第352話 護衛の護衛

 ノットさんの店で装飾を施してもらった闇属性のゴーレムは、日本の浅川家に届けてきました。

 あまり脅かすようなことは言いたくは無いのですが、日本への帰還作業が一段落して、僕に対する世界からの働きかけが強まる可能性と、万一の時に居場所を特定して駆けつけるためのものであることを説明しました。


 唯香の妹、美緒ちゃんは小学生なので、アクセサリーを常に身に着けているのは難しいかもしれませんが、可能な限り持っていられるように、学校とも相談してくれるそうです。

 唯生さんと美香さんは、さっそく身に着けてくれました。


 世の中には絶対はありませんが、梶川さんも浅川家の皆さんの身辺警護は強化してくれると言っていましたし、暫くは様子を見て、必要とあらばコボルト隊を監視に付けることも考えましょう。


 浅川家に闇属性ゴーレムのアクセサリーを届けた翌日は、オークションやら、帰還作業やら、コクリナの騒動やらが片付いたので、のんびりしようと思っていました。


「ふわぁぁぁ……」

「国分、手前ぇダラけてんじゃねぇぞ」

「うるさいなぁ。そもそも、この護衛の仕事は僕とは関係無いんだよ」

「はっはーっ! そうかな? 果たして本当にそうなのかな?」


 のんびりするどころか、夜明け前の城門前に引っ張り出されています。

 周りには、門が開くのを待っている馬車が、ズラーっと列を成しています。


 厚手の外套やズボンを着こんでいますが、吐く息が白くなるほど周囲は冷え込んでいます。

 ぶっちゃけ、ぬくぬくした布団から出たくなかったんですよね。


 何で、こんな朝っぱらから、八木の鬱陶しい顔を拝まなきゃいけないのかと言えば、リバレー峠で大型の魔物の目撃例が増えているからです。

 実際、三日ほど前に馬車が襲われて、護衛にあたっていた冒険者が犠牲になったそうです。


 その知らせがヴォルザードに届いたのが昨日で、その時点で八木や近藤達のパーティーが護衛の仕事を引き受けていました。

 ベアトリーチェ経由で、そうした話を聞いてしまっては、見守りに行かざるを得ないでしょう。


 近藤達が引き受けた依頼は、穀物を積んだ馬車四台の隊列をヴォルザードからマールブルグまで護衛する仕事です。

 イロスーン大森林の通行が止められている関係で、ランズヘルトの各地からマールブルグへと向かう荷物は、全てヴォルザードを経由して運ばれています。


 その結果として、護衛に当たる冒険者の絶対数が、不足してる状況が続いています。

 本来であれば、FランクからEランクに上がったばかりの近藤達では受けられない仕事なのですが、他にCランクの冒険者二名が加わることで成立しているそうです。


 というか、Eランクにも仕事をさせなきゃいけないくらい、人手不足が深刻なのでしょう。

 今回の護衛の依頼に参加するのは、近藤、鷹山、新田、古田、八木、それにマリーデの六人です。


 Cランクの冒険者は、女性の二人組のようですが、二人ともガッチリとした体型で、新旧コンビよりもマッチョな感じです。

 叩き上げのCランクなら、それなりに仕事は出来るでしょうし、こちら側の連中も近藤がしっかり手綱を握っていれば、そんなに心配は要らないはずです。


 今日の依頼に参加している六人は、魔の森の訓練場でチームを組んで、オークやオーガの討伐も経験しています。

 六対一なら楽勝、三対一でも危なげなく討伐出来ています。


 オーガやオークの襲撃が報告されていますが、襲撃してきた数は三頭程度までだと聞いていますので、Cランク冒険者が一頭を引き受けてくれれば、こちらは十分に戦えるはずです。

 というか、僕が参加するのは実際に峠を登る明後日からでも良かったんじゃない?


「ふわぁぁぁぁ……」

「だから、お前は、ふ、ふわぁぁぁ……って、欠伸がうつっちまうだろう」


 八木に突っ込まれようと、眠たいものは眠たいんだよね。

 八木と話をしていたら、Cランク冒険者の一人が話し掛けてきました。


「ちょっと、あんた達、ダラダラしていて足引っぱらないでよね」

「ほら八木、言われてるぞ、しっかりしろ」

「何言ってんのよ、あんたに言ってるのよ」

「ほえ? 僕ですか?」

「そうよ、てか、なんで手ぶらなの? 武器はどこよ?」


 180センチ近い身長の女性は、赤みの強い茶髪のショートカットで、前髪を押さえるようにバンダナを巻いています。

 四角く張った顎が、意思の強さを表しているようです。


「僕はオブザーバーみたいなもんだから、基本的に戦闘には参加しませんよ」

「オブザーバー? どういう意味よ」

「リバレー峠で大型の魔物が増えているみたいだから様子を見て来いとクラウスさんから頼まれたんですよ」


 ベアトリーチェに話を聞いた後で、クラウスさんに討伐が必要か確認しにいったら、討伐は必要ない……ただ見て来るだけだし、ついでで構わないぞ……なんていわれて、上手い具合に丸め込まれた感じです。


「クラウスって、領主様? なんで、あんたみたいなヒヨっ子に、領主様が頼むのよ」

「そりゃあ、使いやすいし、確実だからでしょ」


 結構顔が売れていると思いきや、この人は僕を知らないみたいですね。


「ちょっとパメラ、なに揉めてんのよ」

「ロレンサ。このガキが、ウザいのよ」


 もう一人のCランク冒険者も歩み寄ってきました。

 こちらは深緑のクセの強い長髪で、パメラと呼ばれた冒険者よりも更に一回りゴツい身体つきをしています。


 てか、八木のやつ、いつの間にか近藤達の方に避難してやがるし。


「おいチビ、ぐだぐだ言ってっと首を圧し折っちまうぞ」

「別に文句なんか無いですし、何かあっても放置で構いませんから」

「こいつ、あんまり舐めた……」


 ロレンサと呼ばれた冒険者は、僕に向かって凄んでいる途中で視線を外すと、更に苦々しげな表情を浮かべました。


「手前、なに見てやがんだ……このスケベ野郎!」

「けっ、メスのオークでも街に入り込んだのかと確認してただけだ」

「んだと、この野郎……」


 一体どんな奴と揉めてるのかと視線を向けてみると、ペデルとギリクの姿がありました。

 振り向いた僕に気付いたのか、ギリクが眉間に皺を寄せて睨んできます。


 なんで冒険者ってのは、こんなに揉めたがるんですかね。

 てか、ギリクが更に小汚くなってる気がするんだけど、そんなんじゃ更にミューエルさんから愛想尽かされるんじゃないの。


「くそチビ、こんな所で何やってやがる」

「リバレー峠で大型の魔物が増えてるそうなので、ちょっと確認ついでに護衛の護衛って感じですかね」

「護衛の護衛? そりゃ、どういう意味だい?」


 ギリクに向かって説明したのに、ロレンサが絡んで来ました。


「あんたみたいなヒヨっ子が、あたしらを守れるとでも言うつもりかい?」


 突然話に割って入って来たロレンサに、面倒臭い奴が来やがったと言わんばかりにギリクも顔を顰めています。


「こっちの話ですから、割り込んで来ないで下さいよ」

「なんだと、あんまり調子に乗るんじゃないよ」

「はぁ……たかだかCランクの冒険者が、キャンキャンうるさいですよ」

「このガキ……な、なんだこりゃ?」


 掴み掛かってこようとするロレンサの首から下を、闇の盾で四方から囲ってやりました。


「ロレンサ! このガキ、何しやが……」

「うるさいなぁ……少しの間、そこで大人しくしといて下さい」


 駆け寄ってきたパメラも、ロレンサと同様に闇の盾で囲い込みました。


「見ろ、魔物使いだぞ」

「あいつら、魔物使いに喧嘩売ったのか?」

「馬鹿じゃねぇの? 寝ぼけてやがるのか?」


 闇の盾を使ったので、僕に気付いた冒険者達が、ガヤガヤと話しながら集まってきます。

 別に、集まって来なくてもいいのに……というか、来るな。


「お、お前、あの魔物使いなのか?」


 黒い箱の上に載せられた生首みたいになっているロレンサが、目を見開いて訊ねてきました。


「どの魔物使いか知らないけど。ヴォルザードのSランク冒険者で魔物使いと呼ばれているのは僕のことですね。まぁ、とりあえず、静かにしてて下さい」

「わ、分かった……」


 ロレンサを黙らせてから、ギリクに向き直りました。


「それで、ギリクさんも護衛の仕事ですか?」

「だったらどうした」

「いつぞやみたいにヘマしないように気を付けてくださいね」

「こいつ……」


 ギリク達が、宝石商の護衛の最中に、宝石を持ち逃げされた話は聞いています。

 ギリクがペデルとコンビを組むようになったのは、その時からのようです。


 歯を剥いて、射殺さんばかりの視線を向けて来たギリクですが、不意に視線をロレンサに移し、吐き捨てるように言いました。


「手前こそ、マールブルグの馬鹿女に足引っぱられてヘマすんなよ」

「マールブルグ? 知り合いなんですか?」

「ペデルの野郎が揉めただけだ」

「そうですか。まぁ、心配は要らないと思いますよ」

「ふんっ……別に手前の心配なんざしてねぇよ」


 踵を返して、ギリクはペデルの元へと戻って行きました。

 さて、そろそろ門が開く時間でしょうから、こっちの面倒事も片付けておきましょう。


 闇の盾から出すと面倒そうなので、そのままの状態でロレンサから話を聞きました。


「それで、なんでそんなに好戦的なんですか?」

「あの野郎が言った通り、あたしらはマールブルグの冒険者だから、舐められたくなかったんだよ」

「ロレンサさん、でしたね。僕らは、あなた達を馬鹿にするつもりなんか無いし、むしろ経験豊富なお二人を頼りにしてます。同じ依頼を受けたチームなんですから、少しは信頼して下さい」

「分かった。だが、君もSランクの冒険者ならば、そう言っておいて欲しかった」


 僕が素性の知れない子供だと思ったから、突っかかって来たのでしょう。

 さすがに素性が分かった後まで、向ってくるつもりは無いようです。


「ところで、君以外の者も凄腕なのか?」

「いえいえ、見ての通りの駆け出しばっかりです」

「では、当初の予定通りに進めて構わないか?」

「どうぞ。よろしくお願いします」


 馬車を操る御者達は、僕が同行すると聞いて歓喜の声を上げました。


「いやぁ、Sランクの護衛が付くなんてラッキーだな」

「峠でオーガに襲われて、冒険者が犠牲になったって聞いて、ちょっとビビってたんだけど、もう安心だな」

「魔物でも、山賊でも、どーんと来いってんだ!」


 気持ちはわかるけど、どっちも出て来て欲しくはないですね。

 それに、みんなに経験を積ませるつもりだから、危なくなるまで手は出さないつもりだけど……それは黙っておいた方が良いのかな?


 四台の馬車には、それぞれに二人ずつが乗り込むことになりました。

 御者台に一人、荷台の最後部に一人といった感じで、声と手振りで馬車の間隔を保つそうです。


 一台目の御者台にはパメラ、後部には鷹山。

 二台目の御者台にはマリーデ、後部には八木。


 三台目の御者台には古田、後部に新田。

 四台目の御者台にはロレンサ、後部には近藤が乗り込みます。


「僕は、ちょっと近藤と話したいんで、四台目の後に乗ります」


 前の三台には、穀物が満載にされていますが、四台目の荷台には、野営の道具などが乗せてあり、もう一人乗り込む余裕があります。

 荷台の側板に寄り掛かるようにして、近藤と向かい合わせになって座り出発を待ちます。


「それで、国分、話って何だ?」

「うん、みんなの状況はどうかと思って」

「あぁ、加藤先生から頼まれたのか」

「まぁ、そんなところだね」


 魔の森の訓練場で演習を行ってからは、唯香経由で様子を聞く程度なので、現状を確かめておきたかったのです。


「シェアハウスは、もう工事に入っているし、間仕切りをするだけだから、来週には引っ越せる予定。まぁ、家財道具とか何も無いから、その辺を揃えたりはしないといけないけどな」

「食事とかは、どうするの?」

「鷹山の義理の母親になるフローチェさんに、手間賃を払って作ってもらおうと思ってる。俺らでも出来るだろうけど、味の保証が出来ないし、まとめて作った方が材料費も安く済むだろう」

「なるほど、さすが近藤、考えてるね」

「いやぁ、全然だよ。家財道具とか、どうやって揃えたら良いか、今だって悩んでるぐらいだし」

「倉庫とか、店の裏手で木箱を貰ってくれば?」

「木箱? 何すんだ、そんなもの」

「ちっちっちっ……分かってないなぁ、並べればベッドにも、棚にもなるし、椅子やテーブル代りにも使えて、しかも物が仕舞っておけるんだよ」

「おぉ、あれか、災害時のダンボールベッドみたいな感じか? それ、いいな」


 アマンダさんの下宿で過ごした生活様式を教えてあげると、近藤は依頼が終わり次第木箱を集めに行くようです。


「そう言えばさ、新旧コンビとか、真面目に働いてるの?」

「今のところは大丈夫だな。ほら、引っ越し関連で金が掛かるし、自分の部屋を充実させれば、女の子とか誘えるぞって唆してるからな」

「なるほど、不純であろうと動機があるから働くって訳か」

「たぶん国分も、加藤先生から八木の事を頼まれているだろうけど、八木の財布はマリーデが握ってるみたいだから、大丈夫そうだぞ」

「そうなの? うーん、でも八木だし……」

「まぁ、八木だからな……」


 ヴォルザードを出発した馬車は、一列になったまま街道を進んでいきます。

 マールブルグへ向かう台数が多いことと、まとまって移動していれば、それだけ襲われる可能性が低くなるからです。


「国分、後ろの馬車……」

「うん、気付いてるよ。でも、さすがに依頼の最中にチョッカイは出してこないでしょう」

「まぁ、そうだな」


 僕らが護衛している四台の馬車の後ろにも、馬車の列が連なっていて、すぐ後ろを走る馬車の御者台には、ペデルとギリクの姿があります。

 ギリクに視線を向けると、わざとらしく後ろの馬車の様子を見たりしていますね。


「あいつら、何だかんだ言って、国分を利用しようとしてんじゃね?」

「なるほど、確かに街道で襲われたら助け合うのがルールだしね」


 魔の森やダンジョンなどで冒険者が戦闘を行っている場合には、助けを求められない限り勝手に手を出さないのが不文律です。

 手柄を横取りした、しないで揉めないためでもあります。


 それに対して、街道上では助け合うのがルールです。

 領地間の通行は、国の発展には不可欠ですから、個人の損得よりも優先されるという訳です。


「まぁ、何かあるとしても、リバレー峠に入ってからだろうから、今日はのんびりしてても大丈夫じゃない?」

「国分は、護衛の仕事もやった事あるんだよな?」

「うん、一応ね。と言っても、仕事というよりも講習みたいなもんだったけど」


 護衛らしい仕事と言えば、マスターレーゼやラウさんと一緒にバッケンハイムまで行ったのと、アウグストさんやアンジェお姉ちゃん達をヴォルザードまで護衛した時だけです。

 それとても、リーゼンブルグでアーブル絡みの騒動があったから、途中で何度も抜け出していますしね。


 それに僕の場合は、自分で警戒するよりも、眷属のみんなが先回りして巡回してくれていたので、実質的には何もしていないんですよね。

 今回も、大型の魔物や盗賊が現われないか、コボルト隊が影の中から見回っています。


『ケント様……次の集落まで沿道は異常なし……』

『道から離れた辺りはどうかな?』

『オークが何頭か……でも、かなり離れてる……』

『うん、それは放置でいいや、ありがとう』


 コボルト隊を統括してもらっているフレッドからの報告でも、異常は無いようです。

 街道の安全は、魔物の討伐が適切に行われていることと、領内の景気が安定していて生活に困る人間が少ないことなどが関係しています。


 普段はチャランポランに見えるけど、クラウスさんの舵取りは的確なようで、ヴォルザード領内の治安は良好に保たれているように感じます。


「ふわぁぁぁ……特に問題は無さそうだから、後は任せるよ」

「おいおい……まぁ、国分の眷属がバックアップしてくれるんだろうけど、俺らは俺らの仕事をするよ」

「うん、頑張って……」


 馬車の側板に寄り掛かり、呼び出したマルトを抱え、ミルトとムルトに挟まって、夢の世界へと旅立ちました。

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