第285話 本日も平穏なり……
八回目の帰還作業も、何事も無く無事に終了しました。
練馬駐屯地のゴーレムを片付けてから戻ってみると、待っていたのは唯香とマノンだけです。
ヴォルザードに残っている人数が減っているので、見送りの人数が減ってもおかしくありませんが、それにしても少ないです。
それだけ順調に帰還が進んでいるという証拠でもあるのでしょうが、何となく物足りなく感じてしまいますね。
物足りないというか、人が少ないと感じる理由の一つは、八木の姿が無いからでしょう。
帰還作業を行う度に姿を見せては、あれやこれやと理由を付けて、僕からお金を引き出そうとしていました。
出版社への売り込みが上手くいってないようで、ヴォルザードで日本の知識を使って事業の立ち上げをしようと画策していたようです。
今の僕の稼ぎならば、一人ぐらい養うのは簡単ですが、八木の場合は甘やかすとニート一直線になりそうですからね。
ちょっとは自分で苦労して道を切り開くか、諦めて大人しく帰国してほしいと思ってます。
まぁ、八木の場合、めちゃめちゃ諦めが悪いですし、持っている才能の全てを楽して稼ぐことに注ぎ込んでますから、大人しく帰るとも思えませんね。
「お疲れ様、健人」
「お帰りなさい」
「ただいま。もう、みんな解散しちゃったんだ」
「うん、日本に戻る人達は、勉強の遅れを取り戻すのが大変みたい」
「あぁ、なるほど……それじゃあ声は掛けない方がいいね」
下手に加藤先生あたりに声を掛けると、国分も授業に参加しろって言われるのがオチだもんね。
「健人は、日本の勉強は全然やってないの?」
「いや……全然という訳では……あるような……」
「もう、しょうがないなぁ……出来る時には、やっておいた方がいいよ」
「うん、僕もそう思ってはいるんだけど……そう言えば、今日も授業をやってるんじゃ?」
「私は、夜にスマホでネットの授業を見てるからいいの。それより、今日は私とマノンと一緒にのんびりしてもらいます」
「昨日はリーチェと一緒だったんだよね?」
「うっ……そうでした」
将来のお嫁さんには、平等に接しないとね。
二人と一緒に向かった先は、アマンダさんのお店です。
そろそろお昼のピークは過ぎているはずです。
お店の前の行列も解消されていました。
「ただいま……」
「いらっしゃいませ! おぅ、国分に浅川さん、それとマノンさんだったね」
表の入口から入った僕らを出迎えたのは、綿貫さんでした。
「綿貫さん……えっ? いつから働いてたの?」
「今日からだよ。体調が良ければ、身体を動かした方が良いって聞いたからさ」
「ケントかい? もうちょいで昼の営業は終るから、ちょっと待ってな」
「はーい、分かりました!」
それじゃあ、待っていようと空いた席に座ったら、唯香とマノンは片付けを手伝い始めました。
「何だい、あんた達も座ってて良いんだよ」
「みんなでやれば早く終わりますから」
「そうそう、すぐに片付きますよ」
「まったく、ユイカもマノンも、ケントにはもったいないぐらいだね」
うーん……喜んで良いのか悲しむべきか、微妙ですねぇ……僕も頑張ってるんですよ、これでも。
綿貫さんや、お店の常連さんにニヨニヨした視線で眺められちゃってますね。
メリーヌさんが自分のお店に戻って、アマンダさんのお店のお客さんも、一時期よりは減っているそうです。
それでも昼と夜のピーク時には、店の前に行列ができます。
夜の時間はメイサちゃんが手伝っていますが、昼はアマンダさんが一人で切り盛りすることになり、人手が足りないと思っていたそうです。
そこで、昼の時間だけ綿貫さんが手伝いに入ることになったという訳です。
昼の営業時間が終わってから、五人でテーブルを囲みました。
「国分、家はいつ頃出来上がるんだ?」
「うーん……いつだろうねぇ」
「おいおい、自分の家なんだろう。シッカリしろよなぁ……」
綿貫さんに呆れられちゃったけど、工事はハーマンさんに任せっきりなんだよねぇ。
というか、この前見に行ったら、いつの間にか使用人さんが暮らすための棟が出来上がっていたし、そっちの内外装もお願いしないといけないし、いつ出来るんでしょうね。
いや、みんな揃ってジト目で見るのはやめて……。
「まったく、そんな事でバルシャニアのお姫様なんて嫁にもらって大丈夫なのかい?」
「あっ、セラフィマは、僕よりも全然しっかりしてますから大丈夫ですよ」
「はぁ……嫁さんに揃って愛想尽かされないか心配だよ」
「大丈夫です。私達で支えていきますから」
「うん、僕らがついてるから」
「頼んだよ、ユイカ、マノン」
うーん……やっぱり、ここでの僕の評価って低いですよねぇ。
いやいや、綿貫さん、笑いごとじゃないですからね。
お昼ご飯を食べ終えたら、マイホームの建築現場に足を運びました。
「ただいま、ツーオ。開けてもらえるかな」
「おかえりなさい、我が王とお妃と、そちらは?」
「友人の綿貫さんだよ」
「そうですか、ようこそ、我らの家へ……」
「ど、どうも……」
初めて間近でリザードマンを見た綿貫さんは、ちょっとビビり気味です。
敷地の中へ足を踏み入れ、最初は建物の大きさに目を奪われ、その直後にビクリとして足を止めました。
「お、おい、国分。あ、あれは……」
「ストームキャットのネロと、サラマンダーのフラムだよ」
「大丈夫なんだよなぁ……?」
「勿論! 僕の大切な家族だからね」
ネロとフラムは、揃って陽だまりに寝そべっています。
「お帰りなさい、兄貴、姐さん方と、そちらは?」
フラムを紹介したのですが、気軽に話しかけてきた事に驚いたのかフリーズしちゃってます。
僕らの声を聞きつけて、手の空いているコボルト隊も集まって来ました。
「お帰りなさい、ご主人様」
「撫でて、撫でて」
「この人は誰?」
「友達の綿貫さんだよ」
「お友達? 撫でてくれる?」
「お、おぅ、国分。撫でてもいいのか?」
コボルト隊に揉みくちゃにされながら、綿貫さんは満面の笑みを浮かべています。
たくさん辛い思いをしてきたから、僕らで笑顔になれるように応援出来ればと思ってます。
ハーマンさん達の仕事の邪魔にならないように、家の中を見学した後、ネロのお腹を借りて昼寝を楽しむことにしました。
「ネロ、お腹に寄りかかってもいい?」
「勿論にゃ。ネロはここで家を守りながら、ご主人様のためにフワフワになってたのにゃ」
「いつもありがとうね」
「にゃ、た、たいしたことないにゃ」
ネロのお腹は太陽をたっぷりと浴びて、フワフワのポカポカです。
まぁ、ネロは寝ていただけでしょうが、ここに居るだけで抜群の不審者除けになるのですから良しとしましょう。
「ふわぁ、国分、すっごいフカフカだぞ」
「そりゃそうだよ。ストームキャットの毛皮で家が建つって言われてるそうだよ」
「にゃ、ネロのお腹は豪邸でも足りないにゃ」
「そうだね、手放すつもりはないよ」
僕の左にマノン、右に唯香、その隣に綿貫さんが並んで、食後のお昼寝タイムです。
昨日といい。今日といい、午後はのんびり出来て幸せ……と思っていたら、フレッドが戻ってきました。
『ケント様……リヤマのオアシスが襲われた……』
『えっ? サンド・リザードマンには備えていたんじゃないの?』
『襲ったのは……デザート・スコルピオらしい……』
フレッドの呼び掛けは念話によるものなので、唯香達を起こさないように、僕も念話で応えました。
『討伐出来たのかな?』
『逃げられた……みたい……』
フレッドがリヤマのオアシスを偵察に訪れた時には、既に襲撃から時間も経過していて、デザート・スコルピオの姿はどこにも無かったそうです。
デザート・スコルピオは、砂漠に生息する巨大なサソリで、非常に硬い殻に覆われていて、強力な攻撃でなければ弾かれてしまうそうです。
砂漠に住む魔物なので水属性の魔術を嫌うようですが、水を掛けただけで倒せる訳ではないようです。
『被害は?』
『数人と……馬が数頭……』
デザート・スコルピオは、腹を満たすと姿を消したようです。
普通の街が襲われたなら、家畜を生贄にして人の被害を防ぐのも一つの方法ですが、オアシスを利用する人達にとって馬は移動の足です。
その馬を奪われると、長期に渡って足止めを強いられる事にもなりかねません。
『また襲って来るかな?』
『近くに餌になる生き物がいなければ……たぶん……』
デザート・スコルピオを討伐するならば、ロープや網を使って動きを止めて、袋叩きにするしかないそうです。
力も強く、動きも素早い、その上、猛毒を持った尾針を使って攻撃してくるので、相当な犠牲が出るのを覚悟しなければならないようです。
『フレッド、コボルト隊から五頭を連れていって、リヤマの警戒にあたらせて。デザート・スコルピオは、僕らで討伐しよう』
『でも、どうやって……?』
『うん、ちょっと考えがあるんだ。まぁ、グリフォンの時ほど苦戦はしないと思うよ』
『久々に……黒ケント様の出番……』
オアシスの近くなので、ヒュドラを退治した時のような派手な攻撃はマズいですよね。
地面に深々とめり込むような攻撃を行って、水が枯れてしまったら大変ですからね。
後で、ちょっと練習しておきましょう。
昼寝で英気を養ったら、唯香と綿貫さんを宿舎に送った後で、マノンを家まで送ることにしました。
ヴォルザードの目抜き通りは、夕方の混雑時間ほどではありませんが、今日も賑わっています。
はぐれる心配なんて無いけれど、マノンの手をしっかりと握って歩きました。
「こうやってマノンと歩くのも久しぶりだね」
「うん、最近はみんなと一緒だから」
「そうだね」
「あっ、でもみんなと一緒が嫌なんじゃないよ。ユイカもリーチェも大切な家族だから……」
「うん、勿論そうだよ。でも、たまには二人もいいよね」
「うん……」
マノンが僕の肩に頭を預けてきて、ちょっとドキドキしちゃいます。
このまま幸せ気分を味わいながら、マノンの家までと思っていたのに、思わぬ邪魔が入りました。
ギルドの前を通りかかった時に、ドアを開けて出て来た二人組の男の片割れは、最近姿を見ていなかったギリクでした。
折悪しく、こちらに向かって歩き出したので、正面から向かい合う形になり、足を止めざるを得ません。
もう一人の男にも見覚えがあります。
サラマンダーの買い取りを頼んだ時や、ゴブリンの極大発生の際に絡んで来た、ペダルだかサドルみたいな名前の男です。
こちらも僕の顔を見た途端、露骨に眉をしかめています。
「ちっ、昼間から女とイチャつくしか能の無いエロガキが……」
「ちょっとミューエルさんと離れて仕事したぐらいで、一端の冒険者気取りですか……」
「何だと、クソガキが……」
「誰かさんがいなくても、ミューエルさんの護衛はカズキとタツヤ、それとジョーが勤めてますから問題ありませんよ。ところで、ちょっとはランクは上がったんですか?」
「くっ、こいつ……」
ランクの話をした途端、ギリクだけでなくペダルとか言う男まで顔色を変えました。
何でしょうね、何かやらかしたんでしょうかね。
ギリクがこちらに踏み出そうとするのを止めたペダルが、僕を睨み付けながら口を開きました。
「やめておけ、ギリク。思い上がっている小僧なんか相手にするな」
「あん? こんなガキに俺がやられるとでも思ってんのか?」
「そうじゃない、時間の無駄だって言ってるだけだ」
「ちっ……分かったよ」
まぁ、僕としても犬っころの相手なんて面倒なだけですから、止めてもらうのは有り難いぐらいです。
なんて思っていたのに、ペダルの野郎は余計な一言を口にしました。
「小僧、お前もあんまり調子に乗らないことだな。お前が離れている間も、女が無事とは限らねぇぞ……」
「はぁ? あんまりふざけた事を言わないでもらえますかね。僕は別に貴方と敵対するつもりなんかありませんけど、もし僕の大切な人に危害を加えるなら手加減はしませんよ。僕と僕の眷族の全ての力を使って報復しますから、そのつもりでいて下さい」
「ふん……行くぞ、ギリク」
ペダルは一瞬気圧されたような表情を浮かべましたが、ギリクを連れて僕の横を通り抜けていきました。
ちょっとの間、後姿を見送りましたが、こちらを振り返ることはありませんでした。
「マルト、念のために様子を探っておいて」
「わふぅ、任せて、ご主人様」
ひょこっと顔だけ出して答えたマルトは、すぐに影に潜って二人を追い掛けて行きました。
「ケント……」
「大丈夫だよ、マノン。あんな奴らに手出しなんかさせないから」
「うん、でもあんまり手荒な真似は駄目だよ」
「分かってるけど、それは相手次第かな」
マノンを家まで送った後、ミルトにフルトと一緒にマノンを護衛するように頼んでおきました。
フルトだけでも大丈夫でしょうが、二人を同時に相手すると隙が出来るかもしれませんからね。
下宿に戻ると、綿貫さんが手伝いに入ったことを聞いたのか、いつも以上にメイサちゃんが張り切っていました。
そして、邪魔者のケントさんは二階に追いやられるのでした。
夕食まで時間がありそうなので、部屋に戻った後、ムルトに留守番を頼んで出掛けます。
向かった先は、ラストックの近くを流れる川が海へとそそぐ河口です。
『ケント様、デザート・スコルピオ対策ですかな?』
「うん、殻が固いって話だから、槍ゴーレムを使おうと思ってね」
『槍ゴーレムを使った攻撃でしたら、練習する必要はないのでは?』
「うん、ただ上から落とすだけならば、練習する必要は無いけど、ちょっとね……」
攻撃練習の的にするために、砂漠化対策で作られた砂の塊をいくつか取って来て、河口近くの砂浜に並べました。
「じゃあ、ちょっとやってみるね」
一番小さい槍ゴーレムを遥か上空に開けた闇の盾から落下させます。
重力によって加速した槍ゴーレムを、別の闇の盾から召喚しました。
『おぉ! なるほど、そういう事ですか』
「うん、更にこれを……」
槍ゴーレムが衝突して砂の固まりは、粉々に吹き飛びました。
『おぉ! 素晴らしい、さすがはケント様ですな』
「オアシスの近くで上空から直撃させて、地下の水脈とかに悪影響が出ると困るからね」
『さすがケント様、これならば城攻め、砦攻めも思うがままですな』
「いやいや、城とか砦とか攻めないからね」
槍ゴーレムによる攻撃の目途が立った頃、ムルトが夕食の時間だと知らせに来ました。
今日はお店の売り上げが良かったそうで、メイサちゃんも鼻息荒く、心なしか姿勢も反っくり返り気味です。
「やっぱり、あたしが頑張らないと駄目なんだよね」
「そうそう、メイサちゃんは看板娘なんだからね」
「ふふん、ケントは二階で大人しくしてればいいんだからね」
「だそうですよ、アマンダさん」
「そうだねぇ……算術の宿題がない日はそれでもいいんだけどねぇ……」
「きょ、今日のドレッシングは、あたしが作ったんだよ。ほら、ケントも食べてみて」
雲行きが怪しくなったとみて、メイサちゃんは慌てて話題の転換を図ったようです。
「どれどれ……うん、美味しい!」
「ふふん、でしょでしょ!」
「ドレッシングの分量は計算できるみたいだから、あとはお釣りの計算だけかな?」
「きぃぃぃぃぃ! お釣りも間違ったりしないもん! ちょっと……ちょーっとだけ時間が掛かるだけだもん」
「はいはい、そうですね」
「ケントのくせに、生意気!」
まぁ、メイサちゃんが学校を卒業して、本格的にお店で働くようになったら電卓でもプレゼントしましょうかね。
お風呂に入り、店の手伝いで疲れ果てたメイサちゃんの枕を務めていると、バステンとフレッドが戻って来ました。
『ケント様、今日もエンデルスはマールブルグ家に往診に訪れましたが、誰かと連絡を取る気配はありませんでした』
『ノルベルトの具合はどう?』
『戦場で使う補給食を作り、直接胃袋に放り込んでやりましたから、栄養状態も回復して更に血色が良くなったように見えます』
『うん、ここまでは計算通りだね。あとはエンデルスと黒幕が毒薬とかを使わないか心配だね』
『もし、何か怪しげな薬を置いていった場合には、魔力の回復薬と摺り替えておきましょう』
『そうだね、そうして置いて』
『かしこまりました』
マールブルグは動き無し、バルシャニアもリヤマのオアシスは襲われたものの、立て直しを進めているそうです。
『ミズーシでは演習が始まってる……リヤマにも増援が送られた……』
『リザードマン達の抜け穴は?』
『北に抜ける穴は……もう少しで完成……』
サンド・リザードマン達は、かなりのペースで抜け穴を掘り進めているそうで、北側にむかって開く抜け穴も、明日中には完成しそうな勢いだそうです。
バルシャニアは、その抜け穴が出来た所で討伐に動き出す予定です。
『その感じだと、討伐が行われるのは、明後日ぐらいかな?』
『たぶん……遅れても一日程度かと……」
バステンとフレッドには、引き続きの監視をお願いしました。
ラインハルトは、今夜もコボルト隊とゼータ達を連れて、ドレヴィス公爵領に道路工事に出掛けていきました。
そちらは……どうせ、やり過ぎちゃうでしょうから、まぁ任せておきましょう。
明日は、デザート・スコルピオを討伐することになりそうですから、そろそろ眠りましょう。
てか、メイサちゃん、涎、涎……。
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