第341話 打てば響く

 コクリナの港からシーサーペントを影の空間に回収し、そのままエーデリッヒの港町ジョベートまで戻ってきました。

 シーサーペントは大き過ぎて、場所を作ってもらわないと出せないので、影の空間に残し、領主の別館を訪ねました。


 門の手前十メートル程の場所に闇の盾を出して表に出ると、門番の男性は一瞬驚いた表情を見せた後で笑顔で僕を出迎えてくれました。


「いらっしゃいませ、ケントさん。今日は、アルナート様は不在ですが、バジャルディ様は御在宅です。お取次ぎいたしましょうか?」

「はい、お願いします」

「どうぞ、お入り下さい」


 そのままジョベートの街が一望できる応接室へと通され、殆ど待つことも無くバジャルディさんが姿を現しました。


「こんにちは、バディさん。船は無事にコクリナに着きましたよ」

「あぁ、ケントさん、本当にありがとうございました。これでまた交易が再開できます」

「こちらの船がコクリナの湾に入った途端、二隻の船が出港して行きましたから、これから熾烈な争いが始まるかもしれません」

「ほほう、それは楽しみですね。ところで、ケントさんは、コクリナの祝いの席には出られなかったのですか?」

「はい、それよりも、この報告をする方が大事ですからね」

「ありがとうございます。ケントさん、ちょっと失礼しますね」


 バディさんは、入ってきたばかりのドアを出ると、大きな声で呼びかけました。


「おーい! 試験航海の船は無事にコクリナに着いた。港に行って知らせてくれ!」


 バディさんの言葉に、屋敷の中からも歓声があがりました。

 コクリナとの貿易で大きな収入を得てきたジョベートですから、交易の再開は街の全ての人が待ち望んでいた事です。


「ケントさん、すぐに港で祝いの席が設けられるはずです。是非、参加していって下さい」

「バディさん、折角のお祝いの前なんですが、一つお願いがありまして……」

「お願いですか? 何でしょう、街の恩人でもあるケントさんのお願いとあらば、出来る限りの事はいたしますよ」

「コクリナに行く途中に、魔物を一頭討伐したんですが、それを買い取っていただけるとありがたいのですが……」

「まさか、クラーケンですか?」

「いえ、クラーケンではなくて、シーサーペントです」

「えぇぇぇ! 本当なんですか?」

「はい、今は影の空間に保管してるんですが、外に出すにしても船よりも長いので、どこかに場所を空けてもらわないと無理かと……」

「わかりました。まだ捕鯨が再開できていませんので、市場の鯨用のスペースが空いています。私も一緒に行きますので、そちらに出していただけますか?」


 応接間のソファーに腰を落ち着ける暇もなく、バディさんと一緒に港の市場へと向かうこととなりました。

 領主の別館から、港へと下りる道に出ると、坂の下から歓声が上ってきます。


 群衆の声が重なり合っているので、何を言っているのかまでは聞き取れませんが、声には喜びが満ち溢れています。

 まるで、人々の思いが空気を熱し、上昇気流となって立ち上ってくるかのようです。


「これは、凄い熱気ですねぇ……」

「えぇ、今夜は一晩中騒ぎ明かすことになりますよ」

「街の皆さんにとっても、待ちに待った知らせですもんね」

「その通りです。果実の栽培や、果実酒作りも行われていますが、ジョベートは港の収益で成り立っている街ですから、クラーケンの知らせが届いてからは、火が消えたようでしたよ」

「フェアリンゲンからの荷物も、続々と届くようになるんじゃありませんか?」

「えぇ、おそらくギルドから通信用の鳥が飛ばされるでしょうから、明日には向こうを出立して、早いものは三日後ぐらいに着くかもしれませんね」


 ジョベートとコクリナの交易は、エーデリッヒだけでなく、隣接するフェアリンゲンからも多くの商品が海を渡っています。

 クラーケンによって海外との取り引きが止まり、その上、イロスーン大森林の通行が出来なくなっていたフェアリンゲンにとっては、この上ない吉報となるでしょう。


 港に向かう道では、多くの人から声を掛けられ、バディさん共々握手攻めにされました。

 人々は果実酒のボトルを掲げ、喜びの声を上げ、歌い、踊っています。


 地球で言うならばラテン系のノリのようで、底抜けに陽気な空気に、こちらまで心が踊りだしそうです。

 辿り着いた港は、更に盛り上がっていて、完全にカーニバル状態でした。


「ノーラッド! ノーラッドはどこだ!」

「はーい! こっちです、おめでとうございます、バジャルディーさん!」

「盛り上がっているところを悪いんだが、市場の鯨用のスペースは空いてるよな?」

「はい、捕鯨船はまだ漁を再開してませんから、空っぽですよ」

「よーし、これから大物を水揚げするから、お前ら腰抜かすなよ!」


 さすがバディさんはジョベートを治める領主の家系とあって、今日は貴族というよりも港の元締めといった雰囲気です。

 バディさんが口にした、大物の一言に興味を持った一団が、ゾロゾロと市場の中まで付いてきます。


「さぁ、ケントさん。お願いします!」

「わかりました。ラインハルト、お願いね」

『了解ですぞ』


 ガラーンとしている鯨用のスペースの端に大きく闇の盾を出して、シーサーペントを引っ張り出してもらいました。


「んん……おぉ……うぉぉぉぉぉ!」


 街の人達は、最初にロープを持ったラインハルトが姿を現した時には、何が始めるのかと疑問の声を上げていましたが、シーサーペントの頭が出て来た途端、驚きの声を上げました。


「何だあれ……」

「シーサーペントだ! 間違いねぇ、ワシは若い頃に一度だけ見たことがある」

「でけぇ! どこまで続いてんだよ」


 鯨用のスペースとあって、かなりの広さがありますが、シーサーペントを引き摺り出すには、少々長さがたりませんでした。

 真っ直ぐには出せないので、途中で胴体をくねらせるようにし、ようやく尾っぽの先を闇の盾から引き出し終えました。


「ケントさん、これは一体どうやって仕留めたんですか? こうして見たところ、どこにも傷が無いように見えますが」

「こいつは、送還術で頭の中身だけを取り出してあります。流石に脳がなくなったら生きていられませんからね」

「ケントさん。これほどの代物は、一個人で扱えませんので、入札とさせていただきます。ついては、内金として五千万ヘルトをお支払し、入札の後で、ギルドの手数料五分と内金を差し引いた金額をお支払する形にさせていただきたい」

「結構です、それでお願いします」

「では、このままギルドの事務所までお願いできますか?」

「はい、行きましょう」


 そうです、この打てば響くような即決が欲しかったんですよね。

 献上しろ、爵位だ、領地だ、なんてグチャグチャと面倒な話は御免です。


 バディさんは、ギルドの事務所に場所を移すと、職員に指示を出して書類を作成、書類の条件などを分かりやすく説明してくれました。


「では、ケントさん、この内容で問題がなければ、こちらにサインをお願いします」

「分かりました」


 同じ文面の書類が二通作られ、それぞれにギルドの印と割り印が押され、サインをすれば契約成立です。


「いやぁ、クラーケンが出たと知らされた時には、この先どうなるのかと頭を抱えたものですが、ケントさんのおかげで良い風が吹いてきました」

「いえいえ、僕としても多額の報酬をいただきましたから、感謝されるどころか感謝するばかりですよ」


 バディさんと改めてガッチリと握手を交わしました。


「ところで、ケントさん。あのシーサーペントですが、コクリナの連中は討伐したことを知っていますかね?」

「あー……はい、実はコクリナのギルドで買い取りに関する交渉もしたのですが……」

「爵位云々の話になって、蹴飛ばして帰ってきた……?」

「はい、その通りです」


 バディさんは、そんな事だろうと言わんばかりに頷いています。


「ギルドマスターのミーデリアさんと交渉したんですけど……不味かったですかね?」

「そうですねぇ……まぁ、大丈夫でしょう。そもそも、肝心のシーサーペントが無いのですから、向こうとしては手の打ちようが無いですよ」


 船よりも長いシーサーペントだから、隠す場所も無いので、船の乗組員達に聞いたところで無駄ですし、そもそも、Sランク冒険者の行動を止められるような人物は乗り合わせていません。


「まぁ、大丈夫だとは思いますが、ケントさんの眷族に船を見守ってもらうことは可能ですかね?」

「何か危害を加えられる心配がありますか?」

「絶対に無いとは言い切れない……ぐらいの感じですが、あるとすれば出航停止の処分ぐらいですね」

「何の権利があって出航を停止できるんですか?」

「まぁ、理由なんかは何とでもでっち上げられますが、こちらが知れば外交上の問題になるので、そこまではやらない……はずなんですけどね」

「分かりました、僕の眷族を派遣して、こちらの船が不利益を被らないように監視します」

「ありがとうございます。そちらの報酬ですが……」

「いえ、これは僕が撒いた種なんで、僕がケリをつけます」

「そうですか、私にアドバイスできることがあれば、いつでも気軽に声を掛けて下さい」


 この後、コクリナに戻ろうかと思いましたが、すでにバステンが動いているとラインハルトから知らされたので、バディさんと一緒に祝いの席に加わりました。

 港の岸壁には、幾つものテーブルや椅子が並べられ、魚介類を中心とした料理が所狭しと並べられています。


 一体どこからこれだけの料理が届けられたのかと思って見ていると、港近くの食堂からジャンジャン料理が運ばれていました。

 これらの料理は、食堂からの振る舞いだそうで、その代わり、明日以降食堂を利用する者は、余分にお金を払っていくのだそうです。


 祝いの席には、普段は夜の仕事をしている綺麗どころも参加していました。

 バディさんが僕を紹介しちゃったから、両手に華というか、いい匂いがして、色々柔らかくて……これは完全にお説教案件です。

 まったくバディさんには困ったものです。


 祝いの宴は朝まで続くそうですが、僕は隙を見つけて、日が暮れたところで退散してきました。

 そのままヴォルザードの迎賓館まで戻ると、時差の関係で、まだ日暮れ前です。


 幸い、唯香もマノンもベアトリーチェも戻っていなかったので、急いでお風呂に飛び込みました。

 着ていた服にも香水の匂いが染み込んでいそうなので、水属性魔法を使って洗濯、脱水、乾燥しておきました。

 これで証拠隠滅はバッチリ……いやぁ、何の話かなぁ。


 唯香、マノン、ベアトリーチェと一緒に、無事に夕食を済ませた後、魔の森の訓練場へと移動してきました。

 手の空いているコボルト隊に頼んで、樹齢一年ぐらいの若木を集めてもらいました。


『ケント様、これはどうなさるお積りですかな?』

「うん、ちょっと神様を騙ろうかと思って……」

『神を騙るですか……何やら面白そうですな』

「上手くいけば、面白い事になるかも……」


 全部で三百本近い若木と、魔の森の落ち葉が積もった土も影の空間へと放り込みます。

 続いて向かった先は、ムンギアとヌオランネが争う川の中洲です。


「フレッド、こっちの様子はどう?」

『ムンギアは……中洲に渡るための船を増やしてる……』

「ヌオランネとブロネツクは?」

『ブロネツクの術士は……身の危険を感じて逃亡……』

「それじゃあ、爆剤は置いてっちゃったんだ」

『いくつか護身用に持ち出した……でも、残りは放置……』

「じゃあ、後で頂いちゃおう」


 爆剤約百樽を一度に爆破した中洲は、動くものの影は無く、ひっそりと静まり返っていました。

 当然ながら、爆発現場のクレーターもそのままの状態です。


 念のために、人の目がないか確認したあとで、表に出ました。

 大きく抉れたクレーターを土属性魔法で平らに均します。


 カチカチに固めるのではなく、畑に出来る程度に柔らかくして、持って来た魔の森の土も混ぜ込んでおきます。

 土を均し終えたら、コボルト隊に手伝ってもらって持って来た若木を植えました。


 元々クレーターだった場所だけでなく、木が植わっていない場所は片っ端から土を耕し、若木を植えておきます。



「よし、今夜はここまでにしよう」

『ケント様、この中洲に人を立ち入らせないようにするのですな』

「うん、ヌオランネに嫌がらせを仕掛けた後で、やっぱりあれでは駄目だと思ったんだよね」

『そうですな。あの爆破によって、ヌオランネとブロネツクの間には決定的なヒビが入りましたが、その分憎しみの念も増しました』

「だから、方針転換して、嫌がらせではなくて、畏れを抱いてもらおうと思ってるんだ」

『なるほど、それが神を騙る……ですな』


 ムンギアとヌオランネの紛争の根源は、何と言ってもこの中洲の存在です。

 双方が、先祖伝来の土地だと言って譲らないならば、どちらも手出しの出来ない状態にしてしまおうと考えたのです。


『この若木は、そのための小道具になるのですな』

「うん、そうなんだけど、ちょっと魔力を多めに消費しそうなんで、明日の帰還作業に備えて今日はやらない」

『ほほう、何やら楽しみですな』

『ケント様……爆剤は……?』

「うん、全部回収しちゃって、見張りがいるなら気付かれないように」

『了解……』


 ヌオランネの集落の倉庫に保管されている大量の爆剤は、一樽も残さず全部いただきました。


「あと、こっちもお願い」

『これも……全部……?』

「うん、一艘残らず回収して」


 フレッド達に頼んだのは、ヌオランネ側の岸に上げられていた船です。

 中洲に渡るためには、ムンギアもヌオランネも船を使っています。


 川の流れは結構速くて、泳いで渡れない事もないでしょうが、かなりの危険を伴ないます。

 通常は、上流側から川を下りながら渡る感じで、戻る時も同様の方法を使っています。


「ザーエ、ちょっといいかな?」

「お呼びですか、王よ」

「これから、ムンギア側の船も回収しちゃうから、どちらからも泳いでしか渡れなくなる」

「つまり、泳いで渡らせなければよろしいのですな?」

「うん、脅す程度で良いからね。川にリザードマンが居たら、泳いで渡ろうなんて考える奴は居ないはずだから」

「心得ましたぞ」


 今回の方法は、仕込みに少し時間が掛かりそうなので、邪魔が入らないように手を打っておきます。

 ヌオランネの船を全部回収した後、ムンギア側へと移動しました。


「うぉぉ、これはやる気だね」


 ムンギアは、中洲の奪還に向けて反転攻勢を掛けるために、船を増やしていました。

 丸太をくり抜いただけの簡単な構造ですが、既に四艘の新しい船が出来上がっていて、更に三艘の船が制作中です。


 ヌオランネによる集落への攻撃の後、葬儀を終えた直後から作業に取り掛かったのでしょう。

 執念というか、怨念というか、どす黒いものが乗り移っているような気がします。


『ケント様、これも全部回収ですな?』

「うん、一旦回収して、どこかで燃やしちゃおう」

『そうですな、アンデッドのワシが言うことではないですが、不吉な感じがします』


 たぶん、今日回収しても、また明日には新しい船を作り始めるでしょうが、何度でも回収するつもりです。


「わふぅ、御主人様、ドーンしないの?」

「うん、今夜はやらないよ」

「くぅん、つまんない……」

「明日、別のところでドーンしてあげるから、回収した爆剤で遊んだら駄目だからね」

「わふっ、分かった」


 どうやらマルト達は、いたく爆破が気に入ったようで、爆剤でイタズラしないか心配になりますね。

 ヌオランネから回収した爆剤は、全部で百二十八樽もありました。


 これに、既に回収済みの爆剤を加えると、百七十二樽にもなります。

 ちょっと保管しておくには、危険すぎる量ですので、どこか安全な所を探して保管庫を作った方が良さそうです。


『ケント様……全て回収完了……』

「よし、じゃあ撤収しよう。ザーエ、監視をお願いね」

「お任せ下さい、王よ」


 川の監視につくザーエ達を残して、ヴォルザードへと戻りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る