第317話 カルツの決意
メリーヌさんの店で夕食をご馳走になった後、本宮さんを守備隊の宿舎まで送って行くことにしました。
夕食をご馳走になっている間、本宮さんたちが住む予定のシェアハウスや、セラフィマの話をしていたら、メリーヌさんも気が紛れたのか、だいぶ顔色も良くなっていました。
「メリーヌさんが心配だから、今週はずっと手伝いに入るようにする」
「冒険者としての活動は良いの?」
「正直、近藤君とか新旧コンビの話を聞いていると羨ましいって思うけど、私は私のペースでやっていくわ」
「そっか、じゃあ機会をみて、ゴブリン討伐の練習とかさせてあげるよ」
「本当に? そう言えば、国分君専用の訓練場があるんだっけ」
「うん、最近は忙しくて使っていないんだけどね」
「その訓練場って、自主練に使わせてもらえないかな?」
「ごめん、魔の森の奥にあるんで、普通に歩くと一日ぐらい掛かるから、ちょっと無理」
近藤たちに訓練場の話は聞いていたようですが、どこにあるかは聞いていなかったようですね。
「ギルドの戦闘訓練は受けてるの?」
「勿論、受けてるわよ。ダンジョンにも潜ってみたいしね」
「ダンジョンか、指名依頼で一度行ったきりだなぁ……」
「えっ、国分君、ダンジョンに潜ったことあるの?」
「あるけど、そんなに深くまでは潜ってないよ」
「ヴォルザードのダンジョンって、鉱石系のダンジョンなんだよね?」
「そうだよ。潜るなら土属性で鉱石の探査が出来る人が一緒の方がいいね」
マノンから聞いた、亡くなったお父さんの冒険者としての話をすると、本宮さんは興味を持ったようです。
「そうか、土属性の人がいないと効率が悪いのか……誰か土属性の人がいないかな?」
「古田が土属性だけど、探知とか出来るのかな? あんまり器用そうじゃないからなぁ……」
「国分君は、探知の魔術は使えるの?」
「どうだろう、マールブルグの鉱山で落盤事故があった時、埋まった坑道を探すのに地形探査はやったけど、特定の鉱物の探知はやってみないと分からないや」
「国分君が一緒なら、ダンジョンの探索とかも楽に出来そうな気がするけど……」
「そうだね。僕は影を伝って移動が出来るから、いつでも地上に戻って来られるし、送還術を使えばみんなを送り込むことも出来るけど……それって、探索の楽しみが無いような気がするけど……」
「そうね、それだと冒険じゃなくて作業って感じになりそう」
「作業かぁ……確かに」
最近も、デザートスコルピオとか、クラーケンとか、大型の魔物を討伐していますが、攻撃方法がチートになってきちゃって、冒険の醍醐味とかは薄れちゃってますよね。
槍ゴーレムでドーンとか、送還術でサクっとか、討伐作業って感じです。
ドラゴンでも相手にするならば、ドキドキするような戦いになるんですかね。
本宮さんと一緒に、守備隊の門まで来たところで、慌てた様子で走ってくるバートさんに出会いました。
「こんばんは、バートさん」
「おう、ケント。また違う女の子に手を出してるのか?」
「違いますよ。あっそうだ、カルツさんに会いたいんですけど、いつ、どこに行けば良いですかね?」
「おっ、隊長に用事か、そりゃ丁度良かった。これから夜の警備に付くところだから一緒に行こう」
本宮さんと別れて、バートさんと一緒に城門を目指します。
「ところで、ケント。俺はケントに呼び止められて、時間を食っちまったことにしてもらえないかな」
「バートさん、急いでいると思ったら、遅刻ですね?」
「いやぁ、ちょーっと、ちょーっと野暮用でな……」
お堅いイメージのカルツさんと違って、若干軽薄なイメージのあるバートさんですから、色々とお声もかかるのでしょう。
「いいですよ。どうせカルツさんは、バートさんの遅刻とかどうでも良くなると思いますから……」
「何かあったのか? ふむ、さてはメリーヌさん絡みだな?」
「さすがに鋭いっすね。弟のニコラさんが、質の悪い連中に借金をして首が回らなくなったみたいです」
「なるほど、さっきの女の子はメリーヌさんの店を手伝ってる子か」
「そうです、そうです……てか、カルツさんが睨んでますよ」
「うへぇ、頼むぜケント……」
「はいはい……」
魔の森に向かう城門脇の詰所の前で、カルツさんが腕を組んで仁王立ちしています。
ギロっとした視線は、バートさんに向けられているようです。
「こんばんは、カルツさん」
「やぁ、ケント。城門に何か用事か?」
「いえ、こちらにカルツさんが居るって、バートさんに聞いたので……そうそう、バートさんを引き止めちゃって、すみません」
「隊長、俺は持ち場に付きますから、ちょっとケントの話を聞いてやって下さい」
さっきまでの軽い感じとは違い、バートさんの真面目な口調にカルツさんも何事かと眉を顰めました。
「俺に用事なのか?」
「はい、出来れば他の人には聞かれない所で話が出来れば……」
「分かった。バート、ちょっと頼む」
「了解です」
カルツさんに、詰所の中へと案内されました。
通されたのは、初めてヴォルザードに来た時に、事情聴取をされた部屋です。
あの時は、ヴォルザードがリーゼンブルグとは別の国になっているとも思わず、カルツさんにも魔物に襲われた商隊の生き残りだ……なんて言ったんでした。
ものすごく懐かしい思い出みたいになってますけど、まだ半年も経ってないんですよね。
「それで、話っていうのは何だい?」
「はい、メリーヌさんのことなんですけど……」
「メリーヌが、どうかしたのか?」
「メリーヌさん本人の問題じゃなくて、弟のニコラさんが……」
昼間遭遇したボレントたちの取り立ての様子から、アジトに戻ってからフレイムハウンドとの談合の様子、それを踏まえてのクラウスさんと立てた対策について順を追って話しました。
「そんなことになっていたのか、まったくニコラのやつ……」
「僕は、ニコラさんが店を放り出してからのことは全く知らないんですが、カルツさんは何かご存じなんですか?」
「まぁ、あんな性格だから、何かやらしたりしないか、街で見かける度に声は掛けていたんだが、避けられることが多くなってな……」
ニコラにとってカルツさんは、頼りにはなるけど、あれこれと小言を言う煙たい存在でもあるようです。
「ベテランのパーティーに入れてもらったから大丈夫だ……なんて聞かされていたんだが、一向に冒険者らしくなったように見えなくて、気にはなっていたんだ」
「メリーヌさんも、家からお金を持ち出しているうちは、まだ大丈夫だろうと思っていたそうです」
「それで、和解金はケントが用立ててくれるのか?」
「はい、これ以上の借金を増やせないように形式上お店を担保にして、メリーヌさんとニコラさんで半分ずつ返す形にします」
「その、メリーヌの分なんだが、俺に負担させてもらえないか?」
「カルツさんが、ですか? でも、予定では五十万ヘルトぐらいになりますけど」
「むぅ、五十万か……大丈夫だ、何とかする」
五十万ヘルトというと、日本円に換算すると五百万円ぐらいの感覚です。
クラーケン討伐の報酬とかを手にして、金銭感覚がマヒしちゃってる僕と違って、カルツさんにとっても簡単に準備できる金額では無さそうです。
「うーん……やっぱり僕が用意します。その代りと言っちゃなんですが、カルツさんに頼みたいことがあるんですけど」
「俺にできる事ならば、何だって言ってくれ」
「そうですか……では、メリーヌさんにプロポーズして下さい」
「なっ、何を言ってるんだ、プロポーズなんて、俺はまだ……」
「はぁ……カルツさん、一体いつまでウジウジしてるんですか? メリーヌさんには、近くにいて支えてくれる存在が必要なのは分かってますよね?」
「それは、そうなんだろうが……」
「今回の一件だって、カルツさんとメリーヌさんが結婚していれば、ボレントだって手を出しにくかったんじゃないんですか?」
「そう、なんだろうが……そんな簡単に決められるような話じゃ……」
さっきまでは頼りになる隊長さんだったのに、メリーヌさんとの結婚話になったとたん、思春期の男子かよと思うほど歯切れが悪くなります。
「何言ってんですか、カルツさん。僕なんて、ちょっと寝姿を覗き見しちゃっただけで、バルシャニアの皇女様と結婚するんですよ。ウダウダ言ってないで、男らしいところを見せて下さいよ」
「いや、ケントの場合は、才能を認められたんだろうし……」
「はぁ……分かりました。カルツさんにその気が無いならば、僕がメリーヌさんにプロポーズします」
「なっ、何言ってるんだ、ケント!」
「だって、ボレントとの一件が片付いても、ニコラさんが他の勢力から金を借りて、同じような状況になるかもしれないじゃないですか。だったら僕が結婚しちゃえば、手出し出来ないでしょう。カルツさんにメリーヌさんを守る覚悟が無いなら、僕が守るしかないじゃないですか」
「そんな事は無い、俺だって……」
「だったら、光の曜日までにプロポーズして返事を貰って下さい。じゃないと、今回の一件も材料にして、僕がメリーヌさんを口説き落としちゃいますからね」
なんて啖呵を切ったものの、メリーヌさんを口説き落せる自信なんて皆無なんですよ。
て言うか、僕のお嫁さんになる四人だって、良く考えると僕から告白した訳じゃないんだよね。
あれ、これって凄く駄目なパターンじゃない?
なし崩し的に結婚が決まって、キチンと僕からプロポーズしてないじゃん。
心の中に物凄い動揺が生まれたけれど、カルツさんには悟られないようにポーカーフェイスで通しました。通せたはずですよね。
少しの間沈黙した後で、カルツさんは意を決したように頷きました。
「分かった。光の曜日までにメリーヌにプロポーズする。だが、俺では受け入れてくれるか分からないので、駄目だった場合は……」
「はぁ……プロポーズする前に、駄目だった時のことなんて考えないでいいんです。上手くいった後、どうやってイチャイチャするかだけ考えておいて下さい」
「むぅ、分かった……」
人生の真理を追究する哲学者みたいな顔になったカルツさんは、夜間の警備に戻って行きましたけど、仕事に集中できそうにないですね。
僕も下宿に戻ろうかと思っていたら、ムルトが声を掛けてきました。
「わふぅ、ご主人様、ラインハルトが来てって言ってる」
「分かった、すぐ行くよ」
路地裏で影に潜って、ラインハルトを目印にして移動した先では、ボレントが神経質そうな痩せた中年男と打ち合わせをしていました。
この男が、クラウスさんの言っていたシラーなのでしょう。
「お待たせ、ラインハルト」
『ケント様、あれが裏帳簿のようです』
ラインハルトが指差す先には、机の上に広げられた分厚い帳簿がありました。
人名の書かれた栞が何枚も挟み込まれていて、借り主ごとに過剰な金利での貸付や返済の一部始終が書かれているようです。
「あんな分厚い帳簿なら、すぐに見つかるんじゃないの?」
『ケント様、帳簿が隠されていたのは、あそこです』
「えぇぇぇ……」
ラインハルトが指差したのは、柱の根元でした。
四十センチ角ぐらいの柱は、木材の表面を土属性魔術で固めたものかと思いきや、全くのダミーのようです。
柱の根元にくり抜いたような穴が開いていて、別の帳簿が数冊納められていますが、扉のようなものは見当たりません。
その代わりに、一枚の板と小さな土の山がありました。
「ラインハルト、あれって、もしかして……」
『はい。ボレントも、このシラーという男も、土属性のようです』
ボレントとシラーは、高金利を科している裏帳簿と、表向きにする法律の限度に収まる金利の帳簿を突き合わせて、調査が入った場合でもボロが出ないように数字を操作しているようです。
『数字の調整はシラーが行い、ボレントは確認するだけのようです。シラーは、金貸しの裏帳簿の他にも、酒場や娼館などでの経費の水増しや、収入を低く抑える操作も行っているようです』
「それじゃあ、キチンと納めているように見せかけて、まだまだ脱税しているってこと?」
『さようです。この裏帳簿の内容をクラウス殿に知らせれば、さぞやお喜びになられるでしょうな』
「だろうね……」
クラウスさんに知らせたら、どれだけ追徴課税しようかと、高笑いして喜ぶに決まっています。
この件を知らせたら、他の二つの勢力の裏帳簿も探し出せとか言われそうですよね。
まぁ、一つの勢力だけ力を削ぐとバランスが崩れてしまうでしょうし、ベアトリーチェを嫁に貰う身としては協力せざるを得ないでしょう。
ボレントとの打ち合わせを終えると、シラーは裏帳簿を柱の中へと戻して板を立て掛けると、土属性魔術の詠唱を行って穴を塞いでしまいました。
「へぇ、慣れているんだろうけど、継ぎ目すら分からないや」
『そうですな。あの出来栄えならば、調査に入った者が見落としても仕方ないでしょうな』
ボレントとシラーが部屋を出て行き、戻って来る気配が無さそうだと確認してから、影の空間経由で闇帳簿を一冊取り出しました。
ラインハルトに教わりながら帳簿を見ていくと、ボレントたちの手口が分かってきました。
賭博場や娼館の客に、最初に貸付を行う時の金利は年一割。
それが、追加の貸付を行うごとに、金利が増えていくようです。
『最初は、返し易い金利で借金をさせ、そこから更に借金を重ねていくようなカモには、徐々に金利を上乗せしていくのでしょうな』
「でも、このやり方だと、早い時点で気が付いて返済する人からは、あんまり利益が得られないんじゃない?」
『さようですな。だからこそ、引き返せない段階まで引きずり込むフレイムハウンドのような者たちを飼っているのでしょう』
「地下牢にいた人数を考えると、フレイムハウンド以外にも同じような働きをする冒険者を雇っていたりするのかな?」
『その可能性は高いでしょうな』
表向きには健全っぽい歓楽街を演出して、裏では泥沼に引き込むために、あの手この手を使っているようですね。
「フレイムハウンド以外の冒険者も調べ上げておいた方が良いのかな?」
『勿論、調べておいた方がよろしいでしょうが、クラウス殿は全員は処罰しないと思いますぞ』
「全員を処罰しちゃうと、勢力のバランスが崩れちゃうからか……」
『それもあるでしょうが、おそらくはフレイムハウンドを見せしめに使って、他の冒険者には釘を刺すに留めるような気がします』
「この先も続けるなら覚悟しろ……って感じかな」
『他の二つの勢力に対しても、何らかの形で警告は与えるでしょうな』
まぁ、抜け目のないクラウスさんのことですから、今回の一件を最大限に利用しようとするはずです。
「フレイムハウンドみたいな手口は、ヴォルザードに残る同級生には伝えておいた方が良いよね?」
『そうですな。このような事態に巻き込まれないように、情報として伝えておいた方がよろしいでしょう。それとは別に、黒髪黒目の者は、魔物使いに縁のある者だと喧伝しておけば、手出ししようと考える者はいなくなるのではありませんか』
「なるほど……悪目立ちするのは好きじゃないけど、同級生がトラブルに巻き込まれて、その面倒を見るよりは楽かな。特に、八木が心配だしね」
持ち出した裏帳簿は、自衛隊の練馬駐屯地へ持ち込んで、コピーを取らせてもらい、同時にスキャンデータとして保存しました。
ページ数が多いので、とりあえず一冊だけ作業して、残りはまた明日にでも作業しましょう。
裏帳簿を他の場所に移動させられないか、ムルトに見張ってもらいます。
「ムルト、ここの帳簿をどこかに移動させるようなら、次の保管場所を確かめて知らせて」
「わふぅ、任せて、ご主人様!」
ムルトをモフってから下宿の部屋に戻ると、アーブルの残党を監視していたフレッドが報告に帰ってきました。
『残党は、なし崩しに解体中……士気もガタ落ち……』
ドレヴィス公爵領を出たジルダールたちの下へは、別の領地に潜伏していたアーブルの残党が接触してきたそうですが、僕らが乗り出したと聞いて、このまま活動を続けるか困惑が広がっているそうです。
『まともな仕事の当てがある者は……組織から脱退している……』
「残っている連中は?」
『敵わないまでも一戦交えたいとか……野盗になって金儲けしたいとか……』
「どっちにしても面倒な連中だね」
『武器の類は……見つけ次第回収してる……』
「うん、それは助かるし、効果的じゃない?」
『武器を無くして……やる気も失っている……』
セラフィマ一行の襲撃を行うにも、武器は不可欠ですし、武器を持っていれば、良からぬことを考える可能性が高くなります。
どうせ体力が有り余っているなら、砂漠化対策にでも使ってもらいたいものです。
「フレッド、このまま武器だけ回収を続けて、お金は取らなくてもいいから」
『了解……あと数日でケリが付きそうな気がする……』
人が集まって、武器やお金が集まれば士気も上がっていくのでしょうが、人も武器も無くなっていけば、当然士気は下がる一方でしょう。
アーブルのようなカリスマ性を持つ人物もいないようですし、大きな混乱も無く残党を解散させられそうです。
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