第279話 ノルベルト

 マールブルグの領主の館は、中庭のある長方形の形をしています。

 玄関を入った正面が先程までいた応接間で、中庭に面して領主家族の部屋、廊下を挟んだ外側に厨房や書庫などの共用施設が並んでいるようです。


 仲の悪いアールズとザルーアの二人は、中庭を挟んだ部屋で暮らしているようです。

 そして、中庭の奥が当主ノルベルトの居室でした。


 ノルベルト・マールブルグは、五十代半ばぐらいで立派な髭を蓄えています。

 ベッドの上で上体を起こし、クラウスさんからの手紙に目を通していました。


「まったく、愛想の欠片もない手紙を寄越しおって」

「あのクラウスという男には、年長者を敬う心などないのでしょう」

「まぁ、そう言うなノルード、今のわしの体たらくでは、舐められても仕方あるまい」

「何をおっしゃいますか、旦那様。そのような気の弱いことでは困ります」

「そうだな。だが、老い先短い身の上では、出来ることには限りがあるというものだ」


 ノルベルトは溜息を洩らすと、両手をジッと見詰め、その目には涙が浮かんでいるように見えます。


『ラインハルト、話を聞いていると、かなり体調が思わしく無いような感じだけど、見ている分には顔色とかは悪くなさそうだよね』

『そうですな。少なくとも、今すぐに死にそうな者には見えませんな』


 治癒魔術を使えるようになって以来、何人もの病人や怪我人の治療をしてきました。

 治療した中には、シーリアの母親や、デュカス商会のシビル夫人、ベアトリーチェなど命に関わる病を抱えた人もいましたが、そうした人と較べると体調が悪いようには見えません。


「旦那様、あまり長い時間起きていらしては、お体に触ります」

「そうか、だが先生の薬湯のおかげで、気分が良い」

「さようでございますか。ですがイロスーンの問題など大事な時期でございます。騒動を乗り切り、次代をどなたに託すか決めていただくまでは、旦那様には生きていてもらいませぬと……」

「ふぅ、領主というものは、死ぬことさえ自由にはならぬのだな……」


 ノルベルトは、小さく溜息を洩らすと、ベッドに横になりました。

 そこへ、メイドさんが来客を知らせに来ました。


「旦那様、エンデルス様がお見えでございます」

「おぉ、入っていただきなさい」

「失礼する……あぁ、そのまま、そのまま横になっていて下さい」


 メイドさんに案内されて部屋に入って来たのは、仕立ての良さそうな服を着た、神経質そうな男でした。


「エンデルス先生、先生の薬湯のおかげで体が随分と楽になりました」

「そうですか、それは良かったです。痛みを抑えるだけでも、気分は良くなりますからね」

「先生、この調子ならば、このまま全快するのではありませんか?」


 ノルベルトの問い掛けにエンデルスと呼ばれた男は、

眉間に皺を寄せて小さく首を横に振りました。


「内臓にいくつもの腫瘍が出来ています。今は薬湯で痛みを抑え、負担の掛からない食事なので小康を保っておりますが、いつまで持つかノルベルト様の体力次第。イロスーン大森林の件は私も聞き及んでおります。今はご無理なさいませんように……」

「そうですか……領主の仕事に未練はありませんが、孫の顔というものを見てみたいという気持ちはあります。まぁ、人生は思い通りにはならないものです」

「いかにも、左様ですな。では、少し診させていただきます……」


 どうやら、このエンデルスという男は医者のようで、ノルベルトの腹を触診し始めました。

 脇腹や鳩尾の辺りを押さえられノルベルトが眉を顰めると、エンデルスは深刻そうな顔つきで深い溜息を洩らしました。

 でも、そんな所を強く押されたら、普通の人でも痛いと感じるんじゃないのかな。


『ケント様、気付いておられますか?』

『えっ、何が?』

『あのエンデルスという男、デュカス商会の奥方を治療していた男ですぞ』

『あっ、そうだ、あのヤブ医者だ!』


 ラインハルトに言われて思い出しました。

 初めてデュカス商会に治療に来た時、シビルさんを治療していた神経質そうな男こそ、ノルベルトを診ているエンデルスです。


『ケント様、これは何やら裏がありそうですぞ』

『デュカス商会で、どんな治療をしていたのか知らないけど、効果が無いどころか悪化させそうな事をやってたしね』


 疑いの目で見てみると、エンデルスはしきりに手の施しようが無いことや、残された時間には限りがあると強調しているように見えます。

 食事についても、肉などは胃腸に負担が掛かるので、スープの出汁に使うのは良いが口にしないように言っています。


「身体の調子が悪くなると、やがて意識も朦朧としてきます。考えがハッキリしていらっしゃるうちに、家督や財産の分与を決めて、遺言を残されておかれた方がよろしいでしょうな」

「そう、ですな。息子たちが仲違いをしておるのは、私も承知してはおります。ですが、私の前では取り繕うだけの分別が残されてもいます。イロスーンの騒動の対処に臨む事で、二人が協力する事の大切さを思い出してくれればと……」

「左様ですな。さぁ、あまり長く話されては身体に障ります。お休み下さい」

「エンデルス先生、ありがとうございます。先生がハッキリ助からないと仰って下さいましたおかげで、私の心も定まりました」

「普通の患者の場合、本人には告げぬのですが、ノルベルト様は領主としてのお立場がございますからな……ささ、今日のところは、もう休まれた方がよろしい」

「はい、そうさせていただきます」


 目を閉じノルベルトは、すぐに寝息を立て始めましたが、エンデルスが現れる前よりも気力を削がれて消耗したようにみえます。


『バステン、このヤブ医者を探ってくれるかな」

『了解です。怪しい場面は撮影しておきましょう』

『うん、よろしくね』


 部屋を出て行ったエンデルスの監視をバステンに頼み、僕はノルベルトの体調を確かめる事にしました。

 途中で目を覚まされると面倒なので、胃袋に眠り薬を放り込み、少し待ってから治癒魔術を掛けました。

 影に潜ったままベッドに横たわったノルベルトの背中に手を当てて、全身を巡るように治癒魔術を流します。


『いかがですか、ケント様』

『うん、健康そのものとしか思えない』

『では、なぜあの者は助からないなどと言っておったのでしょうか?』

『さぁ、それは分からないけど、これから助からなくされそうな気はするよね』


 リーゼンブルグ王家の暗い部分を散々見てきたので、毒殺という言葉が頭に浮かびます。

 とりあえず、バステンからの報告を待って対策を考えることにして、一旦ヴォルザードに戻りましょう。


『そうだ、ラインハルト。馬鹿息子の様子をちょっと見ておいてもらえるかな』

『お安い御用ですぞ。お任せ下され』


 アールズとザルーアの偵察はラインハルトに任せて、ヴォルザードに戻りました。

 ギルドの執務室では、クラウスさんが一人で書類に目を通していました。


「失礼します。今戻りました」

「おぅ、随分時間が掛かったじゃねぇか」


 影から出ながら声を掛けると、クラウスさんは書類から視線をあげました。


「はい、色々とあったもので……」

「ほぅ……そうか、もう昼になる。リーチェにアンジェを呼びに行かせてるから、飯を食いながら聞かせてもらおうか」

「はい、分かりました」

「ノルベルトの爺ぃは元気だったか?」

「直接は会っていませんが、健康なのは健康でした」

「何でぇ、爺ぃまで巻き込んだ面倒事なのかよ」

「まぁ、そうですね。まだバステンが探っている段階なので、全容までは分かりません」

「そいつは、三日後までに片付きそうか?」

「うーん……どうでしょう。ネズミが尻尾を出すかどうかですね」

「そうか。まぁ、お前やお前の眷族以上に探りを入れられる奴なんかいねぇからな、それでも駄目なら誰がやっても無理ってもんだ」


 暫くすると、ベアトリーチェがアンジェお姉ちゃんを連れて戻ってきたので、食堂に場所を移してマールブルグの報告をしました。

 衛士が四人いた事や、アールズ、ザルーアの兄弟が同時に別のドアから出て来た事などを話すと、クラウスさんは苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちを繰り返し、ヤブ医者の一件に話が及ぶと、今度は眼光を鋭くしました。


「ケント。そのヤブ医者の計画を潰してくれ。報酬は、後でリーチェと相談する」

「分かりました。出来る限りの事はやってみます」

「本来、他家の内情にまで口を挟むのは、領主の間の暗黙の了解に反する行為だが、イロスーン大森林の件がある現状で、マールブルグ家が傾くような状況は避けたい」

「やっぱり、アールズかザルーア、どちらかが裏で糸を引いているんですかね?」

「おそらくな、さっさと領主の座について、好き勝手したいんだろうが、そうはいかねぇぞ」


 クラウスさんの推測では、馬鹿息子のどちらかが目の上のたんこぶであるノルベルトを亡き者として、マールブルグの実権を握ろうしている可能性が高いようです。


「今になって考えれば、アンジェの縁談の件だけで鉱石の流通を止めるなんて、ノルベルトの爺ぃらしくないからな。たぶん、あの手紙が届いた頃には床に臥せってたんだろう」

「三日後の会合はどうしますか? 今のままだと、馬鹿息子のどちらかか、あるいは二人揃って出て来ることになりそうですが……」

「あー……そんな使えない連中を連れていったところで話にならねぇからな。ノルベルトの爺ぃを叩き起こして引っ張って行くしかねぇだろうな」

「それまでに、ヤブ医者を操っている奴が尻尾を出せば良いのですが……」

「出さなかったら、出さなかったで構わねぇ。爺ぃの首に縄付けて引っ張って行くだけだ」


 いくらなんでも他の街の領主の首に縄を掛けるような真似は……クラウスさんだと、やりかねませんね。

 マールブルグの話が一段落したところで、ダビーラ砂漠のオアシスの一件を話しました。


「サンド・リザードマンがオアシスに逃げ込むか……そっちも面倒なことになってやがるな」

「これって、イロスーン大森林みたいに、どこかに大陸に通じる洞窟が出来たりしてるんですかね?」

「さぁな、さすがに俺も砂漠については詳しくねぇ。実際に行ったこともねぇし、サンド・リザードマンも見た事が無いから想像も付かねぇな。ただ、ちょいちょい起こっている地震についても考えると、向こう側の大陸で何か起こっているかもしれねぇな」


 ランズヘルトやリーゼンブルグのある、こちら側の大陸の事だけでも手一杯ですから、南の大陸まで足を伸ばして何かをするなんて、ちょっと考えられません。

 イロスーン大森林の件、ゴーケンのオアシスの件、それに加えてマールブルグ家のお家騒動。

 日本への帰還も終ってませんし、リーゼンブルグの賠償も終ってません。


「ケント、何の為にリーチェを秘書に付けてやったのか、忘れてんじゃねぇだろうな?」

「も、勿論、忘れてなんかいませんからね」

「本当ですか? ケント様」


 痛い、痛い……脇腹抓らないでぇ……


「昼飯食い終わったら、リーチェと予定の確認しておけよ」

「はい、分かりました……」


 昼食後、クラウスさんの執務室へと移動して、ベアトリーチェと予定を打ち合わせたのですが……ビックリです。

 僕の知らないところで、色々な仕事のカバーをやってくれていました。


 例えば、僕も存在を忘れかけていた、日本の外務省の職員三名の活動のサポートをベアトリーチェが担当してくれていました。

 日本との連絡は、電波が届くようになっているので、スマートフォンが使えますが、物品の運搬は出来ません。


 日本から同級生達への支援物資を送りたい、逆にヴォルザードの品物を日本に送りたい場合は、ベアトリーチェがホルトとコボルト隊を使って代行してくれていました。

 その際に、日本から持ち込まれる品物、日本に持ち出す品物については、急激な文明の進歩によって社会に歪みを生まぬように、全て内容をチェックしているそうです。


 その一方で、同級生達や外務省の三人が使っている宿舎から持ち出さないのであれば、殆どの品物の持込を許可しているそうです。

 その他、眷族のみんなが切り開いた土地の日本政府への貸与についても、既に話し合いが進められているそうです。

 ただし、日本が独断専行で大使館とかを建設すると、同盟国やら周辺国から抗議が殺到しそうなので、こちらはすぐには進まなそうです。


「どうだケント、うちのリーチェは優秀だろう」

「はい、ぐうの音も出ません。でも、言ってくれれば僕も……」

「馬鹿野郎! お前に話せば何にでも首を突っ込みたがるから、わざわざ知らせずにやってたんだろうが。何でもかんでも自分がやらなきゃいけないと思い込むのが、お前の悪いクセだ!」

「す、すみません……」

「ケント、一人の人間に出来ることには限界がある。特にお前の場合は、お前にしか出来ない仕事が沢山あるんだ。他の人間に任せられる仕事は、報酬を支払ってでも依頼する事を覚えろ。でないと、お前の周りに居る者が迷惑する事になるんだぞ。分かったか」

「はい、以後気を付けるようにします」

「どうだかなぁ……」


 思えばベアトリーチェへの報告も省略しがちでした。


「ではケント様、これからの予定ですが、ダビーラ砂漠のオアシスの件は、フレッドさんの偵察による情報を伝えるに留め、救援の要請が入るまでは対応をバルシャニアに一任する。マールブルグ家の件は、バステンさんの偵察結果を見て、父に相談後に行動。明日は日本への帰還作業をメインに活動していただきます。よろしいですね?」

「分かった、そうするよ」

「ではケント様、午後はこちらでゆっくりとなさって下さい」


 ベアトリーチェは、そう言いながらテーブルを回り込むと、僕の隣に腰を下ろして腕を絡めて来ました。


「えっ? い、いや……だって遊んでいたら駄目なんじゃ……」

「ケント様は、ご自分で動き回ってしまわれるから、次から次へと厄介事を抱え込む事になるんです。もう少し、眷族の皆さんを信用して、お仕事を任せるようになさって下さい」

「仕事を任せるねぇ……今でも十分助けてもらってると思うよ」

「それでもです。今のままでは、突発的な事態に対処出来なくなります」

「あっ……そうか、そうだよね」


 アウグストさんにヴォルザードとの輸送を行う拠点を任せる際に、クラウスさんが話していましたっけね。

 全力を振り絞っている時に、更に状況が悪化したら対処出来なくなると。

 僕自身、ブースターに頼らなければならない状況に追い込まれた事がありました。


「そうだね。後の事まで計算して、常に余力を残すぐらいの余裕を持たなきゃ駄目なんだね」

「そうだぞ、ケント。ここって時に力が残っていなかったら、取り返しのつかない状況まで追い込まれちまうからな。ちっとは俺を見習うんだな」


 いやぁ……クラウスさんの場合は余裕持ち過ぎですよね。

 ベアトリーチェに視線を向けると、無言で頷いています。

 それにしても、ゆっくり過ごせと言われたものの、どう過ごせば良いのやら、手持無沙汰で落ち着きません。


「ケント様……?」

「ん? 何かな、リーチェ」

「ケント様は、子供は何人がよろしいですか?」

「えぇぇ……こ、子供って……」

「勿論、ケント様と私の子供です」

「きゅ、急に聞かれても……まだそこまで考えていないと言うか……」

「私達、話し合いましたの……セラフィマさんも含めて」

「えっ、セラも?」

「はい」


 またまた驚いたことに、ベアトリーチェ達はホルト達に手伝ってもらって、セラフィマと連絡を取り合っているそうです。

 タブレットの撮影機能を使って、ビデオレターのやり取りまでしているのだとか。


「全然気付かなかったよ、でもどうして?」

「それは、ケント様に嫁ぎ、共に支え合う同士、お互いを知っておいた方が良いと思いません?」

「それは……そうだね。でも、子供はちょっと早いんじゃない?」

「セラフィマさんがヴォルザードに到着すれば、皆様と一緒の生活が始まりますし、そうなれば……」


 そうなれば、お嫁さん四人との甘い生活……なんて、ホントに始められるんでしょうかね?


「皆さん子供は三人は欲しいと仰ってますよ」

「三人かぁ……あれ? お嫁さんが四人で子供は三人じゃ……」

「ケント様、私達一人が三人ずつですよ」

「えぇぇぇ……四人で三人ずつって……十二人?」


 驚く僕に、ベアトリーチェはニッコリ微笑んで頷きました。

 十二人って、野球チームどころかサッカーのチームが作れちゃうよ。

 いや待って、もしカミラが許されたら、更に三人加わっちゃうの?


「ケント様、ユイカさんに伺いましたけど、ニホンでは男性も育児に参加なさるんですよね?」

「はひぃ……う、うん、そうだね。父親も育児を手伝わないと駄目だよね」

「よろしくお願いしますね、旦那様」

「は、はい……」


 そんな事にはならないはずだけど、十二人の赤ちゃんに囲まれて、右往左往している自分の姿が頭に浮かんで、冷や汗が流れました。


『ケント様、よろしいですかな?』

「ラインハルト? どうだった、あの二人は」

『クラウス殿の申される通り、あまり優秀とは言いがたい人物のようですな』

「例のヤブ医者との関係は?」

『これまでの所は、接触しておりませぬが、バステンが監視を続けております』

「さすがに屋敷の中で連絡を取ると、相手にバレそうだものね」


 ラインハルトによると、痩せている青い髪の方がアールズ、ズングリした体型の方がザルーアだそうです。

双子でも二卵性の双生児で、体型も違えば性格も違っているそうで、アールズが静、ザルーアが動という感じだそうです。


『アールズは、悪い意味での典型的な貴族の子息という感じですな。自分が欲しいものは手に入って当たり前、民衆はかしずくのが当たり前。自分の思い通りにならないはずがない……といった考えの持ち主でですな』

「ザルーアの方は、どんな感じ?」

『ザルーアは、アーブル・カルヴァインを劣化させた感じですな』

「欲しいものは、権力を使って手に入れに行くタイプだね?」

『おそらく、アールズが居なければ、ヴォルザードまで乗り込んで来ていたでしょうな』


 ラインハルトの話をクラウスさんにも伝えると、その通りだとばかりに頷いています。


「ケント、お前はデュカス商会の会長からもマールブルグ家の話を聞いているよな?」

「はい、ずいぶんヴォルザードとは違っている印象があります」

「まぁな、俺はドンドン自分で動いちまうけど、ノルベルトの爺ぃは自分からは動かないからな」

「はい、もっと民衆のために働いても良いような気がします」

「俺もそう思うが、爺ぃには爺ぃなりの考えがあるそうだぜ」


 クラウスさんは、以前行われた領主の会合でノルベルトと意見を戦わせた事があったそうです。

 民衆のために領主は積極的に働くべきだというクラウスさんに対して、領主が余計な手出しをしすぎれば民衆の自主性が失われるというのがノルベルトの考えなんだそうです。


「確かに爺ぃの言う事にも一理はあるとは思う。領主が何でもかんでも口出ししていたら、民衆は従っていれば良いと思いかねないからな」


 確かに、クラウスさんのように率先して改革を進める領主さんであれば、この人に付いていけば大丈夫……みたいに考えてしまいそうです。

 指示待ちで、自分からは動かないイエスマンみたいな感じでしょうか。


「だが、マールブルグでは、むしろそのやり方は良くねぇと俺は思ってる」

「確かに、現状は上手くいってないように見えますね」

「まぁ、今はイロスーンの一件や例の鉱山の事故があってイレギュラーな状況だが、マールブルグは地元で生まれ育った人間が、そのまま地元で働いて代を重ねていく土地だ。ヴォルザードみたいに一攫千金狙いの連中が流れて来る土地じゃねぇから、ともすれば閉鎖的で考え方が硬直しちまう」

「それを変えるのが領主の役割って事ですか?」

「そうだ。俺は、そう思っているが、爺ぃは、だからこそ手出しを控えるべきだと思ってるみたいだがな」


 デュカス商会の会長オルレアンさんから話を聞いていた時には、マールブルグの領主様はポンコツだと思い込んでいましたが、どうやら考えがあって積極的な政策は控えているようです。


「でも、さすがに今回は。領主が先頭に立って動かないと話が進みませんよね」

「そうだ。イロスーン大森林の半分はマールブルグの領地だしな」

「でも、ノルベルトさんは馬鹿息子達に経験を積ませようとしているんじゃないですか?」

「そいつは老い先短いと思い込まされているからだろう。どこも悪くねぇと分かっても、馬鹿息子に任せるって言うならば、こっちも相応の対応をするだけだ」


 ニヤリと笑ったクラウスさんは、敵に回しちゃいけない人の典型です。

 たぶんブライヒベルグの領主・ナシオスさんもグルでしょうしね。

 三日後までにヤブ医者が尻尾を出さなければ、荒っぽい事になりそうです。

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