第309話 パーティーに入るには……
「試験航海の護衛ですか?」
「はい、クラーケンが現れた時には、一月に一度の割合で試験航海を行ってクラーケンが居なくなったどうか確かめています」
「でも、それだとクラーケンが居座っていたら襲われますよね?」
「はい、ですから試験航海は二隻が一組になり、どちらかが襲われた場合でも、残りの一隻が乗組員を救助して戻るようにしています」
セラフィマと月夜の散歩を楽しんだ翌日、港町ジョベートの領主の別館を訪れました。
目的は、クラーケンの討伐確認の方法を打ち合わせるためです。
その席で領主の息子バジャルディさんから提案されたのが、試験航海の護衛です。
「試験航海の船には生きた鶏を沢山積んでおき、クラーケンに襲われた時には、鶏を撒餌にして乗組員はもう一隻の船に逃れます。クラーケンには、一度襲った船は沈めてバラバラにして中身を確認する習性があります。船一隻と鶏という餌が手に入れば、もう一隻が見逃してもらえるという訳です」
「それならば、僕の出番は無さそうな気もしますが……」
「いえいえ、ケントさんが居てくれれば、クラーケンが出てくれば討伐できますし、船も無事で済む可能性が高くなります。それに従来の方法だと、脱出する乗組員に犠牲が出る場合もあるので、極力安全な方法を選択したいのです」
従来の方法で襲われた場合には、鶏の首を切って海に撒き、血の臭いでクラーケンを引き付けるそうです。
囮の鶏は、船の左右どちらかに限定して撒き、乗組員は逆側から脱出するそうですが、時々クラーケンに捕まって帰らぬ人となってしまうそうです。
「その試験航海は、どの位の日数が掛かるものなんですか?」
「隣の大陸までは、良い風に恵まれれば五日ほどで到着できます」
「風に恵まれない場合には?」
「その倍の日数が掛かる場合もあります」
「十日ですか……報酬は?」
「無事に隣の大陸まで辿り着けたら一千万ヘルト、それに加えてクラーケン討伐完了の報酬二千万ヘルトをお支払いたします」
バハムートの出現で、全額支払ってもらえるか不安だった成功報酬も貰えますし、十日で一千万ヘルトの報酬も悪くないです。
「護衛の方法については、何か制限はございますか?」
「ケントさんのやり易いようにしていただいで結構です」
「失敗した場合のペナルティは?」
「船本体の賠償として五百万ヘルト要求させていただきます」
「乗組員の方々の安否に関するペナルティは無いのですか?」
「試験航海ですので、乗組員は全て高額の報酬を貰って乗り込みます。積荷に関しても、無事に届けばご祝儀価格の高値で売れますので、リスクは折込済みです」
「つまり、言い方は悪いかもしれませんが、人も積荷も博打なんですね」
「勿論、ケントさんという切り札があるのですから、今回は分の良い賭けですよ」
どうやら試験航海の船を操るのは、先日の討伐の時と同様に、冒険者が雇われるようですね。
長く止まっていた交易の再開のために、命賭けで海を渡ってきた品物は、縁起の良い品物として港町では高く取り引きされるそうです。
「もし、僕が試験航海の護衛依頼を断った場合には、どうなりますか?」
「そうですね、その場合には、これまで通りの試験航海を行わないといけません。それに、クラーケンの討伐完了はバハムートの影響も考慮して、当初の金額よりも減額させていただきます」
「そうですか……試験航海は、いつ出発予定ですか?」
「出来れば、早めに行いたいと思っています」
「そうですか……」
乗りかかった船なので、最期まで見届けたい気持ちもあるのですが、十日間も拘束されてしまうと、リーゼンブルグに入ったセラフィマの一行に不測の事態が起こった時に対応が遅れそうです。
言うなれば、両面作戦を強いられるような状況です。
『ケント様、お引き受けしても良いのではありませぬか』
『でも、クラーケンは僕が対処するしかないよ』
『ですが、セラフィマ嬢の方は、ワシらでも対処できますぞ』
『なるほど、ラインハルトやネロ、フラムの予備戦力も考えれば、対人戦闘に関しては心配ないか……』
ラインハルトと念話で相談した結果、こちらの依頼を受けていても大丈夫そうな目途が立ちました。
「どうでしょうか、ケントさん。お引き受け願いませんでしょうか?」
「そうですね。現状では、十日間ずっと拘束されている状況は厳しいです」
「では、護衛の報酬を倍の二千万ヘルト、それに討伐成功報酬として二千万ヘルト、合計四千万ヘルトではいかがでしょう?」
「正直、クラーケンの魔石があるので、あまり金額についての拘りはありません」
「なっ、ではお受けいただけないのでしょうか?」
話しの雲行きが怪しくなったと感じたのか、バジャルディさんに焦りの表情が見えました。
「いえ、交易の再開が遅れれば、住民の皆さんも困るでしょうから、うちのコボルト二頭が見守る形で良ければ、お受けしようかと思うのですが……」
「コボルトが見張るって……それでは船が守れませんよね?」
「いえ、一頭が船の場所を教える目印役、もう一頭が僕への伝令役です。僕の眷族のコボルトは、影の世界を使って距離に関係なく移動ができますし、僕と魔力的な繋がりがあるので、どこからでも居場所が分かります」
「つまり、クラーケンが襲って来たら、すぐにケントさんに知らせが届いて、駆けつけて下さるという訳ですか?」
「その通りです。感覚としては、ここから玄関まで呼びに行って戻って来るよりも早いかもしれませんね」
「分かりました、そのやり方で結構ですので、護衛をよろしくお願いします」
「では、もう少し細かい話を詰めましょうか」
試験航海はリスクも高いが、成功した時の儲けも大きいので、一つの船に多くの商人が出資する形で荷物が積まれるそうです。
「準備を進めるのに、およそ一週間程度が掛かると思いますので、日取りに付いては三日後にはお知らせ出来ると思います」
「分かりました、では三日後にまた寄らせていただきます」
バジャルディさんに三日後の再訪を約束し、ヴォルザードへと戻りました。
向かった先は守備隊の訓練場、目的は十二回目の帰還作業なのですが、もう少し打ち合わせに時間が掛かると思っていたので、少々時間が早すぎたようです。
訓練場では守備隊の皆さんが、鎧をフル装備しての訓練に励んでいました。
良く考えてみると、じっくりと訓練の様子を眺めるのは初めてかもしれません。
守備隊員達が手にしているのは、柄から穂先までが一体となった金属製の槍で、かなりの重量がありそうです。
「ねぇ、ラインハルト、なんだか独特な動きだよね?」
『あれは、城壁の上での戦いを想定しているのでしょう。打つ、突く、払うまでは普通の動きですが、打ち落とす、突き落とす、払い落とす動きが加えられているようですな』
「なるほど、城壁を登ってきた魔物を迎撃する動きってことだね」
魔物の森の監視は続けていますが、ここ最近は魔物の大量発生が起こる気配はありません。
もしかするとピークは過ぎたのかもしれませんし、イロスーン大森林の方へしわ寄せが行っているのかもしれません。
いずれにしてもヴォルザードが平和であっても、守備隊員が訓練を怠る訳にはいかないのでしょう。
『それにケント様、あれはおそらく新入隊員ですぞ」
「えっ、そうなの?」
ラインハルトに言われて良く見てみると、確かに動きがぎこちないと言うか、鎧に着られてしまっている感じです。
最果ての街と呼ばれるヴォルザードを、自らの手で守ろうと志願した人達ですから、どうか怪我などせず活躍してもらいたいです。
月面探査車のようなケージと、目印用の闇属性ゴーレムを準備していると、加藤先生や本日の帰還者が集まってきました。
人数は十一人、一人多いと思ったら、近藤が混ざっています。
「あれ? どうしたの、近藤。まさか帰るの?」
「いや帰らないぞ。ここなら国分が捕まると思ってな」
「あっ、僕に用事だったのか。帰還作業の後でも良い?」
「勿論、守備隊の食堂にいるから、そっちに寄ってくれ」
「了解、じゃあ後で……」
近藤は、軽く手を振って、食堂の方へと歩いて行きました。
同じ同級生なのに、八木とは印象が大違いなんだよね。
近藤ならば多少の無理は聞いてやろうかと思うけど、八木だとまず断わるという選択肢が頭に浮かびます。
先に準備を整えていたので、帰還作業はあっさりと終らせられました。
練馬駐屯地で梶川さんにローラーコンベアの御礼を言ってヴォルザードに戻ると、丁度お昼になるところでした。
唯香とマノンも誘って守備隊の食堂へと向かいました。
守備隊の食堂では、近藤の他に新田、古田の新旧コンビと鷹山が一緒に居るところまでは予想の範囲でしたが、八木とマリーデの二人が居るとは思いませんでした。
うん、何だか面倒な話になりそうなんで、帰っちゃ駄目ですかね。
「忙しいのに悪いな、国分」
「まぁ、それは良いんだけど、近藤、この面子はどういう事なの?」
「話自体は複雑じゃないんで、飯食いながら聞いてくれ」
近藤の話によれば、先日のギルドでの講習の後、無詠唱に関して八木に話を聞きに行ったところ、パーティーの結成を提案されたそうです。
「ドノバンさんが言ってた無詠唱の秘密を教える代わりに、二人を俺達のパーティーに加えろっていうのが八木の要求なんだが……どう思う?」
「いや、どう思うもなにも、決めるのは近藤達であって、僕は関係ないでしょ」
「そうなんだけど、実際にバリバリに冒険者として活動している国分の意見も聞きたい……みたいな?」
鷹山と新旧コンビも頷いているけど、これって断る理由が欲しいんじゃないの。
「近藤さぁ、ちょっとズルくない? 僕を断る理由にしようと考えてるでしょ?」
「いや、そこまでは考えていないけど、確かに俺は反対だ」
「ていうか、他の三人も乗り気じゃないんでしょ?」
視線を向けると、三人は苦笑いを浮かべながらも頷きました。
それに対して、憤然と抗議の声を上げたのはマリーデでした。
「どうして皆さんはユースケに冷たいんです? 友達じゃないんですか? 力を貸してくれたって良いんじゃないんですか?」
いやいや、僕に視線を向けて来ても答えるつもりは無いですよ。
「ぶっちゃけ、八木はウザいからな」
意を決した近藤よりも早く、新田が口を開きました。
「ウザいって、どういう意味ですか」
「口ばっかりで動かねぇし」
「動かねぇくせに、文句は多いからな」
「現時点では、俺達の足を引っ張ることになる」
マリーデの質問に、新田、古田、鷹山の順番で八木の現実を突き付けているけど、そういうの僕の居ないところでも出来るんじゃないの。
「だから、それはこれまでの話であって、俺は心を入れ替えて冒険者として活動しようと思ってんだよ。それに、お前らだって無詠唱の秘密を知りたいだろう?」
なるほどねぇ……四人は八木をパーティーに加えたくないけど、無詠唱の秘密は知りたいという訳ですか。
近藤が、八木に向けていた視線を戻して訊ねてきました。
「なぁ、国分。無詠唱ってどうやるんだ?」
「あぁ、僕には聞かないで。最初から詠唱とかしてないし、必要ないものだと思って魔術を使ってるから、参考にはならないと思う」
「やっぱりか。新田と古田が救出された時に聞いた話の通りだな」
最初の実戦訓練を利用して新旧コンビと凸凹シスターズ、それと八木の五人を救出した時にも、無詠唱の話が出て、みんな試していたけど上手くいかなかったんだよね。
八木がどうやって出来るようになったのか分からないけど、八木が出来るなら他のみんなでも出来そうな気がするよね。
「でもさ、近藤。無詠唱って必要なの?」
「それは、使えないより使えた方が良いだろう」
「うん、そうだけど、無詠唱が八木のアドバンテージだとしたら、その秘密をみんなに話した時点で、アドバンテージが無くなっちゃうんじゃないの?」
「そうなんだよ。そうなっちゃうと、俺達と八木では力量差が大きすぎるんだよ」
パーティー加入の話が出た後、ギルドの訓練場で手合せをして、八木とマリーデの実力を試したそうです。
マリーデは、体格だけなら新旧コンビにも引けを取らないほどですが、実力では二段ぐらい落ちるようです。
八木は更に落ちるようで、この力量差が一番の問題のようです。
「同じ日本から召喚された仲間だから、何とかしてやりたい気持ちもあるんだが、現状では二人を気にしながら戦わなきゃならないし、それだけの余裕は無いんだよ」
近藤達は魔の森の訓練場で特訓もしているし、ゴブリンなら単独で、オークやオーガも協力し合えば討伐出来るようになっています。
それでも、冒険者としては、まだまだ駆け出しの部類に入るし、誰かをフォローしながら戦うだけの余裕は無いのでしょう。
「だったら、俺達が対等に戦えるって証明すれば良いんだろう? 国分、お前の訓練場を使わせてくれよ。実際に魔物を倒してみせれば、認めるしかないよな?」
「まぁ、訓練場を使う程度は協力するけど、パーティーへの加入云々を判断するのは近藤達だからね」
六人全員が頷いたので、魔の森の訓練場へ向かうことにしました。
唯香達とお昼寝タイムを満喫しようと思っていたのに残念です。
魔の森の訓練場に、目印のゴーレムを設置して、六人を送還しました。
「こ、ここは……?」
「マリーデ、これが国分の送還術だ。ここは魔の森の中で、ヴォルザードまでは歩いて一日ぐらい掛かるそうだ」
「そんな場所で魔物に襲われたら、どう対処するつもりだ」
「ここは、国分の眷属が縄張りを主張しているから、魔物は寄ってこないらしい」
「魔物が寄ってこないなんて……」
ちなみに、ヴォルザードの周辺でも、ゼータ達やネロが縄張りを主張しているそうです。
「近藤、どうやって判断するの?」
「とりあえず単独で討伐出来るかを見てみたい。国分、魔物を準備してもらえるか?」
「構わないけど、何の魔物を誰が倒すの?」
「とりあえず、八木に単独でゴブリンを倒してもらう。勿論、魔石の取り出しまでやってくれ」
「……分かった」
てっきり八木のことだから、グチグチ言って有利な条件を引き出そうとすると思ったのですが、文句も言わずに準備を始めました。
八木が手にしている武器は、以前近藤達が使っていたような山刀みたいな短剣です。
「八木、剣を貸そうか?」
「いや、これでいい。いきなり普通の剣とか持っても、振り回されるのがオチだ」
「準備が良ければ、ゴブリンを捕まえてくるけど……」
「あぁ、いつでもいいぜ」
八木のクセに、妙に落ち着いて見えるのが気持ち悪いですね。
影に潜って、ヒュドラを討伐した跡地に移動して、適当なゴブリンを探します。
セラフィマ一行の警備に眷属を向かわせたので、ここの魔物も少し間引いておいた方が良いかもしれませんね。
相変わらず、ゴブリンは群れでいるので、大きすぎず、小さすぎず、適当な大きさの一頭を選んで訓練場へと送還しました。
影移動で訓練場へと戻ると、急に別の場所へと移動させられて、ゴブリンは周囲を見回して戸惑っていました。
対する八木は、大きく二度ほど深呼吸をすると、右手に持った短剣を体の前に横たえるように構えました。
「ギィィィィィ……」
ゴブリンが八木を敵だと認定したらしく、軋むような鳴き声を漏らしながら姿勢を低くして戦闘態勢をとりました。
八木もいつでも動けるように膝を軽く曲げた姿勢で、ジリジリと距離を詰めていきます。
「近藤、僕が戻ってくる前に八木は身体強化の詠唱してた?」
「いや、黙ったままで呼吸を整えてたな」
「身体強化を使わないつもりなのか、それとも無詠唱なのか……」
「いずれにしても見れば分かるだろう」
互いに距離を縮めて行き、先に動いたのはゴブリンでした。
「ギギャァァァ!」
「うらぁ! えっ……くそっ!」
襲い掛かってきたゴブリンに、八木はカウンターの一刀を浴びようとしましたが、あっさりと躱された上に、左の太ももを爪で削られました。
右かと思うと左、左かと思うと右、ゴブリンはフェイントまで織り交ぜて八木を少しずつ削っていきます。
「ユースケ! 落ち着いて、相手を良く見て!」
マリーデが必死に応援していますが、八木には答える余裕どころか、ゴブリンの攻撃を捌くのがやっとで、耳に届いているのかも疑わしい状況です。
「また国分が、活きのいいやつ選んできやがったよ」
「新田、人聞きの悪いことを言わないでくれるかな。普通だよ、普通のゴブリン」
最初7:3ぐらいの割合でゴブリンが押していましたが、徐々に八木が慣れてきたのか、互角以上の戦いをし始めました。
こうなると、いくら鋭い爪があるとは言っても、武器を持たないゴブリンと、短剣とは言え武器を持っている八木とでは、リーチや体力といった面で差が出てきます。
戦い始めて二十分程が過ぎると、形勢は八木に傾き始めました。
「ギャッ! ギャギャァァァ!」
「うっせぇ! さっさと死ねゴラァ!」
ゴブリンが及び腰になったところで、八木がザックリと足を斬りつけ動きを鈍らせ、どうやら勝負は見えたようです。
それでも死にもの狂いの抵抗を続けるゴブリンに手を焼き、八木が止めを刺し終えたのは四十分以上経ってからでした。
更に、切れ味の悪くなった短剣を使って、ゴブリンの魔石を取り出し終えるまで、全部で一時間ほどの時間を要しました。
「はぁはぁ……どうだ、やり遂げたぞ」
八木は血塗れの手で、近藤に向かってゴブリンの魔石を突き出しました。
近藤は差し出された魔石には手を伸ばさず、険しい表情のまま僕へ視線を向けて口を開きました。
「国分、俺にもゴブリンを一頭用意してもらえないか?」
「活きのいいやつ?」
「あぁ、とびきり活のいいやつにしてくれ」
「分かった。準備は?」
「いつでもいいぜ」
「ちょっと待ってて」
左の腰に剣を吊った近藤には、何か考えがあるようなので、ご要望通りにとびきり活きのいいゴブリンを捜しに行きました。
ヒュドラの討伐跡地は魔素が豊富なためか、他の場所よりも魔物の生育が良いようです。
ゴブリンも、他の地域のものよりも体格が良いし、心なしか表情も精悍に見えます。
その中から、特に大きく凶暴そうなのを選んで送還しました。
「ギィィィィィ……」
八木が倒したゴブリンと較べると、体格は二回り以上大きく、筋肉も牙も爪も発達しています。
戸惑った表情を診せていたのは、ほんの僅かな間で、八木が倒したゴブリンの血の匂いを嗅いで牙を剥き出しにしました。
「近藤、これで良い?」
「お前は、本当に良い性格してるよな」
「いやぁ、それほどでも……」
「誉めてねぇよ、ったく……マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて風となれ、踊れ、踊れ、風よ舞い踊り、風刃となれ! しっ!」
詠唱を終えた直後、予備動作も無しに放たれた風の刃は、ゴブリンの両足を深々と斬り裂きました。
「ギャァァァ……ギャッ!」
悲鳴を上げたゴブリンがガックリと膝をついたときには、素早く肉体強化の詠唱を終えた近藤があっと言う間に距離を詰め、鞘走らせた長剣で首筋を深々と斬りながら走り抜けました。
ゴブリンは首から噴水のように血を吹き出しながら、ヨロヨロと数歩歩いた後でバッタリと倒れました。
近藤は剣先でゴブリンを突き、完全に死んでいるのを確認すると、剣を丁寧に拭ってから鞘に納め、ナイフを抜いて魔石の取り出しに取り掛かりました。
肋骨の下側を左から右へと横断するように切り開くと、両手で切り口を広げてから右手を突っ込んで魔石を取り出しました。
ゴブリンを送還してから十分も経っていません。
「八木、悪いけど、これが現実だ。お前、無詠唱で身体強化を使っていたみたいだけど、本来の半分ぐらいしか強化できてねぇだろう?」
近藤の言葉に、八木は表情を曇らせました。
確かに、リーゼンブルグからの救出作戦の時、オークから逃げ回っていた八木は、もっと俊敏に動けていました。
「魔術の効果が落ちるなら、普通に詠唱した方がマシだ」
「討伐に時間が掛かったのは慣れてねぇからだし、俺だって経験を積めば……」
「そうだな、今よりは使えるようになるだろうな。でも、それって、いつなんだ?
一月先か? 三ヶ月先か? その頃には俺達だって成長してるだろうし、いつになったら追いつくんだ?」
やはり近藤は、八木をパーティーに加えるのは反対のようです。
「それじゃあ、俺が特訓してお前らに追いついたら、パーティーに入れてくれるのか?」
「いや、無理」
「なんでだよ!」
「その短剣、俺が貸したやつだよな」
八木の腰には、鞘や柄まで血塗れになった短剣が差してあります。
「こ、これは、後で手入れして……いや、金が出来たら買い取るつもりだから」
「ゴブリンと対峙して、鞘から抜いた瞬間に、八木は無理だって八割がた決めてたんだ。戦う前から刃こぼれして、薄っすら錆まで浮いていた。確かに、その短剣は安物だけど、俺が冒険者として生きていこうと決めた後、初めて自分で買った短剣だ。思い入れがあるんだよ。それでも、八木が大変そうだったから貸したんだ」
先程、八木がゴブリンを倒した後、短剣は何度も無造作に地面に放り出されていました。
刃こぼれし、血脂にまみれたまま鞘に納められ、今どんな状態なのか想像したくもありません。
八木は、近藤に返す言葉が見つからないようです。
「八木が必死なのは分かった。必死だからこそ、その行動にはギリギリの場面での人間性が現れると思う。悪いけど、俺は八木とは組みたくない」
近藤の一言で、新田、古田、鷹山の気持ちも固まったみたいです。
さぁ帰ろうかという空気を破ったのは、マリーデでした。
「なんで、助けてくれないんですか! こんなにユースケが頑張っているのに、どうして手を貸してくれないんですか! ケント・コクブ、何故です!」
「えぇぇ……僕に聞くの? そうだねぇ……手を貸すと、八木がもっと駄目になりそうだからじゃない?」
「ユースケが駄目になる……?」
マリーデは意味が分からないという表情ですが、近藤達四人は頷いています。
「こっちの四人は、地道にギルドの講習に通って、自分を鍛えて今のレベルまで上がって来たけど、八木はどうかな? 要領良く立ち回るのは上手いけど、それを支える基本的な能力が欠けていると思う。その足りないものを、自分で努力して手に入れるんじゃなくて、四人を利用してカバーしようと思ってるんじゃない? それは、パーティーの組み方として正しいのかな?」
「でも……」
「もういい。もういい、マリーデ。こいつらの方が正しい。俺が足を引っ張って全滅……なんてダサいことにはなりたくない。帰るぞ」
「ユースケ……分かった」
マリーデは、まだ不満そうな表情ですが、八木の言葉には従うようです。
魔の森の訓練場に目印用のゴーレムを設置し、六人を範囲の中に立たせ、守備隊の訓練場へと召喚しました。
「八木、悪く思うなよ。俺達だって必死なんだからな」
「分かってる……時間取らせて悪かったな」
近藤達は、八木とマリーデを残して、宿舎へと戻って行きました。
「八木、まだ冒険者になるつもり?」
「んー……そうだな、ここで投げ出してたら、今までと変わらないから、もう少し足掻いてみるよ」
「そっか、じゃあ、これあげるよ」
影収納に入れておいた、長剣と大振りのナイフを差し出しました。
「いいのか? 金無いぞ」
「金払えなんて言わないよ、その代わり……」
八木の腰に吊られている短剣を指差すと、八木は表情を引き締めて頷きました。
「分かってる。ちゃんとした人に頼んで、キチンと手入れしてから返すよ」
八木は、ナイフを右の腰に吊ると、長剣を左手に下げて、マリーデと一緒に帰っていきました。
あれ? てか八木って、どこに住んでるの……?
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