第292話 オアシス奪還作戦

『ケント様……バルシャニアが苦戦中……』


 クラウスさんやマールブルグ家の当主ノルベルトを送り届けるのを待っていたのか、ブライヒベルグのギルドに着いた途端、フレッドが声を掛けてきました。


「クラウスさん、ちょっとバルシャニアの方がゴタゴタしているみたいなんで、行って来ても構いませんか?」

「おう、こっちはカルツ達が居るから大丈夫だぞ」

「はい、それじゃあ、連絡が出来るようにコボルトを影に潜ませておきますから、緊急の時には呼びかけて下さい」

「分かった、行って来い」


 クラウスさんに断わりを入れて、フレッドと一緒にゴーケンのオアシスを目指しました。

 ゴーケンのオアシスを占拠しているサンド・リザードマンから奪回する為に、バルシャニアの騎士と冒険者の合同軍は、夜明け前にミズーシのオアシスを出発したそうです。

 昼前に到着した一行は、休息し隊列を整えたら、直ぐ攻撃に着手したそうです。


「南側の本来の入口から攻撃して、サンド・リザードマンが掘った抜け穴から追い出す作戦なんだよね?」

『北の抜け穴で……手柄を欲張った奴がいたみたい……』


 サンド・リザードマンは群れで行動する魔物で、比較的高い知能を持っていると思われています。

 外敵に遭遇した場合、屈強な個体が集まって弱い個体を守る隊形を取るそうです。

 それだけに、サンド・リザードマンを仕留める、即ち強い魔物を仕留めたという証明となるようです。


『逃げて来るサンド・リザードマンを狙って……楽に仕留めようと考えたらしい……』

「それじゃあ、抜け穴から出たサンド・リザードマンが戻っちゃたとか?」

『そう……篭城して抗戦中……』


 当初の見通しでは、本来の入口から派手な攻撃を行えば、サンド・リザードマンはオアシスを放棄して逃走すると考えられていました。

 ですが北の抜け穴から出た個体が攻撃された事で、後続のサンド・リザードマンが引き返し、オアシスに立て篭もってしまったようです。


 隙をついてオアシスから飛び出してきたサンド・リザードマンが、攻撃側の隊列に突っ込んで暴れ回り、犠牲者まで出ているようです。

 僕らがゴーケンに到着した時には、攻撃側は態勢を建て直して、サンド・リザードマンの突進を防いでいますが、戦況は膠着状態に見えます。


「どうなってるんだ! 奴ら出て行かないじゃないか!」

「分からん、北側で何か起こっているのかもしれん」

「どうすんだ、このままじゃ埒が明かないぞ」


 最初の予定では、すんなり奪還出来ると考えていただけに、攻撃側にはまだ動揺が残っているようです。

 それに、影に潜って移動できる僕らとは違って、岩山の向こう側の状況が把握出来ていないようです。


「フレッド、どの人が責任者なのかな?」

『エラスト……中央の青い髪の男……』


 フレッドが指差す先では、詰め寄って来る冒険者達を宥めているバルシャニアの騎士服に身を包んだ長身の男性がいました。

 バルシャニアの騎士達は、予定外の事態にも落ち着いて対処していますが、やはり団体で行動する機会の少ない冒険者達が動揺しているようです。


 この状況で、いきなり闇の盾を出して表に出ると、更に冒険者達が動揺して隊列が乱れる可能性もあります。

 仕方が無いので攻撃側の後方、離れた場所から表に出て、責任者の所へ歩み寄りました。


「止まれ! 何の用だ!」

「お忙しい所すみません、エラストさんと話したいのですが」

「今は忙しいから後にしろ」

「いや、北側で手柄を欲張った者がいるそうなんですが……」

「何だと、それは本当か?」

「はい、それと、ケント・コクブが来たと伝えてもらえますか?」

「ケント・コクブだと……分かった、すぐ伝える」


 後方を警備していた騎士は、僕の顔は知らなかったけど、どうやら名前は聞いていたようです。

 最初の強面はどこへやら、慌てた様子でエラストが居る場所へと駆け寄って行きました。

 すぐに案内されるかと思いきや、エラスト自身が駆け寄って来ました。


「ケント様、わざわざ御足労いただき、申し訳ございません」


 エラストは、僕の前まで来ると、片膝をついて頭を下げました。


「いやいや、今は戦闘中ですし、そうした挨拶は無しにしましょう。さっそくですが、本題に入っても構いませんか?」

「はっ、北側に異変があったと伺いましたが……」

「はい、どうやら手柄を欲張った冒険者が、逃げて来るサンド・リザードマンに攻撃を仕掛けたみたいです」

「何ですって! それでは、奴らが逃げ出さないのは……」

「はい、おそらく北側にも待ち伏せがいると判断したのでしょう」

「それでは、このまま立て篭もるつもりでしょうか?」

「その可能性はありますが、これだけの数のサンド・リザードマンですから、当然食料の問題が発生するはずです。それと、こちらから向かって右手にある抜け穴からの陽動も考えられます」

「陽動に関しては、既に注意するように通達を出しておりますが、長期戦となると我々も兵站が十分とは言い難い状況です」

「そうですか……」


 ゴーケンのオアシスが長期的に使えない状況に陥った場合、商隊は迂回するしかありませんが、砂が深い場所を避けて通るために倍以上の時間が掛かるそうです。

 その上、途中にオアシスが存在しないので、更に過酷な旅程を余儀なくされてしまいます。


「僕の方で、少し手出ししても構いませんか?」

「何をなさるおつもりですか?」

「元々の入口と右側の抜け穴から、強制的にサンド・リザードマンを排除してみようかと……」

「そのような事が可能なのですか?」

「試してみないと分かりませんが、たぶん……」

「可能であるならば、是非お願いしたい。たとえ上手くいかなくとも、膠着した状況が動くでしょうし、奴らにダメージが与えられるでしょう」

「分かりました、準備に少し時間が掛かるので、このまま警戒を継続して下さい」

「はっ! よろしくお願いいたします」


 エラストの敬礼に敬礼を返し、闇の盾を出して影に潜りました。

 エラストと話をしている間、遠巻きしていた冒険者達は、僕を何者か見定めるように指差しながら言葉を交わしていましたね。


『ケント様……どうするつもり……?』

「うん、水洗トイレ方式でやろうかと……」

『水洗……トイレ……?』


 とりあえず、オアシスの内部を偵察します。

 攻撃側も混乱していましたが、サンド・リザードマンの内部も揉めているようでした。

 三本の抜け穴の入口は、屈強な個体が守りを固めながら、外の様子を窺っています。

 オアシスのある中央付近には、身体の小さな個体が集まり、その近くで身振りを交えて言葉を交わしているのが群れの上位に位置する者達なのでしょう。


「言葉は分からないけど、どこの抜け穴から出るのか討論してるんだろうね」

『たぶん、予定通りに出るのか……それとも残るのか決めかねてる……』

「じゃあ、予定通りに逃亡するように、後押ししてあげましょう」


 作戦遂行に必要な、ゼータ達と手の空いているコボルト隊に集合を掛けました。

 影の空間で、紙に図を描いて説明します。


「まず、ゼータ達はオアシスの入口を取り囲むように壁を築いて欲しい」


 フレッドが調べてくれた、抜け穴の図を参考にして、入口を取り囲む範囲と壁の高さ、厚さ、そして用途を説明しました。


「主殿、ここは砂地ゆえ硬化の魔術を掛けても、あまり強固な壁にはならないかもしれません」

「うん、分かってる。今回の作戦の間だけ持ってくれれば良いし、作戦が終った後は壊すつもりだから」

「分かりました、それならば大丈夫でしょう」

「こちらの入口には僕が壁を作るから、コボルト隊のみんなは手分けして硬化の術を掛けてくれるかな?」

「分かりました、ご主人様」

「任せて、終ったら撫でてね」

「はいはい、じゃあ、始めようか」

「ウオォォォォォ……」


 作戦開始を告げると、影の空間から飛び出した眷族のみんなは、一斉に咆哮を上げました。

 突然姿を現したギガウルフとコボルトの群れに、サンド・リザードマンだけでなく攻撃側の騎士や冒険者までも震え上がりました。

 まぁ、突然ギガウルフが現れれば、驚くのも当たり前だよね。


 姿を見せた直後、ゼータ達は土属性の魔術を使って、オアシスの入口をグルっと取り囲むように見上げるほどの高さの壁を築きました。

 右側の抜け穴の入口には、僕が同様の壁を築きます。

 壁が出来上がったら、すぐさまコボルト隊が硬化の魔術を発動させて固めていきました。


 向かって右側の抜け穴の外には、戻り遅れたサンド・リザードマンが数頭、突然現れた巨大な壁を呆然と見上げています。 

 まぁ、こんな状況になれば、フリーズしちゃうよね。

 壁が完成したら、水属性の魔術で巨大な水の塊を二つ、それぞれの壁の上に作り上げました。


「じゃあ、いくよ!」


 保持した水の塊を解くと、壁の内側は一瞬にして水を湛えたダムのようになりました。

 溜まった水は、当然高い所から低いところへ、入口から内部のオアシスに向かってサンド・リザードマンを巻き込みながら流れ下って行きます。


『ケント様……極悪……』

「あれ? 水の量が多すぎたかな……?」


 僕の計算では、オアシス入口と抜け穴を守っているサンド・リザードマンを押し流し、自主的に北の抜け穴から逃げてくれるように仕向けるはずでした。

 ところが、ちょっとだけ水の量が多かったようで、二つの水流はオアシスまで流れ下ると、オアシスの天井まで埋め尽くし、北の抜け穴に向かって凄い勢いで流れて行きました。

 いやぁ、水の力というのは怖ろしいものですねぇ……。


 北の抜け穴からは、まるで間欠泉のようにサンド・リザードマンを巻き込んだ水が噴出しています。

 水流によって押し出されたサンド・リザードマンは、乾いた砂地へと走り、呆然と噴出する水を見上げています。

 押し流されて来たサンド・リザードマンの中には、壁に衝突したのか怪我を負っているものも混じっていますし、溺れたらしく水を吐き出して蹲るものもいました。

 いやぁ……ちょっとやり過ぎちゃいましたかね。


 そんなサンド・リザードマンを岩陰から見詰めている冒険者らしき三人の男が居ました。

 近くには、麻袋に詰められた固まりが置かれています。


「見ろ、あの水流に巻き込まれて弱ってるぞ」

「やるか?」

「当たり前だ、一匹だけじゃ割が合わねぇ」


 どうやら、こいつらが北側の抜け道から出て来るサンド・リザードマンを待ち伏せしていた奴らのようです。


『ケント様……こいつらは……?』

「うーん、どうしたもんかねぇ……」


 冒険者が才覚を発揮して魔物を討伐し、利益や名声を手にするのは当たり前のことですが、それは他者の迷惑にならない事が前提です。

 こいつらは、オアシスからサンド・リザードマンを追い出す作戦を頓挫させ、その結果、反撃を受けた騎士や冒険者に犠牲者も出ています。


「でも、ダビーラ砂漠の中だと、バルシャニアの法律は通用しないんだよね?」

『そう、突き出しても……法では裁けない……』

「それって、砂漠に居る者同士で話をつけるってこと?」

『そうらしい……』


 フレッドと話をしている間に、三人の冒険者は襲撃を決意したようで、砂漠の砂と同じような色の布を被って接近を始めました。

 進んで行く先には、水流に翻弄されて弱っているサンド・リザードマンがいます。


「うん、こういうやり方は好きになれないや……送還!」


 送還術を発動すると、三人の冒険者は砂漠の砂と一緒に姿を消しました。


『ケント様……どこに送ったの……?』

「砂漠の真ん中……この前、砂漠化対策で固めた砂の塊を捨てた所」

『ほぼ処刑と一緒……生きて帰るのは難しい……』

「でも、サンド・リザードマンを狙うんだから、水属性の魔術士は居たはずだよね? 水さえあれば、何とかなるんじゃない?」

『そうか……確かに……?』


 ダビーラ砂漠の横断には、一週間から十日は掛かりますが、砂漠の中央からは半分の距離です。

 食料の手持ちは無くても、自前の魔術で水さえ出せれば渡り切れるんじゃないですかね。


 オアシスの内部から押し出されたサンド・リザードマンたちは、抜け穴が完全に水没していることもあり、北の砂漠を目指す決意をしたようです。

 弱っているものに手を貸して、一行は北へ向かって歩き始めました。


 サンド・リザードマンの群れを見送ってから、冒険者達が潜んでいた岩影に足を向けました。

 麻袋の口を縛っている縄を解くと、一頭のサンド・リザードマンが出て来ました。

 抜け穴の入口を警護していたサンド・リザードマンに較べると七割程度の大きさしかなく、細い身体付きをしています。

 冒険者達に取り囲まれて攻撃されたのでしょう、体中に傷があり血塗れの状態でした。


『ケント様……眷族に加える……?』

「うーん、どうしようかな……」


 僕の眷族の構成を考えると、火属性がラインハルトとフラム、水属性がバステンとザーエ達アンデッド・リザードマン五頭、土属性がゼータ達とコボルト隊、風属性はフレッドとネロです。

 ネロとフレッドは単独でも強力な戦力ですが、単純な数では他の属性と較べると足りない気がします。


「サンド・リザードマンは風属性だったよね?」

『そう……風属性……』

「よし、眷族にしよう」


 魔力のパスを繋ぐようにイメージをすると、ぐっと魔力を引き出されるように感じ、砂の上に横たえたサンド・リザードマンがムクっと起き上がりました。


「僕の眷族になってくれる?」

「グワァ……」


 胸の傷は肺にまで達しているらしく、答えた声は弱々しく苦しげです。

 影の空間から魔石を取り出して与え、僕よりも細い両肩に手を置いて、強化と属性の付与を行います。

 黒い靄が僕らを包むとイメージが頭に流れ込んできました。


 たぶん、サンド・リザードマンの家族なのでしょう、屈強な個体は父親、少しほっそりしているのは母親かもしれません。

 自分も早く大きくなって、群れを守れる存在になりたかった。

 そんな願いを叶えられるように、俊敏さと強さを兼ね備えた肉体、砂漠に吹き荒れるような強い風、そして、本人が望む強く美しい姿。

 僕の手の中で、サンド・リザードマンの肉体が膨れ上がるのを感じました。

 漆黒の靄が爆散すると、僕の目の前には強化を終えたサンド・リザードマンが跪いていました。


「君の名前はサヘル、僕の世界で砂漠に吹く強い風を意味する言葉だよ」

「ありがとうございます。我が生涯を賭けて主様を御守りいたします」


 顔を上げたサヘルの銀色に輝く瞳が、僕を見詰めています。


「よろしくね、サヘル」

「はい、主様」


 ゴツゴツとしていた鱗は、褐色の滑らかな鱗へ変わり、身体も成体の大きさまで成長しています。

 短めだった手足はスラリと伸びて、腰には細身のククリナイフが吊られています。

 これは、ザーエ達を連想した僕のイメージなのでしょう。


 それは良いとして、身体つきがボン、キュ、ボンへと進化しちゃって、その、目のやり場に困ってしまいます。

 ふくよかな胸の膨らみは、細かく滑らかな鱗に覆われているものの、柔らかそうに見えます……てか、トカゲって卵生だよね。

 太く強靭そうに見える尻尾が生えたお尻から太ももも、ムッチリとしています。


「主様……どうかなされましたか?」

「いや、うん……なんて言うか、サンド・リザードマンって、そんなに胸が膨らんでたかなぁ……って思って」

「はい、これは主様の願望に応えようと……」

「やっぱりか! いや、みなまで言わなくていいから、そ、それじゃあ、いこうか……」


 カーボンブラックのスケルトンと、ボン、キュ、ボンのサンド・リザードマンの間に挟まれると、何となく僕は捕まった地球人みたいに感じてしまいますね。

 視線を向けると、サヘルの胸の膨らみが丁度目線の高さですし、僕も魔術でスラっとした長身に成長できませんかね。

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