第305話 アルダロス訪問
リーゼンブルグの王都アルダロスでは、スカっとした青空が広がっていました。
王城の塔から見下ろすと、街は活気に溢れているように見えます。
これも、王位継承争いが終ったから……と考えるのは都合が良すぎますかね。
王城の敷地内にある訓練場では、騎士達が動き回っているのが見えます。
遠めに見ただけですが、なかなか激しい訓練が行われているようです。
『カルヴァイン領の制圧時には多くの殉死者を出しましたから、新規入団者の訓練が行われているのでしょう』
「そうか、あの爆破か……」
カルヴァイン領を制圧するために、五人の元締めが集まっているタイミングを見計らって、騎士団を送還しました。
元締めがいない拠点を急襲した時に、アーブルの指示だったのかは分かりませんが、拠点もろとも爆破されて多くの騎士が巻き込まれました。
当然、欠員を補充する必要に迫られているのでしょうが、人を育てるのは簡単じゃありませんものね。
「騎士は、どうやって募集するものなの?」
『現在も同じやり方かは分かりませんが、ワシらが生きていた頃には、年の始めに入団試験を行って、ちょうど今頃が訓練の真っ最中でした』
「入団試験は、どんな風にやるの?」
『そうですな。騎士としての能力で一番必要とされるのは、やはり戦闘能力です。木剣を使った立ち合いや、攻撃魔術の実演、基礎体力の測定などですな』
「人数を増やすために、試験のチェックを甘くしたりするのかな?」
『可能性はありますな。入団を許されても最初は見習い扱いですから、その間に鍛えて本採用の試験に臨むことになります』
「なるほど、最初は仮入団みたいなもので、駄目な奴は本採用の時に落とせば良いわけだ」
『その通りです。まぁ、最初は使える見込みが無くても、厳しく鍛えれば普通の者であれば相応に成長はするものです』
僕もヴォルザードに来た頃にはポンコツでしたが、ラインハルトに鍛えられましたものね。
新人の騎士見習いにとっては、今は地獄のような訓練期間なのでしょう。
カミラの執務室へと移動すると、役人らしい男が一人、聞き取りをされていました。
五人ずつが向かい合わせに座れるテーブルの片側にカミラ、その隣に弟のディートヘルム、向かい側に役人風の男が座り、男の後ろには騎士が二人立っています。
「それでは、この行軍用の携帯食、四千食は確かに納入されたのだな?」
「は、はい、それは間違いなく……」
「貴様が受け取りに立ち会ったのか?」
「い、いえ……それは部下が立ち会ったはずです」
「納品の連絡は、いつ、誰から聞いた?」
「それは……た、確か当日に部下から……」
「規則では、十万ブルグを超える納品の場合、貴様が立ち会うことなっているぞ。この時の金額は四十万ブルグだから、当然貴様が立会いを行うべきだな」
「さ、左様でございますが……そ、そうです、その日は私は視察に……」
「嘘を申すな。納品があったとされる日に、貴様は登城した後、夕方まで城から出ておらぬと衛兵の記録が残っておるぞ。そもそも、その日には納品の荷物も城には入っておらぬ。これはどういう事だ?」
カミラの向かいに座った男は、顔面蒼白で、ダラダラと汗を流しています。
どうやら、これは汚職の追及のようですね。
「そ、そ、それは……そう、納品の期日に誤りが」
「では、いつだ、いつ納品されたと言うのだ」
「たぶん、前日か、翌日……」
「前日も、翌日も、この業者から荷物が届いた記録は残っておらぬ」
「で、では、月を間違えて記入して……」
「前の月も、翌月にも納品の記録は残っておらぬし、書類は日付通りに整理されていた。四千食もの携帯食は、一体どこへ消えた? その代金、四十万ブルグは、一体どこへ消えたのだ?」
役人風の男は、俯いたまま言葉も無く震えています。
「あくまでも知らぬと申すならば、貴様の家族や親戚も調べる必要があるし、騎士団の取調べは私のように優しくはないぞ」
「わ、私がやりました。実際には存在しない取り引きを記録に残し、代金を着服しました。全ては、私一人で行ったものです。どうか、どうか家族だけは……」
「それは、これからの貴様の態度次第だ。自分一人で行ったなどという説明
が通用すると思っているならば、早々に考えを改めるのだな……連れて行って厳しく取り調べよ」
「はっ!」
二人の騎士に両腕を抱えられ、役人風の男は引き摺られるようにして部屋を出ていきました。
「姉上、お疲れさまです。見事な取調べでした」
「はぁ……なにが見事なものだ。少し調べただけでも、ボロボロと不正が出て来る。これほどまでに自分の国が腐っていたとは、情けなくて腹も立たぬ。バークス、お茶を淹れてくれ」
「僕にも一杯お願いできるかな?」
溜め息を漏らして頭を抱えたところで声を掛けると、カミラは弾かれたように顔を上げました。
「魔王様!」
「ご無沙汰、カミラ。ディートヘルムも元気にしてた?」
「お見苦しい姿をお見せしました。私も弟も息災にしております」
席を立って跪こうとするカミラ達を制して、役人が座っていた席に腰を下ろそうとしましたが、汗のシミが出来ていたので、隣の椅子に座りました。
「魔王様、今日はどのような御用でございますか?」
「うん、日本にいる被害者との和解を進めるために、カミラに手紙を書いてもらおうと思うんだ」
「手紙でございますか?」
カミラに、日本でのリーゼンブルグの評価や世論の動向などを伝えました。
「それでは、賠償を円滑に進めるための個々の状況に応じた謝罪の手紙を書く訳でございますね?」
「そう、全部で四百通を超えるけど、出来る?」
「勿論でございます。むしろ、魔王様に申し付けられる以前に、私が思いつくべきことでした。考えが足らず、申し訳ございません」
「ううん、カミラは国の建て直しで忙しそうだし……」
「先程の聴取を御覧になっていらしたのですね」
「うん、ちょっとね。あれって、いわゆる汚職ってやつでしょ?」
「はい、信用の置ける部下に調べさせている所ですが、あまりに数が多く、呆れ果てております」
カミラは実権を握って以後、これまでの帳簿や備品の状態などを徹底的に調べ直させているそうです。
すると、数が合わないなど当たり前、帳簿上は存在しているはずなのに無い、そもそも納められた記録が無い、だが支払いは行われている。
支払いは行われているが、支払い先が存在しないなど、出るは出るは、不正な帳簿操作のオンパレード状態だそうです。
また、実際に納品が行われている品物も、一般的な価格の数倍の金額で契約が結ばれている。
業者の選定が適切に行われておらず、一つの店が独占していたりするそうです。
なんだか、日本のニュースでも良く聞いたような内容ですね。
「お恥かしい話ですが、不正を行った業者を全て摘発したら、王都にある商店の半分以上が無くなりそうで、頭を痛めております」
「もう、司法取引でもするしかないんじゃない?」
「司法取引……ですか?」
「うん、こっちでは何て言うのか分からないけど、自主的に不正を認めて、他の不正を暴く手伝いをした者は、罪を減らす……みたいな方法なんだけど」
「なるほど、自分から不正を申告した者には、処刑や取立ての猶予を行う感じですか」
カミラは、ディートヘルムと視線を交わして、頷きあっています。
話を聞いただけでも、自分達で全部を調べあげるには膨大な時間が掛かりそうですし、全ての者を処罰していたら、経済活動や国の運営に支障をきたしそうです。
ぶっちゃけ日本では許されないでしょうが、自主申告せずに不正が発覚したら、一族郎党皆殺し……ぐらいに言えば、慌てて名乗り出そうな気がしますよね。
「確かに、魔王様の仰る通り、全ての不正を洗い出すには膨大な時間が必要ですし、それ以外にも砂漠化対策や、カルヴァイン領を始めとした直轄地の運営など、課題が山積している状態です。労力を大幅に軽減できそうですし、前向きに検討いたします」
「うん、頑張って……それと、もう一つ頼みがあるんだけど」
「何なりとお申し付け下さい」
「ギルドに紹介状を書いてもらえないかな?」
「リーゼンブルグでも、冒険者として活動なさるのですか?」
「いや、冒険者としての活動というより、オークションに出品したいと思ってるんだけど、身分証とかが必要だよね?」
「オークションですか、確かに、ギルドの開催するオークションで取り引きを行うには、リーゼンブルグの身分証が必要になると思います。かしこまりました、冒険者……いえ、商工ギルドへの紹介状をお作りいたします」
「商工ギルド?」
「はい、リーゼンブルグでは、冒険者ギルドと商工ギルドは別の組織となっております」
ランズヘルトでは、ギルドは一まとめの組織ですが、リーゼンブルグでは荒事と商売は切り離されていて、オークションは商工ギルドの管轄となるそうです。
「それと、リーゼンブルグで冒険者登録を行いますと、街からの魔物の討伐依頼に参加する義務を負わねばなりません。その点、商工ギルドでの登録は、実際に商売を行った時の税金を納めるだけで、その他の義務はありません」
「なるほど、それじゃあ商工ギルドへの紹介状を頼めるかな?」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
カミラは自分の執務机に戻ると、サラサラと紹介状を書き始めました。
較べるのが間違っているけど、同じ少々お待ち下さいの一言でも、ブライヒベルグギルドの見習い受付嬢とは大違いです。
カミラが紹介状を書いている間に、ディートヘルムが訊ねてきました。
「魔王様、オークションには何を出品なさるおつもりですか?」
「うん、クラーケンの魔石を出そうかと思ってる」
「そうですか、クラーケンの魔石でございま……クラーケン! 真でございますか?」
うん、ディートヘルム、君はなかなかお笑いのセンスがありそうだよ。
「本当だよ。ランズヘルトの東の端、エーデリッヒの沖にクラーケンが出没して、領主のアルナートさんから討伐の依頼を受けたんだ」
「討伐なさったのですか?」
「うん、でなきゃ魔石は手に入らないよね?」
「確かにそうですが……」
ディートヘルムが視線を向けると、カミラは驚いた素振りも見せずに答えました。
「ディートヘルム、魔王様にとってはクラーケン討伐など、立ったばかりの幼児を転ばすようなものだ」
たぶん赤子の手を捻るみたいな意味なんだろうけど、なんでカミラが自慢げなのかね。
カミラは紹介状を書き終えると、金の縁取りのされた封筒へ入れ、封蝋をたらして指輪を押し付けて封を閉じました。
手馴れた感じで格好いいじゃないか、そ、その程度でドキっとしないからね。
「お待たせいたしました、魔王様」
「ありがとう、カミラ」
跪いたカミラが差し出した紹介状を受け取った後、なぜだか吸いよせられるように頭を撫でていました。
「魔王様……?」
「あっ、ごめん、つい……」
「いえ、魔王様がお望みであれば、なんなりと……」
「い、いや、もう十分」
「そうでございますか……」
てか、なんでちょっと残念そうなのかな、ちょっとだけ頬を膨らませて可愛いじゃないか、けしからん。
「ま、また顔を出すから、手紙は少しずつでいいからね。それと、一度チェックするから封はしないで」
「かしこまりました」
誘惑に抗えず、もう一度頭を下げたカミラを撫でてから影に潜りました。
「はいはい、みんなもちゃんと撫でるからね。順番だよ」
膨れっ面で待ち構えていたサヘルや、マルト達や、ゼータ達を撫でまくってから、アルダロスの商工ギルドを目指しました。
アルダロスは、王城を中心として街全体が一つの要塞となるように作られています。
外敵の侵入を防ぐために、大きな通りを中心に向かって進むと、必ず水堀に突き当たり、堀に沿って左右どちらかに進まないと橋に辿り着きません。
橋を渡った先も真っ直ぐに進む道は無く、更に中心に向かうには、堀沿いに進む必要があります。
商工ギルドは、商店や工房などが立ち並ぶ商工業地区から橋を渡った突き当たり、官庁街の入口にありました。
商人達にとって、もっとも繋がりが深い役場なので、訪れやすい場所に建てられているそうです。
さすがに王都の商売の中心とあって、引っ切り無しに人が出入りしていますし、内部の受付も混雑しています。
ブライヒベルグのギルドも大きかったですが、ここは更に倍ぐらいの規模がありそうです。
案内板の表示に従って、身分証の発行手続きをしてくれるカウンターに行くと、十人近い行列が出来ていました。
一瞬、王女様パワーを使おうかと考えましたが、とりあえず大人しく並んでおきましょう。
べ、別に前に並んでいる銀髪キツネっ娘のフワンフワンした尻尾を、後からガン見したいからじゃないからね。
あーっ……モフりたい、いやいや勝手にモフったら捕まるからね。
「ちょっと、割り込まないでよ!」
「うっせぇ、黙ってろ」
フワンフワンな尻尾に気を取られていたら、キツネっ娘の前に、頭の悪そうな犬獣人が割り込んでいました。
「みんな、ちゃんと並んで順番待ってるんだから……」
「うっせぇぞ、このアマ……あぁん? なんだ、くそチビ?」
犬っころが掴み掛かったので、キツネっ娘の後から、手首を掴みました。
ギリクの劣化版って感じで、生理的な嫌悪感を覚えてしまいます。
「躾けの出来ていない犬っころ。大人しく列の後に並べ」
「なんだと、手前ぇ……いっ、痛い、痛い、痛い」
身体強化の魔術で握力を強化して、掴んだ手首にジワジワと締め付けてやりました。
「このガキっ! 痛い、痛い、まいった、放してくれ!」
殴り掛かってきた左の拳も受け止め、こちらも握力強化で握り締めてやると、アッサリ白旗を上げました。
「ちゃんと後ろに並ぶか?」
「並ぶ、並ぶから放してくれ! あぁ、なんて力だよ……死ねぇ!」
手を放してやると、犬っころはナイフを抜いて突き出そうとしましたが、捕まえている間に予想済みです。
二の腕の前に闇の盾を出して突き出しを防ぎ、同時に召喚術でナイフの刃を根元から切断して手元に引き寄せました。
「えっ……?」
「こんな物で、僕が殺せるとでも思ってるの?」
「ひぃ……」
指先でつまんだナイフの刃を放り捨てると、チャリーンと安っぽい音を立てました。
犬っころは刃が無くなった柄を確認すると、息を飲んでブルブルと震えています。
「何度も同じことを言わせるなよ。大人しく後ろに並べ、分かったか?」
犬っころはガクガクと頷くと、僕を避けるように遠回りして、列の後ろに並びました。
まったく、犬っころが鬱陶しいのは各国共通なんですかね?
周りで見物していた人達から、どよめきと拍手が起こりました。
犬っころが、ちゃんと列の後ろに並ぶのを確認していると、キツネっ娘が恐る恐る話し掛けてきました。
「あの……ありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず。あの手の輩はムカつくんで、勝手に絞めただけですから。あっ、順番ですよ」
「はい、ありがとうございます」
キラッキラした目で僕を見てましたから、もう一押しすれば仲良くなれちゃいそうですが、そんな事してると正座案件に発展するのでやめておきましょう。
身分証を作り終えたキツネっ娘が、満面の笑みを浮かべて去っていったので、今度は僕の順番です。
商工ギルドの窓口の人は、三十代後半ぐらいの男性でした。
僕が歩み寄ると、あきらかに警戒しています。
まぁ、目の前で起こった騒ぎを見てたでしょうから、仕方ないですね。
「すみません、身分証を作りたいのですが」
「お住まいは、どちらになりますか?」
「えっと、住まいはランズヘルトのヴォルザードです。こちらのオークションで取り引きをしたいので、身分証を作りたいのですが……」
「でしたらば、ヴォルザードでの身分証とリーゼンブルグの入国証をお願いします」
「入国証……ですか?」
「はい、リーゼンブルグに入国する際に、証明書を発行されましたよね?」
ヤバいです。普通のルートで入国してないので、入国証なんて持ってません。
「えっと……入国証の代わりに、紹介状とかじゃ駄目ですかね?」
「入国証を紛失されたのでしたら、騎士団の窓口に行かれて、再発行の手続きをして下さい」
「紹介状では、駄目ですかね?」
「大手の商会や工房からの紹介ですか?」
「いえ、王家の紹介状なんですけど……」
「はっ? 王家というと、リーゼンブルグ王家でございますか?」
「はい、これが紹介状なんですけど……」
「し、失礼いたしました。ただ今、ご案内いたします!」
金縁の封筒を見た途端、窓口の男性は米搗きバッタのように頭を下げました。
後ろにいる職員にギルドマスターへの連絡を頼み、猛ダッシュでカウンターを回り込んで、先に立って案内してくれます。
ギルドマスターとか、そんな偉い人に会わなくても、身分証だけ作ってもらうって出来ませんかね。
ただでさえ犬っころをキャーン言わせて目立ってしまったのに、もの凄い注目を浴びています。
うーん……リーゼンブルグでの出品とか失敗だったかなぁ……
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