第268話 引継ぎを終えて
僕らが負傷者の救護にあたっている間にも、バステンやフレッドの活躍は続いていたようです。
バステンが気を配っていたのは、騎士達の休息だそうです。
コボルト隊のみんなは、無尽蔵ともいえるスタミナで動き続けられますが、それを生身の騎士達に強いるのは無理があります。
助ける側の人間が倒れていては、救助が進まなくなってしまいます。
そこでバステンは、本来休む必要のないコボルト達を休ませる形で、コンビを組んでいる騎士を休ませたそうです。
もう一つバステンが手配を行ったのは照明です。
バステンやコボルト隊やゼータ達、僕の眷族は夜目が利くので暗闇でも動けます。
ですが、生身の人間である騎士達が明かり無しで救助活動をしようと思うと、視力を強化する必要があります。
救助活動中は、殆どの騎士が身体強化の魔術を使っていたそうですが、筋力強化以外の強化を行えば、当然疲労度が増していきます。
本来の救助活動に専念してもらえるように、たくさんの薪を持ち込み、篝火を焚いたそうです。
篝火は、明かりの役割を果たすと同時に、休息する騎士達にとっては暖を取るためでもあったそうです。
焚き火で湯を沸かし、お茶を入れ、七番坑道から持ち出してきたドライフルーツや干し肉で小腹を満たす用意もしたそうです。
「まだ雪の下には、救助をまっている者が居るのに、このように休んでいて良いのだろうか……」
「わふぅ、バステンが焦るなって言ってるよ。まだまだ探さなきゃいけないし、途中で倒れたら意味無いってさ」
「そうか、『烈火』のバステン殿が、そう申されているならば間違いないな」
カミラが、自らが王位に就くと宣言して以降、騎士達には僕らの存在が広く伝えられたそうです。
魔王ケント・コクブと、リーゼンブルグの三忠臣と呼ばれた伝説の騎士。
得体の知れない魔王などという存在よりも、騎士達にとってはバステン達の方が身近に感じられる存在だったようです。
「うむ、賢王アルテュール様を支えられた方々の言葉だ。ありがたく従おう」
「わぅ、しっかり休んで英気を養えって言ってる」
「はっ! ありがとうございます」
敬礼を交し合うだけで、騎士とは通じ合えるものらしいです。
コボルト隊と騎士団の協力が軌道に乗り、街や集合住宅での救助作業が行われる一方で、フレッドは別働隊と共に鉱山に向かったそうです。
月が沈み、辺りが闇に包まれたのを幸いに、鉱山へと向かう道の雪を影の空間経由で移動させ、最後に鉱山の入口を閉ざしていた雪を取り除きました。
「うぉぉ、何だ、急に崩れたぞ」
「おい、街はどうなってる?」
「そんなもの、この暗さだ、見えるわけないだろう!」
「明かり、明かりを持って来い!」
鉱山の内部で働いていた者達にも、雪崩の振動は伝わったらしく、雪で塞がれた坑道の入口付近に人が集まっていたそうです。
「見ろ、詰所が押し潰されてるぞ」
「それより、なんで道に雪が無いんだ。誰がどかしたんだ」
「知らねぇよ。それより、街に戻った方が良くねぇか?」
「だけど、仕事を放り出して戻ったら……」
「元締めの手下どもは雪の下だぞ。下手すりゃ俺らの家族だって……」
「戻ろう! 明かりを持って来い、街に戻るぞ!」
街までの雪を誰が取り除いたのか、坑夫達は知る由もありませんでしたが、それでも家族を案じる気持ちの方が勝っていたようで、続々と街へと戻っていったそうです。
街に戻った坑夫達を待っていたのは、想像を絶する光景でした。
「どうなってんだ、街がねぇぞ……」
「騎士とコボルトが一緒になって働いてるのか?」
「馬鹿野郎! 呆けてる暇があったら手伝うぞ!」
カルヴァイン領の鉱山では、三交代制で休み無く掘削作業が続けられていました。
雪崩が埋めたのは鉱山の入口だけで、中で働いていた男達は怪我も無く無事だったので、その労働力を救助現場に活かそうとフレッドは考えたそうです。
鉱山にいた男達が戻って人手が増え、救助される人が増えた一方で、怪我人や死者の数も増えていきました。
更に、雪崩は爆剤によって引き起こされたことや、王国騎士団が乗り込んで来て元締め達を捕らえたという話が広がると騒動が起こりました。
「手前ぇ、今まで随分と好き勝手やってくれたよな」
「待て、俺は上からの命令で……ぐはっ」
「ふざけんな! 手前は喜んでやってたじゃねぇか!」
「待て……悪かった、待って……がはっ」
「今までの恨みだ、思い知れ!」
これまで住民を虐げてきた元締めの手先達が、後ろ盾を失ったことで袋叩きにされたそうです。
「お前ら、何をしている!」
「こ、こいつは元締めの手先で……」
「そんな奴に関わっている暇など無いぞ。殴り殺すくらいなら、監視して救助を手伝わせろ。今は一人でも多くの者を助けることが先だ!」
「は、はい!」
小競り合いを見つける度に騎士が仲裁に入り、救助を理由にして住民によるリンチを防いだそうです。
騎士達も、同僚を殺した奴らの手先に同情する気は無いようですが、とにかく手が足りない状況だったので、救助を優先したようです。
月も沈んだ暗闇の中で、明かりの魔道具や松明を灯して救助は進められましたが、空が白み始めると悲惨な状況が明らかになっていきました。
倒壊した家屋や家具、そして雪の重さによって押し潰されて命を奪われた者達が、雪原の上に並べられています。
太陽が高く昇ったころには、死者を悼み、すすり泣く声が街を覆っていました。
悲しみに沈む街に、希望の光をもたらしたのは、カミラでした。
秘書官を務めるバークスを連れ、住民達の話に耳を傾け、励まし続けていたそうです。
カルヴァイン領の住民達は、まさか本物の王女が来ているなどとは思ってもいなかったようですが、カミラのまとう王族オーラに圧倒されて、疑う者など居なかったそうです。
「案ずるな、我々はそなた達を見捨てたりはせぬ。必ずや元の生活……いや、今度は住民が本当に幸せを感じられるようにしてみせよう」
「ありがとうございます、カミラ様……」
王族としての風格を残しつつも、住民達との壁を築かない接し方は、おそらくラストックで培われたものなのでしょう。
そんなカミラの活動をラインハルトに補助して貰っていたのですが、日が高く昇ると支障をきたすようになってきました。
いくら説明をしても、やはりスケルトンの姿は異様に映ってしまうようです。
『ケント様、我らは影の中から補助するように致します』
『分かった。コボルト隊やゼータ達にも、一段落したら戻るように伝えて』
『了解ですぞ』
救護所での治療も、雪崩が起きた翌日の午前中ぐらいまでがピークでした。
昼ぐらいになると、助け出される者は軽症の者ばかりで、重傷を負った者は息絶えた状態で掘り出されるようになりました。
唯香とマノンにも治療はリーゼンブルグの治癒士に引き継いで、休憩室で休んでもらっています。
二人とも疲労困憊といった様子で、戻って来たフルト、ヘルトと一緒にぐっすりと眠り込んでいます。
治癒魔術を使い続けていた唯香は勿論ですが、怪我人の仕分けを行っていたマノンは、殆ど休憩も取らずに動き続けていましたから無理もないでしょう。
『ケント様も一緒にお休みくだされ』
『うん、もうちょっとだけ……』
『何をなさるのですか?』
『うん、倉庫を作ろうかと思って』
『倉庫……ですか?』
救護所から近い街の一角を倉庫の用地として確保します。
『闇の盾で囲うから、ガガーっと瓦礫を寄せて、場所を空けてもらえるかな?』
『お安い御用ですぞ』
救助作業から戻ってきていたコボルト隊やゼータ達にも手伝ってもらい、倉庫を建てるスペースを確保しました。
仮設の建物と同様に、土属性の魔術で四角い倉庫を作り上げます。
「ゼータ、エータ、シータ、また硬化させてくれるかな?」
「お任せ下さい、主殿」
突然倉庫が姿を現したので、住民や騎士、そしてカミラが集まってきました。
「魔王様、これは……」
「うん、王都と物資のやり取りをするための倉庫だよ」
「王都とですか?」
「うん、人は無理だけど、物だけなら送れるからね」
倉庫の仕組みは、ヴォルザードとブライヒベルグの間で荷物を運ぶ方法の応用です。
倉庫の中を真っ暗にしてしまえば、眷族のみんなが影の空間経由で物資を移動できます。
カミラに仕組みを説明して、実際の運用はハルトを中心にして手の空いているコボルト隊にやってもらいます。
「ここから王都まで、瞬時に荷物を運べるのですね」
「うん、そうだけど、ずっと使えるとは思わないでね。雪が消えて峠道が通れるようになったら陸路で運んでもらうから、その準備は進めておいてよ」
「かしこまりました」
「それと、カルヴァイン領を管理していく人は決まってるの?」
「はい、そちらの人選も済んでおります」
「じゃあ、後で送還しよう。カミラも王都に戻るでしょ?」
「はい、ですがもう少し……」
「うん、じゃあ夜にでもやるようにしよう。カミラを王都に送って、それから担当者をこっちに送る。騎士団長への指示を手紙に書いて。ハルトに届けさせるから」
「かしこまりました」
「あと、少し休みなよ。倒れても面倒は見ないからね」
「はい、魔王様も少しお休み下さい」
「うん、ここが終ったら休むよ」
カミラと話をしていたら、周囲がザワザワとし始めました。
「なぁ、あの子供は何者なんだ?」
「カミラ様が『魔王様』とか呼んでいたが……」
「あの人は、治癒士じゃないのか?」
「魔物使いじゃないのか、コボルトに指示を出してたぞ」
自分達の国の王女様に向かって、偉そうに話してる子供がいたら噂するのも無理ないよね。
まぁ、面倒なんで訂正とか説明とかしませんけどね。
「じゃあ、僕は……」
「死ね、カミラ!」
倉庫の準備を終えて、休憩室へ向かおうとしたら、遠巻きに倉庫や僕らを見物していた群衆の中から、刃物を腰溜めにした男が飛び出して来ました。
「うわっ! な、なんだ……ぐぇ」
刃物を持った男は、僕が咄嗟に展開した闇の盾にぶつかって尻餅をつき、そこへ闇の盾から姿を現したラインハルトが木剣を振るって叩きのめしました。
「魔王様、ありがとうございます」
「うん、まだアーブル達の残党が居るだろうから、気を付けておいてよ」
「かしこまりました」
跪いて礼を述べるカミラの姿に、群衆からは呻くような声が広がっていきましたが、やっぱり面倒なんで説明とかはしませんよ。
でも、ちょっと心配なので、救助作業にあたっていたハルトを呼び戻して警護してもらいます。
「ハルト、影の中から守っていてね」
「わふぅ、任せて、ご主人様」
救護所裏手の休憩室に足を運ぶと、まだ唯香とマノンは夢の中でした。
額を寄せ合うようにして並んで眠っている姿は、百合っぽくって良いですよね。
出来れば二人の間に挟まって眠りたいのですが、起こしてしまうのは申し訳ないので、部屋の端っこで眠りましょう。
敷物の上に寝転ぶと、毛布の中にはすかさずマルト達が潜り込んで来ました。
「みんな、お疲れ様」
「わふぅ、ご主人様、撫でて撫でて」
「うちも、うちも」
「わぅ、うちはお腹撫でて」
やっぱり疲れていたようで、マルト達をモフっているうちに眠りに落ちてしまいました。
うん、モフモフ最高。
どのぐらいの時間が経ったのでしょうか。
深い眠りに沈んでいた意識が浮き上がってくると、誰かに頭を撫でられているようでした。
寝乱れた髪を手櫛で梳くようにして整えると、子供を寝かし付けるように優しく、優しく撫でられます。
「お母さん……」
半分以上眠ったままの意識の中で、口をついて出た言葉に、頭を撫でていた手がとまりました。
「いかないで……」
彷徨ように伸ばした右手を、柔らかな手が包んでくれました。
それと同時に、また頭が優しく撫でられます。
浮かび掛けていた意識が、もう一度ゆっくりと眠りに沈んでいきました。
また暫くして、意識が浮かび上がってくると、僕の目に映ったのは水色の髪でした。
すーすーと、小さな寝息が僕の頬をくすぐります。
左手を下にして横たわった僕の背中には、柔らかな温もりが感じられ、そちらからも小さな寝息が聞こえてきます。
これって、マノンと唯香に挟まれているんだよね。
もしかして、無意識のうちに二人の間に割り込んでいったのでしょうかね。
それとも、二人が僕を挟むように移動してきてくれたのでしょうか。
どちらにしても、こんな至福な一時は、楽しむしかないですよね。
唯香の温もりを感じつつマノンの寝顔を見詰めていたら、長い睫毛がピクっと震え、ゆっくりと瞼が開かれました。
ゆらゆらと海のように揺れていたブルーの瞳が僕の視線を捉えると、抜けるように真っ白だったマノンの頬が、カーっと赤く染まります。
くぅ、何ですか、この可愛らしすぎる生き物は。
ギューってハグして良いですか? いや、駄目って言われてもハグしちゃいますよ。
「おはよう、マノン」
「うぅぅ……おはよう、ケント。ずっと見てたの……?」
「ううん、僕もさっき起きたばかりだよ」
「寝顔は……恥かしいよ」
マノンは僕の胸に顔を埋めて、ウニャウニャと文句を言ってきます。
くぅぅ、何すか、この破壊力、このままムチューって……おふぅ、背中がぁ……。
「おはよう、健人」
「おはよう、唯香。ゆっくり休めた?」
「うん、まだちょっと眠いけど、疲れはだいぶ取れた……えっ?」
そうだよね、二人とも頑張ってくれてたんだから、僕が癒さないと駄目だよね。
マノンと唯香、それに僕自身も循環するように治癒魔術を流していくと、身体にこびりついていた疲れが抜けていく気がします。
「さぁ、そろそろヴォルザードに戻ろうか」
「うん、そうね」
「僕も賛成」
三人でモソモそと起き出すと、揃って胃袋が不満の声を上げました。
「帰って、アマンダさんのお店で食べようか?」
「うん、でもちょっと待ってて、治療の様子を確認しておくから」
「僕も、患者さんの引継ぎとか済ませてくる」
「それじゃあ、その間に騎士団の人員輸送とか済ませてきちゃうよ」
救護所での引き継ぎをする唯香、マノンと別れて、僕はカミラを王都へ送り、追加の人員を連れて来ることにします。
休憩室から出ると、救護室に居た人達の視線が一斉に向けられ、ザワザワとした声が広がっていきます。
『ケント様がお休みになられている間に、魔王ケント・コクブの話が伝わっていったようですぞ』
『なるほどねぇ。まぁ、ここに来る機会は多くないだろうから別に良いか……』
と思ったのですが、僕が一歩足を踏み出すと、治療にあたっていた治癒士の人達が跪き、それを見習って周りの人達までもが跪き始めました。
中には、まだ治療を済んでおらず、苦痛に顔を歪めてながら跪こうとする人まで居ます。
「あぁ、駄目駄目、そんなことしなくていいから、待って待って、無理に動かなくていいから」
「ひぃ、お、お助けを……」
負傷した足で、無理して動こうとしていた人に歩み寄ると、顔を蒼ざめさせて後ずさりしようとします。
まったく、こんな善良な少年に、何を怯える必要があるんでしょうかね。
ガタガタと震える足に、治癒魔術を掛けて治療すると、男性は目を見開いて固まっちゃいました。
「えっと……都合上、魔王なんて言ってますけど、そんなに怖いものじゃないですから安心して下さい」
「は、はい……」
半信半疑といった表情の人達の間を抜けて、カミラの元へと向かいました。
カミラは街角に立って、マグダロスに指示を出していました。
キビキビとした動作で、相変わらずの王族オーラを漂わせていますが、いつも程の目力が感じられません。
また休憩もせずに働き詰めなんだろうね。
「カミラ、そろそろ僕らは撤収するから、王都まで送る」
「はっ、既に引継ぎは済ませてございますので、よろしくお願いします」
「五人の元締め達はどうするの? 王都に送る?」
「いえ、あの者共は、この地で裁きを受けさせるつもりです」
「分かった、じゃあ行こうか」
マルト達を王城へと先行させて騎士団長を探させ、その近くへとカミラを送還、すぐに後を追って影移動しました。
「おぉ、カミラ様、それに魔王様、おかえりなさいませ」
「ベルデッツ、統治のための人員を集めてくれ。すぐに魔王様に送っていただく」
「かしこまりました。既に待機させております」
別室に待機していた文官、武官を合わせた、カルヴァイン領を直轄地として統治する為の人員を、荷物と一緒に送還しました。
「じゃあ、僕も唯香達を送りに戻るから、ちゃんと休むんだよ」
「はい、魔王様、本当にありがとうございました」
「うん、カルヴァイン領が落ち着いた頃に、改めて賠償の話をしよう」
「かしこまりました」
跪いたカミラと騎士団長に見送られながら影に潜ってカルヴァイン領へと戻り、唯香とマノンを送還してからヴォルザードへと帰りました。
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