第278話 マールブルグ家

 チョウスクからヴォルザードへ戻る前に、サンド・リザードマンが占拠しているオアシスを偵察しました。

 星属性の魔術を使って、ゴーケンの位置を確認し、チョウスクでの聞き込みを終えたフレッドと一緒に向かいました。


 ゴーケンは、岩山の割れ目に出来たオアシスだそうです。

 岩を伝った雨水が浸食し、岩場の奥に天然の水瓶が形作られています。

 元々は野生動物が水場として活用していたものを、人間がオアシスとして活用するようになったそうです。


 こちらの世界には魔道具があり、水に関しては陣紙を使えば、どこでも清潔な水が手にはいります。

 ただし、魔道具や陣紙などは周囲の環境にも性能が影響するそうで、水が無くカラカラに乾燥した砂漠では効率が極端に落ちるのだそうです。


 砂漠を旅する場合、荷を運ぶ動物にも水を与える必要がありますし、大量の水を魔道具や陣紙だけで賄うのは非効率的です。

 水が近くであれば魔道具や陣紙も本来の性能を発揮出来るので、オアシスはダビーラ砂漠の旅には欠くこと出来ない存在なのだそうです。


 また、ゴーケンのオアシスの近くはゴツゴツとした岩が転がる場所で、オアシスを通っていくルート以外は通行が困難です。

 もし迂回するならば、大きく遠回りして二つ先のオアシスを目指すことになります。

 時間的にも、魔道具や陣紙を使う資金的にも無駄が多いので、出来れば避けたいというのが旅人達の本音のようです。


 ゴーケンのオアシスは、月明かりの下で静まり返っていました。

 オアシスの近くには、数台の馬車が置かれていて、横倒しになっているものもあります。

 馬車の中も荒らされていて、積み荷が散乱していました。


「商隊の人たちは、全滅しちゃったのかな?」

『たぶん……血の跡がある……』


 フレッドが指差す先、馬車の幌にベッタリと血が付着していました。

 よく見ると、何かを引きずった跡が岩場の方へと続いていました。


「グワァ……」

「グゥゥ……」


 岩場に近づくと、カエルの鳴き声を低くしたような音が響いてきます。


『ケント様……入口に二頭……』

「えっ、どこに……うっ、潜ってるのか」


 オアシスの水場に通じていると思われる岩場の割れ目の入口、地面から目だけが覗いています。

 まるで水面から目だけを出しているワニのように、目元だけを残して地面に潜っているのでしょう。

 フレッドに教えてもらわなければ、全く気付かなかったと思います。


 影に潜ったまま岩の割れ目に侵入すると、通路のあちこちにサンド・リザードマンの姿があり、みんな通路の入口の方を警戒しているようです。

 ザーエ達よりも小柄で、体の表面はゴツゴツとした鱗で覆われています。

 地面で活動するためか、手足は短く筋肉が発達しているように見えます。

 手足の先には、太く鋭い爪が生えていて、これで地面を掘り返すのでしょう。


 通路の途中では、壁に穴を掘り進めている一団がいました。

 部屋でも作っているのかと思ったら、先へ先へと掘り進んでいるようで、どうやら抜け道を作っているようです。

 正面から敵が攻めてきた時に、横合いから奇襲を掛けるためのものかもしれません。


「何だか、ずいぶん数が多いように見えるんだけど……」

『チョウスクでは、多くても五十頭という予想だった……それよりも多いと思う……』


 入口に二頭、そこから通路に入って十頭ぐらい、横穴掘りをしているものが十から十五頭、まだ先まで通路が続いていそうなので、もっと多くのサンド・リザードマンがいそうです。

 水場のあるホールに辿り着くまでに、更に二十頭ぐらいが通路に座り込んでいました。

 そして、水場の周囲には、ぱっと見た感じで百頭ぐらいが身を寄せ合っています。


「百五十頭ぐらいかな?」

『そのぐらいはいる……知らせておいた方が良いかと……』

「そうだね。でも、今夜すぐに討伐を始める訳じゃないから、もう少し様子を探ってからセラに知らせるよ」


 影に潜った状態で、水場の周囲にいるサンド・リザードマンを観察すると、グッスリと眠り込んでいるようです。

 そして、水場のあるホールの入口にいる数頭だけが、通路の方向へ目を光らせていました。


『群れ全体が……疲弊している……』

「そんな感じだね」


 通路の方向を警戒している数頭も、時折瞼が閉じて頭がカクンと落ちかかっています。


「商隊の護衛との戦闘が激しくて、それで疲れているのかな?」

『たぶん違う……それなら、もっと負傷した個体がいるはず……』

「なるほど、確かに傷を負ってるものは見当たらないね」

『何か変……違和感がある……』


 フレッドの言う通り、護衛の冒険者達と戦闘となって疲弊したならば、もっと傷ついたリザードマンが居て良いはずです。

 逆に、護衛との戦闘が楽に終わったのだとしたら、こんなに神経質に通路を警戒する必要も無いように思えます。


『もしかすると……何かから逃げてきたのかも……』

「そうか、サンド・リザードマンよりも強い魔物に襲われて、逃げて来たのか」

『その可能性はある……でも、魔物が何なのか……』


 フレッドによると、砂漠に生息している魔物の中でもサンド・リザードマンは強力な部類に入るそうです。

 そのサンド・リザードマンが逃げ出すような魔物となると、少なくともストーム・キャットやサラマンダーレベルなのでしょう。


『ストーム・キャットは砂漠には住まない……サラマンダーも、あまりいないはず……』

「他に砂漠に住みそうで、強力な魔物はいないの?」

『デザート・スコルピオ……猛毒で甲羅が硬い……サンド・ヴァイパー……巨大な砂ヘビ……』

「うーん……ちょっと周辺を星属性の魔術で偵察してみるよ」


 デザート・スコルピオは、全長三メートル以上、毒針のある尾を入れると五メートル以上にもなるサソリで、サンド・ヴァイパーは十メートルを越えるような大蛇だそうです。

 再び、影の空間に身体を残して、意識だけを空に飛ばして周辺を見て回りましたが、それらしい影は見当たりませんでして。


「よし、一旦チョウスクに戻ろう」

『もう少し偵察していく……数とか、リーダーとか見極めたい……』

「分かった、こっちはお願いね」


 サンド・リザードマンの偵察をフレッドに任せて、チョウスクのセラフィマの下へと戻ります。

 セラフィマは、護衛の女性騎士と打ち合わせをしていました。


「セラ、入っても良いかな?」

「ケント様、勿論です。どうかなさいましたか?」

「うん、サンド・リザードマンの様子を見てきたんだけど、ざっと見た感じでも百五十頭ぐらいいる」

「えっ、そんなに……カチェリ、すぐ知らせて来て……」

「あぁ、ちょっと待って。それだけじゃないんだ」


 サンド・リザードマンがオアシスの奥に立て篭もり、何かを警戒しているらしい様子を伝えると、セラと女性騎士は表情を暗くしました。


「カチェリ、ケント様からの情報を伝えて、作戦を練りなおすように言って下さい」

「畏まりました。商隊の者達にも伝わるように言ってまいります」


 カチェリと呼ばれた女性騎士は、僕とセラフィマに頭を下げると、キビキビとした動作で部屋を飛び出して行きました。


「ケント様、知らせていただき、ありがとうございます」

「影に潜れる僕らは、偵察は得意だからね。情報があると無いでは大違いだしね」

「はい、もし五十頭のつもりで討伐に向かえば、悪くすれば全滅していたところです」

「それにしても、サンド・リザードマンより危険な魔物が何なのか……そっちの方が厄介だね」

「はい、砂漠を旅する者達の大きな脅威となりそうです」

「他のオアシスまで占拠されるようなことになったら、リーゼンブルグとの往来が更に困難になっちゃうもんね」

「たぶん……その心配は無いと思います」


 デザート・スコルピオも、サンド・ヴァイパーも、砂漠に生息する魔物なので、水気を嫌う傾向があるそうです。

 オアシス周辺で、水属性の魔術を使って牽制すれば、討伐は出来なくても近付いては来ないというのが一般的だそうです。


「なるほど、だからサンド・リザードマン達は、オアシスに逃げ込んでいるんだね」

「はい、その可能性が高いと思われます」


 サンド・リザードマンは、土属性の魔物かと思ったら、風属性の魔物だそうです。

 砂の多い地域で風属性の魔術を使い、敵や獲物の視界を幻惑して戦うそうです。

 弱点は、やはり水属性の魔術だそうで、砂嵐を起こすような魔術を水を使って防がれると、あとは肉弾戦しか戦術がありません。

 鱗も硬く力も強いのですが俊敏性には劣るので、水場近くでの討伐の危険性は高くないらしいです。


「じゃあ、オアシスに立て篭もっている状況は、こちらとしては有利な状況なのかな」

「そうですね。恐らく、その商隊の者達は不意を突かれて抵抗出来なかったのでしょう」

「それでも、百五十頭も立て篭もっているんじゃ、簡単に討伐は出来ないか」

「はい、ですがケント様の情報にございました抜け道が完成すると、更に討伐は厄介になりそうです」

「うーん……というよりも、むしろ抜け穴が出来るのを待って、正面から派手に攻撃したら逃げたりしないのかな?」

「そこまでは私も分かりませんが、あまり長期間オアシスが使えないのも問題ですし、かと言って攻撃側の損害は小さい方が良いに決まってますし……」

「まぁ、その辺りの判断は、ベテランの騎士や冒険者の方に任せた方が良いんじゃない?」

「そうですね。相手側の状況が分かっておりますので、適切な作戦を立ててくれるはずです」

「僕の方でも偵察を続けて、状況に変化があったら知らせるようにするよ」

「ありがとうございます、ケント様。よろしくお願いいたします」


 ヒルトをワシワシと撫でてあげて、セラフィマをギュっとハグしてからヴォルザードへと戻りました。


 翌日、ギルドにあるクラウスさんの執務室へ顔を出すと、マールブルグまでの手紙の配達を頼まれました。

 イロスーン大森林の騒動に絡んだ、ランズヘルト領主による会合の知らせだそうです。


「この手紙をマールブルグ家に届けてくれ。返事は貰わなくても構わん」

「ただ届けてくれば良いのですか?」

「そうだが、念のために門兵じゃなく、執事あたりに手渡してくれ」

「分かりました」

「まぁ、読みたくないっていうならば、別に無理に読まなくたって構わねぇしな。三日後に押しかけて、出発の準備が出来ていなけりゃ置いていくだけだ」

「でも、マールブルグの領主さんも居ないと拙いんじゃないんですか?」

「別に困るのは、マールブルグの連中だけだからな……」


 マールブルグの領主が会合に参加しない場合は、僕が持ち込んだ鉄や銅を使って一儲けしようという魂胆もあるのでしょう。

 クラウスさんは、背もたれに身体を預けながらニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべています。


「イロスーン大森林は、どういう対応になりそうですか?」

「そうだな……基本的には道の安全性を高める工事になるが、塀を作るにしても、堀を穿つにしても、まずは街道の周囲の伐採からだな」

「今のうちに僕の眷族に……」

「いや、これだけ大規模な工事となると、街道の位置自体を変える可能性もあるから、まだ手はつけないでおけ」


 クラウスさん曰く、大規模に森を切り開くならば、現状は曲がりくねっている道を真っ直ぐにしてしまうルートの変更があるそうです。

 魔物に対する安全性は勿論ですが、盗賊なども前後の見通しが悪い場所で襲ってくる場合が多いので、そちらへの抑止効果もあるようです。


「会合は、バッケンハイムで行われるのですか?」

「いや、ブライヒベルグだ。三日後に、まず俺をマールブルグに送ってもらい、その後でノルベルトの爺ぃと一緒にブライヒベルグまで送ってもらうことになる」


 ノルベルトという人が、マールブルグの現在の領主で、ドワーフの血を継いでいるそうです。


「と言っても、受け継いでいるのは頑固さだけで、職人の気質はスッカリ失われちまったみたいだけどな。あのクソ爺ぃ、ボケちまったんじゃねぇか」


 自分の息子の縁談絡みで、ヴォルザードへの鉱石の輸出を止めているのですから、クラウスさんが憤慨して見せるのも当然でしょう。

 ゴーケンのオアシスの様子も気になりますし、さっさと手紙を届けてきてしまいましょう。

 ベアトリーチェとハグしてから、影に潜ってマールブルグを目指しました。


 マールブルグ家に向かう前に、大聖堂前の広場を覗いてみました。

 前回訪れたのは、ヴォルザードへの鉱石輸出が止められ、イロスーン大森林の通行が止められる直前で、人影も疎らで不景気風が吹き抜ける寒々と状態でした。

 今回は、更に酷い状況だろうと思っていたら、広場には多くの人が集まっています。

 ただし、以前のお祭騒ぎのような賑わいではなく、ピリピリとした不穏な空気に包まれていました。


 人々が詰め掛けている先は、マールブルグのギルドと、ロベーレ商会をはじめとする鉱山の元締めのようです。

 集まっている人々の要求は大きく分けて三つ。

 一つ目は、イロスーン大森林の通行に関しての情報の開示で、これについてはギルドで情報を集めている状態で、再開の目途は立たないと答えるしかありません。

 ですが、集まった民衆は納得せず、どういう対処がなされるのか、通行再開の予測を示せといって引き下がらないようです。


 二つ目は、ヴォルザードへの鉱石輸出再開です。

 どうやら、民衆には輸出を止めている理由が開示されていないらしく、なぜ輸出を止めるのかの理由と輸出再開の目途を示せと要求しているようです。

 まぁ、まさかアンジェお姉ちゃんへの縁談が蹴られたから……なんて理由は言えませんよね。


 三つ目は、鉱山の操業再開です。

 ヴォルザードへの鉱石輸出が禁止されて以来、鉱山の操業は大幅に縮小され、イロスーン大森林が通行止めとなってからは操業が停止されているようです。

 操業が止まれば、鉱山で働く人達は収入を失い、日々の生活にも困ってしまいます。


「ラインハルト、このまま事態が解決しないと、暴動になりそうな気がするんだけど……」

『いかにも、このまま規模が膨らんで行くと、ちょっとした切っ掛けで流血の事態になるやも知れませんな』


 ラインハルトが危惧する通り、ギルドや商会の職員が対応している場所では、見ている間にも声を荒げる人が増え、どんどん殺伐とした空気になっています。


『ケント様、手紙を届けてしまった方がよろしいですぞ』


 確かに、この群衆が領主の館に押し掛けたら、手紙を届けるどころではなくなりそうです。

 ラインハルトの案内で、領主の館を目指しました。



 マールブルグの領主の館は、街を見下ろす小高い丘にあります。

 館へと向かう道の脇、林の中で影から表に出て、正門に歩いて行くと四人の衛士が立っていました。

 左の門柱のところには、紺の騎士服を身につけた衛士が二人、反対側には臙脂の騎士服の衛士が二人。

 何だか、とっても悪い予感がします。


「あのぉ……こちらは領主様の御屋敷ですか?」

「そうだ」「何の用だね」


 声を掛けると、紺と臙脂の衛士が一人ずつ歩み寄って来ました。


「はい、ヴォルザードの領主クラウス様から、こちらの領主様宛の手紙を預かってまいりました」

「おぉ、アールズ様宛だな」

「いやいや、ザルーア様宛だろう」

「いえ、ノルベルト様への手紙なのですが……」

「では、私が預かろう」

「何を言うか、私が預かる」


 嫌な予感は見事に的中して、残りの二人まで加わって、どちらが手紙を預かるか押し問答を始めました。


『ラインハルト、これって双子の跡継ぎが揉めてるって事なんだよね?』

『おそらく、そうでございましょうな』


 念話で呼びかけたラインハルトも、あきれ返っているようです。


「あのぉ……どちらかお一人にだけ内容が伝わるのはフェアじゃないので、お二人が揃った場所で開封して、読んでいただいてはいかがでしょう?」

「むっ、そうか、そうだな……」

「うむ、それならば異論は無い」


 と言う訳で、紺の衛士と臙脂の衛士が一人ずつ付き添って、館へと案内される事になりました。


「その前に、君の身分証を確かめさせてくれ」

「あっ、はい……ヴォルザード所属の冒険者で、ケントと言います」

「Sランクだと……何をふざけた事を」

「いや、もしや君が『魔物使い』と呼ばれている冒険者か?」

「はい、そんな風に呼ばれているようです」


 紺の衛士は僕の事を知らないようでしたが、臙脂の衛士は『魔物使い』の噂を知っていたようです。

 てか、その程度で勝ち誇ったような表情を浮かべているあたりで、程度が知れてしまいますけどね。

 二人の案内で、屋敷の玄関まで行くと、これまた二人の執事が出迎えました。


「私、アールズ様の執事を務めさせていただいております。トラツィーニと申します」

「ザルーア様の執事、マルフォでございます」

「ど、どうも……ケントと申します」


 館の玄関で事情を話すと、今度は二人の執事に応接間へと案内されました。

 何だか、コントの巻き込まれ役でもやってる気分です。

 これでメイドさんまで二人出て来て、お茶を二杯も振舞われたら完全なコントでしたが、さすがにメイドさんは一人でお茶は一杯だけでした。


 手紙を届けるだけの仕事だったはずなのに、何だか凄く疲れますね。

 淹れてもらったお茶は、さすが領主の館とあって、香りも味わいも素晴らしいものでした。

 口に含んだ時の適度の渋味と後から感じる甘み、鼻腔へと抜けていく芳醇な香りを暫し堪能させていただきました。

 何だか、お茶マニアっぽくなってきてるのは、ドノバンさんの影響ですかね。


 お茶を半分ほど飲み終えた頃、何だか扉の向こうから話し声が聞こえて来ました。

 今になって気付いたのですが、向かい側の壁には、暖炉を挟んで左右に同じようなドアがあります。

 ドアの向こう側から、コーンコーンと木の板を木槌で叩いたような音がしたと思ったら、左右のドアが同時に開いて良く似た男性が入って来ました。

 うん、やっぱり完全にコントみたいです。


「私が、アールズだ」「我が、ザルーアだ」

「ヴォ、ヴォルザードの冒険者でケントと申します」

「うむ、掛けたまえ」「掛けるが良い」


 これで本当に仲が悪いのかと疑いたくなるほど、同じタイミングで着席を促されました。

 タイミング被ったせいで、どっちがどっちだか聞き取れませんでした。

 左のドアから入ってきたのは、長身で細身の青みがかった髪の男性で、もう一人はズングリとした体形で茶色い髪の男性でした。


「早速だが……」「クラウス……」

「えっと……こちらになりますが……僕が封を切りましょうか?」


 一言口を開く度に、タイミングも言葉も被って、イラついた表情を浮かべている二人に、僕の方から提案すると、これまた同じタイミングで頷きました。

 二人の見ている前で、手紙を開き、二人揃って読めるようにテーブルに広げました。

 うん、読み進めるタイミングまで同じみたいだね。

 手紙には、イロスーン大森林の件についてランズヘルトの領主による会合の開催が決まったことと、三日後にクラウスさんが迎えに来ることが書かれていました。


「これだけかね?」「これだけか?」

「僕は手紙の配達を頼まれただけですので、内容については分かりかねます」


 おそらく、縁談の返事だと思っていたのでしょう、二人は明らさまに不機嫌な表情を浮かべると、素っ気無く言い放ちました。


「ご苦労だった」「帰って良いぞ」

「では、失礼いたします」


 僕が席を立って頭を下げると、二人は同時に立ち上がり、目も合わさずに部屋から出ていきました。

 これで僕の役目は終りなんですが、このまま戻るのは拙いですよね。

 応接室を出ようとすると、お茶を淹れてくれたメイドさんが案内に来てくれました。


「あのぉ……すみません。お二方に伺うのを忘れてしまったのですが、ノルベルト様はご不在なのでしょうか?」

「旦那様は、体調を崩されて臥せっておいでです」

「そうなんですか、三日後の会合には……」


 メイドさんは、ちょっと目を伏せると、小さく首を横に振ってみせました。


「お大事になさって下さいと、お伝え願いますか?」

「畏まりました」


 メイドさんに見送られて玄関を出て、門のところで四人の衛士さんに会釈をして、街に向かって道を下りました。


『ケント様、このままヴォルザードに戻られますか?』

『ううん、勿論偵察してから帰るよ。後を付けてくる人が居ないか見てくれる?』

『了解ですぞ。さすがはケント様、抜かりはございませんな』

『こっちに来てから、だいぶ鍛えられたからね』


 ラインハルトに監視の目が無いか確認してもらいながら道を外れて林に入り、影に潜って領主の館へと引き返しました。

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