第332話 凸凹主催のパーティー
一通りゴブリン討伐の訓練を終えた後は、ラインハルトとバステンが指導して、剣術と槍術の手合わせが行われました。
みんな剣を扱うイメージは持っていたようですが、槍の扱いについては分からないことが多かったようで、バステンとの手合わせは好評でした。
昼食と休憩を挟みながら午後も手合わせを続け、最後は全員参加でオークの討伐を行い、この日の訓練は終了、ヴォルザードに戻って来ました。
一旦、迎賓館まで戻って、汗を流してから着替えて出掛けます。
今夜は、凸凹シスターズから守備隊の食堂に招待されています。
ヴォルザードでの生活に一番最初に馴染んでいたようだし、てっきり残るのかと思いきや、二人とも帰国するそうです。
今夜は、明日の帰国を前にして、ヴォルザードでお世話になった人たちを招いてのお別れパーティーだそうです。
帰還作業も終盤に差し掛かっていて、明日を含めてあと四回程度で帰還希望者は全員日本に戻ることになります。
結局、ヴォルザードに残るのは、今日の訓練に参加したメンバーの他には、フラヴィアさんの店で働く相良さんと、こちらでの出産を決めた綿貫さん、そして古館先生の三人です。
古館先生は、魔法が使える世界がいたく気に入ったらしく、早々に残留を決めたそうです。
最初の名目は、ヴォルザードに残る生徒の相談役みたいな感じだったそうですが、現在では日本政府からの依頼も受けているようですし、クラウスさんからも依頼を受けているようです。
救出作戦を前倒しする切っ掛けを作ったり、先生同士の話し合いなどを見て、ちょっと頼りないと思っていましたが、なかなかチャッカリしているようですね。
守備隊の食堂に到着してみると、人の多さにビックリしました。
同級生が帰還する前は、ギッシリと席が埋まっていた食堂でしたが、最近は帰還作業が進んだことで空席が目立つようになっていましたが、今夜は満席です。
先生や同級生は勿論ですが、ヴォルザードの街の人がたくさん詰め掛けています。
僕も街の人とは交流させてもらっていますが、知らない顔の方が多いように感じます。
そして、驚いたことにオーランド商店の主人デルリッツさんの姿がありました。
「こんばんは、ケントさん」
「デルリッツさんもパーティーに参加されるんですか?」
「はい、あの二人には色々とお世話になりましたからね」
「色々とお世話させられたの間違いでは……?」
「いえいえ、二人からはケントさん達の世界の娯楽について色々と教えていただきました」
「娯楽……ですか?」
「はい、ニホンとヴォルザードでは技術レベルに大きな違いがありますが、人を楽しませて利益を生むという発想は大変参考になりましたよ」
スマホゲームやカラオケ、プリクラなどは、日本の技術が無ければ再現することは難しいですが、ボードゲームやカードゲーム、漫画などは商品化に動き始めているそうです。
「ケントさん、近頃、酒場で流行っている遊びを御存知ですか?」
「酒場でですか? それも日本に関係があるんですよね?」
「はい、その通りです」
「酒場で流行る遊び……ちょっと分からないです」
「正解は、ベーゴマです」
「えぇぇ、ベーゴマって、あのベーゴマですか?」
「はい、まぁ、うちにとっては大きな儲けにはなっていませんが、新しい流行は次の商売を生み出す切っ掛けになります。ヴォルザードが活気付くのは大歓迎ですよ」
鋳物のコマと紐、樽と幌布という単純な構成で、勝ったら奪うというゲーム性が受けているそうです。
日本の子供の遊びとは違って、単純にコマを奪い合うだけでなく、お酒やお金を賭けての勝負なども行われていて、ギャンブル性も強くなっているようです。
そう言えば、ニコラの借金の賭け事って、もしかしてベーゴマだったりするんですかね。
オーランド商店では、初期のセットを随分と売ったようですが、コマは鍛冶屋が参入して来たそうですし、樽や幌布は代用品がいくらでもありますから、その後の売り上げには繋がっていないそうです。
それにしても、凸凹シスターズがオーランド商店にまで食い込んでいたとは思ってもみませんでした。
僕が面識の無い他の人達も、同じような感じで二人と関わっているんでしょうね。
デルリッツさんと話をしていたら、食堂の一角に木箱を並べたステージに、凸凹シスターズの二人が上がりました。
髪の色こそ黒だけど、雰囲気は完全にヴォルザードの人ですね。
「どーも、どーも、今日は忙しい中、集まってくれてありがとう。明日、あたしとともちゃんは日本に帰ることになりました。ヴォルザードに来てから今日まで、本当にお世話になりました」
「ヴォルザードの城壁を見た時、これまで暮してきた世界とは違う世界で、新しい生活が体験出来ると、本当にドキドキした。でも、その反面、生活習慣が全く異なる世界で、ちゃんと生活出来るのか心配でもあった。でもでも、そんな不安は余計な心配で、ヴォルザードの皆さんには本当に親切にしてもらいました。この場を借りて、お礼を言わせてもらいます。本当に、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
台上の二人が揃って頭を下げると、会場は暖かな拍手に包まれました。
「本日は、高級な料理とかは用意できなかったけど、飲んで、食べて、楽しんで行って下さい」
「それではパーティーを始めさせていただきますが、最初に……国分、ちょっと来て」
何でしょう、いきなり小林さんからステージに上がるように手招きされました。
それは良いとして、ステージの周りはギッシリと人で埋まっていて近付けません。
道を開けてもらうのも悪いので、闇の盾を使って移動しました。
「そう来たか……って、その方が助かるけどね」
「で、僕は何をすれば良いのかな?」
「まぁ、そこに立っていてよ」
呼び出しておきながら、僕を立たせたまま小林さんが話を再開しました。
「同級生のみんなは勿論、ヴォルザードの皆さんでも知ってる人は多いと思うけど、彼が魔物使いと呼ばれている国分健人です。なぜ国分に来てもらったかと言えば、国分が居なかったら、あたし達はここに居られなかっただろうし、明日日本に戻ることも出来なかったでしょう」
「ともちゃんの言う通り、あたし達がリーゼンブルグから逃げて来られたのも、ヴォルザードで暮す場所を確保出来たのも、全部国分のおかげ」
「いやぁ、僕も色んな人に助けてもらっているし、一人で成し遂げた訳じゃないよ。それに、助けられなかった命もあるしね……」
「何言ってんのよ。あんたは、ヴォルザードで気ままに暮す事だって出来たのに、あたし達を救い出すために奔走してくれたじゃないの」
「そうだよ。そんな事を言ったら、あたし達こそ最初に助けられたのに、後のみんなを助けるのに何の役にも立たなかったじゃない」
「いやいや、色んな意見を聞いてもらえたし……」
「あぁ、はいはい、謙遜はそこまでだよ」
凸凹シスターズの二人は、パンパンと手を打ち鳴らして僕の言葉を遮りました。
「あのね国分、あんたはマジで凄いことをやったんだよ。あたしら、あのままリーゼンブルグの連中に扱き使われていたら、何人死んでたか分かんないよ」
「そうだよ、ともちゃんの言う通り、浅川さん以外は使い潰されてたかもしれないんだよ」
確かに二人が言う通り、あのまま僕が何もしなかったら、同級生のみんなは損耗率を度外視した使われ方をしたり、魔物の大量発生がラストックを襲うことで、多くの命が失われていたでしょう。
「でも、僕は僕が出来ることをしただけで……」
「ホント変なところで頑固だよね」
「ともちゃん、もういいから進めちゃおう」
「そだね。御覧の通り、この頑固者は自分の凄さを認めないけど、あたし達が感謝する気持ちには変わりは無いし、たぶん死ぬまで感謝し続けると思う」
「そこで、あたし達から感謝の気持ちを込めて、国分君にプレゼントがあります」
「えっ、プレゼント?」
凸凹シスターズの指差す方向から現れたのは、革のジャケットを掲げた相良さんです。
「このジャケットは、今ヴォルザードで一番人気の服屋、フラヴィアさんの店で仕立ててもらいました」
「あたし達二人だけじゃなく、ヴォルザードに残っている女子全員からの感謝の気持ちが
こめられています」
「国分、受け取ってくれるよね?」
ジャケットは、赤銅色とこげ茶色の革を組み合わせて作られていて、斜めの前合わせや、たくさんのポケット、用途不明のベルトなど中二心をくすぐる作りになっています。
これまでも、帰国した同級生達からは感謝の言葉を送られてきましたが、こうした形となった物を贈られたのは初めてです。
今の僕は、指名依頼で莫大な金額を稼げるSランク冒険者ですし、感謝の気持ちをお金や物で寄越せなんて言うつもりはありません。
でも、こんな予想外の形で感謝されると、ジーンと来てしまいます。
「貰ってもいいの?」
「なんだよ国分、泣いてんのか?」
「そ、そんな訳無いだろう。じゃあ……」
「うん、着てみせて」
袖を通したジャケットは、少し丈も袖も長いように感じます。
「もうすぐ春になるから、次の冬も着られるように、少し大きめに作ってもらったんだ」
「国分は、やる事は凄いけど、着てるものは冴えないからなぁ……」
小林さんの一言に、会場からどっと笑いが起こりました。
まぁ、自分でも着るものは適当だという自覚はあります。
「Sランクの冒険者なんだし、もうすぐお嫁さんも貰うんだから、ちょっとは身嗜みにも気をつかいなさいよ」
「ありがとう、大切に着させてもらうよ」
凸凹シスターズの二人と握手を交わすと、再び拍手が湧き起こりました。
「では、ここでパーティーの先陣を切って、国分に隠し芸を披露してもらいます」
「さぁ、みんな拍手!」
会場からは更に盛大な拍手と歓声が湧き起こりました。
「ちょ、ちょっと、聞いてないよ!」
「ほらほら、Sランク冒険者なんだから、隠し芸の一つや二つ持ってんでしょ?」
「いやいやいや、僕は芸人さんじゃないからね」
「えぇぇぇ、みんなこんなに期待してるのに、何も無しとか無いでしょう……」
「そう言われても……」
魔術を使ってなんかやろうとしても、物騒な事になりかねないし、眷族のみんなを呼んだらパニックになりそうだし、マジで困りました。
「じゃあさぁ、何かお宝とか無いの?」
「そうそう、リーゼンブルグの王家からパクって来た物とか……」
「ちょっと、人を泥棒みたいな言い方するの止めてくれるかなぁ……そうか、お宝か」
「なになに、何か珍しいものでもあんの?」
「うん、では、クラーケンの魔石を……」
クラーケンと聞いて、同級生達の中には首を捻っている人もいるけれど、ヴォルザードの皆さんからは驚きのどよめきが起こりました。
「ねぇ、国分、それって凄いの?」
「普通には討伐不能、居なくなるのを待つしかない天災級の魔物だからね。魔石の大きさも普通の魔物とは比較にならないよ」
「うっそ、見たい見たい、早く見せて!」
「じゃあ、ちょっとこっち側を空けてもらっていいかな? 僕の眷族のスケルトンに持って出てもらいますので、皆さん驚かないで下さいね」
箱を並べたステージの横に詰め掛けていた皆さんに下がってもらい、闇の盾を出しました。
『ラインハルト、お願いね』
『お任せ下され、ケント様』
「おぉぉぉぉぉ……」
メタリックなスケルトンが、巨大なクラーケンの魔石を抱えて闇の盾から出てくると、パーティに集まった人たちからは驚きの声が上がりました。
「あれが本当に魔石なのか?」
「凄い大きさだし、見たこともない色だ……」
「綺麗……深い海の水を固めたみたい」
パーティーに集まった皆さんに、エーデリッヒに出没したクラーケンが、どんな魔物で、どんな大きさなのかなど、討伐の様子を話しながらジックリと魔石を見てもらいました。
「いやぁ……気軽にお宝なんて言っちゃったけど、想像以上に凄いものだったよ」
「じゃあ、僕は席に戻らせてもらうね」
「うん、ありがとう……でも、この後に隠し芸を披露する人は辛いわねぇ……」
「そこまでは……じゃあ!」
長居をすると、更に何かをやらされそうなので、僕も闇の盾に潜って退散しました。
「では、続いて隠し芸を披露してくれるのは……八木、出て来なさい」
「はぁ? そんな滑るの確定の場に、何で俺様が出ていかなきゃ……」
「送還……」
戻った席のすぐ脇で八木が喚き出したので、送還術を使ってステージの上へと送ってやりました。
「ふぁ? えっ、何だ……?」
「はい、二番バッターの八木登場です、拍手!」
会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。
「ちょ、国分か、貴様ぁ!」
「うるさーい、がたがた言ってないで、早くなんかやれーっ!」
「そうだそうだ、さっさと始めろ、ガセメガネ!」
「きっと凄い出し物だぜ、間違いねぇよ」
「やーぎ、やーぎ、やーぎ、やーぎ……」
僕に続いて新旧コンビも囃し立てたので、場内からは八木コールが始まりました。
「よ、よーし、それならば召喚されてから今日までの、この俺様の武勇伝を……」
「いらねぇぇぇ!」
「需要ねぇぇぇ!」
八木の武勇伝と聞いた途端、同級生からはブーイングが浴びせられました。
うん、八木の人柄を如実に表しているんだけど、マリーデが複雑な表情を浮かべてますね。
「くそっ、なら国分の話だ。まだ俺様とここに居る凸凹シスターズ、それに新旧コンビの五人しかヴォルザードに居なかった頃の国分の話はどうだ」
「おぉぉぉぉぉ!」
「ちょ、待って待って、何を話すつもり……」
「うるさい、俺様をここに送り出したのが運の尽きだと思いやがれ。あれは、俺達がヴォルザードに到着してから五日目、安息の日の出来事だった……」
まだ最初の五人しか救出していない時の話とあって、同級生達は八木の話に聞き耳を立てています。
てか、八木達が来た直後の安息の曜日って、何があったんだっけ。
まだ一年も経っていないのに、あまりにも色々な事がありすぎて、その日に何があったかなんて思い出せません。
その頃は、唯香もラストックに居たはずですし、マノンには知り合っていたけど、ベアトリーチェとはどうだったっけ?
八木の話は、到着から五日目と切り出しながら、ヴォルザードに到着した直後の話や、救出作戦の途中の話に飛んだりして、なかなか本題に入りません。
まぁ、そのおかげで当時の事を思い出してきたけど、良くこんなに細かい事まで覚えていると感心してしまいます。
「話が長ぇよ!」
「お前の話はいいから、国分の話はどうしたんだよ」
いや、八木なりに頑張って盛り上げようとしてるけど、評判良くないですねぇ。
もしかして、こういう話に取り留めが無いあたりが、出版社に相手にされない原因なんでしょうかね。
「あぁ、うるさい、うるさい、今でこそ美少女三人を侍らせてる国分だけどな、あの頃は酷いもんだったさ。あの日、気晴らしから帰ってきた俺は、守備隊の門の前に大きな人だかりが出来ているのを見つけた。当然ジャーナリストとしては、何があったか確かめない訳にはいかないさ。そこで、俺はこの目で見た。あぁ、確かに見たぞ! 『くずチャラ男!』と罵られ、平手打ちを食らって崩れ落ちる国分の姿をな!」
あぁ、はいはい、思い出しました。
凸凹シスターズの二人をまいて、マノンと二人でデートした日の事ですね。
八木の様子を見に来たら、マリアンヌさんとベアトリーチェに鉢合わせして、修羅場みたいになっちゃったんでした。
なんだか凄く懐かしく感じちゃいますね。
「ケント……あの時はゴメンね」
「大丈夫だよ、マノン。あぁ、そんな事もあったなぁ……って感じだから」
「あれは、ケント様が私の治療をして下さった翌日の事でございますか?」
「そうそう、あの頃のリーチェの悪戯には、ホントに困ってたんだよ」
「悪戯ではありませんわ。私は最初から本気でしたわ」
ちょっと困ったような表情のマノンも、ちょっと膨れっ面のベアトリーチェも可愛いですね。
「おい、ちょっと待て国分、なんで修羅場にならないんだ?」
「八木、ネタが古すぎる。ジャーナリズムは鮮度が重要じゃないの?」
「くっ、国分ごときに、そんな指摘を受けるとは……」
思っていたほど話が受けなかった八木に、凸凹シスターズからも突っ込みが入ります。
「で、八木、オチは無いの? オチ……」
「えぇぇ……ダラダラ引っ張って、オチ無しなの?」
「うるさいな、いきなり引っ張り出して、あんなお宝の後で何やれってんだ! 無茶振りにも程があんだろう!」
「あー……その引きだしの無さが、ジャーナリストとして致命傷なのね」
「そうよ、ネタがナイなら、現地妻との熱い一夜のレポートでもしなさいよ」
「ば、馬鹿! この人でなし共め、さっさと日本に帰りやがれ!」
結局、八木は終始グダグダのままで、ブーイングを浴びながらステージを降りてきました。
この後、新旧コンビも引っ張り出されましたが、近藤と鷹山も加わってコントを披露しました。
八木がグダグダになってる間に、近藤が中心となって打ち合わせたようで、討伐訓練での失敗談をベースにしたコント『こんなゴブリン討伐は嫌だ』は、みんなの笑いを誘っていました。
その後も、加藤先生や彩子先生など、多数の犠牲者を出しながら、パーティーは夜遅くまで続けられました。
こんな滅茶苦茶が出来るのも、凸凹シスターズの人望ゆえでしょう。
しんみりとした空気になりかけた時もありましたが、同級生達とは東京での帰国記念パーティー、ヴォルザードの皆さんとは再会記念パーティーを約束し、笑顔のままでパーティーを終わらせたのは流石です。
こちらでの授業は僕と同様にサボりっぱなしだったそうですが、勉強の遅れとかは二人には関係無さそうです。
たぶん、日本に戻った後も、人脈を築いて、一角の人物になるんじゃないですかね。
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