第291話 家宰の過去
グリャーエフからヴォルザードに戻った夜、フレッド、バステンが報告に戻って来ました。
『バルシャニアは……明日ゴーケンで作戦を行う予定……』
「ミズーシのオアシスでの演習は上手くいったのかな?」
『ほぼ整った……後はアクシデントが無ければ……』
フレッドの話では、元々チョウスクに配属されていたバルシャニアの騎士、セラフィマに同行してきた騎士、そして商隊の護衛を行っている冒険者が合同で隊列を作り、演習を繰り返して来たそうです。
ダビーラ砂漠では、こうした合同作戦は珍しくないそうで、参加している者の目的が砂漠を安全に通行できるようにする事で一致している事が、演習をスムーズに進める要因となっているようです。
『バルシャニアの指揮官は……冒険者の話も良く聞く……』
作戦の指揮を執るのはバルシャニアの騎士ですが、冒険者からの要望や提案などにも耳を傾け、対立を生まないように上手く調整しているそうです。
この辺りの調整能力は、少数民族が集まって出来たバルシャニアという国ならではなのでしょうか。
「セラフィマは、チョウスクに残るのかな?」
『前線には出ない……でも、ミズーシで救護班などと待機する……」
「ギガースに襲われた、ライネフの時と同じ感じかな?」
『たぶん、その通り……』
バルシャニアの港町ライネフがギガースの襲撃を受けた時、セラフィマはライネフから少し離れた集落で、後方部隊を指揮して救護にあたっていました。
セラフィマの性格からして、本音は前線で指揮を執りたいのかもしれませんが、自分がでしゃばるのは足を引っ張りかねないという配慮もあるのでしょう。
「話を聞いている限りでは問題ないと思うけど、ツーオをマイホームの門番に残して、他のリザードマンはフレッドと一緒に待機していて」
「了解ですぞ、王よ。お任せ下さい」
『あくまで主役はバルシャニア……我々は裏方に徹する……』
「僕はクラウスさんを送ってマールブルグやブライヒベルグに行くと思うから、そちら側はお願いするね」
昼間、バルシャニアの皇帝コンスタンと、戦力の分散は避けたいと話していたばかりですが、送還術を使えるのは僕だけなので、別行動にならざるを得ません。
ですが、バルシャニアの指揮官も優秀な人物のようですし、バックアップにフレッド達がついていれば問題ないでしょう。
『ケント様、やはりノルードは毒薬を使おうとしました』
マールブルグで偵察を続けてくれていたバステンは、今回も映像を持参していました。
食堂から領主ノルベルト用のスープを運ぶ際に、紙包みから粉薬を入れる様子が撮影されています。
「バステン、この薬は……」
『ご心配なく、既にすり替えた後です』
ヤブ医者エンデルスから渡された毒薬の紙包みは、事前にバステンがすり替えておいたそうです。
ノルードが毒薬だと思って使用したのは、魔力を回復させるための薬だそうです。
「それじゃあ、ノルベルトはますます元気になっちゃったんじゃない?」
『いいえ、魔力の回復薬として効果が出るほどの量ではないので、殆ど影響は出ていないと思います』
「なるほど、でも体調を崩すことは防げた訳だね」
『はい、それに先日の映像と合わせれば、もはや言い逃れは出来ないかと……』
「そう言えば、ノルードの目的は何か掴めた?」
『申し訳ありません。ノルードの目的に関しては、まだ何も……』
「という事は、ノルードが黒幕で、エンデルスが協力者なのかな?」
『今の時点では、そのように感じられます』
今日バステンが撮影してきた映像は、先日の映像と共に、すぐ見られるようにタブレットに移しておきました。
翌朝、少し余所行きの服装をして、クラウスさんのお屋敷を訪ねました。
今日は、通常のローテーションだと帰還作業を行う日ですが、安息の曜日でもあるので明日に変更してもらっています。
執事さんに案内されてリビングへ向かうと、クラウスさんは既に出発の用意を整えていました。
「おはようございます、クラウスさん」
「おはよう、ケント。今日は、よろしく頼むな」
リビングには、軽武装を整えたカルツさんとバートさんが控えています。
「おはようございます、カルツさん、バートさん。お二人は護衛ですか?」
「あぁ、と言っても形だけだがな。領主の会合ともなれば、ブライヒベルグで厳重な警備を整えるから、我々は飾りのようなものだ」
「どうせブライヒベルグまで行くならば、隊長じゃなく綺麗な女性とハネムーンと行きたいところだよな」
「お相手は、いらっしゃるんですか?」
「ぐふぅ……朝から厳しい所を突いてくるじゃないか、ケント」
カルツさんはメリーヌさん一筋という感じですが、バートさんの場合、あちこち目移りしすぎで本命が定まらないんじゃないですかね。
クラウスさん達の荷物を預かり、影の空間に仕舞えば準備は完了です。
「よし、ケント。まずは、マールブルグの屋敷の前に移動させてくれ」
「分かりました。それでは、あちらから召喚しますので、このゴーレムの範囲から出ないようにして下さい」
屋敷の庭に移動して、目印の闇属性ゴーレムを設置、一足先にマールブルグ家の前に移動します。
マールブルグ家の門の前には、今日も四人の衛兵が警備を行っています。
門の正面から十メートルほど離れた場所に闇の盾を出して表に出ると、四人ともギョッとした表情を浮かべています。
「おはようございます、ヴォルザードから参りました」
緊張した表情を浮かべた四人でしたが、大きな声で挨拶すると警戒の色を緩めました。
それでは、早速召喚してしまいましょう。
「召喚!」
召喚術を発動すると、クラウスさん、カルツさん、バートさんの三人を無事に召喚できました。
「な、なんだ貴様ら!」
「こちらは、ヴォルザードの領主、クラウス・ヴォルザード様だ。先日お送りした書状の通り、領主の会合に出席されるマールブルグ家の代表をお迎えに参られた。取り次がれよ」
「はっ、失礼いたしました!」
四人の衛兵のうち、色の違う制服に身を包んだ二人が取り次ぎに走る様を見て、クラウスさんは何やら言いたげな様子です。
程無くして屋敷の中へと案内されましたが、一応門を通過する時には、ギルドカードを提示しておきました。
べ、別にSランクであることを見せびらかしたかった訳じゃないからね。
案内された屋敷の玄関では、アールズとザルーアの兄弟がクラウスさんを出迎えました。
「ようこそいらっしゃいました。私がアールズ・マールブルグです」
「ザルーア・マールブルグです、遠路遥々ようこそ」
うん、二人同時に話したので、殆ど内容が聞き取れませんね。
もう少し我慢しているかと思いきや、クラウスさんは不機嫌そうに頭を搔くと言い放ちました。
「何言ってんだか、二人で同時に話したら聞き取れねぇよ。一人ずつ話せ」
「私が……」「ザルーア……」
「アールズ……」「ようこそ……」
アールズもザルーアも譲る気は無いらしく、同時に話し始めては相手を睨みつけています。
「あー……もういい、お前らじゃ話にならねぇ。さっさと爺ぃの所に案内しろ」
二人とも不満気な表情を隠しもしませんが、温室育ちのボンボンと冒険者あがりの現場主義領主様では、身にまとう威厳や迫力が違いすぎます。
無言の二人にクラウスさんが案内される状況に、バートさんは笑いを堪えるのが大変そうです。
勿論、僕もですけどね。
両開きの扉を二人が揃ってノックすると、中からは張りのある声が返って来ました。
「入れ!」
誰だと問わなかったのは、ノックの音のせいでしょうかね。
マールブルグ家の当主、ノルベルトはローブを羽織った姿で、ベッドで身体を起こしていました。
「クラウスか、久しいな」
「爺さん、こいつら使い物にならねぇから、さっさと支度してくれ」
「ふぅ……お主ならそう言うと思っていた。だが、わしはもう……」
「隠居しようなんざ十年早ぇぞ。隠居したけりゃ、使い物になる跡継ぎを育ててからにしろ」
「ふぅ……まったく、お主という男は……ノルード、外出の支度を」
「いけません、旦那様。お身体に……」
「邪魔すんなよ、ネズミ」
ベッドを出ようとするノルベルトを思い留まらせようとするノルードを、クラウスさんが鋭い声で制しました。
「お前が何を企んで、爺さんを亡き者にしようと画策してるのか知らねぇが、こんなボンクラ二人を残して爺さんに死なれたら、隣の領地の俺達が迷惑すんだよ」
「な、何を仰るのです。いかにヴォルザードの領主様とはいえ……」
「ヤブ医者を抱きこんで、爺さんに手遅れだ……手遅れだ……って吹き込んでたんだろう? どこも悪くないのに、まともな食事も与えず衰弱させようとしてたんだろう?」
「なっ、なぜそれを……」
ノルードは驚愕の表情を浮かべた直後、自分が思わず口走った言葉の意味に気付いたのか、それまで被っていた仮面を脱ぎ捨てました。
「けっ……バレちまったら仕方ねぇな」
執事としての丁寧な口調とは打って変わって、ゴロツキみたいな口振りで吐き捨てたノルードは、ギロリと僕を睨み付けました。
「ほぉ、ネズミのクセに頭は回るみたいだな。その通りだぜ、うちの飛び切り優秀なSランクの冒険者が全部調べてある」
クラウスさんに促されて、タブレットを使ってバステンが撮影した映像を再生しました。
「こいつは、遠い国の進んだ技術だ。目で見たように記録して、何度でも繰り返して見ることが出来る」
ノルードとエンデルスの密談、そして毒薬をスープに入れる様子を見せられ、マールブルグ家の人々は驚きを隠せませんでした。
ノルベルトが映像に視線を釘付けにされていた時、ノルードが内ポケットからナイフを抜き出して襲い掛かりました。
振り下ろそうとしたナイフは、僕が展開した闇の盾に阻まれ、直後に影から飛び出して来たマルトとミルトにノルードは押さえ込まれ、ロープでグルグル巻きにされました。
ノルードを床に転がし、騎士の敬礼を捧げて影に戻って行くマルトとミルトを、マールブルグ家の人々は呆気に取られて見送るだけでした。
ヤブ医者エンデルスの捕縛を命じられたアールズとザルーアが去り、外出の支度を整えたノルベルトは、クラウスさん立会いの下にノルードを尋問しました。
「なぜだ、なぜなんだ、ノルード」
「なぜだ? 決まってるだろう、民衆にとって害悪でしかないマールブルグ家をぶっ潰すためだよ」
ノルードという名は偽名で、本当の名はボジェクと言い、マールブルグの鉱山労働者の息子だそうです。
毎日土にまみれ、地下を這いずる父親の姿に嫌気がさし、反発し、学校を卒業と同時に家出、バッケンハイムでノルードと名乗って暮らし始めたそうです。
学術都市での暮らしは性に合っていたようで、レストランで給仕として働きながら夜間の学校に通い、十年が経ったころには店の経理さえ任されるまでになったそうです。
収入も安定し、これならば家族も養えると思い、ノルードは十年ぶりにマールブルグに戻りましたが、待っていたのは思いもよらぬ家族の姿でした。
ノルードがマールブルグに戻る二年ほど前、鉱山で大きな落盤事故が起こり、ノルードの父親は大怪我を負ったそうです。
父親の医療費を稼ぐために、母親と妹も働きましたが、願い虚しく父親は死去。
残された医療費の支払のために働き続けるうちに、今度は母親が倒れてしまい、妹に重い負担が圧し掛かっていったようです。
治療の甲斐無く母親も死去、莫大な借金を抱えた妹は身売りを余儀なくされて、行方知れずとなっていたそうです。
「全部、貴様らマールブルグ家のせいだ! 坑夫を搾取するだけ搾取して、一度事故が起これば何の補償もしない。本人、家族がどうなろうと救いの手を差し伸べることをしない。昔っからだ! 先日起こった落盤事故でも多くの人が犠牲になった。なのに、マールブルグ家の人間は、何ひとつ領民のために働こうともしやがらない! こんな領主家など、存在するだけで害悪だ!」
ノルードは、縛られて床に転がされたまま、大声で喚き散らしています。
「だから俺は誓ったんだ。マールブルグ家をヤブ医者一家を没落させ、この世から抹殺するってな!」
バッケンハイムで登録した偽名、ノルードのまま下働きとしてマールブルグ家に入り込み、復讐の意思をひた隠して真面目に働き続け、とうとうノルベルトの執事に取り上げられたそうです。
「馬鹿息子共の対立、あれも俺が仕組んでやったことさ……」
ノルベルト自身を無能な領主に仕立て上げるのは困難なので、次世代の領主を無能に仕立て上げることに心血を注いで来たそうです。
元々強かった双子の競争心を煽り、裏で相手側の讒言を吹き込み、対立の下地を作り上げたそうです。
双子の双方に執事が付くと、今度は執事を裏から操り、対立を先鋭化させていったようです。
「どいつもこいつも間抜けばかりだから、対立を煽るなんか造作も無かったよ」
「そんなネタばらしをしても良いのか?」
「ふん、あの馬鹿兄弟を和解させられるもんなら、やってみるんだな」
医師のエンデルスは、ノルードの両親を治療した医者の息子だそうです。
法外な治療費を請求しながら、まともな治療も出来ない医師は、二代目も父親ゆずりのヤブ医者だったようです。
エンデルスの評判は、元々かんばしくなかったそうですが、落盤事故の前後から、急激に評判を落としていたそうです。
ノルードは、そこにつけ込んで今回の作戦に引き入れましたが、最初から破滅に追い込むつもりだったようです。
ノルードは、ノルベルトを死に追いやったら、恩給を前倒し支給してもらい、マールブルグを離れる計画を立てていました。
マールブルグを離れ、自分の身の安全を確保した上で、マールブルグ家に密告の手紙を送るつもりでした。
「ふっ、俺が捕まるのは計算外だが、ヤブ医者は破滅に追い込んだ。あとはマールブルグ家だが、救えるものなら救ってみな」
捕らえられても自信を失わないあたり、マールブルグ家の内情はガタガタにされているのでしょう。
衛兵によって連れて行かれたノルードは、更に厳しい取調べを受けた後に処罰されるそうです。
ノルベルトは、エンデルスの捕縛から戻った二人に、ノルードによって対立が仕組まれていた経緯を語り、その上で命じました。
「アールズ、ザルーア、この一件をワシがブライヒベルグより戻るまでに徹底的に調べよ。もし、互いの足を引っ張り成果を残せなかった場合は、二人とも廃嫡とする」
「そんな、父上……」「こんな奴と組むなど……」
「黙れ! マールブルグ家領主としての資質を持たぬ者は廃嫡し、追放する! ワシが冗談を口にしていると思うならば勝手にせぃ!」
騒動が収まるまでの間、クラウスさんはリビングのソファーにドッカリと陣取り、全く口出ししませんでした。
「当たり前だろう。他人の家の面倒事に、何で俺が労力を使わなきゃならねぇんだ。それに、こういう事は黙って見守った方が恩が売れるんだぜ」
今回の領主の会合は、ランズヘルト共和国全体の議題としてイロスーン大森林の通行止めを取り上げるそうですが、一番本腰を入れなければならないのは、マールブルグ家とバッケンハイム家です。
その片方に大きな恩を売っておけば、色々と議論を進めるのに有利に働くとクラウスさんは考えているようです。
「前にも言った通り、イロスーンの一件はケント、お前に任せればある程度の目途は付けられるだろう。だが、未来永劫お前に頼りっきりは許されない。だから、最初からケント抜きの体制を作らなきゃならねぇんだよ」
「そのためには、マールブルグの協力が不可欠ってことですね?」
「そういう事だ……」
ノルベルトの出発準備が整ったのは、昼食も終え、腹ごなしの休憩にも十分な時間が経った後でした。
準備が整うのを待つ間、クラウスさんはカルツさん、バートさんと雑談に興じていました。
最初は守備隊の活動などの固い話から始まり、話はドンドン脱線していき、どこの店の新しい料理が美味いとか、どこの店の店員が美人で評判とか、服の流行、野菜の価格、武器の流行、果ては歓楽街での新しいサービスなんて話題も出ました。
一見すると馬鹿話をして笑っているようですが、間違いなくクラウスさん流の情報収集でしょう。
歓楽街の新サービスについては、僕が体験する機会は無さそうなので、マリアンヌさんにも報告しておきましょう。
「クラウス、待たせたな……」
「まったくだ。年寄りは準備が遅すぎるからな」
「これまで隠居しろ、隠居しろと言っていた男に、急に隠居は十年早いとか言われて、慌てて準備をしたのだ、大目に見ろ」
「ふん、それじゃあ仕方ねぇな」
支度を終えたノルベルトは、二人の馬鹿息子とは違い、一筋縄では行かない強かな領主の顔をしています。
「ところでクラウス、どうやってブライヒベルグまで行くつもりだ?」
「あぁ、それなら心配要らねぇぞ。そこに居るケントに頼めば、あっと言う間だ」
「ふむ、この少年が噂の魔物使いか……」
送還術について説明をすると、ノルベルトは半信半疑といった顔をしていましたが、実際に手元の品を使って実演して見せると納得したようです。
マールブルグ家の庭から、ブライヒベルグのギルドの裏手まで一行を送還して、この日の僕の役目は終了しました。
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