第286話 デザート・スコルピオ

 ダビーラ砂漠に点在するオアシスのいくつかは、かつて栄えた古代都市の遺跡だそうです。

 リヤマのオアシスも、その中の一つで、水場は石造りでプールか大浴場だったみたいです。

 遺跡といっても、一番形が残っているのが水場で、その他は崩れた石積みが残っているのみで、街だったという感じは殆どありません。


 ダビーラ砂漠をわたる街道は、多くの旅人によって踏み固められたり、魔術によって固められたものだそうです。

 今でも砂漠を旅する人達は、道に砂が降り積もれば風属性の魔術で吹き飛ばし、路面が壊れた箇所があれば土属性魔術で補修しているそうです。

 そうした人々の協力があって、はじめて砂の海を馬車で渡って行けるのでしょう。


『ケント様……デザート・スコルピオが来た……』

「分かった、すぐ行く……」


 フレッドの報告を受けた翌日、夜が明ける前にフレッドに起こされました。

 僕のお腹を枕にしているメイサちゃんを起こさないように退けて、急いで着替えてリヤマに向かいました。


「オォォォォォン!」

「ワフッ、ワフッ、ワフッ!」


 急行したリヤマのオアシスには、コボルト隊の吠え声が響き、目覚めた人々が慌しく動き回っていました。


「何だ、いまの鳴き声は!」

「何が襲って来やがったんだ!」

「見ろ、デザート・スコルピオだ!」

「水属性の術士、早く集まれ!」


 コボルト隊の監視について、連絡が届いていなかったようですが、そこは砂漠を旅する人々らしく素早く迎撃の体勢に入り、デザート・スコルピオの接近にも気付いたようです。

 初めて目にしたデザート・スコルピオは、想像していたよりも大きく、胴体だけで大型の乗用車ぐらいの大きさがあります。

 そこに毒針の付いた長い尾や、一対の巨大な鋏、太い節足が付いていて、まるで家を取り壊す重機のようです。


 デザート・スコルピオは、砂の海を真っ直ぐにリヤマに向けて進んで来ます。

 対する商隊の人々は、馬車を円形に並べてバリケードを作り、その中央に馬を入れて守りを固めていました。

 そして、リヤマのオアシスの手前、砂の海の中に杭が打ち込まれていて、羊が二頭繋がれています。

 おそらく、この羊を生贄にして難を逃れようという作戦なのでしょう。


 ですが、羊は商隊の人々にとっては大切な財産です。

 どうせデザート・スコルピオを討伐するなら、みすみす犠牲にする必要も無いでしょう。

 デザート・スコルピオが五十メートル程に迫ったところで仕掛けました。


「闇の盾!」


 まずは闇の盾でデザート・スコルピオの周囲を囲い、様子を見ます。

 行く手を阻まれたデザート・スコルピオは、ピタリと足を止めると、頭の上に一対、左右に三対ある目玉をギョロギョロと動かして周囲を観察し始めました。

 暫く動きを止めた後、おもむろに右の鋏を闇の盾へと伸ばし、コツコツと探るように叩いたかと思うと、ギュっと引きつけてから高速で突き出しました。


 バリーンっと大きな音が響いて、闇の盾が壊されましたが、この程度は想定の範囲内です。

 素早く次の闇の盾を展開して、デザート・スコルピオを囲います。

 デザート・スコルピオは、今度は確かめることもなく、鋏による刺突を繰り出してきましたが、壊れたのは二枚目の盾までで、重ねて出した三枚目の闇の盾は壊せませんでした。


「やっぱりグリフォンの時ほどは、苦戦しないで済みそうだね」

『ケント様……油断は禁物……』

「えっ、おぉぉ……」


 デザート・スコルピオが振り回した長い尾に付いた毒針は、闇の盾三枚を貫きました。

 刺突だけなら鋏よりも強力なようですが、それでも四枚目の盾までは壊せません。

 いくら盾を壊しても、すぐに新たな盾を展開するので、デザート・スコルピオは前に進めずに苛立ち始めたようです。

 あまり興奮させて、不測の事態が起こっても困るので、そろそろ倒しに掛かりますかね。


「では、槍ゴーレム投下!」

『なるほど……盾で囲えば周囲に被害が出ない……』

「ふふん……それだけじゃないんだな。召喚!」


 十分に加速した槍ゴーレムを、新たに展開した闇の盾から召喚します。


 ズドォォォォォン!


 凄まじい衝撃音と共に、デザート・スコルピオの巨体が宙に舞い上がりました。


「うぉぉぉ、デザート・スコルピオが飛んだ!」

「ヤベぇ、気をつけろ!」


 闇の盾に遮られて、デザート・スコルピオの姿が見えなくなっていた商隊の冒険者からは、一斉に警戒する声が上がります。

 高々と宙に舞ったデザート・スコルピオは、砂の上に落下すると、闇の盾を消してもピクリとも動きません。


『さすがケント様……まさか下からとは思わなかった……』

「でしょでしょ。闇の盾を開く方向を変えてやると、下からでも横からでも撃ち出せたんだ」


 こうした殻の硬い生き物も、お腹の部分は守りが薄かったりします。

 デザート・スコルピオも例外ではなかったのでしょう。

 鋏も長い尾も、砂に下ろしたまま動かないデザート・スコルピオを眺めながら、フレッドが訊ねてきました。


『ケント様……眷族にする……?』

「いや、魔石が砕けたみたいで、無理みたい」

『では、売却……?』

「そうだね、ドノバンさんに相談してみよう」


 デザート・スコルピオの硬い殻は、防具や武器の素材になるそうですし、何より希少価値が高いので高額で取り引きされるそうです。

 これだけの大物ですから、良い値段が付くんじゃないですかね。

 動かなくなったデザート・スコルピオを影の空間に収納して、ヴォルザードへ戻ります。

 でも、その前に……。


「みんな、警戒お疲れさま!」

「わふぅ、ご主人様、撫でて、撫でて!」


 リヤマのオアシスを見張っていたコボルト隊をワシワシと撫でてから、下宿に戻りました。

 まだ普段起きる時間まで時間があるので、二度寝しようかと思ったのですが、またメイサちゃんに涎を垂らされそうな気もします。


 ちょっと悩んだ後で、お腹に畳んだタオルを乗せて寝ることにしました。

 てか、普段からこうしておけば良かったのか。

 でも、これって枕カバーみたいだよね。


 変な時間に起きて魔物討伐に出掛けて、変な時間から二度寝したのでアマンダさんに起こされるまで全く目が覚めませんでした。

 出掛けるために着替えていたし、涎防止のタオルを置いていた事を、朝食の席で訊ねられました。


「それで、ケントはなんだって着替えもしないで寝てたんだい?」

「えっと……ちょっとバルシャニアとリーゼンブルグの間にある砂漠まで、魔物退治に行ってました」

「はぁ……そこらの悪ガキと夜遊びのスケールが違いすぎて、何て言ったらいいのか言葉が出てこないよ」

「すみません。ちょっとばかり厄介な魔物だったので、被害が出る前に倒しておきたかったので……」

「ケントじゃないと出来ないことなんだろうけど、ちゃんと睡眠を取らないと駄目だよ……って、メイサのお守りを頼んでるのに、あたしが言っても説得力無いけどね」

「ここ何日かノンビリさせてもらってますので、大丈夫ですよ」


 自分の部屋で寝るように言われないか心配しているのか、メイサちゃんが妙に大人しくしてますね。

 僕がここで暮らすのも、セラフィマがヴォルザードに到着するまでです。

 それまでは、せいぜいメイサちゃんの枕を務めますよ。


 朝食を済ませてから、学校へ行くメイサちゃんを見送り、入れ替わるようにお店に来た綿貫さんと挨拶してから、ノンビリとギルドに向かいます。

 朝の喧騒が一段落する直前、講習が始まる前の時間を狙っての移動したのですが、意外なことにギルドは閑散としていました。

 何かあったのかと思いつつカウンターに歩み寄って行くと、久々にフルールさんにロックオンされちゃいました。

 というか、他の受付嬢さんにもロックオンされているような気がしないでもないですね。


「おはようございます、ケントさん」

「おはようございます、フルールさん。何だか人が少ないですけど、何かあったんですか?」

「何かもなにも、イロスーン大森林の通行が出来なくなっているので、護衛の仕事が殆どありませんから……」

「なるほど……」


 イロスーン大森林が通れない状態なので、バッケンハイムやブライヒベルグに向かう荷物や人の護衛依頼が全くありません。

 その上、マールブルグとの鉱石の取り引きも止まっていますし、そんな状況なので、マールブルグからの宝飾品などの買い付けも止まっているそうです。

 ここ最近は、魔物の大量発生も僕の眷族が未然に防いでいるので、討伐の依頼も限られているようで、つまりは多くの冒険者が失業中のようです。


「それで、今朝はどのようなご用件ですか?」

「えっと、ちょっとドノバンさんに相談がありまして……」

「どのような相談でしょう?」

「えっと、討伐した魔物の買い取りをお願いしようかと思って……」

「買い取りでしたら、私が鑑定いたします」


 さあ早く出して下さいとばかりにフルールさんはカウンターをポンポンと叩きますが、そんなに小さいもんじゃないからね。


「あの、ちょっとここじゃ出せない大きさなんですけど……」

「まさか、またギガウルフやサラマンダーなんですか?」


 ギガウルフやサラマンダーと聞いて、職員の皆さんの視線が集まると同時に、ドノバンさんが姿を表しました。


「まったく、たまに顔を出したかと思えば騒がしい奴だ」

「おはようございます、ドノバンさん。デザート・スコルピオの買い取りをお願いします」

「デザート・スコルピオだと? そんなもの、どこで仕留めて来たんだ」


 あのドノバンさんでも驚いた表情を見せていますし、職員の皆さんの中には、デザート・スコルピオ自体を知らないらしい人も見受けられます。


「えっと、リーゼンブルグとバルシャニアの間にあるダビーラ砂漠です」

「ヴォルザードの近くではないんだな?」

「はい、リーゼンブルグの向こう側です」


 ヴォルザードには影響が無いと知って、ギルドの中にホッとした空気が広がりました。


「ふむ……デザート・スコルピオか、俺も話には聞いているが見るのは初めてだ。どの程度の大きさなんだ?」

「そうですねぇ……通常サイズのサラマンダーぐらいです」


 サラマンダーと同程度と聞いて、今度はざわめきが広がっていきます。

 砂漠に住むデザート・スコルピオは、知識としての話は伝わっていますし、防具や武器の形では目にするものの、そっくりそのままの形で見る機会が無いそうです。


「眷族にはしないのか?」

「見た目がちょっと……それに、倒した時の攻撃で魔石が壊れているみたいで、眷族にするのは無理です」

「分かった、いつものように裏の訓練場に出せ」


 ギルドの裏手の訓練場へ行くと、意外にも多くの冒険者の姿がありました。

 どうやら仕事にあぶれている間に戦闘講習を終らせて、単独でダンジョンに潜る許可をもらって稼ごうという連中のようです。

 その中には、ネコ耳天使ミューエルさんの姿がありました。


「おはよう、ケント」

「おはようございます、ミューエルさん。講習ですか?」

「うん、あと一段階、今日の講習をクリアーできればダンジョンにも行ける……って、ケントはもうダンジョンにも行ってるんだっけ?」

「はい、でも潜ったのは浅い階層だけですよ」


 ミューエルさんと話していると、少し離れた所に集まっている受講希望者が、ヒソヒソと囁きを交わしています。

 魔物使い……なんて言葉が聞えますから、僕の噂なんでしょうね。


「今日は、どうしたの?」

「ドノバンさんに、買い取りを頼みに来ました」


 そう言っていると、ギルドの中からドノバンさんが歩み寄って来て、早くしろとばかりに顎で訓練場の空いている場所を示します。


「じゃあ、ラインハルト。お願い出来るかな?」

『了解ですぞ』


 集まっている人からも良く見えるように、訓練場の奥に闇の盾を出して、ラインハルトにデザート・スコルピオを運び出してもらいました。

 まず最初に、ラインハルトが姿を見せたところでどよめきが起こり、鋏を掴まれたデザート・スコルピオが引き摺り出されると、驚きの声が上がりました。


「なんだあれ!」

「あんな魔物、見たことねぇぞ!」

「おいおい、あんなのがヴォルザードの近くに出たのか?」

「あれって、もしかしてデザート・スコルピオなのか? 防具とかめちゃくちゃ高いやつじゃね?」


 冒険者達はデザート・スコルピオを遠巻きにして人垣を作り、ドノバンさんも腕組みをして目を見張っています。


「ケント、ケント、あれって……」

「リーゼンブルグの向こう側にある砂漠で討伐したデザート・スコルピオです」


 ミューエルさんも興奮気味で、尻尾がピーンと伸びて逆立っています。

 ちょーっと、ちょーっとだけ、モフっちゃ駄目ですかね?


「ケント、パッと見た感じでは傷は無さそうだが……」

「胴体の下側から攻撃したので、上側は壊れていないようですが、体の中側が壊れているはずです」


 ドノバンさんは、デザート・スコルピオに近付いてジックリ観察した後、鋏や脚などを叩いて確かめていました。


「そもそもヴォルザードでは見る機会の無い魔物だから、状態を見て、相場を調べ、入札で値段を決めることになるが、それで構わないか?」

「はい、お手数掛けますが、よろしくお願いします」

「なぁに、これだけの素材が手に入れば、ヴォルザードの職人共は大喜びだ」

「素材として貴重だって聞きましたけど……」

「そうだ、こいつは風属性の魔物だから、風属性の攻撃魔術に対する防御力が高いからな」


 割合の少なさでは火属性が一番少なく、攻撃魔術の威力も高いので術士は優遇されますが、見えにくいという利点では風属性の攻撃魔術の方が上です。

 風の刃などは、風属性の人は気流の流れなどで感知できますが、風属性以外の人には殆ど見えません。

 その見えない攻撃に耐性を持つ防具の素材として、デザート・スコルピオは珍重されているそうです。


 ドノバンさんに買い取りの依頼が終り、そろそろ講習を始める時刻なはずですが、受講希望者の多くはデザート・スコルピオの近くに集まったまま動きません。

 この様子では、講習開始の時刻は大幅に遅れそうですね。


「そう言えば、ミューエルさん。昨日、ギリクさんに会いましたよ」

「うん、何日か前に護衛の仕事から戻ったみたいだけど、どんな感じだったのかは聞いてない……と言うか、家族にも話してないみたいだから、何かあったのかも」

「ペダルだか、サドルだか言う冒険者が一緒だったから、護衛で知り合ったのかな」

「まぁ、何にしても一人で歩き始めたみたいだから、少しホッとしてる」

「そうですね。悪事に手を染めなければ、大丈夫でしょう」


 ミューエルさんに頼まれて、デザート・スコルピオの討伐の様子や、砂漠の現状などを話していると、シルトがひょっこり顔を出しました。


「わふぅ、ご主人様、バステンが来てって言ってるよ」

「分かった。そろそろ動きだしたみたいだね。じゃあ、ミューエルさん、また」

「うん、またね」


 ミューエルさんと別れて、シルトと一緒に影に潜り、マールブルグ家の屋敷を目指しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る