第351話 神の仕業
コクリナの一件を片付けて、ぐっすりと一晩眠った翌日、朝食を早めに済ませてムンギアまで足を伸ばして来ました。
ヴォルザードからは国を二つ越えての移動になるので、こちらはまだ夜が明けていません。
オークションや何やかやで三日ほど放置した形になってしまい、その後どうなっているのか少し心配です。
ただ、この間も眷属のみんなに活動を続けてもらっています。
ザーエ達リザードマンには、川を渡って中洲に人が近づかないように監視をしてもらっています。
そしてフラムには、時々咆哮と火球の打ち上げを行ってもらい、存在を誇示してもらっていました。
「おぉ、バリケードが出来てるよ」
「はい、ヌオランネの連中は、川への接近を禁じ、中洲からフラムが上がって来ないようにバリケードを築きました」
突然船が無くなり、中洲には狂暴な魔物の姿が見える。
ヌオランネとしては、住民の安全を第一に考えて、守りを固める選択をしたようです。
川岸に丸太の杭を埋め込み、先を尖らせた丸太を突き出す形で並べてあります。
更に、川原から集落へと上がる道の入り口にも、同様のバリケードが組まれています。
「あれは?」
「祭壇です。朝夕の二回、集落の長老が祈りを捧げに来ています」
道の入り口に設置されたバリケードには、監視員が常駐する小屋が設けられていて、その傍らの川を見下ろせる場所には捧げ物を載せた台が設置されています。
どうやら、ここでフラムがこちら側に来ないように祈っているようです。
中洲に神の存在を感じたのかまでは分かりませんが、サラマンダーのような強力な魔物は撃退するだけでも大変な危険を伴います。
集落に危険が及ばぬように、神頼みするのは自然な状況なのでしょう。
ザーエと一緒に様子を窺っていると、夜が明ける頃、お年寄りの一団が近づいて来ました。
祭壇に捧げられていた供物を下げ、新しいパンと野菜が供えられました。
「ご先祖様、どうか集落に災いが訪れないようにお守り下さい」
お年寄り達は、代わる代わる祈りを捧げ、監視をしている若い男性を労ってから帰っていきました。
とりあえずヌオランネの方は、今の時点では中洲の所有を諦めたと見ても良さそうです。
「こっちは良さそうだけど、ムンギアは?」
「あちらは、まだ諦めていない様子ですが、少し状況が変わって来ている様子です」
川を渡ってムンギア側へと移動すると、こちらでもバリケードの作成が進められていましたが、まだ未完成の状態です。
そして川原の一角には、丸太船が並べられ、体格の良い男が四人ほど槍を携えて警備にあたっています。
「なるほど、まだ諦めていない連中がいるんだね」
「ですが、戦いを主張する連中も中洲へ渡ることは躊躇しているようです」
「どういう事?」
「樹木が異常に繁ったり、フラムが脅しを掛けていることで、中洲に渡れば自分達がダメージを受ける危険性がある。それならば、中洲には渡らず、直接ヌオランネに渡ってしまえば良いと考えているようです」
ムンギア側から船を出し、中洲よりも下流で対岸に渡り、そこからヌオランネの集落を襲撃しに行く。
ムンギアの集落が襲撃されたのも、この逆の方法だと思っているそうです。
「それじゃあ、中洲から人を遠ざける作戦は、ムンギア側でも一応は成功しているんだね」
「はい、あの通りです」
ザーエが指し示す方法には、ヌオランネと良く似た祭壇が設けられ供物が捧げられていました。
「ムンギアで、戦いを主張している連中って、集落ではどの程度の割合なんだろう?」
「さて、正確な数字までは分かりかねますが、割合としては少数であるような気がします」
元々、ムンギアとヌオランネは中洲の領有権を巡って争いを続けてきました。
ここ最近、ヌオランネが中洲に留まらず、ムンギア側まで侵攻していたのは、爆剤をもたらしたブロネツクの存在があったからです。
中洲に保管していた大量の爆剤を遺跡ごと吹き飛ばし、その危険性を知らしめることでヌオランネとブロネツクの間に対立を引き起こしました。
その結果としてブロネツクは去り、またヌオランネの集落に保管していた爆剤を回収したことでムンギア攻撃の手段が失われました。
ムンギア側も、固執してきたのは中洲の領有権であり、本来ヌオランネの集落まで攻め込むことはしてこなかったのでしょう。
中洲へ渡るのが危険となれば、殆どの者は争う理由を失っているのですが、先日の襲撃によって家族や友人を失った者達は納得が出来ないといったところなのでしょう。
あと一押し、何かがあればムンギア側も諦めてくれそうだと考えていると、こちら側でも祭壇に祈りを捧げる一団が姿を見せました。
お年寄り以外にも多くの人が参加しているところを見ると、先日の襲撃による犠牲者を悼む意味合いもあるようです。
祭壇に供物が捧げられると、長老らしき女性が前へと進み出て跪き、他の者達もそれに倣って跪きました。
天に向かって両手を掲げ、何事か呟いたあとで手を合わせる。
同じような動作を三回繰り返した後で、全員が手を合わせて祈りを捧げ始めました。
船の警護をしていた男達も、槍を置いて祈りに参加しています。
「ここだ!」
唐突に閃いた策を影の空間から実行に移します。
まずは風属性の魔術を使い、ゆるやかに風を吹かせ、それを徐々に強めて祭壇の周囲でつむじ風にしました。
「おぉぉ、これはどうしたことじゃ」
「誰だ、誰か風の魔術を使っているのか?」
祈りに参加している者達が周囲を見回したところで、影の空間にいる僕らは見つけられません。
祭壇を中心としていたつむじ風の勢いを増し、ゆっくりを移動させていきます。
川原の砂を巻き上げながらフラフラと移動させ、更に勢いを強めてから一気に目標目掛けて移動させました。
「あぁ、船が……」
今頃気付いたところで、もう手遅れですよ。
勢いを増したつむじ風の中には、無数の風の刃を混ぜ込んでから、川原に並べらえていた丸太船を飲み込みました。
バキバキ、メキメキ、ガガガガガ……
凄まじい粉砕音と共に丸太船は砕け、木片へと姿を変えていきます。
それでは、そろそろフィナーレとまいりましょう。
今や竜巻と呼んだ方が相応しい姿となった渦の中に、火属性魔法の炎を放出。
轟音と共に、竜巻は巨大な火柱となって天に向かって燃え上がりました。
「おぉぉぉ……神の怒りじゃ。無益な争いを続けようとしている我らに神が怒っておられるのだ!」
火柱に向かって長老が平伏すと、他の者達も一斉に川原に平伏しました。
火属性の魔術を消し、丸太船の灰を上空高くへと吹き飛ばして風属性の魔術も消すと、川原には何事も無かったような静寂が訪れました。
「ザーエ、念のため船を作る奴がいないか見ておいて」
「かしこまりました、王よ」
「フラム、引き続き脅しを掛けておいて」
「了解っすよ、兄貴」
火柱が消えた後の川原では、ムンギアの住民たちが目の前で起こった現象について言葉を交わしています。
大半の者達が、神や先祖の霊が引き起こしたものだと主張し、二、三割の者達が疑問を呈しているようです。
ただ、疑いを持っている者達も、風属性と火属性の二つの属性を使わなければ出来ない現象だけに、人の手では実行が難しいと首を捻っています。
ヌオランネの連中が潜んでいて、タイミングを見計らって船を燃やしたんだ……なんて主張している者もいますが、周りから思いっきり突っ込まれていて少し可哀想ですね。
「どうだろう、ラインハルト。これで紛争は止められそうかな?」
『そうですな、ムンギアもヌオランネも、中洲に渡ることは諦めているようです。これは言うまでもなくフラムを恐れてのことです。フラムがどこから来て、何を餌にしているのかなど、これから疑問に思う者が出て来るでしょうが、サラマンダーがいる所へ進んで踏み込んで来る者は居ないでしょう。フラムとザーエ達の活動を暫く続ければ、中洲を不可侵の土地と出来るでしょうし、そうなれば両者の争いの元も無くなります。経過次第ですが、上手くいくと思いますぞ』
ラインハルトの見通しが、自分の考えているものとほぼ同じなので、このまま進めれば大丈夫でしょう。
ただ、ムンギアとヌオランネの抗争が終了する事が、全てにおいて良い方向に向かうのならば良いのですが、余力をバルシャニアの反体制運動に向けられるのは困ります。
まぁ、その辺りの舵取りについては、皇帝コンスタンに任せておきましょう。
それよりも、僕は僕の周りの事をシッカリしないといけませんからね。
ザーエとフラムに後を頼んで、ヴォルザードへと戻りました。
向かった先は,魔道具屋ノットさんのお店で、ドアの前まで行くと、お客さんを送ってノットさんが姿を見せました。
「こんにちは、ノットさん」
「いらっしゃい、ケントさん。例の品物、出来上がってますよ」
「えっ、もうですか。ありがとうございます」
「今回は、妹イエルスがメインで担当させていただきました」
店の中には、お客さんがいましたが、皆さんまだ品定めの最中のようなので、品物を受け取る事にしました。
ノットさんは、カウンターの後ろにある戸棚を開けて、トレイに載せられた品物を取り出しました。
一つはブレスレット、後の二つはネックレスです。
ブレスレットは何かの牙か角を加工した物のようで、乳白色の光沢あるプレートを組み合わせた落ち着いたデザインです。
「あれ? 闇属性のゴーレムは……」
「ご心配無く、裏側に嵌め込んでありますよ」
「あぁ、なるほど……これならば色の違いが目立ちませんね」
ノットさんに渡してあった闇属性のゴーレムにしたプレートは、薄い石のプレートの中に送還術を使って魔石を封じ込めたものです。
そのため表面は黒っぽい石で覆われた状態でしたが、目立たないようにブレスレットの内側に嵌め込まれています。
もう一方のネックレスは、銀色のプレートを花や鳥の彫刻で飾り付けてあります。
チェーンも凝ったカットが施されていて、光を反射してキラキラと輝いています。
「これも内側に嵌め込んであるんですね?」
「こちらは包み込む形ですね。ブレスレットがミノタウロスの角を加工したもの。ネックレスは白金です」
「こんなに凝った品物を短期間に仕上げていただいて、申し訳ないです」
「いえいえ、妹にとっては、その闇属性のゴーレムが大いに刺激になったそうですよ。それ、魔石が入っているんですよね?」
「はい、ちょっと特殊な方法ですけどね」
「全く継ぎ目の無い石の中に魔石が嵌め込まれている。例えそれが特殊な魔術によるものだとしても、職人にとっては自分には作れない品物であることに変わりは無いんです」
「なるほど、職人的に負けない品物を作ると意気込んだんですね?」
「そういう事です。このゴーレムを見せた途端、親父も妹も大騒ぎでしたよ」
ノットさんと話をしていたら、奥の工房からノットさんの父親ガインさんが、ぬっと顔を出し僕に向かって手招きをしました。
ノットさんは苦笑いを浮かべて、工房へ通るように促しました。
工房では、イエルスさんも手を止めて、作業台の上に水晶、鉄、魔石などの素材を並べています。
最初に差し出されたのは、水晶と赤い魔石です。
「これで同じ物が作れるか?」
「結構繊細な作業なんで、失敗するかもしれませんよ」
「構わん、やってくれ」
ガインさんには隷属のボーラーなどで大変お世話になっていますから、ちょっと断わる訳にはいきませんよね。
前回作業した時の事を思い出しながら、まずは水晶と魔石から必要なパーツを召喚術を使って取り出しました。
ケースとなる厚さ約3ミリの水晶片と、厚さ約1ミリの魔石片が出来上がると、ガインさんがストップを掛けてきました。
「ふむ……一瞬か」
「磨いたみたいな切り口」
ガインさんとイエルスさんは、水晶片と魔石片を交互に眺めたり、指先で凹凸を調べたり、定規をあててみたりして確かめています。
「うむ、続けてくれ」
「では……召喚」
今度は左手に水晶片、右手に魔石片を持って、厚さや大きさを認識しながら、水晶片の中心から、魔石片と同じ大きさをくり抜きました。
再びガインさんから待ったが掛かり、今度はくり抜いた水晶片と魔石片が比較されています。
ノギスのような計測器まで使われ、厚さ、大きさまで詳細に比較されています。
「若干だが、魔石片の方が厚いが大丈夫か?」
「うわっ、たぶん大丈夫じゃないです」
このまま魔石片を水晶片の中に送り込むと、たぶん水晶片にヒビが入ると伝えると、おもむろにガインさんが魔石片を削り始めました。
作業時間は五分程度で、ピッタリの大きさに削ってくれました。
「次が仕上げだな?」
「はい、やっても構いませんか?」
「あぁ、やってくれ」
「ふぅぅ……送還!」
赤い魔石片は、無事に水晶片の中へと収まりました。
すぐにガインさんとイエルスさんが、ルーペを使って水晶片を確かめ始めましたが、思った結果ではなかったのでしょう、渋い表情を浮かべました。
「駄目ですか?」
「この技術自体は大したものだ。ワシらでは真似の出来ない技術だが、完璧ではない……」
「僅かに隙間が生じてしまっているから、擦り合わせた時のような透明度が無いの」
イエルスさんが見本として見せてくれた水晶板と魔石板を貼り合わせたものは、ピッタリと隙間無く合わさっているので、濁りや曇りが全くありません。
それに対して僕が作った物は、水晶と魔石の間に微妙な隙間があるようで、気泡が濁りとなり透明度を損なっています。
「いやぁ……さすがにこのレベルでの擦り合わせるほどの精度は難しいですよ」
「そうか、ワシらでも、一発で切り出した直後の物では、擦り合わせたものほどの精度は出せないからな」
たぶん二人は、何か面白い使い道を想定していたのでしょうね。
「あのぉ……ちょっと、水晶と魔石を拝借しても良いですかね?」
「何をするつもりだ?」
「ええ、ちょっと……」
ガインさんは、無言で首を振って、やってみろと促してきました。
今回は、最初に水晶片を中までくり抜いて、先に仕上げます。
続いて、魔石の中から薄い星型の欠片を切り出して、一気に水晶片の中へと転送しました。
「おぉ、これは……」
「凄い、これは思い付かなかったわ」
薄い水晶片の中で、赤い魔石の星が閉じ込められています。
固定されていないので、傾けると星が移動します。
ガインさんとイエルスさんが夢中になってルーペ越しに眺めている間に、別の水晶片を切り出し、今度は大小様々な大きさの魔石の星を閉じ込めてみました。
当然、気付いたガインさん達に、ひったくるようにして奪われました。
「ガラスを張り合わせるならば、同じような物は作れなくもないが、ここまでの透明度は出せん。それに、横から覗けば張り合わせているのは一目瞭然だ」
「この方法を応用すれば、砂時計とかも作れそうですね」
「やめてくれ。ワシらを失業させるつもりか」
「いやいや、あのネックレスの精巧な装飾や、チェーンの複雑なカットとか、僕では真似出来ませんから大丈夫ですよ」
ガインさんの慌てた顔なんて、初めて見ましたよ。
この後、水晶の中に閉じ込める物を、金や銀に変えてみたり、大きさや中に入れる物の形を変えたりして、全部で二十個ほどを作りました。
一つ、銀のドラゴンを切り出して、水晶に閉じ込めようとしたけれど、造形センスが圧倒的に不足していて、出来上がったのは謎生物でした。
もちろん、謎生物には闇から闇へと消えていただきましたよ。
作業を終えて、工房から店へと戻り、品物を受け取って清算しようと思ったら、ガインさんがノットさんに声を掛けました。
「ノット、支払いは済んでるから物だけ渡せ」
「いやいやいや、さすがにそれは駄目ですよ。これほどの仕事をしてもらって、タダって訳にはいきませんよ」
「ふん、ワシらには出来ない仕事をさせたんだ。それで十分だからな」
「という訳なんで、ケントさん、受け取って下さい」
ノットさんに拝まれてしまっては、受け取らない訳にはいきませんね。
「しょうがないなぁ……じゃあ、今度何か珍しい素材が手に入ったら持ってきますよ」
「それはそれは、楽しみにしています」
「これ、ありがとうございます。きっと喜んでもらえると思います」
ノットさんに見送られて、お店を後にしました。
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