第288話 ギリク外伝 その後 前編
ロペンの爺ぃに宝石を持ち逃げされた俺とペデルは、宝石商のオルドフを護衛してヴォルザードまで戻って来た。
持ち逃げの件はギルドの出張所に報告して、ロペンの爺ぃも手配してもらったが、もちろん宝石は戻っていないし、戻る望みも無い。
そもそも、ロペンの爺ぃが乗り込んだ馬車は、イロスーン大森林の中で魔物に襲われた可能性が高く、乗客の安否も絶望視されている。
乗客どころか、護衛に付いていた冒険者すら戻っていないのだ。
ロペンの爺ぃは、元はAランクの冒険者だったなどと酔っぱらった時には話していたが、現役の冒険者すら戻っていない状況では死んだと考えるべきだろう。
イロスーン大森林の入口にある集落の酒場では、今なら魔物に襲われた馬車の積み荷を取り放題だなどと話す冒険者も居たが、実際に取りに行った者が居たのかまでは分からない。
ロペンの爺ぃの追跡を諦めた時、ペデルの野郎は、俺は逃げて他の街で別人として冒険者登録をすれば、賠償金を免れるなんて言っていたが、実行していたら持ち逃げの共犯として扱われていたらしい。
「ペデル、手前ぇ……俺に全部責任を押し付けようと思ってやがったんだろう!」
「馬鹿、そんな事を考えられるような余裕なんか無かっただろうが! それともギリク、手前ぇは落ち着いて物事を考えられる状態だったのか?」
「ちっ、確かに余裕は無かった……」
「それに、状況判断は冒険者の自己責任だぞ。ヤバいと思った時に判断を間違えれば、命を落とすことになるからな」
「けっ、俺と一緒にロペンの爺ぃに出し抜かれた野郎が言っても、説得力ねぇぞ」
「うるせぇ、それよりもヴォルザードに戻った後の事を考えておくぞ」
ヴォルザードに戻った俺達は、オルドフと秘書のギュドーと共に、ギルドの裁定に臨んだ。
この裁定で関係者の聞き取りが行われ、俺達が負担する賠償額が決定される。
本来、護衛の依頼を果たせなかった場合、賠償額は護衛額の半分だ。
今回の護衛額は1千万ヘルトだから、俺とペデルで賠償する金額は五百万ヘルトになる訳だが、オルドフが雇っていたロペンの犯行であるため、更に半額の二百五十万ヘルトの賠償を基本として話が進められた。
金額の算定のために、宝石が持ち逃げされるまでの過程を質問された。
マールブルグまでの旅程に参加するメンバーは、どのようにして選ばれたのか。
ペデル、ギリク、ロペン、そして秘書のギュトーの経歴。
犯行が行われるまでの、それぞれの役割や行動などが細かく聞き取られた。
オルドフとギュトーは口裏を合わせて、全ては護衛を行った俺達の責任だと主張し、少しでも賠償額を増額しようと画策してきた。
俺達も事前の打ち合わせ通り、オルドフがロペンを信用していた様子を強調し、議論は平行線を辿った。
最終的には、犯行が行われた晩に酒を断った俺に対して、オルドフが酒を飲ませたことが考慮され、更に四割の減額がされ、賠償額は百五十万ヘルトで決着した。
「おい、ギリク、俺が八十万を負担してやる」
「ふん、そんな必要はねぇ。きっちり半分、七十五万ヘルト払う。その代わり、約束通りに俺がランクアップする手伝いをしろ」
「ちっ、ガキのお守りから逃げられると思ってたのによぉ……」
「んだと……ぐだぐだ言ってねぇで約束を果たしやがれ」
ペデルが頼りになるかと聞かれれば当然否と答えるが、Dランクの俺では受けられる仕事に限界がある。
それに、たかが五万ヘルト多く払うぐらいで、デカイ顔をされてたまるか。
とは言え、七十五万ヘルトという金額は、今の俺には払いきれない金額だ。
ペデルの野郎は、小銭を貯めこんでいたらしく、四十万ヘルトを一括で支払い、残りの三十五万ヘルトを分割で支払うらしいが、俺は全額が借金だ。
しかも、この賠償金を払い終えるまでは、ギルドのランクを一つ引き下げられてしまう。
つまり、本来BランクのペデルはCランクに、Dランクの俺はEランク扱いだ。
不足分の賠償金は、ギルドが立て替えてオルドフに支払われ、俺は毎月最低でも五千ヘルトは返済しなければならない。
利子は付かないそうだが、毎月五千ヘルトの支払いでは完済までに十二年も掛かってしまう計算だ。
嘘か本当か知らないが、高ランク冒険者が受ける指名依頼の中には、一回の仕事で百万ヘルトを超える金額のものもあるらしい。
借金を早く返すためにも、俺はランクを上げる必要がある。
冒険者のランクを上げるには、三つの方法がある。
一つめは、誰しもが認めるような大きな功績を残した場合。
あの忌々しいクソチビがSランクに上りつめたのは、大量のギガウルフを討伐したり、ヴォルザードを襲ったオーガの群れを討伐したからだ。
みんな使役する魔物の功績なのだが、全てクソチビの功績としてカウントされてしまうらしい。
二つめは、ギルドで受けた依頼を完遂し、実績を積んでいく方法だ。
これが、最も堅実で一般的な方法だが、大きな問題があった。
イロスーン大森林の通行が出来なくなっているせいで、実績稼ぎになる護衛の仕事が殆ど無いのだ。
マールブルグからの鉱石の輸入も止められているらしく、人の往来自体が極端に減っている。
魔の森に近いヴォルザードは、穀物の多くを他の街からの輸入に頼っていて、本来ならばあるはずの荷物の護衛の仕事も無くなっている。
護衛の仕事が減って冒険者も困るが、穀物が入ってこなければ一般の人々の生活も困窮してしまいそうだが、輸送はクソチビの使役する魔物が魔術を使って行っているらしい。
当然、輸送の費用も功績も、全てクソチビのものとなるらしい。
既にSランクまで上がっているのだから、これ以上功績を積む必要もないだろう。
酒場の噂話に耳を傾けていても、クソチビを妬む声は少なくない。
ランクを上げる三つめの方法は、ギルドへの素材の持ち込みだ。
討伐した魔物の魔石や、角や牙、ダンジョンで採掘した原石などをギルドへ持ち込み、その価値をポイントに換算し、その累計によってランクが上がる。
大きな魔石や希少部位などは、買い取りの値段も高いし、加算されるポイントも高くなる。
当然、大きなポイントを獲得するには、危険を伴うが、護衛の依頼が極端に減っている現状では、素材の獲得がランクアップへの一番の近道だろう。
だが、ここ最近はヴォルザードの近郊に大型の魔物が現れることが減っているらしい。
全くいない訳ではないのだが、五頭を越えるようなオークやオーガの集団などは、殆ど見ることが無くなっているらしいのだ。
これも噂話だが、魔の森の魔物をクソチビの使役する魔物が間引いているそうだ。
裁定が終り、賠償金の借り入れ申請も済ませた俺達は、今後の方針を相談するために酒場でテーブルを挟んで向かい合った。
「それでギリク、どうすんだ?」
「どうするも、こうするも、手っ取り早く稼げて、ランクの上がる仕事を紹介しろ」
「バーカ……そんな仕事があるなら、こんな時間に酒場が混雑する訳ねぇだろう」
酒場の隅のテーブルに陣取った俺達からは、フロアの様子が見渡せるのだが、仕事にあぶれた冒険者で殆どの席が埋まっている。
「じゃあ、ダンジョンだ。俺はもう一人でダンジョンに潜る資格を取った」
「ふん……話にならねぇな。お前みたいな奴が、ダンジョンから戻って来ない冒険者の典型だよ」
「んだと……」
「まぁ、聞け!」
ペデルは酒を一口飲んで喉を湿らせ、おもむろに口を開いた。
「お前、ダンジョンに潜ったことはあるのか?」
「いや、ねぇけど浅い階層から慣れていけば大丈夫だろう?」
「ダンジョンを舐めるな……あそこは魔の森よりも危険だぞ。例え浅い階層であろうと、袋小路でキラーアントあたりの群れに襲われて、数で押し込まれれば詰むぞ」
キラーアントは、大人の腕ぐらいある蟻の魔物で、ダンジョンの壁の隙間から湧いて出て来ることがあるらしい。
殻が硬く、一匹だけならば一般人でも討伐可能だが、大量に群がられると高ランク冒険者でも不覚を取る場合があるそうだ。
「地形も良く知らない情報も持たない若造が、浅い階層なら……なんて軽い気持ちで潜れば、あっと言う間に奴らの餌になって終りだ」
「だったら、お前の経験で何とかしろよ」
「バーカ……経験だけで数に対抗出来るかよ。ダンジョンに潜るには、最低あと三人は必要だ。それも、お前みたいに大剣を振り回すだけの小回りの利かない奴じゃなく、危険を事前に察知して回避出来るシーカーは必須だからな」
「それなら、仲間を探してパーティーを組めばいいだろう」
「バーカ……素性も分からない奴に命預けられんのか? どんな攻撃能力があるのかも分からない、どんな性格なのかも分からない、そんな奴がいざという時に、どんな行動をするのか分かるのか? パーティーを組むってのは、そんなに簡単な話じゃねぇ」
「だったら、お前がコンビを組んでた冒険者は?」
「あぁ? カリストか……あいつはもう駄目だ」
ロペンの爺ぃが話していたペデルの相棒、カリストという男は、この前のマールブルグ行き直前に喧嘩沙汰に巻き込まれて片足を失ったらしい。
「今になって考えてみれば、あれもロペンの爺ぃが裏で画策した事かもしれねぇ」
「何だと、何で裁定の時に話さねぇんだよ」
「話したところで、俺は現場には居合わせていねぇし、何の証拠もねぇし、はした金で引き受ける連中なんざ、東地区にはゴロゴロしてる。そもそも冒険者の喧嘩沙汰なんざ、まともに調べてもらえるはずがねぇだろう」
結局、割の良い仕事が見つかる目途も立たず、イロスーン大森林の様子を見守りつつ、地道に魔物を狩っていくしかないという結論になった。
ギルドを出て、家に戻ろうかと思ったら、忌々しいクソチビと鉢合わせることになった。
マノンとかいう貧相な女が一緒だ。
「ちっ、昼間から女とイチャつくしか能の無いエロガキが……」
「ちょっとミューエルさんと離れて仕事したぐらいで、一端の冒険者気取りですか……」
「何だと、クソガキが……」
「誰かさんがいなくても、ミューエルさんの護衛はカズキとタツヤ、それとジョーが勤めてますから問題ありませんよ。ところで、ちょっとはランクは上がったんですか?」
「くっ、こいつ……」
今日裁定が終わったばかりだし、ランクダウンについては知られているはずが無いのだが、まったく人をイラつかせるガキだ。
ぶん殴ってやろうかと足を踏み出そうとしたら、ペデルに肩を掴まれて止められた。
「やめておけ、ギリク。思い上がっている小僧なんか相手にするな」
「あん? こんなガキに俺がやられるとでも思ってんのか?」
「そうじゃない、時間の無駄だって言ってるだけだ」
「ちっ……分かったよ」
Bランクのペデルが、こんなガキにビビるはずもないから、おそらく素性を知っているのだろう。
「小僧、お前もあんまり調子に乗らないことだな。お前が離れている間も、女が無事とは限らねぇぞ……」
「はぁ? あんまりふざけた事を言わないでもらえますかね。僕は別に貴方と敵対するつもりなんかありませんけど、もし僕の大切な人に危害を加えるなら手加減はしませんよ。僕と僕の眷族の全ての力を使って報復しますから、そのつもりでいて下さい」
「ふん……行くぞ、ギリク」
ペデルは忌々しげな表情を浮かべると、ついて来いと頭を振って歩き出した。
「どこまで行くんだ?」
「いいから、ついて来い」
「へぇへぇ……」
ペデルが足を向けたのは、旧市街西地区の倉庫街だった。
古い倉庫の脇にある細い階段を上ると、屋根の上に掘っ建て小屋がへばり付いていた。
どうやら、ここがペデルの根城らしい。
お世辞にも片付いているとも、綺麗とも言い難いが、安宿の馬小屋の部屋よりはマシだ。
「適当に座れ……」
四人掛けのテーブルの椅子を引いて腰を下ろす。
座面に薄っすら埃が被っている所を見ると、あまり客はこないようだ。
ペデルは流しの脇の籠からグラスを二つ取り出すと、掛かっていた布巾で拭ってテーブルに置き、戸棚から出した酒を注いだ。
いつ洗ったのかも分からないような布巾だが、見なかったことにする。
「ギリク、お前、魔物使いの知り合いなのか?」
「ふん、あんな目障りなクソガキ、知り合いでも何でもねぇよ」
「そうか……何なら、あの水色の髪のメスガキ、さらってやってもいいぞ」
「はぁ……?」
「東地区の裏町には、はした金で何でも引き受ける連中がいる。そいつら使ってメスガキをさらい、身代金を……」
「けっ、下らねぇ……返り討ちにされるだけだ。クソチビなんか大した事はねぇが、使役してる魔物は一筋縄じゃいかねぇ」
「そんなもんは東地区の連中を囮に使って……」
「駄目だ。クソチビの魔物は影に潜る……今話してる内容も聞かれてるかもしれねぇぞ」
「何だと!」
ペデルは椅子を蹴立てて立ち上がったが、魔物は影も形も見えない。
「なんだ……脅かすんじゃねぇ」
「馬鹿か、影に潜るって言ってんだろう。こっちからは姿なんか見えねぇよ」
「くそっ、忌々しいガキめ……」
ペデルは、以前二度ほどクソチビに、舐めた口を叩かれたことがあったそうだ。
だからと言って、周りにいる女に手出しするような卑怯な真似は性に合わない。
「それに、お前ストームキャットの相手する気はあるのか?」
「なっ、ストームキャットだと……そんな物まで飼ってやがるのかよ」
俺がストームキャットを見た時のことを話すと、ペデルは顔をしかめて舌打ちした。
「ちっ、そんな化け物相手にしてられっか」
「そうだ、んなことより討伐だ。素材を売り飛ばして借金返済だ」
俺達は、早速翌日から魔物の討伐に動くことにした。
街道沿いの集落からの討伐依頼のほうが、依頼金も手に入るのだが、今は依頼自体が少ない上に、冒険者同士の取り合い状態だ。
だが、ここは最果ての街と呼ばれるヴォルザードだ。
魔の森に入れば、オークの一頭や二頭、見つけるのに苦労はしないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます