて買って、後続へと配っています。


 鷹山が、最後尾の僕らのところまで来た時、後からギリクが走って行くのが見えました。

 たぶん、食事を買いに走らされているのでしょう。


「ほらよ、国分」

「えっ、僕の分もあるの?」

「おう、雇い主のおっさんが、魔物使いが一緒なら安心だって喜んでてな、国分にも食わせろってさ」

「そういうことなら、有り難く頂戴しようかな」


 食事を配り終えた鷹山が先頭の馬車に戻ると、車列はゆっくりと進み始めました。

 ヴォルザードから、ピッタリと後ろについてくる馬車も、ペデルの手綱の合図で進み始めます。


 てか、ギリクが戻ってないけど、大丈夫なのかね?

 まぁ、馬車といっても、せいぜい人間がジョギングする程度の速度しか出ていないから、頑張って走れば追いつけるか。


「いや、あいつら必死だな。国分の近くにいるメリットは分かるけど、ギリクだっけか? 置いてきぼりかよ」

「大丈夫、大丈夫。無駄に身体強化だけは得意みたいだし、追い付くでしょ。んーっ! このケバブ、美味っ!」

「はぁ……国分、ホントに呑気だな」

「クラーケンやバハムート相手に船を護衛する気になれば、この程度の護衛仕事は楽勝だよ」

「クラーケンって……たしかイカの化け物だよな?」


 エーデリッヒからの指名依頼の件を話したのですが、近藤は驚くというよりも呆れたような表情を浮かべています。


「こっちの世界だから、クラーケンとかバハムートとか実在したっておかしくないし、国分がホラ吹く理由も無いんだろうが、現実味が感じられないよ」

「まぁ、そう言われちゃうと確かに海の魔物は、ちょっと現実離れした大きさではあるよね」


 ケバブを味わいながら、近藤とお喋りしている間に、どうにかギリクも馬車に追い付いたようです。

 御者台に座って、袖で汗を拭いながら、僕らが食べていたのと同じケバブを齧っています。


「あいつら、どこまで付いて来るのかな?」

「んー……たぶん、マールブルグまでじゃない」

「でも、あいつらは、どこかの商店主か誰かの護衛なんだろ?」

「さぁ……たぶんそうだとは思うけど」

「だったら、どこかの集落の宿に泊まるんじゃないのか?」

「たぶんね。そうか、違う宿に泊まったら、出発の時間が分からないか」

「いや、俺らは宿には泊まらずに野営だぞ」

「えっ、そうなの?」

「お前、何も聞いてないのか? って、国分の場合はヴォルザードに戻れば済むのか」

「まぁね。でも、野営か……キャンプみたいな感じかな?」

「国分……遊びじゃないんだからな」


 近藤達と一緒に野営なんて、キャンプみたいで楽しそうだなと思っていたら、近藤に釘を刺されてしまいました……てへっ。

 野営を行うのは、途中にある集落からほど近い川原でした。


 広い川原には、僕らと同じような荷馬車が何台も野営の支度を始めていました。

 ギリク達の馬車も、集落には泊まらずに後を付いて来ています。


 僕らが乗って来た馬車は、六角形から二辺を抜いた形に並べられ、足りない二辺の所に天幕と柵が立てられました。

 夜の間は、馬車で囲った内側に馬を入れ、魔物の襲撃や馬泥棒から守るそうです。


 野営の準備は、ロレンサとパメラが中心になって進められています。

 さすがにCランクの冒険者ともなれば、護衛の経験も豊富のようで、天幕や柵の配置なども手馴れた様子です。


 依頼主と三人の御者も、こうした旅には慣れた様子です。

 驚いたことに、近藤や新旧コンビが思っていた以上にテキパキと野営の準備を進めていました。


「なんか、やけに慣れてない?」

「国分、邪魔! 冒険者としてヴォルザードに残ったんだ、野営の練習ぐらいするのが当たり前だろう」


 新田の話によれば、守備隊で天幕設営の訓練をやっているのを見て、飛び入りで参加させてもらったそうです。

 何も考えていないのかと思いきや、脳筋でも考えることがあるみたいですね。


 対照的に、ロレンサに尻を叩かれているのは、八木と鷹山です。

 それでも、鷹山は積極的に何かをしようとした結果、余計な事をやらかして怒られている感じですが、八木は何もしようとしないので怒られている感じです。


 かく言う僕も何もしていないんですけど、文句は言われないみたいですね。

 まぁ、何もしないのも居心地がわるいので、土属性魔法を使ってトイレを設営しました。


 さすがに水洗にするのは面倒なので、汚物は深い穴に落ちるようにして、明日の朝には潰して埋めてしまう予定です。

 いきなり姿を現したトイレの建物に、ロレンサ達だけでなく、周りで野営の準備をしていた人達も驚いていましたが、鷹山たちは『またか……』みたいな顔をしています。


 と言うか、君らは大自然に抱かれて用を足す方が良かったのかい?

 その方が良いというなら別に止めないよ。


 そう言えば、ギリク達はどうしているのかと目を向けてみると、馬を連れて川で水を飲ませているペデルしか見当たりません。

 馬車の横には、古狸みたいな年配の男性がいるだけです。

 ふと目が合った古狸が、笑みを浮かべながら歩み寄ってきました。


「やぁやぁ、どうもどうも、魔物使いさんと御見受けしましたが……」

「はぁ……そんな風に呼ばれているみたいですね」

「私は、ギルド裏の東地区で素材屋をやっているドルセンと申す者です。どうぞ、お見知りおきを……」

「素材屋さんですか?」

「はいはい、珍しい素材から、ありふれた素材まで買い取り、販売いたします。珍しい素材や品薄の素材には、ギルドよりも良い値段をお付けしますよ」

「はぁ……」


 素材屋の存在は聞いたことがあります。

 ギルドで問題を起こして出入りが難しくなっている冒険者などが、魔石や素材を換金しに訪れる店で、弱みに付け込んで買い叩かれるという印象です。


 目の前にいるドルセンも、一癖も二癖もありそうな人物に見えますね。


「魔物使いさんともなれば、珍しい素材をお持ちなんじゃありませんか?」

「珍しい素材ですか……生憎とアルダロスのオークションで売却しちゃったんで、手元には無いですね」

「アルダロス……というのは、あのリーゼンブルグのアルダロスですか?」

「はい、そのアルダロスです」

「アルダロスのオークションには何を出品なさったので?」

「クラーケンの魔石ですね」

「クラーケン! それは本物……いや失礼、偽物であるはずがありませんな」


 ドルセンはクラーケンの魔石と聞いて目を剥いて驚いていましたが、次の瞬間には獲物を狙うような目付きに変わっています。


「失礼ですが、その魔石はいかほどで落札となったのでしょう?」

「クラーケンの魔石ですか? 三億二千万ブルグです」

「三億……」


 値段次第では、自分の手に入れられると思っていたのでしょうか、ドルセンは口を半開きにして絶句しています。

 というか、野営の準備をしている人達も、こちらを見て固まってますね。


「ほ、他に何か珍しい素材は……」

「いやぁ、クラーケンとかデザート・スコルピオとかは、そうそう現れる魔物じゃありませんからね。珍しい素材とかは持ってませんよ」

「そうですか……何か珍しいものが手に入りましたら、私どもの店の利用も頭の片隅にでも入れておいて下さい」


 僕が曖昧に頷くと、ドルセンは軽く頭を下げて馬車の方へと戻っていきました。

 ギルドと言う買い取り組織があるのに、素材屋として商売を成立させているのだから、かなりのやり手なのでしょう。


 水を飲ませ終えた馬を引いて戻って来たペデルは、僕と目が合うと顔を背けて通り過ぎて行きました。

 馬車の横には、ドルセンとペデル、それにドルセンの使用人らしき男がいるだけで、ギリクの姿はありません。


 ドルセンとペデルは、こちらをチラチラと見ながら、何やら打ち合わせをしているようです。


『どうやら野営の支度をしていなかったので、必要なものをギリクに買いに行かせているようですぞ』


 ラインハルトが影の中から聞いたところによると、僕の近くにいれば絶対安全だからとペデルが説得し、ドルセンも野営することを了承したらしいです。

 今回、ドルセンがマールブルグへと持ち込もうとしているのは、デザート・スコルピオの殻のようです。


 買い取りは入札金額の合計になっていますし、受け取りはベアトリーチェに任せているので細かい数字までは分かりませんが、二億ヘルト以上にはなったようです。

 デザート・スコルピオの殻は、ヴォルザードの業者が買い取って、盾や防具として加工されてブライヒベルグなどに輸出されたそうです。


 デザート・スコルピオ自体、かなりの大きさですし、素材は殻なので一頭としての分量は多いですが、ランズヘルト全土で考えると、やはり貴重な素材となるようです。

 そのデザート・スコルピオの殻をドルセンはどこからか掻き集めたようで、ヴォルザードよりも高値が付くであろうマールブルグに持ち込むという訳です。


 どのくらいの量を手に入れて、どの位の儲けが出るのか分かりませんが、少なくとも護衛二人を雇い、マールブルグまでの旅費を差し引いても利益が出ると見込んでいるのでしょう。

 ドルセンと使用人が馬車の中に戻り、暫くペデルが苛立たしげにうろついていましたが、ようやくギリクが戻って来たようです。


 両手一杯に荷物を抱えて戻ってくる姿は、遠くから見ると初めてのお使いのように見えなくもないですね。

 まぁ、君はそうやってミューエルさんから離れて、ペデルとアッー!な関係にでもなってしまいなさい。


 昼間は好天に恵まれて、ポカポカと暖かい一日でしたが、野営の準備が整う頃には日も落ちてグッと気温が下がって来ました。

 川原で野営をする人達は、近くの林にはいって薪を探してきて火を焚き始めています。


 夕食は、雇い主と使用人が中心となって、ポトフのような煮込み料理を大きな鍋で作っています。

 全部で十三人分ですが、鍋が大き過ぎじゃないかと思ったら、明日の朝の分も一緒に作っているそうです。


 煮込み料理には、腸詰めやキャベツやニンジンに似た野菜の他に、千切って丸めた小麦粉の生地も入っています。

 日本風に言うなら、スイトン入りのスープという感じですね。


「近藤、ちょっと出て来る……」

「ん? どこに行くんだ、そろそろ飯になるぞ」

「うん、ちょっとね」


 影に潜って向かった先は、ヴォルザードの屋台です。

 裏路地から表に出て、串焼き屋の屋台に足を向けました。


「おっちゃん、十三本もらえる?」

「十三本、持ち帰りだな」

「うん、よろしく」

「ちょい待ち、もうすぐ焼きあがるからな」


 大振りの豚の串焼きを買い込んで、野営地へと戻ります。

 新旧コンビとか、煮込み料理だけじゃ足りなそうだもんね。


「ただいま、近藤。ほい、お土産だよ。みんなに配って」

「おーっ! 肉だ肉っ! みんな国分の差し入れだぞ!」

「マジか、気が利くじゃねぇか、国分」

「やったぜ、肉だ肉、肉!」

「あーっ、一人で二本持っていくなよな。雇い主さんとかの分だから、一人一本だぞ」


 新旧コンビだけでなく、近藤も目の色が変わってましたね。

 まぁ、僕らの年頃では、肉命……みたいな所はありますからね。

 雇い主さんたちにも喜んでもらえましたが、パメラは串焼きと僕の顔を交互に見比べた後で訊ねてきました。


「ねぇ、これはどこで手に入れてきたの?」

「ヴォルザードの屋台で買ってきたんだよ」

「はぁ? ヴォルザードって、冗談でしょ?」

「冗談じゃないよ。ちなみに昨日の朝は、リーゼンブルグの向こう側、バルシャニアの西の外れに居たからね」

「バルシャニアの西って……それじゃあ、この馬車の荷物をマールブルグに運ぶとしたら……」

「うん、十数える間に終わらせられるよ」

「じゃあ、何でやらないのよ」

「えぇぇ……僕がやったら、みんなの仕事無くなっちゃうけど、いいの?」

「それは困るけど……」


 影移動について簡単に説明したけど、パメラは半信半疑といった感じでした。

 夕食が終わると雇い主さん達は、柵などの資材を下ろした四台目の馬車で、身を寄せ合って眠るようです。


 護衛側の八人は、二人一組で交代しながら周囲の

警戒と火の番するようです。

 まだ日が暮れたばかりですが、空が白みだす頃には出立の準備を始めるそうです。


 天候が悪化したり、馬車が壊れるなどのアクシデントが起こらないとも限りません。

 出立はなるべく早く、野営の準備も余裕をもって行うのが旅の鉄則だそうです。


 こちらは、野営の準備万端整いましたが、ギリク達の方は天幕すら建てていません。

 箱馬車のキャビンで、全員が一夜を明かすつもりなんでしょうか?


『ドルセンと使用人がキャビンで、ギリクたちは交代で馬車の下で眠るようですぞ』

「馬車の下?」

『ギリクが天幕を仕入れに行ったようですが、近くの集落では手に入らなかったようで、寒さしのぎの毛布しかないので、馬車が屋根代わりのようですな』

「なるほど……でも寒そう」


 観察していると、馬車の下からペデルが這い出してきました。

 確かに雨が降って来ても濡れずに済みそうだけど、日が落ちてから吹き始めた風は全く防げていなそうです。


「国分、お前どうすんだ、帰るのか? 残るなら、寝る場所空けるけど……」


 ギリク達の様子を眺めていたら、近藤に訊ねられましたが、天幕の中で眠るつもりはありません。


「あぁ、僕の事は気にしないでいいよ。こっちに残るとしても影の中で眠るから」

「そっか、てか帰るときも眷族は残してくれるんだよな?」

「近藤、あんまり当てにしてちゃ駄目だよ」

「悪い、分かっちゃいるんだけど、俺らは護衛の仕事は初めてだしな」

「まぁ、ヤバそうだったら助けに入るけど、ヤバくなるまでは何もしないから、そのつもりで……」

「分かった、気を引き締めてやるよ」


 僕なんかよりも、めちゃめちゃシッカリしていそうだけど、やっぱり近藤でも不安なんですね。

 一度ヴォルザードの迎賓館へと戻り、唯香、マノン、ベアトリーチェに今日の様子を話してから野営地に戻りました。


 別に、迎賓館のベッドで眠っていても良いのですが、それではあまりにも近藤達と差が付きすぎるので、影の空間で待機です。

 あぁ、ゆったりお風呂に浸かって来たのは、近藤達には内緒です。


「じゃあ、ネロ、よろしくね」

「まかせるにゃ。ばっちりフカフカに仕上がってるにゃ」

「ふぉぉぉ、すっごいフカフカ……気持ちいい……」


 ネロのお腹に寄り掛かると、手の空いたコボルト隊やゼータ達、サヘルも摺り寄ってきます。

 寒風吹きすさぶ中で夜を明かすギリクには悪いけど、モフモフに囲まれて眠りにつきました。


 すみません、嘘です。これっぽっちも悪いなんて思ってませーん!

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