第342話 爆剤レクチャー

 18回目の帰還作業も、何事も無く終了しました。

 帰還作業は、あと一回で一応終了です。


「やぁ、国分君、お疲れ様。いよいよ大詰めって感じだね」

「はい、梶川さんには、本当にお世話になりました」

「とんでもない、お世話になっているのは僕らの方だからね」

「いえいえ、梶川さんには個人的なお願いもしちゃってますし、本当に感謝してます」

「いやいや、それを言うなら、フィギュアの福沢選手や要人の治療では無理を言ったし、日本とヴォルザードやリーゼンブルグとの関係には、国分君は欠く事の出来ない人材だから、これからもよろしく頼むよ」

「はい、こちらこそ」

「そうだ、頼まれていた物、こっちに準備してあるからね」


 梶川さんに頼んでおいたのは、爆竹、ロケット花火、そして普通の花火色々です。

 これを使ってバルシャニアとヴォルザードで火薬についてのレクチャーをする予定でいます。


「どうやら、あちらの世界では急速に火薬が普及し始めているみたいだね」

「はい、最初はキリア民国というところで作られ始めたのですが、その製法が隣の国の山岳民族に伝わって生産量が増えているみたいです」

「山岳民族?」

「その部族が暮しているところから、更に登った山で硫黄が取れるみたいなんです」

「なるほど、その硫黄を利用して火薬を生産しているってことか」


 硫黄が採取できる場所は、火山性ガスの濃い地域で、安全に採集するためにゾンビが使われていると説明したら、梶川さんはギョっとした表情を浮かべていました。


「元々死んでいるから、危険な場所にも投入出来るか……日本でも、どこかの電力会社から需要がありそうだね」

「いやぁ、さすがに放射線相手だと細胞自体が壊れてしまいそうだし……いや、スケルトンなら……いやいや、そもそも魔石が崩壊しちゃう日本では、魔物は長時間の活動は出来ませんよ」

「そうか、国分君の話を聞いていると、少子高齢化社会で労働力不足が懸念される日本の救世主になってくれるのでは……なんて考えちゃうね」


 眷族のみんなにリーゼンブルグの道路工事をやってもらった僕からすると、納得ものの考えですが、魔素が存在しない日本では無理ですね。


「そう言えば、こっちに連れて来たゴブリンって、どうなったんですか?」

「ゴブリンは、二頭が死亡して、残りは現在も飼育中だよ」

「死亡したゴブリンは?」

「解剖して、標本として保管されている」

「外国から、ゴブリンの引渡しとか要求されていないんですか?」

「それは、勿論されているけど、お断りしている。その代わりに、生物学者の受け入れは行っている。ただし、研究結果を許可無く公表しないという条件でね」


 日本政府は、ゴブリンの国内への持込を公式には認めていないそうです。

 それでも、各国の情報機関にはゴブリンの存在を察知されてしまっているようで、混乱を招かないために研究員の受け入れをしているそうです。


「そう言えば、コボルトの捕獲とかも頼まれてましたけど……」

「あぁ、あれは中止、こちらの受け入れが出来ないからね」


 どうやら、資源開発の話を含めて、海外からの風当たりを避けるために、日本は動きを止めているようです。


「ヴォルザードに運んでもらっている鉄筋も、ここへは上手くカモフラージュして運び込んでいるし、帰還者についても出来る限り公にしないで帰宅してもらっている」

「誘拐とかの心配は?」

「勿論、全員に発信機を身に着けてもらっているし、監視もしている。それに、帰還者に手出しした国には魔石の融通を止めると通告もしているので、今の所は問題は起きていない」

「今のところですか」

「そう、今のところ……だね」


 梶川さんは言葉を切ると、少し考えを整理するように黙り込んだ後、おもむろに切り出しました。


「我々はね。帰還作業が終った後の事を心配しているんだ」

「と言いますと?」

「異世界に連れ去られて戻れない人がいる。それを救い出すという状況は、人道的に優先される事態だよね。そして、その中心的な役割を担っているのが、国分君なんだけど……世界中の国が、国分君を欲しがっているんだよ」

「僕を……ですか?」

「当然だよね。異世界と行き来が出来る。影に潜って移動が出来る。こんな人材を欲しがらない国なんか無い。実際に、いくつもの国から派遣を要求されている」


 確かに、僕の能力を使えば、どんなに厳重なセキュリティも突破できてしまうし、機密なんて有って無きような状態に出来てしまいます。

 どこにでも入り込めて、証拠すら残さず、要人を暗殺する事だって可能です。


「人道上必要な異世界からの帰還作業が終ったら、外国が僕を手に入れようとする……ってことですか?」

「そういう事だね」

「でも、僕はどこからでも逃げ出せますよ」

「うん、国分君はね。でも、そうだね……浅川さん一家が人質になってしまったら、どうする?」

「それは……勿論救出しますよ」

「まぁ、実際に国分君なら助け出せちゃうのかもしれないけど、世の中には絶対なんてことは無いし、助け出すまでの間に、どんな事をされるのかも分からないからね」


 確かに、救出までの間に酷い仕打ちをされたり、最悪命を奪われてしまうかもそれません。


「でも、もしそんな事が起こったら、僕は容赦なく報復しますよ。なんならホワイトハウスを粉々にすることだって可能です」

「分かってる、でも、それだけの力があるなんて宣伝すると、余計に欲しがられちゃうから、その脅しは使えないんだよね」

「では、僕はどうすれば……」

「不安になるようなことを言ってしまったけど、浅川さん一家も国分君のお父さんの家族も、帰国した生徒さん達も、何事も起こらないように万全の体制を取るから安心して欲しい。ただ、世の中に絶対なんてことは無いから、万が一の時には力を貸して欲しい」

「勿論です、緊急の時には駆けつけますよ」


 梶川さんと握手を交わし、花火を受け取ってヴォルザードに戻りました。

 途中、ちょっと魔の森の訓練場に寄り道してから、向かった先はノットさんの魔道具屋です。


「こんにちは、ご無沙汰してます」

「いらっしゃい、ケントさん。何か魔道具の注文ですか?」

「はい、ちょっとお願いがありまして、このプレートを組み込んだ、アクセサリーみたいなものを作れないかと思いまして……」

「これは、石のプレートのように見えますが……」

「はい、おっしゃる通り石のプレートなんですが、実はこれ闇属性のゴーレムなんです」

「えぇぇ! これが、ゴーレムなんですか?」


 僕が持ち込んだのは、幅1センチ、長さ2センチ、厚さ3ミリほどの石のプレートですが、召喚術と送還術を使って内部に魔石を組み込み、闇属性のゴーレムにしてあります。


「闇属性のゴーレムといいますと、これはどんな役目を果たすのですか?」

「離れた場所にあっても、魔力的な繋がりで、どこに有るのか居場所が分かるようになっています。実は……」


 ノットさんに、日本での僕の事情を説明して、浅川一家の三人については、何かあった場合にはすぐに駆けつけられるように、このプレートを持っていてもらおうと思い付いたのです。


「なるほど、このプレートを常に身につけて、持ち歩けるようにすれば良いのですね?」

「はい、大人の男性と女性、僕よりも二つ年下の女の子の三人なんですけど、何か良い方法があれば……」

「あまり目立たない方がよろしいのですね?」

「はい、まぁ、僕らの世界の人が見ても分からないと思いますが、念のため目立たない形にしてもらえると助かります」

「かしこまりました。親父……よりも妹が良いかな。相談して上手く仕上げてみせましょう」

「ありがとうございます」


 三日後ぐらいに作業の進行状況を確かめに来ると約束して、ノットさんの店を後にしました。

 続いて向かった先は、バルシャニアの帝都グリャーエフです。


 クラウスさん達にも火薬のレクチャーをする約束をしていますが、とりあえず急いだ方が良さそうなバルシャニアを先に済ませることにしました。

 グリャーエフは、そろそろお昼という時間でしたので、ついでに食事も御馳走になっちゃいましょう。


 執務室には、皇帝コンスタン、第一皇子グレゴリエ、第二皇子ヨシーエフが顔を揃えていました。


「こんにちは、お義父さん、お義兄さん、爆剤の説明をする道具をお持ちしました」

「おぉ、ケントか、例の品物だな?」

「はい、これで爆剤の性質を理解していただいた後、実物の爆剤もお渡ししようかと……」

「分かった、では昼食を済ませた後で話を聞かせてもらおうか」


 昼食は、皇妃のリサヴェータさんも交えていただきましたが、それにしても、この一家って仲が良いですよね。

 第三皇子のニコラーエと、第四皇子のスタニエラも既に皇族としての務めに付いているそうです。


 ニコラーエはチョウスクでの砂漠の緑化事業、スタニエラはギガースに襲われたライネフの復興事業に関わっていて、グリャーエフを離れているそうです。

 食事の間、もっぱらの話題はセラフィマに関してです。


「セラフィマは、ちゃんと持て成されているのだろうな?」

「はい、大丈夫ですよ。先日は、一代貴族の皆さんとお茶会で交流を深めていましたし、バルシャニアの印象は随分変わったんじゃないですか」

「それならば良いが、リーゼンブルグと鉄の取り引きは出来そうなのか?」

「さぁ、ハッキリしたことは言えませんが、リーゼンブルグも国の建て直しに躍起になっている時期ですし、中でも鉄の産地である元カルヴァイン領を直轄地として円満に運営する必要がありますので、たぶん……解禁になるんじゃないですか」


 まだ詳しい話は聞いていませんが、元カルヴァイン領での鉄の生産は、リーゼンブルグの屋台骨を支える役割を果たしています。

 雪崩による大きな被害からの復旧を手助けし、鉱山労働者の待遇改善をすれば、悪い方向には転がらないはずです。


「そなたは、カミラ・リーゼンブルグとも繋がりがあるのであろう。バルシャニアとの鉄の取り引きを命じることは出来ぬのか?」

「うーん……やってできないことも無いですけど、リーゼンブルグが自主的に解禁した方が良くないですか?」

「それは、確かにその通りなのだが……」

「あなた、ケントさんに頼ってばかりでは、皇家としての務めを果たしたと言えるのですか?」


 リサヴェータさんの突っ込みに、コンスタンは苦笑いを浮かべています。

 リーゼンブルグにバルシャニアへの不信感があるのと同様に、バルシャニアにもリーゼンブルグへの不信感が根深く残っているようですね。


「まぁ、まだ前の王様から正式に王位を引き継いだ訳でもありませんし、もう暫く様子を見て、どうしても埒が明かないようであれば、僕も解禁に向けて協力しますよ」

「そうか、そうだな……歳をとると気ばかり焦ってしまってな、もう少し腰を落ち着けて取り組むか」


 ムンギアとヌオランネについても、途中経過を報告しておきました。

 中洲に双方を立ち入らせないという策は、リサヴェータさんから支持を得ました。


「どちらに取っても重要な場所を神域として立ち入りを禁ずる……実に良いわね。それでも争おうというのなら、鉄槌を下すのも已む無しね」

「僕は部外者なので勝手な感想になってしまいますが、互いに手が届かない距離ならば、喧嘩のしようも無いのかと……弓で討ち合うような馬鹿は、取り上げた爆剤で吹き飛ばしてやろうかとも思ってます」

「そうね、ムンギアもヌオランネも、争うことの無意味さに早く気付いてもらいたいわ」


 食事を終えた後は、宮殿に隣接する演習場へと場所を移動しました。

 騎馬を使って隊列を組む訓練なども行われるそうで、サッカーグラウンドが四面ぐらいは楽に取れそうな広さがあります。


 このぐらい広ければ大丈夫だとは思いますが、馬が驚いて暴走しないように、近くからは退避してもらいました。

 コンスタン、グレゴリエ、ヨシーエフの三人に加え、十人ほどの騎士も参加しています。


「では、爆剤についての説明を始めます。爆剤は、炭、硝石、硫黄などの混合物で、火を点けると瞬間的に燃える性質があります。この瞬間的に燃える時に大きな力が生まれます。これは爆竹と言って、紙の筒の中に少量の爆剤が入っているものです。このヒョロっと出ている部分は導火線と言って、ここに火を点けると爆剤まで燃え広がります。では、実際に火を点けて、爆剤がどんな反応をするものなのか見ていただきます」


 爆竹は、解いて一個ずつに分けてあります。

 火属性魔術で手元に火種を作り、導火線に火を点けた爆竹を放り投げました。


 パーン!


 初めて聞いた爆竹の破裂音に、集まった人達はビクっと身体を震わせました。


「そんな小さなもので、そんなに大きな音が出るのか」

「はい、今度は爆竹の上に土を載せ、どの位の威力があるものなのか見ていただきます」


 訓練場の土を集めて小さな山を作り、そこに爆竹を差し込みました。


「魔術で火を点けますが、威力は爆竹のものです、では、いきます」


 光属性の攻撃魔術で火を点けると、パーンと乾いた音を立てて、土の山が吹き飛びました。


「本来、爆剤は使う量を調節して、固い岩盤や大きな岩を砕くためのものです。破裂する力で物を壊すと思ってください」

「その程度の土の山など、手で払うだけでも壊せる。あまり大したことはないな」


 熊獣人の騎士が漏らした言葉に、同意が広がっていきます。

 まぁ、実際手で作った土の山だから、手で壊せるのは当たり前で、そんな所を見てもらいたい訳じゃないんだよね。


「では、手で持って、爆竹がどんな威力だか味わってみます?」

「どうれ、貸してみて下さい」

「えっと、利き手じゃない方が良いですよ」

「ふふっ、大丈夫ですよ」


 その騎士は火属性の持ち主で、僕から爆竹を受け取ると、自分で火を点けました。


「うわぁ! ぐぅぅぅ……」


 爆竹が破裂した直後、騎士は手を押さえて思い切り顔を顰めました。


「大丈夫ですか? 仕事に差し障ると不味いですし、ちょっと見せて下さい」

「いや、大丈夫だ。大丈夫だが、これは予想を超えているな……手の中から思いきり殴られたようだ。まだ痺れてるぞ」

「ならば、ワシも試してみるか」

「えぇぇ……皇帝自らですか?」

「見れば大きな怪我をする訳でもない、ならば身をもって危険性を味わっておくべきだろう」


 いやいや、花火の遊び方としては絶対に間違っているから良い子には絶対に真似してほしくないですね。

 どうしてもと譲らないので、せめて指で摘ままずに、手の平に載せた形で試してもらいました。


「おぉう! なんだこれは! おい、お前らも試してみろ」


 いやいや、試してみろって……パーンと爆竹が鳴る度に、ゴツい騎士が野太い悲鳴を上げるって、どんな地獄絵図なんですか。

 もう、マジで良い子には見せられない状況ですね。


 それでも、爆剤の性質と威力を分かってもらうには、一番分かりやすい方法なのかもしれませんね。

 全員が爆竹の洗礼を受けた後、今度はロケット花火を取り出しました。


「えーっと、この爆竹は、破裂する圧力が逃げない構造にした場合の反応なんですが、圧力に耐える部分と圧力が抜ける部分を作ると、こんな状況が生まれます」


 地面にロケット花火を刺して、点火。

 ヒュー……っと甲高い音を残してロケット花火が飛ぶと、集まった殆どの者が口を半開きにして見送っていました。

 うん、実に良い反応ですね。


「飛ぶのか……これの大きな物を作れば、人も空を飛べるのか?」

「まぁ、飛べますけど、着地する方法が無ければ死んじゃいますよ」

「おぉ、そうか……ふむ、もう一度見せてくれ」

「はい、いいですよ」


 もう一本ロケット花火を打ち上げた後で、地面に絵を描いて原理を説明しました。

 ついでに鉄砲の原理も説明しようかと思いましたが、まだ広まらない方が良いと思いなおして止めておきました。


「さて、爆剤の基本的知識について説明しましたので、実際に使われた爆剤の樽をお見せしますね」


 影の空間から、爆剤の樽を一つ取り出すと、空気がピンと張り詰めました。

 さすがに全員が爆竹の威力を体感したとあって、これが爆発すればどんな威力か想像出来たのでしょう。


「樽の中には、爆竹と同じように爆剤が入っています。樽の蓋の部分には火の魔道具が仕込んであり、魔力を流せば爆発します」


 僕が魔道具の部分に触れようとしたら、全員が目を剥いて後退りしました。

 実は、この樽、ザーエが川の中から見つけて来たもので、底の一部が割れて中身は水浸しになっていたものです。


 どうせなので、中身を出して洗浄し、爆剤の樽の模型として持ってきたものです。

 底板が抜けて中身が無いのを見せると、全員がほっと胸を撫で下ろしていました。


「ケントよ、あまり脅かすな」

「すみません。ですが本物の爆剤は、絶対に火の気の無い場所に保管してもらわなければ、引火爆発して大きな被害を出します。どうしますか、爆剤をお渡ししますか?」


 コンスタンは、腕を組んで暫く考えた後で、首を横に振りました。


「いいや、いま暫くは様子を見よう。ただ、その爆竹と花火は少し譲ってもらいたい。爆剤については、今暫く我等の知識を積み上げた後でないと、手に余りそうだ」

「分かりました。爆剤については、魔の森の中に保管庫を作って、そこに保管するつもりです。湿気には弱いものなので、いつまで保管できるものなのか、僕にもハッキリとは分かりませんが、暫くの間は取っておくつもりです」


 コンスタンは、空の樽を手に取ると、しみじみと感想を口にしました。


「話に聞いて分かったつもりではいたが、爆剤とは思っていた以上に危険な物だと分かった。一方で、岩を砕くなど有用な使い道があることも分かった。専門の部署を立ち上げて、ジックリと研究するとしよう」


 これで正しかったのか分かりませんが、爆竹とロケット花火を渡して、この日のレクチャーを終えました。

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