第294話 冒険の果て
週明け火の曜日、九回目の帰還作業は何事もなく終わりました。
これで半数近くの同級生が日本に戻ったことになりますが、前回の帰還作業に較べて更に見送りの数は減っていました。
と言うか、殆どいませんね。
聞くところによれば、ノイローゼなどで早めに帰国させる必要がある人もいなくなり、現在はくじ引きで帰国者を決めているそうです。
つまり、帰国する人=くじに当たった人ということで、妬みみたいなものが生まれているらしいです。
まぁ、日本に戻ればいつでも会えるようになるし、電話もネットも繋がってるから見送る必要もないしね。
加藤先生や、診療所に戻る唯香やマノンと別れ、マイホームの建設状況を見てからブライヒベルグに向かいましょう。
昨晩の根回しの状況から見ても、まだ到着していないエーデリッヒの領主が会合の鍵を握っていそうです。
話の様子からして、今日あたりブライヒベルグに姿を現すらしいので、顔を拝んでおきましょう。
守備隊の敷地を出ようとしたら、街の方から戻ってくる同級生の一団と遭遇しました。
十人ほどの男子の一団は、僕の姿を見つけるなり、足を速めて近付いてきます。
「国分、ちょうど良かったよ。何とかしてくれよ」
「そうそう、ギルドの連中、頭固くてよ」
「ちょっと口利いてくれよ」
「うん、全然話が分からないからさ、もうちょっと分かるように話してよ」
「あぁ、実はさ……」
この一団は、帰国しようか残留しようか迷っているらしく、近藤や新旧コンビに話を聞いて、ギルドの戦闘講習を受けに行ったのだそうです。
ところが今の時期は、学校を卒業して冒険者を目指す人達が、こぞって講習に申し込むらしく、締め切り間際の時間にノコノコ出掛けていった一団は、門前払いを食らったそうです。
「国分はSランクの冒険者なんだよな?」
「俺たちが講習に参加出来るように言ってくれよ」
「いや、あれじゃね。講習免除してもらった方が良くね?」
「おーっ、それいいじゃん。それでいこうぜ」
ヴォルザードでの生活が長くなり、色々な大人と接する機会が増えたからでしょうか、それとも、単にこの一団がアホなだけなのか、目の前にいる連中が酷く異質に感じてしまいます。
「はぁぁ……戦闘講習はギルドの仕組みだし、ダンジョンに安全に潜るための審査でもあるから、僕は口出しなんか出来ないからね」
「何だよ、いいじゃんかよ。ちょっと参加させてもらえるように言うぐらいやってくれよ」
「人数に制限を付けているのは、講習を円滑に行うためだろうし、ドノバンさんのお墨付きも無しにダンジョンに潜ったら死ぬよ」
「講習って言っても、初回は座学と素振りぐらいなんだろう? パスしても良くね?」
「こっちの世界に残ることも考えているなら、こっちの世界のやり方に従わないと駄目なんじゃないの? てか、まさか俺達は国分の知り合いだから……とか言ってないよね?」
僕が尋ねた瞬間、全員一斉に目を逸らしました。
「はぁ……もう勘弁してよ。冒険者は実力が物を言う世界なんだから、僕の手助けとかは期待しないで」
「でもよぉ、コネも実力のうちって言うじゃん」
「何それ、そんな言葉知らないよ」
「えー……就活してる兄貴が良く言ってるぜ」
「いや、知らないし、ここ日本じゃないし。とにかく、冒険者を目指すなら、自分の事は自分でやる! 分かった?」
「はいはい、もういいよ。頼まねぇよ……」
「ちっ、ちょっとチートを手に入れたからって、いい気になんなよ……」
口々に捨て台詞を残して宿舎に戻っていく一団を見ていると、本気でぶん殴ってやろうかと思ってしまいます。
てか、帰還作業とか中断して、日本とも連絡が取れないようにしてやろうかな。
マイホームの建設現場を覗いた後は、ブライヒベルグに向かうつもりでしたが、予定を変更してギルドに寄ってから移動する事にしました。
今日もマイホームの建設現場では、日だまりに寝転ぶネロとフラムの姿があります。
大きな魔物の群れとの戦闘ではなかったので、二人の出番はこのところ無いんだよね。
「にゃ? ネロはちゃんと家の警備を固めてるにゃ」
「う、うぃっす、兄貴、俺っちも見張ってました!」
うん、君達ぐっすり寝てたようにしか見えなかったけど、まぁいいか……存在しているだけで、普通の人は近付いて来ないからね。
「おはようございます、ハーマンさん」
「おぉ、ケント。おはよう」
「建設の進行具合は、どんな感じですか?」
「本館の内装はかなり進んだぞ。別棟の配管工事も同時に進めてるところだ」
「ありがとうございます。完成までは三ヶ月ぐらいですかね?」
「まぁ、そこまでは掛からないと思うが、これだけの建物だからな、下手な仕事は出来ねぇよ」
完成予定については、来る度に聞いているので分かってはいるのですが、セラフィマの輿入れに間に合えばなぁ……という気持ちも無い訳ではありません。
まぁ、暫くは迎賓館で居候生活になるんでしょうけど、同じ敷地に親馬鹿オヤジが住んでいると考えると落ち着きませんよね。
とは言っても、こればかりは僕にはどうにもならないので、ハーマンさんに挨拶して現場を離れました。
同級生達の不始末を謝罪しておこうと向かったギルドで、思わぬ人に声を掛けられました。
オーランド商店の主、デルリッツさんです。
「これはこれは、ケントさん。ご無沙汰しております」
「おはようございます、デルリッツさん、こちらこそご無沙汰してます」
「今回は、貴重な素材をヴォルザードに持ち込んでいただき、ありがとうございます」
「素材……あぁ、デザート・スコルピオですね」
「はい、砂漠から遠く離れているヴォルザードでは、極稀にダンジョンに姿を見せる以外は、まずお目に掛かれない魔物です」
「ダンジョンにも出ることがあるんですね」
「と言っても、もう数十年以上前の話ですよ。あぁ、立ち話もなんです、お茶でもいかがですか?」
オーランド商店とは、ナザリオやフレイムハウンドとの一件で険悪な関係になりかけましたが、デルリッツさんとの直接対話で水に流すことで話がついています。
僕としても、ヴォルザードで一番大きな店と自分から事を構える気はありません。
これから、この地に根を下ろして生活していくのですから、出来るだけ良好な関係を保っておきたいところです。
「今日の午後から、デザート・スコルピオの入札に関する話し合いが行われます。過去の事例、現在の相場などを勘案して、入札の最低価格が決められます」
「その価格は公開されるんですか?」
「いえいえ、それでは入札になりませんよ。最低価格はギルドが設定し、公開はされませんが、その価格を上回った入札とは取り引きが成立します」
「最高価格というか、上限の価格は決められないんですか?」
「それは、まだ決まっておりません。上限価格が決められる場合もありますし、何としても手に入れたい者の意欲を考慮して、設定されない場合もあります」
「オークションとは、また違うんですね」
「はい、オークションの場合、その場で競り合うことになるので、価格が釣り上がる場合が多く、ギガウルフの毛皮などを除いて、素材の取り引きでは行われません」
デルリッツさんは、既にデザート・スコルピオの実物にも触れてみて、ギルドの職員立ち合いの下で、その丈夫さも確かめているそうです。
「デザート・スコルピオの殻は、単純に硬いのではなく、柔軟性を兼ね備えています。斬れにくく、割れにくく、更には風属性魔術への耐性もある。防具の素材として珍重されるのも当然ですね」
「なるほど、割れにくいのか、凄いですね……」
「ははは……その割れにくい殻を砕いた方が、それをおっしゃいますか」
「いや、砕いたと言ってもお腹側ですから」
「その砕けた破片をギルドの者が取り出しまして、そう、このぐらいの大きさで、このぐらいの厚さがありましたな」
デルリッツさんの両手で作った輪よりも、少し大きいぐらいのサイズで、厚さは七、八センチはありそうです。
「その破片を訓練場の地面に置いて、居合わせた冒険者が思いきり槍を突き入れましたが、穂先がほんの僅かに刺さっただけで、ビクともしませんでした。一体どんな攻撃方法を使ったら、あんな殻を砕けるのですか?」
「あー……まぁ、そのあたりは、企業秘密ってことで……」
「ほほう、その攻撃は、いつでも使えるものなのですか?」
「そうですね。準備が必要な攻撃なので、回数には制限はありますが、いつでも可能は可能ですよ」
「いやはや、それほどの実力を事も無げに話すとは、末恐ろしいお人ですな。こんな人に喧嘩を吹っ掛けるとは、うちの馬鹿息子の節穴ぶりに冷や汗が出ますよ」
そう話しつつも、デルリッツさんは冷や汗を流すどころか、大商店の主としての風格を漂わせています。
やはり、簡単に敵に回さない方が良い人物ですね。
「そう言えば、クラウス様より鉄の見本をいただきまして……あれはケントさんが持ち込んでいる物とお聞きしておりますが……」
「いえ、僕が持ち込むというよりも、僕が暮していた国とヴォルザードで取り引きして、その運搬を担当している感じですね」
「そうですか。あの品質であれば、少々値段が高くても商品価値はございますし、マールブルグとの取り引きが止まっている現状では、そちらに頼るしかございません」
「あっ、マールブルグの件は、じきに解除になるはずです。でないと、イロスーン大森林の件もありますので……」
「なるほど、マールブルグにとっては、ヴォルザードが命綱の状態なんですな」
実際には、馬鹿息子がアンジェお姉ちゃんとの結婚が成立しない腹いせに、ノルベルトに無断で止めていただけなのですが、まぁ、黙っておきましょう。
「イロスーン大森林の件でも、ブライヒベルグとの輸送にケントさんが活躍していると聞いていますよ」
「その件も、僕がやっているのは単なる運び屋で、危機が起こる以前に仕組みを構築したクラウスさんの先見の明のおかげですよ」
「確かに、普通に考えれば国が分断されている事態なのに、これほどヴォルザードが平穏なのはクラウス様の働きがあってこそですな」
そのクラウスさんは、今頃エーデリッヒの領主をやり込める作戦をナシオスさん辺りと企んでいる最中でしょう。
時々呆れることもありますが、基本的に有能な領主様であるのは間違いありません。
この後、領主の会合を覗きに行くと話すと、デルリッツさんに中身を教えてくれと頼まれましたが、まだ具体的な話は決まりそうもないと話して断わりました。
「そうですか、まぁ、あれ程の広い範囲に渡っての対策ですから、すぐには決まらないのでしょうな。それに、うちは物を売るのが商売ですから、工事に関しては専門外ですしね」
などと言ってはいますが、工事ともなれば各種の資材が必要になりますから、美味しい話があればグイグイ食い込んでいくのでしょうね。
デルリッツさんと別れて、カウンターを目指して歩きだすと、受付嬢のフルールさんにロックオンされました。
まぁ、同級生達が騒ぎを起こしたみたいですし、覚悟はしていましたが、めちゃめちゃ睨まれています。
やっぱり帰っちゃ駄目ですかね。
「おはようございます、フルールさん」
「ケントさん、責任取っていただきます!」
「えぇぇ……責任って言われましても」
「ちゃんと籍を入れて、結婚していただきます!」
「はぁ? 結婚って、僕にはもう四人も……」
「ケントさんの話ではありません。ユースケさんは、ケントさんの親友なんですよね?」
「はっ? ユースケって、八木のことですか?」
「はい、そのユースケ・ヤギさんです」
「あの野郎……フルールさんに手を出すとは……」
「私ではありません! 妹です!」
「えっ、妹さん? って、話が良く分からないのですが……」
フルールさんの話によれば、妹のマリーデさんを八木がダンジョン見物に誘い出し、そこで一夜を共にしたらしいのです。
どうやら八木は、自分を僕の相談役、魔物使いの頭脳だと言っていたそうで、それでマリーデさんは騙されたようなのです。
制服の胸のボタンが弾け飛ぶくらいダイナマイツなフルールさんの可愛い妹さんが、僕の名前を使った八木の毒牙に掛かったかと思うとフツフツと怒りが込み上げてきました。
「うん、八木のような詐欺師は生かしておいても碌な事にならないので、この際プチって始末しちゃいましょう」
「そうしていただきたい所なのですが、妹がどうしても結婚したいと言ってまして……」
「いやいや、そこは説得していただいて、八木はプチってしちゃいましょうよ」
「そうですよねぇ……でも、妹の初めての相手なので、とにかく首に縄を付けてでも引っ張って来ていただけますか?」
「分かりました。プチっとするのは何時でも出来ますから、ちょっと捕まえてきますね」
「よろしくお願いします」
いや、死刑でしょ。これはもう処刑するしかないよね。
僕らより一つ年下の、あのフルールさんの妹を傷物にするなんて、羨ま……いや、けしからん行為に及んだ挙句、逃げるなんて天が許しても僕が許しませんよ。
手の空いているコボルト隊とゼータ達を召集、八木の一斉捜索に着手しました。
眷族のみんなは、居残り三人組がラインハルトの特訓を受けている時に、八木と遊んだ経験があるので、勿論顔を覚えています。
と言うよりも、オモチャを覚えていると言った方が正しいかもしれません。
我が眷族を動員すれば、八木を見つけるなんて簡単でした。
てっきり宿舎に居ると思っていましたが、八木の姿は城壁の上にありました。
胸壁の上に両肘を突いて顎を乗せ、ぼけーっと魔の森を眺めています。
普段から間が抜けた顔をしていますが、今日は更に拍車が掛かっています。
五メートルほど離れた場所に闇の盾を出して声を掛けました。
「八木ぃ、僕の名前を使って、随分と美味しい思いをしたみたいじゃないか」
「げっ、国分。どうしてその話……って、ぜんぜん美味しくねぇよ!」
「ふざけんな! 年下の女の子を騙して連れ出して、挙句の果てに手篭めにしたんだろう!」
「馬鹿、手篭めにされたのは、俺の方だ!」
「はぁ? 八木が手篭めにされた……?」
「そうだよ。大自然の驚異の前には、俺様の存在なんて在って無きようなもんだ!」
「えっ? 大自然の驚異……? 何言ってるの?」
「ちっ、どこから話を聞いて来たのか知らないが、俺様が事実を語ってやるよ」
八木の話によると、出版社との契約が取れないことに焦り、ダンジョン見物を思いついたもの、道中に不安を感じて護衛を用意することにしたそうです。
「と言っても、護衛を雇う金なんか無いから、ギルドの戦闘講習に参加して、手頃な人材を探したんだよ」
「その手頃な人材が、フルールさんの妹ってこと?」
「てか、フルールさんって、あの受付嬢のフルールさんなのか? あの胸の大きい……」
「そうみたいだけど、八木は知らなかったの?」
「知らねぇよ。てか、全然似てねぇじゃん、とても同じ遺伝子を持ってるなんて思えねぇよ」
八木いわく、マリーデさんはギリクにカツラを被せて、クマ耳を付けて、胸に少しだけ詰め物をしたような感じらしいです。
「言っておくけど、お前が想像しているような美少女じゃねぇからな。ウホって言っても違和感ゼロだからな」
「でも、フルールさんの妹だよ。僕を騙そうと……」
「しねぇよ。そもそも、フルールさんと同じぐらいの美少女だったら、おれは踊り上がってウェルカム・カモーンだよ!」
何だか良く分かりませんが、八木からはバンジージャンプの飛び降り台にいる人のような必死さが伝わってきます。
「それで、八木はどうするつもりなの?」
「それだ、国分、何とかしてくれ!」
「いや、何とかしてくれって言われても……」
「事故だったんだ! いや違う、災害だったんだよ!」
「よし分かった、詳しい話はギルドで聞こうか」
「はっ、何言って……」
「送還!」
予めコボルト隊と打ち合わせておいた、ギルドの階段下へと八木を送りました。
「ちょっ! マジでギルドじゃん、うわっ、放せ、放してくれ、俺は無実だ!」
コボルト達に担がせて、そのままカウンター前まで運ぼうとしたら、暴風のごとく走り寄ってきた巨漢に八木を攫われました。
「ユースケ、どうしたの、大丈夫? 怪我とかしていない?」
「マ、マリーデ……」
コボルト隊から八木を強奪し、お姫様だっこしている人物が、噂のマリーデさんのようです。
うん、ウホって言いそう。
「ま、魔物使い、ケント・コクブさん……」
「あっ、どうも……八木が、俺なんかでマリーデを幸せに出来るだろうか……とか、柄にも無く悩んでいたんで、背中を押すために連れてきました。どうぞ、お幸せに……」
「手前、国分……うぐぅ」
八木の抗議は、マリーデさんの分厚い唇で塞がれました。
デザート・スコルピオの入札のために集まっていた皆さんからも、祝福の声と拍手が湧き起こっています。
「ユースケ……嬉しい、もう絶対に離さないから!」
「あ、あぁ……」
骨も砕けよとばかりに抱き締められ、魂が抜けた人形のようになった八木を抱えて、マリーデさんがカウンターに歩み寄っていきました。
うん、いい仕事したなぁ……さて、ブライヒベルグに向かいますか。
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