第346話 アルダロスのオークション
ブライヒベルグでオークションが行われた翌日は、リーゼンブルグの王都アルダロスでオークションが開催されます。
普段、アルダロスの商工ギルドが主催するオークションは、ギルド近くの講堂で行われているそうですが、今日は歌劇場を貸し切って行われるそうです。
理由は勿論、先日王城で行われていたお茶会に、クラーケンの魔石持参で僕が顔を出したせいです。
お茶会に参加していた一代貴族は、誰もが商売で成功を収めた者ばかりです。
当然、クラーケンの魔石の話は、一代貴族から他の者へと伝えられ、アルダロスに滞在している大物貴族までもがオークションへの参加を表明したそうです。
僕とカミラの関係は、知る人ぞ知る関係になっているようで、クラーケンの魔石を落札することで、コネが作れるのではと期待されているみたいです。
それに、一代貴族達の中にも、汚職の自己申告に関わった者がいたようで、こちらも賄賂無しの商売をする一方で、こうしたコネを作れると思われる機会を狙っているようです。
まぁ、高額で落札してもらえるのは嬉しいですが、それによって何か便宜を図るつもりは有りませんけどね。
てかさ、もうリーゼンブルグには十分すぎるぐらい貢献してるんだから、ちょっとは美味しい思いさせてくれても良いんじゃない?
別にタダで金を寄越せって言ってる訳じゃなく、ちゃんと魔石という商品を出すんだから、バッチリ高い値段で買ってよ。
もう一つ、歌劇場が会場として選ばれた理由は、カミラとセラフィマが見学するからです。
小さな講堂では、警備をするにも不便なので、もともと貴賓席が用意されている歌劇場が選ばれたようです。
オークションが歌劇場で行われるという情報は、ハルト経由でカミラからもたらされていて、ご丁寧に地図まで添えられていました。
歌劇場は、王城を囲む二番目の堀の外側にあり、周囲には役所や美術館などの公共施設が建っているエリアにあります。
商工ギルドも同じエリアにあるのも、会場に選ばれた理由かもしれません。
地図を頼りに歌劇場に足を運んでみると、周囲の道には豪華な馬車が行列を作っていました。
言うまでも無く、乗っているのは貴族の面々で、着飾った人々が馬車から降りて、歌劇場へと入っていきます。
というか、一般の人とか入れるのかな。
クラーケンの魔石の値段が吊り上がっても、他の出品に買い手が付かないような状況は起こってもらいたくないんですけどね。
まぁ、そのあたりは商工ギルドのマスター、クデニーヌさんが上手くやってくれるでしょう……たぶん。
カミラとセラフィマは、同じ馬車に乗って現れました。
馬車の警備も、右をバルシャニア、左をリーゼンブルグの騎士が固めています。
たぶん、揃って王城の外に出る機会を使って、両国の友好を演出するためでしょう。
沿道に居合わせた人や、劇場で出迎えた人からも、驚きの声が上がっていました。
本日もセラフィマはバルシャニアの民族衣装に身を包み、カミラはワインレッドのドレス姿ですが、銀色の毛皮のストールを巻いていて、胸元が見えませんね。
うん、けしからん、実にけしからん。
馬車を降りた二人の元には、あっと言う間に人だかりが出来上がります。
今やリーゼンブルグの実権を握り、バリバリと改革を推し進めているカミラとは、以前に面識があったとしても、繋がりを密にしておく必要があると思われているのでしょう。
今はまだ、民間人と役人のレベルに留まっている汚職の摘発を、この先カミラは貴族達にまで範囲を広げていくつもりだそうです。
まだ直接貴族達に布告した訳ではありませんが、そうした身の危険は敏感に感じ取るものなのでしょう。
何しろ、以前の腐り切っていたリーゼンブルグ王家では、宰相の機嫌を損ねただけで領地の小さな貴族は濡れ衣を着せられて、家を取り潰されたりもしていたそうです。
元第一王子派や元第二王子派の重鎮と呼ばれていた貴族達までは、さすがに手を出せなかったようですが、階級の低い貴族達は、そうした動きを敏感に感じ取り、宰相に付け届けなどもしていたらしいです。
当然カミラは、そうした状況に関しても承知しているそうで、弱小貴族が保身のための行った付け届けに関しては不問にするようです。
一方で、他家を貶めるために工作を行った者に対しては、厳正な処分を行うつもりだと聞いています。
貴族達の間に、どの程度まで情報が洩れているのか分かりませんが、ここに顔を揃えている中にも、厳しい処分を食らう者が含まれているかもしれません。
もしかすると、そうした貴族にとっては、クラーケンの魔石こそが免罪符だと思われているのかもしれませんね。
言うまでもなく、汚職の摘発に関して、僕が口を出すことはありませんし、買取の値段が上がろうとも、それは変わりません。
貴族達が雁首揃えているところに僕が顔を出せば、それこそ面倒な事態になるでしょうから、二人が貴賓席に座ってから合流しました。
「おはよう、セラ、カミラ」
「おはようございます、ケント様」
「おはようございます、魔王様」
貴賓席は他の座席とは仕切られていて、一番前で立たない限り、姿を見られることもありません。
ここからジックリとオークションの様子を見させてもらいましょう。
歌劇場は、舞台を扇型に取り囲むように座席が設えてあり、貴賓席は二階席の中央になります。
劇場の収容人数は八百人だそうですが、今日は通路に立っている人もいますので、千人を超える人が詰め掛けているかもしれません。
貴賓席の中央に僕が座り、左にセラフィマ、右にカミラが座っています。
そして、オークションの解説役として、商工ギルドのマスター、クデニーヌさんが同席しています。
「思ってた以上に盛況のようですね」
「はい、これも魔王様の御力添えのおかげでございます」
「あとは、実際にオークションが始まってみて……ですね?」
「はい、おっしゃる通りです。本日は、いつもと違ったお客様がたくさんお見えですので、そうしたお客様にも喜んでいただけるように、趣向をこらしております」
「では、準備は万端という訳ですね」
「はい、ゆっくりと御覧下さい」
クラーケンの魔石以外の品物に値段が付かず、オークション全体を見た時に、低調な結果になるのを心配していましたが、どうやらクデニーヌさんには秘策があるように見えます。
でも、貴族達が喜びそうな商品って何なんでしょうね。
オークションの開始を待つ間、給仕の方がお茶を用意してくれました。
一緒に、スコーンのような焼き菓子やフルーツケーキも配られました。
優雅にお茶を飲みながら、オークションを眺める……ブルジョアっぽいっすね。
お茶は香りが良く、焼き菓子も程よい甘さで美味しいです。
室内に入ったので、カミラはストールを外しました。
ドレスは胸元が大きく開いていて、こぼれそうで、美味しそう……じゃなくって、けしからんです。
「ケント様、そろそろ始まるようですわ」
「う、うん……そ、そうだね」
セラフィマの言葉が、まるで抜き身の刀を突き付けられているようにヒンヤリ感じるのは、僕の気のせいではないはずです。
セラフィマからのプレッシャーを感じている僕に、カミラが話し掛けてきました。
「魔王様、クラーケンの魔石は、午後の部の一番に競りを行うと聞いております」
「そうなんだ、ブライヒベルグと同じ考えみたいだね」
「そちらのオークションでの落札価格は、おいくらになりましたか?」
「昨日は二億ヘルト。落札したのはバッケンハイムでポーションを扱っている商会の代表だよ」
「二億ヘルト、それほどですか……」
カミラはブライヒベルグでの落札価格を聞いて、ショックを受けているようです。
「あぁ、会場にいる人達に、その落札価格を伝えるのは無しだからね」
「なぜですか? 伝えた方が落札価格は上がるはずです」
「うん、そうなんだけど、リーゼンブルグの現状を見てみたい気もするんだよね」
「私もケント様に賛成です。カミラ様にとっても、貴族の皆様の財力を測る指針になるのではございませんか?」
「なるほど……」
まぁ、ブライヒベルグの落札価格を伝えたところで、対抗しうる財力が無ければ話になりません。
「オークションの途中、どの人がどんな行動を取るのか見ておくのも良いかもね。目的のためなら手段を選ばない人とか、冷静な人、興奮しやすい人、策略家、感覚派とか、人間性が透けて見えるんじゃない?」
「はい、そのつもりでおります」
改革を推し進めているカミラとしては、こうした機会を逃すつもりはないようです。
暗かった舞台に魔道具の照明が灯され、競売人が姿を現すと、劇場内に響いていたざわめきが、潮が引くようにおさまっていきました。
「皆様、本日はアルダロス商工ギルド主宰のオークションにお運びいただきありがとうございます。本日の目玉商品は、魔王ケント・コクブ様が出品なさったクラーケンの魔石でございますが、カミラ様より王家縁の品々をご提供いただいております」
「なんだと、そんな話は聞いておらんぞ」
「どれだ、どれが王家縁の品だ?」
ターンっと競売人がハンマーを打ち鳴らして、湧き起こったどよめきを抑えていきます。
「皆様、ご静粛に願います。カミラ様より、どの品物が王家縁であるか参加者には知らせぬようにと御指示を賜っております」
「それでは、分からないではないか」
「それとも、見れば分かる品なのか?」
ターン、ターンと競売人は立て続けにハンマーを鳴らして、再びどよめきを抑えました。
「どの品物が王家縁が明かさないのは、他の商品と価格差が生じないようにするカミラ様の御配慮でございますが……リーゼンブルグの貴族であれば、目利きに間違うことは無いだろうと仰られておりました。では、他の商品ともどもオークションをお楽しみ下さい」
ターンと、競売人がハンマーを打ち鳴らすと、最初の商品が運び込まれてきました。
運び込まれて来たのは、大きな絵画でした。
湖の畔に建つ館の背景には雪を抱く山々が描かれているのですが、どこかで見たような気がします。
絵を見たのではなく、描かれている風景に見覚えがありました。
「あっ、カルヴァイン領か……」
「さすがは魔王様、正解です」
この絵は、カルヴァイン領地に支援物資を送り込むのと入れ替わりで、アーブルの屋敷や、雪崩で埋まった元締めの屋敷から回収した品物の一つだそうです。
「あれっ? それじゃあ、王家縁の品物って……」
「王家が回収した品物ですので、間違いではございません……」
「うわぁ……久々に見たよ、カミラの悪い顔」
「むぅ……魔王様の可愛い方でしたら、そちらにいらっしゃるから問題ございませんでしょう」
何この、ちょっと膨れてみせる可愛らしい生き物は、ちょっとギューってしちゃいましょうか……って、左半身に感じる気温が下がり続けているみたいなので止めておきましょう。
「ケント様、落札価格が決まりましたよ」
「は、はい、そうですね……んっ?」
不機嫌そうな表情を見せながら、セラフィマは僕の左腕を抱え込みました。
おぉぅ……フニフニと私だって柔らかいんだからねアピールが……。
僕を挟んで、セラフィマとカミラが静かに火花を散らしていまして、オークションになかなか集中できなかったのですが、クデニーヌさん曰く、想定していた落札価格よりも三割ほど高かったそうです。
この後のオークションも、クラーケンの魔石は望み薄だと思っていた貴族の面々が、王家縁の品物を求めて競りに参加したので、落札価格は高めに推移しました。
昼食は貴賓席の後方にある部屋で済ませ、休憩を挟んだ後、いよいよクラーケンの魔石の競りが行われます。
昼食の休憩に入る前の弛緩した空気は一変し、会場にはピリピリと張り詰めた空気が漂っています。
一旦落とされていた舞台の照明が灯され、競売人が姿を現すと同時に、台車に載せられてクラーケンの魔石が運ばれて来ました。
クラーケンの魔石は、客席から良く見えるように、舞台の一番中央の一番前まで運ばれました。
ここで、会場全体の照明が落とされ、クラーケンの魔石にだけスポットライトが当てられました。
「おぉぉぉぉ、なんという煌き」
「深い水底を切り取ったようだ……」
「見ているだけで吸い込まれそうだわ」
ターン……じっくりと観賞する時間を与えた後で、競売人のハンマーが打ち鳴らされ、会場の照明が灯されました。
「それでは、午後のオークションを開始いたします。もはや説明は不要かと存じますが、こちらの魔石は魔王ケント・コクブ様が、討伐したクラーケンより取り出した物でございます。我々商工ギルドが鑑定を行いましたが、この魔石に匹敵する品物が、この先提供される可能性は非常に少ないという結論に達しました」
あと一個持ってたのを忘れてたけど、あれはフェアリンゲンにもって行くつもりですから、手に入る可能性は確かに低いです。
ここに集まっている人の多くは貴族ですし、リーゼンブルグ国内に大型の魔物がどの程度現れるのか、どの程度討伐されるのかは良く分かっているでしょう。
それに加えて出品者は魔王ケント・コクブ。
さて、いくらの値段が付きますかね。
「それでは始めさせていただきます。一億ブルグからのスタートです!」
「一億一千万」
「一億二千だ!」
「一億三千万ブルグ!」
一億ブルグからのスタートにも驚きましたが、価格は止まることを知らず、ドンドンと上がっていきます。
「一億八千!」
「二億!」
「二億一千万!」
リーゼンブルグの通貨ブルグは、ヴォルザードでは1ブルグ、1ヘルトで流通しています。
厳密には微妙に違うのかもしれませんが、ブライヒベルグでの落札価格を超えても、競りは終りそうにありません。
「二億五千!」
「二億五千五百万!」
「二億五千八百!」
さすがに二億五千万ブルグを超えると、競りに参加している人数も減ってきましたし、金額の上げ幅も小さくなってきました。
「二億六千四百!」
「二億六千五百万!」
「二億六千七百!」
いよいよ、競りは一騎打ちに入ったようで、二人の男性が互いの腹を探っています。
一人は恰幅の良い、見るからに成金趣味のオークかと思うような大男で、もう一人は痩せた老齢の男性です。
二百万刻みで競る大男に対して、老齢の男性は百万、時には五十万刻みで対抗しています。
斜め後方から見ているので、はっきりと表情までは窺えませんが、大男の方はだいぶジレて来ているようです。
「魔王様、大男の方は、カンベルグ・ケルステンといって、元のカルヴァイン領と境を接する地域を治めている男です」
「そこは、何かお金が儲かるような産業でもあるの?」
「いいえ、酪農が盛んな地域だと記憶していますが、カルヴァイン領ほどの印象がございません」
体格はこれ以上無いぐらいに目立っていますけど、特産品も無い領地ではお金の出所が気になりますね。
カミラも表情を険しくして、カンベルグの様子を見守っています。
「ねぇ、セラ、あの男の話はアーブルからは聞いていない?」
「ケルステン家という名前には聞き覚えがございませんが、アーブルは周囲の領主とは話がついていると知らせて来ていました。ただ、あのアーブルですので、どこまで信用出来るか……」
こちらで話をしている間にも、競りは続いていました。
「二億七千!」
「二億七千百万!」
「二億七千四百!」
「二億七千四百五十!」
「二億七千七百!」
カンベルグの声には、隠しようもない苛立ちが含まれています。
対する老齢の男性は飄々とした感じで、落ち着き払っているように見えます。
ただ、申し訳ないのですが、それだけの金額を払えるように見えないんですよね。
でも、本当の金持ちは無駄な金を使わない……なんて話も聞きますし、案外床下の壺とかに貯め込んでいたりするんですかね。
「二億八千万ブルグ! いい加減に諦めろ爺ぃ!」
業を煮やしたカンベルグが立ち上がって咆えると、会場は水を打ったように静まり返りました。
老齢の男性は、眉を吊り上げているカンベルグの視線を正面から受け止めた後で、小さく首を振りました。
ほぉっと、会場に緊張を解すようなため息が流れ、競売人がハンマーを振り上げた時でした。
「三億ブルグ!」
それまで全く競りに参加していなかった女性が、すっと手を揚げました。
年齢は二十代後半から三十代前半、深い蒼色の髪は、まるでクラーケンの魔石のようです。
「なっ……三億、えっ……?」
勝利を確信していたカンベルグは、突然現れた強敵に混乱していました。
「三億ブルグ……他ありませんか?」
「ま、待て! 三億と……百万ブルグ」
「三億二千万ブルグ」
「なん……で……」
おそらく、カンベルグとしては二億八千万がギリギリのラインだったのでしょう。
急激に四千万ブルグも上積みされて、混乱すると同時に、資金が尽きたようです。
「では、クラーケンの魔石は……」
「待て……ちょっと」
「お客様、落札後すみやかなお支払の目途が立たないのであれば、入札はお控えいただけますか?」
「ふぅ……分かった」
カンベルグは憤然とした表情で、ドッカリと腰を下ろして頭を抱えた。
「では、クラーケンの魔石は三億二千万ブルグにて落札とさせていただきます」
競売人のハンマーが音高く打ち鳴らされ、オークションは終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます