第307話 ランスフィッシュ尽し
リーゼンブルグの王都アルダロスから、練馬駐屯地へと移動しました。
時差の関係で、練馬は夜明け前でしたが、倉庫に注文しておいたローラーコンベアが届いていました。
倉庫に置かれていた受取証にサインをして、コボルト隊のみんなに運んでもらいます。
『なるほど……これほど滑らかに回れば、重たい荷物も楽に動かせますな』
「うん、これをちょっと工夫して設置するつもりなんだ」
ラインハルトも興味深げにローラーの回り具合を確かめていますし、コボルト隊のみんなは面白がってコンベアの上を転がって遊び始めました。
「はいはい、二本は予備に置いておくから、遊ぶのは後にしてね」
長さ十メートル、四本のローラーコンベアを影の空間に運び入れてもらいました。
続いて向かった先は、ヴォルザードのギルドの倉庫です。
ここでは、アンジェリーナさんが、ブライヒベルグからの荷物の輸送を統轄しています。
「アンジェお姉ちゃん、ローラーコンベアが届いたから、ゲートを設置しなおしますね」
「はーい、よろしくね」
設置するローラーコンベアを一旦ヴォルザードの倉庫に出して、ブライヒベルグに移動しました。
「アウグストさん、ローラーコンベアが届いたので、一旦闇の盾を消しますね」
「おぉ、届いたか。設置を頼むぞ」
「はい、すぐ終わらせます」
既に、ヴォルザード側、ブライヒベルグ側の設置場所は打ち合わせ済みです。
闇属性のゴーレムに指令を出して、開けていた闇の盾を消し、改めて設置しなおしました。
その上で、ローラーコンベアを闇の盾から闇の盾へ渡すように、設置すれば作業は完了です。
影の空間で、ヴォルザード側の闇の盾と、ブライヒベルグ側の闇の盾の隙間は五十センチ程度にしてあります。
これならば、ヴォルザード側から荷物を押し込めば、ブライヒベルグ側に荷物の一部が出て来るので、コボルト隊が運ぶ必要がなくなります。
「荷物を押し込むだけで、ブライヒベルグに届いちゃうなんて凄いわ、ケント」
「その声は、アンジェか?」
「あら、兄さんの声が聞こえるわ」
「体は入れないが、声は届くようだな」
「ヴォルザードとブライヒベルグで、話が出来るなんて不思議ね」
盾と盾の間隔を狭くしたので、声が聞えるようになったみたいです。
これを応用すれば、遠方の人と話が出来そうです。
日本の携帯電話を使えば、もっと便利に通話できますけどね。
「これを応用すれば、ブライヒベルグに集まらなくても領主会議が出来そうですね」
「ケント、うちの親父が納得すると思うか?」
「えっ……?」
「うちの親父は、相手の顔も見ないで交渉なんか出来るか! とか言って反対するはずだぞ。勿論、真の目的は視察と称してブライヒベルグで羽を伸ばすことだがな」
「はぁ……」
というか、僕が驚いているのは、アウグストさんがクラウスさんを親父と呼んだことなんですよね。
ヴォルザードを離れて、ブライヒベルグで輸送の要として活動する自覚なのか、はたまたクソ真面目にクラウスさんの指示を実践しているのか、どちらにしてもビックリです。
「アウグストさんも、だいぶ街の空気に染まってる感じですね」
「何を言ってるんだケント。アウグストさんじゃない、私のことは兄貴と呼んでくれ」
「はっ? あ、兄貴……?」
「そうだ、それで良い」
ご満悦な表情のアウグストさんの隣で、カロリーナさんが笑いをこらえています。
「じゃあ、兄貴。ヴォルザードに戻りますね」
「そうか、リーチェにもよろしく伝えてくれ」
「分かりやした、兄貴!」
アウグストさんと、こらえきれずに笑い出したカロリーナさんに手を振って、ヴォルザードに戻りました。
ヴォルザード側の集荷場の様子も確認して、クラウスさんに報告するついでに、ベアトリーチェを迎えに行きます。
執務室を訪ねると、クラウスさんの他にドノバンさんの姿がありました。
「どうした、ケント」
「はい、ブライヒベルグとの輸送体制を見直したのと、クラーケン討伐の途中経過の報告にきました」
「そうか、ちょっと座って待ってろ」
クラウスさんに言われてソファーに座ったのですが、ドノバンさんがこちらを見ています。
何でしょう? サヘルの届出も済ませましたし、何もやらかしていないはずですが……。
「クラウスさん、使いますか?」
「よせよ、たかだかオーガだぞ、Sランクの出る幕じゃねぇぞ」
「そうですね。一応聞いてみただけです」
どうやら、ヴォルザードとマールブルグの間にある、リバレー峠でオーガの目撃情報が相次いでいるそうです。
「何でもかんでもケントに頼っていたら、冒険者の質が落ちちまうぜ。まだ被害の報告も届いていないなら、護衛の相場も上げる必要はねぇ」
「分かりました。では、交戦の報告が来るまでは、現状維持で対応します」
打ち合わせを終えたドノバンさんは、持ち場へ戻っていきました。
「さて、ケント。クラーケンの件から話してくれ」
「分かりました」
セイドルフ達が囮を務め、二頭のクラーケンを討伐したものの、死体はバハムートと思われる巨大魚に食われたと話すと、クラウスさんは驚きつつも納得した様子です。
「なるほど……これまで討伐もされていないのに、クラーケンが姿を消す理由は、そいつか」
「おそらく、そうなのかと……」
「それじゃあ、クラーケンの件は片付いたんだな?」
「どうなんでしょう? クラーケンが居なくなったと証明する方法とかあるんですかね?」
「さあな、これまでもクラーケンが現れた後、交易は再開されているんだ、何らかの方法があるんじゃねぇのか?」
クラウスさんの言う通り、過去に何度もクラーケンは現れているそうですし、その度に交易が中止され、また再開されています。
これまで、どんな方法で安全を確認してきたのか、明日にでもバジャルディさんに聞いてみましょう。
「それで、輸送体制の見直しってのは、なんだ?」
「はい、ブライヒベルグとの影の空間を使った輸送で、運ぶ荷物が増えてコボルト達の負担が大きくなっていました……」
コボルト隊が輸送に追われなくても済むように、ローラーコンベアを使った仕組みについて、クラウスさんに説明しました。
「なるほど、それならば人が入れないだけで、荷物を押し込めば済むってことだな?」
「はい、このやり方ならば、コボルトはトラブルが無いか監視する一頭がいれば済みます」
「いいぞ、お前達には、いつでも動ける状況に居てもらわないと困るからな」
「それで、アウグストさんなんですが……」
「なんだ、アウグストがどうかしたのか?」
「はい……」
親父と兄貴の件を報告しました。
「だはははは! アウグストが俺を親父? 自分を兄貴だと? だはははは……やべぇ、腹痛ぇ、攣る、攣る……だはははは……」
「まぁ、そういう反応になりますよね。でも、ヴォルザードに戻って来た時には覚悟しておいてくださいよ」
「当たり前だ。戻って来て、俺を親父って呼んだら言ってやるよ」
「良く頑張った……ですか?」
「馬鹿野郎、父上と呼べ……てな。だはははは!」
はぁ、分かっていたけど、この人の義理の息子になって大丈夫なのか、改めて不安になりますね。
同じく呆れているベアトリーチェを連れて、帰ることにします。
「じゃあ、リーチェと一緒に帰りますね。館の厨房にランスフィッシュを届けておきましたから、飲み歩かずに帰って楽しんでくださいよ」
「おぅ、ランスフィッシュか、そいつは楽しみだ」
ベアトリーチェと一緒にギルドを出て、守備隊の宿舎に向かいました。
今日は、唯香とマノンの他に、被害者リストの翻訳をしてくれた彩子先生も招待しています。
「すまないね。先生とケントは、ちょっと待っていておくれ」
唯香、マノン、ベアトリーチェの三人は、お店の手伝いを始めたのですが、さすがに招待した彩子先生に手伝ってもらう訳にはいきません。
お店が一段落するまで、彩子先生には僕の部屋で待っていてもらいます。
「す、すみません。ちょっとだけ待って下さい」
彩子先生を二階に案内したのは良いのですが、良く考えたら、僕の部屋は箱を敷き詰めた、ほぼ全面ベッド状態でした。
急いで片付けたのですが、しっかり見られてしまいました。
「お邪魔します。ここが国分君の部屋ですか……もっと大きな部屋だと思っていました」
「食事は下のお店で食べますし、ここは殆ど寝るだけですね」
「Sランク冒険者の部屋とは思えませんね。国分君は、どうしてこんなに無欲なんですか?」
「とんでもない。僕は、目茶目茶欲張りですよ。四人もお嫁さんを貰う予定ですし、豪邸も建設中ですよ」
「あっ……そうでしたね。こちらに来た頃から、変わらずに気軽に話し掛けてくれるので、つい忘れていました」
今は箱ベッド、箱テーブル、箱チェアーな生活ですけど、家が出来れば、眷族を含めたみんなで団欒を楽しむつもりです。
そんな事を考えていたからか、いつの間にかベッドはマルト達に占拠されていますし、サヘルが僕の隣にしゃがみ込んで、早く撫でろと催促しているようです。
「はいはい、分かりましたよ」
優しく頭を撫でてあげると、サヘルは目を細めてくーくーと喉を鳴らしました。
「主様、こちらの方は?」
「僕の学校の先生だから、斬っちゃ駄目だからね」
「勿論です。私が無闇に斬り掛かると思っていらっしゃるのですか? 心外です」
「ごめんごめん、そういう意味じゃなくて、大切な方だよ……って意味だからね」
「承知いたしました、主様」
「た、大切な人……」
彩子先生は、両手で口元を覆って、なんだか顔を赤らめています。
「先生、どうかなさいましたか?」
「えっ、そんな急に言われても心の準備が……」
「あれ? 外出の届けを忘れてたとかですか?」
「えっ?」
「はっ?」
「今、大切な人って……」
「あぁ、サヘルは眷族になって日が浅く、まだこちらの暮らしに慣れていないので、敵味方の区別をちゃんとしているんですよ」
「はぁ……そうなんですね」
何でしょう、彩子先生が残念そうな顔をしてますが、まさかサヘルと戦ってみたかった訳じゃないですよね。
ていうか、撫でてあげるとサヘルは嬉しそうに身体を揺らすので、胸もたゆんたゆんと揺れて目のやり場に困ります。
ひぃ、氷のような視線を向けて来ますけど、彩子先生の体型は僕の責任じゃないですからね。
「なるほど、ベッドを広くしていたのは、コボルトちゃんも一緒に眠るからですね?」
「はい、それと下宿のメイサちゃんですね」
「えっ、今なんて?」
「下宿のメイサちゃんに毎晩枕代わりにされて……」
「国分君、そこに正座しなさい」
「えぇぇ……」
メイサちゃんと一緒に寝ていると言った途端、彩子先生の眉がキューっと釣り上がり、問答無用で正座させられました。
「大屋さんの娘さんで、しかも、あんな小さな子にまで手を出すなんて、何を考えているのですか」
「いや、ちょっと待って下さい。一緒に寝てはいますけど……」
「黙りなさい。いくら小さな女の子が好きだからと言っても、限度というものがあります」
「いえ、別に僕は小さな女の子が……」
「そんなに小さな子が好きならば、私にしておけば年齢的にも問題ありませんし……」
「えっ? 先生、何言ってるんですか?」
「主様、やはり斬りますか?」
「駄目駄目、駄目だからね……」
「そうですか、残念です……」
「ケント、ご飯だよ……って、なんで床に座ってるの?」
いやいや、君のせいだからね、メイサちゃん。
彩子先生の誤解に、サヘルの天然ボケが加わって、説明するのに酷く時間と労力を要しました。
ていうか、僕のお嫁さんになる予定の合法ロリっ娘は、ただ今砂漠の旅の最中ですからね。
夕食は、お待ちかねのランスフィッシュ尽しです。
まず前菜は、薄造りにしたカルパッチョです。
香草、ビネガー、オリーブオイルで白身のキャンバスに、色彩豊かな模様が描かれています。
目で楽しみ、さぁ舌で楽しもうと思ったら、唯香にストップを掛けられました。
「健人、仕上げをお願い」
「えっ、僕が仕上げ?」
「うん、闇の盾を出して」
「闇の盾? 良いけど、何するの?」
テーブルの横に闇の盾を出すと、カルパッチョの皿を手渡されました。
唯香は、カルパッチョの皿を盾の中に入れろと指示してきました。
なるほど、なるほど、そういう意味ですか。
闇の盾に皿を突っ込んだら、すぐ引き出します。
皿の上には、カルパッチョが変わらずに乗っています。
どうやら、寄生虫はいなかったようですね。
「唯香、そもそもランスフィッシュは影の空間経由で持って帰ってきたので、その時に寄生虫は駆除されてるはずだよ」
「あっ、それもそうね」
「じゃあ、確認もしたし……いただきまーす! んー美味しい!」
まずは薄造りだけを口にしましたが、久々のお刺身、しかも脂にクセも臭みもなく、舌の上で溶けながら旨みが広がっていきます。
次に香草を巻いて食べると、ほろ苦さとシャキシャキとした歯触りが、切り身の甘さを一層引き立ててくれます。
濃厚でありながら、後味がサッパリするのは、絶妙なビネガーの配合のおかげでしょう。
次のメニューはフリッター……というより、もう天ぷらですよね。
これは、塩でいただきます。
「ん――っ! サックリ、ほこほこで美味ーい!」
サックリと揚がった衣に包まれた身は、ふっくらとしていて更に甘みと旨みが増していました。
つけ塩には、柑橘類の皮を下ろしたものが混ぜられていて、爽やかな香りがアクセントとなり、油っこさを消してくれていますね。
「はいよ、次はムニエルだよ」
お皿が出て来た途端に、バターの焦げた香ばしい匂いが広がりました。
外はカリカリ、中心だけシットリしたレア感を残した切り身に添えられていたのは、クルミや砕いたナッツのソースです。
カリっとした歯触りが、香ばしさを倍増させ、ランスフィッシュの旨みと渾然となって……パラダイス!
「んーっ、幸せ……」
カルパッチョを食べていた頃は、盛んに感想を言い合っていたみんなも、うっとりとした表情で無口になっています。
「唯香に教わって、こんなものも作ってみたんだよ」
アマンダさんが持ってきたのは、フィッシュバーガーです。
全粒粉のドッシリとしたバンズ、シャキシャキのレタス、ランスフィッシュのフライ、そして、アボガドに似た実を使ったタルタルソースがたっぷりと挟んであります。
こんなもの、美味しいに決まってます。
「うっまーい! ヤバい、ヤバい、これヤバい美味さだ」
「健人どうしよう。これヤバい……」
唯香も、マノンも、ベアトリーチェも、彩子先生までが涙目になっています。
「うん、ヤバいぐらいの美味さだよね」
「うん……本当に美味しいんだけど、カロリーが……」
「あっ……なるほど」
天ぷら山盛り、大きなムニエル、大きなフィッシュバーガー、タルタルたっぷり……確かにカロリーを計算したら、エラいことになってそうです。
「何を言ってるんだい。あんたらぐらいの歳は、ちょっと食べ過ぎたってバリバリ働けば大丈夫さ。気にせずに食べな!」
みんなは苦笑いを浮かべつつ食事を続けたけれど、推定スリーサイズ、120、140、130のアマンダさんに言われても、説得力無いよね。
まぁ、僕は育ち盛りですし、遠慮しないで食べちゃいましたけど、みんなジト目で何か言いたげでしたね。
食後のお茶の席で、彩子先生がメイサちゃんと一緒に寝ている件を持ち出してきたけれど、アマンダさんに一笑に付されていました。
「ケントが手を出す心配なんか、これっぽっちもしていないよ。それよりも、メイサがおねしょしないか、そっちの方が心配さ」
「しないもん! おねしょなんか、ケントと寝るようになってから一度もしてないもん!」
アマンダさんに言われて、メイサちゃんは真っ赤になって否定しました。
「はぁ……メイサちゃん、その言い方だと僕と一緒に寝る前は、まだおねしょしてましたって言ってるようなものだよ」
「えっ……?」
うん、更に一段階赤くなるモードが残されていたか。
「し、し、してないもん。ケントと寝る前だって、一ヶ月ぐらいはしてないもん!」
もう頭に血が上りすぎて、ドツボにはまってるのも自覚できてないみたいだから、ここは生暖かく見守ってあげましょう。
ゆっくりとお茶を楽しんだ後で、みんなを送っていこうとしたら断わられてしまいました。
「ケント様、私達にはヘルト達が付いていますから大丈夫です」
「それでもケントが不安なら、ラインハルトさん達に影から護衛してもらう」
「だから、健人はセラフィマの所に行ってあげて」
三人の元には、セラフィマから明日の夕方には砂漠を抜けると連絡があったそうです。
タブレットを使ったビデオレターの表情から、三人はセラフィマの不安を感じ取ったそうです。
そうだよね、いくら百人の護衛騎士を連れていても、長年に渡って敵対し続けてきたリーゼンブルグに足を踏み入れるのだから、不安を感じないはずがないよね。
「ありがとう、やっぱり僕は幸せものだよ」
三人を順番に抱き寄せて、頬にキスしました。
彩子先生があわあわしてましたけど、耐性なさ過ぎじゃないですか?
唯香と彩子先生の護衛をフレッドに、マノンとベアトリーチェの護衛をラインハルトに頼んで、僕はダビーラ砂漠のオアシスへ向かいました。
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