第335話 バルシャニアの内情
カミラとセラフィマのガールズトークは、深夜まで続きました。
最初はリーゼンブルグとバルシャニアの和平について、真面目な話も交えていたのですが、途中から大きく脱線し始めました。
それぞれが僕との出会いから語り始め、どんな経緯で親交を深めていったのか、色々なエピソードを競い始めました。
セラフィマが、既にバルシャニアでは結婚披露宴を済ませたと自慢したから、カミラがこれまでの際どいエピソードを自慢し始めて、聞いてる僕が恥か死にしそうでした。
いやいや、ホントに一緒にお風呂に入った程度で、事に及んでる訳じゃないからね。
セラフィマとベッドを共にしたけど、ホントに共にしただけだからね。
別に見えているわけでも、聞こえているわけでもないけど、影の空間で汗ダラダラで言い訳しちゃいましたよ。
やっぱりカミラには、愛人枠でリーゼンブルグに住んでもらって……って、思考がクズ野郎ですね。
『ぶははは、ケント様、何なら華酒でもグイっと煽って、全員まとめて相手してやればよろしいのですぞ』
「いやいや、そんな事やってたら、愚魔王とか呼ばれるようになっちゃうよ」
二人のガールズトークは、まだまだ続きそうだったので、後はハルトとヒルトに任せてヴォルザードに戻りました。
翌日、差し入れに使ったオレニッタの御礼とセラフィマが無事にアルダロスに到着した報告に、バルシャニアの帝都グリャーエフへと向かいました。
「こんにちは、お義母さん。昨日はオレニッタをありがとうございました」
「いらっしゃい、ケントさん。みんな喜んでくれたかしら?」
「はい、とても喜んでいましたよ」
リサヴェータさんに、差し入れをした時の様子を話すと、満足そうに頷いていました。
「それでは、セラは無事にアルダロスに到着したのね」
「はい、昨日はリーゼンブルグの貴族やアルダロスの有力者を招いての夕食会でした」
セラフィマがバルシャニアの代表として相応しい振る舞いをしていたと話したのですが、リサヴェータさんの表情は少し複雑そうです。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、仕方のない事だけど、本来は夫か息子達が務めるべき国の代表を背負う事になって、セラには負担を掛けてしまっているわ。ケントさん、セラがヴォルザードに着いたら、労ってあげてくれるかしら?」
「勿論です。バルシャニアとリーゼンブルグの和平は、僕にとってもヴォルザードにとっても大切ですからね」
「本当に、セラは良い夫に巡り会えたわね」
リサヴェータさんの期待に沿えるよう、セラがヴォルザードに来たら、うんと甘やかしてあげましょうかね。
「ところでケントさん、少しお時間はあるかしら?」
「はい、今日は特別に用事はありませんし、セラの護衛には眷族の騎士を配していますので大丈夫です」
「では、夫のところへ……」
どうやら僕に用事があるのは、皇帝コンスタンのようですね。
リサヴェータさんと一緒に執務室へと向かうと、皇帝コンスタンと第一皇子のグレゴリエ、第二皇子のヨシーエフが顔を揃えていました。
「あなた、ケントさんをお連れしたわ」
「うむ、ケント・コクブよ、昨日は我が騎士達に差し入れを届けてもらったそうだな。礼を言う」
「いいえ、僕にとっても他人事ではありませんから、お礼は必要ありませんよ」
「そうか、話は変わるが、足を運んでもらったのは他でもない、例の魔落ちの件だ」
まずは座って話そうと、応接用のテーブルへ場所を移しました。
ここでリサヴェータさんは退席、僕の相手をするのはコンスタントとグレゴリエです。
「早速本題に入らせてもらうが、ようやく魔落ち事件の容疑者を確保出来た」
「本当ですか、では事件は解決……」
「まぁ、急くな。まだ捕らえたと言っても、末端の工作員に過ぎないが、それでも内情は判明してきた。グレゴリエ、説明してやれ」
「はっ、容疑者の男を捕らえたのは、五日前のことだ……」
グレゴリエの話では、魔落ちに使われたと思われる注射器の件を伝えてから、歓楽街や貧民街を中心にして、怪しい人物の持ち物検査を強化していたそうです。
怪しい二人組を発見し、荷物検査を行って注射器を発見し、乱闘の末に確保したそうです。
当初は二人とも何のことか分からない、薬剤は滋養強壮剤と言われて買ったものだとシラを切っていたそうです。
「だから言ってやったんだ。それならば、こいつをお前の血脈に注ぎ込んでやろうか……と」
「話しましたか?」
「一人はそれでも黙っていたが、もう一人の方は、ガタガタと震えだして話した。今は、話した内容の裏付けを行っているところだ」
魔落ちの騒動を起こしているのは、予想通り反体制派のムンギア族の中でも強硬に独立を主張する連中でした。
ただし、魔落ちの薬剤や注射器に関しては、ボロフスカ族のヤーヒムという男が関わっているようです。
人間を魔落ちさせる薬剤の成分は、魔物の血から固まる成分、いわゆる血小板を取り除いた物と蒸留酒、それに魔石の粉末だそうです。
魔物から血を集め、それを掻き混ぜて固着する成分を取り除き、そこに魔石の粉末を混ぜる。
魔物の血液には、魔石を溶かす成分が含まれているそうで、これ以上魔石の粉が溶け込まない、いわゆる飽和状態まで加えたものがベースになっているそうです。
「強い酒を混ぜるのは、薬剤の腐敗を遅らせると同時に、体内に注ぎ込んだ時に酔いによって身体を巡るのを早めるためらしい」
「でも、これって元となる知識さえ得てしまえば、特別な知識が無くても薬剤を作れますし、投与もできちゃいそうですよね」
「その通りだ。我々の中では情報が漏れないように緘口令を敷いているが、ムンギアの連中の間では既に広まっている可能性が高い」
魔物は凶暴なものである必要も無いらしく、生け捕りにしたゴブリン一頭からでも、百人を超える人間を魔落ちさせるのに十分な量の血液が得られるそうです。
それにしても、魔物の血液なんて血管に注入したら、完全に異物と認定されて拒絶反応を引き起こしますよね。
まぁ、最初から魔落ちさせる目的ですし、拒絶反応どころか利用して殺すつもりですもんね。
「この薬物は、非常に怖ろしいものだが、一つだけ救いがあるとすれば、血脈に直接注ぎ込まないと急激な魔落ちはしない事だ」
血管を外してしまい、いわゆる皮下注射の形になった場合、薬剤を注入された周囲は魔物化するものの、全身が魔物化するには数日の時間を要するらしい。
その上、完全な魔落ちをする前に、衰弱死してしまうそうです。
「それで、今後の対応はどうなるのですか?」
「ムンギア、ボロフスカの両部族に対して、事件の全容を書き記した親書を送る。その中では、今回の事件の首謀者とみられるヤーヒム達の引渡しも要求する予定だ」
「引渡しに応じますかね?」
「おそらく応じないだろうな。ただし、今回の件に関しては、あまりにも人の道を外れた行動だけに、ムンギア、ボロフスカ内部にて処分が行われるだろう。特にボロフスカは、自分達の医療技術に自信を持っているだけに、身内をも危険に晒すような研究は見逃したりしないはずだ」
ボロフスカは、古くから薬草学の盛んな土地で、アーブル・カルヴァインの所へ渡された麻薬も、そこで作られたものだそうです。
ただし、麻薬による幻覚性や常習性などの問題はキチンと把握されていて、使用はいわゆる終末期の患者や精神疾患の患者に対して、厳格な管理の下で行われているそうです。
煙の濃度であるとか、煙に曝されている時間など、チェックする項目は多岐に渡るそうです。
使用の目的は、あくまでも医療行為であり、人の健康を害する行為はボロフスカでは厳しく非難されるそうです。
「確かに、人を魔物にしてしまう薬剤や行為は、健康を損ねるどころか命を奪う行為でしかありませんものね」
「そうだ、だからこそボロフスカ全体の関与は疑っていないと前置きした上で、この悪魔のような薬剤を思い付いたヤーヒムの捕縛に協力を要請するつもりだ」
「その人物の足取りとかは、分かっていないんですか?」
「今回捕らえた連中は、最初の魔落ち騒動が起こる以前に、ムンギア領内でヤーヒムと会い、投与の手順をレクチャーされたそうだ。まったく、どんな考え方をしたら、こんな怖ろしいものを思いつけるんだ……」
吐き捨てるように言い放つグレゴリエの様子からも、ヤーヒムに対する怒りや嫌悪の感情が滲み出ています。
話が一段落したとみて、コンスタンが会話を引き取りました。
「ケント・コクブよ。聞いての通り、まだヤーヒムを捕らえるには至っていないが、ようやくネズミ共の尻尾を掴んだ。これも、そなたからの情報があったからこそだ。あらためて礼を言わせてもらうぞ」
「お役に立てて何よりです。バルシャニアの懸念事項は、僕にとっても他人事ではありませんから、これからも協力できる事があれば、遠慮なく言って下さい」
「そうか、そう言ってもらえると心強いぞ。ここからは、ヤーヒムの捕縛とムンギアの過激派の摘発が当面の課題となるが、ギガースの時のような大規模な戦闘にはならないだろう。だが、油断は禁物だ。いつ力を借りることになるやもしれぬ、時々顔を見せて、セラフィマの話を聞かせてくれ」
「わかりました。お義父さん」
これまでなら鬼のような形相で睨んで来るところですが、今日のコンスタンは苦笑いを浮かべただけでした。
セラフィマがコンスタンの手元を離れてから一ヶ月以上が経過して、ようやく子
離れが出来たのでしょう。
「話は変わるが、そなたは影を使った移動法で、遠隔地にも瞬時に移動できると聞いたが、ヨーゲセンの様子を見に行くことは出来ぬか?」
「ヨーゲセンと言うと、キリアと交戦中の国ですね?」
「そうだ、我が国の者も商人に成りすまして偵察を行わせたり、隣国フェルシアーヌからも情報を聞いているのだが、乱戦が続いているらしく、正確な情報が掴めておらぬ。どちらの国も消耗しているのは確からしいが、出来れば戦局がどちらに転ぶか確かめるか、もしくは勝敗の裏付けとなる情報が欲しい」
コンスタンの話では、隣国フェルシアーヌを挟んだ向こう側の話で、しかも戦争の真っ最中なので、思うように情報が収拾出来ていないそうです。
「そうですか……残念ながら、僕が移動出来るのは、既に僕が行った事のある場所と、眷属が訪れた事のある場所にしか移動できません」
「うむ、ではキリアやヨーゲセンに行く事は難しいか……」
「そうですね、今すぐというのは難しいですが、少し時間をもらえるならば、偵察する方法はあります」
「ほう、それは、どういった手段なのだ?」
「はい、身体はこちらに残したままで、意識だけを飛ばす方法です」
星属性魔法による偵察方法を説明すると、コンスタンもグレゴリエも興味深げに聞き入っていました。
「なるほど、その星属性とやらを使えば、偵察に行く事は可能ではあるが、時間は掛かるという訳だな?」
「はい、それにキリアにもヨーゲセンにも僕は行った事がありません。なので、見に行ったとして、それがどこの国の何と言う街で、どういう状況なのか、すぐに把握できないと思います」
「ふむ、たしかに初めて訪れるならば、そうした状況になるであろうな……」
コンスタンは、僕の事情を理解しつつも、情報の収集を諦めきれていないようです。
「あのぉ……そこまでキリアとヨーゲセンの状況に拘るには、何か理由があるのですか?」
「うむ、そうだな……実は、隣国のフェルシアーヌの様子が少々気になっている」
バルシャニアとフェルシアーヌ皇国は、リーゼンブルグとは逆に友好的な関係を長く続けてきたそうです。
「現在、フェルシアーヌを治めている者達は、バルシャニアとの友好関係を続けていこうと考えておるのだが、反体制派は真逆の考えのようで、最近そやつらが勢力を拡大させているらしいのだ」
フェルシアーヌの反体制派は、ムンギアと国境争いを続けているヌオランネ族や、闇属性の魔術士を多く輩出する山岳民族のブロネツク族など、少数民族が中心となっているそうです。
「以前、少し話をしたと思うが、ムンギアに対する攻撃がヌオランネ単独とは思えぬ規模になりつつあるらしい。我々からしてみれば、ムンギアの弱体化については、むしろ歓迎すべき事態なのだが、あまり調子付かれてバルシャニアとの国境を大きく越えられても面倒だ」
「なるほど、キリアとヨーゲセンが自分達のことで手一杯という状況に付け込んで、フェルシアーヌの反体制派はバルシャニアに侵攻すべきだと考えているんですね?」
「まぁ、簡単に言うならば、その通りだ。それだけに、キリアがフェルシアーヌの反体制派の歯止めとなりうるのか調べておきたい」
「最悪、そのヌオランネでしたっけ、そいつらが痛手を負って撤退する事態になれば、当面の間は反体制派を抑えられますかね?」
「それは可能だが……できれば、我らが手出ししたという事実は残したくはない」
「と言うことは、誰がやったか分からなければ、問題ないということですね?」
僕の言葉に、コンスタンはニヤリと口元を緩めました。
「出来るのか?」
「おそらく……ヌオランネは爆剤を使ってるんですよね? あれは、扱いを間違えると大変ですからねぇ……」
「ふっふっふっ、どうだグレゴリエ、随分と性格の悪い義弟が出来たようだぞ」
「まったく……父上の薫陶に問題があったのでしょう」
「ふん、まぁ良い。ケントよ、出来る範囲で構わん、国境の争いとヨーゲセンの情報の件、考えておいてくれ」
「分かりました、時間のある時にでも、少し動いてみます。ところで、話は変わりますが、先程の魔落ちさせる薬に使われていた強い酒ですが、バルシャニアの名産品だったりするんですか?」
「うむ、あれは火酒と言って、ボロフスカ特産の酒だが、飲む以外に毒消しにも使われておる」
「火酒というと、火を点けると燃えるんですか?」
「その通りだ、それほどに強い酒だから、そのままではなく果汁などで薄めて飲むのが一般的だな」
「その火酒って、手に入りますか?」
「火酒ならば、ここの調理場や倉庫に置いてあるはずだ。必要ならば持って来させるが……」
「では、少し分けていただけますか」
一リットルほどの瓶に入った火酒を三本とムンギア周辺の地図を受け取って、グリャーエフの宮殿を後にしました。
影に潜った後、身体を影の空間に置いて、星属性魔術で空へ上がりました。
「さてと、方角はこっちで良いんだよね……」
空から向かった先は、バルシャニアの反体制派ムンギア族の領地です。
地図を見て来たから、すぐに分かると思いきや、日本のような正確な地図ではないので、何度も方向を確認に戻る始末でした。
バルシャニアとフェルシアーヌの国境の川を遡り、ようやくそれらしい中洲を発見。
爆剤の攻撃とみられる跡が残っているから、ここがムンギアの領地でしょう。
場所をマークして身体に戻り、今度は影移動を使って戻って来ました。
これでラインハルトや眷族のみんなを連れて来られます。
『ケント様、どうやらムンギア側に拠点を築きつつあるようですぞ』
「そうだね。爆剤を抱えたゾンビの警備兵か……悪趣味だね」
ムンギアと対立するフェルシアーヌの部族ヌオランネは、中洲の占拠に留まらず、バルシャニア側への侵攻を始めたようです。
主にゾンビを主力とした部隊を形成し、爆剤を使った自爆攻撃でムンギアにダメージを与え、更には拠点構築も進めているようです。
拠点を築くための工事もゾンビ、資材を運ぶのもゾンビ、さらに周囲を警戒しているのもゾンビです。
警備兵のゾンビは金属製の盾を構え、その影に爆剤の樽を抱えています。
おそらく、火属性の攻撃魔法や火矢を防ぐための工夫なのでしょう。
爆剤を抱えたゾンビの他に、槍を構えたゾンビも居ますが、人の姿がありません。
ヌオランネ側の兵士は、中洲に作られた陣地の中から対岸を見渡して、ゾンビを遠隔操作しているようです。
砦の狭間から対岸を睨んでいる顔に不気味な刺青を施した男達が、ゾンビを操るブロネツクの闇属性の魔術士なのでしょう。
ムンギア側は、築かれていく拠点を遠巻きにして見ているだけで、手を出しあぐねている様子です。
単独で近付いた程度では槍を持ったゾンビの餌食となり、集団で近付けば爆剤を持ったゾンビの餌食となる。
片や既に死んでいる者と、片や生身の人間では、あまりにも分の悪い勝負です。
『ケント様……大量の爆剤が……』
「案内して、フレッド」
戦を優位に進めているヌオランネの連中は、神殿の遺跡と思われる地下室に、大量の爆剤を運び込んでいました。
ざっと見た感じでも、百樽ぐらいはありそうです。
「わふぅ、ご主人様、あっちにもあるよ」
「えぇぇ……?」
マルト達が探して来てくれたのは、中洲から川を渡ったヌオランネの集落で、領主の屋敷と思われる建物の倉庫の中でした。
ここには更に多くの爆剤の樽が、山積みにされています。
「確かに火の気は無さそうだけど、集落のど真ん中じゃん。こんなに大量の爆剤が爆発したら、集落に大変な被害が出ちゃうよ」
『ケント様、これほどの量の爆剤やゾンビを投じているところを見ると、あるいはブロネツクの者共が主導権を握って戦を仕掛けているのかもしれませんぞ』
「確かに、この爆剤の量は尋常では無いし、攻撃の主力がゾンビで、人間の姿が見えない事も考えると、ラインハルトの言う通りなのかも……」
暫く戦況を見守っていましたが、前線ではムンギア族の兵士とゾンビの睨み合い、その影でゾンビ達が拠点の構築を進めているという状態が続いていました。
『ケント様、戦況が動くとすれば、おそらく夜になるでしょうな』
「そうだね。キリアとヨーゲセンの戦いでも、夜目が利くゾンビを使っての夜襲が主な戦術だって言ってたからね」
ちょっと土と魔石を使って細工をした後でヴォルザードに戻り、また夜になってから様子を見に来ることにしましょう。
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