第306話 商工ギルド

 案内されたのは、廊下の一番奥にある、むちゃむちゃ高級そうな内装の部屋でした。

 ふっかふかのソファーに座らされ、色っぽいプラチナブロンドの犬耳お姉さんが、高級そうな香りのするお茶を淹れてくれました。


「ただいま、ギルドマスターが参りますので、少々お待ちくださいませ」

「はい、どうも……」


 てかさ、制服の胸元開きすぎだよね。

 見ているのがバレると分かっていても、見ずにはいられないよね。


『ケント様……隠し部屋がある……』

『やっぱりか! 僕から見て、どっちの方向?』

『左側の絵の額縁……下側に覗き窓……』

『まぁ、いいか……見たいなら見させてあげるよ』


 僕みたいな得体の知れない子供が、王家の封筒を持って現れたら、それは警戒するでしょう。

 それよりも、ちゃんと本物のギルドマスターが現れるんだろうね。

 影武者が出て来て、話が通じないとか面倒なことはやめて欲しいんだけど。


 観察されていると分かっても、別に隠すようなものは何も無いので、お茶と焼き菓子を堪能させていただきます。

 お茶は香りも味わいも非の打ちどころがありませんし、チーズ風味の焼き菓子もサクサクして美味しいです。

 お茶を飲み終え、お菓子も食べ終えてしまった頃、ようやくギルドマスターが姿を現しました。


「お待たせいたしました。私が、商工ギルドを統轄しておりますクデニーヌです」

「初めまして、ケント・コクブと申します」


 立ちあがって会釈をすると、クデニーヌさんはギョッとした表情で固まっています。

 年齢は四十代の後半から五十代ぐらい、中年太りで頭はバーコードスタイルです。

 こちらの世界でも、髪が薄くなるのを気にするんですね。


「ま、ま、魔王様でいらっしゃいますか?」

「あぁ、カミラ達がそう呼んでますけど、そんな怖いものじゃないので安心して下さい」

「さようでございますか。あっ……ラシェル、魔王様にお茶のお替りを」

「は、はい……ただいま」


 さっきは色っぽい流し目とかくれた犬耳お姉さんも、顔を強張らせて震えているようです。

 僕の向かい側に座ったクデニーヌさんも、顔面蒼白で額に汗が浮かんでいます。

 何だか、尾ひれが付いた僕の噂を耳にしている感じですね。


「魔王様、本日はどのような御用件でございましょうか?」

「はい、オークションに出品したい品物があるので、身分証を作っていただこうと思って伺いました」


 カミラに書いてもらった紹介状を出すと、またクデニーヌさんはビクリと身体を震わせました。


「拝見しても宜しいでしょうか?」

「どうぞ、そのための紹介状ですので」


 クデニーヌさんは、封筒と封蝋を確かめた後、懐からペーパーナイフを取り出して封を切りました。

 そう言えば、紹介状の文面を確認していないけど、変なことは書いてないよね。


「た、ただいま、身分証発行の準備をいたしますので、少々お待ち下さい」

「分かりました」


 というか、あのまま窓口で作業してもらえば、もう身分証できてたんじゃない?


「ど、どうぞ……」

「ありがとうございます」


 色っぽいラシェルさんが、お茶のお替りを淹れてくれたのですが、コントみたいにブルブル震えて、お茶一杯淹れるのも一苦労という感じです。

 というか、僕ってどんな存在だと思われてるんでしょうね。


「あのぉ……」

「はいぃぃ……な、な、なんでございますか、魔王様」

「僕って、どんな人間だと思われてるんでしょうか?」

「はっ? い、いえ、失礼いたしました。質問の意味が分からなかったもので」

「えっと、コクブ・ケントは、こんな人間なんだ……みたいなエピソードというか、噂話とか、どんな感じなのかなぁ……と思って。別に怒ったりしないので、知ってる話を聞かせてもらえませんか」

「はい、かしこまりました……」


 ラシェルさんは、深呼吸をしてから話し始めたのですが、もう私は死んだ……みたいな表情はやめて下さい。

 ラシェルさん曰く、ケント・コクブなる人物は、ストームキャットやギガウルフを自在に操る。

 オークの大量発生やグリフォンやギガースなどの伝説級の魔物まで、たった一人で抹殺する。

 リーゼンブルグ王国騎士団が全戦力を注ぎ込んでも討伐不能で、すでに騎士団は配下に加えられている。

 カミラ・リーゼンブルグを影から操り、リーゼンブルグ王国を実質支配している。


 まぁ、思ったよりも間違ってはいませんでした。

 というか、僕の自覚が足りていないように感じます。


「も、申し訳ございません。あくまで街の噂として聞いただけですので……」

「あぁ、大丈夫ですよ、噂ですもんね。ただ、騎士団を配下に加えた覚えもありませんし、王国を支配する気もありませんから……」


 心配いらない、安心させようと思って、ニッコリと微笑みかけたのですが、むしろラシェルさんは顔を強張らせています。


『ぶははは、ケント様、オークの大量発生や伝説級の魔物を、本当に一人で討伐すると言われれば、こうした反応になるのは当然ですぞ』

「なるほど……えっと、グリフォンはヴォルザードの守備隊が総出で手伝ってくれたから討伐できたのだし。ストームキャットやギガウルフは、操るというよりも家族として協力してもらっている感じですから、怖くないですよ」

「は、はい、かしこまりました……」


 うん、なんか失敗してる気がする。

 怖くないですよ……とか、絶対変だよね。

 ガチガチに緊張しているラシェルさんと、気まずい時間を過ごすこと暫し、クデニーヌさんが戻ってきました。


「お、お待たせいたしました、魔王様」


 クデニーヌさんが差し出したトレイの上には、金ピカのカードが一枚のせてあります。

 表面には、リーゼンブルグの文字でケント・コクブの名前と、商工ギルドのものと思われる紋章が刻まれています。


「こちらが、魔王様の身分証となります。いえ、私どもが魔王様の身分を保証するなどおこがましい事とは存じております。なので、王族の皆様からご要望があった時にお作りいたします、特別製でございます」

「すみません。普通の身分証でも良かったのですが……」

「いえいえ、どうぞ、お納め下さい」

「はぁ……あの、これってちゃんと使えますよね? オークションの出品に来た時に、なんだこれ……とか言われませんよね?」

「勿論でございます、しかるべき対応をさせていただきます」


 リーゼンブルグの一部では、この扱いは変わらないのでしょうし、ひとまずオークションの出品には支障がなさそうなので、このまま受け取っておきましょう。


「それで、オークションについて教えていただけますか?」

「はい、なんなりと……」

「開催日と、出品の期限を教えて下さい」

「オークションは月に二回、十五日と三十一日の星の曜日に開催しております。出品の期限は、三日前の十二日と二十八日の土の曜日までとなっております」

「では、最短で出品できるオークションは、三十一日になりますね」

「はい、その通りでございます。ところで、魔王様は何を出品なさるおつもりですか?」

「クラーケンの魔石を出品しようと思っています」

「ク、クラーケンでございますか?」


 エーデリッヒの沖にクラーケンが出没し、指名依頼を受けて討伐を行っていることを話しました。


「クラーケンの討伐も、魔王様お一人でなさっておられるのですか?」

「いえいえ、海は広大ですし、クラーケンの出る場所も分からないので、地元の冒険者に船を出してもらって、囮役を務めてもらっています」


 クラーケンの討伐手順も、ザックリと説明しました。


「それでは、戦闘は殆ど魔王様お一人でなされたのですね?」

「まぁ、戦闘って呼べるほどのものじゃないですけどね」


 クデニーヌさんは、ゴクリと唾を飲み込んだ後で、額の汗を拭いました。

 ラシェルさんも、まだ青い顔をして、怯えたような目をしています。

 うーん……別に危害を加えるつもりもないし、さっきの犬っころを畳んだのがいけなかったのでしょうかね。


「魔王様、他に御用はございますか?」

「いえ、特には無いので、そろそろ失礼しようかと……」

「あの、聞き取りとかは……?」

「聞き取りですか?」

「はい……」


 聞き取りと言われても、オークション以外に商売とかはするつもりはありません。

 ですが、もの凄く切羽詰った感じのクデニーヌさんを見ていて、思い当たることがありました。


「あぁ、もしかして、汚職の件ですか?」

「はい……」


 クデニーヌさんは、いよいよ来たと覚悟を決めたような表情で頷きました。


「特に無いです」

「えっ、今なんと……?」

「汚職に関して、僕から訊ねることは特に無いです。先程、ラシェルさんには少しお話ししましたが、僕はリーゼンブルグを支配するつもりはありませんし、汚職の摘発とか面倒なことをする気もありません」

「そ、そうでございますか……はぁぁ」


 なるほど、汚職の摘発が始まったので、僕が直々に乗り出してきた……みたいに勘違いしたんですね。

 僕が関わる気が無いと知って、クデニーヌさんは緊張を解きました。


「でも、僕はやりませんが、カミラは本気ですよ」

「えっ……と仰いますと?」

「ここに来る前に、カミラの執務室に寄ってきたんですけど、汚職に関わっていた担当者を締め上げてましたね」

「ほ、本当でございますか?」

「えぇ、どの程度まで遡って調べているかは分かりませんが、少なくとも二、三年前までの記録は確実に調べるはずですよ。それと、言うまでも無いでしょうが、カミラは有能ですし、それを支える部下もいます。小手先の対応をすれば、傷口を広げるだけですよ」

「あぁぁ、一体どうすれば……」


 クデニーヌさんは、両手で頭を抱え込んで呻くように呟きました。


「カミラも呆れていましたけど、相当酷いみたいですね」

「魔王様に隠し立てなど不可能でしょうから、正直にお話しいたしますが、細かな不正まで全て摘発すれば、アルダロスの商店の半数以上が取り潰しになると思われます」


 覚悟を決めた表情で言った言葉ですから、誇張も嘘も無いのでしょう。

 それにしても、半数以上の商店が不正に関わっているとは、これではカミラが呆れる訳です。


「魔王様、どうかお力をお貸し願います」

「うーん……力を貸せと言われても、荒事ならば手を貸せますが、お金とか不正の話は専門外なんですよね」

「そう、でございますか……」


 クデニーヌさんは、再び頭を抱えてしまいました。

 アルダロスの商店の半分が取り潰しなんて事態になれば、影響は相当なものになるでしょうし、商工ギルドの職員が関わっている可能性もありますよね。


「お一人で考えて、良い知恵が浮かばないならば、カミラと直接話してみますか?」

「そのような事が可能でしょうか?」

「勿論、条件はあります」

「条件でございますか? お聞かせ下さい」

「まず、これまで行った不正を包み隠さずに認め、知らせること。カミラは、これまでのやり方を改めようと必死です。自分達の罪を認めないような相手とは、対話の余地は無いと思って下さい」

「ですが、罪を認めてしまっては……」

「まぁ、話を最後まで聞いて下さい。カミラは、リーゼンブルグを良い国にしようと頑張っています。ですから真摯に罪を認め、この国の未来を良くするために、必死になって働く意思を示して下さい」

「意思……ですか?」

「はい、例えば、不正を行って得た利益は、全額国庫に返納する。例え、一度に返すことが出来なくても、分割して支払う。これからは真っ当な商売を続け、国の発展に尽くすと約束し実行するならば、減刑を引き出すことも出来る……かもしれませんよ」

「なるほど……」


 クデニーヌさんの表情に、ほんの少しですが希望の色が戻ってきたようです。


「魔王様、まことに厚かましい申し出ではございますが、カミラ王女様への口添えをお願いできませんか?」

「不正に関する自己申告を取りまとめるから、減刑を確約してもらいたい……ですか?」

「はい、その通りでございます」

「うーん……駄目でしょう。それって裏を返せば、減刑してくれないなら罪を認めない。アルダロスの商店の半分が潰れても構わないのかって、脅しをかけているようなものじゃないですか。そんな態度で減刑を引き出すって、虫が良すぎるんじゃないですか?」


 クデニーヌさんの表情は真剣そのものですが、この話に首は縦に振れませんよね。

 ショックを受けたようですが、それでもクデニーヌさんは頷きました。


「確かに……仰る通りです」

「部外者の僕から見ても、今のリーゼンブルグは危機的な状況にあるように見えます。それを当事者である皆さんが、もっと真剣に受け止めないと駄目じゃないですかね。まず自分達から改める、その上で減刑を嘆願するというのが筋だと思います」

「仰る通りです。まずは我々から誠意を見せる必要があるのですね」

「先程も言いましたが、カミラは有能です。そして、この国を良くしようと頑張っています。皆さんが誠意を示せば、交渉には応じるはずです。もし、それでも聞く耳を持たないようならば、僕が交渉の場を設けましょう」

「本当でございますか! ありがとうございます。必ずや、商店や工房の主達の取り纏めを行います。その時には、是非とも……」

「分かりました。クラーケンの魔石の搬入もありますし、来週中に、もう一度顔を出します。その時にでも話を聞かせて下さい」

「かしこまりました。よろしくお願いいたします」


 ようやく安堵の表情を浮かべたクデニーヌさんと握手交わし、部屋を出ようと思ったら、胃袋が空腹を訴えてきました。


「クデニーヌさん、この近くで安くて美味しい店って無いですかね?」

「どのような料理がよろしいですか?」

「夕食は魚料理の予定なので、肉料理の店を教えて下さい」

「かしこまりました」


 クデニーヌさんから教わった店は、商工ギルドを出て橋を渡り、堀沿いの道を左方向へ五分ほど歩き、路地へ入ったところにありました。

 店の外にまで、香ばしい匂いが漂っています。


「こんにちは」

「いらっしゃい、何処でも空いてる席に座りな。注文は?」

「ハーフでお願いします」

「あいよ、ハーフ一丁承りましたぁ!」


 店を営んでいるのは、クマ獣人のおじさんで、白熊なのか白髪なのか、ちょっと見分けが付きません。

 この店は、アルダロス近郊で飼育されているズーク鶏の専門店で、メニューは丸焼きのみ。


 それを一羽丸ごとか、半身か選ぶだけです。

 焼き方に秘伝の工夫があるそうで、店から厨房の様子は見えないようになっていました。


「はいよ! ハーフお待ち!」

「おぉぉ、美味そう……」

「違うぜ、お兄ちゃん。美味そうじゃなくて、美味いんだ」


 ニカっと笑うクマのおっちゃんからは、自分の料理への自信が感じられます。

 トレイに乗せられて出てきたのは、ズーク鶏の丸焼きを半分に切ったものに、スープとパンです。


 まずはスープを一口、出汁はズーク鶏の首の部分で、こちらも一羽の半分がスープの具として入っています。

 スープは澄んでいますが、鶏の旨みがしっかりと出ていて、シャキシャキしたネギのような野菜との相性も抜群です。

 基本は塩味なのですが、醤油っぽい風味を感じます。


 そして、ズーク鶏の丸焼きなのですが、明らかに醤油っぽい匂いの照り焼きです。

 皮はパリパリ、身はシットリ、臭みを全く感じないのは、焼くときにお腹に詰める香草のおかげでしょう。


「んっまーい! これはヤバい!」

「うはははは、兄ちゃん、気に入ったみたいだな」

「はい、アルダロスに来たら、必ず寄らせてもらいます」

「そいつはありがてぇ、ご贔屓に頼むよ」


 あっと言う間に、ズーク鶏の半身を骨までしゃぶり終えました。

 支払を終えて、店を出て、腹ごなしにアルダロスの街を散策することにしました。


 アルダロスには、これまで何度も来ていますが、良く考えると王城の中ばかりなんですよね。

 商業地区の通りには、人や物が溢れている感じでした。


『ケント様、王都は通りごとに同じ業種が集まっていて、ここは服飾関連の品を扱う通りですぞ』

「へぇ、そうなんだ……」


 ラインハルトの言う通り、通りに並んでいるのは、布や革などの生地を扱う店や、ベルトなどの金具を扱う店、靴や鞄を扱う店などが並んでいます。

 中には見るからに高級そうな服屋さんもありますが、東京のように店の外から見ても分かる下着の専門店とかは無いようです。

 べ、別に唯香達にセクシーランジェリーを着てもらおうなんて考えてない……いえ、考えてました。


 服飾関連の通りを歩き終え、堀沿いの道を歩いて別の通りに出ようと思ったのですが、途中で気が変わって橋を渡りました。

 橋を渡った先でも堀沿いの道を歩き、大きな通りに出ましたが、こちらは商業地区ほど賑やかではありません。

 通りをずーっと進んだ先には、王都を取り囲む壁と、大きな門が見えます。


「ラインハルト、あの先はどうなってるの?」

『壁の先は、農地があるぐらいですな』

「農地か……ちょっと見てみようかな」


 歩くとかなりの距離がありそうなので、不精をして物陰から影に潜って、門まで辿り着きました。

 影の中から覗くと、門の外には掘っ立て小屋がひしめき合っています。

 門の内と外の違いなのですが、明らかな貧富の差が感じられました。


『ワシらが生きていた頃には、これほどのスラム街はありませなんだ。この門は、街道へ続く門ではないので、こうした小屋が見逃されておるのでしょう』


 試しに城壁の影に潜って移動すると、ある地点からは綺麗に整地された農地が広がり、小屋は一軒もありません。


「そうか、こっちは王都の南側か……」

『左様です。小屋があった地域は王都の北西、昔から水はけの悪い土地でした』


 ラインハルトの言葉通り、戻ってみたスラム街では道端に水が溜まり、見るからに衛生状態が悪そうです。

 強風が吹けば屋根どころか壁まで飛びそうな小屋、薄汚れた子供、濁った小川が全ての生活を支えているようです。

 街の一角には積み上げられたゴミの山、その中で金目のものを漁る女性や子供。


「ヴォルザードには、これほど酷いスラムは無いよね」

『そうですな。ギルドの裏手、旧市街の東地区には一部スラム化している区画がありますが、ここほど酷くはありませんな。クラウス殿の手腕でしょう』


 スラム街の風景を見ながら、カミラの肩に圧し掛かる荷物の重さを思わずにはいられませんでした。

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