第353話 冒険者の心得

 冒険者にとって、護衛の仕事は襲撃さえ無ければ割の良い仕事だ。

 馬車に揺られ、馬の世話をする程度で、街の一般的な仕事の倍以上の報酬が得られる。


 襲撃を受けたとしても、首尾よく撃退すれば追加の報酬を得られるし、客からの信頼も得られる。

 高ランクの冒険者どもが、高い収入を得られる裏側には、優良顧客との専属契約があるそうだ。


 護衛の仕事は、雇う側にとっても信用のおける人間に任せたいものだし、能力を示せれば専属契約への道も開けるようだ。

 ただし能力次第ということは、成功は評価されるが、失敗すれば評価を下げることになる。


 俺とペデルの場合、ロペンの爺ぃにオルドフの宝石を持ち逃げされた失敗が、護衛の依頼を受ける際に足を引っ張っている。

 ギルドの裁定では、オルドフの落ち度も認められたし、クソ忌々しいチビのおかげとは言え宝石も戻って来て、俺達のペナルティも解除された。


 それでも、宝石を持ち逃げされたという事実が消える訳ではなく、広まった噂によって依頼主から断られる事が続いた。

 依頼の仕事にこだわっても足元を見られて報酬を叩かれそうなので、暫くの間は魔物の討伐を専門にして実績を積むことにしたのだ。


 腹立たしいが、魔物の討伐においても経験はペデルの方が上だ。

 足跡や糞などからの追跡、仕掛けるか否かの判断、仕留めた後の素材の剥ぎ取り、どれを取っても俺よりも手際が良い。


 不満があるとすれば、仕掛けに関して慎重すぎることだが、これまで冒険者として生き残ってきた実績を考えるならば、従っておいた方が安全なのだろう。

 ペデルと組んで、オークやオーガの討伐も行ったが、今のところ危ないと思ったケースは皆無だ。


 目先の金に目が眩んで無理をして、怪我を負うのは三流だ……というのがペデルの持論だ。

 確かに危なげなく討伐を終えて、それなりの収入を得てはいるが、毎晩のように酒場で散財しているせいで、ペデルの懐具合は寂しいままだ。


 そんなペデルが、久々に護衛の仕事を取って来た。

 居候先のペデルの小屋で剣の手入れをしていると、外出から戻って来たペデルが告げた。


「ギリク、明後日からマールブルグまで行くぞ」

「何しに行くんだ?」

「馬鹿、護衛に決まってんだろう」

「あぁん? 護衛は足元見られるから、暫くは討伐に専念するんじゃなかったのかよ」


 俺が疑問をぶつけると、ペデルは呆れたような表情を浮かべて、噛んで言い含めるように話し始めた。


「いくら討伐で実績を残しても、あくまでも討伐の実績でしかねぇんだよ。専属契約を得るには、護衛としての実績が必要だ。護衛の仕事を得られれば、そっちを優先するに決まってんだろうが。お前みたいに融通が利かない奴は、冒険者として食っていけねぇぞ」

「ちっ、偉そうに……まともな報酬は出るんだろうな」

「一般的な護衛よりは安いが、叩かれているって程じゃねぇ。とにかく、前回の失敗を払拭するためにも、護衛成功の実績が必要なんだよ」


 ペデルは、オルドフの半専属のような状態まで漕ぎ付けていたらしく、護衛の報酬もそれなりに得ていたそうだ。

 俺としては、ギルドのランクさえ上がれば、専属云々に拘りは無い……というか、気に食わないやつにヘコヘコ頭を下げるくらいなら討伐をやってた方がマシだと思っている。


「それで、どいつを護衛していくんだ?」

「素材屋のドルセンだ。あの親父、裏で金貸しや土地の売買までやってやがるからな、金は持ってるはずだ」

「ドルセンって、あのしょぼくれた爺ぃか? あんな爺ぃが金持ってんのかぁ?」

「馬鹿、あの親父が何年店構えてると思ってやがる。ギルド以外で買い取り屋やって、それで利益出してやがるんだぞ。相場を読む目と勘が無ければやっていけねぇ。素材を流す伝手が無ければ商売にならねぇ、お前なんか足元にも及ばねぇぐらい強かで金に汚い親父だぞ」


 確かに、ギルドで問題を起こしている奴や、金に困っている奴でもなければ、普通は買い取り屋なんかを使ったりはしない。

 その時その時の素材の相場を知らなけりゃ、大損する場合だってあるのだ。


 通常、ギルドの買取りよりも一割程度安い値段で買い取っているようだが、時にはギルドよりも高く買い取り、それでも利益を出すには相応の目利きが必要だ。

 しょぼくれた見た目の爺ぃだが、目利きは確かなのだろう。


「けっ、キチンと報酬を出すなら、それで構わねぇよ」

「報酬に関しては、交渉して契約してあっから心配すんな。さぁ、飲みに行くぞ。明後日の朝は早いから、前祝いは今夜だ」

「あぁん? まだ依頼が終わってもいねぇのに、飲むことばっかり考えてんじゃねぇよ」

「馬鹿、俺様が失敗するような仕事を取ってくる訳ねぇだろう。今は、ヴォルザードからマールブルグまで馬車が連なるほどの通行量が増えてるんだ、護衛なんざ楽勝だ」


 なんでも、イロスーン大森林で魔物が増え、まるで魔の森のようになっているらしい。

 そのため、今まで通りの護衛では通行が難しくなったので、大規模な道の改修が行われているそうだ。


 現在、イロスーン大森林から東側の荷物は、ブライヒベルグからヴォルザードへ、クソチビの魔術を使って送られて来ているらしい。

 つまり、マールブルグに向かう荷物は、全てヴォルザードを経由して運ばれていて、そのためにヴォルザードからの護衛の仕事が増えているそうだ。


 護衛の依頼は増えているものの、イロスーン大森林の現場にも多くの人材が駆り出されているらしく、対応出来る冒険者の絶対数が不足しているらしい。

 だからこそ、俺達にも護衛の話が回ってきたのだろう。


 護衛の成功が必要ならば酒など飲まなきゃいいのに、結局引っ張り出されて、酒場まで連れていかれた。

 居候している身だけに無下に断りきれないのだが、この頃ペデルの野郎は、酔い潰れても家まで担いで行ってもらえると思い込んでる節がある。


 ペデルの行きつけの酒場は、小屋からは目と鼻の先ぐらいの距離だ。

 一階が倉庫街で働く連中を相手にした酒場で、二階は安宿を営んでいるそうだ。


 力仕事をする連中相手なので、料理はボリュームがあり、味もまあまあだ。

 酔い潰れたペデルの御守りは面倒だが、妙な女っ気も無いので店自体は気に入っていたのだが、この晩は二人組の女が姿を現した。


 服装や雰囲気からしても冒険者のようだし、どうやら二階の安宿に泊まっているみたいだ。

 それだけ確認して俺は興味を失ったのだが、かなり酔いが回っていたペデルの野郎がちょっかいを出しやがった。


「ようよう姉ちゃんたち、一緒に飲まねぇか?」

「悪いけど、お断りするわ」


 赤みの強い髪の女が、軽く手を振って断わった様子は、別に刺々しいものではなかったが、ペデルにはそう見えなかったのだろう。


「かぁ、お高く留まってんじゃねぇ……よっ!」

「何しやがんだ、このスケベ野郎!」


 尻を撫でられた報復として放たれた平手打ちがペデルの頬を捉え、小気味良い音を立てた。


「こ、このアマぁ!」

「うるせぇぞ、ペデル! 店で暴れたきゃ、今までのツケ、耳を揃えて払いやがれ!」


 金の無い時期に、散々ツケで飲み食いさせてもらっているらしく、ペデルは店のマスターには頭が上がらない。


「ちっ、アバズレめ……」

「なんだと、手前ぇ!」

「あんたらも、暴れるなら宿の部屋も引き払ってもらうぞ」


 既にとっぷりと日も暮れている時間に、新たな宿を探す手間を考えたのか、女冒険者達は汚物でも見るような視線をペデルに向けた後、端っこのテーブルに腰を落ち着けた。

 ヴォルザードで宿屋を利用しているのだから、おそらくは別の街、イロスーン大森林が通れないのだからマールブルグの冒険者なのだろう。


 女冒険者達は、食事と一緒に軽く酒を飲むと引き上げていった。

 ペデルがまた絡んで行きそうだったので、襟首を掴んで止めておいた。


「ギリク、手前だれの味方だ、この野郎……」

「うるせぇ、連れて帰らないで捨ててくぞ」


 この後もペデルはグチグチと文句を言っていたが、最後には酔い潰れて引き摺って帰る羽目になった。

 翌日、ペデルが起きてきたのは昼近くになってからだった。


「うー……頭痛ぇ」

「一人で歩けなくなるまで飲むからだ」

「うるせぇ、冒険者なんて商売は、いつ死ぬか分からねぇんだぞ。飲める時には飲んでおくもんだ。お前みたいに仏頂面でチビチビ飲んでるような奴は、酒場じゃ女にもてねぇんだよ」

「けっ、平手打ちを食らってた奴が、何ぬかしてやがんだ。顔でも洗ってシャッキリしやがれ、明日の支度をするんだろう?」

「あぁ、分かった分かった、デカい声出すな、頭に響く……」


 冬の寒さのピークは越えたようだが、まだ朝晩は冷え込むことが多い。

 前回のマールブルグ行きでは防寒の準備を怠り、埃臭い毛布を羽織ることになったので、今回は厚手の外套を用意しておくつもりだ。


 風を通さない革の外套を探したのだが、思っていた以上に値段が高く、手持ちの金では足りない。


「要は、革の外套であればいいんだろう? だったら古着屋だ。博打ですった野郎が、当座の金のために売り払ったりすることが多いから覗いてみろ」


 ペデルの言葉に従って古着屋を覗いてみると、確かに革の外套が置いてある。

 新品の値段が張るものなので、古着の需要もあるようで、金策のために売却するのだろう。


 とは言え、古着では自分に合うサイズが有るかどうかが問題だ。

 置いてあった外套は、殆どが俺には小さすぎた。


「ちっ、どいつもこいつも、チビばっかりかよ」

「お前が無駄にデカいんだろ。ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと決めろ」


 俺のサイズに合うものは二着だけで、一着はペラペラで使い物にならない。

 もう一着は、厚みは十分だが見るからに薄汚れている。


「親父、これはいくらだ?」

「あぁ、そりゃ2000ヘルトだ……」

「なにぃ、こんな薄汚れた古着が2000ヘルトだと。ふざけんな!」

「別に嫌なら買わんでもええぞ……」

「くそっ……」


 金を出そうと懐を探ったところでペデルが待ったを掛けてきた。


「まぁ待て、ギリク。ちょっと外で待ってろ……」

「あぁん?」

「いいから、ほれ、それよこせ」


 ペデルの野郎は、薄汚れた外套を引ったくると、俺を店の外へと追いやった。

 暫くして、ペデルが外套を抱えて店から出て来た。


「ほれ、1000ヘルトでいいぞ」

「はぁ? なんで半額になってんだよ」

「値切ったからに決まってんだろう。嫌なら返してくるぞ」

「ちっ……ほらよ」


 金を渡すと、ペデルは外套を放ってよこした。


「お前は、本当に図体ばっかりデカくてもガキだな」

「んだとぉ……」

「そうやって、誰かれ構わず突っかかってるから損するんだよ。そいつを選ぶ時だって、ここで買うしかねぇって雰囲気を丸出しにしてっから吹っ掛けられたんだぜ。最初から高けりゃ買わない態度で物色していれば、店の親父ももっと安い値段を提示してたはずだ」

「ちっ、外套一枚にそんな面倒な事をやってられっかよ」

「まぁ、嫌なら損をし続けるんだな……」


 ペデルは顎が外れそうな大あくびをもらすと、次の店に向って歩きだした。


「どうやったんだ?」

「はぁ?」

「だから、どうやって値切ったんだ?」

「あぁ、さっきの若い奴は、自分じゃ口にしないけど魔物使いとチョイチョイつるんでる奴だ。あんまり吹っ掛けてると、後々損するぞ……って言ってやっただけだ」

「んだと、俺が何時くそチビなんかとつるんだ。適当なこと言ってんじゃねぇ!」

「馬鹿、冒険者なんてものは、はったり利かせてなんぼの商売だ。それに顔を合わせる度に睨み合う程度の知り合いではあるんだろう? 別に全部嘘って訳でもねぇだろ。使えるものは、何だって利用してやるんだよ」


 どいつもこいつも、くそチビくそチビ……1000ヘルト安くなった外套だが、放り捨てたくなった。

 今回の依頼が終わって金が入ったら、真っ先に新品の外套を買ってやる。


 この後、保存食などを買い込んだペデルは、小屋へと戻ると黙々と武器の手入れと確認を始めた。

 一度使う度に、欠かさず手入れを行っているのに、討伐に向かう前には再度の手入れと確認は怠らない。


 普段の適当さとのギャップが激しいが、これは見習うべきなのだろう。


「ギリク、投げ槍は使い物になりそうか?」

「あぁ、細かい狙いは付けられねぇが、胴体にぶち込むぐらいならいけるぞ」

「何本用意した?」

「予備を含めて五本あるが、持ち運ぶことを考えるなら三本までだな」

「そうか、ならば三本は万全の状態で使えるようにしておけ」

「あぁ、分かった」


 ペデルの野郎が、いつにも増して慎重になっているのには理由がある。

 買い物帰りに立ち寄ったギルドで、リバレー峠で馬車がオーガに襲われて冒険者が一人殺されたらしい。


 これまでも、オークやオーガの目撃情報はあったが、襲撃されて犠牲者が出たのは、ここ最近では初めてだ。

 襲われた馬車は車列の最後尾にいたらしく、他の馬車からの救援が遅れたのが犠牲者を出した原因だと言われていたが、車列の中にいたとしても急襲されれば犠牲を出してもおかしくない。


 夕方のうちに晩飯を済ますと、ペデルは小さなカップに半分ほど酒を注ぎ、そいつを煽ると眠りについた。

 俺もソファーに横になったが、思うように寝付けなかった。


「おい起きろ、ギリク」

「んだぁ……」

「寝ぼけてんじゃねぇ、仕事だ!」


 ペデルに足を蹴飛ばされて、ようやく目が覚めた。

 部屋には明かりが灯されているが、窓の外は真っ暗だ。


 昨日の晩飯のシチューを温めて、黒パンを浸して胃に詰め込む。

 体が暖まってくると、また眠気が戻ってきやがったが、身体を動かして封じ込める。


「行くぞ……」

「あぁ……」


 小屋を出た時には、まだ星が瞬いていた。

 色々と気に入らない外套だが、寒さを防ぐ役には立っている。


 ペデルの小屋は倉庫街にあるので、周囲では既に人が動き出している気配がある。

 荷物を積んだ馬車が、街道へと向かう北東の門を目指して進んでいくのが見える。


「くそ寒いな……帰って一杯やりたくなる」

「けっ、手前が取ってきた仕事だろう。文句ぬかすな」


 城門前には、出発をまつ馬車が長い列を作っていた。

 ちょっと前に来た時には、これほど長い行列は出来ていなかったが、それだけマールブルグ行きの荷物が増えているのだろう。


 不意に言い争うような声が聞こえてきて、俺とペデルは足を止めた。

 視線を向けると、一番見たくないものがいやがった。


「手前、なに見てやがんだ……このスケベ野郎!」

「けっ、メスのオークでも街に入り込んだのかと確認してただけだ」

「んだと、この野郎……」


 ペデルに食って掛かって来たのは、一昨日の晩に酒場で揉めた女冒険者の片割れだった。

 その向こう側には、くそ忌々しいチビの姿がある。


「くそチビ、こんな所で何やってやがる」

「リバレー峠で大型の魔物が増えてるそうなので、ちょっと確認ついでに護衛の護衛って感じですかね」

「護衛の護衛? そりゃ、どういう意味だい?」


 俺とくそチビの間に、女冒険者が割り込んできやがった。

 たぶんマールブルグの冒険者だから、くそチビが何者か知らないのだろぅ。


 食って掛かっていた女冒険者も、もう一人の片割れも、くそチビの黒い盾で囲われて拘束された。

 周りにいる連中がガヤガヤと言い出して、ようやく女冒険者どももくそチビの素性に気付いたらしい。


 顔を強張らせてビビるぐらいなら、最初っからいきがるんじゃねぇ。

 マールブルグの女冒険者を黙らせ、くそチビが話し掛けてきた。


「それで、ギリクさんも護衛の仕事ですか?」

「だったらどうした」

「いつぞやみたいにヘマしないように気を付けてくださいね」

「こいつ……」


 オルドフの宝石を持ち逃げされた件を揶揄してやがるのだと分かったが、ここで冷静さを失えば思うツボだ。

 マールブルグの女どもに足を引っ張られんなと言い捨てて、ペデルの元に戻った。


 ペデルは素材屋の馬車を見つけると、雇い主への挨拶も早々に、何やら前の馬車の連中と交渉を始めた。

 門が開くと、御者台に座ったペデルは、三台ほどの馬車を追い抜いていった。


 取り付いた前の馬車の荷台には、くそチビの姿が見える。


「おい、ペデル。どういうつもりだ!」

「どういうつもりだと? 昨日言ったばかりだろう、利用できるものは何でも利用すんだよ。ヴォルザードからマールブルグに向かう街道で、ここほど安全な場所は無い。冒険者は仕事となれば、好きとか嫌いとか言ってられねぇんだよ。生き残るか、死んじまうか、どっちが良い」


 くそ忌々しいが、ペデルの言うことは正しい。

 くそチビ個人の力はどの程度なのか知らないが、使役している魔物どもの戦力を合わせれば、サラマンダーやデザートスコルピオさえ倒すほどだ。


「まさか、マールブルグまで奴らのケツに付いていくつもりか?」

「当然だ。オークが何頭来ようが、オーガが何頭来ようが、何もしないで護衛の役目を果たせるんだぞ。こんな美味しい場所を他人に渡してたまるかよ」


 ペデルのニヤけた面が、いつも以上に腹立たしい。

 くそチビの野郎がジロジロと見ていやがったので、俺は後ろの馬車を確認するふりをして目を背けた。

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