第343話 神を騙る工作

 グリャーエフで爆剤のレクチャーを終えた後、ムンギアへと移動して来ました。


「ザーエ、川を渡ろうとした者はいた?」

「いいえ、雨で水量が増えたこともあって、川に入る者はおりませんでした」


 ザーエが言うように、川は水量を増し濁っていました。

 これでは、ザーエ達がいなくても泳いでは渡れませんね。


 先にヌオランネの側を見に行きましたが、船を保管していた場所にも人影は無く、集落の中でも新しい船を作っている様子はありません。

 ただ、集落の中には、槍を手にした体格の良い男の姿があちこちに見受けられ、女性や子供の姿が殆ど見えません。


「この前の爆破の影響かな?」

『爆剤と……船を回収したから……』


 フレッドの話では、大量の爆剤や船が跡形もなく消えているのに気付いて、一体何者の仕業なのかと色々な憶測が飛び交ったようです。


 曰く、ブロネツクの連中が、大量のアンデッドを引き連れてきた。

 曰く、ムンギアの工作員が入り込んだ。


 曰く、フェルシアーヌ皇国政府が工作員を送り込んだ。

 曰く、身内に裏切り者がいる。


 曰く、ムンギアの亡霊の仕業だ。

 曰く、先祖の祖霊の戒めだ。


 どの主張にも根拠は無く、真実味がありそうな話ほど、大量の爆剤を誰にも気付かれずに運び出す方法で躓き、むしろ超常現象的な主張の方が支持されつつあるようです。


「僕としては、神の名を騙るのはこれからだと思っていたけど、なんか都合の良い流れになってるみたいだね」

『もう一押しすれば……ヌオランネは戦意を失いそう……』

「そうか、それじゃあ、今度は武器を取り上げちゃおうか?」

『了解……隙を見て武器庫から持ち出す……』


 なんだかフレッドがウキウキしてる気もしますが、手の空いてるコボルト隊を指揮して武器を持ち出すように頼みました。

 この辺りに、どの程度の頻度で魔物が出るのか分かりませんが、必要最低限の物を残して、ゴッソリいただいちゃうつもりです。


 一方、川を渡ったムンギアでは、鬼気迫る形相で船を作っている一団がいました。

 昨晩、ここにあった船は全部回収してしまったのに、粗削りだけど二艘の船が出来ています。


 更に、作業場の周囲には、槍を持った屈強な男達が目を光らせています。

 たぶん、上流か下流で川を渡ったヌオランネの連中の仕業だと考えているのでしょう。


「うわぁ、こっちの連中は怖いね……」

『おそらく、集落を襲撃されて、家族を失った者達なのでしょうな。ヌオランネの連中が大人しかったのは、身内を殺されていないからでしょう』


 ラインハルトの言う通り、ムンギアとヌオランネの温度差は、人的被害の大きさの差によるものでしょう。

 ヌオランネの者も中洲の爆発で身内を失った者もいるのでしょうが、死因は自分達のミスによるものだと思っているせいで、ムンギアへの憎しみに直結しないのでしょう。


「これ、今作ってるのも、今日中には形になりそうだよね?」

『なるでしょうな。それに、昨夜は無人でしたが、今夜は見張りがつくでしょうな』

「でも、一晩中作業を続ける訳じゃないよね」

『さすがに作業は中断するでしょうが、作業場の中に見張りを置くかもしれませんぞ』

「まぁ、その時は久しぶりに眠り薬に活躍してもらうよ」

『ぶははは、それならば、今夜は問題無く船を回収できるでしょうな。ですが、明日は気付け薬を使ってくるかもしれませんぞ』

「まぁ、その時は、その時で方法を考えるよ」


 別に船を丸ごと回収出来なくても、船が船として使えなくすれば、僕の目的は達成されます。

 例えば、船底の一部を召喚術で切り取ってしまえば、水に浮かべることは出来なくなります。


 出来ればヌオランネのように、スピリチュアルな現象と思われた方が僕にとっては都合が良いので、丸ごと送還みたいな形も検討しておきましょう。

 見張りが一瞬目を離した隙に船が消えたりしたら、さぞや騒ぎになるでしょうね。


 ムンギアの状況を確かめた後、昨日植樹を行った中洲へと移動しました。

 本日の訪問の一番の理由はこっちです。


『ケント様、何をなさるおつもりですかな』

「うん、光属性の魔法を使って、成長を促進させられないかと思ってね」

『苗木の成長を早めるのですか?』

「そうそう、常識的な速さを逸脱して、木が急激に伸びたりしたら、人間以外の存在を考えるようになるかと思ってね」

『具体的には、どのようになさるおつもりですかな』

「この前、セラフィマの警護をしている騎士達に、エリアヒールを掛けた感じでやってみようと思っている」


 光属性の範囲魔法なので、眷属のみんなには悪影響が出ないように影に潜っていてもらうことにしました。

 昨日植えた若木は、どれも高さは1メートル程度です。


「それじゃあ……エリアヒール!」


 若木を見渡せる場所に立って目を閉じ、細胞の活動を活性化させるイメージで、光属性の魔術を発動させました。

 久々に身体からゴッソリと魔力が抜き取られる感じに耐え、いよいよ魔力切れになる一歩手前で解除しました。


「うぉぉ、何じゃこりゃ!」


 目を開けてみたらビックリです。

 魔術の発動前は見下ろしていた若木が、見上げるような大きさに育っています。


『ケント様、もう出てもよろしいですかな?』

「あっ、うん、みんな出ても大丈夫だよ」

『これは、これは……驚くべき成長速度ですな』

『ケント様……周りの木も育ってる』

「えっ……あっ、本当だ、高さが増してる気がする」


 厳密に範囲を設定した訳じゃないので、若木以外の元々生えていた木も成長したようです。

 それにしても、育ち過ぎだと思う反面、これを応用すれば、砂漠化対策の防砂林を育てたり、緑化のための植物が育てられそうな気もします。


「あぁ……でも、やっぱり無理があるのかな……」

『どうされました、ケント様』

「若木は育ったけど、土が乾いてるし、痩せてもいるかも」

『急激な成長を支えるために、その分の養分を吸ったのでしょうな』


 若木を中心として、根元の土が乾いてきているし、心なしかパサパサした感じに見えます。

 昨日、若木を植える前に、魔の森から運んで来た土を混ぜ込んでおいたのも、急激な成長の要因だったのでしょう。


「とりあえず、水だけでも撒いておくか……」

『ケント様、後で手の空いたコボルト達に、落ち葉の混じった土を持って来させましょう』

「うん、お願いするね」


 植物の超促成栽培が出来そうだけど、それを実現するには肥料が必要なようです。

 天然の腐葉土だけでなく、日本の化学肥料でも大丈夫なのか、ちょっと試してみたくなりますね。


『ケント様、そろそろヴォルザードに戻られないと、夕食に遅れますぞ』

「えっ、そうだ、時差があるもんね。よし、一旦戻ろう」


 ムンギアで日が傾く頃には、ヴォルザードでは日が沈んでいる頃です。

 急いでヴォルザードの迎賓館へと戻りました。


 滑り込みセーフで間に合った夕食の席では、今日一日の出来事をみんなで話したのですが、ベアトリーチェから少し気になる話を聞きました。


「リバレー峠の魔物が増えてるの?」

「はい、馬車が襲われるケースも出て来ているみたいです」


 リバレー峠は、ヴォルザードとマールブルグの間にある峠道ですが、山を一つ越えた先はイロスーン大森林です。


「クラウスさんは、何て言ってるの?」

「まだ護衛の冒険者だけで対応出来ているので、ケント様に頼るつもりは無いようです。ただ、護衛の冒険者だけで対処が出来ない事例が出て来るようならば、力を借りる必要があるので、話だけはしておいてくれと……」

「そうか、いつでも動けるように準備だけはしておくよ」

「はい、お願いいたします」


 確か、以前にもドノバンさんがオーガの目撃が増えていると報告していたと思いましたが、その他の魔物まで増えているのであれば、全体的な生息数が増えていると考えるべきなのでしょう。

 ただ、魔物への対処は、護衛にあたる冒険者の腕の見せ所でもあり、稼ぎ所でもあります。


 単純に僕や眷族が対処してしまうだけでは、仕事や稼ぎを奪うことにもなりかねません。

 クラウスさんが、僕が動くのに待ったを掛けているのは、その辺りのバランスを取る必要があるからでしょう。


 それと、リバレー峠を超えていくのは、マールブルグへ行く荷物と人だけです。

 イロスーン大森林の通行が止まって以来、バッケンハイムより東への荷物は、全て影の空間経由で行われています。


 バッケンハイムへ向かう人や荷物が無くなった分、護衛の仕事も減っていることへの配慮もあるのでしょう。

 夕食後、ゆっくりとお茶を飲み、唯香、マノン、ベアトリーチェがお風呂に行ったので、僕は見守りにいこうかなぁ……と思っていたら、コクリナからバステンが戻って来ました。


『ケント様、何やら面倒な事になりそうです』

「ミーデリアが何か言って来たのかな?」

『確かにギルドの連中は、ケント様とシーサーペントを引き渡すように要求してきました……』


 シーサーペントが突然消えたことで、大騒ぎにはなりましたが、一方で久々の交易船が到着した事に変わりは無く、お祭騒ぎは続いたそうです。

 ギルドからの要求は、一夜が明けて荷物を下ろす作業が本格化した昼過ぎに行われたそうですが、カルドーソがキッパリと跳ねつけたそうです。


『自分達が雇っている訳でもないSランク冒険者に命令など下せるはずも無いし、見ての通りシーサーペントもどこにも無い。疑うなら船の中を探しても構わないが、船よりも大きな物は隠しようが無いと言われたギルドの連中は、それでもカルドーソを拘束しかけたのですが、町長が間に入って止めました』

「タバットは、何だって?」

『シーサーペントを一人で討伐するような冒険者は、Sランクでも更に上位に位置する者だし、ランズヘルトという国が手放すはずが無い。ゴリ押しすれば交易が止まり、町の繁栄が失われると諭して、ミーデリア達を引き下がらせました』

「なるほど、あのおっさんは現実派ってことだね」


 町長というよりも、ベテラン冒険者と思うような風貌のタバットは、クラウスさんのような現場主義者のように感じます。


「あれ? だとしたら、もう解決じゃないの?」

『はい、ギルドの連中も一旦は諦めたのですが、今度はコクリナを含むガドス地方を治める侯爵が首を突っ込んできました』

「うわぁ、もうそこだけ聞いただけでも面倒そうだよ」


 今の時点では、侯爵からの僕とシーサーペントの引渡しを命じる高飛車な使いが来ただけのようですが、当然要求には応えられません。

 侯爵は、三日以内に要求が受け入れられない場合には、船の出港を禁じ、乗組員を拘束すると言って来たそうです。


「じゃあ、三日以内に荷物を下ろして出航しちゃえばいいんじゃない?」

『ケント様、荷を下ろしたら、コクリナで品物を買い付けて、積んで戻らねば商売になりません』

「あっ、そうか、空荷で戻る訳にはいかないのか……」


 空荷で戻ってしまっては、単純計算で儲けが半分になってしまいます。

 クラーケン騒動のせいで、定期的な往来が止まっていた事もあり、買い付けの交渉にも時間が掛かるので、三日後の出航は事実上不可能なようです。


「というか、そんなことをすれば、タバットが言ってた通り、交易が止まって、侯爵自身が困るんじゃないの?」

『おっしゃる通りですが、これは噂を聞いただけなのですが、その侯爵がシーサーペントの献上に拘っているようです』

「献上って、ギルドとか王家の話じゃないの……?」

『詳しい話は分からないのですが、王家との婚姻話が絡んでいるようです』

「婚姻っていうと、その侯爵家の誰かと王家の誰かってこと?」

『おそらくは……』


 コクリナを含むガドス地方は、シャルターン王国の中では裕福な地方のようですが、王都から遠く離れているので、地方貴族として侮られることがあるようです。

 領主のドミンゲス侯爵は、中央に近い土地への領地替えを熱望しているそうです。


「それじゃあ、王家と婚姻で縁を結んで、それによって領地替えを目論んでいる。そのために、僕を利用しようと考えているのかな?」

『状況から推測すると、その可能性が高いですね』


 ギルドの暴走は、町長の権限で押さえ込んだ形ですけど、領主の暴走を押し留めるのは難しいでしょう。


「うーん……どうしたものかねぇ。船とか乗組員とか。まとめて送還しちゃうって方法もあるけど、根本的な解決にはならないよねぇ……」

『とりあえず、侯爵側が設定した期限までは三日の猶予がありますので、事の成り行きや侯爵の裏事情などを調べてから対処なさった方がよろしいかと』

「そうだね。じゃあ戻って状況を見守ってくれるかな? こっちからはフレッドを応援に向かわせるから」

『了解しました。動きがあれば、すぐにお知らせいたします』


 コクリナへと戻るバステンを見送った後、僕も影に潜ってムンギアへと移動しました。


「フレッド、こっちの様子はどう?」

『さっきまで作業していた……警備は作業場の外だけ……』


 ムンギアの丸木船を作る作業場の中は、明かりが落とされ静まり返っていますが、建物の外には篝火が焚かれて槍を持った男たちが警備にあたっています。

 作業場には形になった船が三艘と、作りかけの船が一艘。


 昼間作業の様子を見ましたけど、あの鬼気迫る様子で作り続けたのでしょうね。

 肉親や知人を殺された恨みを晴らすためなのかもしれませんが、それを続けていたら負の連鎖は止まりません。


 こちら側から中洲や対岸に渡るには、船を使う以外では遥か上流の川幅が狭い場所まで行くか、遥か下流の橋を渡るしかないそうです。

 船さえなくなれば、とりあえず大きな戦いは出来ないはずですので、これは処分させてもらいます。


 船の横へ闇の盾を展開して、音を立てないようにして運び込みます。

 形になった三艘を運び込み、最後に作りかけの一艘を運び込もうとしたら、支えていた木片が転がってカラカラと音を立てました。


「中で物音がしたぞ!」

「あぁ! 船が無い、無くなってる!」

「馬鹿言うな、作業場の入口には俺達が立ってたんだぞ、どこから出したって言うんだ!」


 警備をしていた男達が踏み込んで来たのは、作りかけの船も回収して闇の盾を消した後でした。


「どうなってんだ! 壁にも、床にも、ネズミが通れる穴すら無いぞ!」

「探せ、ヌオランネの奴らに決まってる」

「馬鹿言うな、どこから入って、どこに消えてって言うんだ」

「じゃあ、なんで船が無くなるんだ!」


 興奮した男達が言い争いを始めましたが、闇属性の影移動に言及する者はいませんでした。

 ブロネツクの連中が、闇属性の魔術でゾンビを操っていたのですから、影移動に気付く者がいても良さそうですけど、やっぱり闇属性はマイナーなんですね。


 本当は、船を作る道具もいただいてこようかと思っていましたが、これだけ人がいるのでは難しそうです。

 今日の所は、これで退散いたしましょう。


 影に潜って移動した先は、ラストックから川を下った先、海へと出る河口です。

 今日回収してきた船と、昨日回収しておいた船をまとめて砂浜に積み上げ、その中心に爆剤の樽を三つ置きました。


「わぅ、ご主人様、ドーンするの?」

「そうだよ、こんな怨念のこもった船は、吹き飛ばしちゃうに限るからね」

「わふぅ、ドーンだ、ドーン、ドーン!」


 十分に離れた場所から、火属性魔法を使って船に火を放ちました。

 丸太の乾燥が甘いのか、新しい船は燻ぶってなかなか燃えませんが、ヌオランネから回収した古い船が良く燃えて、炎が広がっていきます。


「わふぅ、ご主人様、ドーンまだ?」

「もうちょっとだよ」


 積み重ねた船が崩れた瞬間、閃光が走り、爆音が響きました。

 ドーン、ドーンとミルト達が影の空間ではしゃぐ一方、船は粉々になって吹き飛び、上空に火の粉が舞っています。


 今日、見てきた感じでは、明日もまたムンギアの男達は船を作るのでしょう。

 神を騙り、中洲を神域とするには、もう少し演出が必要かもしれません。

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