第337話 紛争解決に向けて
ムンギアとヌオランネの紛争に介入した翌日、十七回目になる帰還作業を行いました。
今回の帰還作業を終えてしまうと、残っている同級生は数えるほどです。
こちらに召喚される以前は、ボッチキャラだったので特別に親しい友達とかは居ませんでしたが、あいつも帰った、あの子も帰ったと思い出すと、ちょっと感傷的な気分になってしまいます。
まだ、日本で犠牲になった人や怪我を負った人達へのリーゼンブルグの賠償は終わっていませんが、それでも日本に戻りたいと思っている同級生を全員帰還させられれば、僕の役目は一段落と言っても良いと思います。
誰からも責められることもなくカミラとムニャムニャしたい……なんて気持ちが全く無いとは言いませんが、召喚によって傷ついた人たちの気持ちが少しでも早く癒されてもらいたい。
そのためにも、強制的にこちらの世界に滞在させられているという状況が、解消されるのは良いことでしょ。
ただ、リーゼンブルグから日本への賠償は、まだ30億円程度残っているそうです。
まぁ、実際にリーゼンブルグから行われた賠償は、現時点ではゼロ。
賠償額が減っているのは、僕が魔石や外国の大統領の治療を行ったからです。
外国の大統領を治療する際に、リーゼンブルグからの賠償が完了したようにして欲しいと頼みましたが、結局うやむやになったままですが、被害者や遺族に対する支払いは、日本政府が肩代りする形で前倒しして行われています。
そのおかげで、被害者からの不満は抑えられているのですから、これ以上を望むのは贅沢なのでしょう。
召喚に伴う校舎崩壊の話題は、時間が経つほどに世間の関心が薄れ、藤井が魔落ちして起こした事件が沈静化してからは、殆ど話題に上がらなくなっています。
木沢さんの自伝も、凄まじい勢いで売上げて以後は、マスコミで取り上げられることも無くなっています。
外務省の職員によるヴォルザードの様子を伝える動画の配信も、更新頻度が減り、視聴回数も落ちているそうです。
梶川さんの話では、日本政府は意図的にこちらの世界への関心を薄れさせているそうです。
理由は、諸外国からのクレーム対策のようです。
日本だけが異世界の資源を独占するかもしれない状況に、海外からの反発が起こり、日本のヴォルザード進出は頓挫しているそうです。
日本政府としては、召喚された邦人の帰還は進めるが、積極的な交流や資源開発は、海外の同意が形成されるまで停止すると表明して反発を抑え込んでいます。
魔道具に関する研究も、日本の独占を止め情報の公開を余儀なくされたそうです。
その結果として、海外からの魔石の要求が相次いでいるそうですが、こちらは藤井の魔落ち事件を利用して危険性をアピールすると同時に、ヴォルザード側の資源枯渇の恐れもアピールし、数を限定して融通しているそうです。
ですが、日本政府はヴォルザード進出を諦めた訳ではなく、いつでも本格進出できるように準備を整えているそうです。
例えば、大使館の建物はユニットとして制作し、既に運び込んで組み立てるだけの状態になっているそうです。
僕の眷属が切り開いて、現状壁に囲まれた更地の状態になっている土地の計測も終っていて、どこに何を配置するかも決定しているそうです。
今は海外の視線が貿易戦争に向けられていますが、異世界進出にゴーサインが出た時には、一週間程度で大使館の機能が整えられるような準備は出来ているそうです。
まぁ、資源の少ない日本とすれば、こんなチャンスを逃すつもりは無いのでしょう。
少なくとも、僕が収入に困るような状況は起こりえない……なんて梶川さんは言ってたけど、喜んで良いやら、警戒すべきなのか……。
それでも、僕が生まれ育った国ですし、唯香の家族が暮す国ですから、縁を切るなんて不可能ですよね。
帰還作業を終えた後、ムンギアの様子を見に向かいました。
爆破した遺跡の周辺には人影は見えず、ゾンビの姿もありません。
そう言えば、術士がいなくなったゾンビって、どうなるんだろう。
ただの死体に戻るのか、アンデッドな魔物として残るのだろうか。
中洲には、ムンギアの上陸を警戒していたゾンビもいたはずですが、そいつらの姿もありません。
爆風で吹き飛ばされて、川に流されてしまったのでしょうか。
それと、警戒にあたっていたゾンビ達が抱えていた爆剤の樽も見当たりません。
もし川に流されて、何も知らない人が拾い、魔道具の部分に魔力を流してしまったら爆発する恐れがあります。
「ザーエ、手の空いてるリザードマンに川の中を調べてもらっても良いかな?」
「無論ですぞ、王よ。ただちに手を付け、樽を回収いたします」
「よろしく頼むね」
中洲の様子を確かめた後、ヌオランネの集落に行ってみると、こちらも爆風による被害なのでしょう、壊れている家が見受けられました。
そして、集落の倉庫に保管されている残りの爆剤を巡って、ヌオランネとブロネツクの間で争いが起こっているようです。
個別に使った場合は、兵器として有用な効果をもたらしますが、一度に爆発した場合の被害までは考えが及んでいなかったのでしょう。
ヌオランネは危険性を主張し、ブロネツクは有用性を主張、議論は平行線を辿っているように見えました。
まぁ、いずれにしても今後の連携についてはヒビが入ったと考えて間違いないでしょう。
あとは、時期を見てブロネツクの領地へ行き、爆剤の製造状況を確認しておいた方が良いでしょうね。
ブロネツクの場所は……アーブル・カルヴァインのところで強制的に働かされていた闇属性の術士マルツェラに聞けば良いかな?
マルツェラは、クラウスさんのお屋敷でメイドとしての仕事を覚え、今は迎賓館に間借りしている僕らの世話をしてくれています。
いずれマイホームが完成したら、そちらに移ってもらうつもりです。
弟のルジェクもクラウスさんのお屋敷から学校に通い、放課後は使用人見習いとして仕事をしているそうです。
姉弟共に熱心に働いているそうですから、いずれ我が家の使用人の柱となってくれるかもしれません。
ブロネツクは、二人にとって余り良い思い出の無い場所のようですが、それでも生まれ故郷ですから、将来帰りたいと思ったら送還術で送ってあげるつもりです。
ヌオランネの状況を確認した後は、ムンギアの集落の様子を確認に向かいました。
ムンギアの集落では、壊れた家の片付けが、住民総出で行われていました。
折れた柱や潰れた屋根などは、村外れの広場へと運ばれ、火にくべられています。
大きな焚き火の周囲には、タンパク質が焦げる臭いが漂い、なんのための焚き火なのか確かめるまでもありません。
『ムンギア族は、本来死者は土葬で弔うそうですが、今回の紛争を受けて、埋葬の習慣を火葬に改めました』
「それって、身内の遺体をブロネツクの術士に利用されないため?」
『その通りです。眠りについたはずの身内の遺体が蘇り、爆剤を抱えて襲い掛って来る……まだ、そのような事態にはなっていないそうですが、この先も、そうした事態が起こらないとも限らない。祖先の肉体や永久の眠りを冒涜されないために、長年の習慣を捨てて火葬という方法を選んだのでしょうな』
荼毘に付されている中には、明らかに子供と思われる大きさの遺体が散見されます。
おそらく、最初の爆破攻撃の犠牲者なのでしょう。
『ケント様、亡くなった者の殆どは、集落の爆破による被害者で、川原でヌオランネの陣地を警戒していた者達は、厳重な身支度を整えていたので、死者が出たという話は耳にしておりませぬ』
「そうか、ゾンビを使った自爆攻撃に備えていたんだもんね」
『ただし、爆風の影響が皆無という訳ではなく、手足の骨を折った者が多くおります』
「それでも助かってくれて良かった。後遺症については、いずれ折りを見て治療に来ることも検討しよう」
何人の命が失われたのか分かりませんが、影の中から炎に向けて手を合わせて冥福を祈りました。
「ムンギアは、中洲の奪還に動くのかな?」
『さて、奪還に動くのであれば、無人となっている今のうちに乗り込むと思いますが、それどころではないのでしょう』
「でも、中洲どころかヌオランネに攻め込むべきだって主張してる連中もいるよね」
『さようですな。おそらく、川原を迂回して直接集落へ攻撃を仕掛けられたのは、今回が初めてだったのでしょう』
確かに、集落の一角で復讐を主張する一団は、女性や子供が犠牲になったことを声高に非難しています。
恨みを晴らせ、仇を討て、殺せ、殺せ、殺せ……過激な言葉が周囲の人たちの心をささくれ立てているように見えます。
『戦闘員同士の損害の場合と、非戦闘員を巻き込んでの戦いとでは、恨みの度合いが異なります。おそらく、このままで終結という形にはならないでしょうな』
「でも、ムンギアの側が復讐としてヌオランネの集落を襲うようなことになれば、それに対して復讐を求める者が出てくるんじゃないの?」
『そうなるでしょうな。紛争というものは、始めるのは簡単ですが、終わらせるのは非常に困難なものです。それだけに、リーゼンブルグとバルシャニアの間に和平の道筋を切り開いたケント様の働きは、偉業と申すのが相応しいのですぞ』
「それは、僕一人の功績じゃないけど……まぁ、その件は置いておいて、こっちはまだ目を離せない状況ってことだね。さて、どうしたものかね……」
今のままでは、紛争は激しくなりそうな気配です。
極論すれば、ムンギアもヌオランネも、みんな纏めてドーンしちゃえば解決ですけど、さすがに現実的な対応ではありません。
『紛争を止めるのでしたら、両者ともに嫌気が差すか、仲良くした方が利になると思わせるしかありませんな』
「嫌気が差すか……フレッド、集落に置かれている爆剤はどうなった?」
『まだ、そのまま……』
「よし、少し拝借しに行こう」
『ケント様、何か思い付かれましたな』
「うん、上手く行くか分からないけど、嫌気が差すように使わせてもらおうかと思ってね」
ヌオランネの倉庫におかれている爆剤の中から、とりあえず三十樽ほどを盗み出してきました。
使い道は後で説明することにして、バルシャニアの帝都グリャーエフへと移動しました。
宮殿の執務室には、皇帝コンスタンと第二皇子ニコラーエの姿はありますが、第一皇子グレゴリエの姿はありません。
「ケントです、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「うむ、構わんぞ。どちらの件だ?」
「ムンギアの件について……」
闇の盾を出して表に出ると、コンスタンは応接テーブルへと誘いました。
「昨日話をしたばかりだが、何か動きでもあったか?」
「はい、動きもありましたが、動かしたと言いましょうか、動いちゃったと言いましょうか……」
昨日の午後から夜にかけて起こった事を、順を追って説明していきました。
途中、コンスタンが血相を変えて説明を遮ったのは、ブロネツクの連中が爆剤を製造していると告げた時でした。
「それでは、連中が使っている爆剤は、キリアから持ち込んだものではないのだな?」
「はい、まだ確認はしていませんが、ヌオランネの司令官らしき男が自慢げに話していました」
「それでは、フェルシアーヌの反体制派であるブロネツクとキリアが密接に結びついているのだな?」
「それも確認できていませんが、これまでの経緯や爆剤の原材料である硫黄の取り扱いを考えると、密接な関係を築いていると思って間違いないでしょう」
「現状、ヨーゲセンとの戦いが枷となっているが、そちらが片付いた際には、キリアとブロネツクが結託してフェルシアーヌ転覆を計っても不思議ではないということだな」
コンスタンだけでなく、ニコラーエも深刻な表情を浮かべています。
キリアがヨーゲセンを併呑すれば大きな国が出来上がります。
それに爆剤という手札まで加われば、フェルシアーヌの現政権は窮地に追い込まれるでしょう。
「爆剤、爆剤だ。やつらから爆剤を奪うか、我々の手にも入るような手立てを考えねば、いずれ追い込まれる事になるぞ」
「父上、ですがブロネツクの領地まで、こちらから攻撃を仕掛ける訳にはまいりません」
「ぬぅぅ……」
いやいや、そんな物欲しげな目を向けられても困るんですが……。
「爆剤は、いずれ世の中に広まっていくでしょうし、正しい使い方をすれば役に立つものです」
「ならばケントよ。そなたの暮らしていた世界では、爆剤は兵器としては使われていないのか?」
「いえ、残念ながら兵器として使われる割合の方が多いように感じます」
「ならば、我々も手に入れ、使いこなす道を模索せねばなるまい」
「うーん……そうなのかもしれませんが、そうなると際限が無くなってしまうんですよ」
日本に居た頃には、核兵器を巡る軍拡競争について、学校の授業で聞いたり、テレビのニュースで見たりしていました。
こちらの世界では、爆剤、火薬を巡る軍拡競争が始まろうとしている感じです。
爆剤が更に一般化して、銃や大砲などに使われ始めれば、今まで以上に多くの命が失われてしまうでしょう。
その一方で、現代の地球と同じレベルの銃弾が作れるようになれば、魔物に対しての有効な攻撃手段となるでしょう。
「ケントよ。そなたは爆剤の拡散を憂慮しておるようだが、そなた一人が足掻いたところで、拡散を止めることは叶わぬぞ」
「まぁ、そうなんでしょうけど……出来るならば、女性や子供が悲しむような状況は起こって欲しくないですし、その原因となりうる爆剤には広まってもらいたくないんですよね」
「その気持ちは理解出来るが、皇帝という立場では民を守らねばならぬ。一方的に爆剤を使われて、成す術がありませぬでは、国民に顔向けが出来ぬ」
確かにコンスタンの言う事にも一理ありますし、爆剤に対して何の備えも出来ていませんでは不味いでしょう。
「分かりました。僕の手元にも爆剤はありますので、いざという場合には、それを提供しますが、その前に爆剤について知識が得られるものを用意します」
「ほう、それは、そなたが暮らしていた世界の物か?」
「はい、兵器ではなく、遊びに使われるものですが、爆剤がどんな物か理解する助けにはなるはずです」
クラウスさんにも爆剤について説明をすると言ったまま、ずっと先延ばししてきましたので、梶川さんに爆竹とロケット花火を大量発注しておきました。
爆竹とロケット花火なら、大きな危険もなく爆剤の基本的な性能が理解できるでしょう。
バルシャニアだけでなく、ヴォルザードやリーゼンブルグでも爆剤に関する講義みたいなものを実施しましょう。
「それで、ケントよ。ブロネツクの連中は、どう動いたのだ?」
「はい、ムンギア側の川原に築いた陣地の前ではなく、どこか別の場所を迂回させて直接集落に攻撃を仕掛けてきました」
「何だと、それでは兵士以外の者にも被害が出たのではないのか」
「はい、おっしゃる通りです。女性や子供にも犠牲者が出たようです」
「ぬぅぅ、何と卑怯な戦法を……」
「なので、中洲に保管されていた爆剤は、全部まとめて爆破しました」
「はっ? 全部まとめて……?」
「はい、こんな感じに……」
予め撮影しておいた、中洲に作られた砦や神殿らしき遺跡の情景と、爆破後に撮影した同じ場所からの写真をタブレットを使ってコンスタンとニコラーエに見せました。
「なっ……これが同じ場所なのか。何も無くなっているじゃないか」
「はい、これが爆剤をまとめて使った結果です」
跡形も無く吹き飛び、大きなクレーターとなった遺跡の写真を見て、コンスタンもニコラーエも絶句しています。
まぁ、僕がヒュドラを討伐した場所は、もっと大きなクレーターになってるけどね。
「これが、爆剤の樽百個分なのか?」
「はい、大体その位の数でした」
「一樽でどの程度の威力になるか知りたいところだな」
「それは、先程言った物が届いて、爆剤について説明する時にでも、実際に爆破して見せましょう」
百聞は一見にしかずなので、広くて周囲に何もない場所を用意してもらって、爆剤の実物を爆破して、どの程度のものなのか見てもらうことにしました。
「それでは、中洲に居たヌオランネやブロネツクの連中は全滅したのだな?」
「はい、おそらく……」
「ヌオランネの集落にはブロネツクの連中は残っていなかったのか?」
「残っていますが、爆剤をまとめて爆破した余波がヌオランネの集落にまで及んでいて、爆剤の取扱いなどを巡って対立が起こっていました」
「そうか、そいつは我々にとっては良い状況だな。あまり反体制派が力を付けてしまうのは好ましくない。内戦状態にでもなれば、フェルシアーヌから我が国への輸出が滞るおそれがあるからな」
「今は、女性や子供に犠牲が出て、ムンギア側で復讐を求める声が高まっているので、もう少し状況を見守るつもりです」
「そうか……」
コンスタンは、言葉を切ると軽く溜め息を漏らし、視線を落として思いを巡らせ始めました。
「我々とすれば、ムンギアの憎悪が外に向けられるのは有り難い状況ではあるが、ムンギアの連中とてバルシャニアの国民であることに違いは無い。自国民であるムンギア族が、憎悪に駆られてヌオランネと衝突を繰り返すような状況は、決して好ましい状況とは言えぬ」
「そうですね。なので、ヌオランネの集落から盗み出した爆剤を使って、嫌がらせをしてやろうかと……」
「嫌がらせか……」
コンスタンは、リーゼンブルグ侵攻を計画していた時に、チョウスクの街で僕の眷族達に味わわされた事を思い出したようで苦笑いを浮かべています。
「どんな嫌がらせにするかは、これから考えるところですが、とにかくムンギアにもヌオランネにも、争い続けることは何も生み出さないと気付いてもらうつもりです」
「そうか、本来ならば儂がすべき仕事だが、よろしく頼むぞ、婿殿」
「はい、御期待に添えますように頑張りますよ、お義父さん」
苦笑いを浮かべるコンスタンと握手を交わし、グリャーエフを後にしました。
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