第314話 貸付け手続き
休日明けの火の曜日、空には厚い雲がかかっていて、風が冷たく感じます。
今週は、13回目の帰還作業からスタートです。
守備隊の訓練場には、本日帰還予定の十人と、千崎先生、唯香とマノン、それに相良さんと八木の姿がありました。
いつもなら、加藤先生が見守り役として来ていますが、今日は授業の順番なので千崎先生が代わりに来ているそうです。
唯香とマノンは、僕の体調管理のためですが、もう帰還作業で体調を崩すことは無さそうです。
まぁ、二人が居てくれることについては、大歓迎なので文句を言うつもりはありません。
相良さんは、帰還作業を終えた後に、ギルドで借用書を作るために来ているのですが、八木の目的が分かりませんね。
「八木、お金は貸さないからね?」
「お前は、本当に俺様の扱いが悪いよな」
「いやぁ、それほどでも……」
「褒めてねぇよ!」
「お金じゃないとすると、物? いや、コネ?」
「違ぇよ! 俺も借用書の作り方を見学するためだ」
「やっぱり金か!」
「だから、そうじゃねぇよ!」
八木の目的は借金ではなくて、こちらの世界での契約手続きを知りたいようです。
「わざわざ言う必要も無いけど、国分みたいに実績の無い俺は、こっちの世界でもただのガキだ。大人に混じって舐められないようにするには、知識と経験が必要だろう」
「なるほど、借用書の作り方とか手続きの手順を覚えておきたいのか」
「日本ならネットで殆どのことは調べられるけど、ヴォルザードのことはググれないだろう」
確かに、ヴォルザードでは分からないことは、知っている人に聞くしかありません。
まぁ、僕の場合はクラウスさんとか、ドノバンさんとか、頼りになる人がいますけどね。
てか、八木の場合はギルドの受付嬢であるフルールさんが義理の姉になるんだから、大丈夫じゃないのかな。
いや、八木とフルールさんを必要以上に仲良くさせる必要も無いか。
「とりあえず、帰還作業を済ませちゃうから、ちょっと待ってて」
「あぁ、了解だ」
マルトたちに月面探査車みたいなケージを影の空間から出してもらい、本日の帰還予定者に乗り込んでもらいます。
みんながシートベルトを締めている間に自衛隊の練馬駐屯地へと移動し、目印用のゴーレムを設置すれば準備は完了です。
今回も見送りの同級生の姿は無く、千崎先生も下校する生徒を見送るみたいで、特別に感極まるような様子もありません。
相良さんは、帰還する女子と手を振り合っていますが、八木は背中を向けて屈伸運動をしていますが、その後姿が何か気に掛かりました。
『ラインハルト、念のために八木を見張っておいて』
『了解ですぞ、飛び出さないように気を付けておきますぞ』
まぁ、ここ最近の八木の様子を見ていれば、大丈夫だとは思いますけど、送還範囲に飛び込んで日本に逃げようとしないとも限りませんからね。
「それじゃあ、日本に送還するからね。十秒前、九……」
「おわぁ、いってぇ……」
カウントダウンが始まった途端、振り向いて走り出そうとした八木は、ラインハルトに足首を掴まれて這いつくばっています。
「八木ぃ……何やってんだよ」
「じょ、冗談だ、冗談、体張った冗談に決まってんだろ」
「ラインハルト、そのまま拘束しといて」
『了解ですぞ』
まさか、マジで飛び込んでこようとするとは、八木らしいと言えば八木らしいけど勘弁してほしいよね。
タイミングが外れて、胴体が真っ二つとか洒落にならないよ。
「じゃあ改めて、十、九、八、七……」
「……四、三、二、一!」
「送還!」
今度は邪魔も入らず、無事に本日の十人を届け終えました。
「やぁ、国分君、お疲れさま。もう帰還作業もお手のものという感じだね」
「梶川さん、お疲れさまです。そうですね、魔力は消耗してますけど、以前ほどではなくなっています」
「今回で13回目、あと七回で完了だね」
「そうですね。残留組も自立のために動き始めてますよ」
相良さんが中心となったシェアハウスの話をすると、梶川さんは興味を引かれたようです。
「ほぉ、国分君たちの歳で、自分の家を持って生活基盤を築こうとしてるとは、やっぱり異世界での経験が大きく影響してるんだろうね」
「ヴォルザードでは、僕らの歳でも成人扱いですから、周囲からの影響は大きいと思います。残留を希望している同級生は、殆どが街で働いていますからね」
「なるほど、社会経験が自立心を養っているのか」
「でも、ヴォルザードでも、まだまだ子供扱いはされますけどね」
「いやいや、領主、国王、皇帝、ギルドマスター……国の中心的な役割を果たす人々と広く面識があり、しかも頼られているんだから大したものだよ」
「頼られるというより、便利に使われている気もしますけどね」
目印用のゴーレムを片付け、魔石を少し融通してからヴォルザードへ戻りました。
「お待たせ……てか八木、いい加減にしろよな」
「いやぁ、悪い悪い……だが断る! 俺様は、常に最善の行動をとると決めたからな。これからも俺様から目を離すんじゃねぇぞ」
「うざっ、でも分かった。今度帰還作業中に近づいてきたら、問答無用で両足をへし折ることにするよ」
「ちょっ、物騒な冗談を言ってんじゃねぇよ」
「えっ? 冗談じゃないよ。別に両足をへし折っても、後で治癒魔術を掛けるから大丈夫だよ」
「お前なぁ……まさか本気で言ってんじゃないよな?」
「八木、僕は決める時にはバッチリ決める男だよ」
爽やかな笑顔でサムズアップを決めると、八木は思いっきり顔を顰めてみせました。
「ねぇ、そろそろミニコントは終わりにしてもらっても良いかしら?」
「ゴメン、あんまり八木がウザかったもんで」
痺れを切らした相良さんに急かされてしまったので、ギルドへ向かうことにします。
「唯香、マノン、行って来るね」
「行ってらっしゃい、ケント」
「八木君に気を付けてね」
二人とハグしてから訓練場を後にします。
僕が暇になったら、毎日イチャイチャして過ごそうなんて思っていたけど、二人とも診療所には欠かせない人材になっているようなので、なかなか夢の実現は難しそうです。
「そう言えば、倉庫を改築してくれる業者さんとかは決まってるの?」
「ううん、それはまだだよ。お金の目途も立たないうちに、仕事を頼む訳にはいかないじゃない」
「それもそうか……」
「国分君、誰か知り合いの業者さんとか知らない?」
「知り合いのハーマンさんは、僕の家の建設を請け負ってもらっているんで、すぐ作業は無理だと思う」
「そっか……ギルドに紹介してもらうしかなさそうね」
ヴォルザードのギルドは、仕事の依頼なら後ろ暗いものを除いて何でも扱っていますが、改築なんて大きな仕事を頼むとあって、相良さんは不安を感じているようです。
「日本だと、悪徳業者の手抜き工事とか良く聞くじゃない。金額が大きいから、変な業者に当たったらどうしようかと思ってね」
「確かに、変な業者に当たったら面倒そうだね」
「そんなの不安なんて感じる必要ないぜ。こういう時には国分の名前を使うに限る」
「八木ぃ……」
マリーデとのダンジョン見学の一件があったのに、全く懲りていない八木の様子には呆れ果ててしまいます。
「いい加減、僕の名前を使うのはやめてくれないかな」
「なんだよ、何が悪いんだ? そりゃ国分の名前を使って安くしろとか、タダにしろなんて要求したら駄目だろうけど、ちゃんと金を払うからキチンとした仕事をしてくれって言う程度は問題無いだろう。俺達は安心して仕事を任せられるし、業者も手抜きせずに良い仕事をする方が良いんじゃねぇの?」
「ま、まぁ、そうかもしれないけど……」
「大体、相良が働いている店だって、魔物使い御用達でも有名なんだぞ」
「うぇ、そうなの?」
八木の言葉に驚いて振り返ると、相良さんは苦笑いを浮かべていました。
まぁ、店主のフラヴィアさんには、色々と良い思いもさせて頂いてますから構いませんけどね。
「積極的に宣伝してる訳じゃないけど、国分君と唯香たちが一緒に来ることがあるじゃない、それを伝え聞いたお客さんから聞かれるから……否定はしない感じ?」
「てか、国分が下宿してる食堂だって、魔物使いが住んでるって有名だぞ」
「嘘っ、マジで?」
「マジだよ。お前が思っているよりも、お前の名前は知れ渡ってるし、利用もされてるんだぞ。だから、俺たちが利用するのは当然だろう」
「うーん……そう、なのかなぁ……」
「有名人が名前を利用されるなんて、日本でも良くある話だろう。ケチケチすんな」
「まぁ、酷い使い方をしないなら構わないけど、マリーデを誘った時のような使い方はアウトだからね」
「へいへい、分かってますよ。ちょっとは信用しろって」
信用ねぇ……さっきも送還範囲に飛び込もうとした奴が、どの面下げてぬかすかな。
「ところでさ、倉庫の改築って、アパートみたいに部屋を作るの?」
「ううん、それだとお金が掛かり過ぎるから、大きく部屋を仕切ってドアを付けるだけ。バス、トイレ、キッチンは、新しくするけど共用する予定だよ」
「それじゃあ、二十畳ぐらいの大きなスペースを割り当てて、後はご自由にって感じ?」
「そうそう、共用部分の管理はシーリアさんとフローチェさんにお願いして、十人は管理費を払う感じ」
「なるほど……それで、八木はマリーデと一緒に住むの?」
「ま、まぁな……」
「ふーん……」
覚悟が決まっているんだか、決まっていないんだか良く分かりませんね。
まぁ、日本に戻る手段は僕が握っている訳だし、逃げられないし、逃がさないけどね。
「なんだよ、なんか文句でもあんのか?」
「いや、別に……あぁ、話は変わるけど、馬車が余ってるんだけど、使う?」
「はぁ? 馬車が余ってるってどういうことだよ」
「実はね……」
昨夜、アーブルの残党の計画を潰した様子を話すと、八木も相良さんも呆れていましたが、馬車には興味があるようです。
日本風に言うならば、車はタダであげるけど、手続きとか維持管理は自分でやってね……みたいな感じでしょうかね。
「それって、タダでくれるの?」
「うん、余ってるからタダでいいけど、馬はいないからね」
「うーん……ちょっと、みんなと相談してみるから、保留にしてもらってもいい?」
「いいよ、とりあえず売却する予定はないから」
ヴォルザードでの移動手段は、自分の足で歩くか馬車に乗るかの二択です。
ただし、自分達で馬車を所有するならば、馬も所有して養わないといけません。
日々の餌代に加えて、馬糞の処理とか手間も掛かりますから、頻繁に利用しないと元が取れないような気もします。
その反面、自分達の馬車があれば、荷物の輸送などの依頼も受けられますし、収入アップに繋がるのも確かです。
相良さんや本宮さんよりも、冒険者として活動する近藤たちの方が必要性は高いかもしれませんね。
二人と話をしながら歩いて、ギルドに到着した頃には、朝の混雑が終っていました。
受付に向かっていくと、例によってフルールさんにロックオンされました。
「おはようございます、ケントさん。ユースケが何かを仕出かしたなら、責任取って私と結婚してください」
「いやいや、八木はまだ仕出かしていませんし、仕出かしたとしても結婚はしませんよ」
「はぁ、まったく冗談の通じない方ですね。そんなに軽々しくプロポーズする訳ないじゃないですか。Sランクの冒険者なんですから、今日は忙しいので、また時間のある時に……とか、スマートな返しをして下さい」
「すみません。では、今日は忙しいので、日を改めて……」
「いつですか。いつにしますか?」
「怖いよ! 必死か!」
「当たり前でしょう。私は一流の冒険者を目指すから、男なんて……とか言ってたマリーデが、あっさり結婚しちゃったんですよ。それも、ケントさんの頭脳だ……なんて語っていた男が相手なんですから、ちゃんと責任とって私と……ンキャ!」
「結婚相手募集の依頼を出すか、大人しく仕事するか選べ」
ドノバンさんに拳骨を落とされて、フルールさんは頬を膨らませています。
見た目だけなら美人ですし、ダイナマイツな胸部装甲も魅力的なんですが、玉の輿願望が露骨すぎてドン引きです。
てか、僕がヴォルザード来たばかりの頃は、見向きもしませんでしたよね。
「それで、お前らは何の用なんだ?」
「はい、こちらの相良さんにお金を貸すので、ギルドに間に入っていただこうと思いまして」
「金額は?」
「百万ヘルトです」
「返済の目途はたっているんだな?」
「はい、大丈夫です」
「オットー、貸付仲介の手続きをやってくれ」
奥で別の書類に向かっていたオットーさんが、僕らの手続きをやってくれるようです。
「お忙しいのにすみません、オットーさん」
「なぁに、仕事だから気にしなくていいぞ」
くたびれたおっちゃんという感じのオットーさんですが、仕事はテキパキしてるんですよね。
「ケントから、このお嬢ちゃんに百万ヘルトの貸付で良いんじゃな?」
「はい、そうです」
「お嬢ちゃん、このお金は何に使う予定なんじゃ?」
「友人たちと一緒に住むように、倉庫を買い取って改築する予定です」
相良さんは、シェアハウスの構想を簡単に説明しました。
要点を抑えた分かりやすい説明で、相良さんの有能さが窺えますね。
計画を聞いたオットーさんから、相良さんに提案がありました。
「それならば、一緒に住む予定の七人を連れておいで。お嬢ちゃんから、その者達に貸付、ギルドの口座経由で毎月返済の手続きをしておいた方が安心じゃろ」
「そうですね。その返済が滞った場合はどうなりますか?」
「ギルドから督促が掛かり、依頼を達成しても報酬は返済にあてられるようになる。特別な理由も無く半年滞ると、強制的に城壁工事じゃな」
「そうですか……」
オットーさんの答えを聞いた相良さんの表情が曇りました。
「何か問題でもあるのかな?」
「はい、一人妊娠中の友人がいて、途中で返済が難しくなる可能性が……」
「なるほど……その娘は、ケントの友人でもあるのかな」
「はい、そうですけど……」
「それならば、その娘の分はケントに一括で負担してもらった方が良いじゃろ」
オットーさんが考えてくれた返済プランは、僕が貸し付ける百万ヘルトを三年で返済する方法でした。
相良さん以外の共同所有する七人から、毎月の返済を相良さんにギルドの口座に振り込む。
僕の口座へは、相良さんの口座からまとめて振り込まれるというのが基本の形です。
ただし、返済期間中に出産予定の綿貫さんは、返済が滞る可能性が高いので、僕が代わりに一括で購入して貸し出すという形にします。
初めての子育てをしながら生活費まで稼ぐなんて大変ですから、一旦僕が所有して、後々余裕が出来たところで譲渡を検討しようと思います。
「月々の返済が約三千五百ヘルトか……八木が一番心配だね」
「ばーか、お前はホントに馬鹿だな。俺のところは、俺とマリーデの二人の稼ぎなんだから支払いが滞るわけねぇだろう」
「なるほど……でもさ、子供ができたら八木一人で稼いで、二人を養わなきゃいけなくなるけど大丈夫?」
「ば、馬鹿、そんな簡単に子供ができるわけないだろう」
「八木……やることやれば子供はできるんだよ」
「ぐふぅ……ま、まだ確定した訳じゃねぇ」
冷や汗を流している八木を横目に、オットーさんが作ってくれた書類に署名、術印を押し、ついでに一部屋分十二万五千ヘルトを相良さんの口座に振り込みました。
「一旦国分君の所有にする件は、私から早智子に話しておくよ」
「うん、お願いするね」
貸付の手続きが終わったのは、お昼少し前だったので、二人を誘って昼食を食べ行くことにしました。
向かった先は、メリーヌさんのお店です。
噂によれば、かなり繁盛しているそうですが、この時間なら並ばずに入れるでしょう。
「国分が誘ったんだから、当然奢りだよな?」
「そう言われると割り勘にしたくなるけど、まぁ今日はご馳走するよ」
「んじゃ、一番高いメニューを頼むかな」
「ホント八木はブレないよね。ある意味感心するよ」
中央通りから裏道に入ったところで、メリーヌさんの店へ人相の悪い男がゾロゾロと入って行くのが見えました。
その中の一人は、両側から腕を抱えられ、引きずられるようにして歩いています。
「二人ともゴメン、ちょっと厄介事みたいだから、また別の日にご馳走するよ」
「いいや、厄介事はむしろ歓迎だ。見物させろ」
「八木が絡むと、話がこじれる未来しか見えないから大人しく帰れ、しっ!」
「お前、俺様は野良犬じゃねぇんだぞ」
「大人しく帰るなら、昨日回収してきた武器とか防具の中から好きなのをあげるけど……」
「よし、俺様は宿舎に戻っているからな、後で連絡をよこせ」
「はいよ、じゃあ、相良さんもゴメンね」
「ううん、国分君にはお世話になりっぱなしだから、気にしないで」
二人と別れて、メリーヌさんの店に向かいましたが、人相の悪い男が入口の前に立ち塞がっています。
一旦、店の前を素通りして、路地裏で影に潜って店の中を覗くことにしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます